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【咲-Saki-SS:菫照】照「彼の人は才能と狂気を湛え」【共依存】【狂気】
<あらすじ>
なし。<その他>のリクエストをお読みください。
<登場人物>
・弘世菫
・宮永照
<症状>
・狂気
・執着
・共依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・容姿端麗でスポーツ万能、勉強も完璧で
今まで挫折を味わってこなかった菫さんが
照に麻雀で負け、『唯一自分に勝った照』に執着し
最終的には依存して
あの手この手で照を手に入れる菫さん
→「菫が照に執着してあの手この手…」は
過去にそのものずばりなSSを
書いているので除外しました。
そしたら割とほのぼの平和な
共依存になりました。ごめん。
--------------------------------------------------------
私はギフトに満ち溢れていた。
超がつくお嬢様の家系に生まれ、
人が歩みを止めるほどの美を備えていた。
身体面でも恵まれて、アーチェリーで賞をとった事もある。
勉強で苦しんだ事も特になかった。
天は二物を与えず、なんて諺がある。
それは世間を知らないだけだ。
二物も三物も与えられている人間。
そんな存在も普通にいるものなのだ。
さて。ここまで自身が持つギフトを
上げ連ねてきたわけだが、
別に自慢したいわけではない。
あくまで客観的な評価であり、
私自身は何の感慨も抱いていなかった。
むしろ辟易していたと言えるだろう。
一言でいえば、『退屈』だった。
誰もが羨む才能も、私からすれば
生まれつき標準搭載されている機能に過ぎない。
五体満足に生まれた人間が歩ける事を誇らないのと同じ。
私の場合、標準機能の水準が人より少し高いだけだ。
なのに、人は私を羨望の眼差しで見つめ、
時にはやっかみに目をぎらつかせる。
好意にせよ敵意にせよ、受ける印象は等しく同じ。
『くだらない』だった。
この程度の事で心を揺らされても困る。
私からすれば、1+1に答えるような課題。
そんな課題をこなしただけで、
褒められ疎まれ巻き込まれる。
そして引き起こされる騒動も、
予想の範疇を超えるものではなく。
ただ事務的に対応して終わり。
そんな退屈な日々を繰り返す。
ああ。退屈だ。
退屈で敷き詰められた道は、
高校進学後も続くように思われた。
お嬢様学校としては定番とも言える
白糸台高校に入学。麻雀特待で進学したが、
学問でも家柄でも余裕だったろう。
チャレンジでも何でもない平凡な道。
まあ、敢えて特筆する点があるとすれば。
麻雀特待なんて制度がある割には、
ぱっとしない中堅校である事か。
私の力で全国まで導けるなら悪くないだろう。
なんて事を考えていた時そいつに出会った。
そう。その名は宮永照。
私から退屈を奪い取り、凡人へと貶めた相手。
--------------------------------------------------------
『彼の人は才能と狂気を湛え』
--------------------------------------------------------
別に私は最強というわけではない。
インターミドルではそれなりに活躍したが、
優勝したわけでもない。
上には上がいる。それは理解しているし、
努力により研鑽できる余地がある事も認識している。
だが、少なくとも日常生活においては最強だった。
学内で自分に勝てる者などいない。
井の中の蛙は、井の中では退屈なのだ。
そんな日常生活の中。
突如として私に牙を剥いた存在。
それが、宮永照だった。
(なん、だ。こいつの眼は)
ぞくり。その両目で見つめられた時、
悪寒が背筋を駆け抜けた。
異質な存在。私の想像を凌駕する何かを秘めている。
それなりに才能に恵まれた私が
まるで霞んでしまう程の何かを。
そして予感は現実となる。宮永は
私も、その他部員も等しく蹂躙し尽くした。
歯が立たない。
初めて、心からそう思った。
「それじゃ」
くたびれ俯く私を前に、
表情を伺う事もなく去ろうとする宮永。
その対応には覚えがあった。
そう。いつもなら私がする所作。
反応を伺うのが億劫で、自ら身を引く所作だ。
「宮永」
思わず声を掛けていた。
意思を感じられない無表情に、
追い縋るように言葉を投げる。
「明日も来いよ。最低でも私だけは相手をする」
「善処するよ」「菫」
宮永は初めて自然な笑みを見せると、
私の事を名前で呼んだ。
こうしてこの日、私は凡人の地位まで堕ちた。
果たしてそれが悪い事だったのか。
もしくはいい事だったのかはわからない。
ただ一つ言える事。
凡人側から見た天才は。酷く輝いて見えるという事だ。
--------------------------------------------------------
幾度となく卓を囲んだ。
その度に私は捻じ伏せられた。
初めての感覚だった。
努力や工夫で埋められるとは思えない程の溝。
持って生まれた才能による区別。
成程、心が揺れるはずだ。
私はこれまでないがしろに
扱ってきた凡人達に心の中で詫びた。
手が届かないから焦がれるのだ。
手が届かないから歯がゆいのだ。
どれだけ努力しても届かないからこそ、
愛憎の炎が燃えるのだ。
『麻雀はそれほど好きじゃない』
宮永はそう言った。自然、触れる機会を
遠ざけてきただろうし、練習などもってのほかだろう。
なのに、その宮永に私は敗れる。
それなりの才能を持ち、それなりに麻雀に愛着を持ち、
それなりに研鑽を続けてきた私が。
その事実は、私の心を爪弾いた(つまびいた)。
それはきっと、私が過去凡人達にそうしたように。
ただ一つ、私がそれらの凡人と違う点がある。
天は、私にもう一つギフトを与えていた事だ。
(諦めるものか)
(何年。いや、何十年掛かるかわからない。
だが、私はお前を追い続ける)
(お前の視界に入り続ける。
お前が味わわせてくれた衝撃を、
必ずお前にもくれてやる)
(待っていろ)
そう、不屈の精神。膝を折らず前を見続ける事。
ある意味最強最悪の才能を、天は私に授けていた。
ただ一つ誤算があるとすれば。私が抱く不屈の闘志は、
世間一般の凡人からすれば――
――『狂気』、と呼ばれる領域だった事だ。
--------------------------------------------------------
毎日毎日卓を囲んだ。
その度私は捻じ伏せられたが、
少しずつ残る点棒は増えてきた。
目指す背中は遥かに遠い。
だが、背中は確かに近づいている。
その事実に胸が躍った。
「もう一局やろう」
サイコロボタンに手を掛ける。その手を照が遮った。
顔を見ると、伏し目がちに首を振る。
「これ以上はもたない」
視線は私から外れていた。誘導された方に目を向けると、
同卓した部員が崩れ落ちている。
「なら二人で打つか」
「いいけど…菫は疲れないの?」
「疲労を感じないわけではないが」
「そうじゃなくて…その。負け続けて楽しいの?」
「楽しいさ。いつか勝てると思うとな」
照は一瞬目を見開くと。
また朗らかな笑みを浮かべた。
そして始めた二人打ち。私達は夢中になった。
私一人に向けられる戦意はより濃厚で、
私はその濃さに酔いしれた。
照は照で、気兼ねなく本性を
曝け出せるのが心地よかったらしい。
「菫。今日はどうする?」
「もちろん打つさ。食後、私の部屋に集合だ」
暇ができれば二人で打つようになった。
それは恋人達の逢瀬のようであり、
はたまた異常者を閉じ込めた檻のようでもあった。
--------------------------------------------------------
初めて卓を囲んだあの日以来。
私、宮永照は、菫と行動を共にする事が多くなった。
複雑な心境だ。菫と居るのは心地いい。
でも、人に囲まれるのは好きじゃなかった。
というより、元々誰とも関わる気はなかったんだ。
ましてや麻雀なんて、辛い事を思い出すだけだから。
なのに菫は知ってか知らずか、
ずけずけと私の心に入り込んだ。
それとない拒絶を何度も跳ね除け。
私が麻雀に抱いていたネガティブな印象を、
自らの存在で上書きした。
きっと菫は知らないだろう。
化け物と揶揄される私の麻雀を前に、
菫はそれでも次を求めた。
あの時再起を投げ掛けられて、
私がどれだけ救われたのか。
きっと菫は知らないだろう。
負け続けても楽しいと言ってくれた事が、
私の傷を癒した事を。勝利を諦めない燃える瞳が、
どれほど私を焦がしたのかを。
菫は私にとっての救い。それは間違いない。
でも同時に、厄介事の始まりとも言えた。
菫と二人きりならいい。でも、菫は何しろ弘世菫だ。
容姿端麗文武両道、温厚篤実の才色兼備。
人を誉める熟語を並べ立てると、それが菫の説明になる。
当然菫は人気者で、ただ佇むだけで人が寄ってくるのだ。
人が寄ってくる。元々好きではなかったけれど。
菫と居るとより悪化した。菫が誰かと話す度、
胸の奥で何かが燻る(くすぶる)。
(わかってる。これは嫉妬だ)
菫の事を好ましく思う。でも、そんな菫の好ましさは、
誰にでも分け隔てなく与えられるものだ。
享受できるのは私だけじゃない。
菫が私に固執しているのはわかる。
自分の及ばない雀力に惹かれているのはわかる。
でもそれだけだ。私は、麻雀を除けば何一つ菫に及ばない。
(だから。負けるわけにはいかない)
徹底的に捻じ伏せる必要がある。
私は貴女よりも遥かに上。そう知らしめる必要がある。
ほんの少しでも隙を見せれば。一度でも勝ちを譲ったら。
私の価値は霧散してしまうのだから。
--------------------------------------------------------
勝ちたい。初めて目にした本当の天才を前にして、
乗り越えたいと切に願った。
その感情に偽りはない。だが、いつしか思いは
少しずつ変容し、歪な形を取り始める。
照自身に心を奪われる。依存し始めたとすら言えただろう。
そんな私の異常性は、周囲の反応に
影響を及ぼし始めていた。
「では始めようか。同卓する者は?」
皆が顔を見合わせるも、足を踏み出そうとはしない。
当然だろう。部の二強が徹底的に鍔迫り合う。
そして自分はと言えば、吹き荒れる旋風と
狩人の殺意に心を摩耗し、安寧を願いつつ
ただツモ切るだけなのだから。
「…いや、私らはいい。ぶっちゃけ
差がありすぎて練習にならねぇ」
「…うん。それよりも、二人には
指導に回ってほしいかな」
冷静に戦力を見極め合理的な選択をした。
そう受け取る事もできるだろう。
だが、その言葉の端々には、
『お前達とは住む世界が違う』
そう暗に仄めかす空気を感じた。
ある意味での拒絶。それは過去に私が、
そしておそらくは照も経験したであろうもの。
照の顔を横目で見ると真顔。
だが、短いながらも濃厚な付き合いの中で、
その無表情に失意が含まれている事に気づく。
「そういう事なら、指導した後
いつものように二人打ちするか」
「……うん」
昔の私なら反発していただろう。
部員を叱咤し、激励し、皆で卓を囲んだだろう。
だが私はそうしなかった。
少しずつ捻じ曲がっていく。
部員は私達と対局する事を嫌がり、
照も周りの反応から、初対面の頃の
よそよそしさを取り戻す。
意図的に仕向けたわけではない。
だが、止めようとはしなかった。
だって、その方が。
照を独り占めできるのだから。
--------------------------------------------------------
菫との差はなかなか縮まらなかった。
確かに、運による点差の変動はある。
でも大局を通してみれば、私の勝ちは揺るがなかった。
菫が伸び悩んでいるわけではない。
むしろ、菫は驚くべき速度で成長していた。
ならなぜ距離が縮まらないのか。
単純だ。私も成長しているだけの事。
これは私の持論だけれど、麻雀は心が危うい者ほど強い。
己を滅ぼしかねない程の情動、理性で御しきれない狂気。
そんな強い、強過ぎる思いに牌が応えてしまうから。
菫は強くなっている。それは、技能とは別の領域で。
私も強くなっていく。菫に引きずられるように。
それは言い換えれば、私達の精神が
狂い始めている事の証左でもあった。
いつしか私達は孤立していた。
周りがついて来れなくなったのだ。
それは強さもそうだけど。
私達の異常さに引いたのも間違いないだろう。
「よし、もう一局行こう」
「ちょ、ちょっと待って…もう4半荘ぶっ通しだよ?」
「ふむ、確かに今日はハイペースだな。
この調子なら、部活終了までに後2半荘は行けそうだ」
「ちょ、ちょっと。ちょっと休ませて……」
そんなやり取りを繰り返すうち、
周りは私達と麻雀を打つ事を避けるようになった。
トラウマがぶり返す。
それは、あの日妹が見せた表情。
私と打っても楽しくない。
ああ、やっぱり。私は。麻雀を打ってはいけない。
負の感情が顔を覗かせる。
沈みゆく私を掬い上げた人。
それもやっぱり菫だった。
「もったいない話だ。日本最強レベルの相手と
打てる機会なんてそうないのにな」
「…だからって、勝ち目がない
ゲームなんてつまらないでしょ」
「その発想自体が間違いだ。
勝ち目がないなんて思うから負ける」
「まあいいさ。私としては、お前を
独り占めできるから悪くない」
にやり、と菫が口角を上げる。
その笑みを見てゾクリと鳥肌が立った。
確かに強いのは私の方だ。
麻雀で蹂躙するのは私の方だ。
でも、菫が浮かべた笑みは、
明らかに捕食者のそれだった。
のど元に牙を突き付けられたような感覚。
なのに、それにすらもどこか悦びを覚える私は、
もう手遅れなんだろう。
--------------------------------------------------------
照は決して暗愚ではない。むしろ聡明な部類だろう。
だが、その知性がコミュニケーションに
生かされる事はなかった。
おそらくは何か過去に傷を負ったのだろう。
人と関わる事を避けているようにも感じる。
麻雀部での騒動を通じて一度は心を開き掛けてはいたが、
どうやら扉は再び閉ざされたようだった。
もっとも例外も存在する。それが私だ。
喜ばしい事に、照もそれなりに執着してくれているらしい。
だがそうなると、それはそれで軋轢が生まれる。
照とは違い、私は人に囲まれる事が多いからだ。
麻雀部では引かれ始めた私だが、
外部での人気は維持し続けたままだった。
「ひ、弘世さん!これ、食べてください!」
「ああ、ありがとう」
「……」
「おっ、弘世さんじゃん。インターハイ頑張ってね」
「どうも。まだ出場できるとは限らないけれど」
「はは、なーに言ってんのさ!インターミドル全国出場者が
外されるわけないじゃん!」
「……」
「弘世さん、今年の麻雀部は凄いらしいですね。
期待していますよ」
「人事を尽くします。もっとも、
今の麻雀部の勢いは私が原因ではありませんが」
「ふふ、ご謙遜を。皆さん
弘世さんの事ばかり口にしていますよ」
「……」
佇んでいれば声を掛けられる。
照が一緒だろうとお構いなしに。
一見すれば我関せずという装いの照だが、私にはわかる。
不機嫌だ。照は怒ると眉が2,3mm下がる。
私はそれに気づきながらも、いつも通りの対応を続けた。
やがて生徒が離れると、照は低い声で囁く。
「流石、親切な人は人気者だね」
声音に嫉妬が含まれている。酷く気分が上向いた。
そうだ、それでいい。私だけ執着してるってのも癪だ。
お前も私に囚われろ。
「ならお前もそうなったらどうだ。
お菓子がもらえるかもしれないぞ」
「いいよ。私は菫がもらった分を食べるから」
「興味がない人に尻尾を振れる程、
私は人に興味がない」
「随分な言い草だな。なら私は
お眼鏡に適ったと思っていいのか?」
「うん。菫が諦めない限りは、私も菫を見続けてあげる」
「そうか。ならお前は、一生私から離れられないな」
少しずつ、少しずつ歪んでいく。
歪んで、絡んで、解れなくなっていく。
それを止める者は、もう誰も居なかった。
--------------------------------------------------------
そして、私達は二人で打ち続ける
もはや周囲から隔絶された空間で。
私達を遠巻きに眺めながら人々は言う。
才能がある人間は、やはり、
どこかおかしいものなのだと。
小耳に挟んだその声に嘲笑が浮かぶ。
滑稽な話だ。お前達から見た私も。
照から見た私も大して変わらないだろう。
身の丈を知って諦めるか、それでも諦めず
手を伸ばすかの違いしかないのだ。
私は手を伸ばす。いつか必ず、
照を手中に収めるために。
--------------------------------------------------------
手を伸ばす。もっとも――
--------------------------------------------------------
――照に近づく者はもはや、私以外誰も居ないが。
--------------------------------------------------------
照と出会ってから1年が経過した。
途中、白糸台高校の全国制覇なんて
話もあったが些細な事だ。
結局私は照に麻雀で勝ててはいない。
だが、最近はそれでもいいかと思い始めた。
よくよく考えてみれば、
照を打ち倒したところで旨みがない。
その後に待ちうける結末を想像して愕然した。
要は、退屈な日々へ逆戻りするだけじゃないか。
照は言った。私が挑み続ける限り、
私から目を逸らす事はないと。
なら、照にはずっと立ちはだかってもらおう。
「よし、今日こそは勝つぞ、照」
「……」
自分が凡人である事を実感するために。
狂おしい衝動に身を任せるために。
私は今日も照と打つ。
だがある対局の終わり際。
ぽつりと呟いた照の言葉が、私の耳に妙に残る。
「菫は、もう。勝とうと思えば勝てると思うよ」
「だって。菫の方が狂ってるもの」
私は聞かなかったふりをして、
またサイコロを回し始めた。
<完>
なし。<その他>のリクエストをお読みください。
<登場人物>
・弘世菫
・宮永照
<症状>
・狂気
・執着
・共依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・容姿端麗でスポーツ万能、勉強も完璧で
今まで挫折を味わってこなかった菫さんが
照に麻雀で負け、『唯一自分に勝った照』に執着し
最終的には依存して
あの手この手で照を手に入れる菫さん
→「菫が照に執着してあの手この手…」は
過去にそのものずばりなSSを
書いているので除外しました。
そしたら割とほのぼの平和な
共依存になりました。ごめん。
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私はギフトに満ち溢れていた。
超がつくお嬢様の家系に生まれ、
人が歩みを止めるほどの美を備えていた。
身体面でも恵まれて、アーチェリーで賞をとった事もある。
勉強で苦しんだ事も特になかった。
天は二物を与えず、なんて諺がある。
それは世間を知らないだけだ。
二物も三物も与えられている人間。
そんな存在も普通にいるものなのだ。
さて。ここまで自身が持つギフトを
上げ連ねてきたわけだが、
別に自慢したいわけではない。
あくまで客観的な評価であり、
私自身は何の感慨も抱いていなかった。
むしろ辟易していたと言えるだろう。
一言でいえば、『退屈』だった。
誰もが羨む才能も、私からすれば
生まれつき標準搭載されている機能に過ぎない。
五体満足に生まれた人間が歩ける事を誇らないのと同じ。
私の場合、標準機能の水準が人より少し高いだけだ。
なのに、人は私を羨望の眼差しで見つめ、
時にはやっかみに目をぎらつかせる。
好意にせよ敵意にせよ、受ける印象は等しく同じ。
『くだらない』だった。
この程度の事で心を揺らされても困る。
私からすれば、1+1に答えるような課題。
そんな課題をこなしただけで、
褒められ疎まれ巻き込まれる。
そして引き起こされる騒動も、
予想の範疇を超えるものではなく。
ただ事務的に対応して終わり。
そんな退屈な日々を繰り返す。
ああ。退屈だ。
退屈で敷き詰められた道は、
高校進学後も続くように思われた。
お嬢様学校としては定番とも言える
白糸台高校に入学。麻雀特待で進学したが、
学問でも家柄でも余裕だったろう。
チャレンジでも何でもない平凡な道。
まあ、敢えて特筆する点があるとすれば。
麻雀特待なんて制度がある割には、
ぱっとしない中堅校である事か。
私の力で全国まで導けるなら悪くないだろう。
なんて事を考えていた時そいつに出会った。
そう。その名は宮永照。
私から退屈を奪い取り、凡人へと貶めた相手。
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『彼の人は才能と狂気を湛え』
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別に私は最強というわけではない。
インターミドルではそれなりに活躍したが、
優勝したわけでもない。
上には上がいる。それは理解しているし、
努力により研鑽できる余地がある事も認識している。
だが、少なくとも日常生活においては最強だった。
学内で自分に勝てる者などいない。
井の中の蛙は、井の中では退屈なのだ。
そんな日常生活の中。
突如として私に牙を剥いた存在。
それが、宮永照だった。
(なん、だ。こいつの眼は)
ぞくり。その両目で見つめられた時、
悪寒が背筋を駆け抜けた。
異質な存在。私の想像を凌駕する何かを秘めている。
それなりに才能に恵まれた私が
まるで霞んでしまう程の何かを。
そして予感は現実となる。宮永は
私も、その他部員も等しく蹂躙し尽くした。
歯が立たない。
初めて、心からそう思った。
「それじゃ」
くたびれ俯く私を前に、
表情を伺う事もなく去ろうとする宮永。
その対応には覚えがあった。
そう。いつもなら私がする所作。
反応を伺うのが億劫で、自ら身を引く所作だ。
「宮永」
思わず声を掛けていた。
意思を感じられない無表情に、
追い縋るように言葉を投げる。
「明日も来いよ。最低でも私だけは相手をする」
「善処するよ」「菫」
宮永は初めて自然な笑みを見せると、
私の事を名前で呼んだ。
こうしてこの日、私は凡人の地位まで堕ちた。
果たしてそれが悪い事だったのか。
もしくはいい事だったのかはわからない。
ただ一つ言える事。
凡人側から見た天才は。酷く輝いて見えるという事だ。
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幾度となく卓を囲んだ。
その度に私は捻じ伏せられた。
初めての感覚だった。
努力や工夫で埋められるとは思えない程の溝。
持って生まれた才能による区別。
成程、心が揺れるはずだ。
私はこれまでないがしろに
扱ってきた凡人達に心の中で詫びた。
手が届かないから焦がれるのだ。
手が届かないから歯がゆいのだ。
どれだけ努力しても届かないからこそ、
愛憎の炎が燃えるのだ。
『麻雀はそれほど好きじゃない』
宮永はそう言った。自然、触れる機会を
遠ざけてきただろうし、練習などもってのほかだろう。
なのに、その宮永に私は敗れる。
それなりの才能を持ち、それなりに麻雀に愛着を持ち、
それなりに研鑽を続けてきた私が。
その事実は、私の心を爪弾いた(つまびいた)。
それはきっと、私が過去凡人達にそうしたように。
ただ一つ、私がそれらの凡人と違う点がある。
天は、私にもう一つギフトを与えていた事だ。
(諦めるものか)
(何年。いや、何十年掛かるかわからない。
だが、私はお前を追い続ける)
(お前の視界に入り続ける。
お前が味わわせてくれた衝撃を、
必ずお前にもくれてやる)
(待っていろ)
そう、不屈の精神。膝を折らず前を見続ける事。
ある意味最強最悪の才能を、天は私に授けていた。
ただ一つ誤算があるとすれば。私が抱く不屈の闘志は、
世間一般の凡人からすれば――
――『狂気』、と呼ばれる領域だった事だ。
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毎日毎日卓を囲んだ。
その度私は捻じ伏せられたが、
少しずつ残る点棒は増えてきた。
目指す背中は遥かに遠い。
だが、背中は確かに近づいている。
その事実に胸が躍った。
「もう一局やろう」
サイコロボタンに手を掛ける。その手を照が遮った。
顔を見ると、伏し目がちに首を振る。
「これ以上はもたない」
視線は私から外れていた。誘導された方に目を向けると、
同卓した部員が崩れ落ちている。
「なら二人で打つか」
「いいけど…菫は疲れないの?」
「疲労を感じないわけではないが」
「そうじゃなくて…その。負け続けて楽しいの?」
「楽しいさ。いつか勝てると思うとな」
照は一瞬目を見開くと。
また朗らかな笑みを浮かべた。
そして始めた二人打ち。私達は夢中になった。
私一人に向けられる戦意はより濃厚で、
私はその濃さに酔いしれた。
照は照で、気兼ねなく本性を
曝け出せるのが心地よかったらしい。
「菫。今日はどうする?」
「もちろん打つさ。食後、私の部屋に集合だ」
暇ができれば二人で打つようになった。
それは恋人達の逢瀬のようであり、
はたまた異常者を閉じ込めた檻のようでもあった。
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初めて卓を囲んだあの日以来。
私、宮永照は、菫と行動を共にする事が多くなった。
複雑な心境だ。菫と居るのは心地いい。
でも、人に囲まれるのは好きじゃなかった。
というより、元々誰とも関わる気はなかったんだ。
ましてや麻雀なんて、辛い事を思い出すだけだから。
なのに菫は知ってか知らずか、
ずけずけと私の心に入り込んだ。
それとない拒絶を何度も跳ね除け。
私が麻雀に抱いていたネガティブな印象を、
自らの存在で上書きした。
きっと菫は知らないだろう。
化け物と揶揄される私の麻雀を前に、
菫はそれでも次を求めた。
あの時再起を投げ掛けられて、
私がどれだけ救われたのか。
きっと菫は知らないだろう。
負け続けても楽しいと言ってくれた事が、
私の傷を癒した事を。勝利を諦めない燃える瞳が、
どれほど私を焦がしたのかを。
菫は私にとっての救い。それは間違いない。
でも同時に、厄介事の始まりとも言えた。
菫と二人きりならいい。でも、菫は何しろ弘世菫だ。
容姿端麗文武両道、温厚篤実の才色兼備。
人を誉める熟語を並べ立てると、それが菫の説明になる。
当然菫は人気者で、ただ佇むだけで人が寄ってくるのだ。
人が寄ってくる。元々好きではなかったけれど。
菫と居るとより悪化した。菫が誰かと話す度、
胸の奥で何かが燻る(くすぶる)。
(わかってる。これは嫉妬だ)
菫の事を好ましく思う。でも、そんな菫の好ましさは、
誰にでも分け隔てなく与えられるものだ。
享受できるのは私だけじゃない。
菫が私に固執しているのはわかる。
自分の及ばない雀力に惹かれているのはわかる。
でもそれだけだ。私は、麻雀を除けば何一つ菫に及ばない。
(だから。負けるわけにはいかない)
徹底的に捻じ伏せる必要がある。
私は貴女よりも遥かに上。そう知らしめる必要がある。
ほんの少しでも隙を見せれば。一度でも勝ちを譲ったら。
私の価値は霧散してしまうのだから。
--------------------------------------------------------
勝ちたい。初めて目にした本当の天才を前にして、
乗り越えたいと切に願った。
その感情に偽りはない。だが、いつしか思いは
少しずつ変容し、歪な形を取り始める。
照自身に心を奪われる。依存し始めたとすら言えただろう。
そんな私の異常性は、周囲の反応に
影響を及ぼし始めていた。
「では始めようか。同卓する者は?」
皆が顔を見合わせるも、足を踏み出そうとはしない。
当然だろう。部の二強が徹底的に鍔迫り合う。
そして自分はと言えば、吹き荒れる旋風と
狩人の殺意に心を摩耗し、安寧を願いつつ
ただツモ切るだけなのだから。
「…いや、私らはいい。ぶっちゃけ
差がありすぎて練習にならねぇ」
「…うん。それよりも、二人には
指導に回ってほしいかな」
冷静に戦力を見極め合理的な選択をした。
そう受け取る事もできるだろう。
だが、その言葉の端々には、
『お前達とは住む世界が違う』
そう暗に仄めかす空気を感じた。
ある意味での拒絶。それは過去に私が、
そしておそらくは照も経験したであろうもの。
照の顔を横目で見ると真顔。
だが、短いながらも濃厚な付き合いの中で、
その無表情に失意が含まれている事に気づく。
「そういう事なら、指導した後
いつものように二人打ちするか」
「……うん」
昔の私なら反発していただろう。
部員を叱咤し、激励し、皆で卓を囲んだだろう。
だが私はそうしなかった。
少しずつ捻じ曲がっていく。
部員は私達と対局する事を嫌がり、
照も周りの反応から、初対面の頃の
よそよそしさを取り戻す。
意図的に仕向けたわけではない。
だが、止めようとはしなかった。
だって、その方が。
照を独り占めできるのだから。
--------------------------------------------------------
菫との差はなかなか縮まらなかった。
確かに、運による点差の変動はある。
でも大局を通してみれば、私の勝ちは揺るがなかった。
菫が伸び悩んでいるわけではない。
むしろ、菫は驚くべき速度で成長していた。
ならなぜ距離が縮まらないのか。
単純だ。私も成長しているだけの事。
これは私の持論だけれど、麻雀は心が危うい者ほど強い。
己を滅ぼしかねない程の情動、理性で御しきれない狂気。
そんな強い、強過ぎる思いに牌が応えてしまうから。
菫は強くなっている。それは、技能とは別の領域で。
私も強くなっていく。菫に引きずられるように。
それは言い換えれば、私達の精神が
狂い始めている事の証左でもあった。
いつしか私達は孤立していた。
周りがついて来れなくなったのだ。
それは強さもそうだけど。
私達の異常さに引いたのも間違いないだろう。
「よし、もう一局行こう」
「ちょ、ちょっと待って…もう4半荘ぶっ通しだよ?」
「ふむ、確かに今日はハイペースだな。
この調子なら、部活終了までに後2半荘は行けそうだ」
「ちょ、ちょっと。ちょっと休ませて……」
そんなやり取りを繰り返すうち、
周りは私達と麻雀を打つ事を避けるようになった。
トラウマがぶり返す。
それは、あの日妹が見せた表情。
私と打っても楽しくない。
ああ、やっぱり。私は。麻雀を打ってはいけない。
負の感情が顔を覗かせる。
沈みゆく私を掬い上げた人。
それもやっぱり菫だった。
「もったいない話だ。日本最強レベルの相手と
打てる機会なんてそうないのにな」
「…だからって、勝ち目がない
ゲームなんてつまらないでしょ」
「その発想自体が間違いだ。
勝ち目がないなんて思うから負ける」
「まあいいさ。私としては、お前を
独り占めできるから悪くない」
にやり、と菫が口角を上げる。
その笑みを見てゾクリと鳥肌が立った。
確かに強いのは私の方だ。
麻雀で蹂躙するのは私の方だ。
でも、菫が浮かべた笑みは、
明らかに捕食者のそれだった。
のど元に牙を突き付けられたような感覚。
なのに、それにすらもどこか悦びを覚える私は、
もう手遅れなんだろう。
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照は決して暗愚ではない。むしろ聡明な部類だろう。
だが、その知性がコミュニケーションに
生かされる事はなかった。
おそらくは何か過去に傷を負ったのだろう。
人と関わる事を避けているようにも感じる。
麻雀部での騒動を通じて一度は心を開き掛けてはいたが、
どうやら扉は再び閉ざされたようだった。
もっとも例外も存在する。それが私だ。
喜ばしい事に、照もそれなりに執着してくれているらしい。
だがそうなると、それはそれで軋轢が生まれる。
照とは違い、私は人に囲まれる事が多いからだ。
麻雀部では引かれ始めた私だが、
外部での人気は維持し続けたままだった。
「ひ、弘世さん!これ、食べてください!」
「ああ、ありがとう」
「……」
「おっ、弘世さんじゃん。インターハイ頑張ってね」
「どうも。まだ出場できるとは限らないけれど」
「はは、なーに言ってんのさ!インターミドル全国出場者が
外されるわけないじゃん!」
「……」
「弘世さん、今年の麻雀部は凄いらしいですね。
期待していますよ」
「人事を尽くします。もっとも、
今の麻雀部の勢いは私が原因ではありませんが」
「ふふ、ご謙遜を。皆さん
弘世さんの事ばかり口にしていますよ」
「……」
佇んでいれば声を掛けられる。
照が一緒だろうとお構いなしに。
一見すれば我関せずという装いの照だが、私にはわかる。
不機嫌だ。照は怒ると眉が2,3mm下がる。
私はそれに気づきながらも、いつも通りの対応を続けた。
やがて生徒が離れると、照は低い声で囁く。
「流石、親切な人は人気者だね」
声音に嫉妬が含まれている。酷く気分が上向いた。
そうだ、それでいい。私だけ執着してるってのも癪だ。
お前も私に囚われろ。
「ならお前もそうなったらどうだ。
お菓子がもらえるかもしれないぞ」
「いいよ。私は菫がもらった分を食べるから」
「興味がない人に尻尾を振れる程、
私は人に興味がない」
「随分な言い草だな。なら私は
お眼鏡に適ったと思っていいのか?」
「うん。菫が諦めない限りは、私も菫を見続けてあげる」
「そうか。ならお前は、一生私から離れられないな」
少しずつ、少しずつ歪んでいく。
歪んで、絡んで、解れなくなっていく。
それを止める者は、もう誰も居なかった。
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そして、私達は二人で打ち続ける
もはや周囲から隔絶された空間で。
私達を遠巻きに眺めながら人々は言う。
才能がある人間は、やはり、
どこかおかしいものなのだと。
小耳に挟んだその声に嘲笑が浮かぶ。
滑稽な話だ。お前達から見た私も。
照から見た私も大して変わらないだろう。
身の丈を知って諦めるか、それでも諦めず
手を伸ばすかの違いしかないのだ。
私は手を伸ばす。いつか必ず、
照を手中に収めるために。
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手を伸ばす。もっとも――
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――照に近づく者はもはや、私以外誰も居ないが。
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照と出会ってから1年が経過した。
途中、白糸台高校の全国制覇なんて
話もあったが些細な事だ。
結局私は照に麻雀で勝ててはいない。
だが、最近はそれでもいいかと思い始めた。
よくよく考えてみれば、
照を打ち倒したところで旨みがない。
その後に待ちうける結末を想像して愕然した。
要は、退屈な日々へ逆戻りするだけじゃないか。
照は言った。私が挑み続ける限り、
私から目を逸らす事はないと。
なら、照にはずっと立ちはだかってもらおう。
「よし、今日こそは勝つぞ、照」
「……」
自分が凡人である事を実感するために。
狂おしい衝動に身を任せるために。
私は今日も照と打つ。
だがある対局の終わり際。
ぽつりと呟いた照の言葉が、私の耳に妙に残る。
「菫は、もう。勝とうと思えば勝てると思うよ」
「だって。菫の方が狂ってるもの」
私は聞かなかったふりをして、
またサイコロを回し始めた。
<完>
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依存して
好きな人と一緒にいる為に負け続ける。
目的と手段が入れ替わり、そして感情は狂い出す……
やっぱりあなたの作品は大好きです。
あのメンバーがいれば流石にそれなりに張り合えるだろうし
ここの菫さんはあらゆる手段で執着する相手を手に入れようするのが好き
>目的と手段が入れ替わり
菫「勝つことで関係が変わることを恐れて
一歩を踏み出せない。狂ってるな」
照「まあ、弘世菫が勝ったら勝ったで
今度は私が病むだろうけど」
>高1設定なのかな
菫「高校入学当初からスタートで
1〜2年の話だ」
照「もっともこの話だと私達は二人で
閉じこもるから、淡を
スカウトしにはいかないけどね」
>るねちゃん先輩
琉音
「私自体は折れたわけじゃねぇ。
ただ、あのままこいつらを
ローテで打たせ続けたら
部が崩壊すると思っただけだ」
菫「後は、気概のある人間は私が
無意識に遠ざけていたというのもある」
菫「独り占めの邪魔、だからな」