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【咲-Saki-SS:恭咲】 咲「視線の檻」【異常行動】
<あらすじ>
団体戦準決勝。
末原恭子に徹底マークされた宮永咲は、
言い知れぬ不安に襲われる。
癖が、表情が読まれている。
行動を見透かされている。
元々末原に苦手意識を持っていた咲は、
より恐怖を募らせた。
得体のしれない不思議な能力者。
咲は末原をそう判断する。
でも彼女の行動は、
タネも仕掛けもないもので――。
<登場人物>
末原恭子,宮永咲
<症状>
・異常行動
・あまあま砂吐き
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・咲さんと恭子さんの話。
咲さんが好きな恭子さんを
自分しか見えないよにする感じで。
シリアスかギャグかはお任せ。
→思った以上にあまあまになりました…!
多分思ってたのと違うごめんなさい。
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末原恭子。
自らを凡人と嘲る彼女には、
自己評価にそぐわない異能がある。
観察力。そう、自分に自信が持てず、
他人を意識し過ぎた彼女。
そんな彼女の特質は、いつしか
類稀なる分析能力へと姿を変えた。
開花した能力は、だが救いに転じるとは限らない。
確かに、彼女の観察眼は大いに母校姫松に貢献した。
だが、より明確になった魔物との溝を目の当たりにして、
彼女は今まで以上に打ちのめされるようになった。
そんな末原恭子を最も打ちのめし、
心をくじき、縛り付けた人物。
一人名をあげるとしたら、
間違いなく彼女になるだろう。
そう、その名は宮永咲。
高校最後のインターハイで、
プラマイゼロの屈辱を与えた少女。
必死でくらいついていたつもりが、
実は掌で踊らされていた。
その事実に気づいた時、末原恭子は心に誓う。
『絶対にお前を倒したる』と。
そして『観察』が始まった。
公式試合すべての映像を洗い出し、何百回と確認し。
視線の揺らぎすら精査する狂気の分析が。
その異常な熱量は。ともすれば、
『恋焦がれている』と言い換えても
よかったかもしれない。
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『視線の檻』
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強くて、得体が知れなくて怖い人。
それが末原さんの印象でした。
酷くやりにくかったんです。
これまで戦ってきた人は皆、
多かれ少なかれ確固たる打ち筋があって。
和ちゃん程ではないにせよ、
相手がどうあれ自分を貫く人がほとんどでした。
でも末原さんは違います。
相手の打ち筋を分析した上で対応を変える。
もちろん、末原さん自身にも
早和了りという武器はあるのだけれど。
それ以上に怖いのが、相手に直接干渉してくる事。
正直、もう戦いたくないなって思っちゃいました。
もっとも、そんな思いとは裏腹に、
私は末原さんと再戦を果たす事になります。
数日空いた後の準決勝。
私は、末原さんへの苦手意識を
より強く抱くようになりました。
(う、うぅ……またカンできなかったよ)
槓材の気配を感じ取ったその刹那。
まるで狙いすましたかのように、
末原さんに邪魔されます。
それ自体は珍しい事ではありません。
私も相手の聴牌気配を察知して
ずらす事はままあります。
でも、末原さんのはどこか違うんです。
感覚ではないというか、
干渉される事に気づけないというか。
何か別の、得体のしれない
技術を使われているようでした。
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「部長から伝言です。姫松の末原さんに
表情を見られてるそうです」
「え、えぇ!?」
表情。それは酷く初歩的な観察手段で、
でも極めて有効でした。
なぜなら、私はポーカーフェイスができないからです。
その事実を告げられて、
逆に窮地に立たされました。
ほら、よく言うじゃないですか。
意識しまいとすればする程、
余計に相手を意識しちゃうって。
どんどん、どんどん、
末原さんが怖く思えてきます。
「わわっ」
思考が沈み込みそうになった刹那。
上家に座る獅子原さんから、
強烈な闇が滲み出します。
反射的にビクリと背筋を震わせて。
『あっ』、と思って横目で見ると、
末原さんが私を眺めていました。
(うぅ、なんで私を見るの……?)
なんだかとっても理不尽です。
だって、どう考えても今警戒すべきは
獅子原さんじゃないですか。
こんなに酷い気配を撒き散らしてるのに。
私ばっかり見てないで、少しは
他の人にも目を向けてくれればいいのに。
(……あ、2巡先に槓材がある)
唇を噛みしめながら山を見ます。
それは確かに助け舟ではあるのだけれど、
素直に喜ぶことはできませんでした。
胸騒ぎがするんです。そう、
これも気づかれているような。
「チー!」
ああもう、やっぱりバレてる。
希望を掠め取られるだけに、
絶望もまたひとしおでした。
(……表情だけでこんなに
わかっちゃうものなの?)
(……末原さん、どこか
おかしいんじゃないかな?)
(……というか、なんで私ばっかり)
恨めし気に末原さんをジト目で見ます。
強い視線で返されました。
それがまた、心を見透かされてるようで。
つい縮こまってしまうんです。
つらく厳しい対局を終えて、
なんとか決勝に進む事ができました。
結果だけ見れば、私は臨海の子に続く2位。
末原さんにも勝った事になります。
それでも。気持ち的には
まるで勝った気がしませんでした。
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ホテルに帰り、ようやく人心地ついたころ。
部長から手品の種明かしをされました。
「ねぇ咲。あなたさ、槓材の気配を感じた時
山の少し先を見る癖があるんじゃない?」
「ふぇ!?あっ、そ、そう言われてみれば」
意識した事はありませんでした。
それは、本当に『言われてみて』気づいた事で。
指摘されなければ私自身わからなかったでしょう。
「末原さんの動きが明らかにおかしかったからねー。
もしかして癖があるのかな?と思って
調べたらビンゴだったのよ。
いやー決勝前に気づけて良かったわ」
「そ、そうですね」
結果を知ってみれば単純な事。
確かに、そんなわかりやすい癖があれば、
末原さんが対応できたのも頷けます。
でも。
「それにしてもよく気づいたものよね。
毎日のように打ってる私達ですら
全然気づかなかったのに」
「ですよね……正直、私自身
意識してませんでしたし」
「どうやって見つけたのかしら。
もしかして、癖を見つける
能力持ちだったりするのかもね」
思案顔で呟かれた部長の言葉に、
ゾクリと背筋が震えました。
そうなんです。癖自体はわかってみれば単純でも、
見つけるのは相当難しいはずで。
どうして末原さんはそれを見つける事が
できたのでしょうか。
知りたいような、知りたくないような。
複雑な気持ちが胸を支配します。
(……なんか、変な能力で
覗かれてたらやだなぁ)
脳裏に浮かぶのは末原さんの熱い眼差し。
異能特有の嫌な感じはしなかったけれど。
だからこそ、不気味で仕方ありません。
(……まあいいや。
どうせもう対局する事もないし)
結局、私は考える事を放棄して。
もやもや晴れない気分をごまかしたまま、
無理矢理布団にくるまるのでした。
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翌日。
気持ちをなんとか切り替えた私は、
それでも末原さんの呪縛から
逃れる事はできませんでした。
「わ、わわっ、す、末原さん!?」
「なんや、そのバケモン見るような反応は。
別に取って食ったりせえへんで?」
理由は単純。決勝戦の会場で、
再び末原さんと出会ってしまったからです。
呆れたように叩かれた軽口は、
私の心を突き刺しました。だって、
正に思ったままだったからです。
(もしかして心を読まれてる?)
そんなありえない疑心にすら囚われて。
いっそ、素直に聞いてみる事にしました。
「その…末原さんって、
もしかして心を読めるんですか?」
「……は?」
「いや、だって……昨日も
私がカンする前に止められちゃったし」
「……はぁ。もしうちが心読めるなら、
2回戦でポコポコ振り込まんかったんちゃう?」
「……あ、そっか。
じゃぁ、何か別の能力ですか?」
「……はぁ」
今日2回目のため息を前に、失言だったと気づきます。
仮に能力だったとして、敵に教える必要もありません。
聞くだけ野暮だったと言えるでしょう。
でも、末原さんは肩をすくめて。
皮肉めいた表情で言ったんです。
「……別にうちは超能力者やあらへん。
凡人にできる事はたった一つや」
「観察。少しでも有利になるように、
何度も対局を見直しただけや」
「か……観察、ですか!?」
「別に驚くところやないやろ。
能力で見破りました、とか言うよりは
よっぽど納得できるんちゃう?」
それはそうかもしれないけれど。
それでも。末原さんが放った言葉は、
私に新鮮な驚きをもたらしました。
言われてみれば、末原さんは
獅子原さんには反応しなかった。
つまり、何か超常的な力を読み取る事は
できないのでしょう。
そんな末原さんからすれば、
むしろ観察という点において、
私や部長より不向きと言えるかもしれません。
それでも、末原さんはやってのけたのです。
自分を凡人と称した上で、できる事を必死で模索して。
きっと、何度も何度も確認を繰り返し。
気が遠くなる程の観察の末、
部長ですら気づかなかった私の癖にたどり着いた。
「……その。何回くらい見たんですか?私の対局」
「ぶっちゃけ引かれる自信があるから、
回数は秘密にさせてや」
その回答で十分でした。だって、
10や20で済むはずがないんです。
毎日のように対局している部員ですら
気づかなかったのですから。
(…すごいな、末原さんって)
得体のしれないタネなんてなかった。
あったのは純粋な努力のみ。
ただ勝利を見据えた信念が、
末原さんの原動力でした。
その思いの強さに感動し。
自分がその対象であった事に
喜びすら覚えてしまいます。
「ま、そんだけやっても、結局は
『普通に打つ』だけの魔物にも
勝てんかったけどな」
軽く息を吐き苦笑する末原さん。
半ば自嘲を籠めながら。でも、
その目から信念の光は消えていません。
眩く輝く意志の中に、自分に
足りなかったものを垣間見ました。
『全部倒す』、なんて大口を叩いておきながら、
敵を研究しなかった。
自分の麻雀さえ打てれば勝てると過信して、
全部部長に任せっきりで。
でも、それじゃダメだって事を。
末原さんは教えてくれたんです。
「……私も、末原さんみたいになれるかな」
「はぁ?何言うとんねん。
むしろこっちがお前になりたいわ」
「末原さんみたいに強くなりたいです」
「お、意外や。宮永、お前ギャグも言えるんやな。
残念ながらおもろないけど」
「ほ、本気です!」
「本気やとしたら余計堪忍や。
これ以上強くなられたらこっちが困るわ」
「でも……お前みたいなバケモンに
そう言ってもらえると」
「少しだけ。報われた気持ちになるわ」
そう眉を下げて笑った後。
末原さんは右手を挙げながら去っていきました。
『うちらの分まで頑張ってな』、なんて
優しい言葉を一言残して。
ただ一人残された私は、なぜか
うるさく鳴り続ける胸を押さえながら。
その後ろ姿を、じっと。じっと眺め続けていました。
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こうして、末原さんは私の心に
深い感銘を与えていきました。
不自然に高鳴る胸の鼓動。
でも、いずれはそれも落ち着くでしょう。
だって末原さんは3年生。
今年が高校最後の夏で、それも決着がつきました。
互いに麻雀を続けたとしても、
次対局するのは3年後。
今の私にとって、3年という年月は長く、永く。
それだけの年月を積み重ねれば、
きっと、思い出も風化してしまうでしょう。
それがちょっと…ううん、すごく残念でした。
(もう1回、末原さんと打ってみたいな)
そしたら今度はもっと楽しい。
だって、きっと正面からぶつかれるから。
ありもしない能力の影に怯える事もなく、
純粋に末原さんの思いを受け止められるから。
でも、その機会は当分来ないのでしょう。
それが心残りでなりませんでした。
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――なんて。
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「なーに寝ぼけた事言ってるの。
末原さん、個人戦にも出てくるわよ?」
「えぇ!?そ、そうなんですか!?」
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実際の再戦は。遠い遠い数年後どころか、
ほんの数日後だったわけですけど。
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本音を吐露してしまうなら。
個人戦に、そこまでの
強い思い入れはありませんでした。
お姉ちゃんとの再会を願うなら、
むしろ個人戦の方が重要だったかもしれません。
でも、逆に言ってしまえば。
団体戦で和解が成ってしまった今。
私にとって、個人戦は後夜祭のようなものでした。
もっとも、部長の考えは違ったみたいですけど。
「ま、私も団体戦に賭けてた人間だから、
咲の気持ちはわかるけどねー」
「でも、どうせ出るからには
今後のために生かしてほしいのよ。
貴女達の代はまだ2年続くんだから」
「とりあえず。この大会で、きっちり
末原さんへの苦手意識を払拭してきなさい!」
ビシッと胸を張って言い切る部長とは対照的に、
気弱な笑いしか出てきませんでした。
あの対局からたった数日。
もう再戦はないと思っていただけに、
何の対策も取っていません。
むしろ対局回数が増えた分、
末原さんはさらに分析を重ねている事でしょう。
戦ってみたいとは思ったものの。
いざ実際ぶつかると考えたら、
勝ち筋がまるで見つかりませんでした。
なのに部長は笑います。『簡単な事じゃない』、
なんて口の端をニヤリと上げて。
いい悪戯を思いついたとばかりに、
さも楽しそうに言いました。
「そんなに観察が大好きなら、
思う存分見せてあげればいいのよ」
「そう、それこそ……」
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「……うんざりしちゃうくらいに、ね」
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「お疲れさんでしたー。
さ、お次の卓は……げ。宮永やん」
右も左もバケモン揃いの個人戦。
対戦相手のリストを眺め、思わずげんなり眉を顰める。
油断できる相手など一人も居ないが、
それでも宮永は別格だ。
ぶっちゃけ疲れるので勘弁してほしい。
(……とはいえ、うちとの相性は悪くない)
そう。宮永はあれでわかりやすい奴だ。
ポーカーフェイスは苦手だし、
思考が視線や動きに表れやすい。
観察を起点に理論を展開する私からすれば、
比較的戦いやすい魔物ではある。
いや、その分めっちゃ疲れるけれど。
(あれからも観察は続けとったけど、
決勝でも癖は直っとらんかったな。
今回も徹底的に出端をくじいて
超早和了りさせてもらうわ)
「というわけでよろしくお願いしますー」
「よ、よろしくお願いします!」
挨拶をして腰を下ろす。件の宮永は対面だった。
うってつけだ。観察がしやすくなるし、
他にも宮永を見る事には意味がある。
敵は宮永だけじゃない。他の奴らもバケモンなのだ。
一癖も二癖もある輩を相手にするのに、
宮永の反応は役に立つ。
さ、今回もバケモンセンサーになってもらおか――
(――って、なぁ!?)
出掛けた言葉を必死で飲み込む。
「……」
観察対象の宮永も、こちらをじっと凝視していた。
それも、花が咲くような満開の笑顔で。
瞬きすらせず、熱っぽい視線をこちらに集中している。
(……え、なんやこれ。
あの腹黒そうな部長の作戦か?)
意味がないとは思えなかった。
事実、策が一つ潰されている。
槓材の出現時に目で追う癖。
少なくともアレを使う事はできないだろう。
「……えへ」
目の前の宮永がはにかんだ。
笑みの理由はわからない。
癖を克服した事を伝えたかった?
いやアホか。それを私に教えて何になる。
わからない。でも、答えを見つける必要がある。
(でも、多分これはアレやんな。前回『観察』で
自分を苦しめたうちに対する挑戦状やろ)
(……おもろいわ。受けて立ったろうやないか)
長い、長い対局が始まった。
酷く神経をすり減らす耐久戦が。
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『見せてあげる……ですか?』
『そうよ。情報ってね、
ただ増えればいいってもんじゃないの。
ノイズが増えれば増えるほど、
必要な情報を得るのは難しくなるわ』
『まずは正面から見つめてあげなさい。
で、槓材を見つけた時はピクッて
目を泳がせてあげるといいわ』
『で、2回くらいそれをやったら、
次から目を閉じるようにしなさい。
きっとすっごいイラついてくれるわよ?』
『後は、周りの気配にも大げさに反応してあげなさい。
ほんの小さな違和感も全部教えてあげるの。
それだけで、どれが重要かわからなくなる』
『そのうち情報過多でパンクするわ。
あの子の頭を、貴女でいっぱいにしてあげなさい!』
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東場が終わり南入する。その頃には、
脳は思考停止を求めて頭痛を訴えていた。
目の前で微笑む宮永は、
たくさんの情報を与えてくれる。
そう、役に立たない情報を。
嘘をつかれているわけではない。
こいつの反応は間違いなく真実を伝えている。
ただ、その情報が使えない。
山こそ見る事は止めたものの、
槓材を見つけた時には目が泳ぐ。
2回程それを繰り返し、
信用できると判断した途端目を閉じられた。
かと思えば今度は瞼を閉じたり開いたり。
流石にこれはブラフだろうと無視していたら、
どうやら『見られたくない時だけ目を閉じている』事に気づく。
気づいた頃にはうつむいて目が見えなくなったが。
そしてさらに追加情報。嶺上開花で和了した後、
必ず私の目を見つめてにっこり笑う。
なんやねんその笑顔デリバリーいらんっちゅぅねん。
しかも自分からやっといて照れんなや。
なんやねん可愛さアピールか。
終始そんな感じで宮永の奇行は続いた。
私が傾向を分析し終えて活用しようとする頃には
次の奇行を始めている。
それを繰り返す、繰り返す、繰り返す。
脳は疲弊していくばかりだった。
「ツモ!嶺上開花で和了り止めです!」
脳内が宮永で一杯になった頃、対局は唐突に終わりを告げる。
散々宮永にかき回された私の点棒ホルダーは、
わずかに千点棒が数本残るだけだった。
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「え、えへへ。お疲れ様です」
「ああ、うん、お陰様で。
こんなに疲れたん久しぶりや……」
これが今日最後の対局で助かった。
疲労困憊の極致に達した私は、
対局が終わった後も深々と椅子に腰掛けて天を仰ぐ。
「観察のし過ぎも考えもんやな。
個人戦でやっとる場合やなかったわ」
「でも、乗ってきてくれたんですね」
「あんなわかりやすく挑発されたら、なぁ」
本当に私の悪い癖だ。
2回戦もそれで苦汁を舐めたのに、
どうしてもデータ取得を優先してしまう。
選手としてより、参謀の立場を
優先してしまうからだろうか。
それでも得るものは多かった…はずだ。
今日引き出したこいつのデータは、
来年の姫松にとって有益な情報になるだろう。
有効活用できるほど肉薄できれば、だが。
「ああ。そういえば一つだけ
わからん事があったわ」
「なんですか?」
「あの笑顔デリバリーや。なんやあれ」
「え、私そんなに笑ってました?」
「はぁ?むっちゃ笑顔やったやん」
そう、宮永は終始笑顔を届け続けた。
時々目を閉じたり俯いたりで隠れる事もあったけど。
基本、熱に浮かされたような視線で見つめ続けた。
意味を見出そうとした。
でも、戦略的な意味は何もなかったと思う。
ただただ、宮永は私に微笑み続けた。
正直、単に特別な思いを抱いているだけではと
訝しんでしまう程に。
「どんな意味があったかは知らん。
でも、他の奴にやるんはやめとき。
下手したら酷い誤解されんで?」
「誤解……ですか?」
「せや。こいつ、もしかして
うちに惚れとるんとちゃうか、ってな」
「……っっ」
その言葉を聞いたなり、宮永の顔が真っ赤に染まる。
噴き出した熱を隠せもせずに、ただもじもじと縮こまる。
ちょ、なんやねんその反応。
「…その。部長に言われたんです。
どうせポーカーフェイスはできないんだから、
この際素の思いでぶつかりなさいって」
「だから、その。見つめてたのはわざとなんですけど。
その。笑顔、とか。好き、とかは、その。
意識してなかったっていうか。
作戦の範囲外っていうか」
「だから…その。えと……
えへ。誤解じゃない、かも……です」
今度は私がトマトになる番だった。
じゃあアレか?あの妙に熱の籠った視線も。
何度も向けられたあの笑顔も。
純粋に、混じりっけなし好意100%やったっちゅう事か?
……なんやそれ。反則やん。
「あかん、これ考えたらあかん奴や。
これ以上熱なったら知恵熱で倒れるわ」
「だ、大丈夫ですか!?その、私誰か呼んできます!」
「呼ぶなや!?どんな羞恥プレイやねん!!」
「で、でも」
「あー、あー、そか。宮永結構天然やねんな?
ていうかお前も真っ赤やん。お互い頭冷やそうや」
「は、はい。あっ、そうだ!
自販機でジュース買ってきますね!
あ、でも一人分のお金しかないよ……
二人で一本でいいですか?」
「そんくらい自分で出すわ!むしろおごったる!!
だから、もうこれ以上――」
「――うちの頭ヒートアップ
させんなやぁぁぁぁぁ!!」
熱を吐き出すように声を荒げる。
でも、意思に反して体はどんどん熱くなっていく。
結局私は放熱に失敗し、
そのままへなへなと崩れ落ちるしかない。
「わ、わわ、大変だよ……!そうだ!
ここに寝てください!」
慌てた宮永がとっさに膝枕を勧めてきた時。
私の思考はぷつりと途絶えた。
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二度あることは三度ある。
続く予選の2日目も、私は宮永と対戦する事になった。
当たり前といえば当たり前だ。
個人戦は複数回戦った上での
勝ち抜け方式なのだから。
もっとも2度目の対局は、
昨日とは随分と違う展開となった。
「ちょ、もうその視線やめ!」
「や、やめません!やめたら負けちゃうもん!」
宮永は私を見つめ続けた。
それ自体は昨日と同じ。でも、
その熱の意味を知った私はもう視線に耐えられず。
頬を朱に染めて俯いてしまう。
「…ほ、ホンマ堪忍してや……
頭真っ白になってまう……」
「え、えと。そういう反応されると……
嬉しいけど、恥ずかしいかも」
「な、ならやめようや」
「それはいやです」
「……」
「……」
そしたら宮永も真っ赤になって撃沈した。
その後は二人仲良く点棒吐き出しマシーンと化す。
「ま、夏の高校生やしな」
「私は全力で応援するよー!あ、でもそれロン!」
「ああうん、もう好きにしたってや」
最後は二人で飛び終了。こうして高校生最後の夏は、
予選を通過する事もなく幕を閉じた。
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…もっとも。一度燃え上がった炎自体は、
鎮火する事なく燃え盛ったのだけれど。
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『やってきました夏の麻雀インターハイ名場面集!
いやー今年も熱かったね!』
『そうですね。今年は例年になく
ハイレベルな戦いが多かったと思います』
『というわけで今夜は名場面を
ダイジェストで振り返っていくよ!
まずは永水の痴女薄墨ちゃんが
やりたい放題だったシーン!』
『えぇ!?そういう方向性なの!?
むしろ放送禁止だよコレ!!』
『いやー、真面目な対局解説は
リアルタイムでやってたじゃん?
だから今回は心あったまる
ほのぼのシーンをご紹介って事で』
『ほのぼのなのかなぁ…
絶対お茶の間気まずくなるよ』
『お、個人予選ですっごい名場面があるね!
姫松高校の名将末原と、その宿敵の宮永咲!』
『そういえば本線出てなかったね。
ちょっと気になってたんだ…って』
『なんでこの子達真っ赤になって俯いてるの?』
『えーとですね。本人インタビューによるとー』
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癖を観察しようとして見つめてたら、
宮永にすごい熱っぽい視線で
見つめ返されまして。
そしたらその、なんか、
まともに顔見れなくなってしまいまして……
あ、これオフレコでお願いします。
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『――だって。かー!!甘酸っぱいねすこやん!!』
『読んじゃだめだよ!?読んじゃダメな奴だったよ!!』
『あ、ちなみに相方の宮永妹ちゃんの方はこんな感じ』
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その。私は自分がどんな目で見てるか
気づいてなかったんですけど。
そんな目で見つめてたら誤解されんで?
って前の日に末原さんに言われちゃって。
でも、その。誤解じゃないんですよね。
それに、その。そんな私に見つめられて、
末原さんが赤くなったのって……
期待しちゃっていいのかなって。
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『ご結婚おめでとうございます』
『してないよ!?結婚できる年ですらないよ!?
ていうかこれ個人戦のリプレイだよね!?』
『二人のあまりの熱愛ぶりに、
恋愛のれの字もない寂しい麻雀を打ち続けた
国内最強が非常に憤っております』
『そりゃあるわけないでしょ!?麻雀だよ!?
この二人がレアケースなんだよ!!』
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『この二人がレアケースなんだよ!!』
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レアケース。
国内最強に声高に叫ばれた私達は、
結局そういう扱いで定着してしまった。
いまや私達はあの哩姫コンビと同列。
ちょっと行き過ぎな百合雀士として
カルトな人気を誇っている。
「失礼極まりないわ。なんでうちらが
ビビクンSMコンビと同列やねん」
「そうかなぁ。正直恭子さんって
結構危ないと思うよ?」
あれ以来、ずっとセットで扱われ続けた私達は、
いつか本当にそういう関係になってしまっていた。
数年同棲した結果、すっかり
咲からも丁寧語が抜け落ちて。
クスクス笑いながら聞き捨てならない言葉を吐く。
「うちのどこがSMなん」
「えーと、SMじゃなくて。
ちょっと病的っていう意味で」
「もうちょい具体的に」
「観察に対する執着心かな」
口を噤む。
そこを突かれると言葉がなかった。
正直自分でも自覚があるから。
「そういえばずっと聞きたかったんだ。
恭子さんって、結局あの2回戦何回見返したの?
もうはぐらかす必要ないよね?」
「……気になったとこだけ見直しとったけど。
100回超えてから数えとらんな」
「ほらね。やっぱり怖いよ、恭子さん」
怖い。若干引くように言いながら。
なのに、咲は嬉しそうに顔をほころばせる。
「どう見ても喜んでますやん」
「準決勝の時は本当に怖かったよ?
何もかも見透かされてるみたいだった。
もう戦いたくないって思ったもん」
「それがどうしてこうなったん」
「見抜かれた理由が、恭子さんの
努力の結果だってわかったから」
「それだけ、真剣に私を見て
くれてたんだって思ったら、なんか。
胸が熱くなっちゃって」
「もっと、この人に見てほしいなって思っちゃった。
きっと末原菌に感染しちゃったんだね」
「うちが病原みたいに言うなや」
口では毒づいてみたものの。
確かに、あの頃の私は
咲に異常な程執着していたと思う。
もちろん、それは母校を勝利に導くため。
別に咲だけを見続けたわけでもなかったし、
獅子原やヴィルサラーゼも対象だった。
でも言い訳ができるのはそこまで。
準決勝で敗退した後も、
咲に対してだけは観察を止めなかった。
個人戦もあったから無駄とは言わない。
でも、それならそれで。注目すべき相手は、
他にいくらでも居たはずなのに。
(……結局。きっとこうなる前から、
咲にやられとったんやろな)
あの2回戦で出会った時。
私は咲に心を奪われた。
無我夢中で咲を見透かそうとして。
そして、個人戦の奇行で完全に捕まえられた。
(なんやこれ、むしろうちが
宮永菌に感染したんちゃう?)
ジト目でねめつける私を前に、
咲は笑顔で何かを取り出す。
「さて、そんな狂った恭子さんにプレゼントです。
これ一昨日の対戦DVD。
100回見て私の傾向を教えてほしいな」
「それを要求するお前も
結構狂っとると思うけど?」
「言わなくてもどうせやるくせに。
ていうか、私は恭子さんに
毒されたからいいんだよ」
「はいはい。じゃあ今から見よか」
渡されたメディアをデッキにセットして、
早速コマ送りで再生し始める。
本人すら気づいていない癖や不調を読み取って、
咲に伝えるのが目的だ。
ま、単純に私の趣味も兼ねてはいるが。
観察を始めて数分後。
映し出された映像を凝視して、
私は思わずつぶやいた。
「お、今回は当たりやな。
照のどえらい癖見つけたわ」
「うん、そういうのはいらないかな。
よそ見してると浮気とみなすよ?」
「……前言撤回や。お前も相当狂っとるな」
「恭子さんが狂ってるから
合わせてるだけだもーん」
もーんて。何歳児やお前。
独占欲丸出しで絡みついてくる咲を受け止めながら、
視線は映像から離さない。否、離せない。
もう何千回と見たはずの、咲から目が離せない。
(……あー、うち、ホンマに壊れとるなぁ)
きっと私はこれからも。こうして、
一生咲に囚われ続けるんだろう。
『そうだといいな』、
なんて思うあたり本当に救えない。
まあ、誰も困ってないからいいのだけれど。
結局私は映像をきっちり100回確認し、
新たな癖を2つ見つけた。
どうやら、観察はまだまだ終わりそうにない。
(完)
団体戦準決勝。
末原恭子に徹底マークされた宮永咲は、
言い知れぬ不安に襲われる。
癖が、表情が読まれている。
行動を見透かされている。
元々末原に苦手意識を持っていた咲は、
より恐怖を募らせた。
得体のしれない不思議な能力者。
咲は末原をそう判断する。
でも彼女の行動は、
タネも仕掛けもないもので――。
<登場人物>
末原恭子,宮永咲
<症状>
・異常行動
・あまあま砂吐き
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・咲さんと恭子さんの話。
咲さんが好きな恭子さんを
自分しか見えないよにする感じで。
シリアスかギャグかはお任せ。
→思った以上にあまあまになりました…!
多分思ってたのと違うごめんなさい。
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末原恭子。
自らを凡人と嘲る彼女には、
自己評価にそぐわない異能がある。
観察力。そう、自分に自信が持てず、
他人を意識し過ぎた彼女。
そんな彼女の特質は、いつしか
類稀なる分析能力へと姿を変えた。
開花した能力は、だが救いに転じるとは限らない。
確かに、彼女の観察眼は大いに母校姫松に貢献した。
だが、より明確になった魔物との溝を目の当たりにして、
彼女は今まで以上に打ちのめされるようになった。
そんな末原恭子を最も打ちのめし、
心をくじき、縛り付けた人物。
一人名をあげるとしたら、
間違いなく彼女になるだろう。
そう、その名は宮永咲。
高校最後のインターハイで、
プラマイゼロの屈辱を与えた少女。
必死でくらいついていたつもりが、
実は掌で踊らされていた。
その事実に気づいた時、末原恭子は心に誓う。
『絶対にお前を倒したる』と。
そして『観察』が始まった。
公式試合すべての映像を洗い出し、何百回と確認し。
視線の揺らぎすら精査する狂気の分析が。
その異常な熱量は。ともすれば、
『恋焦がれている』と言い換えても
よかったかもしれない。
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『視線の檻』
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強くて、得体が知れなくて怖い人。
それが末原さんの印象でした。
酷くやりにくかったんです。
これまで戦ってきた人は皆、
多かれ少なかれ確固たる打ち筋があって。
和ちゃん程ではないにせよ、
相手がどうあれ自分を貫く人がほとんどでした。
でも末原さんは違います。
相手の打ち筋を分析した上で対応を変える。
もちろん、末原さん自身にも
早和了りという武器はあるのだけれど。
それ以上に怖いのが、相手に直接干渉してくる事。
正直、もう戦いたくないなって思っちゃいました。
もっとも、そんな思いとは裏腹に、
私は末原さんと再戦を果たす事になります。
数日空いた後の準決勝。
私は、末原さんへの苦手意識を
より強く抱くようになりました。
(う、うぅ……またカンできなかったよ)
槓材の気配を感じ取ったその刹那。
まるで狙いすましたかのように、
末原さんに邪魔されます。
それ自体は珍しい事ではありません。
私も相手の聴牌気配を察知して
ずらす事はままあります。
でも、末原さんのはどこか違うんです。
感覚ではないというか、
干渉される事に気づけないというか。
何か別の、得体のしれない
技術を使われているようでした。
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「部長から伝言です。姫松の末原さんに
表情を見られてるそうです」
「え、えぇ!?」
表情。それは酷く初歩的な観察手段で、
でも極めて有効でした。
なぜなら、私はポーカーフェイスができないからです。
その事実を告げられて、
逆に窮地に立たされました。
ほら、よく言うじゃないですか。
意識しまいとすればする程、
余計に相手を意識しちゃうって。
どんどん、どんどん、
末原さんが怖く思えてきます。
「わわっ」
思考が沈み込みそうになった刹那。
上家に座る獅子原さんから、
強烈な闇が滲み出します。
反射的にビクリと背筋を震わせて。
『あっ』、と思って横目で見ると、
末原さんが私を眺めていました。
(うぅ、なんで私を見るの……?)
なんだかとっても理不尽です。
だって、どう考えても今警戒すべきは
獅子原さんじゃないですか。
こんなに酷い気配を撒き散らしてるのに。
私ばっかり見てないで、少しは
他の人にも目を向けてくれればいいのに。
(……あ、2巡先に槓材がある)
唇を噛みしめながら山を見ます。
それは確かに助け舟ではあるのだけれど、
素直に喜ぶことはできませんでした。
胸騒ぎがするんです。そう、
これも気づかれているような。
「チー!」
ああもう、やっぱりバレてる。
希望を掠め取られるだけに、
絶望もまたひとしおでした。
(……表情だけでこんなに
わかっちゃうものなの?)
(……末原さん、どこか
おかしいんじゃないかな?)
(……というか、なんで私ばっかり)
恨めし気に末原さんをジト目で見ます。
強い視線で返されました。
それがまた、心を見透かされてるようで。
つい縮こまってしまうんです。
つらく厳しい対局を終えて、
なんとか決勝に進む事ができました。
結果だけ見れば、私は臨海の子に続く2位。
末原さんにも勝った事になります。
それでも。気持ち的には
まるで勝った気がしませんでした。
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ホテルに帰り、ようやく人心地ついたころ。
部長から手品の種明かしをされました。
「ねぇ咲。あなたさ、槓材の気配を感じた時
山の少し先を見る癖があるんじゃない?」
「ふぇ!?あっ、そ、そう言われてみれば」
意識した事はありませんでした。
それは、本当に『言われてみて』気づいた事で。
指摘されなければ私自身わからなかったでしょう。
「末原さんの動きが明らかにおかしかったからねー。
もしかして癖があるのかな?と思って
調べたらビンゴだったのよ。
いやー決勝前に気づけて良かったわ」
「そ、そうですね」
結果を知ってみれば単純な事。
確かに、そんなわかりやすい癖があれば、
末原さんが対応できたのも頷けます。
でも。
「それにしてもよく気づいたものよね。
毎日のように打ってる私達ですら
全然気づかなかったのに」
「ですよね……正直、私自身
意識してませんでしたし」
「どうやって見つけたのかしら。
もしかして、癖を見つける
能力持ちだったりするのかもね」
思案顔で呟かれた部長の言葉に、
ゾクリと背筋が震えました。
そうなんです。癖自体はわかってみれば単純でも、
見つけるのは相当難しいはずで。
どうして末原さんはそれを見つける事が
できたのでしょうか。
知りたいような、知りたくないような。
複雑な気持ちが胸を支配します。
(……なんか、変な能力で
覗かれてたらやだなぁ)
脳裏に浮かぶのは末原さんの熱い眼差し。
異能特有の嫌な感じはしなかったけれど。
だからこそ、不気味で仕方ありません。
(……まあいいや。
どうせもう対局する事もないし)
結局、私は考える事を放棄して。
もやもや晴れない気分をごまかしたまま、
無理矢理布団にくるまるのでした。
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翌日。
気持ちをなんとか切り替えた私は、
それでも末原さんの呪縛から
逃れる事はできませんでした。
「わ、わわっ、す、末原さん!?」
「なんや、そのバケモン見るような反応は。
別に取って食ったりせえへんで?」
理由は単純。決勝戦の会場で、
再び末原さんと出会ってしまったからです。
呆れたように叩かれた軽口は、
私の心を突き刺しました。だって、
正に思ったままだったからです。
(もしかして心を読まれてる?)
そんなありえない疑心にすら囚われて。
いっそ、素直に聞いてみる事にしました。
「その…末原さんって、
もしかして心を読めるんですか?」
「……は?」
「いや、だって……昨日も
私がカンする前に止められちゃったし」
「……はぁ。もしうちが心読めるなら、
2回戦でポコポコ振り込まんかったんちゃう?」
「……あ、そっか。
じゃぁ、何か別の能力ですか?」
「……はぁ」
今日2回目のため息を前に、失言だったと気づきます。
仮に能力だったとして、敵に教える必要もありません。
聞くだけ野暮だったと言えるでしょう。
でも、末原さんは肩をすくめて。
皮肉めいた表情で言ったんです。
「……別にうちは超能力者やあらへん。
凡人にできる事はたった一つや」
「観察。少しでも有利になるように、
何度も対局を見直しただけや」
「か……観察、ですか!?」
「別に驚くところやないやろ。
能力で見破りました、とか言うよりは
よっぽど納得できるんちゃう?」
それはそうかもしれないけれど。
それでも。末原さんが放った言葉は、
私に新鮮な驚きをもたらしました。
言われてみれば、末原さんは
獅子原さんには反応しなかった。
つまり、何か超常的な力を読み取る事は
できないのでしょう。
そんな末原さんからすれば、
むしろ観察という点において、
私や部長より不向きと言えるかもしれません。
それでも、末原さんはやってのけたのです。
自分を凡人と称した上で、できる事を必死で模索して。
きっと、何度も何度も確認を繰り返し。
気が遠くなる程の観察の末、
部長ですら気づかなかった私の癖にたどり着いた。
「……その。何回くらい見たんですか?私の対局」
「ぶっちゃけ引かれる自信があるから、
回数は秘密にさせてや」
その回答で十分でした。だって、
10や20で済むはずがないんです。
毎日のように対局している部員ですら
気づかなかったのですから。
(…すごいな、末原さんって)
得体のしれないタネなんてなかった。
あったのは純粋な努力のみ。
ただ勝利を見据えた信念が、
末原さんの原動力でした。
その思いの強さに感動し。
自分がその対象であった事に
喜びすら覚えてしまいます。
「ま、そんだけやっても、結局は
『普通に打つ』だけの魔物にも
勝てんかったけどな」
軽く息を吐き苦笑する末原さん。
半ば自嘲を籠めながら。でも、
その目から信念の光は消えていません。
眩く輝く意志の中に、自分に
足りなかったものを垣間見ました。
『全部倒す』、なんて大口を叩いておきながら、
敵を研究しなかった。
自分の麻雀さえ打てれば勝てると過信して、
全部部長に任せっきりで。
でも、それじゃダメだって事を。
末原さんは教えてくれたんです。
「……私も、末原さんみたいになれるかな」
「はぁ?何言うとんねん。
むしろこっちがお前になりたいわ」
「末原さんみたいに強くなりたいです」
「お、意外や。宮永、お前ギャグも言えるんやな。
残念ながらおもろないけど」
「ほ、本気です!」
「本気やとしたら余計堪忍や。
これ以上強くなられたらこっちが困るわ」
「でも……お前みたいなバケモンに
そう言ってもらえると」
「少しだけ。報われた気持ちになるわ」
そう眉を下げて笑った後。
末原さんは右手を挙げながら去っていきました。
『うちらの分まで頑張ってな』、なんて
優しい言葉を一言残して。
ただ一人残された私は、なぜか
うるさく鳴り続ける胸を押さえながら。
その後ろ姿を、じっと。じっと眺め続けていました。
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こうして、末原さんは私の心に
深い感銘を与えていきました。
不自然に高鳴る胸の鼓動。
でも、いずれはそれも落ち着くでしょう。
だって末原さんは3年生。
今年が高校最後の夏で、それも決着がつきました。
互いに麻雀を続けたとしても、
次対局するのは3年後。
今の私にとって、3年という年月は長く、永く。
それだけの年月を積み重ねれば、
きっと、思い出も風化してしまうでしょう。
それがちょっと…ううん、すごく残念でした。
(もう1回、末原さんと打ってみたいな)
そしたら今度はもっと楽しい。
だって、きっと正面からぶつかれるから。
ありもしない能力の影に怯える事もなく、
純粋に末原さんの思いを受け止められるから。
でも、その機会は当分来ないのでしょう。
それが心残りでなりませんでした。
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――なんて。
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「なーに寝ぼけた事言ってるの。
末原さん、個人戦にも出てくるわよ?」
「えぇ!?そ、そうなんですか!?」
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実際の再戦は。遠い遠い数年後どころか、
ほんの数日後だったわけですけど。
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本音を吐露してしまうなら。
個人戦に、そこまでの
強い思い入れはありませんでした。
お姉ちゃんとの再会を願うなら、
むしろ個人戦の方が重要だったかもしれません。
でも、逆に言ってしまえば。
団体戦で和解が成ってしまった今。
私にとって、個人戦は後夜祭のようなものでした。
もっとも、部長の考えは違ったみたいですけど。
「ま、私も団体戦に賭けてた人間だから、
咲の気持ちはわかるけどねー」
「でも、どうせ出るからには
今後のために生かしてほしいのよ。
貴女達の代はまだ2年続くんだから」
「とりあえず。この大会で、きっちり
末原さんへの苦手意識を払拭してきなさい!」
ビシッと胸を張って言い切る部長とは対照的に、
気弱な笑いしか出てきませんでした。
あの対局からたった数日。
もう再戦はないと思っていただけに、
何の対策も取っていません。
むしろ対局回数が増えた分、
末原さんはさらに分析を重ねている事でしょう。
戦ってみたいとは思ったものの。
いざ実際ぶつかると考えたら、
勝ち筋がまるで見つかりませんでした。
なのに部長は笑います。『簡単な事じゃない』、
なんて口の端をニヤリと上げて。
いい悪戯を思いついたとばかりに、
さも楽しそうに言いました。
「そんなに観察が大好きなら、
思う存分見せてあげればいいのよ」
「そう、それこそ……」
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「……うんざりしちゃうくらいに、ね」
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「お疲れさんでしたー。
さ、お次の卓は……げ。宮永やん」
右も左もバケモン揃いの個人戦。
対戦相手のリストを眺め、思わずげんなり眉を顰める。
油断できる相手など一人も居ないが、
それでも宮永は別格だ。
ぶっちゃけ疲れるので勘弁してほしい。
(……とはいえ、うちとの相性は悪くない)
そう。宮永はあれでわかりやすい奴だ。
ポーカーフェイスは苦手だし、
思考が視線や動きに表れやすい。
観察を起点に理論を展開する私からすれば、
比較的戦いやすい魔物ではある。
いや、その分めっちゃ疲れるけれど。
(あれからも観察は続けとったけど、
決勝でも癖は直っとらんかったな。
今回も徹底的に出端をくじいて
超早和了りさせてもらうわ)
「というわけでよろしくお願いしますー」
「よ、よろしくお願いします!」
挨拶をして腰を下ろす。件の宮永は対面だった。
うってつけだ。観察がしやすくなるし、
他にも宮永を見る事には意味がある。
敵は宮永だけじゃない。他の奴らもバケモンなのだ。
一癖も二癖もある輩を相手にするのに、
宮永の反応は役に立つ。
さ、今回もバケモンセンサーになってもらおか――
(――って、なぁ!?)
出掛けた言葉を必死で飲み込む。
「……」
観察対象の宮永も、こちらをじっと凝視していた。
それも、花が咲くような満開の笑顔で。
瞬きすらせず、熱っぽい視線をこちらに集中している。
(……え、なんやこれ。
あの腹黒そうな部長の作戦か?)
意味がないとは思えなかった。
事実、策が一つ潰されている。
槓材の出現時に目で追う癖。
少なくともアレを使う事はできないだろう。
「……えへ」
目の前の宮永がはにかんだ。
笑みの理由はわからない。
癖を克服した事を伝えたかった?
いやアホか。それを私に教えて何になる。
わからない。でも、答えを見つける必要がある。
(でも、多分これはアレやんな。前回『観察』で
自分を苦しめたうちに対する挑戦状やろ)
(……おもろいわ。受けて立ったろうやないか)
長い、長い対局が始まった。
酷く神経をすり減らす耐久戦が。
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『見せてあげる……ですか?』
『そうよ。情報ってね、
ただ増えればいいってもんじゃないの。
ノイズが増えれば増えるほど、
必要な情報を得るのは難しくなるわ』
『まずは正面から見つめてあげなさい。
で、槓材を見つけた時はピクッて
目を泳がせてあげるといいわ』
『で、2回くらいそれをやったら、
次から目を閉じるようにしなさい。
きっとすっごいイラついてくれるわよ?』
『後は、周りの気配にも大げさに反応してあげなさい。
ほんの小さな違和感も全部教えてあげるの。
それだけで、どれが重要かわからなくなる』
『そのうち情報過多でパンクするわ。
あの子の頭を、貴女でいっぱいにしてあげなさい!』
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東場が終わり南入する。その頃には、
脳は思考停止を求めて頭痛を訴えていた。
目の前で微笑む宮永は、
たくさんの情報を与えてくれる。
そう、役に立たない情報を。
嘘をつかれているわけではない。
こいつの反応は間違いなく真実を伝えている。
ただ、その情報が使えない。
山こそ見る事は止めたものの、
槓材を見つけた時には目が泳ぐ。
2回程それを繰り返し、
信用できると判断した途端目を閉じられた。
かと思えば今度は瞼を閉じたり開いたり。
流石にこれはブラフだろうと無視していたら、
どうやら『見られたくない時だけ目を閉じている』事に気づく。
気づいた頃にはうつむいて目が見えなくなったが。
そしてさらに追加情報。嶺上開花で和了した後、
必ず私の目を見つめてにっこり笑う。
なんやねんその笑顔デリバリーいらんっちゅぅねん。
しかも自分からやっといて照れんなや。
なんやねん可愛さアピールか。
終始そんな感じで宮永の奇行は続いた。
私が傾向を分析し終えて活用しようとする頃には
次の奇行を始めている。
それを繰り返す、繰り返す、繰り返す。
脳は疲弊していくばかりだった。
「ツモ!嶺上開花で和了り止めです!」
脳内が宮永で一杯になった頃、対局は唐突に終わりを告げる。
散々宮永にかき回された私の点棒ホルダーは、
わずかに千点棒が数本残るだけだった。
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「え、えへへ。お疲れ様です」
「ああ、うん、お陰様で。
こんなに疲れたん久しぶりや……」
これが今日最後の対局で助かった。
疲労困憊の極致に達した私は、
対局が終わった後も深々と椅子に腰掛けて天を仰ぐ。
「観察のし過ぎも考えもんやな。
個人戦でやっとる場合やなかったわ」
「でも、乗ってきてくれたんですね」
「あんなわかりやすく挑発されたら、なぁ」
本当に私の悪い癖だ。
2回戦もそれで苦汁を舐めたのに、
どうしてもデータ取得を優先してしまう。
選手としてより、参謀の立場を
優先してしまうからだろうか。
それでも得るものは多かった…はずだ。
今日引き出したこいつのデータは、
来年の姫松にとって有益な情報になるだろう。
有効活用できるほど肉薄できれば、だが。
「ああ。そういえば一つだけ
わからん事があったわ」
「なんですか?」
「あの笑顔デリバリーや。なんやあれ」
「え、私そんなに笑ってました?」
「はぁ?むっちゃ笑顔やったやん」
そう、宮永は終始笑顔を届け続けた。
時々目を閉じたり俯いたりで隠れる事もあったけど。
基本、熱に浮かされたような視線で見つめ続けた。
意味を見出そうとした。
でも、戦略的な意味は何もなかったと思う。
ただただ、宮永は私に微笑み続けた。
正直、単に特別な思いを抱いているだけではと
訝しんでしまう程に。
「どんな意味があったかは知らん。
でも、他の奴にやるんはやめとき。
下手したら酷い誤解されんで?」
「誤解……ですか?」
「せや。こいつ、もしかして
うちに惚れとるんとちゃうか、ってな」
「……っっ」
その言葉を聞いたなり、宮永の顔が真っ赤に染まる。
噴き出した熱を隠せもせずに、ただもじもじと縮こまる。
ちょ、なんやねんその反応。
「…その。部長に言われたんです。
どうせポーカーフェイスはできないんだから、
この際素の思いでぶつかりなさいって」
「だから、その。見つめてたのはわざとなんですけど。
その。笑顔、とか。好き、とかは、その。
意識してなかったっていうか。
作戦の範囲外っていうか」
「だから…その。えと……
えへ。誤解じゃない、かも……です」
今度は私がトマトになる番だった。
じゃあアレか?あの妙に熱の籠った視線も。
何度も向けられたあの笑顔も。
純粋に、混じりっけなし好意100%やったっちゅう事か?
……なんやそれ。反則やん。
「あかん、これ考えたらあかん奴や。
これ以上熱なったら知恵熱で倒れるわ」
「だ、大丈夫ですか!?その、私誰か呼んできます!」
「呼ぶなや!?どんな羞恥プレイやねん!!」
「で、でも」
「あー、あー、そか。宮永結構天然やねんな?
ていうかお前も真っ赤やん。お互い頭冷やそうや」
「は、はい。あっ、そうだ!
自販機でジュース買ってきますね!
あ、でも一人分のお金しかないよ……
二人で一本でいいですか?」
「そんくらい自分で出すわ!むしろおごったる!!
だから、もうこれ以上――」
「――うちの頭ヒートアップ
させんなやぁぁぁぁぁ!!」
熱を吐き出すように声を荒げる。
でも、意思に反して体はどんどん熱くなっていく。
結局私は放熱に失敗し、
そのままへなへなと崩れ落ちるしかない。
「わ、わわ、大変だよ……!そうだ!
ここに寝てください!」
慌てた宮永がとっさに膝枕を勧めてきた時。
私の思考はぷつりと途絶えた。
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二度あることは三度ある。
続く予選の2日目も、私は宮永と対戦する事になった。
当たり前といえば当たり前だ。
個人戦は複数回戦った上での
勝ち抜け方式なのだから。
もっとも2度目の対局は、
昨日とは随分と違う展開となった。
「ちょ、もうその視線やめ!」
「や、やめません!やめたら負けちゃうもん!」
宮永は私を見つめ続けた。
それ自体は昨日と同じ。でも、
その熱の意味を知った私はもう視線に耐えられず。
頬を朱に染めて俯いてしまう。
「…ほ、ホンマ堪忍してや……
頭真っ白になってまう……」
「え、えと。そういう反応されると……
嬉しいけど、恥ずかしいかも」
「な、ならやめようや」
「それはいやです」
「……」
「……」
そしたら宮永も真っ赤になって撃沈した。
その後は二人仲良く点棒吐き出しマシーンと化す。
「ま、夏の高校生やしな」
「私は全力で応援するよー!あ、でもそれロン!」
「ああうん、もう好きにしたってや」
最後は二人で飛び終了。こうして高校生最後の夏は、
予選を通過する事もなく幕を閉じた。
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…もっとも。一度燃え上がった炎自体は、
鎮火する事なく燃え盛ったのだけれど。
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『やってきました夏の麻雀インターハイ名場面集!
いやー今年も熱かったね!』
『そうですね。今年は例年になく
ハイレベルな戦いが多かったと思います』
『というわけで今夜は名場面を
ダイジェストで振り返っていくよ!
まずは永水の痴女薄墨ちゃんが
やりたい放題だったシーン!』
『えぇ!?そういう方向性なの!?
むしろ放送禁止だよコレ!!』
『いやー、真面目な対局解説は
リアルタイムでやってたじゃん?
だから今回は心あったまる
ほのぼのシーンをご紹介って事で』
『ほのぼのなのかなぁ…
絶対お茶の間気まずくなるよ』
『お、個人予選ですっごい名場面があるね!
姫松高校の名将末原と、その宿敵の宮永咲!』
『そういえば本線出てなかったね。
ちょっと気になってたんだ…って』
『なんでこの子達真っ赤になって俯いてるの?』
『えーとですね。本人インタビューによるとー』
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癖を観察しようとして見つめてたら、
宮永にすごい熱っぽい視線で
見つめ返されまして。
そしたらその、なんか、
まともに顔見れなくなってしまいまして……
あ、これオフレコでお願いします。
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『――だって。かー!!甘酸っぱいねすこやん!!』
『読んじゃだめだよ!?読んじゃダメな奴だったよ!!』
『あ、ちなみに相方の宮永妹ちゃんの方はこんな感じ』
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その。私は自分がどんな目で見てるか
気づいてなかったんですけど。
そんな目で見つめてたら誤解されんで?
って前の日に末原さんに言われちゃって。
でも、その。誤解じゃないんですよね。
それに、その。そんな私に見つめられて、
末原さんが赤くなったのって……
期待しちゃっていいのかなって。
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『ご結婚おめでとうございます』
『してないよ!?結婚できる年ですらないよ!?
ていうかこれ個人戦のリプレイだよね!?』
『二人のあまりの熱愛ぶりに、
恋愛のれの字もない寂しい麻雀を打ち続けた
国内最強が非常に憤っております』
『そりゃあるわけないでしょ!?麻雀だよ!?
この二人がレアケースなんだよ!!』
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『この二人がレアケースなんだよ!!』
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レアケース。
国内最強に声高に叫ばれた私達は、
結局そういう扱いで定着してしまった。
いまや私達はあの哩姫コンビと同列。
ちょっと行き過ぎな百合雀士として
カルトな人気を誇っている。
「失礼極まりないわ。なんでうちらが
ビビクンSMコンビと同列やねん」
「そうかなぁ。正直恭子さんって
結構危ないと思うよ?」
あれ以来、ずっとセットで扱われ続けた私達は、
いつか本当にそういう関係になってしまっていた。
数年同棲した結果、すっかり
咲からも丁寧語が抜け落ちて。
クスクス笑いながら聞き捨てならない言葉を吐く。
「うちのどこがSMなん」
「えーと、SMじゃなくて。
ちょっと病的っていう意味で」
「もうちょい具体的に」
「観察に対する執着心かな」
口を噤む。
そこを突かれると言葉がなかった。
正直自分でも自覚があるから。
「そういえばずっと聞きたかったんだ。
恭子さんって、結局あの2回戦何回見返したの?
もうはぐらかす必要ないよね?」
「……気になったとこだけ見直しとったけど。
100回超えてから数えとらんな」
「ほらね。やっぱり怖いよ、恭子さん」
怖い。若干引くように言いながら。
なのに、咲は嬉しそうに顔をほころばせる。
「どう見ても喜んでますやん」
「準決勝の時は本当に怖かったよ?
何もかも見透かされてるみたいだった。
もう戦いたくないって思ったもん」
「それがどうしてこうなったん」
「見抜かれた理由が、恭子さんの
努力の結果だってわかったから」
「それだけ、真剣に私を見て
くれてたんだって思ったら、なんか。
胸が熱くなっちゃって」
「もっと、この人に見てほしいなって思っちゃった。
きっと末原菌に感染しちゃったんだね」
「うちが病原みたいに言うなや」
口では毒づいてみたものの。
確かに、あの頃の私は
咲に異常な程執着していたと思う。
もちろん、それは母校を勝利に導くため。
別に咲だけを見続けたわけでもなかったし、
獅子原やヴィルサラーゼも対象だった。
でも言い訳ができるのはそこまで。
準決勝で敗退した後も、
咲に対してだけは観察を止めなかった。
個人戦もあったから無駄とは言わない。
でも、それならそれで。注目すべき相手は、
他にいくらでも居たはずなのに。
(……結局。きっとこうなる前から、
咲にやられとったんやろな)
あの2回戦で出会った時。
私は咲に心を奪われた。
無我夢中で咲を見透かそうとして。
そして、個人戦の奇行で完全に捕まえられた。
(なんやこれ、むしろうちが
宮永菌に感染したんちゃう?)
ジト目でねめつける私を前に、
咲は笑顔で何かを取り出す。
「さて、そんな狂った恭子さんにプレゼントです。
これ一昨日の対戦DVD。
100回見て私の傾向を教えてほしいな」
「それを要求するお前も
結構狂っとると思うけど?」
「言わなくてもどうせやるくせに。
ていうか、私は恭子さんに
毒されたからいいんだよ」
「はいはい。じゃあ今から見よか」
渡されたメディアをデッキにセットして、
早速コマ送りで再生し始める。
本人すら気づいていない癖や不調を読み取って、
咲に伝えるのが目的だ。
ま、単純に私の趣味も兼ねてはいるが。
観察を始めて数分後。
映し出された映像を凝視して、
私は思わずつぶやいた。
「お、今回は当たりやな。
照のどえらい癖見つけたわ」
「うん、そういうのはいらないかな。
よそ見してると浮気とみなすよ?」
「……前言撤回や。お前も相当狂っとるな」
「恭子さんが狂ってるから
合わせてるだけだもーん」
もーんて。何歳児やお前。
独占欲丸出しで絡みついてくる咲を受け止めながら、
視線は映像から離さない。否、離せない。
もう何千回と見たはずの、咲から目が離せない。
(……あー、うち、ホンマに壊れとるなぁ)
きっと私はこれからも。こうして、
一生咲に囚われ続けるんだろう。
『そうだといいな』、
なんて思うあたり本当に救えない。
まあ、誰も困ってないからいいのだけれど。
結局私は映像をきっちり100回確認し、
新たな癖を2つ見つけた。
どうやら、観察はまだまだ終わりそうにない。
(完)
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末原と宮永で末永…、なんて。
そう考えるとすごく秘密を共有している感じがして良いですね……。
恭咲はやっぱりいいなぁ
謎の王道感というか収まるべきところに収まったように感じます
末原と宮永で末永…>
末原「審議やな」
宮永「わ、私は面白いと思います!」
すごく秘密を共有している感じ>
咲「以心伝心の夫婦とかきっと
そんな感じなんでしょうね」
恭「あ、今助けを求めとるな、って察して
さりげなく助けたりな」
当人同士が幸せなら良いよね>
恭「まぁ実際、不断の努力と狂気って
区別つかんところあるな」
咲「結局は結果次第だよね」
めっちゃかわええやん>
咲「年上なのに真っ赤になって
俯いちゃう恭子さん可愛い!」
恭「お前も赤なっとったやん!」
生咲さんを独り占めしてるのに>
咲「映像の方がいいのかなって
時々不安になるよ」
恭「まあその辺はあれや、その場その場で
見逃しとる魅力とかあるかもしれんやろ」