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【咲-Saki-SS:揺成】『フォロワー』【ヤンデレ】【依存】【狂気】

<あらすじ>
どこまでも盲目だった。あの人の背を追っていく、
そうすれば幸せだって。
その背中がいつか見えなくなるだなんて、
考えもしなかった。

今思えばうぬぼれていたんだと思う。
誰よりも長くそばに居て、誰よりもあの人を追い続けた。
だから捨てられるはずなんてない。
なんて高を括ってた。

そう、二人の交際宣言を聞くまでは。


<登場人物>
本内成香,岩館揺杏,獅子原爽,桧森誓子,真屋由暉子


<症状>
・依存
・意志薄弱
・異常行動
・自殺願望

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・「大好きだったちかちゃんを爽にとられた成香」×
 「大好きだった爽を誓子にとられた揺杏or由暉子」



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いずれは別れが訪れる、
その事自体はわかってました

幼馴染だからと言って、
ずっと一緒に居られるはずもない

今思えばそれは約束された離別
覚悟しておくべきだったんです



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それでもどこかで油断してた
誰より長く一緒に居たから、
誰にも負けるはずないと

別れが訪れるとしても、おそらくもっと後の事
そう、例えば大学を卒業して、
就職して離れ離れになるだとか

あいつが誰かに恋をして、結果自分が捨てられる
そんなふざけた展開は、
最初から考えもしなかった

まして早期退場したチカセンだなんて、
まるで相手にすらならない

そう、高を括ってたんだ



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なんて、積み上げた年月に根拠のない安心感を抱いて、
何もせず胡坐をかいている間

『二人』はどんどん歩みを進めて、
手の届かないところに行ってしまいました



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手遅れになってから気づく
ああ、私は、私達は
二人に置いていかれたのだと



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『フォロワー』




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たった一年の空白が、
全てを塗り替えてしまいました。

チカちゃんの卒業後、
追い掛けて入学するまでの一年間。
そのたった一年で。チカちゃんと爽さんは
あっという間に距離を詰め、
私達を置き去りにしてしまったのです。

いいえ、おそらくは
その認識すら間違っていたのでしょう。
だってお二人は照れくさそうに、
こんな事を言ってのけたのですから。


「いやーまさか初恋が実るとは思わなかったよ」

「私も!幼馴染の恋は実らないって思ってたわ!」


つまり私がチカちゃんと出会う前から、
二人はある意味結ばれていたわけで。
私が入り込む余地なんて、
最初からどこにもなかったのです。

もっと絶望的な言い方をしてしまえば。
もしかしたら最初から。私達は、
想い人と別れて空いた風穴を埋めるための
『代替品』だったのかもしれません。


お二人の交際宣言を聞いてから早数日。
お邪魔するのも忍びなくて、
でも私には他に誰も居なくて。
きりきりと痛む胸を押さえながら、
独り屋上に上ります。


「おっ、成香じゃん」


先客が居ました。彼女は岩館揺杏ちゃん、
私と一緒に麻雀部に入部した1年生。
聞けば爽さんと幼馴染だったとの事です。

なんとなく感じていました。きっと、
揺杏ちゃんも私と同じなのだろうと。
1年年上の幼馴染を追い掛けて、
この学校にやってきたのだろうと。

転落防止用の柵にぐったり背を預ける揺杏ちゃんは、
近寄ってくる私を見て、
嘲るような笑みを浮かべました。


「どんな気分よ」

「神様が居なくなった気分です」

「チカセンが神様ねえ」

「揺杏ちゃんは違うんですか?」

「そんな高尚なもんじゃないかなー。
 どっちかってーと、体が半分千切れたような感じ?」


ぴったりの表現だと思いました。
聞けば、お二人は幼稚園の頃からずっと一緒で。
きっとその関係は、幼馴染というよりも
家族に近いものだったのでしょう。

でも、だとしたら。


「私より重症じゃないですか?」

「まさか。どう見ても成香の方がヤバいっしょ。
 目のクマ凄い事になってんよ?」

「揺杏ちゃんも頬がこけてますよ。
 ごはん、ちゃんと食べてますか?」

「元々スリム体形なんでー」

「揺杏ちゃんは強いですね。
 私はもう、冗談を言う気力もありません」


別に比喩でもなんでもなく。私にとって、
チカちゃんは神様であり道しるべでした。

小学校で出会って以来、ずっと
背中を見て育ってきたんです。
いずれ関係の途切れる日が来るとしても、
もっと先だと思ってました。

それが。こんな急に道を失ってしまうだなんて。


「……」


正直真っ暗闇でした。
これからどうやって生きていけばいいのでしょう。
いいえ。生きていく意味があるのでしょうか。


「聖書読んでるから知ってるよな?自殺は大罪だぜ?」

「…………そんなつもりは」

「あるっしょ。人生終わったって顔してんじゃん」

「なら、揺杏ちゃんは。このまま、
 平気で生きていけるんですか?」

「さあね。ま、行けるところまでは行くさ。
 仮に道半ばで逝くとしても、
 二人と道が分かれてからじゃないと」

「……じゃないと二人が幸せになれないですからね」


わかってはいるのです。私達が今すべき事。
それは、お二人を心から祝福する事。

10年以上のもの間、両片想いを続けてきたお二人が、
心置きなく愛し合えるよう、路傍の石ころに徹する事。

そしてお二人が卒業して、別れる時が来たその時は、
笑顔で手を振り見送る事。
私達が、自分をどうにかできるのはその後です。


わかってはいるのです。
神様から与えられたこの命、
私達人間に与奪する権利などありません。
ゆえに自殺は、神様に対する反逆。

でも、だからこそ思うのです。

神様に比肩する存在。そんな人を失って、
生きていられる方がおかしいのでは、と。



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成香と出会ってからまだ数か月。

過ごした時間は長くはない。
それでも、人となりは把握してるつもりだった。

端的に言えば天使。神にかしずく従順な。
それが、私、岩館揺杏から見た、
本内成香という生き物だった。


それが、まさかここまで変わるとは。


「……」


かつてはコロコロと忙しく表情を変え、
何かとこちらを気遣ってきた成香。
それが今や、能面を貼り付けたように無表情になって、
ただ漫然と虚空を見つめている。

ならば、とこちらからつついてみれば、
返ってくるのは自嘲か嘆き。
かつての天使の面影は、
もはやどこにも見当たらなかった。


「だって仕方ないじゃないですか。
 1年間ずっと独りで耐えてきて、
 やっとまたチカちゃんの元に戻ってこれたのに」

「寂しいと思ってたのは私だけで。
 チカちゃんは、爽さんと二人っきりの世界を楽しんでた」

「私、お邪魔虫って事じゃないですか。
 居ない方がましじゃないですか」

「『消えたい』って思う事くらい……許して欲しいです」


歪に成香が口角をあげる。酷く自虐的で気味悪かった。
あのチカセンですら見た事がない、私にだけ向ける顔。
私だって、できれば見たくなかったけど。

そう。成香は今も、部室では天使を続けている。
チカセンに心配を掛けたくないのだろう。
部活の時間、無垢な天使を演じきり。
二人と別れたその後に、私の前で毒を吐く。


「お前、なんかどんどん悪化してね?」

「よくなるわけがないじゃないですか。
 なんですか?揺杏ちゃんはもう癒えちゃいました?」

「私の愛は、そんなに軽くありません」


愛する人に幸せになって欲しいという清らかさと、
生きる目的を奪われた事に対する怨嗟。
相反する感情がせめぎあい、成香は壊れる寸前だった。


(……気づけよチカセン。お前の大事な成香ちゃんが、
 大変な事になってんよ?)


思わず心の中で毒づく。

でも仕方ないのかもしれない。
10年越しの恋が実って、幸せの絶頂にある二人。
まさかその裏側で、妹のように可愛がってきた幼馴染が
徐々に腐っているなんて、考えろって方が酷だろう。

だから私は仕方なく、成香の毒を受け入れ続ける。

なあに、こういう役回りは慣れてるさ。
昔から問題を起こしまくる爽の隣で、
火消しを担ってきた私だから。


そして今日も、私は成香を慰める。



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岩館揺杏さん。

彼女はこれまでの人生で、
あまり出会った事がないタイプの人でした。

大雑把でいい加減なふりをして、
でも本当は気遣いに満ち溢れている人。
チカちゃんの幼馴染なだけあって、
とても頼りがいのある人でした。

そんな強い揺杏ちゃんだから。
お二人が付き合う事になって自分が捨てられても、
笑顔を失う事はありませんでした。


「ま。そりゃノーダメージとは言えないけどさ。
 別に二人が付き合ったからって、
 私らとの関係が変わるわけじゃないしねー」


なんて眉を下げて笑う強さは、私にはないもので。
彼女は私とは違う。そう思わざるを得ませんでした。

いいえ、違いますね。
単に彼女の宿した愛は、私よりも軽かった。
ただそれだけの事。
なんて、酷く尊大な勘違いをしていたのです。


「いい加減割り切りなって。
 化粧でごまかすにも限度があるしさ」

「好きでくすぶってるわけじゃありません」

「というか、揺杏ちゃんはどうして私につき纏うんですか」

「や、ほっとけないっしょ」

「……爽さんのそばに居られなくなったから、
 私を代わりにしてるんじゃないですか?」

「かもね」

「だとしたらやめてください。惨めです」

「なんで?傷ついたもん同士で傷を舐めあう。
 合理的だと思うけど?」

「不潔です」


けらけらと軽薄に笑いながら、
私の毒舌をいなす揺杏ちゃん。

その様に心を逆立たせるも。
それでも、救われているのも事実でした。


「ま、そーゆーわけでさ。私のためにも、
 ちょっと一緒に居てやってよ」


なんて、何かと理由をつけながら。揺杏ちゃんは、
事あるごとに私に寄り添い続けたのです。

揺杏ちゃんが私に話しかけ、私が酷く雑に言葉を返す。
揺杏ちゃんを傷つけながら、私は彼女に甘え続ける。

もし『あの一件』がなかったなら。
ずっと、そうやって過ちを繰り返していたかもしれません。



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それは何気ない一日。でも残酷な一日でした。

突如として始まった痴話喧嘩。
騒動の発端は、昨日、爽さんが
『小納屋先輩』なるOGの方に会っていた事。

それ自体は偶然で、特に事件性もなかったのですけれど。
でも、チカちゃんが不機嫌になりました。

最初はご機嫌を取ろうとしていた爽さんも、
ずっとむくれ続けるチカちゃんの様子に
だんだんとヒートアップしていって。
やがて口喧嘩に発展したのです。


「だーかーらー!偶然だって言ってんじゃん!
 やましい事なんて何もないって!」

「だから私も言ってるでしょ!理屈じゃなくて感情なの!
 不機嫌になった私の気持ちは、
 真実がどうとか関係ないのよ!」

「ていうかチカは昔からそうだよな!
 小納屋ちゃん来るたびに不機嫌になってさ!
 間で取り持ってた私の身にもなれよ!」

「だって仕方ないじゃない!
 せっかく爽と二人きりだと思った矢先に、
 不意打ちで横槍入れられるんだもの!」

「部活なんだからそういうもんだろ!?
 第一チカ、小納屋ちゃんが来た時の方が
 ベタベタくっついて来てたじゃん!」

「小納屋先輩に取られまいと必死だったのよ!」


それは剣幕こそ激しいものの、
内容はノロケと言っても過言ではなくて。
仲裁の必要すら感じません。
むしろ見せつけられているのではないか、
そんな気にすらなってきます。

胸に澱みが溜まっていく中、
揺杏ちゃんがひょいと片手を挙げました。


「あー、私ギブ。ちょっと席外すから終わったら呼んで」


いかにも辟易したように、
苦笑いを浮かべて立ち去る揺杏ちゃん。

至極自然な装いでした。事実、
お二人は背を向けて消えていく揺杏ちゃんに
目をくれる事もなく、今も痴話喧嘩に勤しんでいます。


「っ……!」


そう。自然であり、問題ないはずだったのです。
なのに、彼女が立ち去るその刹那。
これまでに感じた事がない程の、
恐ろしい怖気に襲われました。

このまま放置してしまえば、
取り返しのつかない絶望が待っている。
そんな確信めいた直感に。


「わ、私もちょっとおトイレに行ってきます!」


言うが否や、踵を返して揺杏ちゃんを追い掛けます。
部室を出てすぐの廊下、一本道なのにもう姿はありません。

だとすれば行く先は空き教室かトイレ。
一つずつ教室を見て回り、でも収穫はありません。


(揺杏ちゃん、一体どこに……?)


最終的にトイレにたどり着きます。
それ自体はおかしな事ではありません。
痴話喧嘩にうんざりして部室を立ち去り、
ついでにちょっとトイレに寄った。普通です。

なのに。震えが止まらないのはなぜなのでしょう。

いつもは当たりもしない直感。
外れていて欲しかった懸念。
でもトイレに足を踏み入れた瞬間、
それが大当たりであった事を悟ります。

部屋中に漂う鉄の臭いが、危機を教えてくれました。


「揺杏ちゃん!?大丈夫ですか!?」


部室では嗅ぎえなかった異臭。
濃厚な鉄錆の香り。連想できるものはそう多くありません。
明らかな異常事態がそこにある。


「揺杏ちゃん!揺杏ちゃん!!」


恐怖が脳を支配します。なかば正気を失った私は、
個室のドアを叩いて回り、大声で喚き続けました。

それに呼応するかのように。しゅるしゅると、
何やら衣擦れの音がして。
やがて、一番奥にある個室の扉が開きます。


「ちょ、どしたの成香。そんなテンパってさ」


あくまで何事もなかったかのように
振舞おうとする揺杏ちゃん。

だからと言って、いくら相手が間抜けな私でも、
騙せるはずがありません。
頬には涙の痕が張り付いていて、
目は真っ赤に腫れているのですから。

でも、それだけならまだよかったのです。
問題は匂いの出所。何より、不自然に隠された左腕。


「左手、見せてください」


左手を背に回して隠しながら。でも、揺杏ちゃんは
観念したように息を吐き出しました。


「……まー言い逃れしても無駄か。ご想像の通りだよ。
 ぶっちゃけグロいから見ない方がいいと思うけど?」

「見せてください!!」


再びため息をついた後。
揺杏ちゃんはくたびれた笑みを浮かべながら
目の前に左手を差し出します。

その手は真っ赤に染まっていました。

手首を覆い隠す長袖をめくります。
途端、さらに濃厚な血の匂いが充満しました。

手首には申し訳程度に包帯が巻かれており、
でも焼け石に水だったのでしょう、
包帯は真っ赤に染まりじくじくと濡れています。



「なん、で…………」


言ったそばから後悔しました。『なんで』も何もありません。
苦しかったから、耐えられなかったから、
心の傷を体の傷に転化した。ただそれだけの事。


「いやー、私さあ。ちょっと最近駄目みたいなんだよねー」


酷く気安く、なんて事のないように、
揺杏ちゃんは軽薄な声で続けます。
でも紡がれる内容は、全てが絶望に塗れていました。


「苦しくて仕方ないって言うかさ。
 酷く気持ちがすさんでる。イライラが止まんない。
 禁断症状って奴なのかね?言うなれば爽中毒ってとこ?」

「あいつの隣に居るのが私じゃない。
 それがどうしても許せないんだよね。
 んでもって、あいつと離れてる時間が
 段々増えてくのが耐えられない。
 頭の中が真っ赤になって、
 何もかもぶっ壊したくて仕方なくなる」

「だからってさ、実際『やる』わけにはいかないっしょ?
 となるとまぁ、こうなるわけさ」


ごらんあれ、揺杏ちゃんは片目を閉じて、
手首の包帯を外していきます。

思わず息を呑みました。

今まさに刻まれたであろう数本の傷。
でも、注目すべきはそこではなくて、
傷の状態がバラバラな事。

新品の傷、治りかけの傷、治って痕だけ残ったもの。
それはすなわち、揺杏ちゃんの自傷行為が
今日に始まったものではない事を意味していました。


「いつ、からですか」

「さあ?しっかりとは覚えてないねー。
 ま、結構前だったとは思うけど」

「やめようとh…………」


言い掛けて口をつぐみます。
望んでやっているはずがないのです。
止められるならとっくに止めている。


途中で言葉を打ち切って、無力に唇を噛む私。
そんな私を見て揺杏ちゃんは微笑みました。
途方に暮れて笑うしかない。そんな感じの笑みでした。


「何もかもが憎たらしいんだよね。
 例えばさっきのチカセンの言葉とかさ」

「『せっかく爽と二人きりだと思ったら、
  横槍入れられるんだもの』だっけ?
 『何それ、うちらにも同じ事思ってたの?』
 とか思っちゃうわけ」

「いやさ、理性ではわかってるよ。
 その小納屋ちゃんって人と私らとでは全然関係が違うしさ。
 週一で不定期にしか来ない奴と、
 毎回来る事が確定してるうちらとでは
 感じ方も違うだろうし」

「でもさ、もう駄目なんだよね。チカセンと一緒。
 理屈ではわかってても、感情が抑えられない。
 怒りをぶつけないと気が済まない」

「まーそうやって矛先を探してみれば、だ。
 いるじゃん格好の相手がさ。
 9年近くアドバンテージがあったくせに、
 みすみすこの状況を作り出したおバカがさ」

「そりゃー処刑しちゃうよねー」


嗤って軽口を叩きながら、左手で『ぴっ』と
首をはねるそぶりを見せる揺杏ちゃん。
床に血が跳ね飛びました。

笑顔。でも、その目の端には涙が滲んでいて。
もう堪えきれなくて――。

――がばりと、彼女を抱き締めました。


「なら!私を痛めつけてください!」

「や、なんでそうなるの」

「この状況を作り出したのが罪だって言うなら……
 私だって同罪じゃないですか!」

「自分を傷つけるくらいなら!私を罰してください!」


勘違いしていたのです。
この人はどこまでも優しくて強いから、
人の前では笑顔を見せる。

勘違いしていたのです。
笑顔を見せられるくらいだから。
この人の愛は大した事がないと。

馬鹿でした。揺杏ちゃんが爽さんに向ける愛は。
きっと、私のそれよりもはるかに深い。

そんな事にすら気づく事なく、
ただただ揺杏ちゃんに寄りかかって、
傷を舐めてもらっていたのです。
それも、心のどこかで蔑みながら。

だから。

本当に罰せられるべきは、私。



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『……あっそ。じゃ、お望みどおりにしてやるよ』




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差し出されたその頬を、反射的にぶってしまった。

怒りが蓄積していたのもある。でもそれ以上に、
あっさり自分を差し出す成香に吐き気がしたから。

見せつけられた気がしたんだ。
私達が『選ばれなかった』その理由を。

盲目で、従順で、安易に自分を他人に委ねる。
『フォロワー』だ。ただ先駆者の後をついてきて、
自分で道を切り開く事はない。


(ははっ。選ばれるわけないじゃん)


爽も、チカセンも、自分で道を切り開いてきた。
私らはその後ろをついて行っただけ。

先駆者と信奉者。どっちがより魅力的かなんて、
あえて語るまでもない。他ならぬ私達こそが、
誰よりその輝きに魅せられてきたのだから。

そんな単純な事にすら気づけなかったなんて、
我ながら自分の馬鹿さ加減に反吐が出る。
でもそれ以上に、自身の置かれてる状況に愕然とした。


(先駆者に捨てられフォロワー二人、か。
 なにこれ?完全に詰んでんじゃん)


これからどうやって生きていけばいいのだろう。
答えなんて出るはずもなかった。

盲目で馬鹿で愚かな私達。そんな私達にできる事と言えば。
せいぜい現状を嘆きながら、ただ傷を舐めあう事だけだった。



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こうして、歪な共依存が成立しました。

お二人がその仲を深めるたびに、
揺杏ちゃんは私を傷つけました。



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『もっと激しくしてもいいですよ』


右の頬を打たれたら、左の頬を差し出すように。
目に涙をためながら、それでも成香は微笑みかける。

自傷だ。これは、成香にとっての自傷行為だった。



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『お願いです。もっと激しくしてください。
 遠慮なんて要りませんから』


そうして欲しかったんです。もっと罰が欲しかった。
痛みが脳を焼いてくれれば、何も考えずに済みますから。



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『もっと、もっと、もっと、もっと』

『痛みで、何も感じなくなるくらい』


ああ、誰か私達を止めてくれ。
そうじゃなきゃ、いつか私は――



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きっと、成香を、殺してしまう。




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事態がようやく進展したのは、
私達がこの関係になってから二か月も後。
真屋由暉子、通称ユキが現れてからの事だった。


一目見て、その悍ましさにぞわっとした。
意志のない瞳、感情を宿さない顔。
まるでロボットのようなその様相は、
あまりに不気味で歪だった。

私が抱いた感想を、爽も感じたかはわからない。
でも少なくとも、ほうっておくはずがなく。
爽はまた、新たなるフォロワーを作り上げる。


『ユキ、来年ここ入りなよ。有珠山高校』


ぞくりと背筋が泡立った。

見てしまったからだ。声を掛けられたその瞬間、
ユキに表れたその表情を。

それは一人の人間が、信者に堕ちる瞬間だった。

『もとよりそのつもりでした』
なんて言ってはいたけれど。
爽の軽率な一言が、ユキの人格形成に
重大な影響を与えたのは事実だろう。


(そっか。私は、こんなにヤベー奴だったのか)


目の前に居るのはユキ。でもそれは、
間違いなく過去の私だった。

激しく痛感させられる。自分がこんなにも危うくて、
中身のない存在だったのかと。

判断をゆだね、未来をゆだね、
ただ親ガモの後ろをついてゆく子ガモ。
目はガラスのように透き通り、
意志を映し出す事はない。

『何もかも、先輩のために生きたい』

当然のように語るユキをみて戦慄した。
なあお前、わかってるのか?爽にはもうチカセンが居て、
お前はいずれ捨てられるって事を。

ユキはどんどんおかしくなっていった。
多分成香も気づいてただろう。
一見すれば好転、でも実際は酷く悪化してる。

なのに。

『ユキはもっと羽ばたける!
 真屋由暉子アイドルプロデュース作戦だ!』

当然のようにユキの未来を舗装していく爽に愕然とした。
なあお前、わかってるのか?ユキにはお前以外誰も居なくて、
お前に依存してるって事を。


そして気づく。


私達に巣食う病巣は、
私達のせいだけではないのだと。

幼い頃から共に在ったこの幼馴染にも、
少なからず問題があったのだ。

ヒーロー体質だなんて言えば聞こえはいい。
でも実際は、面倒を見きれない野生動物に
安易にエサをやるようなもんだ。

後で放逐された時、ユキはこう思うだろう。
『それで、これから私はどうすればいいのですか?』と。
そして、歩く事も出来ずただ茫然と立ち尽くして。
私達と同じように苦しむのだ。

その意味で言えば。チカセンが爽と
小学校で離れ離れになったのは、
チカセンにとって幸運だったのだろう。


(これ以上、爽の被害者を増やしちゃ駄目だ)


私みたいなフォロワーを、これ以上この世に生んじゃいけない。
私達の事はもちろん、きっと爽自身のためにも。

だから私は――



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――今日から、爽のフォロワーをやめる。




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「なあ爽。お前さ、自分がやってる事に気づいてるか?」

「へ?何の事?」

「ユキの事だよ。あいつ、もうお前の事しか見えてないぞ。
 ちゃんと責任取れるわけ?」

「いやいやなんでそうなるんだ?私はただ、
 あいつに別の生き方があるって事を教えただけで――」

「……はあ、だよな。お前はそう言う奴だよな。
 それをやられた奴がどんだけ救われて、
 どんだけお前に溺れるか。
 これっぽっちもわかっちゃいねーの」

「……」

「例えばさ。私もお前に同じ事されて、
 お前に依存しまくってたんだけど。
 お前、気づいてた?」

「え」

「知らなかったろ?ぶっちゃけるとさ、
 大学もお前についてくつもりだった。
 下手したら就職先も。それくらい、お前に依存してたんだ」

「でも。お前のフォロワーはもうやめる。
 それがどんだけ危なっかしくてヤベー事かって、
 ユキを見てようやく気づいたからさ」



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「だからさ。これからはもうチカセンだけ見てなよ。
 ……私やユキみたいな奴を、これ以上作ろうとするな」




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揺杏ちゃんが変わった。
すぐわかりました。
私とは別の生き物になったんです。

もう、揺杏ちゃんは一人で歩いて行ける。
爽さんの後を追う必要も、私と傷を舐めあう必要もない。

つまり。


「揺杏ちゃんも。私を置いていくんですね」


心がどんどん冷え切っていく。
心臓が鼓動を止めて、冷たくなっていくような。
そんな錯覚に襲われました。

チカちゃんの時でさえ、
ここまで酷くはありませんでした。
置いて行かれる、その事実は変わりありません。
でも、ただ単に。訣別に耐えるだけの余力が、
もう残されていなかったのでしょう。

ピシリと心に亀裂が入り、崩壊を悟った瞬間。
でも、揺杏ちゃんはへたり込む私の前に屈んで、
そっと手を握ります。


「私は爽やチカセンとは違うよ」

「フォロワーをやめるとは言ったけどさ。
 だからって、一人で道を切り開いて行けるほど強くない」


私の手を包む揺杏ちゃんの指は、
カタカタと小刻みに震えていました。


「ぶっちゃけ怖いんだ。できれば、
 誰か道連れが欲しいんだよね」


揺杏ちゃんが私を抱きます。彼女の震えが伝わってきて、
私まで怖くなってきます。

でも、それでも。そのぬくもりは、どこまでも温かい。


「だから。もうチカセンのことは忘れてさ。
 私のフォロワーになってくんない?」

「ま、チカセンほど強くも綺麗でもないし、
 ついてき甲斐はないかもしんないけどさ」

「その代わり」

「私は。絶対成香を見捨てないから」


「っ……!」


自然と涙が目に溜まり、ぼたぼたと
落ちて零れていきます。

視界がぐちゃぐちゃになって前が見えない。
でも、なのに心は安らかでした。

揺杏ちゃんに抱くこの感情が、恋なのかと問われれば。
正直首をかしげざるを得ません。

でも。もう私にとって。揺杏ちゃんが、
必要不可欠な存在である事も事実で。
失えば、死ぬしかない事も確かなのです。

揺杏ちゃんもわかってる。
だからこそ、私を安心させるために。
爽さんの呪いを断ち切り、
私に縛られてくれたのでしょう。


「……もう、とっくにチカちゃんの事は諦めてます。
 だから私は一人ぼっちです」

「揺杏ちゃんがひろってくれるなら……
 それはとっても。とっても、とっても――」


「素敵です」


全身から力を抜いて、全体重を揺杏ちゃんに預けます。
それは酷く愚かな行為。なのに、
揺杏ちゃんは私を支えてくれました。

だから私は、その時初めて。
もう少しだけ生きられるかも、そう思う事ができたんです。



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卒業した私達は、二人とは違う道を選んだ。

違う大学、違う土地。もちろん今も仲間として、
連絡は頻繁に取り合うけど。
もう私は、爽に進路をゆだねる事はない。


「いやー、そんだけの事なのに、
 こんなに厳しいとは思わなかったよなー」

「ですね。今まで本当に、チカちゃんに
 頼りきりだったんだなって思います」


自分の進路を自分で考える。
どんな学校か自分で調べて、
志望校の過去問も自分で入手する。

いや、当たり前の事なんだけど。
そんな普通の人にとって当たり前の事ですら、
私達には初めての経験だった。

大学に入ってからはもっと痛感。
先輩って本当にありがたいんだな、
だなんて、毎日のように感じてる。


「んで、もうすぐ期末なわけだけど。
 過去問手に入りそう?」

「ええと、ちょっと無理っぽいです。
 で、でも大丈夫ですよ!
 真面目にノートは取ってますし!」


先人の居ない道。一寸先は真っ暗闇で、
酷く危うくて心細い。
私は何度もくじけそうになりながら、
そのたびに成香に支えられている。

でも、最近は。そんなアドベンチャーも悪くないって、
素直に思えるようになってきた。



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揺杏ちゃんと私の関係。

それは、チカちゃんと一緒だった時と
そう大差はないのかもしれません。

揺杏ちゃんが道を決めて、私が後をついていく。
傍からみればまるで同じ。ちっとも進歩が見られない。
そう後ろ指を指されても仕方ないでしょう。

でも確かに違うんです。覚悟の度合いが。

揺杏ちゃんは知っています。
もし揺杏ちゃんが私を捨てたら、私がこの世を去ることを。

そして私も知っています。
本当は先陣をきるタイプじゃないこの人が、
震える足に力を入れて、唇を結びながら
一歩を踏み出している事を。

私は確かにフォロワーだけど。でも、
揺杏ちゃんの背中を支えている。
その実感があるんです。



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今なら爽の気持ちが少しわかる。

フォロワーがいる事。
それは勇気と、覚悟を私に与えてくれる。

私には成香がいる。だから歯を食い縛るんだ。
『ついてこい』って笑うために。



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だから私はこれからも、後ろをついて行くんです。

いつか揺杏ちゃんの心がくじけて、
足を止めてしまった時。

その肩をそっと抱き締めて、
二人で痛みを分け合うために。




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そうやって、フォロワーだった私達は
道なき道を進んでいく。


覚束ない二人三脚で。



(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2018年12月27日 | Comment(5) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
共依存素敵です!
そしてユキちゃんの運命やいかに
Posted by at 2018年12月28日 13:07
これは完全なるハッピーエンドに思えます
2人で溺れてどこまでも堕ちて行くのかと思っていたら、爽への依存を断ち切って2人で前へ進んでいこうとする様は清々しいです
読んでいて思わず揺杏と成香を応援したくなる作品でした
Posted by at 2018年12月29日 04:41
ユキちゃん…
いやきっと誰かがちゃんと先駆者に…なってくれてるよね?
Posted by at 2018年12月29日 22:45
自傷が独りで完結しないのが素敵です!
Posted by at 2018年12月31日 20:49
先駆者を務める揺杏の勇気に心を打たれました。普通の人はすごいです。
Posted by at 2019年03月13日 22:04
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