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【咲-Saki-SS:優希×煌】 優希「分離不安」【狂気】【共依存】【異常行動】

<あらすじ>
インターハイの中休み。
暇を持て余した片岡優希は、
麻雀雑誌を手に取った。

パラパラと流し読みを続ける彼女は、
とあるページでその手を止める。

優希が凝視する視線の先で、
見知った顔が微笑んでいた。
顔の持ち主は花田煌。
中学時代の先輩だった。

優希の瞳がどろりと濁る。
残念ながら、その変貌を止められる者は
その場に誰も居なかった。

<登場人物>
片岡優希,花田煌,原村和

<症状>
・共依存
・ヤンデレ
・異常行動
・拉致監禁

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
(完全にネタバレなので反転で隠しています)
・優希×すばら先輩でリクエスト。
 優希は元々先輩のことを溺愛してたけど、
 煌さんは優しすぎてどんどんエスカレートしてく
 優希の行為を止められなかったとか…
 煌の引越は二人を引き離すためだったとか…
 優希も落ち着いてきてたけど、
 インハイで再開しちゃって
 先輩を拉致するに至るとか


 ※リクエストの都合上
  若干の原作歴史改変があります。


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「あー、退屈だじぇーー」


インターハイ中の中休み。ぽっかり予定が空いた私は、
何をするでもなくホテルの部屋で蠢いていた。

『古本屋巡りに行きたい』

咲ちゃんが珍しくアクティブな動きを見せて、
のどちゃんを連れ立って旅に出た。
私はと言えば、流石にこの炎天下の中を
興味のない本のために歩き回るのは避けたくて。
一人別行動を決め込んだ。

でもそんな時に限って全員不在。
構ってくれる人を見つけ損ねて今に至る。


「まー予習でもしますかね。
 勤勉な私は百戦危うからずなのだ」


取り出したるは部長が買ったWEEKLY麻雀TODAY。
インターハイ特別号と銘打たれたそれは、
出場選手を事細かく紹介している。
部長の対戦相手研究用だけど、
普通に読んでも暇つぶしにはなるだろう。
と言っても。

「知らない学校の紹介とか読んでも
 あんまり面白くないな!
 清澄は記事少ないし!」


早々に自校の記事を読み終えて、
後はパラパラページをめくる。
どうやら思ったより時間は潰れなさそうだ――


――なんて、失望し始めた時。
思いがけず、見知った顔が目に飛び込んできた。


「これって――花田先輩!?」


そう。雑誌の中で微笑んでいたその人物は、
過去私の先輩だった人。


そして、私を捨てたご主人だった。



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『分離不安』




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花田先輩との出会いは、中学まで遡る。


『ようこそ高遠原中学麻雀部へ!』
『部員が2人も増えるなんてすばら!超すばらです!』

2年生の秋。そんな、妙に半端な時期に入部したにも関わらず。
満面の笑みで歓迎してくれたのが花田先輩だった。

ちなみにその時先輩は3年生で、
卒業後は九州に引っ越してしまった。
だから実質一緒にいられたのはたった半年だ。
それでも、花田先輩という存在は今もなお。
私の心に残り続けている。


『優希はとってもいい子ですね』

『よくできました!
 ご褒美にナデナデしてあげましょう!』

『ふむ。頑張ったご褒美に膝枕ですか?
 私でよければお受けしましょう!』


部活に所属した事がない私にとって、
『年上の先輩』は新鮮なものだった。
素直に甘えられる年上は、密かに
甘えん坊の私にはうってつけだ。

さらに言えば、花田先輩と私の相性は抜群だった。
どんな些細な事でも目一杯褒めてくれて、
どれだけ纏わりついても笑顔で受け入れてくれる先輩。
そんな花田先輩に、私はすぐに夢中になった。


『花田先輩!5分間くっつきに来たじょ!』

『毎時間欠かさずやってきますね。
 休み時間はちゃんと休んだ方がいいですよ?』

『だからこうして休みに来てるんだじぇ。
 すりすりとなでなでを所望するじょ』

『はいはい』


スキマ時間を見つけては、先輩目がけて飛び掛かる日々。
毎日が煌めいて、ずっとこんな日が続けばいいと思っていた。

自惚れかもしれないけれど、
先輩も私の事を愛してくれていたと思う。
だって私のファーストキスは花田先輩で。
先輩もきっとそうだったから。


でも、破局はあっけなく訪れる。


卒業を機とした引っ越し。先輩は遠い九州に姿を消した。
わかってる。それ自体は仕方がない。
私達はワンワン泣いて、連絡を取り合おうねと心に誓った。

でも実際はそれきりだ。
せがんだ頼りは届かずじまい。
こちらからの連絡は無視された。
つまり、私はあっさり捨てられたのだ。


『なんで?返事するって言ったじょ?
 毎日、いっぱい、お話するって』


悲嘆に暮れる私の肩を抱き、のどちゃんがぽつぽつこぼす。
諭すように静かな声音は、自分に言い聞かせるようだった。


『人間関係なんてそんなものです。
 ほんの僅かなきっかけで、容易く疎遠になってしまう。
 それが、どれだけ親密な関係であったとしても』

『だからこそ。私達は、今ある縁を
 大切にしなければいけません』


実体験を伴うその言葉は、反論し難い重みがあった。
でも、だからこそ。私は酷く打ちのめされて。
目から涙が溢れ出す。


『うっ……!う゛ぁあぁあ゛あん゛っっ……!!』


心にぽっかり穴が空く。ごっそり肉を抉り取られて、
風穴からドクドクと血が溢れ出る。
こんなに大きく開いた穴を、
どうやって埋めればいいんだろう。
答えなんて見つからなかった。



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花田先輩に捨てられてから1年と少し。
少しずつ記憶は風化して、また笑えるようになった。

でも穴が塞がったわけじゃない。
花田先輩の存在は、今も私の心に
大きな爪痕を残している。
それでも、もう二度と会う事は
ないんだろうなと思っていた。


なのに、先輩はあの頃の笑顔のままで。
手が届く場所に居る。


その事実は、私を狂わせるに十分だった。



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心臓が止まるかと思いました。

突然テレビにドアップで映し出されたその顔は、
かつて敬愛した先輩のそれだったからです。


「花田先輩じゃないですか……っ!!」


驚いて、懐かしさに頬が綻んで。
でも次の瞬間、私は背筋を震わせました。


「なんだ、知らなかったのか。
 のどちゃん薄情だじぇ」


思わず振り向いたその先には、
ゆーきがゆらりと佇んでいました。


「そ、の。ゆーきは知ってたんですか?」

「もちろんだじょ。今度タコスでも
 差し入れに行くつもりだじぇ」


コロコロと笑うゆーきを前にして、
心臓の鼓動が加速していきます。

目の前で微笑むゆーき。その表情はとても穏やかで、
でも瞳は黒く澱んでいます。
どこか現実味のないその笑顔は、まるで
貼り付けられた仮面のようでした。


− 会 わ せ て は い け な い −


本能的に悟りました。
今花田先輩と会わせてしまったら、ゆーきはまた
『あの頃』に戻ってしまうでしょう。
そして、もしそうなってしまったら――


(花田先輩が引っ越した意味がなくなってしまう!)


私は密かに席を外すと、とある電話番号をコールしました。
プルル、プルルと2コール程待たされた後。
相手の声が聞こえてきます。


『お久しぶり、こちら花田煌でございます!』

「こちらこそお久しぶりです……その、花田先輩。
 インターハイ出場してたんですか?」

『はい!新道寺女子の団体メンバーとして出場してますよ!
 ああ、そういえば伝えてませんでしたね。
 正直レギュラー入りできると思ってなかったので』

「その、ご存知ですか?実は、
 私達もインターハイに出場してるんですが」

『ええ、もちろん把握してますよ』

「その……ゆーきが、花田先輩の存在に気づきました。
 というか、すでに気づいていました」


沈黙。重苦しい数秒の静寂の後。
再び携帯から音が響きます。


『……実は、その件で近々こちらから
 連絡を入れるつもりだったんです』

『できるだけ遭遇しないように注意しますが……
 フォローしてもらえると助かります』



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親の都合で、卒業を機に引っ越し。
表向きはそうなっていますが、実態はまるで違います。
本当の理由は、他ならぬゆーき自身だったのです。

花田先輩に心酔したゆーきは、
べったりと離れなくなりました。
それは決して比喩などではなく。
文字通り、物理的に密着して離れなくなったのです。

当然生活に支障が出ました。
幸い、花田先輩は3年生ですぐ自由登校になったので、
大きな問題にはなりませんでしたけど。

ゆーきの取った行動は。
正直病気を疑われる程、常軌を逸したものでした。


休み時間が始まるなり、先輩めがけて駆け出します。
たった数分会うために廊下を全力疾走する様は、
さぞかし奇異に映ったでしょう。

お昼休みや放課後は言わずもがな。
しがみつくゆーきを振り払えず、花田先輩は
夜遅くまで学校に残るようになりました。
挙句土日に至っては、一日中
先輩の家にお邪魔していたそうです。


当然そんな事態が続けば、
学業に専念できるはずもありません。
この大切な時期にも関わらず、花田先輩の成績は
下降の一途をたどっていました。

事実はご両親の目に留まり、やがて決断を下されます。
強制的に引き離す必要あり、と。
むしろ卒業まで待ってくれたあたり、
ご両親もかなり優しい方々だったのでしょう。


花田先輩の引っ越しには、こんな経緯があったのです。
当然ゆーきへの連絡も禁止。当然の措置でした。
そもそも、ゆーきの病的な依存が原因なのですから。


『へんじが、こない。はなだせんぱいから
 へんじがこないじょ』

『なんで?へんじするっていったじょ?
 まいにち、いっぱい、おはなしするって』

『なんで。もしかして、わたしはすてられたのか?
 そんな。うそだじょ。せんぱい。せんぱい』


虚ろに落ちくぼんだ瞳で、幽鬼のように呟く優希。
その姿に心を痛めながらも、これでよかったのだと確信します。

もしあのまま、先輩と一緒に居続けたら。
優希は間違いなく、先輩の人生を壊していたでしょう。



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でも、私は見誤っていました。

ゆーきの先輩に対する愛の重さは、
私の想像を遥かに超えていたのです。

それはもはや、犯罪すら厭わない程に。



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インターハイから数日後、ゆーきは姿を消しました。
学校に現れる事もなく、家にこんな書置きを遺して。



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『この手紙を読んでいるということは、
 私はもう旅立ったのだろう。

 私のことは忘れて欲しい。
 さよならだ。

              片岡優希』



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同時期に花田先輩も失踪しました。
こちらもやはり手紙が残されていたそうです。



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『黙って行く事をお許しください。

 今まで育ててくださって、
 本当にありがとうございました。

 とある後輩に手を引かれ、
 私は社会の仕組みから外れます。
 二人きりで生きていける
 世界を探すつもりです。

 どうか、末永くお元気で。
 私の事はお忘れください。

 本当に、本当にごめんなさい。

               花田煌』



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二つの情報を手に入れた私は、
これが拉致事件であると断定しました。
少なくとも、花田先輩はこんな
無責任な消え方をする人間ではないからです。

花田先輩のご両親も同じだったのでしょう。
手紙を見つけてすぐに行方不明者届を出したそうです。
ですが、なんと申請は不受理となりました。

失踪した二人から、捜索しないでほしい旨の
不受理届が提出されていたからです。



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こうして、二人の高校生が。
ひっそりとこの世から消えました。



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SIDE−???



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WEEKLY麻雀TODAY。
対戦校の情報を収集すべく雑誌を読み漁っていた私は、
とある名前で目を留めました。


「清澄高校…ですか」


聞き覚えのある名前です。
私、花田煌がまだ長野に住んでいた頃。
進学先の高校として、時々名前が挙がる学校でした。

とは言えそれだけだったなら、
ほんの少し郷愁に駆られて終わりだったでしょう。
でも、選手紹介に視線を移して、私は目を見開きました。


飛び込んだ名は『片岡優希』。


過去に懇意にしていた後輩。そして、
私が長野を離れる原因となった少女でした。



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片岡優希。

性格はひとえに唯我独尊。なのに人懐っこい。
誰にでも分け隔てなく話し掛ける彼女は、
皆から好かれる人間でした。

私が在籍していた麻雀部でも、
彼女はいわゆるムードメーカーで。
コロコロと目まぐるしく表情を変えては、
周囲を和ませてくれます。


私の立ち位置は、そんな彼女を先輩として
一歩引いて愛でる存在でした。


『あっ、花田先輩だじょ!花田せんぱーい!!』


年上の部員は私だけだったからでしょうか。
どこか子犬っぽいところがある彼女は、
私の姿を見つけると駆け寄ってきて。
まるで尻尾を振らんばかりに、
笑顔で話し掛けてきます。


『今日は重大発表があります!』

『ほう!では不肖花田煌、
 刮目して聞かせてもらいましょう!』

『なんと!英語の小テストで100点を取ったんだじぇ』


そして、こんな感じでその日
頑張った事を逐一報告してくるのです。
ほめて、ほめてと言わんばかりに目を輝かせる様が、
愛おしくて仕方ありませんでした。


『すばら!ご褒美になでなでしてあげましょう!』

『ありがたき幸せだじぇ〜…』


ただ優しく頭を撫でるだけで、
目をトロンと蕩けさせて身を委ねる優希。
そんな様が可愛くて、つい甘やかしてしまいます。


『先輩。その、膝枕も所望するじょ』

『むむ、優希は欲張りですね。まあでも
 努力に見合った報酬は与えてしかるべきでしょう』


そんな私達の関係は、一般的な先輩後輩の関係からは
少し逸脱していたのでしょう。

今思えば。この頃、ほんのもう少しだけ、
彼女の異常性に目を向けていれば。
結末は違っていたのかもしれません。



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少しずつ、少しずつ。
彼女の愛は重さを増していきました。

責は私にあったでしょう。
犬の躾は、褒美を与え過ぎると効果が薄れると聞きます。
褒美に慣れてしまった犬は、
それを当然と考えるようになるからです。


『先輩!今日は日直を頑張ったじょ!』
『いい子でしたね!いい子は
 なでなでしてあげましょう』

『うーん、もう一声欲しいじょ』
『膝枕ですか?』
『うーん、それもとりあえずもらうけどー……』


『ほっぺにちゅーを所望するじぇ!!』


一度慣れてしまった犬は、さらなる褒美を求めます。
ただただ求められるままに愛を注ぐ私は、
ブリーダーとしては無能もいいところでした。


否、認めなければなりません。
私も異常だったのだと。

彼女の愛が、どれだけ重さを増していっても。
私はまるで苦に感じなかったのですから。

いい事をしたら褒めてあげたい。
彼女が望むのなら受け入れたい。
人は、時に私を博愛主義者と呼ぶけれど。
なんの事はありません。
単に、愛を与える事が
好きな性質というだけなのです。


どこまでも懐き続ける優希と、
際限なく愛を与える私。
その相性は抜群で、そして何より最悪でした。


『先輩!今度の期末テストで100番台に入ったら、
 いつもと違うご褒美がほしいのですが!』
『ふむ。とりあえず聞く事は聞きましょう。
 何が欲しいんですか?』

『先輩の初めてをいただくじょ!』
『っ、は、初めて、ですか。キスはもうあげちゃいましたし…
 思いつくものが後一つしかありませんよ?』

『それが欲しいじょ』
『えーと……流石に100番台の褒美としては、
 いささかやり過ぎな気がしますね』
『……駄目?』


『……そう、ですね。50番台なら考えましょう』


一生のうちたった一度の機会。私が持つ純潔は、
期末テストのご褒美として捧げられました。



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依存とも呼ぶべき関係。
その繋がりが断ち切られたのは、
外部からの介入でした。

親の都合に起因する転居。当初はそう聞いていました。
でも実際には違っていたようです。
九州に向かう飛行機の中、両親が話してくれました。


『今のお前は異常だ。
 環境を変えなければいけないと強く思った』


なんとも恥ずかしい事に。一体何の事なのか、
私には思い当たる節がありませんでした。

疑問符を浮かべて首をかしげる私を見て、
両親は悲しそうに目を伏せます。
もっとも、私が無自覚でいられたのは
ほんの僅かな期間だけでした。


すぐに禁断症状が出たからです。


いつも優希がそばに居て。優希の事ばかり考えて。
世界が優希中心に回っていた。

居ないと心がざわついた。何も手につかなくなった。
優希が泣いていないか心配になった。
今すぐ見つけて、駆け寄ってくる優希を
ぎゅっと抱き締めたかった。

優希、優希、優希、優希。

英文を書き写していたはずのノートには、
いつの間にか優希の名前が
びっしりと書き込まれています。


『優希!優希に連絡を取らせてください!
 今頃、きっと一人で泣いています!』

『一言!一言だけでいいんです!
 お願いです!もう、もう耐えられません!!』


狂ったように優希と連絡を取ろうとする私。
そんな私を取り押さえ、父は薬をねじ込みます。

衝動が出るたびに薬で抑え込む。
それはさながら、中毒患者そのものでした。


片岡優希依存症。


その病気を克服するに、
優に1年が必要となりました。

否。本当の意味では克服できていないのでしょう。
優希の名を思い出すたびに、
私は狂ってしまうのですから。



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選手紹介に彼女を見つけ、まず抱いた感情は恐怖。
次に、耐え難い渇きを覚えました。

優希の、そして自らの病性は
嫌という程わかっています。
もし再び出会ってしまえば、
私達はあっさり元に戻るでしょう。
否。長い長い別離の日々は、
狂気をより増幅させているかもしれません。


(出会う事は避けないといけませんね。
 私のためにも。他ならぬ優希のためにも)


そう決意を固めつつ。でも、同じ心の奥底で、
どろどろとした何かが膨れ上がっていきます。

会いたい。あの子犬のような少女を、力の限り抱き締めたい。
頬ずりして頭を撫でたい。
ふにゃりと緩む頬をそのまなこに焼き付けたい。

一度意識したらもう駄目でした。
頭の中が優希で埋め尽くされて、
ああ、薬。薬を飲まないといけません。


(いやぁショックです。まさか、この年にして
 薬物療法に頼らないと正気も保てないとは)


ほとんど反射的にピルケースを取り出すと、
考える間もなく薬を飲み干します。
お医者様がくれたお薬は、いつも通り
私の脳を正常に戻してくれました。



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出会いを回避する事は簡単でした。
和が逐一情報をリークしてくれたからです。

そして幸か不幸か、新道寺は準決勝で姿を消しました。
これで、試合中に優希と出くわす可能性も潰えたと言えるでしょう。


「……これで、よかったんですよね」


口から溜息が漏れていきます。
自分に言い聞かせながら、心は沈んでいくばかりでした。

やはり心はごまかせません。私は優希を求めているのです。
薬も効かなくなってきました。
飲む量を増やさないといけません。


『ヴーーー、ヴーーー』


3回分の摂取量を一気に飲み干し、意識が朦朧と薄れる中。
不意に懐が震え出します。
メールでした。相手は和。
こんな夜に連絡とは珍しい。


『FROM:和
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 優希の件でどうしても話したい事があります。
 今すぐ出てくる事はできませんか?
 インターハイ会場脇のカフェで待ってます。  』


有無を言わせぬ文体だったのは事実です。
ですが、それ以上に、優希の情報に
触れたいという思いがあったのでしょう。
メールの文面を一見するなり、
よく考えもせず部屋を抜け出しました。

普段なら気づいていたはずです。
和はメールを打つ時でも、
彼女を『ゆーき』と表記する事に。
そもそも至急性が高いなら、
彼女は電話で話してくる事も。


それでも。『優希』の2文字と
薬に脳を支配された私は、
メールの違和感に気づく事ができませんでした。


夢遊病者のようにフラフラ揺蕩いながら、
待ち合わせ場所に辿り着きます。
キョロキョロと周囲を見渡して、
待ち人が居ない事を確認すると――


『花田先輩っっ!!』


――突如、背後から誰かに抱きつかれました。


確認せずともわかります。
この懐かしい衝撃は、愛犬が飛びつくが如きタックルは、
私が何より愛しているもの。

胸に喜びが広がっていきます。
でも、薬で混濁状態にある私は、
その抱擁を受け止めるのは難しく。


結果、私は多幸感に襲われながら。
ふっと意識を手放しました。



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『んっ……ここ、は……?』

『これから二人で暮らす愛の巣だじぇ!』

『優希……もしかしてこれって、
 拉致監禁って奴ではないですかね?』

『ノン!愛の逃避行って奴だじょ!』

『言い方を変えても同じでしょう。
 これはすばらくない』

『優希。今ならまだ間に合います。
 考え直して、二人で元の生活に戻りましょう』



--------------------------------------------------------



『いやだじょ』



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『元はと言えば花田先輩が悪いんだじぇ?
 私だって、我慢するつもりだったんだ』

『ちゃんと、約束した通り連絡をくれれば。
 遠距離恋愛でも我慢したんだじぇ』

『なのに、花田先輩は裏切った。
 わたしを捨てて、楽しそうに笑ってた』

『どうしてだじょ?わたし、なにかわるいことしたのか?
 きらわれるようなことしちゃったのか?』

『……』

『花田先輩!!』

『……いいえ。あなたは何も悪くありません』



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『悪いのは、私の方です』

『私が、あなたを壊してしまったのだから』



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『分離不安』という言葉があります


いつも飼い主と一緒に居たペットが、
飼い主と離れる事に不安を覚える症状を指すそうです

この症状を発症したペットは情緒が不安定になり
やがて、飼い主から離れる事を拒絶するようになる
ある意味、これも躾の失敗と言えるでしょう


私が優希に取った行動はまさにこれでした
自立に必要な躾を与えず、ただ求められるまま
無尽蔵に愛を注ぎ込む

そうやって深く、深く依存させておきながら
最悪のタイミングで突然突き放す

私との別離が与えた衝撃は、もはや致命的と言える程に
優希の心を破壊し尽くしていたのです


「もう、絶対に逃がさないじょ」


かつては眩い程に輝いていた瞳
今はまるで見る影もなく、どろりと濁り切っていました
離れるくらいなら死も辞さない
そんな胸を打つ悲しい狂気が、優希の瞳に宿っています


(……ああ)


なんとなく悟ってしまいました
この子はもう手遅れだと
おそらく、二度と正気を取り戻す事はないでしょう


(……ああ)


さらに悟ってしまいます
私も手遅れなのでしょう
だって私はこの結末に、仄暗い喜びを感じてしまう


「わかりました。私も、もうあなたを離しません」


ぎゅぅと強く抱き締めました
優希の目が見開かれ、わずかに光が灯ります
でも次の瞬間、夥しい涙が溢れ
光は涙の濁流に飲み込まれてしまいました


「ほんとうだじょ……?つぎ、うそついたら。
 わたし、本当にしんじゃうじょ……?」


震える優希のか細い指を、一本一本丁寧に重ねていきます
やがて拳を固めると、溶接されたような錯覚に陥りました
否、本当はもっと前から、私達は混ざり合っていたのでしょう
それを無理に引き離すから、千切れて心が保てなかった


「本当です。死ぬ時は、二人手を繋いで逝きましょう」


その言葉を紡いだ時、
何かがガラガラと崩れる音が聞こえました

それは多分、人として壊してはいけなかったもの
でも、私達が幸せになるには壊すしかなかったもの
そして――


今の私達には必要ないもの


「さてと!そうと決まれば準備が必要ですね。
 連れ戻されたらすばらくない」


「まずは、邪魔なものを全部取り払いましょう!」


道徳、常識、そして良心
そんなものを壊した私は、自ら未来を閉ざすべく
行方不明者届の不受理届を書き始めました


<完>
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posted by ぷちどろっぷ at 2017年05月20日 | Comment(8) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
すばら!
ぷちさんがゆーきとすばら先輩を書くのは珍しいですけど、真面目な人が堕ちていくのがよく描けていて面白かったです〜
Posted by at 2017年05月21日 22:54
すばらな共依存でした!
なかなか見ないカプですがごく自然と受け入れられるのは文章力のなせる技ですね……仄暗さの裏に甘々すら感じました!
のどかちゃんもなんだか素養を感じさせますね!理解があり対処ができる時点でノーマルな心理じゃなさそうですし…
なんにせよすばらしい作品を読ませていただきました!今後とも応援しています!
Posted by at 2017年05月22日 01:42
大変すばらです!
珍しい組み合わせですが2人の愛と狂気の行動がたまりませんでした
Posted by at 2017年05月22日 21:35
いつも見てますが本当にすばらっす。ボタンの掛け違えでとんでもないところに向かうところとか…ぞわぞわします。
あと一応
【注釈】捜索願不受理届は家出目的の未成年者による提出は受理されません。(親からの虐待など必要な条件がある場合は除く)
Posted by at 2017年05月24日 02:46
すばら可愛すぎやろ
Posted by at 2017年05月24日 12:41
コメントありがとうございます!

真面目な人が堕ちていく>
煌「実際の私なら咎めそうでもあり、
  意外に堕ちてしまいそうでもあり」
優「花田先輩は困りながらも
  受け入れそうだじょ」

ごく自然と受け入れられる>
煌「書いてみたら意外と自然でしたね」
優「行き過ぎた博愛もまた狂気だじょ」
和「私は…二人の世界が閉じるのを
  回避するために動いてただけです」

珍しい組み合わせ>
煌「リクエストでしたので!」
優「こういう自分ではまず書かない
  リクが来るのも醍醐味だな!」

親からの虐待など必要な条件がある場合>
煌「お目が高いですね!だからこそ
  最後に『良心』を捨てたのです」
優「この辺書いちゃうとものすごく
  後味悪くなっちゃうから省いてるけど、
  DVのことは調べ済みの上で
  花田先輩は対策をとってるじょ」

すばら可愛すぎやろ>
煌「すばらっ!」
優「すばらだじぇ」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2017年05月24日 20:27
初めまして!咲-Saki-の解説ブログしています!文章の書き方の勉強がてらブログ回りをしています!よかったらぜひ遊びに来てください!
Posted by 照和 at 2017年06月03日 21:48
原作世界で進学先を新道寺に決めてる加藤ミカさんがこの世界ではどうなってるのか気になりました
Posted by at 2017年06月14日 13:53
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