現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
欲しいものリスト公開中です。
(amazonで気軽に支援できます。ブログ継続の原動力となりますのでよろしければ)

【咲-Saki-SS:郁恭】郁乃「仲間を求め、地球で独り」【共依存】【アスペルガー症候群】

<あらすじ>
善野一美が病に倒れ、失意に沈む姫松高校。
そんな中、代行の監督として赤阪郁乃が訪れた。
彼女が放った第一声は部員達の逆鱗に触れる。
なのに郁乃は意にも介さず、
へらへらと笑みを浮かべ続けた。

常識を逸脱した郁乃の言動。
末原恭子はそこに病的な匂いを嗅ぎ取る。
独自に調べた結果ある確信を得た恭子は、
それを郁乃に伝えるが――


<登場人物>
赤阪郁乃,末原恭子,愛宕洋榎,真瀬由子

<症状>
・共依存
・狂気
・高機能広汎性発達障害
 (アスペルガー症候群)

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
(欲しいものリストでプレゼントを
 贈ってくださった方のリクエストです。
 Surfaceのペン先ありがとうございました!!)
・高機能汎性発達障害を抱えて過去から
 今に至るまで拒絶され続けた赤坂さん。
 末原さんにも拒絶されるが受け入れたいが為に
 頑張って心が黒くなって最後は
 手段問わずに末原さんの心を壊して
 受け入れてもらえるようにして
 末原さんもそれを受け入れる。

※リクエストの都合上、
 本編とは異なる展開になります。



--------------------------------------------------------



『高機能広汎性発達障害』

『高機能自閉症』と『アスペルガー症候群』の
総称として用いられる。

両者は『言語に関する発達障害』の有無で区別されるが、
区別の基準は不明瞭である。
このためか、最新の診断基準では両者と
その他広汎性発達障害を統合して、
『自閉症スペクトラム』と称される。

高機能広汎性発達障害の特徴は、知能に関する障害はないが
コミュニケーション能力に問題があり、
対人交流場面でトラブルを生みやすい事である。

ただし、前述の通り知能に関する遅れは見られないため、
障害と認識されないまま周囲から疎外されるケースも多い。



--------------------------------------------------------



高機能広汎性発達障害を持つ人間は、
社会からその苦しみを理解されず潰されていく。

変人、協調性がない、頭おかしいなどと
後ろ指を指されながら。
独り、孤独に苦しみ擦り減っていくのだ。
本当は、どこまでも真面目で一途だとしても。



--------------------------------------------------------



これは、そんな障害を持つ一人の女性が、
苦しみ、思い悩み、泣き、そして壊れていく物語である。



--------------------------------------------------------




『仲間を求め、地球で独り』




--------------------------------------------------------



『彼女』が周囲との軋轢を生んだのは、
就任一日目の事だった。

前任の善野監督が病気にて無期の療養に入り、
監督代行として就任した彼女。
彼女の放った第一声は、部員全員を震撼させた。


「あらら〜〜なんやのこの雰囲気〜〜。
 まるでお通夜みたいや〜〜ん」


皆が善野監督の安否を憂い、
重苦しい雰囲気に包まれる部室。
それを彼女は『お通夜』と笑う。
あまりにも不謹慎かつデリカシーのない発言を受け、
部員達の目に轟々と怒りの火が灯った。

敵意。あるいは殺意のこもる視線を一心に受けながら、
それでも彼女は笑顔を崩さない。
能面のような笑みを貼りつけてケラケラと笑いながら、
彼女はさらに火種を落とす。


「監督代行の赤阪郁乃や〜〜。
 ま、多分そのまま監督になるけどな〜〜。
 皆さんこれから、よろしくな〜〜」


部室全体に霜が降りる。彼女に言葉を返す者はなく、
凍り付くような沈黙が部室を支配した後。
次の瞬間、耳をつんざくような罵声が轟(とどろ)いた。


「お前、いい加減にせぇよ!!!」


声とともに、紫髪の小柄な少女が彼女に飛び掛かる。
その目は怒りに血走っており、ともすれば
相手を殺してしまうのではないかと危惧する程に
強烈な殺気を伴っていた。

そばにいた赤髪の少女が慌てて取り押さえるも、
彼女の口はなおも怒りを炎のごとく吐き出し続ける。


「出てけ!お前が善野監督の
 代わりやなんて認めへん!」


散々喚き散らしながら、少女は退場させられる。
しかし、少女の叫びは部員全員を代弁していたのだろう。
部室は静けさこそ取り戻したものの、
殺伐とした雰囲気が払拭される事はない。

そんな部員達の敵意に晒されながら、
騒動の発端となった彼女は首をかしげてこう言い放った。


「え〜〜?私そんな変な事言った〜〜?」


この言葉を聞いた瞬間、部員達全員が
彼女に対してこう結論付ける。

『話にならない社会不適合者』

それが赤阪郁乃に下された評価。
就任初日。そう、初日にして、
彼女は孤立する事になったのだ。



--------------------------------------------------------



監督代行の赤阪郁乃が来てから数週間。
私、末原恭子は彼女の取り扱いに
ほとほと手を焼いていた。

別に私は役職持ちでも何でもないが、
その分析力を買われて
参謀じみた扱いを受ける事が多い。
そのせいか、下手をすれば主将よりも
監督と接する機会は多かった。

にもかかわらず。最も密に連携すべき参謀が、
誰よりも監督代行に敵意を抱いている。
そんな状況で部内が円滑に回るはずもなく、
毎日のように騒動が起きる。
いまや姫松高校麻雀部は軋みながら
不協和音を響かせるばかりだ。

もっとも、運営が滞る原因は敵意だけではなかった。
確かに初見の印象は最悪だ。できれば口もききたくない。
でも、だからと言って、
私だって小さな子供ってわけじゃない。
己に課された役割を淡々とこなす位の処世術は心得ている。

そうやって心を氷に徹して事務的に接したとしても、
単純に会話が噛み合わないのだ。


「なんちゅうか……異星人と接しとるみたいや」


何もかもがちぐはぐだった。
仮にも教職とは思えないその服装。
場にそぐわぬ仮面のような笑顔。
そこから飛び出す、異常なほど無神経な発言。
何もかもが『常識』から逸脱している。


ならまるで使い物にならない無能なのかと思えば、
こと麻雀に関してだけは違うのだ。

彼女が牌を持った瞬間、世界はガラリと姿を変える。
空気が変わる。呼吸すら困難な程に張り詰めた空気に。
空間が静まる。言葉を発する事もできない程に重苦しく。

相手を見据える彼女の瞳。
そこに普段のへらへらした笑顔はなく、
一切の感情を感じ取れない無表情だけが在る。

無表情。それはさながら、
研究者が実験中のモルモットを見つめるような。
酷く冷たく、それでいてねちっこい視線。

そして打牌。無駄のない洗練された打牌は、まるで
メスを振りかざすが如き鋭さを伴っていた。


結局、代行になって初めての対局で、
彼女は他家の三人を全員飛ばして終わる。
その鬼神が如き強さは、確かに善野監督の後釜として
不足なしとうならざるを得なかった。
もっとも指導する部員を飛ばしてしまうあたり、
やはり教員としての在り方に疑問を感じてしまうのだけれど。


有能なのか無能なのかよくわからない。
この奇妙な異星人をどう扱うべきなのか。
正直考えあぐねている。


「ん、待てよ。異星人……?異星人か」


自ら口にした言葉に引っ掛かりを覚えた。
ネットサーフィンした時似たような話がなかったか?
あれは確か、そう……『障害』について
取り扱ったサイトだったような。

パソコンの前に座りキーボードを叩く。
『異星人 障害』
検索サイトは答えを導き出すのに一秒も掛からなかった。
ディスプレイに、ある障害に関する情報が表示される。

『高機能広汎性発達障害』

そこに記載された症状は、まさに代行そのものだった。
まるで該当する場面を見ていたかのように
ピタリと合致するその様に、
ぞぞぞ、と薄ら寒さを感じて身震いしてしまう。

症状の記述から始まったそのサイトは、
当人の苦悩についても触れていた。
この障害は周りから理解されにくく、
非常に苦しむケースが多いのだと。
周りとの溝を埋められず苦悩した結果、
二次障害としてうつ病を併発するケースもあると。


「……っ」


画面をスクロールする指が止まる。

もし、代行のアレが悪ふざけや破天荒な性格に
起因するものでなかったのだとしたら。
本人は真面目で真剣なのに、障害が理由で
コミュニケーションが取れていないだけなのだとしたら。

代行は今……どれだけ傷つき、苦しんでいるのだろう。



--------------------------------------------------------



代行の異常な言動、それが
発達障害に起因する可能性に気づいた私。
そんな私は、少し対応を変えてみる事にした。


「代行、ちょっとええですか。
 折り入って話したい事があるんですけど」

「なに〜〜?」


繰り返される代行の奇行。それらすべてをメモに記録し、
後でこっそり本人に確認する事にしたのだ。

どんな意図で行われていたのか、そして、
周りから引かれていると気づいていたかを
確認するために。

もし私の推測通りなら、代行は自分の行動が
間違っている事に気づいてすらいないだろう。


「例えば、この前のお通夜発言ですけど。
 あれ、どんな意図があって言ったんですか?」

「えぇ〜〜?別に大した意図はないけど〜〜。
 なんかみんな暗いなーって思って〜〜、
 明るくしよかと思っただけ〜〜」

「……あれ、不謹慎な発言やったって気づいてます?」

「???なんで不謹慎なん〜〜?」

「だって、善野監督が病気で運ばれて、
 みんなが意気消沈しとる中であんな事言ぅたら、
 善野監督と葬式を繋げてしまいますやん」

「???なんでそこが繋がるん〜〜?
 善野さんは生きとるや〜〜ん」


私は思わず頭を抱える。確定だ。
代行はコミュニケーション障害を抱えている。

人の感情を推し量る事ができない。
部員達の心情。すなわち、
『善野監督が回復せず逝ってしまったら』という不安が
部室を暗くしていた事に気づけないのだ。
だからあの場で平然と『お通夜みたい』なんて口に出せる。

その後の発言も同様だ。詳しく掘り下げて聞いてみれば、
知らされていなかった裏事情が明らかになった。

代行は善野監督から直接事情を聞かされていた。
その上で、今回の代行起用は後任の監督になる事を
ほぼ前提とした起用であると説明されていたのである。

その前提さえ話していれば、
部員のみんなも素直に納得しただろう。
なのにその前提を伝えなかった結果、
代行の発言は『善野監督が逝けばそのまま後任になる』と
捉えられてしまった。

圧倒的なコミュニケーション力不足。
相手の心情を汲み取り、空気を読み、
必要な説明を補足する力が絶望的に欠けている。


(……言った方が、ええんやろな)


ごくり、つばを飲み込んだ。このまま対策を取らなければ、
姫松高校麻雀部は瓦解してしまうだろう。

だが指摘するのも相当の勇気が必要だった。
考えてみてほしい。仮にも教員に対して、
『お前、精神に障害あるんちゃうんか』
なんて言えるだろうか。
もしイエスと答える人間がいるとしたら、
そいつも異常者に違いない。

それでも踏み込まないわけにはいかなかった。
私は散々逡巡を繰り返した後、
意を決して重い口を開く。


「…………代行。代行は、
 心療内科に通った経験はありますか?」

「へ?ないけど〜〜」

「その。めっちゃ失礼な事を承知の上で言いますけど。
 代行、おそらくは障害を抱えとると思います」


お前は病気だ。目の前でそう言われても、
代行はニコニコしたまま笑顔を崩さなかった。
逆にそれが恐ろしくて寒気に震える。


「末原ちゃんは、どんな病気やと思っとるの〜〜?」

「……自閉症スペクトラム。やとわかりにくいですね。
 アスペルガー症候群とか高機能自閉症とかやとわかりますか?
 生まれつきコミュニケーションに難がある人の総称です」

「私は……代行がアスペルガーなんやないかと思っとります」


笑顔は崩れない。なおも代行は笑っている。

笑っている、笑っている、笑っている、笑っている。
笑っているけれど――



--------------------------------------------------------




笑顔で細められたその瞳から、涙が一筋伝い落ちた。




--------------------------------------------------------










--------------------------------------------------------



この世界は生きづらい。
幼い頃からずっとそう感じていた。

姿かたち、しゃべる言葉。何もかも同じはずなのに、
いつも私だけが敬遠される。
輪に入ろうと、一生懸命みんなに合わせようと頑張っても、
返される言葉はいつも同じ。

『協調性がない』『自分勝手』『嘘つき』
『何考えてるかわかんない』


『気持ち悪い』


陰でこっそり泣いていた。
泣いてるところを見られたらまた怒られるから。
『自分が悪いんやろ』
『被害者ぶんなや』
『泣きたいんはこっちやわ』
そう怒鳴ってこぶしを振り上げるから。


そんなこんなを繰り返すうち、
いつしか自信を無くしていった。
自分は本当に人間なのか。
実は遠い銀河の彼方からやってきた『異星人』で、
姿だけ人間に擬態してるだけではないのか。
毎晩そう自問して、『違う』、そう断言できなくて。
悲しくて嗚咽を繰り返してた。

酷く自分が醜く思えた。私だけが『別物』で『異常』。
だからみんなに迫害されるんだ。
私が問題を起こすたびに、両親がみんなに頭を下げる姿を見て、
罪悪感で気が違いそうになる。
どうしてこんな風に生まれてきちゃったんだろう。
生まれてきてごめんなさい。
せめて頑張るから許してください。


異星人の私にできる事。
それはひたすら学習を繰り返す事だった。
地球人はどんな言葉で傷ついて、どんな行動に怒るのか。
学習に学習を重ねた上で過去の成功例を模倣する。

学習は遅々として進まなかった。当たり前だ。
だって誰も正解を教えてくれない。
学習した結果が正しいか、答え合わせができないのだから。
それでも、私にはこれしか生きる道がなかった。

膨大な施行を繰り返した末、
円滑なコミュニケーションには
笑顔が有効であると気づく。

笑顔は便利だ。大体はこれで場を取り繕う事ができる。
他人の感情に合わせて臨機応変に表情を作るなんて
神技を要求されずに済む。

だから笑うようにした。
泣きたくても、悲しくても、
いつも笑顔を絶やさぬように。
いつしか私は、麻雀を打つ時以外
ほとんど笑顔を崩さないようになった。

後は語尾を伸ばすようにした。
ふらふらと間延びしたように、相手の脱力を誘うように。
そうすれば、攻撃されずに済むかもしれないから。
この作戦は成功した。『呆れて怒る気も失せる』らしい。
その代わり、心を込めて話す事ができなくなったけど。


生れ落ちてもう25年。
こうした涙ぐましい努力を積み重ねながら。
『異星人』赤阪郁乃は、人間社会で擬態し続けている。



--------------------------------------------------------



きっと、死ぬまで独りなんだろう。

誰からも理解されず、仲間と巡り合う事もできず。
独り、孤独に死んでいくのだろう。

新天地でも孤立して、絶望に塗り潰されて、
乾いた嘲笑を浮かべ続ける日々の中。

ある日、彼女が言いにくそうに教えてくれた。



--------------------------------------------------------



『めっちゃ失礼な事を承知の上で言いますけど。
 代行、おそらくは障害を抱えとると思います』

『私は……代行がアスペルガーなんやないかと思っとります』



--------------------------------------------------------



その言葉を聞いた時、目から涙が溢れ出した。

ああ、ああ、ああ、嗚呼!
この世には、私のような存在を指し示す言葉がある!
それはすなわち……
私と同じように苦しむ人間がいるという事だ。


「そっか……そっかぁ……っ!」


涙が、嗚咽が止まらない。
笑顔の仮面をかぶったまま、
私は幼子のようにしゃくりあげる。

ずっと独りぼっちだと思っていた。
自分は異界からさ迷いこんだ不純物で、ただただ
拒絶されながら生きていくしかないと思っていた。

違うのだ。これは周知されている『障害』で。
私は『異星人』なんかじゃなくて――


――ただ。『障害』を抱える『人間』だった!


わかっている。状況は何も好転していない事は。
異星人が病人に。ただ症状に病名がついただけ。
私を取り巻くこの世界が、依然息苦しい事に変わりはない。

でも、確かに心は救われた。救ってもらえた。
私は今日という日を生涯忘れる事はないだろう。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



まさか泣くとは思わなかった。
予想外の展開に、狼狽しながら言葉を探す。
『すいませんでした』、でもその次が続かなかった。

でも代行はかぶりを振ると、涙をためたまま言葉を紡ぐ。
嗚咽に震えるその声は、これまた予想と逆だった。


「あ、気に、せんといて〜〜。これ、嬉し涙やから〜〜」

「嬉し…涙、ですか?」

「うん〜〜。だって、病名があるっちゅぅ事は〜〜。
 私みたいなんが他にもおるって事やろ〜〜?」

「私、独りぼっちやなかったんやなって〜〜」


ぐっと唇を噛みしめた。知らず知らずのうち、
右手が胸を押さえつける。

ああ、この人は、今までどれだけ傷ついてきたのだろう。
仮面のような笑顔を見せるその裏で、
どれだけの涙を飲み込んできたのだろう。

健常者として生まれた私には想像もできない苦痛。
でも、きっと地獄だったに違いない。
そして私は地獄の一端を担っていた。
仕方なかった事とはいえ、良心の刃が心を刻み込む。

代行の言葉はなおも続いた。


「それに〜〜」

「病気やったら……治るかもしれんや〜〜ん」

「……っ」


歯が、より深く唇に食い込んだ。掛ける事が見つからない。
ただ私は沈黙を守り、歓喜に震える代行の声を受け止める。

言えるはずがなかった。
アスペルガー症候群は先天的な障害で、
現代医学では治療法が確立されていない。
言ってしまえば不治の病だ。
そんな血も涙もない宣告をできる程、
私は図太くできてはいない。


「そう言う事なら〜さっそく病院行ってくるわ〜〜」


いつも通りふらふらしながら、彼女は上機嫌で去っていく。
表情は笑顔。でも、私はこの時初めて代行の笑顔を見た気がした。
いつものどこか薄気味悪い作り物の笑顔ではなく、
心の底から浮かんだ笑顔。
だからこそ。酷く胸が締め付けられる。

代行が立ち去り一人残された部室の中。
私はぼそりと小さくつぶやく。


「これで、正解、やったんか……?」


答える者は居なかった。



--------------------------------------------------------



翌日。陰鬱とした気分を隠さず肩を落とす私とは対照的に、
代行はいつも通り笑顔を張り付かせてやってきた。

言動についても今まで通り。
どこかピントのずれたトークを披露しては
みんなに距離を置かれていた。
部員達の白けた視線が、我が事のように心に突き刺さる。

ただ一つ違う事があったとすれば、
妙に私との距離が近かった事だ。
つかず離れず。視界を360度ぐるっと回転させれば
どこかには必ずいる。
まるで監視されているようなその状況に、
正直言い知れぬ恐怖を感じずにはいられなかった。


「んじゃ、今日の練習はこれでしまいや。
 お疲れ様でした〜〜」

「「「「お疲れ様でした!」」」」」

「おっしゃ、じゃぁ帰ろっか。あ、でも小腹空いたな。
 漫んところでちょっと飯どついてかへん?」

「あー、うちちょっと牌譜整理するんで
 先帰ったってください」

「手伝おか?」

「んにゃ、ええですわ。一人でゆっくり考えたいし」

「そか。じゃ、お先に〜」


放課後、一人牌譜整理をしようと思った私は、
同じように居残るもう一人の存在に気づく。
言うまでもない、代行だ。
私は大きくため息をつくと、仕方なく代行に話し掛ける。


「なんで残っとるんですか」

「ん〜〜、末原ちゃんのそばに居たいなって〜〜」

「聞いてた思いますけど、今から牌譜分析するんで
 後3時間は残ります。
 鍵は責任もって閉めとくんで帰ったってください」

「待っとるわ〜〜」


『一人にさせてくれ言ぅてるんですけど』
言い掛けた言葉を飲み込む。それを読み取れと迫るのは酷だ。


「……昨日、結局病院には行ったんですか」

「行った行った〜〜。末原ちゃん流石やね〜〜。
 ドンピシャやったわ〜〜」


明るい言葉とは裏腹に、ずん、と胃が重くなる。
ならばもう代行も知っているだろう。
それが不治である事に。


「すいません」

「なんで末原ちゃんが謝るの〜〜?」

「ぬか喜びさせたんやないかって」

「ん〜〜、まあ治らへん言われた時はショックやったけどな〜〜。
 結局『異星人』に逆戻りや〜〜んって。
 でも、ちゃ〜んと収穫もあったで〜〜」

「収穫、ですか?」


代行はいつもの笑顔で語り始めた。
あの後すぐ心療内科を受診した事。
そして自閉症スペクトラム……
昔で言うアスペルガー症候群と診断された事。
これは病気ではなく先天的な障害で、
治癒できる病の類ではない事。

そしてなにより……訓練や周りの理解を得る事で、
生きやすい環境は作れる事。


「『味方』を作りなさいって言われたわ〜〜。
 障害を理解してサポートしてくれる人をって〜〜」

「それで、今日一日私のそばに
 くっついとったんですか……」


気が滅入る。置かれた境遇に同情はするけれど、
私は別に代行を好きになったわけではないのだ。
今だって、早く善野監督に戻ってきて欲しいと切に願っている。


「別の人選んだ方がええんと違いますか。
 愛宕姉とかお薦めですよ。細かい事気にせん奴ですし」

「駄目〜〜。私は末原ちゃんがいいんです〜〜」

「私絶対向いてないんで。洋榎とは逆で
 めっちゃ細かい事気にしますし」

「末原ちゃん誤解してんで〜〜?
 私らみたいな人種はな、細かい方が助かるんよ〜〜。
 例えば空気読むって、要は
 厳密に定義されていない曖昧な雰囲気を
 なんとなく読み取るっちゅぅ事やろ〜〜?」

「そういうの一番苦手やわ〜〜。ちゃんと
 理解できるように細分化してーってなるわ〜〜」

「うぐっ……」



言葉に詰まった。確かに、相手の特徴を分析して
言語化するという点において、
『参謀』である自分ほど適役の人物はいない。
当たり牌をビタッと止めた理由を聞いて、
『勘やな』なんて言われても困るのと同じだ。

私が口をつぐんだ事を好機と見たのか、
さらに代行は畳みかけてくる。


「それに、末原ちゃん今スランプやろ〜〜?」

「……っ」

「私に細かく分析させてくれれば〜〜、
 末原ちゃんのスランプ直せると思うで〜〜?」


机に突っ伏す。痛いところを突かれてしまった。
何をやっても裏目に出て暗中模索している中、
代行の分析力は喉から手が出るほど欲しい。


(……それに)


そもそも代行が病院に行く
きっかけを作ったのは自分なのだ。
このくらいの協力はしてしかるべきではないのか。

脳内の自分にまで論破され、
私は突っ伏したまま声を震わせた。


「……絶対直してくださいよ?」

「直すで〜〜、だからパートナーなったって〜〜」

「ああもう、今ので通じんのかい!
 そうか、通じんよな!」

「ええですか、今アンタはうちのスランプを直す事を条件に
 パートナーになる事を要求しとるやろ?
 それに対する回答が『絶対直せよ』っちゅぅ事は、
 暗黙的に条件を飲んだ事を意味するわけで――」


前途多難だ。これからずっと
こんなやり取りを繰り返すと思うと、
今から頭が痛くなってくる。

それでも、私が完全に拒絶して
部が崩壊するよりはましだろう。
仕方ない。人身御供になってやろうじゃないか。

早速今日あった出来事を振り返って、
問題のあった発言について添削する。

代行はニコニコ笑いながら私の説明に耳を傾ける。
目の端に、涙が滲んでいるのは気づかなかった事にした。



--------------------------------------------------------



アスペルガー症候群である代行との二人三脚。
感想を端的に述べるとしたら、『疲れる』の一言だった。

何をするにも意味を問われる。
それも詳細な説明を求められる。
確か、論語に『一を聞いて十を知る』
なんて言葉があったけれど。
あれになぞらえるなら『百を聞いて一を知る』だ。
『普通』の人間であれば暗黙のうちに通じる事が、
説明しないと理解してもらえない。


「あー、だからですね。油性ペンで
 人の肌に落書きしたら消すの大変ですよね?」

「罰ゲームにしてもちょいやり過ぎです。
 だから、あの場では『油性忘れた』事にして
 罰を軽減したんですよ」

「そっか〜〜。末原ちゃんがよく油性ペン忘れるのは
 わざとやったんやね〜〜」

「末原ちゃんの意図はわかったけど〜〜、
 『ちょいやり過ぎ』の『ちょい』の基準って何〜〜?」

「後、罰を軽減したいなら最初から
 『まぁ油性は許したるわ』でええや〜〜ん。
 なんでそんな回りくどい事するん〜〜?」


『あかんこいつめんどくさい』
思わず飛び出し掛けた言葉を必死で飲み込む。

実際、問われてみればよくわからないのだ。
私達が普段の生活で使っている基準、
それが酷く不明瞭な事に気づく。
その曖昧な尺度を身に着けた経緯もさっぱりだ。
なのに『そんくらい普通にわかれや』というのは
確かに酷なのかもしれない。

『回りくどい』についても同じ。
このあたりの会話の妙、みたいなものは
言語による定義が非常に難しい。


「ねぇねぇ、どうして、どうして〜〜?」

「……どうしてやろな」


言語化できない現象を、毎回事細かく質問される。
正直に言って苦痛であり、忍耐と苦労を伴った。

同時に、普段代行がどれだけ息苦しい世界を
生きているのか思い知らされる。
基準もわからず、答えも知らず。
おっかなびっくり会話に参加してみんなから引かれる。
しかもその理由は誰も明確に答えてくれない。
そりゃ厳密な定義が欲しくもなるだろう。


ただ、そういった一般人からすれば
病的な程の厳密さが役に立つ場面もあった。
特に、麻雀における分析において、
彼女は異常なほどの強みを発揮する。


「なーなー末原ちゃーん、白糸台高校の部長なんやけど、
 おもろい癖があるの見つけたわ〜〜」

「どんなですか」

「ほら、ここ見て〜〜。局が始まる前やけど〜〜。
 射貫く相手の方向いて数ミリ指が動くんよ〜〜」

「数ミリ!?」


その飽くなき探究心は、分析において他の追随を許さない。
どんな細かい事象であれ、
共通点、あるいは差異を見つけ出す。


「後、末原ちゃんのスランプも原因もわかったわ〜〜。
 他人の事意識し過ぎ〜〜」

「……それはわかっとります。でも。
 上級者との比較と分析が
 自らの上達につながるんやないですか」

「大抵の人はな〜〜。でも末原ちゃん、
 対局中も分析始めてまうやろ〜〜?
 分析しとる時の末原ちゃんは、和了率が
 72.56145%落ちとるで〜〜」

「細かっ!」

「だから〜〜、せめて対局中は相手の事意識し過ぎず
 自分の事だけ考えるとええと思うわ〜〜」

「……私みたいな凡人が考える事まで止めたら
 それこそ勝ち目ないんとちゃいますか」

「末原ちゃんも特別やと思うけど〜〜」

「そやね〜〜、まずは愛宕さんのおね〜ちゃんと対局する時、
 相手の手は完全無視して
 超早和了りする事だけ狙ってみて〜〜?」


釈然としないものを感じながらも、アドバイス通りに打ってみる。
他人は他人、意識し過ぎず自分の麻雀を。
そしたら途端、靄が晴れたように視界が鮮明になって。
有効牌がポンポン飛び込んでくるようになった。


「……調子ええわ」

「スランプ脱出なのねー」


今の境遇を素直に喜ぶ事はできないけれど、
得るものも決して少なくはない。
私は疲弊しながらも、代行と
凸凹コミュニケーションを交わしていった。

それはさながら、異星人と悪戦苦闘しながら
共通の言語を確立していくようなもので。
少しだけ。うん、本当に少しだけ。
楽しいと思えなくもなかった。



--------------------------------------------------------



代行をサポートする必要もあって、
私達は頻繁に顔を突き合わせて会話する。


「あ〜〜、私リザベーションの発動条件
 わかったかもしれんわ〜〜」

「配牌を伏せて戻すんですよね。
 でも全局やっとるやないですか」

「せやね〜〜。でも『縛り』掛けた時だけは
 物理ダメージ入っとるみたいで、
 コンマ数秒全身の筋肉が硬直しとるで〜〜」

「あー。なら筋肉が深部反射起こしとるかもですね。
 …お、ビンゴや。反射所見も取れそうですわ」


二人して他者の牌譜を分析すれば。
それが能力者の異能であっても、
大半は解明する事ができた。


「……というわけで、白水がリザベ掛けとるかを
 見破るには筋肉の状態を見ればええです」

「筋肉の状態て。なんでそんなんわかるんやお前ら」

「一般人には見分けつかないのよー」

「代行と調べた結果、リザベが掛かっとる時は
 どんなに小さい縛りでも必ず
 上腕三頭筋に反射行動が発生します」

「健康診断で、膝小僧をハンマーで軽くたたいて
 足がビクンッてなるか確認する奴あるやろ。
 あれと同じ事が起きとります」

「牌を伏せた後、腕の前方がわずかに
 ビクンッと震えて腕が伸びたらビンゴですわ」


その結果をみんなに披露して、驚かれてを繰り返すうち。
私達は二人でセットの解析班と呼ばれるようになる。
解析を頼まれる牌譜が多くなって、
さらに二人でいる時間は伸びていった。


「なぁなぁ末原ちゃ〜〜ん。
 今日のご飯の時みんなが微妙な顔してたん
 何が問題やったの〜〜?」

「あー、あれか。NYNYパターンや」


そのうち、代行から来る膨大な量の質問に対して
毎回説明する事に疲れた私は、
代行のためにフローチャートを作成する。
いくつかのパターンを定義しておいて、
チャートに従って思考を整理すれば
適切な対応がわかるというものだ。

今回の『カレーを部内共用のレンジでチンした』で
あればこんな感じになる。

チャート1:空気読めない系か否か(NO)
チャート2:行動が好ましくない系か否か(YES)
チャート3:人の感情を逆なでする系か否か(NO)
チャート4:人によって不快に思う行動か否か(YES)
      過去事例)からあげにレモンをかける


「へ〜〜、カレーをレンジであっためるのは
 人によって不快に思うんやね〜〜。
 以後気を付けるわ〜〜」


頭の回転は速い代行の事だ。
過去のケースと照らし合わせるフローを示してやれば
一瞬のうちに理解してくれた。

こうして。少しずつ、少しずつ、
代行との意思疎通が円滑になっていく。

一度噛み合い始めれば、代行とのやり取りは楽だった。
考え方がロジカルなだけに、
比喩とか婉曲的な表現が一切含まれない。
ゆえに指示がシンプルでわかりやすい。
時折飛び出すよくわからない言動は、
未知のケースとの遭遇で
エラーを起こしただけだから無視すればいい。


そんなやり取りを続けて数か月。
いつしか私達はいつも行動を共にするようになる。
その頃には、代行との意思疎通は完璧なものになっていた。



--------------------------------------------------------



今思えば、その時に気づくべきだったのだろう。

昔『異星人』とすら思った代行と違和感なく会話できる事。
それは、代行の不断の努力による結果だったのだろうか。

違う。私が変化したのだ。
もちろん代行の努力も一因ではある。
でも、それよりも。私自身が代行の理解しやすい話し方に
変わっていった事の方がはるかに大きい。

今、私達は代行と二人で作り上げた
フローチャート言語で会話できる。
その言語は酷く論理的で、シンプルで、
何より伝達スピードが速い優れモノだ。

当然、私達はそちらの言語を優先する。
もはや周囲の人間は私達が何を話しているのか
意味不明だっただろう。

周りの視線が変わっていく。
それは、当初私が代行に向けた視線。
今やそのまなざしが自分に向けられている事に、
私は気づく事ができなかった。



--------------------------------------------------------



「代行、これどういう事や思います?」

「ん〜〜、M47.23K2T3.2の
 NYNNYNNYパターンやね〜〜」

「あ、やっぱりそうですか」

「あかん、二人が何話しとるかさっぱりわからへん」

「右に同じなのよー」

「あー。M47が宮永照に割り当てた番号で、
 .23が2年生のオータム(秋季)大会の事ですわ。
 K2が個人戦2回戦を指しとって…ってめんどいな!
 この対応表見て解読してくれへん?」

「……こんな表覚えられるの
 代行と恭子ちゃんだけなのよー」



--------------------------------------------------------



「主将、それロンです」

「うぉっ、こっちやったか。しくったわー」

「珍しいですね。守備の堅い主将が放銃なんて」

「……ま、そこはほれ、あれや。梅雨時の高校生やしな」

「すんません、意味わからへん。
 もっと明確に定義された言葉で
 しゃべってもらえますか」

「て、定義?」

「恭子ちゃん、そこはフィーリングで読み取るところなのよー」



--------------------------------------------------------



「なーんか、最近末原先輩変やない?」

「あ、うちも思っとった!
 赤阪監督と暗号みたいなので会話しとるし」

「あれ何なんやろな。123NYNY〜とか。
 何やロボットみたいで気味悪いわ」

「いやマジロボットみたいやんな。
 ちょぉーっと言葉濁して話すと、
 『それどういう意味か端的に言い直してや』
 とか言われるし。そこは空気で察してや」

「赤阪監督は昔からそんなんやったけどねぇ」

「昔の末原先輩はむしろ遠回しな言い方
 多かったはずやけどなぁ。最近の末原先輩は――



--------------------------------------------------------




「なんか。『異星人』みたいやわ」




--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



職員会議からの帰り道。
2年生部員の内緒話を盗み聞きした私は、
その内容に呆然と立ち尽くした。


「末原ちゃんが……変わってきてる?」


『人間』だった末原ちゃんが、
私と同じ『異星人』に変わってきてる。

少なくとも、他人からそう見られているという事実に、
胸が高鳴り熱を伴っていく。

嬉しい、怖い。期待していいの?いいわけがない。
相反する感情が、交互に波のように押し寄せてきた。


もちろん、末原ちゃんが『こちら』に来てくれるなら、
これほど嬉しい事はない。
でもそれは末原ちゃんにとって不幸な事だ。

生まれ落ちてから26年。人から理解されずに生きてきた。
陰口を叩かれ、嘲笑に晒され、遠巻きにされながら生きる人生は、
孤独で惨めで酷く寂しい。こんな不幸、
愛すべき末原ちゃんに味わわせていいはずがない。

ああ、でも考えてしまうのだ。
もし末原ちゃんが『こちら』に来てくれるなら、
私は孤独から解放される。
世間から排除された者同士で二人、
傷を舐めあいながら生きていける。
そんな願いが叶うなら、なんて幸せな事だろう。


『押すんや。ここで押さな、一生独りぼっちやで。
 末原ちゃんを手に入れるんや』


飲まれかける。幸せを願って泣く弱い自分が、
思考を黒く塗り潰す。


『あかん!こっちの世界は地獄やろ!
 末原ちゃんの幸せを第一に考えるんや!!』


はっと我を取り戻す。末原ちゃんの幸せを願う私が、
闇に飲まれながらも声を絞り出していた。

一進一退の攻防。ううん、闇の方がはるかに有利。
後一歩。後押しがあれば大勢が決してしまうような
危ういバランスで、私はなんとか耐え続ける。

なのに。なのに、そんな時に――



--------------------------------------------------------




末原ちゃんは、自ら隙を見せてしまった




--------------------------------------------------------



インターハイの2回戦

大将戦が終わって戻ってきた末原ちゃんは
最初こそ安堵した顔で戻ってきた

でも、その表情はすぐに曇る
釈然としないように考え込んだ末原ちゃんは
宮永咲の個人戦記録を思い浮かべてある事実に気づいた


プラスマイナス、ゼロ


トップから最下位に転落し、でも
不屈の精神で逆境を乗り越えたあの戦いは
宮永咲に支配されていた

踊らされていたのだ、宮永咲の手のひらの上で


「……っ!!」


末原ちゃんの目から光が消える
目から涙が滲み出る

末原ちゃんが泣くのを見たのは初めてだった
圧倒的な絶望に圧し潰されて、心を折って、
どこまでも弱い姿を
隠す事もできずさらけ出している


ここだ


闇が私を支配する
初めて見た末原ちゃんの涙
その輝きが私を狂わせる

良心は闇に飲まれて消えた
知らず知らずのうちに口が開く


「末原ちゃん」


そして――



--------------------------------------------------------




『あの子より、強くなりたい?』




--------------------------------------------------------




私は、末原ちゃんを地獄に誘い込んでしまった




--------------------------------------------------------










--------------------------------------------------------



代行は言った
麻雀における強さは、雀士が持つ思いの強さに比例すると

代行は言った
心が危うくて鋭い程、雀士は牌に愛されると

代行は言った
強くなりたいなら、狂え
分析に心血を注ぎ、それ以外を顧みず、
狂人と呼ばれる程に執着しろ
そうすれば、末原ちゃんは強くなれると

代行は言った
末原ちゃんには素質があると

自分にない力を持つプレイヤー達に憧れ、
少しでも近づこうとして、でも決して理解できず、
なのに血反吐を吐きながらも手を伸ばす

その姿はそっくりだ
人間に憧れ、でも理解できず疎外された『私』とまるで瓜二つ
なら、末原ちゃんは『私』みたいになれる

『私』みたいになればいい
『常人』である以上化け物には勝てない
狂え、壊れろ、異常者になれ、そして、『私』と同じに――



--------------------------------------------------------




――そして 私はそれを受け入れた




--------------------------------------------------------



寝る間も惜しんで分析に明け暮れた
膨大な量の牌譜
その全てに一から目を通す


試合映像を繰り返し確認した
何回も、何十回も、気になるところは何百回も


ディスプレイを凝視する私の肩に、
代行の手がそっと置かれる


囁かれる 耳を傾けた
『常人の域を飛び越すんや』『執着を異常化させて』
『もっと、もっとおかしなろうな』


声を頭の中で反芻する
そしたら、少しだけ集中力が増した気がした


代行以外のみんなは私の事を心配した
根詰め過ぎだ、少しは休め
このままじゃ壊れないか心配だ
耳を塞いで遮断する
脳裏には代行の声が響いていた
『狂って』『もっと』『私みたいに』


ある時変化が訪れる
対局相手を睨みつけていると、
その物体が異星人のように見えてきたのだ

観察が必要だ、分析が必要だ
するとカメラがふっと目の前に湧いてくる
レンズを通してその生き物を観察すると、
特徴が見つけやすくなる気がする


『この異星人、動きが変や』

『自分のツモ番でもないのに少し先の山を一瞬見る事がある』

『瞳が泳いだ……何かあるな』

『そうか、瞳が泳ぐ時にはそこに槓材があるんやな』


確信する 今、自分は新しい力に目覚めたのだと
それは常軌を逸した力
通常の人間では手にする事のできない力

私は凡人を脱したのだ


「やった!やりましたよ代行!
 私もなんか目覚めたかもしれません!!」


喜び歓喜に打ち震えながら、隣の代行に声を掛ける
代行は嬉しそうに眼を細めながら頷いた


「よかったな〜。これで末原ちゃんも『こっち側』や」



--------------------------------------------------------



代行の目尻には涙が光っていた
その後代行は目を伏せると、ぼそりと小さく何かを呟く


「……ごめんな」



--------------------------------------------------------




私には、その謝罪の意味は分からなかった




--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



恭子ちゃんはその身に狂気を宿し、
その異常な程の探求心を敵の分析に注ぎ込んだ

そうして得られた分析結果は、確かに役に立ったけれど
恭子ちゃんに深刻な後遺症を残す事になる


特定の分野に対する異常な程の執着
曖昧さの排除に対する熱意
それらを優先する事によって発生する
コミュニケーション上の問題の発生

もはや恭子ちゃんの言動は、健常者のそれとは言い難く
部活から引退した事もあり、人は急速に離れていった
愛宕のおね〜ちゃんと間瀬ちゃんだけは、
『正気に戻れ』と何度も声を掛けていたけれど
卒業を機に拠点を関東に移してからは
二人の姿を見る事はなくなった


今、恭子ちゃんは私と共に、プロとして活躍している
チームに所属こそしているけれど
本当の仲間は私達だけだ


だって周りは『異星人』で『分析対象』なのだから



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



『試合終了ーー!大将で起用された末原選手が
 相手を封殺してトップを死守し、
 見事期待に応える結果となりました!』

『うーん』

『どうかしましたか三尋木プロ』

『いやさー、確かに強いは強いんだけどさぁ。
 なんつーか、気味が悪いねぃ』

『具体的にはどの辺がでしょうか』

『インターハイの頃はさ、逆境に追い込まれつつも
 必死に突破口を見つけ出すっていうか。
 もっと、熱い闘牌!って感じがしたんだけどさぁ』

『今はこう、ただただ不気味なんだよなぁ。
 モルモットを見つめてる研究者っていうか』

『ま、多分こっちに来ちゃったんだろうさ。
 私は昔の方が好きだったけどねぃ。知らんけど』



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



能力を手に入れた代償

それは常人としての感覚を失い、
『異星人』になってしまう事だった

常人と話すのがめんどくさい
だって常人は曖昧で酷く婉曲的なしゃべり方をする
持って回った話し方をするな
郁乃くらい端的かつ直接的に話してほしい

そんな対応を繰り返したら、人はみんな離れていった
今、私のそばにいるのは郁乃だけだ
でもそれでいい
常人と話しても疲れるだけだから


「三尋木プロ、前の方が好きやったって言っとったね」


試合が終わって郁乃と二人、放送された映像を確認する
『好き』その単語に郁乃は敏感に反応した
口調こそ淡々としているものの、その目には嫉妬の炎が渦巻いている
『好き』の種類を区別できないのだろう


「ねじくれ曲がったサディストなんやろ。
 凡人があがく様を眺めるのが好きなんや。
 んなもんにつきあっとれるかい」

「それに。今のうちと、昔のうち。郁乃はどっちの方がええ?」

「そりゃぁ、今の恭子ちゃんに決まっとるわ」

「やろ。なら、うちは今のままでええ」


満足そうに微笑むと、郁乃が私を抱き締めてくる
腕に閉じ込められながら、私はそっと目を閉じる
やがて唇に柔らかい何かが押し当てられた

目を開けると、郁乃が柔らかい笑みを
浮かべながら見つめていた
その笑顔はとても自然で、美しくて愛らしい


「でも、ごめんな。私のせいで、
 恭子ちゃんまで異星人にしてしもた」

「気にする事あらへん。うちが自分で選んだ道やし。
 大切なもんなんて多くない方がええわ。
 その方が対象に集中できるしな」

「でも」

「でもやない。それに、最近うち思うんや。
 異星人と人間っちゅぅ考え方自体
 間違うとるんやないかって」


『異星人』と『人間』、私達は異星人で異常な生命体
私達はずっとそう考えて生きてきた

でも、かつて人間だった私は思うのだ
おそらくそれは単に数の問題で、
多数派が人間扱いされているに過ぎない
少数派が『異常』で『障害』だって、
迫害されているに過ぎないのだと


「あえて異星人っちゅぅ言葉使うなら、
 異星人Aと異星人Bの交流なんや。
 どっちが正しいとかそんなのあらへん」


「だから。郁乃は悪ないんや」


私をその腕に抱き締めたまま、郁乃の肩が静かに震える
ぽたり、ぽたりと雫が頭に落ちる


『ありがとな』


何とか聞き取れるほど小さな声は、
か細く震えてかすれていた



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



この世界は生きづらい
幼い頃からずっとそう感じていた

涙ぐましい努力を積み重ねて、
『異星人』は人間社会で擬態し続けてきた
耐え難い孤独に泣きながら

自分で自分を罰し続けた
こんなに世界が生きづらいのは
私が異質なのが悪いんだって
こんな風に生まれてきてごめんなさいって


でも、恭子ちゃんは言う
私と同じ立場になって、私の手を取りながら


『郁乃は悪ないんや』


ああ、ああ
その一言がどれだけ私を救ってくれたか
恭子ちゃんは知らないだろう

異星人のままでいいんだ
別に私は悪くない

今の私達を見れば、大多数の人間は後ろ指を指すだろう
別にそれでも構わない

だって私の隣には
同じ異星人である恭子ちゃんが居てくれるから
他の人なんてどうでもいい



--------------------------------------------------------



こうして、『異星人』赤阪郁乃は、
今も異星人のまま生きている

恭子ちゃんと二人、固く手を繋ぎあいながら


(完)
 Yahoo!ブックマーク
posted by ぷちどろっぷ at 2018年05月15日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
末原ちゃんといくのんのカップリングも良いですね。もうあまあま純愛作品にしか見えないのは自分もだいぶ狂気に染まってるかもしれないですね(・∀・)
Posted by JACKfate at 2018年05月15日 20:59
郁恭のSSをリクエストした者です。
障害を踏まえた上での疎外感と孤独感がとても素晴らしく、最後の赤阪さんの囁きで壊れながらも2人だけの世界で幸せに過ごす所が切なくもヤンデレ感が堪りませんでした。
SSありがとうございました今後も応援させて頂きます。
Posted by at 2018年05月15日 22:51
理性的な末原さんが狂うのは、どこかくるとこがありました

代行には理解できる部分もあってより不気味でした。全く共感できないよりも、少し気持ちが分かる方が怖いです

後半を読むにつれて、紫の所と黒の所がごちゃ混ぜになって、境目が分からなくなり、とても変な気分になったのですが、もしかして故意ですか?
Posted by at 2018年05月15日 23:38
すごく代行に共感できる。
そして闇に引き込むあたり流石、欲深い。
というか色使いがすごく細かくて繊細で好きですね。
ここだ
の部分で黒くなるのが特に印象を受けました。
Posted by at 2018年05月16日 18:19
なんと言えば伝わるのか分かりませんが、障害という言葉で片付けられてしまう人間の裏にもこんな風にその人達の仲間と愛があるのだろうか、と考えさせられました。
2人だけの世界、という言葉はありきたりですがどこまでも深く暗く暖かい言葉だと思います。
Posted by at 2018年05月18日 23:38
もうあまあま純愛作品にしか>
恭子
 「これがあまあまにしか見えんとしたら
  だいぶやられとるな」
郁乃
 「純愛やとは思うけどな〜〜」

疎外感と孤独感>
郁乃
 「まさに表現したかったところなんで
  嬉しいわ〜」
恭子
 「リクエストもろた時に
  『詳しそうやな…これは気合入れんと』と
  思ったんで上げる時ドキドキでしたわ」
郁乃
 「改めて支援ありがとうございました〜〜」

全く共感できないよりも>
郁乃
 「多かれ少なかれ誰しも
  もっとる傾向やと思うわ〜〜」
恭子
 「だからこそ理解されにくい、とも
  言えますけどね。一見異常に見えにくい」
恭子
 「あ、色の奴はわざとです。境界が黒く混ざり合って
  曖昧になっていくんを表現しました」
郁乃
 「気持ち悪なったらごめんな〜〜」
 
闇に引き込むあたり>
恭子
 「そうまでしても仲間が欲しかったんやな」
郁乃
 「普通の人からしたらささやか過ぎる
  願いなんやと思うけど〜〜」

障害という言葉で片付けられてしまう>
恭子 
 「今回取り扱った障害は30人に1人はおるらしいわ。
  でも、自分が障害である事を理解して
  かつ支えてくれる人がおるなんてケースは
  なかなかのレアケースやろな」
郁乃
 「現実の人もこんな風に報われるとええなぁ〜〜」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2018年05月19日 21:32
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/183232709
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
 なんかブログランキング参加してみました。
 押してもらえると喜びます(一日一回まで)。