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【咲-Saki-SS:久】咲「初心者にもできる催眠術」【ヤンデレ】【狂気】【洗脳】【R18】_SIDE咲

<あらすじ>
夏の寝苦しさに耐えかねた竹井さんが、
軽率に宮永さんに催眠してもらうお話。

咲「このお話の私視点です」
久「真相編でもあるわね」


<登場人物>
宮永咲,竹井久

<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・共依存
・異常行動
・精神破壊
・洗脳
・催眠

<その他>
・割とそこはかとなく性的な表現を含みます。
 苦手な方や未成年の方は読むのをお控えください。



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催眠術を知ったのは、確か小学生の頃

きっかけは取るに足らないもので
確かテレビの番組でやっていたんだと思う
陳腐でありきたりなその番組に、
私は酷く夢中になった

誰かを意のままに動かしたかったから?
支配して縛りつけたかったから?
違う
私は最初から知っていた
術師の人が言っていたから
催眠術は対象との信頼関係が重要だって

一番大好きなお姉ちゃんとすら、
友好な関係を築けない私では
他人に術を掛けるなんてできるはずもなくて
なのに夢中になったのは
他ならぬ自分に術を掛けるため

思いを、感情を、感覚を
意のままに操れるというのなら
どうかこの苦しみを消し去りたくて


毎日のように暗示を掛けた
音声も、メトロノームも、振り子も、渦巻きの映像も
ありとあらゆる催眠を試した

『私は寂しくなんかない』
『苦しさも、悲しさも、全部忘れて綺麗になくなる』
『だから独りぼっちでも大丈夫』
『きっと笑顔で生きていける』

無意識にそう語り掛けるたび
心は裏腹にどんどん重たく沈んでいく
その重たさに耐えかねて
より一層、無意識の自分に叫び続けた


そんな悪循環を繰り返して数か月
私はようやく真実を悟る

そう、どれだけ頑張っても効くはずがないんだ
だって私は――



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――誰よりも、自分に心を許していないのだから




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『なーんか最近、寝つきが悪くて眠れないのよね』


相談を持ち掛けられた時、
胸がざわついたのを覚えている

部長はきっと、単なる世間話として
話を振ったに過ぎないのだろうけれど
私にとっては、千載一遇の好機だったからだ


『あ、そうだ!催眠術とかどうでしょう!』


突拍子もなく、さも今閃いたかのように装って
私はそう部長に告げる

胸では早鐘が打ち鳴らされていた
お姉ちゃんはおろか、
自分すら信じられず使えなかった催眠術
それが部長に使えるのか、
どうしても試したくなってしまったから

もし部長に効いたなら
部長が私に心を許してくれてる事の証明になる
効果なんて二の次で
その事実がどうしても欲しかった



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部長はあっさり催眠に落ちた
あまりにも簡単に落ちるから、
正直演技しているのかと疑った程に

でもよくよく考えてみれば
当たり前なのかもしれない
催眠に掛かりやすい人の特徴、それは
集中力があって、想像力があって、そして何より――


――誰かに依存、しやすい人


壊れた者だからこそ持つ嗅覚か、
私は同類の匂いに敏感だった
仲間を求めるその鼻は
人に囲まれている部長から、孤独の匂いを嗅ぎ取った

それは私と同じ匂い
家族との離別を経験して
必要な時期に十分な愛情を注いでもらえなかった者の


『沈み切っちゃったね。真っ暗な心の底。
 部長は全部私にさらけ出しちゃった。
 私に心を許しちゃったの』

『でも、気持ちいいよね。嬉しいよね。
 私の声が部長の全部に広がっていく。
 きもちいい、もっと聞きたい、幸せ、好き』


促してもいないのに、部長の唇がたどたどしく動く
漏れ出した言葉は『しあわせ』

催眠の深海に自らを漂わせて
そうこぼす部長の顔は、
いつもよりずっと幼く見えた

思う
もしかしたら『こっち』こそが、
本当の部長なのかもしれない
強くならざるを得なくって、くせ者の仮面を貼りつけて
愛を求める幼いままの自分はひた隠して


(でも、だとしたら)

(部長は、私には仮面を外してくれたって事だよね?)


ぞくり、と背筋を官能が撫で上げる

私の知る限り誰よりも頼もしくて、
誰よりも大人びていて、
誰より底が知れない部長

そんな部長が、まるで子供みたいに惚けた笑顔を浮かべて
私に心を剥き出しにしている
その事実が、涙が出るほど嬉しかった


『欲しい』


欲望と理性がせめぎ合う

今、無防備な姿をさらす部長に、
私の愛情と暗示を溢れんばかりに注ぎ込んだら
部長は受け入れてくれるだろうか

駄目だ
部長は私を信用して心を委ねてくれている
それだけでもう十分だ
余計な事をして関係を壊すべきじゃない

でも、でも

そもそも、もし私の暗示を部長が嫌がるのなら
単に拒絶されるだけの事
催眠術のせいで部長を
洗脳してしまうなんて事はないのではないか

ほんのちょっと誘導があったとしても
部長が本気で嫌だったなら
きっと、きっと催眠術は効かないはずだから

だったら

(ちょっとくらい……誘導、しちゃってもいいよね?)


『大丈夫だよ。部長が嫌がる事なんて何もしないから。
 ただ、私で頭をいっぱいにして。
 私できもちよくなって。私で幸せになって。
 もっと、もっと、もっと、もっと』


『私で』きもちいい
『私で』しあわせになる
『私の』声が心地いい


『私の』『私の』『私の』『私の』


優しい言葉、その中に甘い毒を一さじ加える
一つ一つは少しずつ、でも確実に注ぎ込む

やがて、部長の体がヒクつき始めて
口の端からだらしなくよだれが垂れる
指でよだれを拭き取ると、口に咥えながら私は告げる


『これ以上は次のお楽しみ』


慎重に進めよう
一度でも部長に不審がられたら
全てが水の泡になってしまうのだから



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『これ以上は次のお楽しみ』

その暗示はしっかり効いたのだろう
部長は次の日も催眠される事をせがんてきた

ごくり、とつばを飲み込みながら
平静を装いつつ部長をベッドに横たえる
リラックスしてまぶたを閉じる部長とは裏腹に、
私は一人緊張していた

催眠に積極的な今のうちに、
部長の心に根を張ってしまいたい

だから『落ちる』ためのキーワードを準備した
いつでもどこでも、部長を簡単に
催眠状態に落とせるように

これが実現できたなら、部長は私の手に落ちる


『私が、「部長、沈んでください」って言ったら。
 部長はすぐに催眠状態になって、
 「ここ」に落ちて来られるようになるよ』

『そして。「部長、浮き上がってください」って言ったら。
 すぐに覚醒できるようになる』

『じゃあ早速、癖をつけていこうね』


何度も何度も念入りに
心にくさびを打ち込んでいく

落としては浮き上がらせ、浮き上がらせては落とし
催眠に対する抵抗力を削いでいく

酷く危険な行為だった

催眠癖をつける、それは言い換えれば、
心の防壁を薄くして、無意識にアクセスしやすくする事

癖をつけられた人間は、
普段の生活でも他人の影響を受けやすくなって
意志が薄弱になっていく

それは催眠術における禁忌、頭では理解していたけれど
もう私の理性は溶け落ちていた


許されざる行為、でも部長がそんな事を知るはずもなく
あまりにも無防備に、心の外壁を削らせてくれる


(……これ、もう行けるんじゃないかな)


邪悪な欲望が頭をもたげる
抵抗力を削いで、思考力を削ぎ落として
剥き出しの心をさらけ出す部長


(今の部長なら、効くんじゃないかな)


もっと、酷い暗示でも


例えば、『私自身が好きになる』とか
似たような誘導は繰り返してきたし、
少しずつ混ぜ込んでいけば


(……ううん、まだ)


まずは催眠の虜にしよう
落ちるのが当たり前になって
もう私の催眠から逃れられなくなるように


「部長、沈んでください」
「部長、浮き上がってください」

「部長、沈んでください」
「部長、浮き上がってください」

「部長、沈んでください」
「部長、浮き上がってください」


……


「部長、沈んでください」
「部長、沈んでください」
「部長、沈んでください」


(よし、これで100回目。これだけやれば十分かな)


たっぷり3時間は掛けた後、部長をゆっくりと揺り動かす
まぶたを開いた部長の瞳は、どこか虚ろに澱んでいた
現実と夢の境をたゆたうように、
間延びした声で部長はこぼす


「なんかまだふわふわしてるわ」

「すいません、ちょっと長くやり過ぎちゃったかも」


とろんとした目で時計を確認すると、
部長は目を白黒させた


「え、3時間!?そんなに経ってたの!?
 全然気づかなかったんだけど!」

「ちょっと念入りにやっちゃったので」

「あれ?でも昨日は1時間くらいで終わってなかった?」

「あ、はい。今日は次回以降
 短縮できるように下準備してましたから。
 その分、明日以降はもっと短くできますよ」


『もっと短くできる』、そう告げた瞬間
部長の眉根がわずかに寄った


「私としては別に短縮しなくてもいいけどねー。
 かかってる間は気持ちいいし」


心の中でこぶしを握る
成功だ、部長はもう催眠に溺れかけている
この調子で繰り返していけば、
特に理由がなくても催眠をせがむようになるだろう

落とすのはその時だ
その時こそ、部長を私の手の中に

そう密かに企む私は、
まるで気づく事はなかった

自分こそ、催眠の魔の手に蝕まれている事に



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その日はあっけなくやってきた
催眠を始めてから1か月
部長は特に目的もなく、ううん、
催眠される事だけを目的に、私に行為をせがんできた


「ねえねえ、催眠してくれない?」

「いいですよ、いいですけど……
 暗示、何をかければいいんだろ」

「内容はこの際お任せするわ」


「わかりました!じゃあ、『部長、沈んでください』」


途端、部長が空っぽになる
頭の中を真っ白にして、全てを私に支配されて
なのに、幸せそうに締まりのない笑顔を見せている


興奮に内ももがぶるっと震えた


ついに来た
暗示の内容を指定されない催眠
内容は私が決めてよくて、部長はそれを拒めない
だって『催眠して欲しい』とねだったのは
部長の方なのだから


何にしようか、できるだけ取り返しのつかないもの
でも部長に拒絶されないギリギリの内容

ああそうだ、これにしよう
もし部長が受け入れてくれたなら
これからの催眠がぐっと楽になる


『じゃあ、暗示掛けるね。これから部長は、
 私が「覚えちゃダメ」って言った暗示を、
 覚えてられなくなるよ』

『あ、でも安心してね。今までみたいに、
 部長が本気で嫌だってなりそうな暗示は
 ちゃんと毎回確認取るから』

『部長はこの暗示、受け入れてくれる?
 受け入れてくれたらもっともっと気持ちよくなれるよ。
 イエスか、それともイエスで答えて?』

「……イエス」

『ありがと。じゃあ早速。
 今日の暗示は「覚えちゃダメ」だよ?
 無意識には刻み込まれるけど、
 思い出す事はできないからね?』

『はい、じゃあ部長、「浮き上がって」!』


唐突に心の深淵から引っ張り出された部長は、
目の光を失ったまま、
恨めし気に私をじとりとねめつける


『ちょっとー、一気に引き上げないでってば」

「ご、ごめんなさい。でもちょっと
 確認しておきたかったので」

『何を?」

「ええと、部長。
 今私が部長に掛けた暗示の内容、
 覚えてますか?」

『……ん?もう何か暗示掛けたの?」

「あ、はい。頭がスッキリするって
 暗示だったんですけど、
 その割になんだかぼんやりしてたので」

「ちょっと催眠を深くし過ぎたかなって」

『うーん、確かにスッキリって感じではないわね。
 むしろ頭にもやがかかってるような……」


成功だ

これでもう、部長は自分に
掛けられた暗示を覚えていられない

もう、拒絶される事を怖がる必要はなくなった
拒まれても忘れさせちゃえばいいんだから

何より、こんな暗示を許容してくれるのなら、
よっぽど変な内容じゃない限り、
部長は受け入れてくれるだろう


「じゃあもう一回やりますね。
 『部長、沈んでください』」


再び部長は埋没する
私は結果に満足すると、
今度こそ本当に頭がすっきりする暗示を掛けて
何事もなかったように部長を起こした



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掛けた暗示を覚えられない
さらには部長が一切拒絶しない事も合わさって
私はどんどん狂っていく


『部長、もうすっかり催眠が大好きになったよね。
 その状態、できれば継続したいよね?』

『だからね、こうしよ?
 部長は催眠が掛かってなくても、
 私の声を聞いただけで幸せな気持ちになる。
 私の顔を見ただけで嬉しくなるの。
 あ、でもこの暗示は「覚えちゃダメ」だよ』


……


『部長、気持ちいいの大好きだよね。
 もっともっと気持ちよくなりたいよね』

『もっと良くなる方法があるよ。
 心も体も溺れるの。ドロドロのグチャグチャに』

『これから部長は、私に催眠されるだけで、
 お腹の奥がじゅわって熱くなるよ。
 すごくやらしい気持ちになる。
 でもね、それがすっごくキモチいい』

『興奮して、大好きな私を襲いたくなっちゃうくらい。
 あ、もし我慢できなくなったら襲っていいよ?』

『なんて、ちょっと嫌な言い方だったね。
 部長が我慢できるはずないもん。
 うん、部長は性欲を我慢できないもんね』

『部長は私を襲って食べちゃう。これは暗示。
 暗示だから仕方ないよ。
 好きなだけ私を食べていいんだよ?』

『でも、この暗示は絶対「覚えちゃダメ」』


……


『部長、私の事好きだよね。
 声も、体も、心も、何もかも好きだよね。
 だから、ちょっとワガママな暗示掛けてもいいかな』

『私が「できますか?」って聞かれたら、
 「できる」って答えて欲しいんだ』

『大丈夫、本当に部長にできないような
 お願いはしないから』

『でもこれだけだと部長が損だよね。
 「できる」って言えたら、
 すっごくキモチよくなるようにしようか。
 それだけで脳がトロトロに蕩けて、
 イッちゃった後みたいに幸せになる』

『私の言う事を聞いてくれればくれるほど、
 部長はキモチよくなれるよ。
 どんどん、どんどんキモチよさは酷くなっていく。
 だからいっぱい頑張ってね?』

『あ、もちろんこの暗示は「覚えちゃダメ」だよ』


……


『……部長、進路は大学進学にするみたいだね。
 でも気づいてる?それ、私と離れ離れになるんだよ?』

『私は嫌。部長と離れたくないよ。
 私と一番長く一緒に居られる進路を選んで欲しい。
 部長だって独りぼっちは嫌でしょ?』

『大学進学は絶対ダメ。プロになって。
 それで私をマネージャーにするの。
 他の人は切り離しても、私だけは絶対に捨てちゃ駄目』

『そしたらずっと催眠し続けてあげるから。ね?
 この暗示は「覚えちゃダメ」』


……


『覚えちゃダメ』な暗示を繰り返していく
部長をどんどん作り変えていく

どんなに浅ましくて卑怯な暗示でも、
やっぱり部長が拒む事はなくて
嬉々として部長を壊し続けた

暗示の内容が病的になっていく
なのに、部長は拒んでくれなくて
底が見えないのをいい事に
私はどこまでも深く沈んでいく



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自分が壊れ始めてる事に気づいた時には
もう止められなくなっていた

部長を縛り付けないと気が済まない
暗示を掛ければ掛けるほど、
理想との些細なズレが気になっていく

もっと、もっと、もっと、もっと
部長を作り変えたくて仕方ない


ああほら、また部長が誰かに色目を使われてる
やだ、そんな優しい目でその子を見ないで
私だけを見てて欲しい
そうだ、そういう風に作り変えちゃおう


私以外の人と楽しそうに麻雀を打たないで
わかってるよ、お金を稼ぐためだって事は
でも嫌なの、久さんの麻雀は人を惹きつけるから
悪い虫が寄ってきちゃうよ

そうだ、私の能力をあげちゃおう
雀士の力は思いの力
壊れちゃうくらい強く暗示を掛ければ
久さんも嶺上開花できるようになるよね?
久さんは私のものだって、皆にわかってもらうんだ


ねえ、なんでここまでしても、
久さんは人に囲まれちゃうの?
もう傍から見ても普通におかしい人なのに
まだ壊し足りないの?

そうだ、もう発言も制限しちゃおう
事務連絡で使うかもだから
50文字までは許してあげる



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『いいよね?』




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『もちろん!』




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人形みたいになった久さんと
人間を人形のように改造し続ける私

どっちがより狂ってて、
より救いようがないんだろう

答えはわからないけれど
周りから客観的に眺めてみれば、
どちらも手遅れらしかった



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でも、そんな事はどうでもいい
だって今私は幸せだから

あの日私を蝕んでいた苦痛
もうまるで感じない
お姉ちゃんを、家族を求めて泣いた私は
もうどこにも存在しない

だって久さんが居てくれるから
自分の事はまるで信用できない私だけれど
久さんの愛は信用できる



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でも、時々考えちゃうんだ




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久さんは、私の暗示をすべて受け入れてくれた


もちろん誘導も洗脳もあったけれど
歪んで狂った私を全部
そっくりそのまま受け入れてくれた


でも、だとしたら
そこまで委ねてくれるくらい、
私の事を愛してくれていたのなら


もっと


普通に、結ばれる事もできたんじゃないかなって



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なんて、もう遅すぎるけど




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そして、催眠術を掛け始めてから数年が経過した今
私達は自分達以外全ての縁を断ち切って
長野の貸しマンションに引きこもっている

催眠術を酷使して、思いを極限まで尖らせた久
そんな久に太刀打ちできる雀士なんてそう多くはなく
きっちり数億円を稼ぎ切った後、
久はあっさりとプロ麻雀界を引退した

あれ程までに愛して、人生に根差していた麻雀すらも
今の久にとっては大した意味を持たなくて
久の中にはもう私しか残ってなくて

そして私達はただ、ただ、二人絡み合いながら
終わる事のない愛撫を繰り返している


『ねえさき……いま、わたしはしずんでる?』

「ううん、今は浮き上がってるはずだよ?」

『そうよね……でも、どうしてかしら。
 ふわふわして、ぼーっとして、
 いつものそこに、いるみたい』


長期にわたり催眠を掛け続けられた久は、
ついに現実世界と催眠世界の区別がつかなくなってしまった
トロけた廃人のような表情で
みっともなくよだれを垂らし続けながら、
私の肌にむしゃぶりついてくる

麻薬の中毒者もこんな感じなのかな
なんて、どうしようもなく壊れた久を
ぼんやりと眺めていたら
どうしてだろう
涙が後から後からぼたぼた落ちて
嗚咽を止められなくなってしまった


『さき、どうしたの?どこかいたいの?』

「胸が」

『びょういんいく?』

「そういう、痛みじゃないんだよ」


きっと、壊れる前の久だったなら
私が何も言わなくたって、全てを理解しただろう

改めて気づかされる
久はもうこの世に居ないのだと
私が壊して消し去った
今ここに転がってるのは、私が好き勝手に作り変えて
原形すらとどめなくなった、ただのガラクタ


「……ねえ、久。なんで久は、
 拒絶してくれなかったの?」

『なにを?』

「私が、誘導し始めた時。
 久を、作り変えようとし始めた時。
 久が拒否してくれていれば」


「久は、こんなにならなかったのに」


わかってる、酷い言い草だって
久をこんなにしたのは私
信用して心を委ねてくれた久を、
手酷く裏切ったのは私

私の存在を受け入れて欲しくて、
孤独の苦しみを捨て去りたくて

絶対に離れて行かない家族、
それがどうしても欲しくって


こうなってしまった今ならわかる
私のこの欲望は、叶えてはいけない類のものだった
きっと私は、どれだけ苦しく寂しかろうと
一人孤独に生きて行くべき人間だった

でも、私はこの通り社会不適合者だから
欲望を抑えるなんてできなくて


だから、久が歯止めになるしかなかったのに


あまりに的外れな詰問に
思考の鈍った久はきょとんとした顔で
私を覗き込んだ後

まどろむように、とろんと目を細めつつ
ゆっくり、ゆっくり口を開いた


『だって――』



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『こうすれば、さきをひとりじめできるでしょ?』




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にたり、久がしどけなく笑う

その笑顔は、どこか背筋が泡立つような
まるで心臓を鷲掴みにされるような凄みを伴っていた

息が詰まる、鼓動が不規則に高鳴っていく
もしかして私は、何か考え違いをしていたのではないのか

主導権を握ってるとばかり思ってた
実際そうだったし、
そのせいで久は大好きな麻雀も手放して
人望も知性も、何もかも手放して
何もかも私の思い通りに――


――待って。『それ』、本当に私が望んだもの???


『あんしんして。わたしは、
 さいみんなんて、かけてないから』


ゾクリ、今度こそ背筋が凍る
脳裏によぎった疑惑、久は一瞬にして看破して見せた
でも、だとしたら、
どうして、どうして、どうして、どうして!?


『さき。さいみんをかけたのは、あなた』


舌っ足らずの久の言葉が、私の胸を鋭く貫く
その一言で理解した


そうか、私は久に催眠を掛けながら――



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――自分に、催眠を掛けさせられてたんだ




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咲に催眠を掛けられたその翌日
私は催眠術についての情報をかき集めた

別に咲に不信を抱いたわけじゃない
ただ、

『他人に掛けられるなら、
 自分にだって掛けられるんじゃない?』

自分で思うがままに催眠できれば、もっと有効活用できる
そう考えるのはごく自然な発想だった


結果、私は自己暗示なるものを知る
その過程で、催眠術は洗脳に用られるケースがある事も知った
まあそれはそうだろう
催眠商法なんて言葉がある位なのだから


あの日、咲はこう言った
『本人が嫌がる事は暗示できない』と

でも、少し手を加えるだけで
『本人が嫌でなくなるように』
暗示する事もできるのではないか

そもそも最初の暗示からしてそうだ
『寝苦しいという負の感覚を奪い取る』
それができるなら何でもやりたい放題だろう
拒絶されそうな暗示でも、受け入れたくなるように
誘導していけばいいのだから

『咲の声が気持ちいい』

『咲の声が好きになる』

『声を聞くだけで幸せになる』

『愛を囁かれても悪い気がしない』

『愛を囁かれて気持ちいい』

『愛を囁かれるのが好きになる』

『愛を囁かれると幸せになる』

『咲に愛されて幸せになる』

『咲の事が好きになる』

この程度の洗脳なら十分起こりえる事で
事実、咲は初回からその片鱗を匂わせていた


『気持ちいいよね。嬉しいよね。
 私の声が部長の全部に広がっていく。
 きもちいい、もっと聞きたい、幸せ、好き』

『大丈夫だよ。部長が嫌がる事なんて何もしないから。
 ただ、私で頭をいっぱいにして。
 私できもちよくなって。私で幸せになって。
 もっと、もっと、もっと、もっと』


ぞくぞくぞく、と脳髄を甘い痺れが駆けのぼる
あれはきっと偶然じゃない
咲は、意識的に私を依存させようとしてる


(だったら私はどうしようかしら)


多分、咲が求めてるものは私と同じ
まずは催眠の虜にして、依存させて、離れられなくして
そして最終的に、私を束縛したいのだろう


なら答えは簡単だ
私はただ、咲に全てを委ねればいい

咲の催眠を全肯定して
なんでも願った通りになると思い込ませて
欲望の枷を引き千切ってやればいい

それだけで、咲は私に夢中になって
私を思う存分貪り壊す



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『ほら、もっと好きになって?そしたら、
 もっともっと、きもちいいから。
 口に出してみるといいよ。その方がもっときもちいい』

『す…き……』

『もっと言って?そしたらそれが本当になるから』

『すき、すき……さきのこえ、すき。だいすき』

『いいよ、その調子。もう完全に堕ちちゃったね。
 嬉しいね。きもちよくて、すきで、幸せだね』

『うん。すき』


『さき。だいすき』



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ほんの一さじ、猛毒を混ぜた

『さき。だいすき』

声が好きなのと咲を好きなのを
混同し始めているのだと

それほどまでに催眠は上手くいっているのだと
咲が調子に乗るように

そして期待した通り
咲の目の中に狂気が生まれる



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「ねえねえ、催眠してくれない?」

「いいですよ、いいですけど……
 暗示、何をかければいいんだろ」

「内容はこの際お任せするわ」



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全ての制御を咲に委ねた
催眠自体を求めていたのも事実だけれど
それ以上に、咲に溺れて欲しかった

好きな暗示を掛けていい
そう悟った咲の目が妖しく輝く

『掛かった』、そう思った

きっと、咲は犯罪スレスレの暗示を掛ける
それさえ全肯定してやれば、
咲は自己暗示に掛かるだろう

『私は咲を拒まない』
『私が拒まなければ何をしてもいい』
『だってそれは、結果として
 私も受け入れた事なのだから』



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『だからどんどん、私を好きな風に作り変えていい』




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「ええと、部長。今私が部長に掛けた暗示の内容、
 覚えてますか?」

『……ん?もう何か暗示掛けたの?」



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頭はハッキリしなかったけど
何をされたのかはすぐにわかった
『暗示の内容を覚えられない暗示』だ

それすなわち、咲が後ろ暗い暗示を
掛けようとしている事の証左なわけで
咲が完全に罠にかかった事を確信する



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いいわ、好きなように私を壊しなさい

貴女がどんな酷い暗示を掛けても
貴女を全肯定してあげる
その代わり、貴女の人生は私がもらうけど、ね

善良で、小心者で、一途な貴女は――




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自分が壊してしまった私を、捨てる事はできないでしょう?




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日に日に自分が狂っていくのを感じていた

どんな暗示をされたかはなんとなくわかる
これまで固執していたものを、
まるで路傍の石ころみたいに無価値に感じたりして
ああ、順調に作り変えられてるなって嬉しくなった


咲は私が予想していた以上に、
私を壊す事に喜びを見い出している
私が催眠をせがむと、どろりと濁った笑みを湛えて
今にも達しそうな程に声を上擦らせながら囁いてくる


『我慢だよ、我慢。できないだろうけど、我慢』


急速にお腹の奥がぐつぐつと煮えたぎってきて
ぬちゅり、と粘る愛液が太ももを垂れ落ちて行く
すごいわね、ただ思い込むだけで、
ここまで人って狂えるんだ


でも、もっと、もっと壊して?



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そしてそれから数年後
咲は私が願った通り、私を廃人にまで貶めた

もはや夢と現実の区別もつかない私をかき抱きながら
咲はボロボロ涙をこぼす

ああ、本当にチョロくて愛おしいんだから
そんなに今の私が気に入らないなら――



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昔の私に戻れるように
催眠で作り変えればいいだけなのに、
ね?




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舌っ足らずにたどたどしく語られたそれは
私を憤怒させるに十分だった


「ふーん。そうだったんだ。
 久の考えはよーくわかったよ」


つまり、私が久を壊したのは、
久がそう願ったから
久を壊す事に夢中になるように、
それとなく誘導されたから

そんな事を願った理由は、
私を縛り付けたいからで
私が壊れた久を見て泣きじゃくるのも
後で種明かしして笑うのも
全部織り込み済みだった

私は久を思い通りにしていると思いながら、
結局は掌の上で踊らされていたんだ


「……いいよ。久がそういうつもりなら、
 今度こそ好き放題させてもらうから」


本人たっての希望なら、私が悔い改める必要はない
挙句、元に戻すためのリセットボタンまであると知った今
いっそ、もっと滅茶苦茶に壊してやろうとすら思った


『久。これから久の思考力は元に戻るよ。
 頭がスッキリして、昔みたいに冴えわたる』

『わかったわ』

『あ、でも戻るのは思考力だけだから。
 他の人とは話せないし、話す気も起きないのは同じ。
 私と離れたくないのもそのままで』

『いいわ』

『後、これからは私に隠し事はできないよ。
 悪だくみしても全部吐いちゃうんだから』

「ごめん、その暗示は拒否するわね?」

「もー!もー!!!」


結局のところ、私は最後の最後まで
久の掌の上なのだろう
だからこそ、安心して踊っていられるのだろう

でも、一つだけ気になる事がある


「ねえ。もし私が、久を壊す事に何の躊躇もなくて。
 久が種明かしする前に、口もきけない位
 壊しちゃってたらどうするつもりだったの?」

「それならそれでよかったけど?だって、
 愛する人の手で幸せに浸りながら終われるんでしょ?」


「そんなの、これ以上ないハッピーエンドじゃない」


愚問とばかりに口角を上げて微笑む久を見て
ぞぞぞ、と全身を恐怖が走った

もしかしたら久は最初から、
私よりもずっと狂っていて
私なんかが手を出しては
いけない生物だったのかもしれない


「私が怖い?なら催眠術で
 どうにかしちゃっていいわよ?」


なんて艶やかに笑う久は、
催眠術なんか使わなくても
私をがんじがらめに縛り付けていて
叶わないなと素直に思った

だから私はこれからも、久を催眠に掛け続ける


『じゃあ久、沈んで』


きっと、この魔物と付き合っていくには
催眠術というハンデがあって、
ちょうどいい位だろうから


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2018年08月24日 | Comment(7) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
展開の流れがほんとに鳥肌ものでした
催眠百合最高すぎます!
久さんかわいい!
Posted by at 2018年08月24日 12:30
いやーやられました、完全に。「さき。だいすき。」のあたりなんかまんま咲さんと同じ思考で騙されてましたよ!
そしてこの感動をなんと言葉にしたらいいか…もう、久咲最高!
催眠はまさにこういうのが見たい!って感じの作品でした。
Posted by at 2018年08月25日 00:26
描写がないのになぜかエロく感じる!

とりあえず久さんかわいい
Posted by at 2018年08月25日 02:20
壊し壊されるようにと、結局久の掌で踊ってた咲さんかわいい
Posted by at 2018年08月25日 03:45
ひっささき!
ひっささき!
Posted by at 2018年08月25日 20:41
久さん…恐ろしい子…
完全に読んでるこっちも騙されました…
ひっささき!ひっささき!ひっささき!
Posted by at 2018年08月25日 21:39
コメントありがとうございます!

展開の流れがほんとに鳥肌ものでした>
咲「なんで久はいつもこうなのかな」
久「趣味が謀り事だから仕方ない」

まんま咲さんと同じ思考>
咲「普通そうだと思うよね!?
  別に私がチョロいわけじゃないよ!」
久「まぁ注意深く誘導してたからこそ
  引っ掛かってくれたわけだしね。
  スルーされる可能性もあると思ってたわ」

描写がないのになぜかエロく>
久「被催眠側の素質あるんじゃないかしら!
  催眠されてみる事をお勧めするわ!」
咲「実際言葉で想像を膨らませられる人には
  向いてるみたいですね」

結局久の掌で踊ってた咲さん>
久「かわいかったです」
咲「もー!」

ひっささき>
久「ひっささき!」

完全に読んでるこっちも騙されました>
久「冥利に尽きるわね!」
咲「素直にストレートな催眠物で
  堕ちてくれればいいのに」
久「堕ちてはあげたでしょう?」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2018年09月12日 19:00
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