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【咲-Saki-SS:憩智】智葉「彼女がくれた猛毒の名は」_後編【ヤンデレ】【共依存】

<前編までのあらすじ>
同僚を見舞う過程で、荒川憩と交流を持った辻垣内智葉。
もう来ない方がいい、そう語る憩の警告を無視し、
智葉は精神病院に通い続ける。
やがて同僚を見舞う理由を失ってからも、
智葉は憩と交流を続けた。

憩は言う。「寂しい」と。
憩は言う。「私のために麻雀を打ってください」と。
彼女に応えるのは危険な事だと知りつつも、
智葉は彼女を受け入れていった。

自身が変容し始めている事に気づかないまま。

<登場人物>
辻垣内智葉,荒川憩,宮永照,弘世菫,Alexandra Windheim

<症状>
・共依存
・愛情過多
・異常行動
・自傷

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・憩がガイトさんをどんどん
 依存の沼に引き摺り込んで行くみたいな話

※辻垣内智葉および荒川憩ともに原作での
 まだ露出が少ないため、独自設定の部分が多くなる上、
 原作とは異なる展開を迎えます。



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(前編はこちら)




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唐突に始まったスランプは唐突に終わりを告げる。
荒川との再会を経て東京に戻った私は、
V字回復とでも言わんばかりの好成績を収めた。

初めから、というわけではない。
戻って来た初日の成績は低迷していた。
だがそれを奴に告げると、電話口で本当に嗚咽されたのだ。
その悲痛な泣き声たるや、架空の魔物である
バンシーを想起させる程だった。

流石に二度は御免被る。
結果、次の日から私の成績はプラスに転じ、
気づけば過去にも例を見ない程の爆発を見せていた。


「随分と早い復活だね。正直期待以上だわ」

「負けるとあいつに号泣されるので」

「これまた意外。尻に敷かれてるのかい?」

「そんな可愛いものではありませんが」


他人のために牌を持つ。
私が勝てばあいつは喜び、負ければ
膝を折って泣きじゃくるから。

正直に言ってしまえば、荒川の愛は、重い。
だがその重さは嫌いではなかった。


「……というわけで今日も無敗だった」

『さっすがー。ウチも鼻が高いですよーぅ!』


電話の先で、きゃっきゃとはしゃぐ荒川。
もはや毎度の事ではあるが、何がそんなに嬉しいのか。


『だって、ウチのために勝ってくれたんですよね?』

「別にお前のためだけじゃないが」

『でも、自分のためだけに打ってたら
 スランプになったんですよね?』

「否定はしないが」

『つまり、ウチの思いが懸かってるから
 勝つって事じゃないですかーぁ』


荒川は熱弁する。思いは牌に宿るのだと。

思いが強ければ強い程牌は応える。
負けるのは思いが弱いから。
勝者に気持ちで負けたという事。


「飛躍し過ぎだ。気持ちだけで勝てるものでもない」

『そりゃーもちろんそうですけどーぉ。
 実力が拮抗してるなら、後はもう気持ち勝負やーん』

「それでも極論に過ぎる。敗者の気持ちは大した事ない、
 そう断ずるのはいただけないな」

『あははー』


中身のない乾いた笑い声。
電話口で響き渡るそれを聞きながら、
私は一人片眉を下げる。

だが反論を口にする前に。底冷えする程に冷たい声が、
携帯電話から漏れ出してきた。


『なら。思いを賭けて勝負してみますかーぁ?』


瞬時に背筋が凍り付く。


『智葉さんとウチで勝負するんや。
 智葉さんが勝ったら、ウチに何でも無制限で命令できる』

「……お前が勝った場合は?」

『ウチの事、名前で呼んでください』

「却下だ。条件が釣り合わなくて気が引ける」

『対等ですよーぅ?そのくらい、
 今の智葉さんとウチには開きがありますしー』

「挑発か」

『事実ですよーぅ?』


『で、逃げますか?逃げませんか?』


脳内では黄信号が点滅している。
留まるべきなのだろう。これ以上踏み込むのは危うい。

だが好機でもあった。荒川の全身に巣食う闇、
その全貌を解き明かすための。

毒を食らわば皿までだ。
虎穴に飛び込んでやろうじゃないか。


「いいだろう。お前の狂気、見せてみろ」


もしこれが電話でなければ。
せめて荒川の顔を直接見る事ができていれば。
私は、とんでもない過ちを犯した事に、
即座に気づく事ができただろう。

だが現実には私がそれに気づく事はなく。
淡々と、勝負の取り決めが交わされていった。



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週末。

例の賭け麻雀に応じるべく病院を訪れた私は、
荒川がひた隠しにしていた
病気の片鱗を垣間見る事になった。

出迎えた荒川は笑っていた。
だがその笑みは、いつものような
周囲の心を温める類のものではなく。
口角だけを歪に押し上げた、
狂気を前面に押し出した異形だった。


「ついに本領発揮という事か」

「勝負所ですからねーぇ。智葉さんには、
 思いの力を存分に味わってもらいますよーぅ」


ケラケラと笑う荒川の目は、微塵も細められる事はなく。
ただただ不気味さだけを強調している。

全身に纏わりつく狂気に辟易しながらも、
興味があるのも事実だった。

目の前の、明らかに狂った様相の荒川憩。
こいつは本当に強いのか。もし本当にそうだとしたら。
私が考えるよりもはるかに、思いの力が強い事の証左となる。



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「さ。始めましょー。とは言うても……」

「どうせ、すぐ終わってまうけどね」



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荒川が吐いた不遜な言葉。それは現実のものとなる。
私に与えられた猶予は三巡だけだった。

四巡目。打牌した瞬間、荒川が自身の牌を倒す。


「ロン、国士無双でーす」


言うまでもなく飛び終了だ。

安易に振り込んだわけではない。
むしろ約束された敗北と感じた。
一巡目からオリを余儀なくされて、
地雷原を探り歩いた上での放銃。


「恐れ入った。もはや積み込みを疑いたくなる程だ。
 これが思いの力だと言うのか?」

「多分、智葉さんもできるようになりますよーぅ?」

「その境地に至るまでに、どれだけの病気を
 背負い込めばいいんだろうな」

「このくらいですかねーぇ」


ちらり。屈託のない笑顔を見せながら、
荒川が服の裾をめくる。


思わず目を見開いた。


「……どういう事だ」

「智葉さんが負ける度に切ってたんです。
 今日、負けたら掻っ捌くつもりでしたよーぅ」

「狂っている」

「だから最初からそう言っとるやんかー」


露にされた腹部は、包帯でぐるぐる巻きにされていて、
その大部分が赤黒く変色している。
その範囲の広さを見るに、
一太刀で相当長く切っているのだろう。

狂っているのはよくわかった。
だが、やはりどうしても解せない。


「どうして私にそこまで入れ込む?」

「あー、すっごく単純な理由ですよーぅ」

「どっかのインタビューで聞いたんやけど。
 智葉さん、真剣な者の味方なんよね?
 だったら――」



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「誰より真剣なウチの事を、捨てたりするはずないやんなー」




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依存から来る愛情過多症候群。
それが私の患う病気。

精神病院を経営する院長の娘に生まれた私。
そんな私は、幼い頃から愛を求める
患者達の嘆きを聞きながら育ってきた。

院長の娘という責任感も手伝ったんだろう。
ナース服を身に纏い、周囲に愛を振りまき続けた。
人は皆感謝して、私にも愛を注いでくれる。
それがとても嬉しくて、それが当然だと思っていた。

それがどれ程稀有で異常で、
狂気に塗れているかも知らないままに。


自分の置かれた環境が、否、自分が
普通でない事を知ったのは中学生の頃。

思春期を迎えると、周囲は心に鎧を着こむようになった。
少し難しい言い方をすれば、自我を確立したのだろう。
それは正しい成長で、でも私にはできなかった事。

境界を作るのが苦手。
私は人の喜びを我が事のように受け止め、
悲しみもきっちり二人で二等分してしまう。
常軌を逸した熱量で。

そんな私の接し方は、自我に目覚めた皆からすれば、
『重い』もしくは『ウザい』と感じられるらしい。
人の群れに居て孤独を感じる。
年を経る事につれてその思いは強くなった。


致命的だったのは団体戦での敗北。
私が一人、身が千切れんばかりの悲しみに襲われる中。
他の部員はさして堪える様子もなく、
あっけらかんと談笑していたのだ。

本気で正気を疑った。本来であれば、
大将である私を徹底的に責め立てる場面だ。

私は皆の思いを無に帰した。殴り、蹴り飛ばし罵倒して、
『なぜ負けた』そう詰め寄るべき場面のはず。


『ど、どうしてみんな笑っとれるん?
 負けたんやで?その、ウチのせいで』


なのに。部員のみんなは、むしろ私が
何を言っているのかわからないとばかりに、
肩をすくめて苦笑するのだ。


『いやいやなんでそうなるん。
 負けたんはどう考えてもうちらのせいやろ。
 トップ取ったの憩ちゃんだけやん』

『憩ちゃん除いたら正直うちら雑魚やしなぁ。
 千里山に勝てるはずあらへん』

『ま、ええやん。憩ちゃんは個人戦出場できるやろし』

『うちらの分まで頑張ってや』


ようやく気づいた。
自分と、この人達は違う生き物なのだと。

人との繋がりが希薄なのだ。思いの熱量が乏しいのだ。
だから多くを期待しないし、こちらに要求もしてこない。


(違うんや。この人達は、本質からしてウチとは違う)


他人の思いに応える事。それは私が住む病院において、
生死を左右する程に大切な事。

『愛して』

そう悲痛な声で泣きながら、
首に縄をかけて逝った人をたくさん見てきた。
思いが報われるなら死んでもいい、それは
私の病院では語るまでもない当然の摂理。


でもこの人達は違うのだ。
団体戦の勝敗で、生死を左右したりはしない。
それが普通で。命をもって償おうとしている自分が異常なのだ。


(ああ、そっか。ウチは異常なんや)

(あはは。そっか。だからこんな寂しいんや)

(寂しい、寂しい、寂しい、寂しい――)



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そして私は、寂しさに押し潰されて壊れてしまった。




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智葉さんを知ったのは、
それからちょうど一カ月後の事だ。

個人戦決勝。相対した時、彼女から
刃の切っ先を向けられた気がした。


(なんやこれっ……こんな殺気、喰らった事あらへん……!)


抜き身の真剣を思わせる殺気。
どれ程強い思いを籠めたら、その境地に至るのだろう。

私は彼女に興味を持った。
三位。対局の結果だけで論ずるなら、
智葉さんに見るところはない。
でも、対局における気迫に限定すれば、
彼女が断トツだったと思う。


対局が終わり、智葉さんは笑顔を見せる。
それもまた不可思議だった。
あれ程までに熱を入れて負けたのに、
どうして朗らかに笑っていられるのだろう。


『お疲れ様でしたーぁ』

『ああ、お疲れ様』

『その、失礼かもしれませんけどー。
 どうして笑ってるんですか?』

『単純な事だ。楽しかったからな』

『楽しかった?』


『ああ。これ程に心を研ぎ澄ました真剣勝負、
 そうそう味わえるものじゃない』


その言葉は、私が求めていた解そのものだった。


そう。やはり思いの熱量には個人差があって。
私に釣り合う程の熱量は、
誰もが持っているわけではないのだ。

でも目の前のこの人は、
私と釣り合う熱を持っている。


『そっかー。じゃあ、
 来年もここで会えるといいですねーぇ』


智葉さんは不敵に笑うと、席を立って去っていく。
社交辞令として受け取られたのかもしれない。
でも私はこの日、彼女に心を奪われた。

そして思う。



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この人が欲しい。どんな手を使っても。




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とんでもない奴に捕まった。
それが嘘偽りない本音だった。

愛情の限度を知らないのだ。
彼女が捧げる愛はどこまで深く、重く、激しく、鋭い。

愛情過多と言えば聞こえはいいが、
それはある意味自我の欠如。
自身と他人を区別できない、究極の利己主義だった。


「わかってますよーぅ。ウチが病気で、
 人と関わるべきじゃないって事くらい」

「だからウチ、何度も警告しましたよねーぇ?
 もう来るなって、何度もお願いしましたよねーぇ?」

「なのに、自分から飛び込んできてぇ……
 今更、ウチの事捨てたりせえへんよな?」


軽薄で間延びする声を出しながら、
だが憩の表情は真剣だった。

確信してしまう。もしここで、私が彼女を拒絶すれば。
彼女はこの場で命を絶つだろう。


「と、言うわけで。約束通り名前呼びしてなー」

「……憩。これでいいか?」

「ばっちりやー」


満面の笑みで花を咲かせた憩は、
やがて眼の端に涙を滲ませる。
そのまま両手で顔を覆い、肩を震わせて泣き崩れた。

たかが名前呼び。唯一というわけでもないし、
前例など他にたくさんいると言うのに。
それだけで、憩は感情を爆発させる。


「たかがこの程度で泣き過ぎだ」

「名前呼びだけの話やあらへん……
 ウチを。ウチを受け入れてくれたんが嬉しいんよ」

「これからもよろしくなー。
 ウチと、一緒に病気になってくれるんやろ?」


常識でものを考えるなら、頷くべきではないのだろう。
もしくは、当たり障りのない美辞麗句を並べ立て、
そのまま医師に拘束させるべきなのだろう。

だが、至極不本意ではあるが。憩の言う通り、
私も常識の外に位置する人間らしい。

思いの動機がどうであれ。私は、これ程までに真剣な者を
見捨てるなんてできはしない。

それでも腹いせにふんと鼻を鳴らすと、
私は一言こう加えた。


「病気だと言うなら治すまでだ」



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憩はあっさりと臨海に転校する意向を示し、
監督は大喜びで両手を広げた。

遠方からやってくる憩だから、自然と寮に入る事になる。
憩は当然のように私との相部屋を希望した。
異例の事だ。臨海の寮では個室を与えられる上、
そもそも私は自宅から通っているのだから。


『智葉さんと同室やないなら、
 この話はなかった事にさせてもらいますーぅ』

『ま、いいんじゃないの?』


かくして私の意向は反映されないままに、
私は憩と相部屋になる。
もっとも断っていれば憩はこの世を去るのだろうから、
選択肢など毛頭ありはしないのだが。


「命を盾にやりたい放題か。随分といい身分だな」

「今だけやってー。智葉さんの病気がウチと釣り合ったら、
 こんな手は使わへんし」

「私がさらに悪化すると?」

「もう結構重症や思うでー?」

「知っとる?共依存てな、
 『こいつは私が居ないと駄目になる』って、
 手放せんくなった時点でアウトなんや」

「まんま、今の智葉さんやんなー」


まるで情交をせがむように肩を抱き、
足を股の付け根に割り込ませながら、甘い声で憩が囁く。


「でも、もっとや。智葉さんには、
 もっと駄目になってもらわんと」

「四六時中ウチの事考えて、ウチを求めてもらわんと。な?」

「病気には付き合ってやるが、
 お前の性欲処理まで請け負ったつもりはないぞ」

「結果的には同じ事や。
 この人の全てが欲しい。この人に全てを捧げたい。
 なら、そこに肉体関係が入ってくるのは自然やろ?」

「お前の中ではそうなのかもな」

「智葉さんの中でもそうなるわ」


会話はどこまでも平行線。
だが、分が悪いのは明らかにこちらだった。

心に枷を掛けられている。枷には鎖が接合されていて、
その先は憩の心臓に繋がっている。

愛情過多の小娘と、真剣な者を見捨てられない小娘。
そんな二人が交わればどうなるか、
結果は火を見るより明らかだった。



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坂道を転がり落ちるのは簡単だった。

個人主義の臨海で、チームメイトのために
打つのは私と憩二人だけ。
私の中で憩の優先順位が上がっていくのは
ごく自然な事だった。

元より下地はできていたのだ。
憩が転校してくるもっと前から、
私は憩のために打っていたのだから。


相手のために麻雀を打つ。終われば部屋に集まって、
互いの勝利を喜びあって、熱い抱擁に襲われる。
そんな憩を憎からず思うのは、人として仕方ないだろう。


「智葉さん好きやー、愛してるーぅ」

「重いな」

「食ってもえーよ?」

「断る」


にじり寄ってくる唇を手で押しのけつつも、
時間の問題だろうなとは感じていた。

憩の愛情には限度がない。
軽薄さのオブラートで包んでいるのも今だけだろう。

どうせほんの数日もすれば、拒絶された事に耐え切れず
泣きじゃくり始めるに決まっている。
同じ流れで数日前に唇をくれてやったばかりだ。


「今年の団体戦、全員留学生NGみたいやねー」

「らしいな。だがそれを抜きにしても、
 私達が選ばれる事は間違いないだろう」

「ならもっと頑張らんとねー。もっともっと絆を深めて、
 白糸台に負けへんようにせんとー」

「そう。もっと、もっと、もっと、もっと」

「……なぁ。やっぱり、食ってくれへん?
 そしたらウチら、きっともっと強なれるで?」

「で、さらに依存が深刻化するんだな」

「愛情が深まるって言ってやー」

「同義だろう。何事も過ぎれば毒に転じる」


前言撤回だ。どうやらもう限界らしい。
そしてなお悪い事に、憩が私に食わせた毒は、
予想以上に回りが速い。

『食べて欲しい』、そう希う憩を前にして。
『まあ仕方ないか』、そう思える程度には、
私も憩に毒されている。

さらには、依存されている事にすら、
『それでもいいか』と思える程に。

そして――



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――その認識が致命的な誤りであった事に、
手遅れになってから気づいたのだった。




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『王者白糸台高校、前人未到の三連覇達成!
 臨海が後少しまで詰め寄るも、大番狂わせには至らず』




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『ごめ゛んな゛ぁー、智葉ごめ゛んな゛ぁー!』

『ウチが、ウチの思いが足りへん゛がったから…
 白糸台に負けたからー…
 智葉ん事、優勝させてや゛れへん゛かったー!!』



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『ごめ゛んっ、本当に゛っ……ごめ゛っ……』




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あの日三箇牧で味わった苦しみを、
憩は再び味わう事になった。

思いの強さが勝敗を左右する。
白糸台に負けたのは、ひとえに思いで負けたから。
信じて疑わない憩は、
断末魔とすら思える程の叫び声をあげ、
無様に地面に崩れ落ちた。


本音では異を唱えたい。憩の思いが強かろうと、
一人で勝てるわけではないと。
そもそも憩一人で全てを覆せるというのなら、
団体戦である意味はないだろう。

だが私は口をつぐんだ。
それを声高に語ったところで、
憩の心に響くとは思えなかったからだ。


いいや、この際認めよう。私も打ちひしがれていたのだと。
きっと心の奥底で、同じ思いを抱いていた。
憩と私の想いがあれば、何物にも負けるはずはないと。


安易に肌を重ね合わせ、絆を深めてきてしまった。
毒を受け入れ続けてしまった。


だから、私は。許されざる領域に足を踏み入れてしまう。


「憩、もう泣くな」

「せや゛かて……」

「お前が泣いたところで、結果は何も変わりはしない。
 罪を犯したというのなら、
 償いに心血を注ぐべきだろう」

「っ……」

「お前の想いは足りなかった。だから負けた。
 私の想いも足りなかった。だから負けた」


「だとしたら。私達のすべき事は、なんだ?」


憩がはたと首を上げる。


「もっと……もっと、想いを募らせる事?」

「そうだ。泣いてる暇なんてない」


涙を湛え潤んだ瞳が、瞬く間に黒く濁っていく。
ついにジョーカーを切ってしまった、一人そう確信した。

今後憩が健常者として生きる道はないだろう。
違う、そんなのは出会った時からわかりきっていた事だ。
ならば今堕ちたのは誰か?

わかりきっている。私だ。
他でもない私こそが。今、依存の奈落に堕ちたのだ。


「胸の内を素直に明かそう。正直私は、
 お前との間に線を引いていた」

「お前は病原、私は侵される被害者だと。
 いかに被害を最小限に抑えつつお前を治癒するか、
 そればかり念頭に考えていた」

「だが、今日からは考えを改める」



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「覚悟しろ。お前の病気を上回り、お前を侵しきってやる」




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私の言葉を聞いた憩は、涙を溢れさせたまま破顔する。

そしてそのまま両腕を広げ、素直に私に蹂躙された。




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『照、聞いたか。今度の国麻、
 辻垣内と荒川は棄権するらしい』

『そうなんだ。で、なんで菫は浮かない顔してるの?』

『これはあくまで噂に過ぎないんだが。
 棄権する理由があんまりにもあんまりでな』

『なんて?』

『インターハイの決勝で負けた責任を取って切腹、だそうだ。
 まあ流石に真実ではないだろうが』

『……どうだろね』

『どうだろねって。
 お前、もしかして何か見たのか?』

『いや、あの二人なら
 そのくらいしてもおかしくないなって』

『鏡で見て驚いたよ。あそこまで
 他人に狂ってる人を見た事がない』



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『正直もう打ちたくないな。なんか、
 感化されてこっちまで狂いそう』




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『あの手の病気は、感染するからね』




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あれから一年。プロの世界に飛び込んだ私は、
即戦力として宮永と鎬を削っていた。

お互い新人で担う役割も違うため、
直接ぶつかり合う機会は少ないが。
今年の新人賞を懸け、鍔迫り合いを繰り返している。


「うわ、今日は辻垣内さんとか。やだな」

「本人の前で堂々と口にするとはいい度胸だ」

「病気持ちとはやりたくないんだよ。
 感染されたらかなわない」

「これはこれで悪くない人生だぞ?」

「本人はそうかもね。傍から見たら悲劇だよ」


宮永の冷めた視線は私の右腕に注がれている。
先日和了された罰としてつけた傷。
服で隠してはいるのだが、欺く事はできないらしい。


「随分深く切ったんだね」

「ああ。憩が完全にお冠でな。
 お前に負けるのだけは我慢ならないらしい」

「それ、荒川さんの方も?」

「もちろんだ。私の敗北は憩の敗北。
 私の傷は憩の傷。そう考えると、
 この傷すら愛おしくなってきて困り者だが」


恋人を愛でるかのように、
右腕の傷を指の腹で優しくなぞる。

さぞ食傷したとでも言わんばかりに嘆息しつつ、
宮永はこう言葉をこぼした。


「……正直、辻垣内さんがそうなるとは思わなかった」

「奇遇だな。私もはじめはそう思っていたよ」

「今は?」

「必然だったと思っている」

「完全に病気だね」

「おほめに預かり恐悦至極だ」

「酷評したつもりなんだけどね」


宮永はそこで会話を打ち切る。
これ以上言葉を交わしたくないとばかりに。

病気、病気か。それ自体は事実だが、
必然だと思うのもまた偽りなき本心だった。

そう必然だったのだ。
私が憩と恋に落ち、依存の沼に沈んだ事は。


思えば私も最初から、憩と同じだったのだろう。
真剣な者の味方。裏を返せば、
真剣な者を切望しているという事。
憩に溺れるのも当然だ。


『試合開始!』


起家の宮永が賽を転がす。
さて、今宵の対局はどう転がるか。

無論負けてやるつもりはないが、
多少痛い目を見るのも悪くはない。

相手に和了されるたびに一太刀。
それが私達の間に課せられた罰。
私が咎を背負うたび、憩の肌にも罪が刻まれる。

それが嬉しくて仕方ないのだなんて、
憩にはとても言えないけれど。


「ツモ。1500」


流石に見知った相手ばかりだからか、
様子見はしないのだろう。宮永が早々に和了りを決める。


(参ったな。また傷を刻まれてしまうか)


口の端がつり上がる。その変化に気づいたのだろう、
宮永が不快そうに眉を顰めた。


「……一本場」


思う。もしこのまま宮永が和了し続けて、
挙句飛んだりしたならば、憩はどんな罰を課すのだろう。

殺されるのかもしれない。
お互いに肌を切り刻み、床に大輪の華を咲かせて。
二人折り重なるように、事切れあの世に旅立つのだろう。


(それはそれで悪くはないが)


どうせなら喜ぶ顔が見たい。
そろそろ肌のカンバスも空白に乏しくなってきた頃だ。


ここらで見せつけてやるとしよう。私達の想いの力を。


「ツモ」


四巡目。あの日の憩がしたように、
私は牌を倒して見せた。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2018年10月12日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
国士無双は12牌は全部バラバラなのに1組だけペアの牌が発生する。
全員がバラバラなチームなのに2人だけがお互いのために戦うのって最高ですね。
Posted by at 2018年10月12日 21:21
憩ちゃんの闇に堕ちることが避けられなくなった智葉がどうなることかと思いましたが、最終的には2人とも闇そのものになって分かり合うという文句なしのハッピーエンドですね。ハッピーエンドですね(大事なことなので2回言いました)
そしてそんな狂人との接触を露骨に嫌がる照が新鮮でした。あなた狂人側にいることの方が多いでしょうに。
Posted by at 2018年10月13日 12:18
名前呼びの所で泣くシーンがすこぶる悶えます。自分の病気のことや、智葉さんを好きになった経緯、この対局のために自分を傷付けて思いを乗せたことなどと全てを暴露した上での名前呼び。普通に考えれば拒絶されてもおかしくないと自分で分かってて、それでも拒絶せずに受け入れてくれたのに震えて涙するのがとってもとっても良いです
Posted by at 2018年10月13日 21:22
この荒川さんの異常感がもう言葉に出来ないくらい好き…
Posted by at 2018年10月14日 22:10
これは魂分けあっちゃう系にかなりちかいですな
Posted by at 2018年10月14日 22:47
最後の智葉さんがかっこよすぎる…
Posted by at 2018年10月17日 01:37
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