現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
欲しいものリスト公開中です。
(amazonで気軽に支援できます。ブログ継続の原動力となりますのでよろしければ。
『リスト作成の経緯はこちら』)

【咲-Saki-SS:照咲】『だから、少しだけお別れ』 前編【ヤンデレ】【共依存】【R18】

<あらすじ>
インターハイを目前に迎えた5月。
全国出場に並々ならぬ熱意を燃やす宮永咲に、
竹井久は疑問を抱く。
入部すら躊躇っていた宮永咲が、
どうして全国を目指すのか。

それは単純な好奇心。しかし宮永咲の回答に、
竹井久は危機感を覚え始めた。

宮永咲から漂う病的な気配。
果たして彼女を全国に連れて行っていいものか。
逡巡した竹井久は、宮永家の周囲を探り始める。


<登場人物>
宮永照,宮永咲,竹井久,弘世菫,宮永界

<症状>
・共依存(重度)
・執着(重度)
・異常行動

<その他>
欲しいものリスト支援者からのリクエストに対する作品です。
ただし内容がかなりのネタバレなので
どのリクエストに対する作品なのかは
後編の末尾に記載します。

 ※リクエストの都合上、
  原作ですでに判明している事実や展開とは
  異なる展開となります。

 ※物語の都合上、後半の本当に最後の最後のみ
  濃厚な性描写があります。
  (今回の部分には性描写なし)
  未成年方、苦手な方は閲覧をお控えください。



--------------------------------------------------------



まだ幼い時分で迎える家族との離別。

それは時に、子供の人生に深刻な悪影響を及ぼす。
それこそ、残りの人生を全て費やしても
取り返しがつかない程の。

無論、まるで問題がないケースもある。
例えば父親がどうしようもない人間で、
別れてくれてせいせいした、なんてケースもあれば。
物心ついた時には片親になっていて、
それが普通だから全然苦にもならなかった、
なんて事もあると思う。

でも。もし、幸せだった頃が確かにあって。
愛情を余す事なく注がれて、
家族皆の事を愛している子が居るとして。
その上で、突然その繋がりを断ち切られたとしたら。
果たしてその子はどうなるだろうか。


結果は、『私みたいに』なる。


愛情に飢えて、常に人恋しくて、
でも奪われる事が怖くて近づけない。

心の渇きはどんどん酷くなってゆき、
精神はきしんで歪に狂っていく。

会いたい、会いたい、会いたい、会えない。

あの人はもう居ないのに。会う事はもう許されないのに。
それでも夢に現れる、あの人の残滓に手を伸ばし、
涙で頬を濡らしながら目を覚ます。
そんなコワレモノになってしまうのだ。

あの悲劇からはや五年。私こと宮永咲は、
今も立ち直れずにいる。



--------------------------------------------------------




『だから、少しだけお別れ』




--------------------------------------------------------



私、竹井久が宮永咲の異常性に気づいたのは、
彼女が入部して割とすぐの事だった。

全国大会出場に向けた並々ならぬ思い。
当初は入部すら躊躇っていた彼女に、
一体どんな心境の変化があったのか。
何気なくそこをつついてみたら、
とんでもない闇が噴き出してきたのだ。


「私の家、半分家庭崩壊してるんです」

「お母さんとお姉ちゃんは、二人で東京に。
 まだ離婚はしてないけど」

「一度、一人で会いに行った事があるんです。
 でも、お姉ちゃんは一言も口を利いてくれなかった」


「だから。でも。麻雀を通してなら、
 お姉ちゃんと話せる気がするんです!」


ぞくりと、悪寒が肌を撫ぜた。

理論に無理があり過ぎるから?
言動から狂気を感じ取ったから?

どちらも正解だとは思う。
ただ、それ以上に。私は彼女の言葉から、
まだ表面化していないどす黒い闇を感じ取った。


咲はまるで語らなかった。両親が別居に至った理由を。
語らなかった。姉が自分に怒る理由を。

本来重要なのはそこのはずだ。
何かしら問題があるのなら、
根っこの原因を解消しなければ始まらない。

なのに咲はそこには触れず、
ただ、姉と麻雀を打つ事だけに固執している。
かなり異常な思考回路だ。
いや、それとも。『姉と麻雀を打つ事』が、
問題の解決策になるとでも?
それはそれで、まるで意味が分からないけれど。


(そもそも。ご両親の不仲とお姉さんからの拒絶って、
 全然別問題じゃないのかしら)


なぜ同列で語るのかわからない。
あえて繋げて考えるなら、
咲が何かしらの重大な罪を犯して、
その対処にしくじって別離に繋がった可能性か。

何にせよ、問題を起こしたのは咲の方で。
その問題が解決してないからこそ、
姉は咲を拒絶したのではないか。

そんな考えに至ってしまうと。
目の前の少女が酷く歪で、
得体のしれない存在に見えてきてしまう。


「……ええと」


正直、迷う。これ以上踏み込むべきか。
開いたら最後、二度と閉じられないパンドラの箱。
私は今、そんな禁忌に手を掛けている。

開けない方が賢いのだろう。
でも、私は。『手遅れになってしまった私』には。
家庭環境に悩む少女を前にして、
見て見ぬふりはできなかった。


「……ねえ、咲。せっかくだし、
 一番重要なところを聞いておきたいのだけれど」

「なんですか?」

「結局、貴女がお姉さんに
 拒絶されてる理由って何なの?」

「まずそこを解決しないと、
 話が始まらないと思うのだけ……ど……っ!?」


口から吐き出した瞬間、『間違えた』事を理解する。


「かっ……はっ……!!」


咲の顔面が真っ青になり、わかりやすく全身が震え始めた。
呼吸はどこまでも浅く、速く。
そのまま地面に崩れ落ち、酸素を渇望するかのように、
首を押さえながら酷くもがく。


過呼吸だ。


「ヒッ…!コヒュッ……!カヒュッ……!!」

「咲、落ち着いて!それ過呼吸だから!
 できるだけ息をゆっくり吸って、
 ゆっくり吐く事を心掛けて!」


見積もりが甘過ぎた。私の想像よりもはるかに、
咲の心の傷は深い。
ぎりりと唇を噛みしめながら、
私は咲を抱き締める。


「いい、咲!私の呼吸に合わせるの!
 何も考えなくていい!
 ただ私の息する音に合わせて呼吸して!!」


ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐く。
腕の中で、少しずつ咲の呼吸が整っていく。


「いいわよ……その調子。 
 大丈夫、何も考えなくていいから」


吸う、吐く。吸う、吐く。
やがて強張っていた体が弛緩し、
腕に全体重が圧し掛かってきた。


「……」


気を失ってしまったのだろう。
私は咲を抱き寄せたまま、途方に暮れて天を仰ぐ。


「まさか、ちょっと質問しただけでこうなるとはね……」


結局、一番知りたかった部分は闇のままだ。
そしておそらくはこれからも、
咲から聞く事はできないだろう。

ただ、今回の事件を経て一つ分かった事がある。
咲は、今も酷く病んでいるという事だ。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



『私がお姉ちゃんを怒らせた理由』。


何度か思い出そうとしたけれど、
答えを見つける事はできなかった。
理由がないとは思えない。
でも、記憶がごっそり欠損していた。

思い出せるのは、ただ、ただ、
お姉ちゃんの冷たい瞳。
まるで氷を思わせるそのまなざしに、
全身が凍てついたのだけ覚えてる。

何をしたのか、されたのか。
大切なところは、ページを破り取られたように
ぽっかりと穴が開いていて。
その穴を見つめていると、自然と体が震えてくる。

どれだけそれを見つめても、心が不安定に揺れるだけ。
何も答えは出てこない。だからいっそ目を背けて、
希望だけを見つめる事にした。


楽しい事だけを思い出す。二人で嶺を臨みながら、
嶺上開花の意味を教えてもらったあの日の事を。
まだ麻雀を楽しいと思えてたあの日の事を。
牌を打つだけで楽しくて、笑いあえてたあの日の事を。


(……そうだ。麻雀を打てば、なんとかなるはずだよ)


お姉ちゃんと私が一番長く触れ合った遊び。
それが麻雀。

例え言葉は届かなくても、
麻雀を通せば向き合ってもらえるはず。
なにより。万が一お姉ちゃんが拒絶したとしても、
同じ卓についてしまえば、
私を無視する事はできないから。


だから私は、全国を目指す。
お姉ちゃんに自分を見てもらうためだけに。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



我が白糸台が無事全国に駒を進め、
他地区の出場校も出揃い始めた頃。
私こと弘世菫は、同級生の異変に頭を悩ませていた。

異変、とまで言うと大げさか。
何か問題が起きたというわけではない。
ただ、無表情がさらに酷くなって、
考えている事が読めなくなった。


「照。お前、何かあったのか?」

「別に何も。どうしてそう思うの?」

「もともと無表情だったが、
 最近は輪を掛けて酷いからな。
 何か思い悩んで心を閉ざしているのかと」

「……ふうん」


曖昧な相槌を打った後、そのまま照は黙り込む。
しん、と静寂が重く圧し掛かってきて、
私は思わず眉根を寄せた。

元々姦しい方じゃない。照と居て
会話が途切れる事なんて珍しくもないし、
今更沈黙に気まずさを覚える関係でもない。

なのに今、この静寂を疎ましく思う。
これも異変の一つなのだろう。

照の返答を待ち続ける。
『見逃してやるつもりはない』、
そんな圧力を察したのだろう。
照は薄く微笑むと、呟くように言葉を紡ぐ。


「菫って、こういう時妙に鋭いよね」

「何かあるなら話してみろ。
 仮に解決できなかったとしても、
 話すだけで気が楽になる事もある」

「ああ、心配しなくてもいいよ。
 別に悪い事じゃないから。ただ……」

「ただ?」

「わくわく、してるのがバレないようにしてるだけ」


照の口角がさらに上がる。それはほんの些細な変化。
私以外であれば見逃したであろう程の。

だが私はその時確かに、
その笑顔に歪さを見て取った。


「っ……!!」


いつもは感情を映さない瞳の奥に、ごうごうと燃え盛る黒い炎。
尋常じゃない熱量が、笑顔の仮面に隠されている。

それが、ただ好敵手を前にしての高揚であれば問題ない。
だが私はその瞳に、病的な危うさを感じ取ってしまった。


「何、が。そんなに楽しみなんだ」

「秘密。いくら菫でも、この事だけは話せない」


ぴしゃり、照は会話を拒絶する。
これ以上追及しても無駄だろう。
私は小さく息を漏らすと、肩をすくめてその場を立ち去る。

もっとも、放置するつもりはさらさらなかった。

経験が告げている。今私は岐路に立っていると。
ここで何か手を打たなければ、
好ましくない結末が待っているだろう。

だが、私に何ができるのか。
一しきり考えてみても、妙案は特に浮かばない。
不甲斐なさについ眉間に皺が寄り始めたその時だった。

『ピンポンパンポン』、
校内放送のベルが思考を遮る。


『麻雀部部長、弘世菫さん。
 一階の事務室にお越しください』

『繰り返します。
 麻雀部部長、弘世菫さん。
 一階の事務室にお越しください――』



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



咲の事態を深刻と見た私が
最初にコンタクトを取った相手。
それは宮永家の人間ではなく、そのそばに居る人物。
すなわち、弘世菫その人だった。

素直に宮永家を当たらなかったのは理由がある。
私の家も離婚で崩壊しているから、
いきなり家庭の事情に踏み込むのは躊躇いがあった事。
加えて、咲があの状態で放置されている事を考慮すれば、
他の家族も病んでいる可能性が高いと踏んだからだ。

私が咲の情報を握っているように、
宮永照さんの周りが情報を持っている可能性は高い。
まずは外堀から攻めるべきだろう。


『はい、白糸台高校麻雀部部長の弘世です。
 清澄高校麻雀部の部長との事ですが、
 私に何か御用でしょうか』

「突然の電話失礼します。
 本来は貴女に聞く内容ではないのだけれど、
 宮永照さんについて伺いたい事があったので」

『照の事で?なら、直接照と話した方がよいのでは。
 本人に代わりましょうか?』

「いえ。まずは貴女と話させてください。
 いきなり彼女に接触するのは
 危険過ぎるかもしれないので」

『……っ!?』



--------------------------------------------------------



危険。

受話器の先で繋がる女は、確かにそう口にした。
まるで子芝居のような物言いに、
だが笑い飛ばせず言葉に詰まる。


「……、危険とはどういう意味だ。
 うちの照に何か問題があるとでも?」

『虎の尾を踏むのは避けたいの。
 貴女のその反応で、警戒度がさらに上がったわ』


一瞬にして空気が変わった。
刺すような緊張感が立ち込める。
残念ながら、冗談でも何でもない事は、
彼女の声音が雄弁に物語っていた。


『うちも全国に出場するんだけど。
 チーム編成はご存知かしら?』

「悪いが分析はこれからなんだ。
 全学校のメンバーまでは把握してない」

『そ。なら大将だけ先に教えてあげる』


『宮永、咲よ』

「!?」


刹那、先ほど照の浮かべた笑顔が脳裏をよぎる。
見てるこちらが薄ら寒くなるような、狂気とすら呼べる笑み。
果たしてあれは、妹の出場と無関係なのか。


『誤解しないで欲しいから先に言っとくけど。
 私が貴女に電話したのは、インターハイとは無関係よ。
 取引とか小細工をしたいわけじゃないわ』

『ただね。そっちの宮永照さん繋がりで、
 咲がかなり不安定なの。これ以上悪化するなら、
 出場を辞退して精神病院に入院させる事も考えてる』

『不幸な事態を回避したいの。
 正直、今のままだと嫌な予感しかしないのよね』

「……」


受話器を手にして考える。この女を信じていいものか。
確証は何もない。ただ、思い当たる節があるのも事実だ。

二年前。出会ったばかりの宮永照は、
お世辞にも真人間とは呼べない存在だった。

人との繋がりを避け、妙に好戦的だった照。
初対面の人間を鏡で覗く警戒心の強さといい、
社会不適合者一歩手前だったと言えるだろう。

そんな照が、当初は嫌いだと公言して憚らなかった
麻雀を打ち続けたのは何のためか。


それは、『ある人物』と縁を繋ぐため。


「可能ならば聞かせて欲しい。お前が知るその宮永咲は、
 何か特異な能力を持っているか?」

『……例えば?』

「対局の収支をプラスマイナスゼロで終わらせるとか。
 もしくは、嶺上開花を狙って和了る事ができるだとか」

『……っ』



--------------------------------------------------------



今度はこちらが息を呑む番だった。

彼女は先ほど言ったはずだ、
メンバー構成は把握していないと。

なのに咲の能力は知っている。
だとしたら考えられるケースは一つ。
宮永照が、彼女に教えたとしか考えられない。


「貴女の言う通りよ。
 咲はプラマイゼロと嶺上開花を使えるわ」

『そうか。線が繋がってしまったかもな』

『……』


彼女なりに思う事があったのだろう。
しばらく沈黙を保った後、彼女は重い口を開く。


『こちらも先に言っておく。私は照の事情について、
 詳しく聞けているわけじゃない。
 というか、まさについ数分前、
 聞こうとして拒否されたばっかりだ』

「そうなんだ」

『だから、そちらが聞きたがっている情報を
 提供できるかはわからない。
 それでもいいのなら話を聞こう』

「充分よ。欲しいのは情報だけじゃないから」


宮永照のそばに居る。そんな彼女と繋がる事は、
必ず役に立つだろう。
私は通話をそこそこに打ち切ると、
Web会議の準備を整え始める。

重要な情報が得られれば御の字。さもなくば……
次は咲のお父さんに話を聞く必要があるだろう。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



竹井久から聞いた話はこうだった。

照と宮永咲は仲違いしており、
その原因は妹側にあるらしい。
だが詳細はわからない。
聞こうとしただけで過呼吸を引き起こし、
そのまま意識を失ってしまったと。


「よくわからないな。
 家族の離別と照との確執は繋がってるのか?
 さらに言えば、その解決策が麻雀を打つ事、
 というのもさっぱりだ」

『でしょ。しかもこれは咲の言い分だしね。
 正直本当に解決策になるとは思えないわ』

「もしそれで解決するなら、
 練習試合でも組めば即解決するが」

『インハイで当たらなかったらお願いするわ。
 で、そっちはどんな感じなの?』

「大きく目立った変化はない。
 照が妹さんについて口にした事もないしな。
 だが、看過し難い兆候があるのも事実だ」


こちらも照の様子を伝える。
画面に映った竹井久は、あごに指を添えたまま、
神妙な面持ちで考え込んでいる。


『わくわくしてる、ねえ。
 でも、照さんも元々は
 麻雀が好きじゃないって言ってたんでしょ?』

「ああ。麻雀が嫌いというよりは、
 嫌な事を思い出すから、と言っていたが」

『その辺は咲とカブるのよね。
 家族麻雀の賭けの事なのかしら』

「素直に考えればそうなんだろうな。
 でも、だとしたらなんでこいつらは
 麻雀で語ろうとしてるんだ?」

『賭け麻雀で文句言ってたのが親側だったからで、
 咲と打つのは好きだったって事?』

「そういう考え方もあるな」

『というか麻雀もそうだけど、
 照さんの態度が意味不明過ぎるのよ。
 咲の事拒絶してるんじゃないの?』

「私が知るか。ただ、あの時の照は普通じゃなかった。
 あまりこういう言い方をしたくはないが、
 まともな人間の目じゃなかったと思う」

『……それも咲との共通事項ね』


竹井はげんなりとばかりに肩をすくめる。
残念ながら、私の懸念は
杞憂に終わってはくれなさそうだ。
だが実際のところどうするべきか。

野放しにはしておけない。
それは竹井も同意見のようではあるが。
だからと言って、現状問題が起きているわけでもないし、
結局のところ私達は部外者に過ぎない。


『咲のお父さんにアタックしようと思う』

「……悩ましいところだな」


竹井が言わんとする事はわかる。
これ以上の情報を引き出そうと思ったら、
宮永家の人間に直接聞くしかないだろう。


『ま、よその家庭に口を出すなって
 言われるかもしれないけどね。
 そこは当たって砕けるしかないわ』

「もう少し作戦を練ってからじゃ駄目なのか?」

『時間がないのよ。もうすぐ東京に移動しちゃうもの。
 で、インターハイが始まったら、
 それこそいつ二人が出会うかわからないじゃない?』

「やむなしか……わかった。
 私も照のお母さんにアタックした方がいいか?」

『んにゃ、まずはこっちの結果を待って。
 得られる情報が同じなら、
 接触する人数は少ない方がいいと思う』

「了解」


いくつか今後の方針について確認した後、
Web会議は終わりとなった。
耳からヘッドホンを外しながら、
一人ぼんやりと空を見上げる。


「考え過ぎだと、いいんだがな」


若干先走り過ぎている気がしなくもない。
だが竹井との会合を経て、胸中を騒めかせる嫌な予感は、
むしろその激しさを増している。

何事もありませんように。そう心から願いつつ、
パソコンの電源を落とした。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



突然の訪問にも関わらず。
咲のお父さんは、快く私を迎え入れてくれた。


「竹井さんの事は咲からよく聞いてるよ。
 いつもあいつを助けてくれてありがとう」

普段から咲が私の事を褒めてくれていたのだろう。
それは咲とお父さんの関係が良好である事の証明であり、
少しだけ胸が軽くなる。
出された茶に口をつけながら、社交辞令で言葉を返した。


「いえ。こちらも咲にはお世話になってますから」

「麻雀部に入ったおかげかな、あいつも随分明るくなった。
 これまでは一人で物思いに沈んでる事が多かったんだが。
 今は楽しそうにインターハイの準備をしてるよ」


ここだ。
長期戦にはしたくない、単刀直入に切り出してしまおう。
お茶で喉を湿らせた後、一呼吸おいて口を開く。


「それなんですが……正直私は、
 咲を全国に連れて行くべきか迷ってます」

「え!?あいつ、何か問題でも起こしたのか!?」

「そういうわけではありません。
 けど、精神的に大丈夫かなと」


ピクリ。穏やかな装いだった界さんの目が、
すっと鋭く尖っていく。
ひんやり冷えていく空気を感じ取りながら、
私は次の言葉を待った。


「……なるほど。それで俺に話を聞きに来たのか。
 そりゃまあ、何か問題でもなきゃ来ないよな」

「はい。この際率直に話してしまいますけど、
 咲は一度、過呼吸で倒れています。
 それも私の目の前で」

「何!?」

「お姉さん……照さんに執着しているようでしたので。
 何があったのかと一言聞いたら、
 それだけで倒れてしまったんです」

「咲……」


咲は伝えていなかったのだろう。
界さんはわかりやすく顔色を失うと、
苦しそうに眉を顰める。

私は更に言葉を重ねた。


「ご存知かとは思いますが、
 咲は団体戦と個人戦の両方に出場します。
 照さんと会うのはほぼ確定です」

「ですが。今の咲を照さんと
 無策のまま引き合わせていいものか」

「正直、私は危険だと思っています」


界さんの歯が唇に食い込む。
それは憤怒か懊悩か、どんな感情かはわからない。

でもこれで確信できた。
やはり宮永家には何かが隠されている。


「少し嫌な言い方をしますけど。
 咲はこのインターハイを、
 お姉さんと和解するための手段として
 利用しようとしています」

「それが悪いとは思いません。
 ですがそういう事であれば、
 こちらとしても事情は把握しておきたいんです。
 実際、すでに一度倒れてるわけですし」

「よろしければ、宮永家で何があったのか
 教えてはいただけませんか?」


問われた界さんに反応はない。
でもそれは拒絶の表明というよりは、
反応をする気力を振り絞っているように見えた。

辛抱強く黙して待つ。たっぷり数十秒は掛けた後、
界さんはようやく口を開いた。


「俺がそれを話したとして、何か事態は好転するのか?」

「わかりません。正直どんな話が出てくるのか
 見当もつきませんし。……ただ」

「ただ?」

「何も知らされず、手も打てないのはもう嫌なんです。
 ……私の家庭は、そうやって崩壊してしまったから」

「っ!」


界さんの目が大きく見開かれる。


「……君は」

「私の旧姓、上埜なんです。
 両親が離婚して捨てられましたけど」

「……そう、か」


わかってる、これは卑怯な作戦だって。
上埜家が破局している事と、
私が宮永家に介入する事はまるで別問題。

でも無関係とも言えなかった。
私がここまで咲に肩入れする理由。
それは結局のところ、もう二度と
あんな悲劇を見たくないから、なのだから。


「咲が言ってましたよ。このままだと
 うちも離婚するんだろうなって。
 そしてお姉さんとも和解できないまま終わる」

「咲はそれが嫌だから、
 自ら行動を起こしてるんでしょう」

「……」

「あえて辛辣な言い方をさせてもらいますけど。
 宮永家が自力で問題を解決して、
 私達に一切悪影響を与えないと
 約束してくれるなら問題はありません。
 私もこれ以上宮永家のプライベートに
 土足で踏み込んだりはしません」

「でも、それが確約できないなら。
 私に事情を話してください」


またも界さんは黙り込む。でも直感で悟った。
おそらくこの人は断らない。

そしてその目論見通り、界さんは大きなため息をついた後。
ぽつりとこぼして立ち上がった。


「新しいお茶を淹れて来るよ。長い話になるからな」



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



俺達の家庭が崩壊したのは、
一つの事件がきっかけだった。


五年前の夏休みの事だ。親戚がうちに遊びに来た。
その親戚には咲と同い年の女の子が居てな。
照を含めた三人でよく遊んでいたよ。

ただ、その子はちょっと特殊でさ。
病気で足に力が入らなくなって、車イス生活だったんだ。
でもすごく明るい子で、外へ遊びに行きたがった。
まあ、それが原因で事件が起きたんだけどな。


ある日の事だ。咲とその子が遊びに出かけた。
照は用事があって俺達と一緒だったから二人きりだ。
今思えば不用心だったと思うよ。
でも、留守番なんてよくある事だからと、
正直気にも留めなかった。

二人は諏訪湖の桟橋に魚を見に行ったらしい。
その子は車イスを降りて、桟橋の上で腹ばいになった。
で。もっと魚をよく見ようとして、桟橋から身を乗り出した。
後はなんとなくわかるだろ?

結論だけ言っちまえば、その子は桟橋から落ちた。
咲はその子を助けられなかった。
二人とも泳げなかったんだ。


照は咲をこっぴどく責めた。
あの子が泳げない事はわかってるのに、
どうして注意しなかったんだ、ってな。
まあ正論だ。咲は返す言葉もなかったろう。
『ごめんなさい、ごめんなさい』って、
何度も何度も謝ってたよ。
二人がおかしくなり始めたのはそれからだ。


照は咲を縛り付けるようになった。
片時も目を話さずに、監視するようになったんだ。

照は照で自分を責めてたんだろうな。
『なんで私は二人のそばに居なかったの』ってさ。
だから咲から離れなくなった。

咲は咲で、照にべったり依存するようになった。
自分が信じられなくなったんだろうな。
だから、絶対的な存在である照に
全てを委ねようとした。


俺と愛、ああ、愛ってのは俺の嫁さんだ。
つまりは照と咲のお母さんな。
俺達の関係が悪化したのも二人の関係が原因だ。

照と咲、二人をどうするかで揉めに揉めた。
俺は二人を一時的に引き離した方がいいって訴えたんだが、
愛は聞き入れようとしなかったんだ。
毎日毎日喧嘩して、でも結論は出なくてな。
情けない話だが、どんどん関係が冷え切っていった。


そんな時だ。咲が突然家出した。
大騒ぎになったよ。まあ、照が咲を連れ戻してくれたんだが。
その時に、照が自分から言い出した。

『咲と離れて暮らしたい』ってな。

咲が家出をしている間、何があったのかは俺も知らない。
だが、多分照の奴もこのままじゃ
咲が駄目になるって気づいたんだろう。


俺達は別居する事になった。
話し合った結果、愛と照が東京に引っ越した。
愛は昔東京でプロ雀士やってて土地勘もあったしな。
それで、現在に至るってわけだ。



--------------------------------------------------------




どうだ?この話を聞いたところで、
状況を打破できそうかい?




--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



『……だってさ』


竹井が持ち帰ってくれた話は、
随分と真相に深く切り込んでいた。

それは私に大きな衝撃を与えはしたものの。
だからと言って、進展が見えたかと問われれば
かなり微妙なところだった。


「一番知りたいところが空白なんだよな。
 照はどうして離れたいと思ったんだろう」

『そこよね。んでもって、
 その離れたがった照さんが、
 追い掛けてきた咲を見て
 ワクワクする理由もよくわかんないわ』

「咲ちゃんが麻雀で対話を試みる理由もな」


界さんの話をまとめる限り、
照と咲ちゃんは重度の共依存だった可能性が高い。
そんな状態にあった照が、
別離を決断した理由は何なのか。
仮説ならいくらか立てられるが、立証する事は難しい。


「ただ、一つ分かった事がある。多分、
 照と咲ちゃんは会わせない方がいい」

『同感ね』


あの日照から感じたおぞましい感覚。
その正体が掴めた気がする。

依存だ。数年の年月が流れてなお、
照は咲ちゃんに依存している。
そしておそらくは咲ちゃんも。


「とはいえ具体的にはどうしたもんだろうな。
 竹井、お前棄権する気あるか?」

『無理でしょうねー。私がどうこうって言うより
 咲が絶対に引かないと思うわ』

「だよなぁ。最悪対局でかち合うのは諦めるしかないか」

『対局こそ一番避けるべきだと思うんだけどねー』


竹井の言う事ももっともだった。

『麻雀を通してなら、
 お姉ちゃんと話せる気がするんです』

そんな台詞を知った今では、むしろ対局を通して
二人の依存が完成してしまう気すらする。


「まあできるところからやって行こう。
 こちらの行動はできるだけ逐一連絡する。
 お前も同じようにしてくれ。
 できるだけ二人が遭遇する事がないように」

『了解』


ひとまずの方針は決まった。
私はふぅと息を吐きながら、窓を眺めて思案する。

だが、しかし。

今私達が取っている行動は、
照のためになっているのだろうか。
そもそも、私達が動いたところで
今更どうにかできるものなのだろうか。

自問の答えは見つからないまま、
その日の会議は終わりとなった。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



『お、ねえ、ちゃん。わた、し、■■■■?』

『うん。ほら、見て。こんなに■■■になってる』

『これで、咲はもう■■にいけないよ。
 私と■■■■■しかなくなる』

『うん』

『この事は二人だけの秘密だよ。
 誰にも話しちゃ駄目。もし話したら、
 お姉ちゃんは死んじゃうと思って』

『いい?咲を■■■■■■■して死んじゃうからね?』

『お、おねえちゃんが、死ぬ。
 わたしを■■■、し、やだ。
 やだ、やだ、やだ、やだ』



--------------------------------------------------------




『や゛だぁ゛あ゛あ゛ああぁ゛っっっっ!!!』




--------------------------------------------------------



自らが上げた絶叫と共に、
私は悪夢から目を覚ました。

突如として視界は切り替わり、
何の変哲もない自分の部屋が広がっている。


「夢っ……」


浅い呼吸を繰り返しながら、額に滲む汗をぬぐう。
酷い夢だった。それはしっかり覚えてる。
でも、内容はよく思い出せない。


あの日、部長に質問されて以来。
こうやって飛び起きる事が多くなった。


『お姉さんと何があったの?』


多分、その答えがあの夢なんだと思う。
でも、私の弱い心はその事実に耐えきれなかったのか。
記憶はひどく曖昧で、ところどころ崩れて欠損してる。

ただ思い出せる事と言えば、
私が取り返しのつかない何かをしちゃった事。
それでお姉ちゃんと引き離されて、
お姉ちゃんは私と話してくれない事。


「……でも。麻雀でなら話し合えるよね」


根拠なんて何もない。でも、どうしてだろう。
確信に近い予感があった。


あの日、あの時、雑誌でお姉ちゃんの姿を見つけて、
来るべき時が来たって思った。
家族麻雀なんて好きじゃなかったはずなのに、
お姉ちゃんと打ちたいと思った。
ううん。『打たなくちゃいけない』、なぜかそう強く思った。

正直、麻雀を通して何を話せばいいのかはわからない。
今更お姉ちゃんと麻雀を打ったところで、
私が犯した罪が消えるわけでもないし。

でも、それでも。お姉ちゃんともう一度打てたなら、
全てが解決すると思うのだ。


どうしてそう思うのか、理由はわからないけれど。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



団体戦の期間中、菫と私は
お互いの宮永を徹底マークし続けた。

密に連絡を取り合って、
二人が偶然出くわす機会を取り除く。
最初は自分でも疑問視していた行動だったけれど、
続けて行くうちに確信を持った。これは必要な行動だと。


なぜなら、日を重ねて行くにつれ。
咲はどんどん狂っていったから。


自分を見失う事が多くなった。
ぼんやりと虚空を見つめ、その瞳には何も映さない。
問い掛けても返事はなく、
揺り動かしてやっと意識を取り戻す。


(……危険ね)


現実が与える刺激を遮断している。
重度の精神疾患を持つ子に多い症状だ。

夜になれば、毎晩のように悲鳴を上げて飛び起きた。
あまりに頻度が多過ぎて、隔離する必要がある程に。

念のため私だけは同室したけれど。その結果、
私は毎晩うなされる咲の寝言を聞き続ける事になる。


『おねえちゃん、おねえちゃん、
 ごめんなさい、ごめんなさい』

『ころしちゃって、ごめんなさい』

『こわして、もっと、はげしく、こわして』


同室した事を酷く後悔した。

正直失敗だったかもしれない。
咲が心の奥底に封印した闇。
自ら思い出す事を拒絶するほどの記憶は、
あまりに重くドロついていて。
その濃度は、傍らで漏れ聞くだけの私すら、
破壊しかねない程だった。


『やだよ、はなれたくない。
 はなれるくらいならころしてよ』

『そうだ、しのうよ。ふたりでしぬの。
 あのこのところへいけばいいよ』


『そしたら、さんにんでなかよくいっしょに』


咲の闇に同調してしまう。
咲の叫び、嘆き、悲しみが、濁流のように流れ込んでくる。
夢の世界で紡がれる咲の言葉。
それは奇しくも、私が両親に向かって
吐いた内容と酷似していた。


『捨てるくらいなら、今この場で殺してよ!!!』


聞き入れられなかった願い。
結局両親は袂を分かち、私は名字を奪われ捨てられた。

きっと咲も同じなのだろう。
同じ苦しみを胸に秘めてもがいているのだろう。
ただ私と違うのは、咲にはまだ救われる可能性がある事だ。


(……私のしている事って、正しいのかしら)


世間一般の道徳に照らし合わせれば正しい。
それだけは断言できる。
姉妹で泥沼の共依存に陥る位なら、
引き離して健全に自律した方がいいだろう。


(でも、それって幸せと呼べるのかしら)


例え壊れてしまったとしても、
どうしようもなく狂ったとしても。
最愛の人と手を取り合って、世界を閉ざしてしまえるのなら。
そっちの方が咲にとって幸せなんじゃないだろうか。


間違ってはいない。正しい事をしている。
これは必要な行動だ。でも、もう一人の私が叫んでいる。


『どうして引き離さなくちゃいけないの?』


日が経つにつれ。その問い掛けに、
答える事が難しくなっていった。


(後編に続く)
 Yahoo!ブックマーク
posted by ぷちどろっぷ at 2018年09月10日 | Comment(7) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
久咲サイドはまだ持ってるけど……、
菫照サイドは大丈夫かな……、
怖いけど続きがきになるなぁ……。
Posted by at 2018年09月10日 21:23
続きが早く見たいです。
ドロドロ感がとてもスバラで楽しみです。
Posted by at 2018年09月10日 22:13
わくわく。わくわく。
Posted by at 2018年09月10日 22:59
わくわく。わくわく
Posted by at 2018年09月10日 23:00
危ない匂いを感じながらも、一般的な道徳と本人達の幸せの狭間に揺れる久…展開がとんでも気になりますね
Posted by at 2018年09月11日 00:14
コメントありがとうございます!

>久咲サイドはまだ持ってるけど……、
>菫照サイドは大丈夫かな……、
>怖いけど続きがきになるなぁ……。
菫「いやむしろ竹井の方がヤバくないか?」
久「私は咲の心情を理解できるけど
  貴女は照の心情を理解してないでしょ?」
照「……何も起きないといいね」

続きが早く見たいです>
久「話が長くなり過ぎたから区切ったけど
  話自体は書き終わってるから、
  最悪でも今週末には出るわ!」
菫「今しばらくお待ち願いたい」

わくわく。わくわく>
照「果たして私達は無事和解して
  幸せを掴む事ができるのか」
菫「どう転んでもハッピーエンドは
  なさそうに思えるんだが…」

一般的な道徳と本人達の幸せの狭間に揺れる久>
久「傍目に見てそれが不幸であっても、
  本人達が幸せならいいんじゃないかとも
  思うのよね」
菫「いいわけあるか。私はそんな
  歪んだ幸せは認めないぞ」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2018年09月12日 18:49
おめでとう
Posted by at 2018年09月12日 18:56
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184391284
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
 なんかブログランキング参加してみました。
 押してもらえると喜びます(一日一回まで)。