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【咲-Saki-SS:咲久】咲「たけいひさちゃん、4さい」【トラウマ】【異常行動】【共依存】【幼児退行】
<あらすじ>
幼児退行。それはどうしようもなくつらい事があって
心が耐えきれなくなった時に起きる防衛反応。
今ここに、現実を拒絶した一人の幼子が居る。
目を覚まさせ、つらい現実に送り返す事は、
果たして愛情と呼べるだろうか。
私、宮永咲にはそれが愛情だとは思えなかった。
だから私は愛し続ける。4歳児の久ちゃんを。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他清澄
<症状>
・幼児退行(重度)
・異常行動(重度)
・共依存(重度)
・狂気(重度)
・トラウマ(重度)
<その他>
・以下のリクエストに対する作品です。
幼児退行久ちゃんの話
(御世話するひとは咲さん、現実系、シリアス)
→想定上に狂気を孕んだ話になりました。
苦手な方はご注意を。
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その『事件』が起きたのは、
部長が麻雀部を引退した次の日だった。
事件。そう呼ぶのは少し大げさかもしれない。
別に新聞沙汰になるような事態が起きたわけでもなければ、
騒動になったわけでもない。
ただ、ただ。一人の人間が静かに壊れた。
時間にしてほんの数時間。
でも、『あの人』は完全に壊れてしまった。
その事実に気づいたのは、おそらくは私ただ一人。
だから私は良かれと思って。
全力で『あの子』を支えて癒した。
その選択が、破滅に繋がっているとも知らず。
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『たけいひさちゃん、4さい』
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その日は朝から大雨だった。
窓から見える景色は灰色。
まるで私の心境を代弁するような穢れた空に、
私、宮永咲は深いため息をつく。
幸い今日は休日だ。
一度は抜け出した布団に再度潜り込むと、
小さく身を縮こませた。
雨は嫌いだ。悲しい別れを思い出すから。
そう。『あの日』も確か、こんな陰鬱とした大雨だった。
屋根に打ち付ける雨音が、私の心を沈ませる。
逃れようと耳を塞いでも、残響が脳にこびりつく。
聞こえないはずの雨音が脳裏にこだまして、
ぼんやりと気が狂いそうになる。
ここまで気持ちが落ちるのも久しぶりだ。
清澄に入学してからは、基本的に平和な日々が続いていたから。
もちろん、心が揺れる日もあったけど。
あの人が居てくれたから、私は自分を見失わずにすんだ。
でも、今日からはもう頼れない。
あの人は昨日で引退してしまったから。
これからは、自分の足で歩いていくしかないんだ。
『と、言うわけで、明日から自由登校になるし、
私こと竹井久は麻雀部の部長を退きます。
部長の座はまこに譲るわ』
『今年話題になっちゃったし、来年も騒がれるかもしれないわね。
でも、別に気にする必要はないわ。
無理に大会に出る必要もないと思う』
『ただ一つだけお願いするとしたら。
来年もこの部室に笑い声が響き渡る事。
できることなら再来年もね』
『たった半年とちょっとだったけど。
今まで本当にありがとう』
別に悲しい別れじゃない。
平凡な高校生活に必ず訪れるごく自然な別れ。
大多数の人間が、何事もなく乗り越えられるだろう別れ。
なのに今。私は立ち上がれないでいる。
別れを経て初めて気づいた。
自分が思ってたよりも、あの人に依存していた事に。
半ば無理矢理入部させられて、
嫌いだったはずの麻雀の楽しさを教えられて。
普段はからかってくるくせに、でも本当に傷ついている時には
いつもフォローしてくれた。
弱点なんてないと思えば、実はプレッシャーに弱かったりして。
私に緊張度をチェックしてくれなんて頼んだりして。
『可愛いです』って返したら、ニコニコ笑って喜んだりして。
ああ、駄目だ。ほんの少し記憶を紐解くだけで、
あの人の笑顔がどこまでも脳に広がって。
気持ちがどんどん沈み込む。
「外、出ようかな」
ここに居ても雨から逃れられない。
ならいっそ、別の建物にでも避難してしまおう。
体を動かした方が余計な事を考えないで済むし、
もしかしたら苦手意識を克服できるかもしれない。
傘を片手に家を出る。玄関を開いて見えた世界は、
まるで終わりでも迎えたかのように黒く澱んで濁っていた。
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灰色のフィルターに覆われた世界を、
とぼとぼと足を引きずる様に歩いていく。
踏み出して数歩で後悔したけれど、
これで家に戻ったら余計惨めになるだけだ。
ぐっと唇を噛み締めながら、
根拠のない起死回生の展開に期待して歩き続ける。
歩き続ける事数分。人ひとり出会う事はなかった。
当たり前だ。わざわざこんな悪天候の中、
散歩に繰り出す物好きは居ない。
「……帰ろうかな」
誰に告げるでもなく呟いて、ぴたりと足を止めた時。
視界に、見覚えのある色が飛び込んだ。
赤みがかった茶色の髪が、緩やかにウェーブを描いている。
後ろ姿だったけど、それが誰なのかは一目でわかった。
私が今一番会いたい人で、それでいて、
一番会いたくない人だったから。
声を掛けようとして言葉が詰まる。
そのまま数秒沈黙して、私は言葉を飲み込んだ。
もしうっかり声を掛けて、いつものように
飄々とした笑顔を返されてしまったら。
涙を堪える自信がないから。
ゆっくりと身を翻し、逃げるようにその場を立ち去る。
つもりだった。なのに足を止めたのは、
わずかに耳をくすぐった悲しげな声のせい。
『おとうさん……おかあさん……
どこ、いっちゃったの……?』
反射的に振り返る。見知った声音、でも、
彼女がそんな言葉を口に出すはずもなくて。
理解不能の疑問符が、私をその場に縛り付ける。
「ひさ、ひとりはやだよぉ。
おねがい。いじわるしないで、でてきてよぉ」
耳を疑う。でも、確かにそれは彼女から放たれていた。
ぼろぼろと大粒の涙を零し、
幼子のように泣きじゃくる彼女から。
正体不明の激痛が、私の胸を締め付ける。
気づけば私は走り出し、異常な部長に駆け寄っていた。
「ぶ、部長!どうしたんですか!?」
捻りも何もない陳腐な問いかけ。
対して、部長は驚愕の台詞を返す。
「え、えと。おねえちゃん、だれ?」
目の前の景色がぐにゃりと歪む。
こうして、私の一生を狂わせる数時間が始まった。
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「え、えと。おねえちゃん、だれ?」
「な、何を言ってるんですか?私ですよ!宮永咲」
「えと…しらない。しんせきのひと?」
「っ……!」
刹那、全身の血が沸騰したような錯覚に陥る。
脳を支配する感情は怒り。『ふざけないでください』
なんて言葉が喉元までせり上げてくる。
口にせずに済んだのは、部長の目があまりに異常だったから。
くりくりと開かれた大きな瞳は、どろりと黒く濁っていて、
なのに不自然な幼さを伴っている。
直感が告げてきた。この部長はどこかおかしいと。
「え、と……おねえちゃん。
ひさのこと、しってるんだよね?
おとうさんとおかささん、しらない?」
「おきたらね。いなくなってたの」
たどたどしく告げる部長の瞳から、また大粒の涙が零れる。
まるでわけがわからない。
でも、質問に対する回答は持ち合わせていた。
部長の両親は3年前に離婚している。
どちらからも捨てられて、部長はずっと一人暮らしだ。
もう居場所すらわからない。
だから、両親なんて居るはずないのだ。
それとも、もしかして戻って来たのだろうか。
そのせいで部長は酷く傷ついて。
気を違ってしまったのだろうか。
「……!」
気を違う、狂う、精神、病気。
酷く失礼な連想が、私に一つの仮定をもたらす。
今の部長の状態に合致する症状。
もしかして、つまり、今の部長は。
「幼児、退行……してる?」
まさかあの部長が。一度はそう打ち消すも、
私はあわててかぶりを振った。
かっこよくて頼れる無敵の先輩。
そんな仮面を被り続けた部長が、
裏で一人震えていた事を、私はもう知っている。
「……ええと、ごめんね。
ちょっと取り乱しちゃった。
貴女、久ちゃんだよね?」
「……うん」
「ちょっと変な事聞くけど。久ちゃんは今何歳かな?」
「えと……4さい」
指を曲げて見せる部長のしぐさは、
まさに幼児そのものだった。
もう間違いない。今の部長は、何らかの理由で退行している。
「じゃあ、久ちゃん、今日何があったか教えてくれる?」
「えとね、あのね。おきたら、しらないおうちにいたの」
「おとうさんも、おかあさんも、いなくて。
おへやがさむくて、あめのおと、いやで」
「こわくなって。ひとりぼっちなの、やだ」
部長は身体を震わせながら、自らの身体を両腕でかき抱く。
理由はわからないままだけど、
今部長が抱いている感情は痛い程理解できた。
彼女が吐露した感情は、
私が家を飛び出したそれとまるで同じだったから。
「そっか。久ちゃんは、独りが嫌だったんだね」
「うん」
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に居ようか」
「んと、えと」
「大丈夫だよ。久ちゃんは覚えてないかもだけど。
私は、久ちゃんの…その。お友達だから」
「ひさの、おともだち?」
「うん。だから、一緒に居よ?」
部長の目の色が変わり始める。恐怖に捕らわれ泳ぐ瞳が、
救いを求めて縋るような色に変わる。
おずおずと伸ばされた大きな手を、
包み込むようにぎゅっと握った。
「……つめたい」
「うん。でも、すぐにあったかくなるよ」
部長は冷え切っていた。一体いつから彷徨っていたんだろう。
伝わる冷気が酷く悲しくて、少しでも熱が伝わる様に握りこむ。
私の手も冷たかったけど。少しずつ、少しずつ。
お互いの手がぬくもっていく。
「あったかくなってきたかも」
部長はゆっくり目を細めると。
そこで初めて笑顔を見せた。
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どこに連れていくべきか迷ったけれど、
結局は家に戻る事にした。
彼女が飛び出してきた『おうち』。
おそらくは部長の自宅だろう。
そこが嫌で飛び出した以上、連れ帰っても
いい結果をもたらすとは思えなかった。
「ただいまー」
「ここがおねえちゃんのおうち?」
「うん。ほら、久ちゃんも入って?」
「うん。おじゃまします」
「いらっしゃい」
何気ない受け答え。なのに、部長はふるふると肩を震わせる。
どうしたの?そう問い掛けると、
部長は目に涙を浮かべて微笑んだ。
「おへんじ、されたのはじめて」
今度は私の涙腺が緩む番だった。
今の部長の記憶は4歳。普通なら、一番愛されて
構われている時期じゃないかと思う。
なのに部長には記憶がない。
誰かから、挨拶を返してもらった記憶が。
つまりはそういう事だ。『久ちゃん』は、
こんな幼い頃から孤独に怯えて震えていた。
「わわっ。おねえちゃん、どうしたの?」
「……ううん。何でも。何でもないよ。
でも、ちょっとだけ、ぎゅってさせて」
「うん」
「こうやって、ぎゅってされるのも初めて?」
「わかんない。でも。たぶん」
心が幼い久ちゃんは、でも身長は私よりも高い。
包み込むというよりも抱き着くような感じになるけれど、
それでもぎゅっと抱き締める。
貴女はもう一人じゃない。そんな思いが伝わる様に。
「おねえちゃん、あったかいね」
「うん。私もあったかいよ」
「なんだか、ねむくなっちゃった」
「いいよ、寝ちゃっても」
「ひさがねても、ぎゅっとしててくれる?」
「うん。ずっと久ちゃんのそばに居るよ」
久ちゃんは安心したように、
とろんとした目をそっと閉じた。
相当疲れていたんだろう。
すぐにすやすやと寝息が聞こえてくる。
委ねられた全体重が愛おしくて、
しばらくそのままくっついていた。
でも、どうせ眠るならゆっくり寝て欲しいと思うから、
四苦八苦しながらベッドに引きずる。
自分より大きな久ちゃんを運ぶのは結構な重労働だ。
何とかベッドに横たえる頃には、全身がじわりと汗ばんでいた。
ベッドに沈み込んだ久ちゃんは、小動物のようにその身を丸める。
寒いのだろうか。わずかに体が震えている。
その姿が見た目以上に悲しくて、
覆いかぶさるように抱き締めた。
「大丈夫だよ。私が居る。お姉ちゃんが居るからね」
「久ちゃんは一人じゃないから」
聞いてるとは思わないけれど、そっと耳元で優しく囁く。
何度も何度も塗り込むように。そんなこんなを繰り返すうちに、
久ちゃんの震えがおさまって、ぽかぽかと身体がぬくもってくる。
自然と睡魔が襲ってきた。逆らう必要もないだろう。
私は静かに瞳を閉じる。
「おやすみ、久ちゃん」
久ちゃんの寝息を子守歌に、幸せな心地で意識を手放す。
あれ程嫌だった雨音は、もう聞こえてこなかった。
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目が覚めた時、目の前に咲の寝顔があった。
驚愕に目を見開いて、さらに映り込んだ背景が
見知らぬ部屋であることに混乱する。
この年で健忘か。それとも年不相応に
酒でも飲んで酩酊したのか。
混乱に目をぐるぐるさせていると、
少しずつ回り始めた脳が記憶を流し込んできた。
そういえば、朝起きたら雨が降っていて。
酷く嫌な思い出が脳裏に浮かんで、何もかもが嫌になって。
『もう考えたくない』って思った瞬間、
ぶつんと意識が飛んでしまった。
次に意識が戻った時には、優しいお姉ちゃんが
話し掛けてくれていて。
あれよあれよと誘拐されて、二人で同衾して今に至る。
「そっか。私、またやっちゃったのね」
幼児退行。その理由は様々だけど、
ありがちな原因は過度のストレス。
加えて幼少期に適切な愛を与えられなかった場合
発症の可能性が増すらしい。
自分で言うのもなんだけど、
なるべくしてなったと言えるだろう。
4歳まで記憶を遡る。あの日も雨が降っていた。
前日に大喧嘩した両親は、二人とも別々に飛び出して。
まだ幼かった私だけが、独り置き去りにされたのだ。
怖くて、寂しくて、悲しくて、苦しくて。
わんわん大声で泣き叫んだ後、裸足で家を飛び出した。
泣きじゃくりながら親を求める私の姿は、さぞ悲痛に映っただろう。
すぐに私は補導されて、やがて両親が迎えに来た。
酷くバツが悪そうに。でも、両手を両親が繋いでくれて。
最終的には、にこにこ笑いながら家に帰ったのを覚えている。
それが世間体を取り繕うための擬態である事に、
幼い私は気づかなかった。
それ以来、特定の条件が揃うと子供返りするようになった。
別れと大雨。この二つが重なると、私は『久ちゃん』に戻ってしまう。
誰にも知られたくなかった恥部だ。
まして、笑顔で別れた麻雀部員には。
そう考える一方で、酷く満たされている自分が居た。
咲がくれた温もりは、確かに私を癒してくれたのだ。
ふうとため息をつきながら、こうなった原因に思いを馳せる。
『部長、本当に今までありがとうございました。
部長が築いたこの麻雀部、確かに次代に繋いでいきます』
『どーんとタイタニックに乗った気分で任せておくじょ!』
『俺も、来年こそは名を上げて見せますよ!』
『わしらなりにお前さんの麻雀部を守っていくつもりじゃ。
じゃけぇ、いつでも戻ってきてええからな?』
いずれは訪れる仲間との別れ。前から覚悟はしていたけれど。
予想以上に簡単に別れを受け入れる仲間を前にして、
全身を引き裂かれるような痛みを覚えた。
わかってる。私の方がおかしいのだと。
それでも思ってしまうのだ。
そっか。貴方達にとって、
私なんてその程度の存在だったんだって。
酷く胸が苦しくなって、でも例外も居る事に気づいた。
咲だ。眉を顰めて俯いて、じっと唇を噛んで耐えている。
その姿に胸が熱くなって、でも次の瞬間気が狂いそうになった。
咲も私も、きっと思いは同じなのに。でも別れは避けられない。
気づいたそれは絶望だった。
心が離れた結果の離別、それなら嫌になる程経験している。
でも、気持ちは通じ合っているのに、
なのに別れたケースは今までなかった。
未知のケースが埋まってしまう。
欠けた隙間が埋まってしまった。
つまり、どのパターンでも別れは避けられないのだ。
そこに思いがあろうとなかろうと。絆があろうとなかろうと。
別れは、どこまでも無慈悲に、私からぬくもりを奪っていく。
それを、絶望と言わずして何と言うだろうか。
笑顔でみんなに別れを告げて、
そこからどうやって戻って来たのかは覚えていない。
独りで布団に包まりながら、
雨が降らないといいなって願ってた事だけ覚えてる。
でも矛盾した思いも抱えてた。
もう、一切合切雨が流してしまえばいいと。
「ん……久ちゃん、起きたの?」
背後から掛けられた声に、ビクリと身体が大きく震える。
でも咲は気にする事なく、そっと私を抱き締めた。
「あ、ごめんね。いきなり後ろから声掛けたら
びっくりしちゃうよね」
「よく眠れた?」
咲の中で、私はまだ『久ちゃん』なんだろう。
幼い子をあやすように、優しい声音で語り掛けてくる。
ありがとう。もう大丈夫だから。
そんな言葉が思い浮かぶ。
でも、口をついて出たそれはまるで違うものだった。
「……うん。お姉ちゃんが、あったかかったから」
内心酷く狼狽する。精神は確かに戻っているのに、
感情がついてきてくれない。
『優しい咲お姉ちゃん』に、どっぷり甘えてしまいたくなる。
瞬く間に、感情が理性を塗り潰した。
そうよ、こういう時くらいいいじゃない。
だってこんなに苦しいんだから、甘えるくらい許してほしい。
大丈夫。明日には竹井久に戻るから。
ちゃんと、独りで頑張るから。
だから、せめて、今日くらい。
『久ちゃん』のままで居させてください。
「よかった。もうちょっと寝る?」
「……うん」
ぎゅっとお姉ちゃんにすがりつく。
お姉ちゃんは目を細めると、笑顔で抱き締め返してくれた。
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次の日に目を覚ました久ちゃんは、もう部長に戻っていた。
気まずそうに頭を掻きながら、事の真相を教えてくれる。
幼児退行したのはこれが初めてではない事。
別れと雨が重なると発症してしまう事。
誰にも相談できなくて、ずっと一人で抱えてきた事。
ひとたび退行が起きてしまえば、『竹井久』には何もできない。
記憶も何もかも失ってしまうから。
だから今までは、危険だと思った時は
事前に鍵を掛けて家に閉じこもっていたらしい。
「誰も慰めてはくれないけれどね。
ひとしきり泣きじゃくって寝れば元に戻れるから」
「で、でも……そんなの悲し過ぎますよ」
どこかで聞いた事がある。幼児退行は一種の防衛反応なのだと。
深く心が傷ついて、自分ではもうどうしようもなくて。
誰かに愛してもらって癒されるために発症するのだと。
なのにその解決方法が、『誰にもすがらず一人泣き続ける』なんて。
こんな残酷な事があるだろうか。
「苦しくなったら言ってください。危なそうな時は呼んでください。
ううん。用なんか無くていい。会いたくなったらいつだって」
「私にとって、『久ちゃん』と居るのは全然苦になりませんから」
それは嘘偽りない本音だった。否、もっと醜い本音を晒せば、
渡りに船とすら言えたと思う。
麻雀部の先輩と後輩。その関係が薄れてしまっても、
もっと強い絆で上書きできる。
私だけが知ってる病気。私と部長、二人だけの秘密。
この秘密を握っていれば、私達が離れる事はない。
「ねえ。咲はどうして、私にそこまで構ってくれるの?」
「昨日の私見たでしょう?正直最初引いてたでしょう?
自分でもわかってるわ。狂ってる。私は完全に病人なのよ」
「関わってもいい事は何もないわ。
下手すれば貴女までおかしくなるわよ?」
私の後ろ暗い打算を知らない部長は、
私の提案に戸惑っているようだった。
無理もない事だと思う。
『私は幼児退行持ちの病人です』なんて言われたら、
精神病院を勧めるのが普通だろう。
なのにそこには一切触れず、
退行を受け入れて見せると言うのだから。
むしろこちらの正気を疑われても仕方ない。
でも、それは。私にとっては
ごくごく自然な流れだった。
「家族と別れるのがどのくらいつらい事か、
私にも少しくらいはわかります」
「私が別れたのは小学校の頃でしたけど。
それでも、まだ傷は治ってくれません。
私だって病人なんです」
「部長の症状、明日は我が身だと思うんです。
部長が退行してたあの日、私は正気を保ってたけど。
でも取ってた行動は、『久ちゃん』と完全に同じだったんです」
「だから。お互いに癒しあうって事で…駄目ですか?」
病気持ち。その突然の告白に、部長は表情を曇らせる。
本能的に気づいたんだろう。これは危うい提案なのだと。
どこまでも常識的な部長は、差し出された手を振り払う。
声を、体を震わせながら。ただ私の将来を慮って。
「……気持ちは嬉しいんだけどね。正直危険過ぎると思うわ。
心に闇を抱えた者同士で寄り添うとか、
余計に相手を壊しかねない」
でも、私はそういうのを求めてなかった。
だって『普通』に甘んじてしまえば、
待ち受けるのは健全な別れの道だ。
例えいびつに歪んでも、私は部長と別れたくない。
「……じゃあ、部長は耐えられるんですか?
これからはずっと独りですよ?」
「それは、その…仕方、ないわよ」
「自由登校で誰にも会えなくて。
寂しくて部室に行ったら、部長抜きでみんなが笑ってる。
一度部外者になる事を選んだ部長は、
その輪に入れなくてそっと立ち去る」
「……わかってる。わかってるから、もうやめて」
「これからもっと酷くなります。
みんな、どんどん部長抜きの世界を作っていきますから。
気づいてますよね?『普通の人』は、
意外とそういうの平気なんだって」
「やだ、もうやめてっ」
心の闇が広がり始める。口から言葉が止まらない。
どうして、なんで私は部長を傷つけてるの?
ううん、理由はちゃんとわかってる。今、部長は元に戻ったけれど。
それはきっと砂上の楼閣。だから、ほんの少し傷をつければ。
きっと簡単に崩れてしまう。
「そして数か月後、卒業したら本当に一人ぼっちです。
大学はどこですか?まあ、どこに行ったとしても、
私達とは遠く離れ離れなのは間違いないよね?」
「ねえ、『久ちゃん』。それ、本当に一人で耐えられる?」
「やだ、やだやだやだ!やだぁっっ!!!」
ほらやっぱり。部長はもっと退行してあまえないと駄目なんだ。
『将来的に壊しかねない』とか言ってる場合じゃない。
今、致命的に壊れているんだから。
だったら手助けしなくちゃいけない。
部長が素直に甘えられるように。
「やだ!!もうこわいこと、いうのやだ!!!」
「うんうん、ごめんね。もう言わないから」
たっぷりと目に涙を溜めて、久ちゃんが私に縋りつく。
それで、私は多幸感に襲われて。うっとりと目を細めながら、
優しく久ちゃんを抱き寄せた。
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咲との関係が変化した事。それは私にとって救いであり、
でも、間違いなく破滅の序章でもあった。
咲は私と同じ危うさを孕んでいる。
家族との離別を経験している咲は、別れを酷く嫌うから。
だからこそ私の闇に気づけて、いともたやすく受け入れてしまった。
咲と私との違い。病んでいるのはどちらも同じ。
私はそれでも健常者の道を目指すけど、
咲はもう諦めてしまっている。
それどころか、私を同じレベルまで
落とそうとしている気すらした。
「ただいま」
「おかえりって言ってあげたいところだけど、
ここは貴女の家じゃないわよ?」
「でももう一か月くらいずっと通ってますし。
ただいまくらい言ってもいいですよね?」
「もう。ちょっと前までは
人見知りで大人しい文学少女だったのに。
どうしてこんな子になっちゃったのかしら」
「部長が弱くなったからですよ」
「うげ、弱い者には強気に出るタイプ?最悪じゃない」
「逆ですよ。今の部長は弱いから心配で仕方なくなるんです」
「……っ、あっそ。後、いつまで部長って呼び続けるの?
私はもう部長じゃないわよ」
何気ない会話の応酬。なのに突然、ずぶりと入り込んでくる。
ほんの少しでも綻びを見つけると、一気に心をこじ開けてくる。
「あ、それなんですけどね。私以外のみんなは、
もう染谷先輩の事を『部長』って呼ぶようになりましたよ」
「……すごいですよね。ちょっと前まで、
部長って言ったら竹井久の事だったのに。
普通の人って、そんなにすぐ切り替えられるんですね。
私には考えられないや」
「っ」
「で、じゃあ部長の事は何て呼ぶかって言うと、
それはまだわからないんですよね。
今のところ、部長が『話題に挙がりません』から」
「……っ」
「それがすごく悔しくて。
私だけ、まだ『染谷先輩』って言い続けてるんです」
皆を責めるのはお門違いだろう。
別に私だって、毎日部員の事ばかり話してたわけでもない。
まして引退して会わなくなった先輩なんて、
新しい話題も見つからないだろう。
でも、どうしてだろう。心にぽっかり穴が空いたような。
風穴ができて血が流れるような。
なんだろう、これ、痛い。
「……ちょっといじめ過ぎちゃったかな。大丈夫?久ちゃん」
「大丈夫、だもん」
「そっか。でも、ごめんね。私は大丈夫じゃないんだ。
日に日に部室から部長の雰囲気が消えていくの、
ちょっと耐えられる気がしない」
「……消えて、いっちゃってるの?」
「意図的に排除してるわけじゃないけど。でも、少しずつ、ね。
部長が使ってた机は今染谷先輩が使ってるし、
部長が使ってたカップが自然と食器棚の奥に移動してくとか」
「……なんか、それ、やだ」
「でしょ?私もすごい嫌なんだ」
痛い、痛い、いたい、いたい。
みんなの事が聞きたいのに、でも、聞かされる事はどれもいたくて。
私なんかもういらないんだって言われてる気がして。
くるしいよ、やだ、もうききたくない。
「もう、部室の話は終わりにしよっか。久ちゃんも聞きたくないよね?」
「……うん」
「嫌な話して疲れちゃった。お風呂入ろっかな。
ほら、久ちゃんも一緒に入ろ?」
「……」
「久ちゃん?」
「……咲おねえちゃんは、私のことすてないよね?」
口から出た言葉に驚いた。だって、それはもう竹井久の言葉じゃなくて。
おかしいよ。私、4さいのひさじゃないのに。
でも、だめなの。考えるとこわくって。
あたまが、まっしろになってくる。
こわい。みんなから私がきえていくのがこわい。
やだ、やだ、やだ、やだ。
きえちゃうの?みんなも、
おとうさんとおかあさんみたいに、きえちゃうの?
おねえちゃんも、きえちゃうの?
「捨てないよ。他の皆が部長を捨てても、私だけは絶対に捨てない」
おねえちゃんが、ぎゅってしてくれる。
あったかくって、すごくやさしい。
ああ、よかった。おねえちゃんがいてくれるなら。
ひさ、だいじょうぶだから。
だから。ね。すてちゃやだよ?
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久ちゃんが『不登校』になった事。
それが問題として顕在化したのは、
久ちゃんが久ちゃんになってから3か月も後の事だった。
いくら自由登校の3年生とはいえ、
学校に来る用事はそれなりにある。
受験に関する手続きだとか、センター試験の結果報告とか。
なのに、一向に学校に姿を見せない久ちゃんに、
みんなはずっと気づかなかった。
なら何がきっかけで発覚したのかというと、
久ちゃんが学生議会長だったからで。
卒業式の答辞に関する打ち合わせをしようとして、
でも久ちゃんと連絡が取れなかったからだった。
困り果てた議会の人が麻雀部に泣きついてきて、
初めて不在が取りざたされたのだ。
「竹井先輩、一体どこ行っちゃったんだじょ」
「携帯でも連絡が取れませんし…」
「わしゃぁ学生議会の連中と一緒に久の家まで行ったんじゃが…
久の奴、家を引きはらっとった」
「も、もしかして何か事件に巻き込まれたんじゃないか?」
今更思い出したように久ちゃんの事を口にする皆を見て、
胸に苦みが広がっていく。
まあでもみんなが悪いわけじゃない。
普通の人はそんなものなんだろう。
それでよかったんだと思う。
皆が普通だったから、私は久ちゃんと独り占めできた。
皆が無意識に久ちゃんを追い詰めたから、
私は久ちゃんと深く繋がる事ができたんだから。
「大丈夫だよ。だって部長だもん。
きっとどこかで笑ってるよ」
「……咲。お前さん、何か知っちょるんか?」
「部長が使ってたカップの中にメモが入ってましたよ?
『旅に出て長期不在になるからさようなら』って」
「ちょ、お前それ最初に言えよ!」
「メモに書いてあったんだよ。皆がいつ気づくか知りたいから、
気づいても言うなって」
「ほ、ホントだじょ…カップにメモが貼り付けてあるじぇ!」
「さ、最後まで人騒がせな人ですね……」
カップから取り出したメモを回し読みして、
皆が一気に弛緩する。いつも通り、
お騒がせ部長の悪戯だったとわかって安心したんだろう。
その様に改めて虫唾が走るも、私は言葉を飲み込んだ。
これでいい。これで、久ちゃんはずっと私のものだ。
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『まったくもう、竹井先輩にはホント驚かされるじぇ』
『というかこんなわかりにくい場所に仕込まなくても……
咲さんが見つけなかったらどうするつもりだったんでしょう』
『まあそこを見つけるって確信するのが
竹井先輩の竹井先輩たるところなんじゃないか?』
『……』
『じょ?染谷部長、さっきから
メモをじっと見てどうしたんだじぇ?』
『……違うな。こりゃ、多分贋作じゃ』
『が、贋作!?』
『こがあなんで騙せると思っちょるなら舐められたもんじゃな。
久とは筆跡が一致せんわ。
一年間ずっと一緒に勉強しとったわしの目はごまかせん』
『で、でも。こ、これが偽物だとして…誰が、一体何のために?』
『犯人は一人しかおらんじゃろ』
『……普通に考えれば、第一発見者ですよね』
『咲ちゃん……』
『そもそもこれが久の犯行じゃとして、
あれで立つ鳥跡を濁さん奴じゃ。
答辞やら学校側の手続きやら、
全部済ませてから消えるじゃろ』
『それをしとらんっちゅう事は……
できん状況にあるっちゅぅ事じゃ』
『……』
『……』
『……咲さんの家に行きましょう』
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それから起きた出来事は、あまり思い返したくありません。
染谷部長、ゆーき、須賀君、そして私の4人は、
その足で咲さんの家に赴きました。
咲さんが何を目的にあの紙を仕込んだかはわかりません。
竹井先輩の失踪事件と咲さんが関係するかもわかりません。
でも、黙殺するには怪し過ぎるのも事実でした。
「こんな時間にみんな揃って何の用ですか?」
4人揃っての訪問に、咲さんはドアチェーン越しに姿を現します。
そして、今まで聞いた事もないような、冷たく低い声を絞り出しました。
その冷たさに身震いして一歩たじろぐ私とは対照的に、
染谷部長は驚く程静かな声で尋ねます。
「お前さんがしでかした事はわかっちょる。
ここに久がおるんじゃろ?
ちょっとだけ会わせてくれんか?」
「……どうして部長がここに居ると思うんです?」
「家を引き払っとるんじゃ。
他に行くところなんぞそうありゃぁせんじゃろ」
「旅に出るって書いてあったじゃないですか」
「ありゃわれが書いた贋作じゃろ。
久の筆跡位わしにだって見分けがつくわ」
「……」
張り詰めた緊張が周囲を包みます。
沈黙。それが一つの答えでした。
少なくとも、咲さんは竹井先輩の失踪に関与している、
それは間違いありません。
もし何も知らないなら、素直にそう答えれば済む話なのですから。
全員の視線が一身に注がれる中、
咲さんは小さくため息をつきました。
そして息を吸い込むと、言葉を紡ぎ始めます。
「……わかりました。
筆跡で見破って押しかけてきた、それを愛情と判断します」
「でも、先に伝えておきますね。
今の部長は重度の精神病を患っています。
その主要因を作ったのは皆さんです。
残念ながら、そこには私も含まれていますけど」
「おそらく、皆さんはもう部長の中に存在しません。
皆さんが部長のためにできる事はもうありません」
「ですから、できるだけ刺激しないように。
決して問い詰めたりしないようにしてください。
状況を理解したら帰ってください」
「なっ……!?」
淡々と告げられる注意事項。
あまりに現実から乖離し過ぎたそれを、
どう受け止めていいのかわかりませんでした。
でも、心の準備が整う前に咲さんはチェーンを外し、
ゆっくりと扉を開いていきます。
そして一言。酷く違和感のある言葉を放ちました。
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「久ちゃん。ちょっとこっちに来てくれる?」
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「どうしたのおねえちゃん?」
「この人達がね、久ちゃんに会いたいって言うから」
「えと、だれ?おねえちゃんのおともだち?」
「じょっ……!?」
「な、何を言ってるんですか竹井先輩!
私達の事がわからないんですか!?」
「和ちゃん、さっき言ったはずだよ。問い詰め厳禁だって。
しかもその質問にはもう答えてるよね?」
「ですがっ……!」
「……はぁ。ねえ久ちゃん。実はね、久ちゃんは
この人達に会った事があるはずなんだけど」
「覚えてる?」
「んーん。しらない!」
「「「……っ!!」」」
「……そうか。そういう事じゃったんか」
「あ、染谷先輩は理解できるんですね。流石です。
……なら、もう自分にできる事はないってわかりますよね?」
「咲。お前さんは久をどうするつもりじゃ。
このまま、幼児のまま飼い続けるつもりなんか」
「久ちゃんの好きにさせますよ。
久ちゃんが望むなら、一生久ちゃんを守り続けます」
「……それで、久は幸せになれるんか」
「なれますよ?むしろ、『部長』では幸せになれなかったから
『久ちゃん』になったんです。
……皆さんに捨てられた事に耐えられなくて」
「久ちゃん自身が、皆さんとの別れを乗り越えて
前に進めると判断したなら、
勝手に『部長』に戻るでしょう。
今のところ、まるでその気配はありませんけど」
「むー」
「あ、ごめんね久ちゃん。難しい話ばっかりで」
「答え合わせとしてはもう十分ですよね?
久ちゃんが拗ね始めたので帰ってください」
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咲の家から追い出され、満身創痍で自宅に集まる。
重苦しい沈黙が立ち込める中、
暗い顔をした和が意を決したように口を開いた。
「染谷部長。あれは、その、
一体どういう事だったんですか?」
和が理解できないのも当然だろう。自分だって、
一度経験済みでなければ訳も分からず動揺したに違いない。
「幼児退行じゃ。前にも一度、
ああなったところを見た事がある」
幼児退行。どうしようもなくつらい事があって
心が耐えきれなくなった時に起きる防衛反応。
「わしが1年の時一度発症した。
仮入部しとった新入生が、本入部を取りやめた時じゃ」
「その時は冷静に対応しとったが……
新入生が帰った後、久はおかしくなっとった」
今思い出しても胸が痛む。いつもは飄々としたあの久が、
まるで幼子のように透き通った無垢な瞳を見せて。
ぽつり、ぽつりと涙を零した。
『いなくなっちゃった。ひさ、がんばったのに』
『だめなのかな。もう。みんなであそべないのかな』
『ぶ、部長、どうしたんじゃ!しっかりせんか!!』
退行が起きた時間はわずか数分。久はすぐに我を取り戻した。
だからと言って、何が起きたのかとても聞ける雰囲気ではなく。
それとなく久を気遣う事しかできなかった。
「今ならわかる。多分、
別れがトリガーになっとるんじゃろう。
久の両親は離婚しとる。
それもキーになっとるはずじゃ」
「幼い頃から家庭環境は劣悪じゃったと言っとった。
じゃけえ、別れが起きると
幼い頃のトラウマがぶり返すんじゃろう」
「わしは気づくべきじゃった。
久が、麻雀部を引退して耐えられるはずがないと。
あの時のように退行を起こしてしまうと」
「違うな。心配はしとったんじゃ。
じゃけど、手を差し伸べちゃいかんと思っとった。
久が過去を乗り越えるには、必要な試練じゃと思ってな」
「じゃが、久は耐えられんかった。
そして咲に助けられたんじゃろう」
咲の行動を思い返す。
咲だけは、わしを頑なに『部長』と呼ばなかった。
もう使わなくなった久の私物も、回収せずそこに残し続けた。
カップに嘘のメモを作った。それはいつ行われたのだろう。
咲だけが。部室から久を消すまいと躍起になっていた。
「……状況はわかりました。ですが、
あのままにしてよかったんでしょうか。
竹井先輩ももちろんですけど、
正直咲さんも普通ではありません」
「あんな状態の竹井先輩をずっと面倒見てるなんて。
それこそ、病院に連れていくべきではないですか?」
「……そう考えるわしらじゃ、久を救えんっちゅう事じゃ」
「なっ……!」
幼子が求める愛情。それはどこまでも無償の愛。
幼児退行を『病気』ととらえて、
『治そう』と考える時点で駄目なのだ。
自らの全てを捨ててでも久を守る。
久が現状から逃げ出した結果
発生する全ての問題を受け入れる。
久が求めるのはそういう愛だ。
もっとも、それを与えられる者が居るとしたら、
その人間も普通ではないだろうけれども。
「多分、咲も狂っとるんじゃろう。
咲からは久と同じ匂いがするけぇの」
「じゃが、だからこそ咲は久を救える。わしらみたいに、
『社会復帰を期待する』人間じゃ無理なんじゃ。
咲みたいに、盲目的に久を愛せる人間だけが久を救える」
「だ、だからって…あの関係が正しいとはとても思えません!」
「じゃけえ言うとるじゃろ。『正しい』を優先する時点でいかんと」
「っ……」
和の言う事は間違ってない。
わしだって、できるなら元に戻って欲しい。
つらい別れを乗り越えて、毅然と前を進んで欲しい。
そんな常識を優先して、引退をきっかけに久を捨てたわしらでは、
久の孤独を癒せない。
「わしらの考えは間違っとらん。
間違っとらんからこそ、駄目なんじゃ」
苦々しくも吐き捨てた。
思う。もしわしが狂えたならば、久を救う事ができただろうか。
何か心に闇を抱えて、久と共有できたなら、
久の心を照らせただろうか。
「無理、なんじゃろうな」
わしは、久に健全を求め過ぎるから。
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ぽかぽか陽気が目に差し込んで、
ゆっくり重たい瞼を開けた。
身体を起こそうとしたら何かが引っ掛かって、
視線を落とすと久ちゃんにロックされていた。
まだ夢の世界に居るだろう久ちゃんの頭を撫でる。
久ちゃんはくすぐったそうに、
でも幸せそうに頬をゆるめた。
しばらくそうして愛でていると、
やがて久ちゃんが目をこすり始める。
少しずつ瞼が開き、とろんとした目に私が広がっていく。
「おはよ、おねえちゃん」
「おはよ、ひさちゃん」
まだ寝ぼけまなこの久ちゃんが、幸せそうにすり寄ってくる。
ひとしきり抱き締めていい子いい子してあげた後、
二人で起きる事にした。
「お着替えしよっか」
「うん。おねえちゃん、てつだって?」
まだ4歳の久ちゃんは、何をするにも甘えたがりだ。
頑張れば自分で着れるんだろうけど、
お着替えも私にして欲しがる。
「はい、万歳して」
「はーい」
すぽんとパジャマを抜き取ると、久ちゃんの透き通った肌が露になる。
いくら心が4歳児とはいえ、体の方はもう大人だ。
18歳が一糸纏わぬ姿のまま、キラキラ無垢な目を輝かせる様は、
酷く背徳的な雰囲気を醸し出していて。
まだ当分慣れる事はできそうにない。
「はい、できた。ご飯食べようね」
「うん!」
お着替えができてくっついてくる背中をさすってやると、
久ちゃんは満面の笑みで頷いた。
幸せだ。だけど時々、罪悪感で押し潰されそうになる。
病的退行。それが久ちゃんについた病名だ。
簡単に言ってしまえば長期化した幼児退行の事で、
こうなると完治は難しいらしい。
そもそも幼児退行は、耐え難い現状から逃避するためであるとか、
過去に起きたトラウマを乗り越えるために発症する。
ストレスを解消して、トラウマを払拭して、
健全な精神を取り戻すための治癒反応だ。
最初の頃は健全に機能していたのだろう。
でも、私がそのシステムを壊してしまった。
幼児の時には膨大な量の愛情を注ぎ続け、
元に戻ったと思えば負荷をかけ続ける。
部長は次第に混ざっていった。
部長のまま精神レベルが久ちゃんまで落ちて、
久ちゃんのまま現状に苦しむようになった。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返す事で。
部長は久ちゃんから戻れなくなって、
久ちゃんのまま現実を放棄するようになった。
つまり、これはもう退行じゃない。
部長は久ちゃんとして生きていく事に決めたのだ。
多分もう部長は帰ってこない。
そう考えれば、退行というより
解離性同一性障害(多重人格)の方が近いのかもしれない。
私は、部長を壊して久ちゃんに作り変えたんだ。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?
なんか、いたそうだよ?」
「ごめんね。部長。本当に、ごめんなさい」
「んと、ぶちょうってだれ?ひさのこと?」
何が癒しあうだ。何が部長を捨てないだ。
部長から離れる事を嫌がって、
部長に部長を捨てさせた私こそ、誰より部長を見捨てている。
誰より部長を傷つけて、取り返しがつかない程に壊している。
なのにそれに気づいた今ですら、
私は久ちゃんを手放せないでいる。
家族になった人との離別。それに耐えられそうになくて。
私は久ちゃんを縛り続ける。
嗚呼、なんて私は罪深くて醜くて病気なんだろう。
「なか、なかないでよぉ。おねえちゃんがなくと、
ひさまで、ぐすっ、かなしく、なるからぁ」
「うんっ……ごめんねっ…ごめん、ごめんね……」
「あやまるの、も、やだぁっっ……!」
二人で縋り付きながら泣き続ける。
やっと手に入れたはずの幸せは、
どこまでも破滅が広がっていた。
大切な人を壊して捨てて、人形と二人、
どこまで生きていけるだろう。
染谷先輩の言葉が突き刺さる。
『それで、久は幸せになれるんか』
あの日、私は嘲笑を浮かべて答えた。
今はもう涙が止まらない。
本当はもうわかってる。この先に部長の幸せはない。
そして、多分私の幸せも。
だから、決断しなくちゃいけないんだ。
これが破滅の道だと気づいたんだから。
「……ねえ、ひさちゃん。部長に、戻りたい?」
「すんっ……だから、ぶちょうって、だれなの?」
「部長はね、大人になった久ちゃんの事なの。
久ちゃんはね、今、子供になってるの。
だから、久ちゃんが大人になりたいなら、
私はそれをお手伝いする」
「教えて。久ちゃんは戻りたい?
久ちゃんの、したいようにするよ?」
私の思考力も低下しているのかもしれない。
今私が抱き締めているのは4歳児の久ちゃんだ。
それも、部長としての記憶が抜け落ちた。
そんな子にこんな問いを投げ掛けたところで、
答えが返ってくるはずもない。
わかっているはずだったのに。今でも私は、
時々久ちゃんに部長を求めてしまう。
嗚呼、なんて私は残酷なんだ――
「やだ!!!」
――自虐的な気持ちに沈んでいく瞬間、
久ちゃんの怒声が私を引っ張り上げる。
『やだ』。久ちゃんは今、『嫌だ』と言った?
「ひ、久ちゃん。いやだって、どういう意味で?」
「知らない!お姉ちゃんの言う事わかんない!
でも、戻るのはやだ!!」
「ひさは、ずっと久ちゃんのままがいい!!!」
私の目から、またも涙が零れ始める。
涙腺が完全に決壊して、私の葛藤を押し流す。
罪悪感と理性が涙に流れて、残ってしまうは唯一つ。
それは、愛情という名の狂気。
「いい、の?久ちゃん。私、ずっと愛しちゃうよ?」
「久ちゃんの事、久ちゃんのまま、一生愛しちゃうんだよ?」
「そしたら久ちゃんはもう戻れない。二度と、部長に戻れなくなる」
「それで、久ちゃんは幸せになれるの?」
「なれるよ!ひさは、お姉ちゃんがいれば幸せだから!」
嗚呼、嗚呼。壊れていく。
自分の中の何かが壊れていくのがわかる。
崩壊が止まらない。止めなくちゃいけない。
なのに、私はもう、幸せで嬉しくて――
「――そっか。じゃ、一生お姉ちゃんと一緒にいようね」
「うん!」
もう、罪悪感なんてわいてこなかった。
私は久ちゃんを抱き締める。久ちゃんは心底嬉しそうに、
私の胸にうずまって頬ずりを繰り返した。
--------------------------------------------------------
わかっている
私は過ちを犯し続けていると
今私の全身を包む幸せは仮初で、
眼前には暗澹たる闇が広がっているのだろう
それでも私は久ちゃんを愛し続ける
いずれ久ちゃんが真実に気づき、私を罵倒して逃げ出すとしても
今の壊れた部長を壊したまま愛し続ける
だって部長は言ったから
私といれば幸せだと、
久ちゃんで居る事が幸せだと言ったから
--------------------------------------------------------
結局、久ちゃんが部長に戻る事はなく
久ちゃんは久ちゃんとして私と共に一生を終えた
(完)
幼児退行。それはどうしようもなくつらい事があって
心が耐えきれなくなった時に起きる防衛反応。
今ここに、現実を拒絶した一人の幼子が居る。
目を覚まさせ、つらい現実に送り返す事は、
果たして愛情と呼べるだろうか。
私、宮永咲にはそれが愛情だとは思えなかった。
だから私は愛し続ける。4歳児の久ちゃんを。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他清澄
<症状>
・幼児退行(重度)
・異常行動(重度)
・共依存(重度)
・狂気(重度)
・トラウマ(重度)
<その他>
・以下のリクエストに対する作品です。
幼児退行久ちゃんの話
(御世話するひとは咲さん、現実系、シリアス)
→想定上に狂気を孕んだ話になりました。
苦手な方はご注意を。
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その『事件』が起きたのは、
部長が麻雀部を引退した次の日だった。
事件。そう呼ぶのは少し大げさかもしれない。
別に新聞沙汰になるような事態が起きたわけでもなければ、
騒動になったわけでもない。
ただ、ただ。一人の人間が静かに壊れた。
時間にしてほんの数時間。
でも、『あの人』は完全に壊れてしまった。
その事実に気づいたのは、おそらくは私ただ一人。
だから私は良かれと思って。
全力で『あの子』を支えて癒した。
その選択が、破滅に繋がっているとも知らず。
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『たけいひさちゃん、4さい』
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その日は朝から大雨だった。
窓から見える景色は灰色。
まるで私の心境を代弁するような穢れた空に、
私、宮永咲は深いため息をつく。
幸い今日は休日だ。
一度は抜け出した布団に再度潜り込むと、
小さく身を縮こませた。
雨は嫌いだ。悲しい別れを思い出すから。
そう。『あの日』も確か、こんな陰鬱とした大雨だった。
屋根に打ち付ける雨音が、私の心を沈ませる。
逃れようと耳を塞いでも、残響が脳にこびりつく。
聞こえないはずの雨音が脳裏にこだまして、
ぼんやりと気が狂いそうになる。
ここまで気持ちが落ちるのも久しぶりだ。
清澄に入学してからは、基本的に平和な日々が続いていたから。
もちろん、心が揺れる日もあったけど。
あの人が居てくれたから、私は自分を見失わずにすんだ。
でも、今日からはもう頼れない。
あの人は昨日で引退してしまったから。
これからは、自分の足で歩いていくしかないんだ。
『と、言うわけで、明日から自由登校になるし、
私こと竹井久は麻雀部の部長を退きます。
部長の座はまこに譲るわ』
『今年話題になっちゃったし、来年も騒がれるかもしれないわね。
でも、別に気にする必要はないわ。
無理に大会に出る必要もないと思う』
『ただ一つだけお願いするとしたら。
来年もこの部室に笑い声が響き渡る事。
できることなら再来年もね』
『たった半年とちょっとだったけど。
今まで本当にありがとう』
別に悲しい別れじゃない。
平凡な高校生活に必ず訪れるごく自然な別れ。
大多数の人間が、何事もなく乗り越えられるだろう別れ。
なのに今。私は立ち上がれないでいる。
別れを経て初めて気づいた。
自分が思ってたよりも、あの人に依存していた事に。
半ば無理矢理入部させられて、
嫌いだったはずの麻雀の楽しさを教えられて。
普段はからかってくるくせに、でも本当に傷ついている時には
いつもフォローしてくれた。
弱点なんてないと思えば、実はプレッシャーに弱かったりして。
私に緊張度をチェックしてくれなんて頼んだりして。
『可愛いです』って返したら、ニコニコ笑って喜んだりして。
ああ、駄目だ。ほんの少し記憶を紐解くだけで、
あの人の笑顔がどこまでも脳に広がって。
気持ちがどんどん沈み込む。
「外、出ようかな」
ここに居ても雨から逃れられない。
ならいっそ、別の建物にでも避難してしまおう。
体を動かした方が余計な事を考えないで済むし、
もしかしたら苦手意識を克服できるかもしれない。
傘を片手に家を出る。玄関を開いて見えた世界は、
まるで終わりでも迎えたかのように黒く澱んで濁っていた。
--------------------------------------------------------
灰色のフィルターに覆われた世界を、
とぼとぼと足を引きずる様に歩いていく。
踏み出して数歩で後悔したけれど、
これで家に戻ったら余計惨めになるだけだ。
ぐっと唇を噛み締めながら、
根拠のない起死回生の展開に期待して歩き続ける。
歩き続ける事数分。人ひとり出会う事はなかった。
当たり前だ。わざわざこんな悪天候の中、
散歩に繰り出す物好きは居ない。
「……帰ろうかな」
誰に告げるでもなく呟いて、ぴたりと足を止めた時。
視界に、見覚えのある色が飛び込んだ。
赤みがかった茶色の髪が、緩やかにウェーブを描いている。
後ろ姿だったけど、それが誰なのかは一目でわかった。
私が今一番会いたい人で、それでいて、
一番会いたくない人だったから。
声を掛けようとして言葉が詰まる。
そのまま数秒沈黙して、私は言葉を飲み込んだ。
もしうっかり声を掛けて、いつものように
飄々とした笑顔を返されてしまったら。
涙を堪える自信がないから。
ゆっくりと身を翻し、逃げるようにその場を立ち去る。
つもりだった。なのに足を止めたのは、
わずかに耳をくすぐった悲しげな声のせい。
『おとうさん……おかあさん……
どこ、いっちゃったの……?』
反射的に振り返る。見知った声音、でも、
彼女がそんな言葉を口に出すはずもなくて。
理解不能の疑問符が、私をその場に縛り付ける。
「ひさ、ひとりはやだよぉ。
おねがい。いじわるしないで、でてきてよぉ」
耳を疑う。でも、確かにそれは彼女から放たれていた。
ぼろぼろと大粒の涙を零し、
幼子のように泣きじゃくる彼女から。
正体不明の激痛が、私の胸を締め付ける。
気づけば私は走り出し、異常な部長に駆け寄っていた。
「ぶ、部長!どうしたんですか!?」
捻りも何もない陳腐な問いかけ。
対して、部長は驚愕の台詞を返す。
「え、えと。おねえちゃん、だれ?」
目の前の景色がぐにゃりと歪む。
こうして、私の一生を狂わせる数時間が始まった。
--------------------------------------------------------
「え、えと。おねえちゃん、だれ?」
「な、何を言ってるんですか?私ですよ!宮永咲」
「えと…しらない。しんせきのひと?」
「っ……!」
刹那、全身の血が沸騰したような錯覚に陥る。
脳を支配する感情は怒り。『ふざけないでください』
なんて言葉が喉元までせり上げてくる。
口にせずに済んだのは、部長の目があまりに異常だったから。
くりくりと開かれた大きな瞳は、どろりと黒く濁っていて、
なのに不自然な幼さを伴っている。
直感が告げてきた。この部長はどこかおかしいと。
「え、と……おねえちゃん。
ひさのこと、しってるんだよね?
おとうさんとおかささん、しらない?」
「おきたらね。いなくなってたの」
たどたどしく告げる部長の瞳から、また大粒の涙が零れる。
まるでわけがわからない。
でも、質問に対する回答は持ち合わせていた。
部長の両親は3年前に離婚している。
どちらからも捨てられて、部長はずっと一人暮らしだ。
もう居場所すらわからない。
だから、両親なんて居るはずないのだ。
それとも、もしかして戻って来たのだろうか。
そのせいで部長は酷く傷ついて。
気を違ってしまったのだろうか。
「……!」
気を違う、狂う、精神、病気。
酷く失礼な連想が、私に一つの仮定をもたらす。
今の部長の状態に合致する症状。
もしかして、つまり、今の部長は。
「幼児、退行……してる?」
まさかあの部長が。一度はそう打ち消すも、
私はあわててかぶりを振った。
かっこよくて頼れる無敵の先輩。
そんな仮面を被り続けた部長が、
裏で一人震えていた事を、私はもう知っている。
「……ええと、ごめんね。
ちょっと取り乱しちゃった。
貴女、久ちゃんだよね?」
「……うん」
「ちょっと変な事聞くけど。久ちゃんは今何歳かな?」
「えと……4さい」
指を曲げて見せる部長のしぐさは、
まさに幼児そのものだった。
もう間違いない。今の部長は、何らかの理由で退行している。
「じゃあ、久ちゃん、今日何があったか教えてくれる?」
「えとね、あのね。おきたら、しらないおうちにいたの」
「おとうさんも、おかあさんも、いなくて。
おへやがさむくて、あめのおと、いやで」
「こわくなって。ひとりぼっちなの、やだ」
部長は身体を震わせながら、自らの身体を両腕でかき抱く。
理由はわからないままだけど、
今部長が抱いている感情は痛い程理解できた。
彼女が吐露した感情は、
私が家を飛び出したそれとまるで同じだったから。
「そっか。久ちゃんは、独りが嫌だったんだね」
「うん」
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に居ようか」
「んと、えと」
「大丈夫だよ。久ちゃんは覚えてないかもだけど。
私は、久ちゃんの…その。お友達だから」
「ひさの、おともだち?」
「うん。だから、一緒に居よ?」
部長の目の色が変わり始める。恐怖に捕らわれ泳ぐ瞳が、
救いを求めて縋るような色に変わる。
おずおずと伸ばされた大きな手を、
包み込むようにぎゅっと握った。
「……つめたい」
「うん。でも、すぐにあったかくなるよ」
部長は冷え切っていた。一体いつから彷徨っていたんだろう。
伝わる冷気が酷く悲しくて、少しでも熱が伝わる様に握りこむ。
私の手も冷たかったけど。少しずつ、少しずつ。
お互いの手がぬくもっていく。
「あったかくなってきたかも」
部長はゆっくり目を細めると。
そこで初めて笑顔を見せた。
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どこに連れていくべきか迷ったけれど、
結局は家に戻る事にした。
彼女が飛び出してきた『おうち』。
おそらくは部長の自宅だろう。
そこが嫌で飛び出した以上、連れ帰っても
いい結果をもたらすとは思えなかった。
「ただいまー」
「ここがおねえちゃんのおうち?」
「うん。ほら、久ちゃんも入って?」
「うん。おじゃまします」
「いらっしゃい」
何気ない受け答え。なのに、部長はふるふると肩を震わせる。
どうしたの?そう問い掛けると、
部長は目に涙を浮かべて微笑んだ。
「おへんじ、されたのはじめて」
今度は私の涙腺が緩む番だった。
今の部長の記憶は4歳。普通なら、一番愛されて
構われている時期じゃないかと思う。
なのに部長には記憶がない。
誰かから、挨拶を返してもらった記憶が。
つまりはそういう事だ。『久ちゃん』は、
こんな幼い頃から孤独に怯えて震えていた。
「わわっ。おねえちゃん、どうしたの?」
「……ううん。何でも。何でもないよ。
でも、ちょっとだけ、ぎゅってさせて」
「うん」
「こうやって、ぎゅってされるのも初めて?」
「わかんない。でも。たぶん」
心が幼い久ちゃんは、でも身長は私よりも高い。
包み込むというよりも抱き着くような感じになるけれど、
それでもぎゅっと抱き締める。
貴女はもう一人じゃない。そんな思いが伝わる様に。
「おねえちゃん、あったかいね」
「うん。私もあったかいよ」
「なんだか、ねむくなっちゃった」
「いいよ、寝ちゃっても」
「ひさがねても、ぎゅっとしててくれる?」
「うん。ずっと久ちゃんのそばに居るよ」
久ちゃんは安心したように、
とろんとした目をそっと閉じた。
相当疲れていたんだろう。
すぐにすやすやと寝息が聞こえてくる。
委ねられた全体重が愛おしくて、
しばらくそのままくっついていた。
でも、どうせ眠るならゆっくり寝て欲しいと思うから、
四苦八苦しながらベッドに引きずる。
自分より大きな久ちゃんを運ぶのは結構な重労働だ。
何とかベッドに横たえる頃には、全身がじわりと汗ばんでいた。
ベッドに沈み込んだ久ちゃんは、小動物のようにその身を丸める。
寒いのだろうか。わずかに体が震えている。
その姿が見た目以上に悲しくて、
覆いかぶさるように抱き締めた。
「大丈夫だよ。私が居る。お姉ちゃんが居るからね」
「久ちゃんは一人じゃないから」
聞いてるとは思わないけれど、そっと耳元で優しく囁く。
何度も何度も塗り込むように。そんなこんなを繰り返すうちに、
久ちゃんの震えがおさまって、ぽかぽかと身体がぬくもってくる。
自然と睡魔が襲ってきた。逆らう必要もないだろう。
私は静かに瞳を閉じる。
「おやすみ、久ちゃん」
久ちゃんの寝息を子守歌に、幸せな心地で意識を手放す。
あれ程嫌だった雨音は、もう聞こえてこなかった。
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--------------------------------------------------------
目が覚めた時、目の前に咲の寝顔があった。
驚愕に目を見開いて、さらに映り込んだ背景が
見知らぬ部屋であることに混乱する。
この年で健忘か。それとも年不相応に
酒でも飲んで酩酊したのか。
混乱に目をぐるぐるさせていると、
少しずつ回り始めた脳が記憶を流し込んできた。
そういえば、朝起きたら雨が降っていて。
酷く嫌な思い出が脳裏に浮かんで、何もかもが嫌になって。
『もう考えたくない』って思った瞬間、
ぶつんと意識が飛んでしまった。
次に意識が戻った時には、優しいお姉ちゃんが
話し掛けてくれていて。
あれよあれよと誘拐されて、二人で同衾して今に至る。
「そっか。私、またやっちゃったのね」
幼児退行。その理由は様々だけど、
ありがちな原因は過度のストレス。
加えて幼少期に適切な愛を与えられなかった場合
発症の可能性が増すらしい。
自分で言うのもなんだけど、
なるべくしてなったと言えるだろう。
4歳まで記憶を遡る。あの日も雨が降っていた。
前日に大喧嘩した両親は、二人とも別々に飛び出して。
まだ幼かった私だけが、独り置き去りにされたのだ。
怖くて、寂しくて、悲しくて、苦しくて。
わんわん大声で泣き叫んだ後、裸足で家を飛び出した。
泣きじゃくりながら親を求める私の姿は、さぞ悲痛に映っただろう。
すぐに私は補導されて、やがて両親が迎えに来た。
酷くバツが悪そうに。でも、両手を両親が繋いでくれて。
最終的には、にこにこ笑いながら家に帰ったのを覚えている。
それが世間体を取り繕うための擬態である事に、
幼い私は気づかなかった。
それ以来、特定の条件が揃うと子供返りするようになった。
別れと大雨。この二つが重なると、私は『久ちゃん』に戻ってしまう。
誰にも知られたくなかった恥部だ。
まして、笑顔で別れた麻雀部員には。
そう考える一方で、酷く満たされている自分が居た。
咲がくれた温もりは、確かに私を癒してくれたのだ。
ふうとため息をつきながら、こうなった原因に思いを馳せる。
『部長、本当に今までありがとうございました。
部長が築いたこの麻雀部、確かに次代に繋いでいきます』
『どーんとタイタニックに乗った気分で任せておくじょ!』
『俺も、来年こそは名を上げて見せますよ!』
『わしらなりにお前さんの麻雀部を守っていくつもりじゃ。
じゃけぇ、いつでも戻ってきてええからな?』
いずれは訪れる仲間との別れ。前から覚悟はしていたけれど。
予想以上に簡単に別れを受け入れる仲間を前にして、
全身を引き裂かれるような痛みを覚えた。
わかってる。私の方がおかしいのだと。
それでも思ってしまうのだ。
そっか。貴方達にとって、
私なんてその程度の存在だったんだって。
酷く胸が苦しくなって、でも例外も居る事に気づいた。
咲だ。眉を顰めて俯いて、じっと唇を噛んで耐えている。
その姿に胸が熱くなって、でも次の瞬間気が狂いそうになった。
咲も私も、きっと思いは同じなのに。でも別れは避けられない。
気づいたそれは絶望だった。
心が離れた結果の離別、それなら嫌になる程経験している。
でも、気持ちは通じ合っているのに、
なのに別れたケースは今までなかった。
未知のケースが埋まってしまう。
欠けた隙間が埋まってしまった。
つまり、どのパターンでも別れは避けられないのだ。
そこに思いがあろうとなかろうと。絆があろうとなかろうと。
別れは、どこまでも無慈悲に、私からぬくもりを奪っていく。
それを、絶望と言わずして何と言うだろうか。
笑顔でみんなに別れを告げて、
そこからどうやって戻って来たのかは覚えていない。
独りで布団に包まりながら、
雨が降らないといいなって願ってた事だけ覚えてる。
でも矛盾した思いも抱えてた。
もう、一切合切雨が流してしまえばいいと。
「ん……久ちゃん、起きたの?」
背後から掛けられた声に、ビクリと身体が大きく震える。
でも咲は気にする事なく、そっと私を抱き締めた。
「あ、ごめんね。いきなり後ろから声掛けたら
びっくりしちゃうよね」
「よく眠れた?」
咲の中で、私はまだ『久ちゃん』なんだろう。
幼い子をあやすように、優しい声音で語り掛けてくる。
ありがとう。もう大丈夫だから。
そんな言葉が思い浮かぶ。
でも、口をついて出たそれはまるで違うものだった。
「……うん。お姉ちゃんが、あったかかったから」
内心酷く狼狽する。精神は確かに戻っているのに、
感情がついてきてくれない。
『優しい咲お姉ちゃん』に、どっぷり甘えてしまいたくなる。
瞬く間に、感情が理性を塗り潰した。
そうよ、こういう時くらいいいじゃない。
だってこんなに苦しいんだから、甘えるくらい許してほしい。
大丈夫。明日には竹井久に戻るから。
ちゃんと、独りで頑張るから。
だから、せめて、今日くらい。
『久ちゃん』のままで居させてください。
「よかった。もうちょっと寝る?」
「……うん」
ぎゅっとお姉ちゃんにすがりつく。
お姉ちゃんは目を細めると、笑顔で抱き締め返してくれた。
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次の日に目を覚ました久ちゃんは、もう部長に戻っていた。
気まずそうに頭を掻きながら、事の真相を教えてくれる。
幼児退行したのはこれが初めてではない事。
別れと雨が重なると発症してしまう事。
誰にも相談できなくて、ずっと一人で抱えてきた事。
ひとたび退行が起きてしまえば、『竹井久』には何もできない。
記憶も何もかも失ってしまうから。
だから今までは、危険だと思った時は
事前に鍵を掛けて家に閉じこもっていたらしい。
「誰も慰めてはくれないけれどね。
ひとしきり泣きじゃくって寝れば元に戻れるから」
「で、でも……そんなの悲し過ぎますよ」
どこかで聞いた事がある。幼児退行は一種の防衛反応なのだと。
深く心が傷ついて、自分ではもうどうしようもなくて。
誰かに愛してもらって癒されるために発症するのだと。
なのにその解決方法が、『誰にもすがらず一人泣き続ける』なんて。
こんな残酷な事があるだろうか。
「苦しくなったら言ってください。危なそうな時は呼んでください。
ううん。用なんか無くていい。会いたくなったらいつだって」
「私にとって、『久ちゃん』と居るのは全然苦になりませんから」
それは嘘偽りない本音だった。否、もっと醜い本音を晒せば、
渡りに船とすら言えたと思う。
麻雀部の先輩と後輩。その関係が薄れてしまっても、
もっと強い絆で上書きできる。
私だけが知ってる病気。私と部長、二人だけの秘密。
この秘密を握っていれば、私達が離れる事はない。
「ねえ。咲はどうして、私にそこまで構ってくれるの?」
「昨日の私見たでしょう?正直最初引いてたでしょう?
自分でもわかってるわ。狂ってる。私は完全に病人なのよ」
「関わってもいい事は何もないわ。
下手すれば貴女までおかしくなるわよ?」
私の後ろ暗い打算を知らない部長は、
私の提案に戸惑っているようだった。
無理もない事だと思う。
『私は幼児退行持ちの病人です』なんて言われたら、
精神病院を勧めるのが普通だろう。
なのにそこには一切触れず、
退行を受け入れて見せると言うのだから。
むしろこちらの正気を疑われても仕方ない。
でも、それは。私にとっては
ごくごく自然な流れだった。
「家族と別れるのがどのくらいつらい事か、
私にも少しくらいはわかります」
「私が別れたのは小学校の頃でしたけど。
それでも、まだ傷は治ってくれません。
私だって病人なんです」
「部長の症状、明日は我が身だと思うんです。
部長が退行してたあの日、私は正気を保ってたけど。
でも取ってた行動は、『久ちゃん』と完全に同じだったんです」
「だから。お互いに癒しあうって事で…駄目ですか?」
病気持ち。その突然の告白に、部長は表情を曇らせる。
本能的に気づいたんだろう。これは危うい提案なのだと。
どこまでも常識的な部長は、差し出された手を振り払う。
声を、体を震わせながら。ただ私の将来を慮って。
「……気持ちは嬉しいんだけどね。正直危険過ぎると思うわ。
心に闇を抱えた者同士で寄り添うとか、
余計に相手を壊しかねない」
でも、私はそういうのを求めてなかった。
だって『普通』に甘んじてしまえば、
待ち受けるのは健全な別れの道だ。
例えいびつに歪んでも、私は部長と別れたくない。
「……じゃあ、部長は耐えられるんですか?
これからはずっと独りですよ?」
「それは、その…仕方、ないわよ」
「自由登校で誰にも会えなくて。
寂しくて部室に行ったら、部長抜きでみんなが笑ってる。
一度部外者になる事を選んだ部長は、
その輪に入れなくてそっと立ち去る」
「……わかってる。わかってるから、もうやめて」
「これからもっと酷くなります。
みんな、どんどん部長抜きの世界を作っていきますから。
気づいてますよね?『普通の人』は、
意外とそういうの平気なんだって」
「やだ、もうやめてっ」
心の闇が広がり始める。口から言葉が止まらない。
どうして、なんで私は部長を傷つけてるの?
ううん、理由はちゃんとわかってる。今、部長は元に戻ったけれど。
それはきっと砂上の楼閣。だから、ほんの少し傷をつければ。
きっと簡単に崩れてしまう。
「そして数か月後、卒業したら本当に一人ぼっちです。
大学はどこですか?まあ、どこに行ったとしても、
私達とは遠く離れ離れなのは間違いないよね?」
「ねえ、『久ちゃん』。それ、本当に一人で耐えられる?」
「やだ、やだやだやだ!やだぁっっ!!!」
ほらやっぱり。部長はもっと退行してあまえないと駄目なんだ。
『将来的に壊しかねない』とか言ってる場合じゃない。
今、致命的に壊れているんだから。
だったら手助けしなくちゃいけない。
部長が素直に甘えられるように。
「やだ!!もうこわいこと、いうのやだ!!!」
「うんうん、ごめんね。もう言わないから」
たっぷりと目に涙を溜めて、久ちゃんが私に縋りつく。
それで、私は多幸感に襲われて。うっとりと目を細めながら、
優しく久ちゃんを抱き寄せた。
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咲との関係が変化した事。それは私にとって救いであり、
でも、間違いなく破滅の序章でもあった。
咲は私と同じ危うさを孕んでいる。
家族との離別を経験している咲は、別れを酷く嫌うから。
だからこそ私の闇に気づけて、いともたやすく受け入れてしまった。
咲と私との違い。病んでいるのはどちらも同じ。
私はそれでも健常者の道を目指すけど、
咲はもう諦めてしまっている。
それどころか、私を同じレベルまで
落とそうとしている気すらした。
「ただいま」
「おかえりって言ってあげたいところだけど、
ここは貴女の家じゃないわよ?」
「でももう一か月くらいずっと通ってますし。
ただいまくらい言ってもいいですよね?」
「もう。ちょっと前までは
人見知りで大人しい文学少女だったのに。
どうしてこんな子になっちゃったのかしら」
「部長が弱くなったからですよ」
「うげ、弱い者には強気に出るタイプ?最悪じゃない」
「逆ですよ。今の部長は弱いから心配で仕方なくなるんです」
「……っ、あっそ。後、いつまで部長って呼び続けるの?
私はもう部長じゃないわよ」
何気ない会話の応酬。なのに突然、ずぶりと入り込んでくる。
ほんの少しでも綻びを見つけると、一気に心をこじ開けてくる。
「あ、それなんですけどね。私以外のみんなは、
もう染谷先輩の事を『部長』って呼ぶようになりましたよ」
「……すごいですよね。ちょっと前まで、
部長って言ったら竹井久の事だったのに。
普通の人って、そんなにすぐ切り替えられるんですね。
私には考えられないや」
「っ」
「で、じゃあ部長の事は何て呼ぶかって言うと、
それはまだわからないんですよね。
今のところ、部長が『話題に挙がりません』から」
「……っ」
「それがすごく悔しくて。
私だけ、まだ『染谷先輩』って言い続けてるんです」
皆を責めるのはお門違いだろう。
別に私だって、毎日部員の事ばかり話してたわけでもない。
まして引退して会わなくなった先輩なんて、
新しい話題も見つからないだろう。
でも、どうしてだろう。心にぽっかり穴が空いたような。
風穴ができて血が流れるような。
なんだろう、これ、痛い。
「……ちょっといじめ過ぎちゃったかな。大丈夫?久ちゃん」
「大丈夫、だもん」
「そっか。でも、ごめんね。私は大丈夫じゃないんだ。
日に日に部室から部長の雰囲気が消えていくの、
ちょっと耐えられる気がしない」
「……消えて、いっちゃってるの?」
「意図的に排除してるわけじゃないけど。でも、少しずつ、ね。
部長が使ってた机は今染谷先輩が使ってるし、
部長が使ってたカップが自然と食器棚の奥に移動してくとか」
「……なんか、それ、やだ」
「でしょ?私もすごい嫌なんだ」
痛い、痛い、いたい、いたい。
みんなの事が聞きたいのに、でも、聞かされる事はどれもいたくて。
私なんかもういらないんだって言われてる気がして。
くるしいよ、やだ、もうききたくない。
「もう、部室の話は終わりにしよっか。久ちゃんも聞きたくないよね?」
「……うん」
「嫌な話して疲れちゃった。お風呂入ろっかな。
ほら、久ちゃんも一緒に入ろ?」
「……」
「久ちゃん?」
「……咲おねえちゃんは、私のことすてないよね?」
口から出た言葉に驚いた。だって、それはもう竹井久の言葉じゃなくて。
おかしいよ。私、4さいのひさじゃないのに。
でも、だめなの。考えるとこわくって。
あたまが、まっしろになってくる。
こわい。みんなから私がきえていくのがこわい。
やだ、やだ、やだ、やだ。
きえちゃうの?みんなも、
おとうさんとおかあさんみたいに、きえちゃうの?
おねえちゃんも、きえちゃうの?
「捨てないよ。他の皆が部長を捨てても、私だけは絶対に捨てない」
おねえちゃんが、ぎゅってしてくれる。
あったかくって、すごくやさしい。
ああ、よかった。おねえちゃんがいてくれるなら。
ひさ、だいじょうぶだから。
だから。ね。すてちゃやだよ?
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久ちゃんが『不登校』になった事。
それが問題として顕在化したのは、
久ちゃんが久ちゃんになってから3か月も後の事だった。
いくら自由登校の3年生とはいえ、
学校に来る用事はそれなりにある。
受験に関する手続きだとか、センター試験の結果報告とか。
なのに、一向に学校に姿を見せない久ちゃんに、
みんなはずっと気づかなかった。
なら何がきっかけで発覚したのかというと、
久ちゃんが学生議会長だったからで。
卒業式の答辞に関する打ち合わせをしようとして、
でも久ちゃんと連絡が取れなかったからだった。
困り果てた議会の人が麻雀部に泣きついてきて、
初めて不在が取りざたされたのだ。
「竹井先輩、一体どこ行っちゃったんだじょ」
「携帯でも連絡が取れませんし…」
「わしゃぁ学生議会の連中と一緒に久の家まで行ったんじゃが…
久の奴、家を引きはらっとった」
「も、もしかして何か事件に巻き込まれたんじゃないか?」
今更思い出したように久ちゃんの事を口にする皆を見て、
胸に苦みが広がっていく。
まあでもみんなが悪いわけじゃない。
普通の人はそんなものなんだろう。
それでよかったんだと思う。
皆が普通だったから、私は久ちゃんと独り占めできた。
皆が無意識に久ちゃんを追い詰めたから、
私は久ちゃんと深く繋がる事ができたんだから。
「大丈夫だよ。だって部長だもん。
きっとどこかで笑ってるよ」
「……咲。お前さん、何か知っちょるんか?」
「部長が使ってたカップの中にメモが入ってましたよ?
『旅に出て長期不在になるからさようなら』って」
「ちょ、お前それ最初に言えよ!」
「メモに書いてあったんだよ。皆がいつ気づくか知りたいから、
気づいても言うなって」
「ほ、ホントだじょ…カップにメモが貼り付けてあるじぇ!」
「さ、最後まで人騒がせな人ですね……」
カップから取り出したメモを回し読みして、
皆が一気に弛緩する。いつも通り、
お騒がせ部長の悪戯だったとわかって安心したんだろう。
その様に改めて虫唾が走るも、私は言葉を飲み込んだ。
これでいい。これで、久ちゃんはずっと私のものだ。
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『まったくもう、竹井先輩にはホント驚かされるじぇ』
『というかこんなわかりにくい場所に仕込まなくても……
咲さんが見つけなかったらどうするつもりだったんでしょう』
『まあそこを見つけるって確信するのが
竹井先輩の竹井先輩たるところなんじゃないか?』
『……』
『じょ?染谷部長、さっきから
メモをじっと見てどうしたんだじぇ?』
『……違うな。こりゃ、多分贋作じゃ』
『が、贋作!?』
『こがあなんで騙せると思っちょるなら舐められたもんじゃな。
久とは筆跡が一致せんわ。
一年間ずっと一緒に勉強しとったわしの目はごまかせん』
『で、でも。こ、これが偽物だとして…誰が、一体何のために?』
『犯人は一人しかおらんじゃろ』
『……普通に考えれば、第一発見者ですよね』
『咲ちゃん……』
『そもそもこれが久の犯行じゃとして、
あれで立つ鳥跡を濁さん奴じゃ。
答辞やら学校側の手続きやら、
全部済ませてから消えるじゃろ』
『それをしとらんっちゅう事は……
できん状況にあるっちゅぅ事じゃ』
『……』
『……』
『……咲さんの家に行きましょう』
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それから起きた出来事は、あまり思い返したくありません。
染谷部長、ゆーき、須賀君、そして私の4人は、
その足で咲さんの家に赴きました。
咲さんが何を目的にあの紙を仕込んだかはわかりません。
竹井先輩の失踪事件と咲さんが関係するかもわかりません。
でも、黙殺するには怪し過ぎるのも事実でした。
「こんな時間にみんな揃って何の用ですか?」
4人揃っての訪問に、咲さんはドアチェーン越しに姿を現します。
そして、今まで聞いた事もないような、冷たく低い声を絞り出しました。
その冷たさに身震いして一歩たじろぐ私とは対照的に、
染谷部長は驚く程静かな声で尋ねます。
「お前さんがしでかした事はわかっちょる。
ここに久がおるんじゃろ?
ちょっとだけ会わせてくれんか?」
「……どうして部長がここに居ると思うんです?」
「家を引き払っとるんじゃ。
他に行くところなんぞそうありゃぁせんじゃろ」
「旅に出るって書いてあったじゃないですか」
「ありゃわれが書いた贋作じゃろ。
久の筆跡位わしにだって見分けがつくわ」
「……」
張り詰めた緊張が周囲を包みます。
沈黙。それが一つの答えでした。
少なくとも、咲さんは竹井先輩の失踪に関与している、
それは間違いありません。
もし何も知らないなら、素直にそう答えれば済む話なのですから。
全員の視線が一身に注がれる中、
咲さんは小さくため息をつきました。
そして息を吸い込むと、言葉を紡ぎ始めます。
「……わかりました。
筆跡で見破って押しかけてきた、それを愛情と判断します」
「でも、先に伝えておきますね。
今の部長は重度の精神病を患っています。
その主要因を作ったのは皆さんです。
残念ながら、そこには私も含まれていますけど」
「おそらく、皆さんはもう部長の中に存在しません。
皆さんが部長のためにできる事はもうありません」
「ですから、できるだけ刺激しないように。
決して問い詰めたりしないようにしてください。
状況を理解したら帰ってください」
「なっ……!?」
淡々と告げられる注意事項。
あまりに現実から乖離し過ぎたそれを、
どう受け止めていいのかわかりませんでした。
でも、心の準備が整う前に咲さんはチェーンを外し、
ゆっくりと扉を開いていきます。
そして一言。酷く違和感のある言葉を放ちました。
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「久ちゃん。ちょっとこっちに来てくれる?」
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「どうしたのおねえちゃん?」
「この人達がね、久ちゃんに会いたいって言うから」
「えと、だれ?おねえちゃんのおともだち?」
「じょっ……!?」
「な、何を言ってるんですか竹井先輩!
私達の事がわからないんですか!?」
「和ちゃん、さっき言ったはずだよ。問い詰め厳禁だって。
しかもその質問にはもう答えてるよね?」
「ですがっ……!」
「……はぁ。ねえ久ちゃん。実はね、久ちゃんは
この人達に会った事があるはずなんだけど」
「覚えてる?」
「んーん。しらない!」
「「「……っ!!」」」
「……そうか。そういう事じゃったんか」
「あ、染谷先輩は理解できるんですね。流石です。
……なら、もう自分にできる事はないってわかりますよね?」
「咲。お前さんは久をどうするつもりじゃ。
このまま、幼児のまま飼い続けるつもりなんか」
「久ちゃんの好きにさせますよ。
久ちゃんが望むなら、一生久ちゃんを守り続けます」
「……それで、久は幸せになれるんか」
「なれますよ?むしろ、『部長』では幸せになれなかったから
『久ちゃん』になったんです。
……皆さんに捨てられた事に耐えられなくて」
「久ちゃん自身が、皆さんとの別れを乗り越えて
前に進めると判断したなら、
勝手に『部長』に戻るでしょう。
今のところ、まるでその気配はありませんけど」
「むー」
「あ、ごめんね久ちゃん。難しい話ばっかりで」
「答え合わせとしてはもう十分ですよね?
久ちゃんが拗ね始めたので帰ってください」
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咲の家から追い出され、満身創痍で自宅に集まる。
重苦しい沈黙が立ち込める中、
暗い顔をした和が意を決したように口を開いた。
「染谷部長。あれは、その、
一体どういう事だったんですか?」
和が理解できないのも当然だろう。自分だって、
一度経験済みでなければ訳も分からず動揺したに違いない。
「幼児退行じゃ。前にも一度、
ああなったところを見た事がある」
幼児退行。どうしようもなくつらい事があって
心が耐えきれなくなった時に起きる防衛反応。
「わしが1年の時一度発症した。
仮入部しとった新入生が、本入部を取りやめた時じゃ」
「その時は冷静に対応しとったが……
新入生が帰った後、久はおかしくなっとった」
今思い出しても胸が痛む。いつもは飄々としたあの久が、
まるで幼子のように透き通った無垢な瞳を見せて。
ぽつり、ぽつりと涙を零した。
『いなくなっちゃった。ひさ、がんばったのに』
『だめなのかな。もう。みんなであそべないのかな』
『ぶ、部長、どうしたんじゃ!しっかりせんか!!』
退行が起きた時間はわずか数分。久はすぐに我を取り戻した。
だからと言って、何が起きたのかとても聞ける雰囲気ではなく。
それとなく久を気遣う事しかできなかった。
「今ならわかる。多分、
別れがトリガーになっとるんじゃろう。
久の両親は離婚しとる。
それもキーになっとるはずじゃ」
「幼い頃から家庭環境は劣悪じゃったと言っとった。
じゃけえ、別れが起きると
幼い頃のトラウマがぶり返すんじゃろう」
「わしは気づくべきじゃった。
久が、麻雀部を引退して耐えられるはずがないと。
あの時のように退行を起こしてしまうと」
「違うな。心配はしとったんじゃ。
じゃけど、手を差し伸べちゃいかんと思っとった。
久が過去を乗り越えるには、必要な試練じゃと思ってな」
「じゃが、久は耐えられんかった。
そして咲に助けられたんじゃろう」
咲の行動を思い返す。
咲だけは、わしを頑なに『部長』と呼ばなかった。
もう使わなくなった久の私物も、回収せずそこに残し続けた。
カップに嘘のメモを作った。それはいつ行われたのだろう。
咲だけが。部室から久を消すまいと躍起になっていた。
「……状況はわかりました。ですが、
あのままにしてよかったんでしょうか。
竹井先輩ももちろんですけど、
正直咲さんも普通ではありません」
「あんな状態の竹井先輩をずっと面倒見てるなんて。
それこそ、病院に連れていくべきではないですか?」
「……そう考えるわしらじゃ、久を救えんっちゅう事じゃ」
「なっ……!」
幼子が求める愛情。それはどこまでも無償の愛。
幼児退行を『病気』ととらえて、
『治そう』と考える時点で駄目なのだ。
自らの全てを捨ててでも久を守る。
久が現状から逃げ出した結果
発生する全ての問題を受け入れる。
久が求めるのはそういう愛だ。
もっとも、それを与えられる者が居るとしたら、
その人間も普通ではないだろうけれども。
「多分、咲も狂っとるんじゃろう。
咲からは久と同じ匂いがするけぇの」
「じゃが、だからこそ咲は久を救える。わしらみたいに、
『社会復帰を期待する』人間じゃ無理なんじゃ。
咲みたいに、盲目的に久を愛せる人間だけが久を救える」
「だ、だからって…あの関係が正しいとはとても思えません!」
「じゃけえ言うとるじゃろ。『正しい』を優先する時点でいかんと」
「っ……」
和の言う事は間違ってない。
わしだって、できるなら元に戻って欲しい。
つらい別れを乗り越えて、毅然と前を進んで欲しい。
そんな常識を優先して、引退をきっかけに久を捨てたわしらでは、
久の孤独を癒せない。
「わしらの考えは間違っとらん。
間違っとらんからこそ、駄目なんじゃ」
苦々しくも吐き捨てた。
思う。もしわしが狂えたならば、久を救う事ができただろうか。
何か心に闇を抱えて、久と共有できたなら、
久の心を照らせただろうか。
「無理、なんじゃろうな」
わしは、久に健全を求め過ぎるから。
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ぽかぽか陽気が目に差し込んで、
ゆっくり重たい瞼を開けた。
身体を起こそうとしたら何かが引っ掛かって、
視線を落とすと久ちゃんにロックされていた。
まだ夢の世界に居るだろう久ちゃんの頭を撫でる。
久ちゃんはくすぐったそうに、
でも幸せそうに頬をゆるめた。
しばらくそうして愛でていると、
やがて久ちゃんが目をこすり始める。
少しずつ瞼が開き、とろんとした目に私が広がっていく。
「おはよ、おねえちゃん」
「おはよ、ひさちゃん」
まだ寝ぼけまなこの久ちゃんが、幸せそうにすり寄ってくる。
ひとしきり抱き締めていい子いい子してあげた後、
二人で起きる事にした。
「お着替えしよっか」
「うん。おねえちゃん、てつだって?」
まだ4歳の久ちゃんは、何をするにも甘えたがりだ。
頑張れば自分で着れるんだろうけど、
お着替えも私にして欲しがる。
「はい、万歳して」
「はーい」
すぽんとパジャマを抜き取ると、久ちゃんの透き通った肌が露になる。
いくら心が4歳児とはいえ、体の方はもう大人だ。
18歳が一糸纏わぬ姿のまま、キラキラ無垢な目を輝かせる様は、
酷く背徳的な雰囲気を醸し出していて。
まだ当分慣れる事はできそうにない。
「はい、できた。ご飯食べようね」
「うん!」
お着替えができてくっついてくる背中をさすってやると、
久ちゃんは満面の笑みで頷いた。
幸せだ。だけど時々、罪悪感で押し潰されそうになる。
病的退行。それが久ちゃんについた病名だ。
簡単に言ってしまえば長期化した幼児退行の事で、
こうなると完治は難しいらしい。
そもそも幼児退行は、耐え難い現状から逃避するためであるとか、
過去に起きたトラウマを乗り越えるために発症する。
ストレスを解消して、トラウマを払拭して、
健全な精神を取り戻すための治癒反応だ。
最初の頃は健全に機能していたのだろう。
でも、私がそのシステムを壊してしまった。
幼児の時には膨大な量の愛情を注ぎ続け、
元に戻ったと思えば負荷をかけ続ける。
部長は次第に混ざっていった。
部長のまま精神レベルが久ちゃんまで落ちて、
久ちゃんのまま現状に苦しむようになった。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返す事で。
部長は久ちゃんから戻れなくなって、
久ちゃんのまま現実を放棄するようになった。
つまり、これはもう退行じゃない。
部長は久ちゃんとして生きていく事に決めたのだ。
多分もう部長は帰ってこない。
そう考えれば、退行というより
解離性同一性障害(多重人格)の方が近いのかもしれない。
私は、部長を壊して久ちゃんに作り変えたんだ。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?
なんか、いたそうだよ?」
「ごめんね。部長。本当に、ごめんなさい」
「んと、ぶちょうってだれ?ひさのこと?」
何が癒しあうだ。何が部長を捨てないだ。
部長から離れる事を嫌がって、
部長に部長を捨てさせた私こそ、誰より部長を見捨てている。
誰より部長を傷つけて、取り返しがつかない程に壊している。
なのにそれに気づいた今ですら、
私は久ちゃんを手放せないでいる。
家族になった人との離別。それに耐えられそうになくて。
私は久ちゃんを縛り続ける。
嗚呼、なんて私は罪深くて醜くて病気なんだろう。
「なか、なかないでよぉ。おねえちゃんがなくと、
ひさまで、ぐすっ、かなしく、なるからぁ」
「うんっ……ごめんねっ…ごめん、ごめんね……」
「あやまるの、も、やだぁっっ……!」
二人で縋り付きながら泣き続ける。
やっと手に入れたはずの幸せは、
どこまでも破滅が広がっていた。
大切な人を壊して捨てて、人形と二人、
どこまで生きていけるだろう。
染谷先輩の言葉が突き刺さる。
『それで、久は幸せになれるんか』
あの日、私は嘲笑を浮かべて答えた。
今はもう涙が止まらない。
本当はもうわかってる。この先に部長の幸せはない。
そして、多分私の幸せも。
だから、決断しなくちゃいけないんだ。
これが破滅の道だと気づいたんだから。
「……ねえ、ひさちゃん。部長に、戻りたい?」
「すんっ……だから、ぶちょうって、だれなの?」
「部長はね、大人になった久ちゃんの事なの。
久ちゃんはね、今、子供になってるの。
だから、久ちゃんが大人になりたいなら、
私はそれをお手伝いする」
「教えて。久ちゃんは戻りたい?
久ちゃんの、したいようにするよ?」
私の思考力も低下しているのかもしれない。
今私が抱き締めているのは4歳児の久ちゃんだ。
それも、部長としての記憶が抜け落ちた。
そんな子にこんな問いを投げ掛けたところで、
答えが返ってくるはずもない。
わかっているはずだったのに。今でも私は、
時々久ちゃんに部長を求めてしまう。
嗚呼、なんて私は残酷なんだ――
「やだ!!!」
――自虐的な気持ちに沈んでいく瞬間、
久ちゃんの怒声が私を引っ張り上げる。
『やだ』。久ちゃんは今、『嫌だ』と言った?
「ひ、久ちゃん。いやだって、どういう意味で?」
「知らない!お姉ちゃんの言う事わかんない!
でも、戻るのはやだ!!」
「ひさは、ずっと久ちゃんのままがいい!!!」
私の目から、またも涙が零れ始める。
涙腺が完全に決壊して、私の葛藤を押し流す。
罪悪感と理性が涙に流れて、残ってしまうは唯一つ。
それは、愛情という名の狂気。
「いい、の?久ちゃん。私、ずっと愛しちゃうよ?」
「久ちゃんの事、久ちゃんのまま、一生愛しちゃうんだよ?」
「そしたら久ちゃんはもう戻れない。二度と、部長に戻れなくなる」
「それで、久ちゃんは幸せになれるの?」
「なれるよ!ひさは、お姉ちゃんがいれば幸せだから!」
嗚呼、嗚呼。壊れていく。
自分の中の何かが壊れていくのがわかる。
崩壊が止まらない。止めなくちゃいけない。
なのに、私はもう、幸せで嬉しくて――
「――そっか。じゃ、一生お姉ちゃんと一緒にいようね」
「うん!」
もう、罪悪感なんてわいてこなかった。
私は久ちゃんを抱き締める。久ちゃんは心底嬉しそうに、
私の胸にうずまって頬ずりを繰り返した。
--------------------------------------------------------
わかっている
私は過ちを犯し続けていると
今私の全身を包む幸せは仮初で、
眼前には暗澹たる闇が広がっているのだろう
それでも私は久ちゃんを愛し続ける
いずれ久ちゃんが真実に気づき、私を罵倒して逃げ出すとしても
今の壊れた部長を壊したまま愛し続ける
だって部長は言ったから
私といれば幸せだと、
久ちゃんで居る事が幸せだと言ったから
--------------------------------------------------------
結局、久ちゃんが部長に戻る事はなく
久ちゃんは久ちゃんとして私と共に一生を終えた
(完)
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「一緒にいようね」って久さんのセリフと予想していたのですが外れました……。
まあ案の定咲さんの方がやばかったですけど……。
久ちゃん可愛い
久に戻る可能性は非常に薄いんでしょうね...
今回は久ちゃんと居て咲が幸せならそれが一番なんでしょうか
幼児退行した久と一緒に暮らすことのどこが間違いなのかわからねぇ…
京太郎で笑いました。居たのかお前
長野の駆け込み寺龍門渕家。(違う
久ちゃんになった久と共に、久以上に咲も壊れていったんですね…無償の愛を求める幼児久と愛を受け取って欲しかった咲、そんな二人が最高でした。
できるのはとても幸せだと思う。
とりあえず久ちゃんかわいい
案の定咲さんの方が>
久「退行とはいえ私は自分で
問題を解消しようとしてるけど、
咲は私を変える事で解消してるのよね」
咲「どっちが罪深いかと言われたら私ですね」
「やだ」の時点でこの言葉が>
咲「この時、久ちゃんの言葉に漢字が
混じっているのがポイントです」
久「戻る気ないよ!」
どこが間違いなのか>
咲「人によって判断は分かれるかと思います」
久「どんな私でも愛おしい、と考えるのか、
4歳以降の人生を全て捨てさせたのでは
それはもう竹井久ではない、と考えるか」
一生安泰エンド>
咲「幼児退行する前ならハッピーエンドへの
選択肢だったんですけどね」
久「シリアスモードだとちょっと無理ねー」
久以上に咲も>
久「悲しい事だけど、現実で言う
『共依存』って本来はこういう
歪んだ依存なのよね」
咲「久ちゃんを守る事に存在意義を
見出しちゃった、みたいな」
愛されたまま一生を終えることが>
久「実際幸せだったんじゃないかしら」
和「ただ、この関係でいいのだったら
竹井先輩に戻る事も
できたはずなんですよね…」
まこ
「もともと退行した理由は離別じゃけえの。
二人が離れないなら久が
退行する必要はないはずじゃ」
咲「……もう二人とも壊れちゃってたから」