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【咲-Saki-SS:爽ネリ】ネリー「後はただただ、地を這い、地を這い」【依存】

<あらすじ>
リクエストがそのままあらすじです。


<登場人物>
ネリー・ヴィルサラーゼ,獅子原爽

<症状>
・依存

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・麻雀スランプ期に陥ってやさぐれていた
 高校二年生のネリーが、大学進学とともに
 上京してきた爽と出会い、優しい爽に依存してく話
 →思った以上になんだこれ、な感じになりました。ごめん。

※インターハイ決勝戦前の状態で執筆しています。
 決勝戦の展開如何では
 矛盾が発生するかと思いますがご容赦を。

※現在グルジアはジョージアに国名を変更しており、
 かつ経済的にも安定した国となっています。
 ただし、いまだ戦争が続く不安定な領域もある状態です。
 本作において、ネリーの出身地域は
 不安定な紛争地域として描写しています。



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流れ。

人は誰しも、持って生まれた流れがあり、
幸運の総量が決められている。
運命、そう読み替える事もできるだろう。

総量を変える事は叶わない。
ゆえに、多くを授からなかった者は。
ただただ地を這い耐えるしかない。

そして私、ネリー・ヴィルサラーゼは。
『持たざる』部類の人間だった。


サカルトヴェロの独立直後に生まれた私。
その人生は幼い頃から内紛と共にあった。
情勢が好転する見込みはなく、銃声に耳を覆い震える毎日。
不安と恐怖。感じずに過ごした日々などなかった。

生活も酷く困窮している。
聞けば、我が国の経済成長は著しいとの噂だけれど。
辺境の地に住まう私達がそれを実感する事はなく。
むしろ、その富は自分達には分配されないのだと知り
絶望するだけだった。


そんな私が掲げた人生の目標は『生きる』事。
何より、故郷の仲間を『生かす』事。
だからこそ私は祖国を離れ、
遠い日本の地を這っている。

そう。端的に言えば出稼ぎだ。
この時点で、最初から日本に生まれついた人間に、
ツキで負けていると認めざるを得なかった。


ただ、一つ。私が他の人間と比較して
『持っていた』ものがある。
自身のツキを制御できる能力だ。

仲間は私をこう呼んだ。『運命奏者』。
そう、例えツキの流れと量が決められていたとしても。
それをどう扱うか、私は自由に決められるのだ。


生きるため、この能力を最大限利用する。
だから麻雀を生業に選んだ。
少しでも、皆に幸せを届けるために。

プロ雀士は巨万の富を得ると聞く。
何より、純粋な実力だけで勝敗が決まらない点がいい。

決して多いとは言えない運だけど。
それでも一転集中すれば、時には
幸運の塊である日本人すら突き破る鉾となるだろう。


そして私は飛翔する。羽ばたき目指す国は日本。
金払いのいい国だから。日本で荒稼ぎして、
稼ぎを仲間のために使おう。

能力の使い道としてはこれ以上ない選択だった。
そう。ある一つの『誤算』さえなかったなら。



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『後はただただ、地を這い、地を這い』




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スランプ。

高校二年生になって訪れたそれは、
私にとって死に至る病に等しかった。

私にとっての麻雀は、生きていくための食い扶持だ。
腕が鈍れば人生に暗雲が立ち込め、
戦力外を通達されれば命脈が尽きる。
文字通り死活問題なのだ。


スランプの原因はわかっていた。
ツキの調整がうまくできなくなったからだ。

これは、私だけが知っている事だけど。
人間は個人差こそあれ、一日で使える運の総量が決まっている。
人生において運の総量が決まっているように。

だからこそ流れをくみ取り、
どこかの局面で運を集中させる必要がある。
あるのだけれど…かき集めても、かき集めても。
他者を打ち破る量に届かなかった。

もしや『使い切ってしまった』のか。
もう私には、雀の涙程度の運しか残っていないのか。
そう考えて震えたものの、どうやらそれも違うらしい。
ごくまれに勝てる時もあるからだ。

総量が枯渇したというよりは、蛇口が詰まっているような印象。
でも、それがどうしてかはわからない。
内容が内容だけに、周りに相談して解が得られるとも思えず。
かと言って、対処法も思いつかない。

心が荒んでいくのがわかる。
日に日に機嫌が悪くなり、
周囲に当たり散らす日が多くなる。
そんな自分を嫌悪して、より一層気分が落ちる。

堂々巡りの悪循環。
それが、私を取り巻く現状だ。


「ロン。8000」


涼やかな発声とともに、対面の明華が牌を倒す。
苦境にあえぐ私とは対照的に、
彼女は高らかに飛翔していた。
一体どうして差がついたのか。
去年は私の方が強かったはずなのに。

わからない。わからないから、
私は今日も地を這うしかない。

結局この日も私は惨敗した。
何度も噛み締めた唇からは血が滲み、
鈍い痛みが涙腺を緩ませる。

痛いのは体か、心か。
それすらもわからなかった。



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部活を終えて帰路に就く。
学校から数分とかからない場所にある寝床に、
しかし時間をかけて歩く事にした。

普段と同じ事をしたら駄目だ。
変わる必要がある。少しずつでも変化しなければ。

などと言えば格好はつくけれど、実際には
単なる現実逃避に過ぎない。
家に帰り独りになれば、
将来への恐怖と不安が圧し掛かってくるから。
何も考えず疲れる方がまだましだった。


トボトボと肩を落として歩く。
まだ明るさが残る逢魔が時。
私と同じように下校する学生は、
友人と楽しそうに談笑している。


『頑張り過ぎてクタクタだよー。
 ここらでケーキでも食べに行かない?』
『いや、疲れてるならさっさと帰れよ。第一夕飯時じゃないか』
『わかってないなぁ。心の休息って奴だよ!』


唇を噛んだ。同じヒトとして生まれついたのに、
なぜあの娘は能天気に笑っていて、
私はこんなに苦しいのだろう。

名も知らぬ少女に憎しみを籠める。
悪い事ではないと思った。麻雀の強さは思いの強さ。
それがどんな感情であれ、強い思いに牌は応える。

憎め、憎め、憎め、憎め。
憎しみの感情を糧にして、明日は戦いに勝てるよう。
憎め、憎め、憎め、憎め――


――すっごい顔してるぞお前」


呪詛の言葉を紡いでいたら、
不意に声を掛けられた。

声がした方に顔を向ける。
そこには見覚えのある女の姿があった。


「……獅子原」
「お、覚えてたか。お久しぶりだな!」

「何か用?今ネリーは忙しいんだけど」
「嘘つけ。他人に呪詛を
 投げかけるくらいには暇なんだろ?」

「いやぁ助かった。こっちに引っ越してきたばっかりでさ。
 ぶっちゃけ道に迷ってたんだ」

「というわけで、道案内をよろしく頼む!」


ニカッ。まるで擬音すら
聞こえてきそうな笑顔で獅子原が笑う。
反対に、私は顔をしかめて見せた。



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闇が支配し始めた道を、二人並んでスタスタ歩く。
別に聞いてもいないのに、獅子原は口を動かし続けた。


「似たような景色が多いんだよなー。
 ぱっと見で目印になるものが意外とないしさ」

「あのコンビニを目印にしよう、とか思うだろ?
 ところがどっこい、数十歩歩いたら
 同じ系列のコンビニが現れる。
 目印になるようでならないんだよな」


獅子原はなおも喋り続ける。
その大半に興味はなかったけれど、
少しだけ私は口をはさんだ。


「アレは?ほら。でっかい鳥隠し持ってたよね?
 空から見てもらえばいいじゃん」

「ああ、フリか。あいつが居れば余裕なんだけどなー。
 流石に上京に連れてくるわけにもいかないし」

「え?置いてきたの?」
「ああ。アイヌの神様だからな。一時的な遠征ならともかく、
 ずっと引きずり回すわけにもいかない」


眉を下げながら、でも左程
困っていないように獅子原は笑う。


「え?ならなんで東京に来た?
 アレ、そんな簡単に手放せる能力じゃないよね?」

「能力を捨ててまで、何をしに東京に?お金?」

「んー。生まれてこの方ずっと北海道に居たからな。
 一度は本州で暮らしてみようかと思って」

「……それだけ?」
「ああ、それだけだ!」


ふつふつと、憎しみが鎌首をもたげ始める。

ああ、こいつもさっきの学生と同類だ。
生まれつき幸運。だからこそ、かけがえのない能力を
あっさり捨てて笑っていられる。

根拠もなく信じているのだ。
自らの人生は成功裏に終わる。そう決まっていると。
だからこうして、漠然と人生を浪費できる。


「またその顔か。相当溜まってるみたいだな」
「お陰様で。能天気に生きられて羨ましい限りだね」

「そういうお前は随分息苦しそうだな」
「生まれつきだよ。最初から住む世界が違うだけ」


「そうか?私には、お前が自爆してるように見えるけど」


ぴたり。規則的に動かしていた歩みを止める。
ぎ、ぎ、ぎ。獅子原の顔を見つめる。
次の瞬間、私の口から。酷く低い声が漏れた。


「今。なんて言った」
「自分から苦しみに身を投じてるって言った」


刹那、目の前が真っ赤に燃える。
思考が真紅に彩られ、理性で制御できなくなる。

視界が晴れた次の瞬間。
私は獅子原に掴みかかっていた。


「お前にネリーの何がわかる!」
「苦しんでるってのはわかるよ」

「それが自業自得だと!?」
「もっと楽な道があるって言ってるだけさ」


「ネリーにそんな道はない!
 ネリーはお前達ほど幸運じゃないんだ!!」


吠えた勢いのまま獅子原を壁に押し付ける。
怒りは烈火の如く燃え上がり、私自身を焼き尽くしそうだ。

なのに、怒りを向けられた獅子原自身は。
なぜか場違いな笑みを浮かべていた。
それはさながら、聖母のような。慈しみを籠めた微笑み。


『憐み深い人達は幸いである。彼らは憐みを受けるであろう』
「……っ!!」


マタイによる福音書第7章。
予想外の人物から飛び出した予想外の言葉に、
毒気を抜かれて静止する。

そんな私を、まるで包み込むように抱き締めて。
獅子原はそっと囁いた。


「独りで苦しむな。つらいならつらいって言え。
 周りに泣きつけばいいんだ」

「なっ……っ!」

「そうしてくれる奴が誰も居ないって言うなら。
 私が、宿り木になってやる」


耳から入り込んできたその言葉は、
私の中に染み込むように広がっていく。
張りつめていた何かを断ち切り、
胸が苦しくなって耐え切れなくなる。


「っ…ぅっ、っ……うるさい!!」


涙が零れそうになる。必死に堪えようと唇を噛む。
精一杯の虚勢を張りながら、
でも小さく肩を震わせる私を抱いて。
獅子原は優しく頭を撫でた。


「だーかーら、堪えようってするな。
 泣いとけ。じゃないとお前、壊れちゃうぞ?」


「大丈夫だ。今は、私しか居ないから」


無理だった。もう、自分を抑えきれない。
やがて震えが嗚咽に変わり、嗚咽は慟哭に姿を変えた。

涙がボタボタと零れ落ちて獅子原の服を濡らす。
それでも獅子原は意に介さず、私を抱き締め続けてくれた。



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『宿り木に使え』

獅子原はそう言った。そしてそれこそ。
私が今、求めてやまないものだった。

私にとって、故郷は庇護するべき存在。
言うなれば餌を待つ雛鳥だった。
餌を運んでやる必要がある。私が親鳥となって。


遠く故郷から羽ばたいて、休める場所なんてどこにもなかった。
あえて挙げるなら臨海のチームメイトだろうか。
でも、あいつらも将来のライバル候補だ。
手の内なんて晒せない。まして心の奥底なんて。

宿り木の不在。休みなく地を這い羽ばたき続ける私は、
もうボロボロだったんだろう。


そこに突如として現れた獅子原の存在。
私は瞬く間に獅子原に傾倒していった。
自分でも恐怖を覚える程急速に。


「…というわけで。
 ネリーは今、どん底にいるんだよ」


悩みを全部ぶち撒けた。
他のライバルには話せない事も獅子原なら話せる。
能力を失い麻雀もやめた獅子原は、
その意味でも格好の相手と言えた。


「はー……幸運の絶対量に、一日に使える幸運の制限か。
 お前、本当に息苦しい人生を送ってるな!」
「好きでそうしてるわけじゃないよ」

「そうか?私からしたら、
 生き急いでるようにしか思えないけどな」
「は?ネリーは生きるために働いてるんだけど」

「だってさ、幸運の量に制限があるんだろ?
 なのに、その幸運を消費しないといけない麻雀を選ぶって。
 それを生き急ぐって言わずになんて言うんだ」
「……っ!?」


獅子原というフィルターを通してみると、
物の形が変わって見える。
自分一人で考えて、『これしかない』と思えた道。
なのに、改めて言われてみれば。
確かに自殺行為に他ならなかった。


「間違いとは言わないさ。確かに、
 大金を稼ぐだけなら最短ルートだ」

「稼いだ金を故郷に送れば、お前に関わる
 仲間は幸せになれるんだろう。
 でも。その結果、運を使い果たしたお前はどうなるんだ?」

「……」

「……それでも、ネリーはお金がいるの」

「目的まで否定はしないさ。ただ、
 手段を見直せって言ってるだけだ。
 お前が潰れちゃったら、どのみち目的は達成できないだろ?」

「聞いてて思ったけどさ。お前、自己犠牲が過ぎるよ。
 お前の人生なのに、自分の幸せが勘定に入ってない気がする。
 そんなやり方じゃ続かない」

「……でも」

「まあ聞け。私は、蛇口が開かないのも
 それが原因だと思ってるんだ」


「無意識にセーブしてるんじゃないか?
 『これ以上は危ない』って」


背中を冷たい汗が通り抜ける。
ツキの枯渇。一度は考えた可能性。

あり得ない話じゃない。
人生の長さに対して、ツキを使い過ぎているから、
本能的にストップを掛けているのだとしたら。
確かに納得のいく話だった。


「でも。だとしたらネリーはどうすれば」


使い過ぎれば枯渇する。でも、
今使わなければ道は閉ざされる。
もう生路が見つからない。

そんな私を見て獅子原は肩をすくめた。
まるで、なぜ気づかない?とでも言わんばかりに。


「別に、お金を稼ぐ道は
 麻雀だけじゃないだろう?」

「そうかもしれない。でも時間が掛かりすぎるよ。
 ネリーは今お金がいるんだよ」

「それで、自分が死んじゃってもか?」

「……」


言葉を失う。

死。それ自体は、可能性として考えてはいた。
でも実際、明確に突き付けられると心が震える。
運が尽きたらどうなるのか。
ツキに見放されて終わるだけなのか。
それとも、獅子原の言うように。そのまま。


死、死、死、死。


「ネリー、死んじゃうのかな」
「決まったわけじゃないけど。
 最悪の可能性は考えておくべきだろ」


体の震えが止まらない。
生を渇望する思いと、生き方を変える事への恐怖。
ないまぜになった感情は、私を蝕み苦しめる。


「いいから今は考えるな。休んどけ」


獅子原は真剣な表情でそう告げると、
私をすっぽり包み込む。

獅子原に会ってからはいつもこうだ。
苦しむと獅子原が抱き締めてくれて、
そこから涙が止まらなくなる。

もはや抗う気力もなくて。
私はただただ、獅子原の胸に
頬をすり寄せて泣き続けた。



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爽に癒されて、爽に甘える日々。
それは確かに救いだったけれど、
状況が好転したとは言えなかった。


『ネリー。あんた、最後にトップになったのいつだっけ?
 そろそろ結果を見せないとまずいぞ』

『節約してるのかもしれないけれど。やり過ぎたら、
 貯金を使う機会がなくなる事も忘れるなよ』


蛇口が詰まっているのは相変わらずで、
部内ランキングは落ち込む一方だ。
私はどんどん立場をなくし、
心が不安定になっていく。

毎日のように爽にすがって泣き続ける。
もう私には爽しか居ない。
そう錯覚してしまう程に、
私は追い詰められていた。


「だからさ、そんなに苦しいならやめちゃえよ」

「楽しんでるならまだ考える余地はあるけどさ。
 職業だって割り切ってるなら、転職すればいい話だろ」

「今更生き方を変えて、どうやってお金を稼ぐって言うの」

「例えばアイドルとかどうだ?
 お前可愛いしピッタリだと思うけど」


いかにも今思いつきました、
そんな口ぶりで爽はテレビをつける。
でもおそらくは計画済みだったんだろう。
画面に大きく、歌って踊る烏合の衆が映し出された。


「ほら、こっちの奥にいる子。
 真屋由暉子って言うんだけどさ、
 実は私がプロデュースしたんだ」

「もしかしてそれが目的で近寄ってきたわけ?」

「そんなわけないだろ。ただ、
 お前の目的に対する手段としては
 悪くないって思っただけさ」


煌びやかな衣装に身を包み、
甲高い声で囀る(さえずる)小鳥達。
あの中に自分が混ざる?
客寄せパンダになる事に抵抗はないけれど、
正直想像がつかなかった。


「ま、今すぐ決める必要はないさ。
 でも、この道なら雀士と共存もできるだろ?
 もうダメだ、と思った時に選択してもいい……」


穏やかな表情で語る爽。でも、
次に映し出された映像を見て表情が曇る。


「……っ」


一瞬表情を強張らせた爽は、
それとなくリモコンを手に取り。
素早くチャンネルを変えようとした。


「なに?なんで急に変えようとするの?」


反射的にその手を制する。
画面に映るのは煩そうなアナウンサー。
特段事件性も感じられない。


『さてここで緊急のお知らせです!
 って、知ってる人は知ってるのかな?
 当局は次回全米麻雀トーナメントの
 スポンサーになりました!』

『というわけで、当日は決勝の様子を
 16時間ぶっ通しで生放送するよ!
 ってこれすこやん死んじゃわない?』

『別に私一人で解説するわけじゃないよ!?
 プロのみんなでローテーションするからね!?』

『ていうか日本の雀士は出ないの?
 賞金すごいよ?優勝したら200万ドル。
 すこやんのその服が約67000枚買えるんだよ?』

『なんで3000円って知ってるの!?…コホン。
 ええと、なぜ日本のプロ雀士は出場しないかと言いますと…
 この大会、出場資格が不要な代わりに、
 予選の回数がすごい多いんですね。
 プロリーグに参加しながらでは
 規定の試合回数を満たせないと思います』

『逆に言えば、アマチュアや学生でも
 試合回数さえこなせれば出場が可能です。
 当日は無名の雀士が活躍するかもしれませんね』

『なるほどなるほど!チャンスは
 みな平等に用意されてい――』


ブツリ。そこで画面は暗転し、ただ真っ黒の闇へと変わる。
振り向けば爽がリモコンを画面に向けていた。


「なるほど。爽はこれを知ってたわけだ」
「見たら、お前が死に急ぎそうだなと思ってさ」

「そりゃそうだよ。200万ドルだよ?
 手っ取り早くお金が稼げる」
「たった2億だ。命の金額には足りない。
 生涯年収で考えるべきだ」

「ねえ爽。ネリー、前にも言ったよね」


「ネリーは。『今』お金がいるの」


「……だったら。私も同じ言葉を返すよ」


「それで、自分が死んでもいいのか?」


視線が激しく交錯する。

それは一度投げ掛けられて、
私を震え上がらせた言葉。
でも、あの時とは少し状況が違っていた。

符合するのだ。この日が来るのを見通して、
無意識にツキを節約していたと考えるなら。
あるかわからないリミットよりも、
こちらの方がよほど納得がいく。

もう一つ。私は追い詰められていた。
蛇口が詰まり続けた結果、
臨海に居場所がなくなりつつある。
どうせ道を継続するにも、一発逆転が必要なのだ。


「それに。爽が言う理由が真実なら、
 どうせ出場しても勝てないよね?」

「だからネリーは出てみるよ。
 勝てなきゃ素直に諦める。
 それでいいでしょ」


爽は口をもごつかせながらも、結局は渋々頷いた。
実際のところ、爽の仮説だって根拠はない。
私のチャンスを摘み取るには、判断材料が足りな過ぎるのだ。


「ヤバい、って思ったらすぐ止めるんだぞ」


爽は浮かない顔のまま、そっと私を抱き寄せる。


「……うん」


そんな爽に生返事を返しつつも。
頭の中では、いかに長丁場を戦いきるか。
それだけをずっと考えていた。



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一時は沈黙を続けたツキの蛇口。
いざ大会が始まってみれば、
栓が壊れたかのごとく溢れ続けた。


「エルティ(1)」


確信する。苦渋に満ちた雌伏の時は、
全てこの戦いのためだったのだと。


「オリ(2)」


一日に使える総容量が増えている気がする。
私は丁寧に調整を繰り返し、
でも使うべき時は躊躇せずツキを注ぎ込んだ。


「サミ(3)」


何しろ全世界の猛者が集う祭典だ。
日本の学生の、青春作りとはわけが違う――


「オトゥヒ!(4)」


――出し惜しみして勝てる相手ではない!


『おおおおおー!!ヴィルサラーゼ選手、
 怒涛の4連続和了!得失点差で17位に食い込みました!
 これは決勝進出確定か!!』


興奮気味のアナウンサーが告げた通り、
私は決勝への切符を掴む。

ここまで来れば後一息だ。
決勝は32人でのトーナメント。

優勝まで後4回。後たった4回で、
私は悲願を成し遂げる事ができる。
いまだ喋り続ける実況の声を聞き流しながら、
私は意気揚々と会場を後にした。



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『いやー、日本人は全滅しちゃったけど
 希望がちょっと残ったね!
 ヴィルサラーゼ選手といえば、
 臨海女子高校に所属する2年生!
 これは応援せざるを得ないでしょ!』

『ヴィルサラーゼ選手は、去年のインターハイでも
 安定した強さを見せていましたね。
 しかも、あの頃より火力が増している気がします』

『……ですが』

『おおっと、ここで日本最強から定番の辛口コメント!
 ですが、ですが何?』

『過去、彼女が4連続和了を見せた事はありませんでした』



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『それが、純粋に成長した結果であればよいのですが』




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会場を後にして、爽が待つロビーに戻る。
すでに吉報を聞いただろう爽は、
でも泣きそうな顔をしていた。

その表情に気圧される。とても祝福の顔じゃない。
むしろ、絶望。そう形容するに相応しい表情だった。


「すっごい顔してるよ、爽」
「そりゃ、こういう顔にもなるさ」

「まだ結果聞いてない?決勝進出確定だって」
「ああ。だからこんな顔してるんだ」


「なんで?喜んではくれないの?」


おどけるような言葉を前に、爽は表情を強張らせる。
言うべきか、言わざるべきか。
逡巡を繰り返すようなそぶりの後。
爽はゆっくりと口を開いた。


「ネリー、ここまでだ。これ以上は本当に危ない」


予想通りの台詞に歯噛みする。
言われるとは思ってた。
でも、言われたくなかった言葉。


「私が気づく位なんだ。お前だって気づいてるだろ?」

「お前という器に注がれた何か。
 それが、どんどん減っていくのがわかるんだ」

「今まではカウンターをオーバーしてたから
 気づかなかったんだろうな」


「でも。今はもう。残り少ないのがわかる」


重苦しい沈黙が周囲を支配する。
爽が告げる警告は事実。
もしこのまま続ければ。
この大会を終えた時。
私は、全てのツキを使い果たすだろう。


でも。


「だからこそ、やめるわけにはいかないよね?」

「……っ」


人生における幸運の絶対量。
その上限は決まっていて、後から補充する事はできない。
だとすれば。今この機会を逃して、
その後どうやってお金を掴むというの?

そう、今こそ一番高く飛ぶ時。その後、
地べたに叩きつけられるとしても。


「死んじゃうかもしれないんだぞ」

「ここでやめても死んじゃうよ?
 一気に死ぬか、緩慢に死ぬかの違いだけ」

「今やめれば死なない。まだ少しは残ってる。
 お前の人生、私に預けてくれないか」

「前に言っただろ。アイドルプロデュース。
 あれは夢物語なんかじゃない。
 全米トーナメントで決勝に残った。
 その事実だけでもお前は食べていけるんだ」

「だから、頼む。これ以上生き急がないでくれ」


人生を爽に預ける。聞きようによれば
プロポーズとも取れるそれは、少なからず心を揺らす。

でも、私の心は決まっていた。
首を縦に振らなかったのは、爽への思いが弱かったから。
ううん、違う。むしろ逆だ。


爽が居てくれるからこそ。
私は、自分を投げ捨てられる。


「ねえ爽。一つお願いがあるんだ」
「……なんだ」

「ネリーね。この戦いが終わったら、
 勝っても負けても空っぽになるよね」
「だから、そうなる前にやめろって――

――聞いて。ネリーはもう、心を変える気はないよ。だから」


「ネリーが『空っぽ』になった後の事。
 お願いしてもいいかな」
「っっ……!!!」


爽が唇を噛み締める。口の端から血が滲む。
見ればうっすらと目に涙も滲んでいた。


「……どうして。どうしてお前はそこまで……っ」


悔しそうに、無念そうに。
絞りだすような声で爽は零す。

『どうして』か。言われてみたら考えた事はなかった。
どうして私はこんなに生き急ぐんだろう。
わからない。そもそも選択肢があったかすらも。

ただ。一つだけわかる事はある。

もし仮に。たらればを語るのは雀士失格だけど。
もし。もう少しだけ、爽に出会うのが早かったなら。
別の道があったのかもしれない。

でもそれは。ちょっとだけ遅過ぎた。



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そして、決戦の日から数日後。




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ネリー・ヴィルサラーゼと呼ばれた雀士は――




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――惜しまれながら、姿を消した。




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なあ だから、やめとけって言ったじゃないか


たかだか数億のために躍起になって
これでお前は満足なのか?



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ああ 賞金の行先か?
ちゃんと言われた通りに使ったさ

ああ 喜んでたよ
泣いて、泣いて、喜んでたよ
ああ、でも喜んでたのかな
悲しんでたのかもしれない

泣きじゃくってたからわからないや



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なあ、ネリー
これで、お前は満足なのか?




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ん?大満足だけど




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下半身不随。

それが、空っぽになった私が迎えた結末だった。


決勝を制して拳を掲げ。
立ち上がろうと椅子に手をかけた時、
下半身の感覚がない事に初めて気づく。

そこから意識は暗転し。
数か月間の昏睡の後、私は歩けなくなっていた。


ああ、成程。そういう事か。

私は運命を奏できったのだ。
飛翔して、飛翔して、費消し尽くした鳥。
もう飛ぶ事は叶わない。
後はただただ、地を這い、地を這い。
死に絶えるのを待つだけの日々。


思ったより悲壮感はなかった。
というより、最悪の展開と比較すれば。
『なんだそんな事か』とすら思えてしまう。

結果だけ見れば散々だ。
自力では満足に動けなくなり、
お金は全部送ってしまった。

ツキも、能力も全て失い。
文字通り、私自身は空っぽになった。


それでも私は笑っていられる。
だって、そばに爽がいるから。


長い入院生活を経て職を失った私は、
爽に誘われて北海道に移住した。
自然豊かな有珠山は、ちょっとだけ故郷に似てる。

静謐な空気が宿る高原の中、
爽が押す車椅子に揺られながら。
私は幸せを噛み締めている。


「なんとなくだけどさ。ちょっと思うんだよね」
「何を?」

「あの日、蛇口が詰まったのはさ。
 大会に備えるためだけじゃなくて」

「爽を、捕まえるためだったんじゃないかなって」


思う。あの日、スランプに陥っていなければ。
私は爽に依存しなかったかもしれないと。

思う。爽に出会っていなかったなら。
あのトーナメントで全てを
出し切れなかったかもしれないと。

だって、もし爽が居なかったなら。
死んだ後、賞金を託せる人すら居なかったのだから。


「なんだそれ。ものすごい複雑なんだけど」
「どうして?普通に褒めてるよ?」

「私のせいで半身不随になったようなもんじゃないか」
「うん、否定はしないよ。だから一生面倒見てね」

「はいはい。わかりましたよ」


爽は優しい。どこまでも優しい。
だから、こんな風になった私を絶対に見捨てない。
それがわかっているからこそ、私は今幸せに浸っていられる。

でも。正直疑問でもあった。


「ねえ爽。爽はどうして、ネリーにここまでしてくれるの?」
「ん?」

「前、爽は言ったよね。ネリーの生き方は自己犠牲が過ぎるって。
 正直、爽もどっこいだと思うんだけど」


そうだ。私の生き方に散々苦言を呈した爽だけれど。
果たして人の事が言えるだろうか。


大して親しいわけでもない、かつてのライバル校の生徒を保護して。
毎日毎日、泣きじゃくる頭をそっと撫で続けた。

しかも、その少女は言う事を聞かず暴走し、
制止を振り切って海外に渡ってしまう。
それにすらわざわざついていき。
挙句、機能を欠損した不良品を押し付けられた。

それでも、爽はそんな不良品の面倒に生涯を費やすと言う。
それはもう、十分自己犠牲と呼べるレベルではないか。


「ねえ。どうして?」


爽の顔を覗き込む。爽はばつが悪そうにそっぽを向いた。
それでも見つめ続けると。やがて観念したかのように、
ぽつり、ぽつりと語り始める。


「なん…ていうのかな。
 私達、意外と似た者同士なんだよな」

「ネリーと爽が?」

「ああ。そういう星のもとに生まれついてるっていうか」

「小さい頃、生死の境を彷徨った事があるんだ。
 結局はカムイに助けられたんだけど」

「子供ながらに、死がにじり寄ってくるのがわかった。
 泣いても叫んでも、誰も助けに来てくれなくて。
 すごく心細くて怖かった」

「だからかな。どうしてもほっとけないんだ。
 ……独りで、苦しそうにしてる奴を。
 あんな思い、誰にもして欲しくないからさ」


爽は語る。カムイが使えるようになってから、
色んなところで人助けをして回るようになった事。
そのせいで、時には死にそうになった事。
その度に周囲を泣かせてきた事。


「東京に出てきたのもさ、実は、
 周りに押し切られたからなんだ」

「このままカムイを使い続けたら。
 いつか私は、誰かのために命を落とす事になる。
 そうなる前にこの地を去れって」

「正直余計なお世話だと思ってた。
 でも、今回のお前を見て思い知ったよ。
 ああ、私はこんなにつらい思いを、
 周りに押し付けてたんだってさ」

「ま、だから私のヒーロー稼業も店じまいだ。
 後はお前の面倒を見て余生を過ごすよ」


会話を締めくくるように言葉を区切ると、
爽は止めていた車椅子を動かし始める。

それ以上言葉は続かず、やがて沈黙が訪れる。
でも、噛みしめるにはちょうど良かった。


(……そっか。似た者同士、か)


思う。私はてっきり、自分が一方的に
爽に依存していると思っていたけれど。
実際は少し違ったのかもしれない。

多分、爽は他人のためにしか生きられない性分なのだ。
なのに生きる意義を奪われて、失意の中一人彷徨っていた。

あの日ボロボロになった私は、宿り木を希っていた。
でも、宿り木は宿り木で。
休んでくれる鳥を待っていたのかも知れない。


「そういう事なら、どっぷり依存しちゃっていいよね」
「何の話だ?」
「別に。大好きって言っただけだよ」


明らかに字数違っただろ。なんて苦笑しながら
爽は車椅子を押し続けた。



--------------------------------------------------------



かつて、飛翔を続けた鳥は。
力を失い地べたに落ちた。

もはや羽ばたく事は叶わない。
それでも鳥は幸せだ。

だって、傷ついた体を守ってくれる鳥籠がある。
もう、無理に飛ぶ必要なんてないのだから。


鳥籠の名前は爽。
私を、そっと包み込んでくれる人。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2017年08月13日 | Comment(7) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
幸せなエンドでホッとしました。

どこか危機感のある能力と性格。たしかにふたりは似た者同士かもしれませんね。
Posted by アイアンマソ at 2017年08月13日 21:42
実は生まれた時から爽に会うために運を使ってたのかも、と思いました。
ごちそうさまです。
Posted by at 2017年08月13日 22:00
ネリーは不安定な感じが好きすぎる。最高でした。
Posted by ととろ at 2017年08月14日 04:15
よかったです!
Posted by at 2017年08月14日 11:57
カムイは置いてきたってことはパウチックスでふひゃらされるネリーはいないのか...
Posted by at 2017年08月14日 13:31
ネリーの不安定な所と爽の優しさがとても良かったです。
最後の似た者同士と空っぽのネリーのセリフがたまりませんでした。
Posted by at 2017年08月14日 19:05
コメントありがとうございます!
どこか危機感のある能力と性格>
爽「ネリーがまだ未知数だけどな!」
ネリー
 「意外と本当に
  がめついだけかもしれないよね」

実は生まれた時から爽に会うために>
爽「まさか読みあてられるとは」
ネリー
 「最初はその展開だったんだよね」

ネリーは不安定な感じが好きすぎる>
爽「個人的には天江衣に近い
  枠じゃないかなと思ってる」
ネリー
 「サトハと同じで序盤から出てきてたしね。   一杯語ってくれると期待してる」

ふひゃらされるネリー>
爽「まあ正直都会だと使い道ないしなぁ」
ネリー
 「まあ嫌いじゃないよ」

空っぽのネリー>
爽「ネリーって計算高くて
  したたかだと思うんだよな」
爽「その計算の求める先が、
  自分の幸せを度外視した
  誰かの幸せだったら…」
ネリー
 「まぁその辺は原作に期待だね」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2017年08月19日 20:03
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