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【咲-Saki-SS:憧穏】憧「貴女の未来を掌に」【ヤンデレ】【依存】【洗脳】【真相編】

<あらすじ>
勉強ができても成功者になれるとは限らない。
それは一つの悲しい真実。
だけど、勉強の過程で身に着けたやり方は
ちゃんと人生に活かせると思う。

過去の失敗を分析し、膨大な情報をインプットして、
最適な解答を導き出す。
勉強も恋愛も、人生だって理屈は同じだ。
そんな独自の理念のもとに、私は計画を遂行する。

しずを、私という籠に閉じ込めるために。


憧「この話の私視点よ」

穏乃「ねえ、一体どこからどこまでが、憧の計算だったわけ?」

<登場人物>
高鴨穏乃,新子憧

<症状>
・共依存
・執着
・洗脳

<その他>
次のリクエストに対する作品でした。
・偏差値70は余裕の憧が知略を尽くして穏乃を手に入れる話
 ギャグでもシリアスでもOK



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偏差値。

それはある特定の集団における
自身の立ち位置を表現する指標。

典型的な例としては学力の偏差値で、
平均を50として、それより数値が高ければ
成績優秀と判断する事ができる。

もっとも、この『ある特定の集団』という表現が曲者だ。
極端な話、『おバカを100人集めた中で偏差値60』と、
『天才ばかりを100人集めた中で偏差値40』であれば、
圧倒的に後者の方が優れているだろう。


その観点で考えると。私、新子憧の
『偏差値70の晩成も余裕』という指標も
大して参考にならなかったりする。

なにしろ母集団が『奈良県の高校模試を受けた人』だ。
その中には、しずみたいに全然勉強しない子も含まれている。
母集団の学力にバラツキがある事を考慮すれば、
この偏差値70は『まあ普通に優秀な生徒』くらいの
判断に留めるべきだろう。

とまあ、長々と言葉を連ねた上で言いたかった結論。
それは、偏差値70という指標だけで
私の知能を評価するのは早計という事だ。


ただ。1つだけ断言できる事がある。


もし狂人を相手にする場合。
その相手が学力50と70とでは、
恐怖の度合いは桁違いに跳ね上がるだろう。


そして私は……『偏差値70の狂人』だった。



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『貴女の未来を掌に』




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勉強の基本はインプットとアウトプット。

過去の失敗から法則を導き出して、
次は成功するように修正する事が肝要。

なんて、何も勉強に限った話じゃない。
人生を生き抜く上でも必要不可欠な行動特性だ。


恋愛だって同じ事。
過去にどんな事をしたら想い人が喜んで、
どんな事をしたら嫌がったか。
端的にそれさえ見極められれば相手は落ちる。
勉強も恋も本質的に大差はないのだ。

何より必要なのは情報。情報を制する者が全てを制する。
その事を、私は幼い頃から無意識に理解していたんだろう。


だからこそ、私は酷く早い段階で『実験』に出た。


『あ…じゃあ和…来年は阿知賀に?』

『そうですね…そうしたいです』

『私も阿知賀かなー。ここの部室好きだし』

『……』


『あたしは、阿太中かな…』


そう。あの日、私が呟いたこの言葉。
それはしずの本質を探る為の実験だった。
もし別れを切り出した時、しずはどんな反応を見せるのか。
知っておく必要があると思ったからだ。

酷く狼狽して憤りながら、離れる事を拒むのか。
それとも、冷淡に別れを受け止めるのか。

それは、小学生にして同性を好きになってしまった私の、
一世一代の大博打でもあった。


そして、実験は苦い結果に終わる。


『そっか。でもたまには遊ぼうな!』


もしかしたら追い掛けてきてくれるかも。
なんて淡い乙女心は無残に断ち切られた。
しずは笑顔で私との別れを受け入れて、
私は作り笑顔で何とか応える。

今でも思う。あの日溢れそうになった涙を、
押し留める事無く零していたら。
私達は、離れる事なく繋がったままで居られただろうか。
否、きっと駄目だったろう。想いの強さが違い過ぎるから。

笑顔の仮面を纏って帰り、自室に飛び込むなり泣きじゃくった。
これでよかった、傷が広がる前に失恋できたんだから、
なんて自分に言い聞かせながら。
喉が枯れるまで、意識を失うまで慟哭した。

こうして、私の初恋は儚く散る。
そう、散ったはずだった。



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今にして思う。

もし本当にここで終わってたなら、
私は健常者として生きる事ができたのだろうと。



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恋は一度終わりを告げて、でも再び返り咲いた。
2年と半年の年月を経て、二人の道が重なり合う。

しずは何も変わってなくて。だから私も、
あの頃の切なさを容易く取り戻してしまった。

ただ、3つ違っていた事がある。
私はすでに一度痛い目を見ている事。
勉強の仕方を覚えていた事。


そして何より……今度は諦める気がなかった事だ。


早い段階で別れを経験したのはむしろ僥倖だった。
しずの本質を理解できたのだ。
一見すれば放埒(ほうらつ)で我が道を行くしずは、
でも人の決断を無下に扱う事もない。
例えその決断で、自分が傷つく事になるのだとしても。

そんなしずを縛るには、2つの複合的な対策が必要になる。
1つは、しずの考えを誘導する事。
我が道を行くしずだから、
自らの意思で私と結ばれる道を選ばせる必要がある。

もう1つは、しずの殻を破る事。
『例え人生に介入してでも私を独り占めしたい』
そんな私に釣り合うだけの執着をしずに抱いてもらう必要がある。

この2つを成し遂げなければ、
仮にしずと結ばれたとしても待つのは苦汁の日々だろう。
例えば毎日山に遊びに行かれるだとか、
プロ雀士になって日々出張で離れ離れの生活が待ってるだとか。

私の愛は正直重い。身体が離れても心は一緒、
そんな地獄はお断りだ。

今から策を練っていこう。今から3年後、
しずが自分から私の手元に転がり落ちてくるように。



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しずと再会した私が初めにした事は、
しずの行動パターンを徹底的に洗い出す事だった。


(まずは情報収集ね。しずを作り変えるには、
 現状をきっちり把握しないと)


朝何時から山登りに出かけるのか。
何時頃に食事を摂るのか。栄養はちゃんと摂れているのか。
いつ頃登校し始めて、どんなルートで通うのか。

勉強はちゃんとしてるのか。
休み時間はどう過ごしてる?
トイレにはどのくらいの頻度で足を運ぶんだろう。
お昼は誰と、特に何を食べる事が多い?
エトセトラ、エトセトラ。

徹底的に洗い出す。勉強と同じだ。膨大なインプットを繰り返す。
最適なアウトプットを導くために。


蓄積を始めて気づいた事がある。
しずは自分ルールに固執するタイプだ。
それは、時に病的と思える程に。

その傾向が顕著に表れているのが制服。
小学校の頃は私服だったから気づけなかったけど、
しずはわざわざ制服とジャージを使い分けている。

制服を着るべきシーンではちゃんと制服を着る。
でも、許される時は必ずジャージに着替え直す。
放課後待ち合わせた時に、
わざわざ制服からジャージに着替えてきた事もあって、
正直そのこだわりっぷりには軽く引いた。

他にもルールは色々ある。朝は基本山に登るとか、
買い食いできるタイミングがあれば
お小遣いが厳しくても必ず買うとか。

これは使える。しずの自分ルールを洗い出せれば、
計画を組み込みやすくなるだろう。


(よし、情報収集はこのくらいでいっか。
 次は、しずの生活に私をそれとなく捻じ込もう)


私が居ない時には不快な環境を、居る時には快適な環境を提供する。
しずと他人の行動を調整して、間の悪い状況を作り出す。
そして私がフォローしてあげるのだ。

そう、例えばこんな感じで。


「あ、憧ちゃん。前に食べたがってたクッキー持ってきたよ。
 みんなで食べよう!」

「おおー、玄気が利くねぇ」

「……あ、ありがとうございます玄さん!」


玄が取引先からもらってきた高級クッキー。
いつもなら飛びつくしずは、でもわずかに表情を濁らせる。

私だけが知っていた。しずが毎週この時間、
気分転換にひとっ走りしてから部室にやってくる事を。

走って水分を消費したこのタイミングで、
喉が渇くクッキーは厳しいだろう。
もちろん、私がそうなるように調整したわけだけど。
案の定、しずは遠慮がちに一口かじった後咀嚼をやめた。
それでも我慢しながら笑顔を作るしずの横で、
そっと助け舟を出してやる。


「クッキーにはやっぱり牛乳だよねー。
 あ、しずも飲む?あんた牛乳好きでしょ」

「……っ、待ってました!」


正直普段は飲まないけれど、
このためだけに用意した。
そんなそぶりはおくびにも出さず、
私はしずの目の前で牛乳を注いでやる。

運動後で喉が渇く、エネルギーを消耗してる、
しかもパサつくクッキーを食べないといけない。

そんな悪条件に置かれたしずにとって、
目の前の液体は救いの神のように映っただろう。

しずは促されるままにマグを受け取ると、
瞬く間に牛乳を飲み干した。
そしてクッキーを手に取ると、
今度は美味しそうに満面の笑みで頬張った。


「うん、美味しい!」


それは酷く地味で何気ないフォロー。
でも地味で印象に残らないからこそ、
澱みのように知らないうちに塵積もっていく。
しずに意識されないように、
私はこの手のフォローを繰り返した。


そして、ここでしずの自分ルールが効いてくる。
ルーチン化された行動に、
私の助力をさりげなく組み込めるからだ。

例えば毎朝行われる登山。
私はここに疲労回復の仕組みを組み込んだ。


「ふぃーっ、おっはよう憧!」

「おはよ、何?今日も朝から山登り?」

「憧もたまには一緒しない?澄んだ空気に
 憧の澱んだ気持ちが浄化されるように……
 って、それ何飲んでんの?」

「オレンジジュース」

「あっ、いいな!一口頂戴!」

「残り全部あげるわ。思ったより要らなかったし」

「ラッキー!!」


もちろん『ラッキー』なんかじゃない。
しずが山登りで体力を消費する事を前提に、
運動後30分以内に果糖が多いジュースを選んで渡す。

オレンジジュースは疲労回復に持ってこいだ。
事実、ジュースを飲み干した後
しずは目に見えて元気を取り戻した。
逆に言えば、私に会わなかったなら
疲労を引きずったままだったろう。

つまり、しずは私と会える時だけは
適切な疲労回復を行えるわけで。
『私に会えた日は元気が出て、そうじゃない日は疲れやすい』
なんて生活を毎日継続する事になる。

この調子だ。どんどん『私』を浸透させよう。
快不快、しずの生活を私がコントロールするんだ。


コントロールは日々の会話にも及んだ。
例えば、しずが居ない間を見計らって
しずが乗りにくい会話を蔓延させておく。
ファッションだとかドラマだとか、
しずがあんまり興味なさそうな奴をてんこ盛りで。

そしてしずが戸惑っているところに、
すかさず助け舟を出して話題をすり替えてやるのだ。


「ぐわー!ガーリーとかフェミニンとか、
 マニッシュとか全然わかんない!!」

「あーうん、しずはずっとそのジャージだもんね。
 ていうか、それ一体何着持ってんの?」

「登校用と運動用と家用とパジャマでそれぞれ4着ずつ?」

「計16着…って、え?あんたわざわざ
 家帰ったら同じジャージに着替えてるわけ?」

「ん?そりゃ着替えるだろ。用途が違うんだし」


自分が理解できない会話に癇癪を起こしたしずは、
私の誘導に嬉々として乗っかってきた。

いいわよ、その調子。その調子で、
私の助けなしでは円滑な会話もできないような
社会不適合者になってしまえばいい。


繰り返す、繰り返す、繰り返す、繰り返す。
快と不快、パターンを練りこんでしずに供給し続ける。

少しずつ、少しずつ作り変えていく。
私が居るだけで気分が楽になる様に。
私が居ないと苦痛を感じてしまうように。


挙句私が居なければ、日常生活に支障をきたしてしまうように。


確かな効果を実感できたのは、
私が風邪で休んだ日。

まだ学校が始まったばかりの午前10時、
しずは酷くしょぼくれた顔で私の家にやってきた。


「ちょ、しず学校は?」

「……憧が居ないと調子が出ないから」

「看病、するから。早くよくなってよ」


病人の私よりよっぽど陰鬱な表情を浮かべながら、
しずが部屋に乗り込んでくる。
目を熱く潤ませながら、まるで不治の病を看取るかのように。
泣きそうな顔で濡れタオルを額に押し付けてくる。


「……ありがと。しずが来てくれたら、
 なんかそれだけで急に楽になったわ」

「あ、それすっごいわかる。実はさ、
 私もここに来るまで苦しくて仕方なかったんだ」

「でも、憧の顔見ただけでちょっと楽になった。変だよな」


顔を見合わせて笑いあう。
死人みたいだった顔が一転、太陽みたいな笑顔になった。
そんなしずは真実に気づかない。
本当は、『そうなるように仕向けられてる』って事を。


繰り返す、繰り返す。繰り返す、繰り返す。
繰り返す、繰り返す。繰り返す、繰り返す。
繰り返す、繰り返す。繰り返す、繰り返す。

繰り返す、繰り返す。繰り返す、繰り返す。繰り返す、繰り返す。


一人の時には猛毒を。二人の時には施しを。
注ぎ、溜め込み、澱ませ、浸透させる。

そして毒はしずを蝕み。
もう取り除けない程に冒し尽くす。


「よーし放課後!今日は部活もないしぱーっと遊ぼう!」
「あ、ごめん。私委員会あるから先帰ってて」

「えー、じゃぁ待ってる!どのくらいで終わる?」
「いやいや帰っていいってば。
 書類とか作るし軽く2時間はかかるからさ」


「いいよ、終わるまでずっと待ってるから!」


計画を開始してからたった1年。
しずは、私の傍を離れなくなっていた。



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第一段階は成功した。日々のたゆまぬ努力の結果、
私はしずにとって必要不可欠な存在になっている。

そろそろ次の段階に進もう。目標は、
しずの意思を私が望む方向に誘導する事だ。


私が特に危惧する未来。
それは、しずがプロ雀士の道を選ぶ事。
高校に入ってから急に現実味を帯びてきた離別ルートだ。

麻雀は私も好きだけど、悲しいかな私に異能はない。
技能でいくら研鑽しても、しずみたいな
『向こう側』の人間にはなれないだろう。
しずがプロになってしまえば、強制的に引き離される。
万が一二人ともプロになれたとしても、
ずっと同じチームで居続けるのは奇跡に近い。
絶対に避けるべき未来の一つだ。

もう一つ怖いのは、しずが例によって
突拍子もない未来を思い描く可能性。
ある日突然『登山家になりたい!夢は七大陸最高峰制覇!』
とか言い出されたら目も当てられない。


この手の望まざる離別を避けるためには、
しずの未来を縛る必要がある。
私に寄り添う事を大前提にして物を考えるように、
思考を誘導しなくてはいけない。


だから私は、あえてしずの心を掻き乱した。


「しずは、本当に計算ができないよね。
 そういうとこ、割と本気で羨ましいわ」

「でもそれ。次は通用しないかもよ?」


離れて行く可能性、その片鱗を示唆して見せる。
その上で私が望む進路を伝えて、
それに沿う様に思考を誘導するために。

揺さぶりを掛けられたしずは、
あからさまに挙動不審になった。


「え、と。それ、どういう意味?」


キラキラ輝く瞳から、すーっと光が消えていく。
緩んでいた頬が強張り、一瞬にして表情が消える。

正直軽く背筋が震えた。私が施した教育は、
思っていた以上に浸透していたらしい。


絶望。
私との離別を脳裏に描いて、しずは確かに絶望している。


悦びに気が違いそうになる。そうよ、しず。
あんたが今抱いている絶望は、あの日私が感じたもの。
ようやく、小学校の私に追いついてくれたわね。

酷く気分が舞い上がる。鼓動が高鳴り高揚していく。
それでも、そんな胸の内を打ち明けるつもりはなかった。


(死に物狂いで考えて?その絶望を回避する方法を)


もちろん答えは用意している。でも、
あくまでしずが自分で辿り着く必要がある。
導き出された結末を、自分の意思だと思い込むように。


「さぁてね。答えが知りたきゃ自分で考えなさいな」


大丈夫。ちゃんと誘導はしてあげるから。
あんたが迷わず辿り着けるように。



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翌日。

目に真っ黒なクマをこしらえたしずが、
進路について聞いてきた。
それとない風を装いながら、
酷く追い詰められた表情で。


「憧はさ、なんで晩成じゃなくて阿知賀を選んだの?
 将来の事とか考えなかった?」


しずは別に馬鹿じゃない。むしろ頭の回転は速い方だ。
私があげたヒントから、離別の匂いを鋭敏にかぎ取っている。


「憧はなんで大学行くの?何を目指してるの?
 もうなりたいものが決まってるとか?」


教育が行き届いている事を実感して、
私は内心ほくそ笑む。

これは計画を練るための情報収集だろう。
私が刷り込んだ教育は、ちゃんと
しずの脳みそに根付いている。


「んー、勉強する理由かぁ。正直後ろ向きなんだけどね。
 ただ、選択肢を狭めないようにしてるだけっていうか」

「選択肢?」

「そ。保険みたいなもんよ。いざ本命が夢破れた時、
 そこそこの大学行ってればリカバリーきくっしょ?」

「その、本命って何?」

「麻雀教室の先生。つまり昔のハルエポジション。
 雀士として相当の実績がないと
 食べてくのは厳しいだろうけどね」

「じゃあ私も先生になる!」


あまりに安直で可愛らしい発言に、
思わず噴き出しそうになった。
同じ道を選べば離れる事はない、
その一心で口走ったんだろう。

ああ、可愛い。おバカで可愛い。愛おしい。
しずの愛くるしさに内心身もだえしながらも、
私は計画がさらに一段階進行した事を確信する。

いくつかの好ましくない未来が闇へと消えた。
以降、しずは私の夢を叶える方向で将来を検討するだろう。
少なくとも、『登山家』みたいな選択肢はもう出てこないはず。

とはいえまだまだ道半ばだ。実際しずにも言ったけど、
麻雀教室で生計を立てるのは正直厳しい。
おそらく、しずは収入の問題を解決するために
プロ雀士になる道を選ぶだろう。

もちろんそれでは意味がない。そもそも計画の目的は、
しずをプロ雀士にしない事なのだから。

だから道を誘導する。『プロ雀士』が
魅力的な選択肢じゃなくなるように。



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『ドキュメンタリー、プロ雀士に独占密着!!』


特に何をするでもなく、二人でぼんやりとテレビを眺める。
そんな中映し出された番組に、
しずは目を見開いてかじりついた。

内容は酷くありきたり。
プロ雀士の生活に焦点を当てた番組で、
起床時間やら生活スタイル、仕事の内容など
まるで就職セミナーかとでもツッコミたくなる程に
杓子定規な展開だった。

でも、だからこそ丁度いい。これでしずも、
この職業が自分の思い描く生活と
マッチしない事を痛感するだろう。


『プロ雀士として生活する上で
 意外に大変な事はなんですか?』

『いろいろあるが…一番きついのは
 拠点を行ったり来たりする二重生活になる事だな』


いいところに言及してくれた。
しずの背筋が硬直し、表情がどんどん強張っていく。


『麻雀という競技の性質上、毎年2000試合打つわけだ。
 しかも対局のために4チームが集結する必要があるわけで、
 必然的に遠方のチームは首都圏に移動せざるを得ない』

『私は佐久フェレッターズだから、
 地元は当然長野になるわけだが…
 正直長野より東京に居る期間の方が長いな』

『もちろん地元あってのチームだ。
 できるだけ戻る様に心掛けてはいるが』


次いで統計データが映し出される。
インタビューに答えた藤田プロの地元滞在率は30%程度。
交通の便で不利な長野という事もありかなり低い。

この情報はしずにとって相当ショックだったはずだ。
何しろ、奈良の方がさらに条件は劣悪なのだから。
さらに私は念押しに、あえてその事実を突きつけてやる。


「うはー、地方雀士って大変なんだね。
 ま、そもそも奈良にはプロチームないから関係ないけどさ」


能天気な私の言葉に、しずの背中がビクリと震えた。

もちろん私は知っている。
しずがプロ雀士になるために、水面下で動いている事を。
でも、その道には重大な欠陥がある。
奈良にプロチームの拠点はないのだ。

阿知賀から東京まで出るとして、
最短経路でも片道で4時間半はかかる。
ちょっと日帰りで行ってくる、
なんて考えが通用するレベルじゃない。

流石にしずも気づいただろう。
ひとたびプロ雀士になってしまえば、
私と別居する生活が待っている事に。

しかも、帰還率はモデルケースの藤田プロより悪くなるだろう。
プロ雀士である以上、地元チームへの巡業だってあるのだから。
拠点と故郷が異なれば、帰って来られるかも怪しい。


「……」


テレビを食い入るように見つめるしずの背中が、
どんどん小さくなっていく。

もししずが、単純に『プロ雀士』という職業自体に
夢や希望を抱いていたのなら。
拠点の問題は大した問題じゃなかっただろう。

でも、いまや違うのだ。
今、しずがプロ雀士を選ぶ理由は、
あくまで目的に対する手段に過ぎない。

『私と離れないための食い扶持』
それ以上の価値はない。
なのに、結果別居生活の到来となるのでは、
本末転倒もいいところだ。


「……」


しずの瞳が逡巡に揺れる。
私の夢を叶える事、物理的に離れてしまう事、
その2つを天秤に掛けているのだろう。
身体は離れてしまっても、心は結ばれているのなら。
私の夢が叶えられるなら。
なんて、可愛らしい事を考えているのかもしれない。


あまりに小さく縮こまるしずに、流石に胸がギリギリと痛む。
それでも、心を鬼にして見に徹した。

これは必要な痛みなのだから。
いずれしずがプロ雀士の道を提案する時に、
一刀両断に切って捨てるために。



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そして『私の』計画開始から3年後。
しずは計画を見せびらかす。

私に考えを誘導されて、
がんじがらめに縛られた未来を誇らしげに。



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しずが持ってきた進路希望調査の用紙。
そこに描かれた未来図は、一字一句違わず想定通りだった。
当たり前だ。そうなるように誘導したんだから。

それでも私は心が震えた。
内容はこの際どうでもいいのだ。
大切なのは、しずが私を第一に考えている事。
肝心なところで一歩引き気味だったしずが、
手段を選ばず私の人生に踏み込んで来た事だ。


嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい!!!


小学生だったあの日、あっさり私から手を引いたあのしずが。
一切抵抗する事もなく、笑顔で私と別れたしずが。

そのしずが……絶対私を手放すまいと、
自分の生き方を変えてまで私を縛り付けようとする!


「あは、あっはははは!!!」

「ちょっ、なんで笑うんだよ!?
 私は真剣に大まじめだぞ!?」


必死で笑顔をかたどりながら、酷く涙腺が熱くなる。
こぼれそうになる涙を堪えながら、ほんの少しだけ考えた。

もし、しずが持ってきたこれを実行して、
派手に爆死したらどうなるだろう。
きっとしずは責任を感じて、罪の意識に囚われる。
そうなれば、もう一生私から逃げられなくなるだろう。


(……それはそれで悪くないかも)


なんて悪魔じみた発想に思いを馳せながら、
私はしずを抱き寄せる。

流石にそれはやり過ぎか。
ただでさえ、しずの将来を無理矢理縛ったんだ。
私には、しずを幸せにする義務がある。


「……ま、そこまで、決意してるならいいわ」

「……わかった。今回の無茶も……付き合って、あげ、る」


大丈夫。私から離れない限り、
絶対に幸せにしてあげるから。



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そしてあれから6年後。
私達は二人して麻雀教室を開いている。

しずが持ってきたプランは白紙撤回。
練りに練った計画をすげなく却下されて、
でもしずが異議を唱える事はなかった。

しず自身だって気づいていただろう。
この案はあまり上手くないと。
だからこそ、プロ雀士を諦めろと言う私の提案を、
しずはあっさり受け入れる。
結果、しずが私から離れて行く道は完全に消え失せた。


そして私は自分が描いていたプランを実行に移す。
基本的にはハルエが歩んだ道の模倣。
それでいて、少し発展させた道を作り上げていく。

その過程で重要なのは、『私にはできてもしずにはできない』
仕組みを構築する事だ。

この条件を満たすために、当初の構想から大きく変えた。
それは、私を高校の顧問にして、しずを麻雀教室の先生にした事。
どちらも同じ時間に活動する以上
結局は二人で面倒を見るわけだけど。
そこには重要な意図が隠されている。

目的は酷く単純。収入面で逆転しないようにするためだ。
高校教師という定職に比べれば、
麻雀教室の先生なんて不安定で
いくらでもすげ替えが効くのだから。
それでいて、仮に私が教師を辞めたとしても、
教員免許のないしずでは代わる事ができない。

つまり、私は必須でしずはオプション。
こうして、一見すれば二人で阿知賀を切り盛りしているようで、
実際にはしずを切り離しても運営できる構図になっている。


しずもそれがわかっているんだろう。
時々酷く危うい視線を向けてくる。
お酒に酔った時なんかは特に顕著だ。
『捨てないで』なんて、まるで愛玩動物のように
愛くるしい目を潤ませて、涙ながらに懇願してくる。


「ねえ憧、私の事捨てないでよ?」

「あはは、今更何言ってんだか」

「私、ちゃんとわかってるんだよ。
 今の状態、私が居なくても問題ないって」


「私、憧に言う程必要とされてないって」


思わず噴き出しそうになる。

どの口でそれを言うのだろう。
本当の事を教えてやりたい。
あんたを好きになったのも、
捨てられて一人泣きじゃくったのも、
どっちも、どっちも私が先だったって。

しずの事が好き過ぎて、絶対にもう離れたくなくて、
しずの未来を削ぎ落した。
私しか視界に入らないように、私が全てになるように。


じゃないと、私が耐えられないから。


(ねえしず。しずは、この結末を
 自分で選んだと思ってるかもしれないけどさ)

(実際には、私に縛られて閉じ込められただけなんだよ?)

(もし、しずが私から解放されたなら)

(いくらでも希望が広がってるんだよ?)


それこそしずの実力があれば、今からだって
プロ雀士になる事もできるのだから。
『私』という濁ったフィルターさえ取り除けば、
今でもしずには輝かしい道が広がってる。
なんて、絶対に取り去ってはあげないけれど。


涙に濡れるしずの頬を舌でそっと舐めとりながら、
耳元で囁くように語り掛ける。

しっとり、しっとり、染み込むように。
脳裏にこびりついて二度と離れないように。


「しずも昔言ってたでしょ?
 私にできる事をしずがやる必要はないんだってば」

「で、も……だったら私は何をすればいいの?」

「ただ居てくれるだけでいい。
 私から離れなければそれでいい。
 こうやって、私に縋りついてくれるだけでいいんだよ」


「ただそれだけで。私は一生しずに囚われる」


言葉を耳朶に塗り込む度に、しずの表情がだらしなく蕩けていく。
あんなに懊悩してたのが嘘みたいに、麻薬にでも侵されたように、
知性の崩壊した笑顔が広がっていく。

やがてしずは満面の笑みを浮かべた。
それは私の大好きな。何の根拠もなく、
でも疑いのない幸せに満ち満ちた顔。


……私には、きっと一生できない笑顔。


「ふふ、その調子。これからも、
 ずっと計算のできないしずで居てね?」


じゃないと。私が不安で壊れちゃうから。


(完)
 Yahoo!ブックマーク
posted by ぷちどろっぷ at 2018年02月24日 | Comment(15) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
いい…
Posted by at 2018年02月24日 21:17
穏乃の方が頭良くて憧を騙している可能性すらある。
どっちの方が闇が深いのか……
まあ、二人で1つの闇なんだろうなぁ。
あと憧は穏乃の行動を観察日記とかにしてそう。
Posted by at 2018年02月24日 21:42
はじめてコメントさせていただきます。
自分を「狂人」とまで表現する憧の行動は、
全て穏への愛に溢れている所以である所に、すごく惹きこまれました。
とても面白い話を読むことができました。
ありがとうございます。
Posted by しろ at 2018年02月24日 21:47
どっぷりとしたヤンデレがたまりません。
憧ちゃんの策略が愛と狂気に満ちていてワクワクしながら読ませて頂きました。
Posted by at 2018年02月24日 23:50
あこ…すばらな恐ろしい子!
しずは可愛い可愛いアホの子です。
Posted by at 2018年02月25日 09:40
最高ですね…。良いSSをありがとうございます。
本当はきっとここまでする必要なんかなくて、ただ想いをぶつけて離れたくないずっと一緒にいようと言うだけでも良かったんでしょうか。でも想いが深すぎるから?せずにはいられなかったんでしょうか。それでもちゃんと傍から見ても幸せそうな範囲に収めたのは流石の憧ちゃんです。
Posted by at 2018年02月25日 11:33
こういう外堀を埋めてくる系ヤンデレ大好きです!ありがとうございます!
Posted by at 2018年02月25日 18:39
憧は安定した病みの振れ幅だけど、シズは根が純粋故にとことんまで病んでいきそうなイメージ
最終的には憧が健全に見えるほどに



Posted by at 2018年02月25日 19:26
憧ちゃん危うすぎる...
複雑すぎて少しでも触れたら2度と元に戻せなくなってしまう精密機械のような危うさ
人生丸ごと掌の上と考えたらちょっとシズが可哀想かな?と思ってたけど、こんなになるまで惚れさせたんだからシズは責任取って生涯添い遂げる他ないですね!
Posted by at 2018年02月26日 00:01
真相編タグ付けありがとうございます!
Posted by at 2018年02月26日 02:11
どっちも夢が叶ったハッピーエンドでよかった!
やっぱシズが大好きな憧ちゃんが一番かわいい
Posted by at 2018年02月26日 20:19
ありがたや…ありがたや…
アコチャーつよいなぁ
Posted by at 2018年02月27日 01:26
憧ちゃん狂人だなんて露悪的にならなくても恋の駆け引きって言っちゃえばいいんだよ
原作からして重いことに定評のある阿知賀ールズならきっと許されるよ
Posted by at 2018年02月28日 09:27
自分と同じ悩みを抱えてる生徒に憧先生が過去を明かして手取り足取り指導していく未来があったら大変おいしい…。教えを請う生徒に人生を奪う覚悟と愛があるのか問いかける憧先生とかあったらいいな…。(リクエストではないです)
Posted by at 2018年03月03日 14:37
コメントありがとうございます!

穏乃の方が頭良くて憧を騙している可能性すら>
穏乃
 「私は本編通りだよ!」
憧「ただ、しずは本能的に正解を
  つかみ取ってるって感じはするけどね」

自分を「狂人」とまで表現する憧>
憧「常軌を逸した愛は狂気だけど、
  相手が受け入れてくれるならOKよね!
  みたいな」
穏乃
 「なんて強がりながらずっと震えてる
  憧の物語です!」

憧ちゃんの策略が愛と狂気に満ちていて>
憧「やってる事はひたすら奉仕なんだけどね」
穏乃
 「憧が居ないと生きて行けなくなるだけでね」

しずは可愛い可愛いアホの子>
穏乃
 「これ私がアホなんじゃなくて
  憧が強すぎるだけだから!」
憧「うんうん、しずはそのままでいてね?」

本当はきっとここまでする必要なんかなくて>
憧「一緒に居たい、ただそう伝えるだけで
  結ばれたんでしょうね。でも、
  その愛が一生続くのか自信が持てなかった」
穏乃
 「別れた前例があるだけにね」

外堀を埋めてくる系ヤンデレ>
憧「気づいた時にはもう詰んでる…
  いや、気づく事もできない、みたいな」
穏乃
 「ここまでされたらもう素直に
  受け入れるよね」

シズは根が純粋故にとことんまで病んで>
憧「まったく同意見!原作のしずも
  結構危ういと思うわ」
穏乃
 「憧はなんだかんだ計算してるしなぁ」

複雑すぎて少しでも触れたら>
憧「人生の方針とかは都度見直すんだけどね。
  中学校の時にしずと離れただけで
  修復不可能になっちゃったわけだから
  結果的にはしずが悪い」
穏乃
 「責任取って寄り添います!」

真相編タグ付けありがとうございます>
憧「これからの作品にはつけるわ!」
穏乃
 「これまでのは…余裕ができた時に!」

どっちも夢が叶ったハッピーエンド>
穏乃
 「でも、それならそうと最初から
  言ってくれればいいのに!」
憧「不確定な未来を除去したかったのよ」

アコチャーつよいなぁ>
憧「偏差値70の強さが
  表現できてたら嬉しいわ!」
穏乃
 「いやこれ偏差値70どころじゃないよ」

原作からして重いことに定評のある>
玄「約束もしてない仲間を待って
  夏休みもずっと掃除してました!」
灼「幼稚園の頃からずっと
  ネクタイ大切にしてる…」
憧「あれ?確かに私まだ余裕じゃない?」

人生を奪う覚悟と愛があるのか問い掛ける憧>
憧「まずは必死こいて正しい道に戻そうと
  躍起になるでしょうね」
穏乃
 「自分は壊れてるのにね」
憧「だって責任取れないし」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2018年03月25日 18:12
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