現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
【咲-Saki-SS:花姫】煌「聖女なんかじゃ、ない」【悲恋】【共依存】
<あらすじ>
二人の積み重ねであるリザベーション。
その存在が鶴田姫子の成長を大きく阻害していると感じ、
白水哩はあえて一時的に離れる道を選ぶ。
「またいつか、同じチームで打ちましょう」
再会を誓うその言葉は、別離の宣言でもあった。
そしてその宣言通り、白水哩はプロの道を選択する。
これにより、二人が再来年元に戻れる保証もなくなった。
当然のように彼女を追いかけるつもりだった鶴田姫子は、
唐突に歩むべき道を見失う。
一人学び舎に残された鶴田姫子は、
瞬く間に壊れていって。
ついでに、もう一人の少女を道連れにした。
<登場人物>
花田煌,鶴田姫子,白水哩
<症状>
・共依存
・悲恋
・自己犠牲
<注意>
・珍しくどうしようもない悲恋の小ネタです
(脳内想定では一応ハッピーエンドまでプロット浮かんでますが
1万文字コースになりそうなのでここで切りました。
最後まで行ったら哩花姫になるお話です)
・カップリングの都合上、
哩姫絶対主義の方は読まない事をお薦めします
<スペシャルサンクス>
・佐賀弁はしもやけさん(@simo_yake_)に監修いただきました。
しもやけさんありがとうございました!
--------------------------------------------------------
不器用過ぎるあの人は
姫子の前から姿を消した
姫子の可能性を潰したくない
なんて、儚い笑顔を見せながら
私だけは知っていた
その行動こそが何よりも
姫子の全てを潰す事を
姫子の目から光は消えた
ただ、ただ
すがれるものを求めて手を伸ばし
たまたまそばに居るだけの私を
捕らえて強く抱き締める
--------------------------------------------------------
人は皆、私の事を聖女と称える
お人好しの殉教者
現代のジャンヌダルクなどと揶揄しながら
違う、私は罪人だ
もし私が本当に聖女なら
今頃姫子は瞳の輝きを取り戻して
あの人に抱き寄せられているだろう
私の名前は花田煌
罪深き果実を口にして
楽園を追われるべき存在
--------------------------------------------------------
聖女なんかじゃ、ない
--------------------------------------------------------
その日も朝から雨だった
どんよりと黒く汚らわしい雲が空を覆い
陰鬱な雨がしとしと降り注いでいる
一人物憂げにため息をついて、
慌てて自分にツッコミを入れた
「おっといけない。ため息などついたら
幸せが逃げて行ってしまう」
「花田煌、元気がモットー!
今日も一日を楽しみましょう!」
独り言が虚しく空にかき消える前に、
日課となったモーニングコールをすべく
彼女の部屋へと歩みを進めた
扉をそっとノックして、一言
できるだけ優しい声音を意識しながら
「……姫子、朝だよ。今日こそ起きよ?」
いつも通り返事はなかった
自然とため息が零れ落ちる
こんな用途では欲しくなかった合鍵を錠に差し込むと、
じめりと湿り気を帯びた部屋に足を踏み入れる
「……」
いつも通り、姫子は布団にくるまっていた
外界から身を守るようにぎゅっと縮こまり
世界を拒絶するかのごとく、
脆弱な布団の鎧に全身を包みこみながら
ため息がまた一つ
ついた瞬間、全身に倦怠感が襲い掛かって
また少し、幸せがどこかに逃げた気がした
「相変わらず、か。これはすばらくない」
部長……もとい、白水先輩に『捨てられて』、
姫子は駄目になってしまった
土台無理だったのだ
姫子を蝕む依存はもはや
彼女を構成する不可欠な要素の一つなのだから
拠り所を失い一人放り出された姫子が、
試練を乗り越えて成長するなんて奇跡は起きるはずもなく
ただただ、独りで立つ恐怖に押し潰されて
やがて部屋から出る事すら困難になってしまった
かけがえのない半身
その片割れから見捨てられてはや数か月
彼女はこうして、世界を拒絶し続けている
(ねえ、姫子。私じゃ、駄目なのかな)
あり得ない戯言を吐きそうになり、
ぐっと唇を噛みしめる
思えば自分も弱くなった
私より10cmも大きい癖に、
私よりちっぽけになって、ひっそりと布団に籠るその姿
そんな姿を見るだけで、目の奥がじんわり熱くなって
思いが雫に変わってしまう
「……っ」
このままでは駄目だ
私は布団を引きはがすべく、
生地を掴んだ指にひときわ力を籠める
動かなかった
相手はろくに運動もしていない病人同然の姫子
なのに、身長差が私に立ちはだかる
なんだか無性に悲しくなって
目尻に涙がたまり始めた
姫子に拒絶されている
結局は私も姫子にとって、
布団の防壁ではばむべき外敵なのだと言われた気がして
稚児じみた癇癪が脳を支配した
「こんっ……の――
全力ではぎ取ってやる
そう考えて、全体重を足に乗せたその瞬間
突然布団が軽くなる
――わぁっ!?」
バランスを崩して倒れこんだ
無様に地べたに這いつくばる私
その上に、姫子と姫子を隔てていた布団が
覆いかぶさってくる
「……え?」
希望の朝が暗転し、闇に包まれるその瞬間
一瞬だけ姫子の顔が見えた
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて
もう二度と取れはしないだろう涙の痕を頬にはりつけながら
ぞっと背筋が凍るほどの無表情で
姫子が私を見つめていた
呆気にとられたその隙に、世界は闇に覆われる
耳元で声が聞こえた気がした
『ごめん。私もう無理やった』
過去形で紡がれたその言葉は、
きっともう取り返しがつかないもので
『やっけん……』
全身を絶望がよじ登ってくるのを感じていると
唇に酷くがさついた何かが触れた
『花田にも。一緒に、堕ちて欲しかと』
すがるような姫子の声
かすれて震えるその声が私の大切な何かを粉々にする
打ち砕かれるその瞬間
もう一人の健全な私が、必死で声を張り上げていた
− 駄目、受け入れないで
それは許される事じゃない −
涙ぐましい抵抗は徒労に終わる
ぎゅうと抱きついてきた姫子の温もりは、
私の葛藤など瞬く間に消し去った
(……暗い。姫子はずっと、こんな世界で生きてきたんだ)
暗闇が境界を取り払い、私達二人を一つに溶かす
希望の光も見えない闇は、絶望も覆い隠してくれて
『姫子がこうしたがるのもわかるな』なんて、
納得せざるを得なかった
そして、闇に安堵してしまったその瞬間
私はひとつの事実を悟る
『ああ、私は今皆を裏切った』のだと
みんなの、あの人の期待を裏切って
姫子の依存先になる事を甘受してしまったのだと
怒り、悲しみ、失望、絶望
ありとあらゆる負の感情が、
弱い私を責め立てる
感情の刃に心を串刺しにされながら
それでも私は叫んでいた
『だったらどうすればよかったの』と
愛しい人が壊れていく
どれだけ笑顔で呼び掛けても、叱咤激励を繰り返しても
彼女から生きる気力がポロポロと零れ落ちていく
彼女の心が見えた気がした
大きな大きな風穴が空いて、隙間からは血が溢れ出していて
その隙間を埋めたいと、大声をあげて泣いている
そんな生活を続けて数か月
回復の兆しはまるで見られなくって
でも特効薬は知っていた
私が依存させてあげれば、心の穴を埋められるって
彼女が唇を重ねてきた時、
道徳に従って振り払うべきだった?
断言できる
もし私が拒絶していれば
姫子はこの世から姿を消していただろう
(そう、姫子を救うにはこれしかなかったんだ……)
そう無理矢理結論付けて、良心の刃を振り払う
なんて、何を言ってもただの言い訳
結局私が醜くて意地汚い泥棒猫である事はわかっていた
だって、一緒に堕ちて欲しいと乞われたその瞬間――
--------------------------------------------------------
私は、確かに喜びを感じていたのだから
--------------------------------------------------------
もし私が本当に聖女なら
こうなる前に、白水先輩に連絡を取る事ができたのだろう
『姫子の人生には、もう貴女が必要不可欠です』
『無理に離れては姫子が壊れます』
『依存しててもいいじゃないですか』
『二人にとって、何が幸せでどう在るべきか。
それは、ほかならぬ二人が決めるべき事です』
そう声高に主張すれば
きっとこうはならなかったはず
なのに私は口をつぐんで、
姫子は壊れて潰れて駄目になった
--------------------------------------------------------
きっと浅ましい打算があった
三年生、姫子と二人で最上級生
ほんのわずかな蜜月だけど、私が姫子を独占できる
いずれ白水先輩の元に帰って行くのだとしても
先輩が不在の間、姫子を支え、立ち直らせたのは私なのだと
せめてもの思い出に、そんな細やかな勲章が欲しくて――
--------------------------------------------------------
――ううん、本当はもっと汚い
--------------------------------------------------------
私は多分知っていた
壊れた姫子が一人で生きて行けるはずなんてなくて
きっと『誰か』を『代用品』にするとわかっていた
--------------------------------------------------------
今、私を腕に抱きながら
姫子はぎこちなく微笑んでいる
瞳の奥にぬぐい切れない恐怖をちらつかせながら
何度も探るように問い掛けてくる
『煌は、私のこつば捨てんよね?』
『死ぬまで、一緒におってくれるよね?』
『依存しても、よかよね?』
姫子を抱く腕に力を籠めて
諭すようにこう返した
「大丈夫だよ。私は姫子を見捨てない」
「どれだけ姫子が駄目になっても。
私だけは姫子のそばにいる」
「依存なら。私も同じ事だから」
姫子の目から恐れが消え去り
キラキラとガラスのように透き通った瞳に光が灯る
輝く瞳に映し出された私の顔は
酷く醜く歪んで見えた
--------------------------------------------------------
ああ、本当はわかっているのです
こんな関係は許されない
本当に姫子の事を想うなら
今すぐ精神病院に収容するべきなのだと
そして私は重大な罪を犯した犯罪者として
彼女の元から追放されるべきなのだと
--------------------------------------------------------
ああ、でもごめんなさい
私は
私も
--------------------------------------------------------
もう
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『北部九州最強の名を冠し続けた新道寺女子、
まさかの予選決勝敗退』
『昨年猛威を振るった二大エースの片翼、
鶴田姫子の欠場が大きく響く結果に』
『インターハイ経験者不在の中、
2年生ながら部長となった友清選手が奮闘するも――』
--------------------------------------------------------
『新道寺女子は残念な結果に終わりましたね』
『んー、まあ白水ちゃんがあんなだし、
なんとなーくこうなる気はしてたけどねぃ』
『白水プロ、ですか?
彼女が何か関係しているんですか…?』
『思いが強すぎる雀士ってのは、
人生まで能力に縛られるのさ。
白水ちゃんがどん底の今、
新道寺がこうなるのは当然さね。知らんけど』
『はぁ』
『結局まだ連動してんだよねぃ、
彼女がプロになった今でもさぁ』
『切り離しちゃ、いけなかったのさ。
例え、人から後ろ指指されようと、な』
--------------------------------------------------------
『今からでもいいからさ、元に戻る事をお勧めするよん』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
この非生産的な関係が、いつまで続くかはわからない
私が姫子を見捨てる事はありえないけど
姫子がどうかはわからないから
白水先輩も気づいただろう
自分達がもはや分離不可能である事に
きっとそう遠くない未来、
姫子を取り戻すためにやってくる――
(……っ)
自分の思考に驚愕した
『取り戻す』とは何様だ
姫子が自分のものになったとでも?
違う、私はしょせん寄生虫だ
二人が離れて隙間ができたのをいい事に、
共生を謳って懐に潜り込んだだけ
彼女に一時的に飼われているだけなんだ
だから、今からもう覚悟はしてる
もし先輩がやってきて、二人が在るべき姿に戻る時
筆舌尽くしがたい悪女として、
業火に焼かれて息絶える事を
(でも、どうか今だけは許して欲しい)
姫子が私にせがむたび、この腕を背中に回す事を
一人沈み込んでいたら、姫子の手が伸びてきた
ほっそりと痩せこけた指が私の頬に添えられて
姫子がいつものように私に詰め寄る
『また一人で考え事しとったやろ』
「ごめん」
『私ん事だけば見て。私ん事だけ考えて』
『煌は、私ん事ば見捨てんとよね?』
恐れがぶり返してきたのだろう
両頬を掴む指がカタカタと小刻みに震えている
震えを包み込むように指を重ね
言葉を染みこませるように囁いた
「うん。私は、何があっても姫子を見捨てないよ」
貴女が、私を捨てるその日まで
(完)
二人の積み重ねであるリザベーション。
その存在が鶴田姫子の成長を大きく阻害していると感じ、
白水哩はあえて一時的に離れる道を選ぶ。
「またいつか、同じチームで打ちましょう」
再会を誓うその言葉は、別離の宣言でもあった。
そしてその宣言通り、白水哩はプロの道を選択する。
これにより、二人が再来年元に戻れる保証もなくなった。
当然のように彼女を追いかけるつもりだった鶴田姫子は、
唐突に歩むべき道を見失う。
一人学び舎に残された鶴田姫子は、
瞬く間に壊れていって。
ついでに、もう一人の少女を道連れにした。
<登場人物>
花田煌,鶴田姫子,白水哩
<症状>
・共依存
・悲恋
・自己犠牲
<注意>
・珍しくどうしようもない悲恋の小ネタです
(脳内想定では一応ハッピーエンドまでプロット浮かんでますが
1万文字コースになりそうなのでここで切りました。
最後まで行ったら哩花姫になるお話です)
・カップリングの都合上、
哩姫絶対主義の方は読まない事をお薦めします
<スペシャルサンクス>
・佐賀弁はしもやけさん(@simo_yake_)に監修いただきました。
しもやけさんありがとうございました!
--------------------------------------------------------
不器用過ぎるあの人は
姫子の前から姿を消した
姫子の可能性を潰したくない
なんて、儚い笑顔を見せながら
私だけは知っていた
その行動こそが何よりも
姫子の全てを潰す事を
姫子の目から光は消えた
ただ、ただ
すがれるものを求めて手を伸ばし
たまたまそばに居るだけの私を
捕らえて強く抱き締める
--------------------------------------------------------
人は皆、私の事を聖女と称える
お人好しの殉教者
現代のジャンヌダルクなどと揶揄しながら
違う、私は罪人だ
もし私が本当に聖女なら
今頃姫子は瞳の輝きを取り戻して
あの人に抱き寄せられているだろう
私の名前は花田煌
罪深き果実を口にして
楽園を追われるべき存在
--------------------------------------------------------
聖女なんかじゃ、ない
--------------------------------------------------------
その日も朝から雨だった
どんよりと黒く汚らわしい雲が空を覆い
陰鬱な雨がしとしと降り注いでいる
一人物憂げにため息をついて、
慌てて自分にツッコミを入れた
「おっといけない。ため息などついたら
幸せが逃げて行ってしまう」
「花田煌、元気がモットー!
今日も一日を楽しみましょう!」
独り言が虚しく空にかき消える前に、
日課となったモーニングコールをすべく
彼女の部屋へと歩みを進めた
扉をそっとノックして、一言
できるだけ優しい声音を意識しながら
「……姫子、朝だよ。今日こそ起きよ?」
いつも通り返事はなかった
自然とため息が零れ落ちる
こんな用途では欲しくなかった合鍵を錠に差し込むと、
じめりと湿り気を帯びた部屋に足を踏み入れる
「……」
いつも通り、姫子は布団にくるまっていた
外界から身を守るようにぎゅっと縮こまり
世界を拒絶するかのごとく、
脆弱な布団の鎧に全身を包みこみながら
ため息がまた一つ
ついた瞬間、全身に倦怠感が襲い掛かって
また少し、幸せがどこかに逃げた気がした
「相変わらず、か。これはすばらくない」
部長……もとい、白水先輩に『捨てられて』、
姫子は駄目になってしまった
土台無理だったのだ
姫子を蝕む依存はもはや
彼女を構成する不可欠な要素の一つなのだから
拠り所を失い一人放り出された姫子が、
試練を乗り越えて成長するなんて奇跡は起きるはずもなく
ただただ、独りで立つ恐怖に押し潰されて
やがて部屋から出る事すら困難になってしまった
かけがえのない半身
その片割れから見捨てられてはや数か月
彼女はこうして、世界を拒絶し続けている
(ねえ、姫子。私じゃ、駄目なのかな)
あり得ない戯言を吐きそうになり、
ぐっと唇を噛みしめる
思えば自分も弱くなった
私より10cmも大きい癖に、
私よりちっぽけになって、ひっそりと布団に籠るその姿
そんな姿を見るだけで、目の奥がじんわり熱くなって
思いが雫に変わってしまう
「……っ」
このままでは駄目だ
私は布団を引きはがすべく、
生地を掴んだ指にひときわ力を籠める
動かなかった
相手はろくに運動もしていない病人同然の姫子
なのに、身長差が私に立ちはだかる
なんだか無性に悲しくなって
目尻に涙がたまり始めた
姫子に拒絶されている
結局は私も姫子にとって、
布団の防壁ではばむべき外敵なのだと言われた気がして
稚児じみた癇癪が脳を支配した
「こんっ……の――
全力ではぎ取ってやる
そう考えて、全体重を足に乗せたその瞬間
突然布団が軽くなる
――わぁっ!?」
バランスを崩して倒れこんだ
無様に地べたに這いつくばる私
その上に、姫子と姫子を隔てていた布団が
覆いかぶさってくる
「……え?」
希望の朝が暗転し、闇に包まれるその瞬間
一瞬だけ姫子の顔が見えた
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて
もう二度と取れはしないだろう涙の痕を頬にはりつけながら
ぞっと背筋が凍るほどの無表情で
姫子が私を見つめていた
呆気にとられたその隙に、世界は闇に覆われる
耳元で声が聞こえた気がした
『ごめん。私もう無理やった』
過去形で紡がれたその言葉は、
きっともう取り返しがつかないもので
『やっけん……』
全身を絶望がよじ登ってくるのを感じていると
唇に酷くがさついた何かが触れた
『花田にも。一緒に、堕ちて欲しかと』
すがるような姫子の声
かすれて震えるその声が私の大切な何かを粉々にする
打ち砕かれるその瞬間
もう一人の健全な私が、必死で声を張り上げていた
− 駄目、受け入れないで
それは許される事じゃない −
涙ぐましい抵抗は徒労に終わる
ぎゅうと抱きついてきた姫子の温もりは、
私の葛藤など瞬く間に消し去った
(……暗い。姫子はずっと、こんな世界で生きてきたんだ)
暗闇が境界を取り払い、私達二人を一つに溶かす
希望の光も見えない闇は、絶望も覆い隠してくれて
『姫子がこうしたがるのもわかるな』なんて、
納得せざるを得なかった
そして、闇に安堵してしまったその瞬間
私はひとつの事実を悟る
『ああ、私は今皆を裏切った』のだと
みんなの、あの人の期待を裏切って
姫子の依存先になる事を甘受してしまったのだと
怒り、悲しみ、失望、絶望
ありとあらゆる負の感情が、
弱い私を責め立てる
感情の刃に心を串刺しにされながら
それでも私は叫んでいた
『だったらどうすればよかったの』と
愛しい人が壊れていく
どれだけ笑顔で呼び掛けても、叱咤激励を繰り返しても
彼女から生きる気力がポロポロと零れ落ちていく
彼女の心が見えた気がした
大きな大きな風穴が空いて、隙間からは血が溢れ出していて
その隙間を埋めたいと、大声をあげて泣いている
そんな生活を続けて数か月
回復の兆しはまるで見られなくって
でも特効薬は知っていた
私が依存させてあげれば、心の穴を埋められるって
彼女が唇を重ねてきた時、
道徳に従って振り払うべきだった?
断言できる
もし私が拒絶していれば
姫子はこの世から姿を消していただろう
(そう、姫子を救うにはこれしかなかったんだ……)
そう無理矢理結論付けて、良心の刃を振り払う
なんて、何を言ってもただの言い訳
結局私が醜くて意地汚い泥棒猫である事はわかっていた
だって、一緒に堕ちて欲しいと乞われたその瞬間――
--------------------------------------------------------
私は、確かに喜びを感じていたのだから
--------------------------------------------------------
もし私が本当に聖女なら
こうなる前に、白水先輩に連絡を取る事ができたのだろう
『姫子の人生には、もう貴女が必要不可欠です』
『無理に離れては姫子が壊れます』
『依存しててもいいじゃないですか』
『二人にとって、何が幸せでどう在るべきか。
それは、ほかならぬ二人が決めるべき事です』
そう声高に主張すれば
きっとこうはならなかったはず
なのに私は口をつぐんで、
姫子は壊れて潰れて駄目になった
--------------------------------------------------------
きっと浅ましい打算があった
三年生、姫子と二人で最上級生
ほんのわずかな蜜月だけど、私が姫子を独占できる
いずれ白水先輩の元に帰って行くのだとしても
先輩が不在の間、姫子を支え、立ち直らせたのは私なのだと
せめてもの思い出に、そんな細やかな勲章が欲しくて――
--------------------------------------------------------
――ううん、本当はもっと汚い
--------------------------------------------------------
私は多分知っていた
壊れた姫子が一人で生きて行けるはずなんてなくて
きっと『誰か』を『代用品』にするとわかっていた
--------------------------------------------------------
今、私を腕に抱きながら
姫子はぎこちなく微笑んでいる
瞳の奥にぬぐい切れない恐怖をちらつかせながら
何度も探るように問い掛けてくる
『煌は、私のこつば捨てんよね?』
『死ぬまで、一緒におってくれるよね?』
『依存しても、よかよね?』
姫子を抱く腕に力を籠めて
諭すようにこう返した
「大丈夫だよ。私は姫子を見捨てない」
「どれだけ姫子が駄目になっても。
私だけは姫子のそばにいる」
「依存なら。私も同じ事だから」
姫子の目から恐れが消え去り
キラキラとガラスのように透き通った瞳に光が灯る
輝く瞳に映し出された私の顔は
酷く醜く歪んで見えた
--------------------------------------------------------
ああ、本当はわかっているのです
こんな関係は許されない
本当に姫子の事を想うなら
今すぐ精神病院に収容するべきなのだと
そして私は重大な罪を犯した犯罪者として
彼女の元から追放されるべきなのだと
--------------------------------------------------------
ああ、でもごめんなさい
私は
私も
--------------------------------------------------------
もう
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『北部九州最強の名を冠し続けた新道寺女子、
まさかの予選決勝敗退』
『昨年猛威を振るった二大エースの片翼、
鶴田姫子の欠場が大きく響く結果に』
『インターハイ経験者不在の中、
2年生ながら部長となった友清選手が奮闘するも――』
--------------------------------------------------------
『新道寺女子は残念な結果に終わりましたね』
『んー、まあ白水ちゃんがあんなだし、
なんとなーくこうなる気はしてたけどねぃ』
『白水プロ、ですか?
彼女が何か関係しているんですか…?』
『思いが強すぎる雀士ってのは、
人生まで能力に縛られるのさ。
白水ちゃんがどん底の今、
新道寺がこうなるのは当然さね。知らんけど』
『はぁ』
『結局まだ連動してんだよねぃ、
彼女がプロになった今でもさぁ』
『切り離しちゃ、いけなかったのさ。
例え、人から後ろ指指されようと、な』
--------------------------------------------------------
『今からでもいいからさ、元に戻る事をお勧めするよん』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
この非生産的な関係が、いつまで続くかはわからない
私が姫子を見捨てる事はありえないけど
姫子がどうかはわからないから
白水先輩も気づいただろう
自分達がもはや分離不可能である事に
きっとそう遠くない未来、
姫子を取り戻すためにやってくる――
(……っ)
自分の思考に驚愕した
『取り戻す』とは何様だ
姫子が自分のものになったとでも?
違う、私はしょせん寄生虫だ
二人が離れて隙間ができたのをいい事に、
共生を謳って懐に潜り込んだだけ
彼女に一時的に飼われているだけなんだ
だから、今からもう覚悟はしてる
もし先輩がやってきて、二人が在るべき姿に戻る時
筆舌尽くしがたい悪女として、
業火に焼かれて息絶える事を
(でも、どうか今だけは許して欲しい)
姫子が私にせがむたび、この腕を背中に回す事を
一人沈み込んでいたら、姫子の手が伸びてきた
ほっそりと痩せこけた指が私の頬に添えられて
姫子がいつものように私に詰め寄る
『また一人で考え事しとったやろ』
「ごめん」
『私ん事だけば見て。私ん事だけ考えて』
『煌は、私ん事ば見捨てんとよね?』
恐れがぶり返してきたのだろう
両頬を掴む指がカタカタと小刻みに震えている
震えを包み込むように指を重ね
言葉を染みこませるように囁いた
「うん。私は、何があっても姫子を見捨てないよ」
貴女が、私を捨てるその日まで
(完)
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184185960
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184185960
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
いつかの時がどう来るのか、楽しみ過ぎます
なんか新しい世界が開けような気がします
くっつき直した後の二人の行動次第で花田のその後が変わりそうです。いつかの淡照菫のようになれないかと思いましたが、それはそれで闇と病みが深くなる…。
その先の話しも見てみたいですね。
この後どうなるのでしょうか。壊れてしまった姫子よりもさらに深く致命的に壊れてしまうような気がしてなりません…
それでぷちどろっぷさんにSSを書いて頂きたいです。
内容は照咲のドロドロの共依存です。
宮永照さんが宮永咲さんを独占したいが為に両親を仲悪く別居するよう細工して幼い咲さんを壊して依存状態にして別れる、咲さんに高校麻雀大会に出るように仕向けて宮永照さんと出会って取り返しがつかないくらい重症の依存させて宮永咲さんを未来永劫手に入れる。
その後社会から離れた所で二人っきりでドロドロに愛し合いながら暮らす。
と言ったお話でお忙しい中かもしれませんがぜひお願いします。
願わくば続きを見たいです。