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【咲-Saki-SS:久咲和】咲「クローズド・ワールド」【共依存】【狂気】

<あらすじ>
初出場のインターハイで全国準優勝。

歓喜に沸き立つ地元とは対照的に、
原村和と宮永咲は表情を曇らせる。
二人だけが知っていた。
これが、決別に繋がる致命的な敗北である事を。

いずれ迎える別れに備え、あえて距離を置く原村和。
自責の念が邪魔をして踏み出せない宮永咲。

二人の関係が薄れていく中、一人踏み込む者がいた。
彼女の名前は竹井久。
引退を理由に麻雀部と距離を置いていた彼女は、
一人心をひずませていた。
そんな久は、突然の別離宣言に耐えられず――

そして、彼女達の世界が縮み始める。

それは狂気に侵された者だけが住める、
どこまでも隔絶された世界。


<登場人物>
宮永咲,原村和,竹井久

<症状>
・共依存
・狂気

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲和でハッピーエンド、3人で完結した閉じた世界の濃厚なやつ
 →ごめんなさい。
  『3人にとってはハッピーエンド』に
  なっちゃいました。
  リクエストされた方の感想によってはリトライするかも。



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――今でも、毎日夢に見る


全国大会の決勝
僅かな点差で迎えたオーラス

宮永咲はみんなのおかげでトップ
ゴミ手でも何でもいいから和了れば勝てる

三巡目にして聴牌できた
勝利は目前、心が震える
高揚を気取られないように
努めて感情を殺しながら牌を切った

瞬間

大星さんが牌を倒す


『ロン……2000!!』


役牌ドラ1
大星さんらしからぬ地味な和了り
それでいて、役満にも勝る価値ある和了り


私達を、敗北に貶める一撃


『試合、終了!』


先輩が紡いできた歴史を守り、
拳を高らかと突き上げる大星さん
その目には涙が滲んでいた

やられたよ、でも楽しかった
なんて朗らかな笑顔を見せる高鴨さん
その声はどこまでも爽やかだった

ただ無言で河をにらみ続けながら、
歯を食いしばるヴィルサラーゼさん
その眉はどこまでも険しかった

三者三様、皆が皆終わりを受け入れている
対して私は、直撃を受けた時の体勢のまま
何の反応もできずにいた

視界に映る全てがあやふやになっていく
白い、霧で覆いつくされて消えていく
何も見えない、聞こえない
まるで世界が静止したように

永遠に続くかと思われた静寂の中
不意に、目の前に真っ黒な影が浮かんだ

見たくない、ううん、見てはいけない
必死に打ち消そうとかぶりを振るも、
シルエットはどんどん詳細になっていって
やがて完全なヒトガタをかたどっていく

そう、それは和ちゃん

いつもは強い意志を瞳に宿す和ちゃんが、
その顔を両手で覆って泣き崩れる姿だった――



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『クローズド・ワールド』




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『準優勝おめでとう!!!』

原村和達が地元の駅から出た途端、大歓声が巻き起こります。
ずっと出待ちしていたのでしょうか、
見知った顔が勢揃いして出迎えてくれました。

熱烈歓迎に戸惑い泳がせた目に、
飛び込んでくるは大きな垂れ幕。
『祝 清澄高校高校麻雀部 インターハイ準優勝!』
町全体が一体となって、私達を祝ってくれていました。

確かに偉業と言えたでしょう。
インターハイ初出場にして、まさかの全国準優勝。
でき過ぎなくらいです。
すれ違う人皆が皆、おめでとうと
声をかけてくれました。


『準優勝おめでとう!アンタ達は清澄の誇りだよ!』
「ありがとうございます」

『初出場で全国行くだけですごいのに、
 まさか準優勝までしちゃうとはねぇ』
「……ありがとう、ございます」

『この調子なら来年は優勝かな?なんてね。
 期待してるよ!』
「……あり、がとう、ござい、ます」


わかっています。皆さんに悪意などない事は。
それでも声を掛けられるたび、
胸に澱み(よどみ)が溜まっていきました。
心臓が不規則な鼓動を刻み、やがて痛みを伴います。
無意識のうちに腕で胸を押さえつけながら、
必死に笑顔をかたどりました。


「のどか、ちゃん。大丈夫?」


不意に横から感じた視線。振り向くと、
咲さんが顔色を窺っています。
心配そうに、申し訳なさそうに。
両手を固く握りしめながら。

彼女だけは知っているのです。
私が父と交わした契約を。
全国優勝できなければ、
東京の進学校に転校させられる事を。

そして結果は準優勝。
つまり、私にとって今回の結果は、
致命的な敗北を意味していました。


「ごめん、ね。私が、私のせいで」


咲さんの瞳は後悔に揺らいでいました。
ああ、そんな目で見ないでください。
咲さんは何も悪くないんです。

だって、咲さんはプラスだったじゃないですか。
私が原点だったら勝っていたんです。
プラスとまでは行かずとも、
せめて原点を維持できてさえいれば。


そう、私が、私が、私が、私が。


「……っ」


自責の思いは刃になって、私の心を貫きます。
胸の痛みは鋭さを増して、それでも何とか笑顔を見せました。


「……咲さんは悪くありません。
 いいえ、誰も悪くはありません」

「みんなが努力した上での準優勝ですから。
 誇るべき事だと思います」


言葉は届きませんでした。
私の笑顔を見た咲さんは泣きそうな顔になって、
ただ、唇をぎゅっと噛み締めるのでした。



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陰鬱な夏休みを終えて、新学期を迎えた九月。

始業式に向かう生徒の中に和ちゃんの姿を見つけて、
私はほっと胸を撫で下ろした。

夏休みの間中、一度も部室に来なかった和ちゃん。
携帯を持っていない私では、連絡を取る事すらできなくて。
もしかして休み中に転校してしまったのかも。
そう考えたら怖くて仕方なかった。

杞憂でよかった。始業式に出てくるという事は、
少なくとも2学期中は転校せずにすんだのかも。
そう考えたら少しだけ気持ちが上向きになった。


「おはよう、和ちゃんっ!」


でも、浮かれていられたのはその一瞬だけ。
声に振り向いた和ちゃんの顔は、
喜びを打ち消して余りあるものだった。


「のどか、ちゃんっ……?」


まるで能面。

一切の感情を削ぎ落としたような、
酷く無機質で人形じみた顔。
一体どんな仕打ちを受けたら、
こんな顔になってしまうんだろう。

驚き二の句が継げない私を前に、
和ちゃんが口を開く。

抑揚のない声音で告げられたそれは、
私を手酷く打ちのめした。


「おはようございます、『宮永』さん」

「……っ!?」


一聞すればただの挨拶。でもそれは明確な拒絶。
『距離を置かれた』
そう理解するには十分だった。


「ええ、っと、その、なんで急に、名字……?」

「転校が決まった以上、あまり親しく
 し過ぎるのもよくないと思ったので」

「そんな……」


冷たい言葉に喉が詰まり、頭が真っ白に塗り潰される。
まごつく私を嘲笑うように、
無慈悲なチャイムが鳴り響いた。


「すいません、始業式が始まるので失礼します」


和ちゃんは会釈をすると、くるりと私に背を向ける。
そして、もう二度とこちらを振り向く事はなかった。



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身辺整理を始めました。

父との賭けに敗れた私。そんな私は、
三月に清澄を転校する事が確定しています。
逆に言えばあと半年は猶予があるわけですが、
せめて残された日々を幸せに暮らす……
というわけにもいきませんでした。

今が幸せであればある程、喪失の痛みは鋭さを増す。
それを経験から学んでいたからです。

部室から私物を引き払っていきます。
部活の参加頻度を減らしていきます。
咲さんやゆーきと、三人で昼食を摂る事もやめました。


「その、和ちゃん。今日は、
 一緒にご飯食べられないかな」

「……すいません。片岡さんと二人で食べてください」

「で、でも」

「すいません。今後も私がお誘いに応じる事はないので、
 できればもう誘わないでください」

「の、どか、ちゃ」


まだ何か言おうと口をもごつかせる咲さんを置いて、
一人背中を向けて立ち去ります。
規則正しく歩幅を揃えて、
冷たく無機質な感じを装って、
咲さんが諦めてくれる事を願いながら。

既に離別が確定しているのに、
今から友情を深めるなんて愚の骨頂です。
関係性が深くなるほど、別れは耐えがたいものになる。

ならば私がなすべき事は、できる限り速やかに、
彼女達の心から消える事。

大丈夫です。咲さんには
ゆーきも、染谷先輩も、須賀君だっています。
何より、咲さんはお姉さんと復縁できたのですから。

咲さんを支える人はたくさん居ます。
たった四か月程度の付き合いしかない私が消えたところで、
そこまで痛手でもないはずです。

いいえ、むしろ逆でしょう。
私は咲さんの重荷になっている。
私さえ居なければ、咲さんは心置きなく
お姉さんに傾倒できたはずなのだから。


「そう。私なんて、居ない方がいい」


決意を籠めて放った言葉。
声はか細く震えていました。

わかってはいるのです。
このまま疎遠になるのが最善。
でも、胸が張り裂けそうに痛むんです。

咲さんはきっと大丈夫。
でも、私はどうなのでしょう。
笑顔の仮面を貼りつけて、親しい人から捨てられて。
そうしてまで生きる事に、
果たして意味を見出せるでしょうか。


一人捨てられ流された先で、
新しい友達ができるでしょうか。
いいえ、おそらく私はもう二度と、
誰かに心を開く事はないでしょう。

どうせその友達にも捨てられてしまうんです。
それなら、最初から孤独でいた方が
いいに決まっています。

だとしたら。
私は何のために生きているのでしょうか。
どれだけ考えても、答えは浮かんできませんでした。



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「……んんっ?」


しばらくぶりに部室を訪れた竹井久は、
奇妙な違和感に襲われた。

一見すればいつも通り。でも今までと何かが違う。
大切な何かが欠けている、そう思わずにはいられない。


「んー、何か変な感じねぇ。
 私が居ない間に模様替えとかした?」

「いや、別に何もしとらんが?」


首を傾げながらこぼした言葉に、
何言うとるんじゃ、とばかりにまこが返事する。
いつも通りの反応に安心したのもつかの間、
もう一人の反応に胸がざわめいた。

咲が、つらそうに眉をひそめてうつむいている。


(え、何その妙に深刻な反応)


果たして触れていいものか。
しばらく咲の顔を眺めていると、
やがて咲は視線を横にずらした。
釣られるように視線を向けて、
違和感の正体と対面する。


「……あれ?エトペン無くなってない?」


仮眠用ベッドの枕元。
枕と寄り添うように置かれていたエトペンが、
いつの間にか姿を消していた。


「ああ、それか。和の奴が持ち帰ったんじゃ。
 家にある奴が親に持ってかれたらしゅうてな」

「え?じゃあアレを毎日持って登校してるわけ?」

「そうなるな。まあ、最近家の事情で忙しいらしいけぇ
 部室に来る回数も減っとるが」

「……ふーん」


まこに相槌を打ちながらも、注意深く咲を観察する。
私がエトペンの喪失に気づいた瞬間、
咲の身体がかすかに震えた。
何か良くない事が起きているのは明白だろう。


「家の事情って何?」

「そこまでは聞いとらんが」

「咲は?」

「えと、私も、その、聞いてないです」


心の中でため息をついた。嘘おっしゃい、
その顔で何も知らないは無いでしょうに。

とは言え問い詰めるのもためらわれた。
与えられた情報だけを整理すれば、
大して問題だとは言えない。
部室から私物がなくなった。
しかも理由はちゃんとわかっている。
だとすれば、隠し事を暴いてまで
言及する必要はないのかもしれない。


(……でも)


駄目だ、胸騒ぎが止まらない。
根拠のない直感が、脳内で警鐘を打ち鳴らしている。

ここで対処を間違えば、私は大切な物を失うと。


「学校には来てるのよね?」
「は、はい。でも、忙しいみたいでなかなか話せなくって。
 今日も掃除当番が終わったらすぐ帰るって」

「わかった。直接聞いてくるわ」


今すぐ動く必要があるだろう。
私は入って来たばかりの部室を飛び出すと、
一年生の下足箱に向かって駆け出した。



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私が危機感を覚えた理由。
おそらくそれは、自分と同じ匂いを
嗅ぎ取ったからなのだろう。

インターハイが終わってすぐに、
私は麻雀部を引退した。
学校の慣例だ。
清澄では、夏の大きな大会が終わると同時に
世代交代を行う決まりになっている。

そんなわけで、私は自分の私物を少しずつ
部室から持ち帰っていた。
だから気づけた。エトペン以外にも、
和の私物が不自然に減っていた事に。


(……もし、私の予想通りなら)


背筋が凍りつく。引退する自分と同じ行動をとる和。
その行動が何を意味するのか、
考えられるパターンはそんなに多くない。

気持ちがはやる。呼吸はどんどん乱れるも、
足を止める気にはなれなかった。


「のどかっ!」


なんとかギリギリ間に合った。
校門をくぐろうとする和を捕まえる。
必死に息を整える私とは対照的に、
和はどこまでも淡々と無機質な声を投げ掛けてきた。


「お久しぶりです、部長。何か用ですか?」

「もう、私は……部長じゃ、ないわ。
 単なるっ……はぁっ、竹井先輩よ。
 どうやら、随分長い間……サボってるみたいね」

「すいません。ちょっと家庭の事情があって。
 正直部活も退部する事になるかもしれません」

「……転校、するから?」

「……」


一瞬の沈黙。それこそが答えだった。
やがて和は観念したように口を開く。


「……誰かから聞いたんですか?」

「いいえ。でも、なんとなくわかるわよ。
 引退する自分と同じ行動取ってればね」

「……だったら、わかりますよね。
 今ここで私を引き留めても、何の意味もない事が」

「……そうかもね」


転校する理由なんてそう多くはない。
和の状況と照らし合わせれば、
ほぼ両親の都合以外に考えられないだろう。

家庭の事情。覆しようのない決定事項。
だとすれば、和の行動はごく自然に理解できた。

いきなり引き離されてしまえば、
心が離別に耐えられないから。
苦しみを軽減するために、今のうちから準備していく。
私が取っている行動そのままだ。


「理解はできるわ。でもね、納得ができないの」

「そう言われても」

「本当にどうにもならないの?家庭の事情っていうなら、
 貴女だけ一人残る事もできるんじゃない?
 私だってこうして一人暮らししてるんだし。
 戦う余地はあるんじゃないの?」

「もう戦いました。その上で負けたから、
 私は転校するんです。結論はもう覆りません」

「そんなのわからないでしょう?
 せめて私に話してみて。
 何か打つ手があるかもしれないわ」

「……無理ですよ。というか意味がわかりません。
 なんで部長がそこまで食い下がるんですか。
 どうせ部長だって後半年もすれば
 居なくなるじゃないですか」

「だからこそ、よ。ここで貴女に居なくなられたら
 私が耐えられる気しないもの」

「……っ」


周囲を静寂が包み込む。
流石の和も予想外だったのだろう。
機械のような無表情に綻びができて、
動揺に瞳を泳がせながら、私の顔を覗き込んでくる。


「私ね、貴女が思ってる以上にさみしがり屋なのよ。
 最近毎日がつらいの。引退なんてしたくない。
 離れ離れになんてなりたくない」


方便なんかじゃない。絞り出すように紡いだ言葉は、
どこまでも私の本音だった。

三年近く居座り続けた部室。でもその大半は独りぼっちだった。
今年になってようやく本当の意味で機能し始めて、
なのに、私だけもう引退しなければいけない。


「なんでよ。楽しくなるのはこれからじゃない」


本当はみっともなくすがりつきたかった。
捨てないで、私だけ除け者にしないでって。

それでも本音をひた隠したのは皆のため。
私が泣いてすがったら、皆の笑顔まで曇ってしまうから。
だから私は仮面をつけて、頼れる先輩として身を引いた。

本当は、毎日一人で震えてるのに。


「なのに、貴女はどこかに行っちゃうの?
 やめてよ。無理、耐えられない」


気づけば和に組みついていた。
ぎゅうと身体を抱き寄せて、逃がさないように包み込む。

おかしくなってきてる自覚はあった。
でも、もう止められない。
飄々と頼れる先輩を演じるには、
私は傷つき過ぎていた。


「そんな事…そんな事言われても仕方ないじゃないですか!
 私だって、離れたくて離れるんじゃないんです!」

「わた、わたし、だってっ……いや、なのにっっ……!!」


私の悲しみが伝染したのか、和の身体が震え始める。
半ば怒号のように思いを吐き出しながら、
私の背中に腕を回した。

強く、強く抱きしめられる。思わず痛みにうめくほどに。
負けずに抱き締め返したら、
今度こそ和は大声を上げて泣き始めた。


「転校なんてっ、したく、ないですっ……!!」

「助けて、くださいっ……!!」


二人で固く抱き合いながら、人目もはばからず泣きじゃくる。
喉が枯れても泣き続けた。
やがて騒ぎを聞きつけた教員が駆けつけてくる。
それでも私達は泣き続けた。

さんざん教師になだめられ、和と二人、
手を繋いで歩む帰り道で、私は一人心に誓う。


(決めたわ。私、絶対貴女を一人にはしないから)


卒業がなんだ、転校がなんだ。
そんなもので私達を引き離せると思うな。


(世界を敵に回してでも、私は貴女を離さない)


世界が、少しずつ縮み始める。
危うい思考に陥っている自覚はあった。

それでも、思い留まろうとは思わなかった。



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共依存。私達の関係を一言で表すとして、
これ以上に適切な単語はなかったでしょう。

開いた傷を舐めあうように。
欠けた穴を埋めあうように。
お互いに没頭していきました。

朝も、昼も、放課後も。
一緒にいられる時間はすべて、
部長が独占していきました。


「どうせもう、本音はぶちまけちゃったしねー。
 この際だから開き直るわ」

「べったり依存しちゃうから覚悟しなさい!」


こうなった部長は厄介です。
何しろ押しが強いうえに諦めが悪い。
そして何より厄介なのは、私自身、
部長に束縛されるのを喜んでいる事でした。

部長が初めてだったんです。
別れを目前にして追いすがってくれた人。
今までそんな人はいませんでした。

憧は、自分の道を進むために私を平然と切り捨てました。
穏乃は、『仕方ないね』と、力なく笑って去りました。
ゆーきは、別れこそしませんでしたけど、
それはあくまで私がゆーきを追い掛けたから。
私が違う道を選べば、平然と一人で歩いて行ったでしょう。

部長だけだったんです。
避けられない別れを突きつけられて、
それでも諦め切れないと
必死に手を伸ばしてくれた人は。

だからこそ。もしかしたら、
離れても縁が切れずに繋がっていられるかもしれない。
なんて希望を抱いてしまうんです。


「なんて、少し重過ぎますよね」

「あー、大丈夫大丈夫。私も和と同類だから。
 想いが重過ぎて病気の人間」

「病気……ですか?」

「うん。だってさ、まともな人だったら、
 引退だろうと転校だろうと、
 普通に受け入れてしまうでしょう?」

「距離は離れても心は繋がってる、
 なーんて言っちゃったりしてさ。
 あっさり新しい友達に乗り換えて、
 少しずつ古い友達の優先順位を下げていく。
 そういうのが自然とできちゃうのよね」

「毎日取り合ってた連絡がそのうち
 三日に一回、一週間に一回って減っていって…
 いつの間にか、連絡を取るのすら面倒になって……」

「って、なんで泣いてるの!?」


部長が語ったその体験は、まるで
私の過去を覗いてきたかのようでした。

そうなんです。きっと普通の人は皆、
友人を『取り換える』事ができる。

私だってそうだった?違います。
私は、憧や穏乃が居なくなって、
一人じゃ立ち直れなかった。
今こうしていられるのは、ゆーきが無理やり
引き上げてくれたからに過ぎません。


「予感がするんです。
 今度は、耐えられない気がします」

「……そっか」

「だから。責任、取ってくれませんか?」

「何の?」

「依存させた事の、です」

「具体的には?」

「転校しても一緒に居てください。
 私から離れないでください」

「それ、本気で言ってる?」

「はい」

「私、貴女が思っている以上に重症なのよ?
 今そんなこと言われたら、
 貴女にずっぽり溺れちゃうわよ?」

「溺れてください」


部長の腕が私の肩に回されて、
そのまま包み込むように背中へと伸びていきます。
私を抱き締めてくる腕はまるで牢屋のように、
ぎゅう、と私を縛り付けてきて。
なのに、そんな危うい抱擁が、
何よりありがたくて愛おしい。


「信じさせてください。転校でも、卒業でも。
 どうしようもない離別が訪れたとしても、
 決して私達の関係が変わる事はないのだと」

「そのためなら、私の事を
 壊してくれても構いませんから」


なんて、本当はわかっているんです。
私はとっくに壊れてしまっている。
いいえ。そもそも最初から欠陥品なのかもしれません。

お互いのためを思うなら、
ここで縁を切るのが正しい道なのでしょう。
離別の痛みに耐えながら、それが普通だと割り切って。
時間が解決してくれるのを待つのが最善なのでしょう。

なのに私は真逆を選ぶのです。行きつく先は泥沼の共依存。
もう沼にはまりかけています。
それでいて、抜け出す気にはなれないのです。


だから、どうかお願いします。部長も一緒に沈んでください。


「言質、取ったわよ?」

「もう、嫌だって言っても離してあげないから」


部長の表情が蕩けるような笑みに変わります。
弛緩しきって、だらしなくて、どこか
病的な異質さを感じずにはいられない顔。


でもきっと。それは私も同じなのでしょう。



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喪失感。例えばそれは、胸に風穴を空けられたような。
でも、そんな絶望に襲われているのは
どうやら宮永咲だけみたいだった。


「いやー、引退したんだしあんまり
 入りびたるのもどうかと思ったんだけどねー。
 せっかくだから卒業まで居座るわ」

「私も、今年の三月には転校してしまうので
 自重しようと思ったのですが…
 しばらくは居る事にします」


部長と和ちゃん。
一度は部室から姿を消した二人が
また顔を見せるようになって、
部室はかつての活気を取り戻した。
それ自体はいい事なんだけど。
でも素直には喜べなかった。

だって、二人は変わってしまったから。


「そっか。のどちゃんが部室来なかったのは
 そういう事だったのか」

「はい。来年は居なくなってしまうわけですし
 早めに抜けておいた方がダメージが少ないかと」

「のどちゃん水臭いな!
 転校までまだ何か月もあるんだじょ?」

「まったくじゃ。いずれ別れるから言うて、
 今一緒に居られる時間まで捨てんでもええじゃろ」

「染谷先輩や優希の言う通りだ。
 離れても寂しくないくらい、一杯思い出作ろうぜ!」


三人は健全で普通だから気づかないんだね。
戻って来た部長と和ちゃん。
二人の纏う雰囲気が、これまでと全然違う事に。

以前なら私を中心に向けられていた和ちゃんの視線。
それが今は、部長だけに注がれてる。

部長も同じ。
前は部員全員に分け隔てなく注がれていた愛情。
今は比重が全然違う。
明らかに和ちゃん中心に偏ってる。

確かに二人はそこに居る。皆と楽しく談笑してる。
でも、実際には部長と和ちゃんが二人だけで存在して、
私達は部室の備品扱いのような。
そんな錯覚すら覚えてしまう。

それがどうしようもなく怖くって。
少しでもこっちを見て欲しくて。
二人に一生懸命話し掛けてみるけれど。


「その。私としては、転校とか卒業の後も
 一緒に居たいんだけど。
 それってやっぱり無理なのかな」

「あら、うれしい事言ってくれるじゃない。
 でもやっぱり難しいんじゃないかしら?」

「物理的に離れ離れですからね……」


でもやっぱり駄目だった。もう言葉は届かない。
まるで、二人と私の間に見えない膜が張っているみたい。

でも、因果応報だと思った。
だって、私はあのインターハイで得した側。
それでいて、和ちゃんの絶望を決定づけた人間なんだから。

あの日、あの決勝で、私が後少しだけ頑張れていたら。
千点棒を一本だけ多く奪えていたら。
和ちゃんは転校せずにすんだはずなのに。

思う。私はあの時本当に全力だったのか。
対局を前にしてお姉ちゃんと復縁できて、
どこか気の緩みがあったんじゃないのかって。


結果、私が和ちゃんの希望を奪った。
なのに自分だけはちゃっかり希望通りの結果を手に入れた。
そんな私が、どうして和ちゃんを救えるだろう。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
何度謝罪の言葉を口にしただろう。
なのに、和ちゃんは光を失った目で笑う。
その腕に縋り付いて謝罪する私に微笑んで、
優しい声で私を励ましてくれる。


でも、決して抱き締めてくれる事はない。


「いいんです。咲さんは幸せを掴みました。
 消えゆく私に引っ張られて
 気持ちを沈ませる必要なんてありません」

「私の事は気にしないで、
 お姉さんと交流を深めてください」


掛けられた言葉は慈愛。でも、明確な拒絶でもあった。
道を違ってしまう私に和ちゃんはすがりつかない。
いずれ訪れる別れのために、
距離を置く姿勢は何も変わってないんだ。


「和の言う通りよ。私達は居なくなっちゃうけど、
 咲には他にも助けてくれる人がいるでしょう?
 照さんも居て、麻雀部の皆も居る。
 長野全体に目を向ければ指で数えられないくらい」

「だから、もう。私達に引きずられなくていいのよ?」


部長も同じ。もう私達と別れる覚悟は
済ませてしまったんだろう。
結局、部長と和ちゃんは手を取り合って、
手が届かないところに行ってしまう。


どうしてこうなっちゃったんだろう。
ずっとずっと夢だったお姉ちゃんと仲直りできて、
大切な人に囲まれて。ようやく、ようやく
これから幸せになれると思ってたのに。

お姉ちゃんが手に入ったと思ったら、
今度は一番の親友と先輩が零れ落ちていく。

抵抗する術はない。
私はただただ、二人が消えゆく日が訪れるのを、
震えながら待つしかないんだ。

(やだよ。私を置いていかないで)

ぼそりと呟いた小さな声。
拾ってくれる人は誰もいなかった――



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――そして。




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桜が狂ったように咲き誇り、風に千切られ舞い散る四月。
清澄高校から二人の生徒が姿を消した。

和ちゃんは転校。部長は和ちゃんについて行った。
卒業を機に長野を出て、東京の大学に進学。
アパートは和ちゃんの転校先からすごく近くて、
二人は毎日寄り添って暮らしているらしい。


ひどいよ、どうして私だけ置いて行っちゃうの?


一人だけ願いが叶っちゃったから?
お姉ちゃんと仲直りできたから?
でも、そのお姉ちゃんとも今まで通りだ。
プロ雀士として活動するなら東京の方が都合がいいと、
卒業後も東京に残る事になったから。


ああ。私の戦いには何の意味があったんだろう。


大切な人ができました。その人達は私のもとを去りました。
取り戻したい人が居ました。その人は結局帰ってきません。


何それ。


少しずつ、少しずつ。自分が狂っていくのがわかる。
でも止めようがなかった。
ううん、もう止める気力もなかった。
むしろもっと狂いたいとすら思ってしまう。

もし私が、あの二人と同じくらい狂えたら、
二人の輪に入れてもらえるのかな。
そんな事を考えながら、毎日牌に触り続けてる。

麻雀だけはどんどん強くなっていった。
同時に、どんどん孤立していくのも感じていた。

でも、もうそれでいい。
だって私に残された望みと言えば。
インターハイに出場して、
東京にいる三人に会いに行く事だけなんだから。



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『……それでは、今日はこの辺で失礼します』

『お、お疲れ様だじょ』

『ゆっくり休みんさい』

『……』

『……』

『行ったか』

『ふぅ……最近咲ちゃんと一緒に居ると
 息が詰まりそうになるじょ』

『なしてじゃろうな。去年は
 そうでもなかったはずなんじゃが』

『やっぱあの二人が抜けたのが大きいんじゃないすかね……
 去年は竹井先輩が全国優勝目指してましたし、
 和も全国に行って当然って感じでしたから』

『去年の個人地区予選でも2位と4位じゃったけぇの。
 抜けた穴が大きすぎるわ。
 正直、残ったわしらだけじゃ
 団体戦で龍門渕に勝てる気がせん』

『染谷先輩って個人戦何位でしたっけ』

『確か14位じゃ』

『ええと、優希は?』

『15位だじょ。ちなみに龍門渕は
 全員私達二人より順位が上だじぇ』

『……』

『……』

『……』

『咲だけでも個人戦で全国行けるといいっすね……』

『そうじゃな……そうすれば、
 白糸台に行った和と再会できるかもしれん』



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独り、会場の廊下を歩いていた。

結局清澄は地区予選三位で敗退。
ベストメンバーが全員残る龍門渕に全然歯が立たなかった。
結果、私だけが個人戦で全国に駒を進めている。


『どうせなら一緒に参りましょう』、
りゅーもんさんにそう誘われて、
深く考えず頷いたのも失敗だった。
一年生の頃からずっと、誰一人欠けずに
三年間を共にした龍門渕高校。
その絆は私の心を痛烈に痛めつけてくる。

皆で談笑していても、どこか自分だけが異物のように感じられて。
私だけがわからない話題が飛び出す度、
胸がギリギリと締め付けらるのだ。


『帰りたいな』なんて思いながら、
でもすぐにかぶりを振って思い直す。
帰ったからなんだって言うんだろう。
清澄じゃ孤独を満たせないから、
二人を追い掛けてここまで来たのに。

でも、だからってあがいたところで、
欲しいものに手が届くのかな。
去年はお姉ちゃんを追い掛けてきたけれど、
結局本当の意味でお姉ちゃんは手に入らなかった。

それでも私には追う事しかできない。
だから、こうして。長野からはるばる東京まで足を運んで。
必死で二人に手を伸ばして。

そして、そして、そして、そして――



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より深い、絶望を味わう事になる




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白糸台高校に転校した和ちゃんは、
新しい仲間に囲まれていた

その横には部長の姿もあった
さらには、OGとして訪問していたんだろう
お姉ちゃんの姿もあった


どうして、部長がそこにいるの?
私達を捨てて、清澄を捨てて
どうして白糸台の応援に駆けつけてるの?

どうしてお姉ちゃんがそっちに居るの?
私に会いに来るよりも先に


ガラガラと、何かが崩れ落ちていく
心の拠り所にしていた唯一の砦
そんなものはなかった事に気づいて、
私の心が崩れていく


でも、それは当然の報いなんだろう
私は和ちゃんが転校するって知っていたのに
『仕方ない』って諦めた

部長が引退して卒業するのを
『仕方ない』って受け入れた


二人は諦めなかった
だから二人は手を取り合って、
離れる事無く今も二人で



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だから、私は二人に捨てられる




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次に正気を取り戻した時
私は全国数万人の女子高生の頂点に立っていた
あまり覚えてないけれど
圧倒的な力で他を蹂躙したらしい

森林限界を越えた嶺(みね)の上
強い風に煽られながら
ただ一人ぼっちで咲き続ける
そんな滑稽な花が私

それは、遠い昔お姉ちゃんが私に求めた姿
でも、今更それを成し遂げたところで
何の意味があるんだろう

せめて、後一年早く
この強さを手にしていれば
私は和ちゃんを失う事はなく
部長と離れる事もなかったのに


表彰台でトロフィーを渡された
酷く重たくて、邪魔くさくて仕方なかった

違う、欲しかったのはこんな金属(もの)じゃない
私が欲しかったのは
ただ、ただ
喜びを分かち合う事ができる大切な人達

会場を見渡せば、確かに居る
部長と和ちゃん
単なる観客と一体化した二人は
私に拍手を送りながらも、
楽しそうにおしゃべりしてる

ああ、本当に欲しいものはあそこにある
壊れるくらい危うくていびつな愛
一度囚われたら二度と抜け出せなくなるような
そんな、異常で狂気に満ち満ちた愛


ああ、こんなトロフィーなんて床に叩きつけて
バラバラの粉々に破壊しつくして
二人のところに駆け寄りたい



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……叩きつける?破壊する?
そっか、そういうのもありかもしれない

そしたらわかってくれるかな
私も壊れてるんだって
そのどろりと濁った黒い瞳で
私の事を見つめてくれるのかな



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ねえ、私も壊れてるんだよ?
部長と、和ちゃんと一緒だよ?

だから、どうか――



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――私も、仲間に入れてください




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動物的直感。

全身をぞわりと悪寒が通り抜け、
思わず肩をかき抱きました。

凍てつくような寒さが足元から這いずり回って、
全身に浸透していく感覚。
漂う冷気は上方から伝わってくるような。


「和。今の、感じた?」

「はい。正直信じがたいですけど」


何か、取り返しのつかない事が起きようとしている。
今こうしている間にも、体はどんどん凍えていって、
奥歯が噛み合わずにカチカチと音を鳴らします。

そんなオカルトあり得ない。
なんて、一笑に付す事はできませんでした。
だって、すぐそばにいる久さんも、
恐怖に慄いているのですから。


「……行きましょう。何があるのかわからないけど、
 ほっておくわけにはいかないわ」

「……はい」


本能に訴えかける恐怖。早くしなければ、
大切な何かを完全に喪失するような。
示し合わせたわけでもないのに、
私達は自然と駆け足になっていました。

エレベーターで階を上がって、
どんどんどんどん上昇していって。
エレベーターが屋上にたどり着いた時、
冷気は最高潮に達しました。

そこは駐車場でした。屋上の駐車場。
夕闇で薄暗くなった視界の中、
二人で探るように歩みを進めます。


「和っ……あそこっ」


蒼白になった久さんの指が指した先。
フェンスを乗り越えた向こう側。
人が存在してはいけない場所に、
一人の少女が立っていました。

強い風に煽られながら、生と死の境界に佇むその少女は――



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「咲さん!!!」




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和の呼びかけに咲が振り向く。

その瞳を見て戦慄が駆け抜けた。
一切の希望が感じられない、
ただただ黒に染まった瞳。
見る者全てを絶望に誘い込むような、
底の見えない真っ暗闇。

そんな瞳を私達に向けて、咲は力なく薄く微笑む。


「……とりあえず。私達を呼んだのは、
 貴女って事でいいのかしら?」

「呼んだつもりはなかったですけど……
 来てくれたのは嬉しいです」

「見ててください。今から、ここを飛び降りますから」

「自殺するのを黙って見過ごせって言うの?」

「自殺するつもりはありません。
 これは、ただの意思表示ですから」

「なんの?」

「私も、壊れてるって示すためのです」


壊れているのは目を見ただけでわかる。
でも原因がわからなかった。
横にいる和に目配せする。
和は眉をひそめながら首を横に振った。


「昔言った事を覚えてますか?
 和ちゃんが転校した後も一緒に居たいって。
 あの時は無理だって言われちゃったけど」

「やっぱり駄目だったんです。
 二人がいないと駄目だった。
 私はあの時何を捨ててでも
 ついていくべきだったんです」

「だから決意表明をするんです。
 私はもう二人を離さないって」


「例え、二人が私を拒んでも」


強い言葉を吐きながら、でもその瞳は
懇願の色に染まっている。

見覚えのある顔だった。
転校する事を私に告げたあの日、和が私に見せた顔。
『助けてください』
そう、すがり付いた時の顔。


ああ、そうか。咲も『こっち側』だったんだ。


気づくのが遅過ぎた。
言うがはやいか、咲は勢いよく地面を蹴って、
空へとその足を踏み出して――



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――数秒後、地面に落ちてぐちゃりと潰れた




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勘違いしてたんです

咲さんは『残れる側』でしたから
お姉さんと復縁できて、
これからだという時期でしたから

だから、狂った私達に巻き込んではいけない
勝手にそう思い込んでいたんです


間違いでした
咲さんも『こちら側』だったんです
残された側に狂人はいなかった
そして、残念ながらお姉さんも

咲さんからすれば、
自分こそ捨てられたと感じたでしょう
そして私達が清澄を去って、
咲さんは完全に壊れてしまった



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自殺するつもりはない

その言葉は本心だったのだろう
いくつかの部位を欠損しながらも、
咲は一命をとりとめた

もっとも、ほとんど死んだのと代わりはない
体中に包帯にまかれ、歩く事すら困難な体になって
咲の将来は絶望的と言えた

なのに、咲はそんな自分の体なんて
まるで意に介する事もなく

見舞いに訪れた私達を
ただだだ狂った瞳で見つめる


『これでわかってくれましたか?
 私も、二人と同じなんです』

『離れ離れになるくらいなら死んだ方がまし』

『本気でそう思ってるんです』


『だから、もう捨てないでください』


複雑骨折してギプスで固められた両腕を広げて抱擁を求める咲
私達はそれを受け入れて、三人で固く抱き締めあう



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そして、私達は三人で世界を切り離した




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今、私達は三人揃って
部長が借りている安アパートに引きこもっている

和ちゃんは白糸台を退学した
部長も通っていた大学を退学した
もちろん私も清澄高校を退学して、
三人全員が社会不適合者だ

当然、周りが許すはずもない
それでもこんな暴挙を押し通せたのは
ひとえに前例があったから


『私達は三人でずっと暮らしていきたい』
『一分一秒でも離れる事は耐えられない』
『邪魔するなら、私達は三人一緒にこの世を去る』
『もちろんハッタリなんかじゃないわ。だって――


――ハッタリでない事は、咲がもう証明したでしょう?』


笑顔で語る私達を前に、反論できる人はいなかった
皆が皆眉をひそめながら、私達の決断を受け入れる

ただ一言、お姉ちゃんが表情を歪めながら放った言葉
それが酷く印象に残っている


『貴女達はおかしい……狂ってる』


私達は顔を見合わせて、
全員が満面の笑みを浮かべた


『最高の誉め言葉だよ』


そう、私達は狂ってる
だからこそ安心できるんだ

普通の人は、大切な人との別れでも
平然と受け入れちゃうんでしょ?

転校、卒業、進学、就職
人生の節目を迎えた時に
自分の道を歩むために、
他人を切り捨てちゃうんでしょ?

私達にはできないの
離れるくらいなら死を選ぶ
それを狂ってるって呼ぶのなら
私は永遠に狂っていたい


『……そっか。もう、本当に手遅れなんだね』


お姉ちゃんは悲しそうな顔をして俯いた
それ以上何も言わず、私達のもとを去っていった

ほら、そういうところだよ
普通の人は諦めちゃえる
だから不安で仕方なくなるんだ

でもきっと、お姉ちゃんが『正しい』んだろう
改めて実感させられる
やっぱり私は、普通の世界では
生きていけないんだって


「まあ、もうどうでもいいんだけどね」


三人で借りた1DKの安アパート
それが私達の世界のすべて
私達は電気もつけず
ただ肌を重ね合わせている


「暗いのっていいよね」

「わかります。視界が悪いから
 境界が曖昧になるんですよね」

「そうねー。なんだか、
 三人で溶けてるような気分になるわ」


うん、和ちゃんと部長の言うとおりだ

暗闇が周囲を包み込む
私達を等しく黒で染め上げる
三人がどろどろに溶けていく感覚を覚えて
気が違いそうになる程の多幸感に襲われる

誰からも邪魔されず
誰からも奪われず
ただ、愛する人達と溶けていく
ああ、なんて幸せなんだろう


もちろんわかってる
それでもいずれは別れが訪れるって
誰かが病気になるか、老衰で死亡するか
死が私達を分かつだろう


「その時は、ついてきてくれるよね?」

「もちろんよ。誰かが死んだら
 残った人は全員後を追う。
 というか生きてられるはずないわ」

「そうですね。お二人が逝った後に
 一人残されるとか…拷問としか思えません」


私の問いに即答してくれる二人の瞳は、
どこまでも黒く染まってる

ああ、やっぱり、やっぱりだ
この二人と一緒なら
死すらも私達を引き離せない
だから私は安心できるんだ


うっとりと恍惚に浸りながら目を閉じる
全てが闇で塗り潰される

二人の息遣いが、握られた手から伝わるぬくもりが
私の心を、体を溶かしていく


「ああ。ずっと、こうしてたいな」


そして私達は溶け続ける
三人だけの、閉じられた世界の中で


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2018年04月20日 | Comment(8) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
素敵なお話をありがとうございます、楽しませていただきました。
渾然一体の愛とでも言うのでしょうか?
閉鎖した世界で3人は更に更に狂っていくのでしょうね。
そして愛の深さに代わるのならば、それは
純然たるハッピーエンドなのではないかなと思いました。
Posted by しろ at 2018年04月20日 22:27
リクしたものです。遅ればせながらありがとうございました!

実にすばらでした!手直しなんて必要ありません!3人で完結するよりも、3人だけのハッピーエンドの方がより深く愛し合ってる感じがして幸せです。
久さんと和ちゃんが先にくっつくのは予想外でした。なんとなく久咲が先だと思ってました…
暗いのっていいですよね…
Posted by at 2018年04月21日 01:02
なんでIHで優勝した高校生が自殺未遂をしても事件が公にならないのか……、そこには麻雀関係者のただならぬ努力が……
久咲+和の形じゃなく久和+咲というのが意外でした。
Posted by at 2018年04月22日 18:56
コメントありがとうございます。

閉鎖した世界で3人は更に更に>
和「数年もすれば他人とまともな会話も
  できなくなると思います」
久「私達にとってはハッピーエンドだけど…
  他人から見たら多分
  結構なバッドエンドよね」
咲「それでいいんだよ。どうせ世界には
  私達しかいないんだから」

3人で完結するより>
咲「若干リクエストとずれちゃったのが
  気になってましたが
  喜んでいただけて良かったです!」
久「3人で完結しちゃうとなるとどうしても
  暗くならざるを得なかったのよね」
和「その分愛は深まってると思います。
  ……病んでますけど」

久和+咲というのが意外>
久「咲と私が先にくっついちゃうと、
  和が出てくる余地がなくなるのよね」
和「私の性格上、転校した後は
  あらためてアクションは起こさないですね。
  そのまま壊れるか現地で
  新しい友達を作ると思います」
咲「私なら諦めずに追っちゃうだろうな、と」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2018年04月23日 09:19
久さんかわいい

よかったなぁ…だれも不幸になるひとがいなくて。
Posted by at 2018年04月23日 12:58
いいよなあ…こういう狂気。
引きずり込まれたい
咲が狂おしいほど黒くてこう…ぐっとくる
Posted by at 2018年04月23日 23:40
おおお…ある意味新しい形の久咲和だ!
咲さんが一番病む展開は読み応えがあってすばらですね!
Posted by at 2018年04月24日 02:19
コメントありがとうございます!

だれも不幸になるひとがいなくて>
照「私は」
咲「お姉ちゃんは普通の人だったから
  仕方ないね」

引きずり込まれたい>
久「他者からどう見えるかは別として、
  本人たちは幸せよね!」
和「その後離れていかないのであれば
  これほどの幸せもないかと」

咲さんが一番病む展開>
久「もともと咲は私達と比較しても
  精神的に危ういしね」
和「こじらせたら一番危険そうですよね…」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2018年05月01日 20:18
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