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【咲-Saki-SS:ふくすこ】健夜「全てを破壊する者」【ヤンデレ】【依存】【狂気】
<あらすじ>
お騒がせアナウンサー福与恒子。
ある日、彼女はいつもの飲み会で、
小鍛治健夜を狙っていると息巻いた。
後押しを期待した恒子、
だが周りの反応は冷ややかだった。
止めておけ、貴女には荷が重い。
プロ達は皆恒子を諭す。
彼女達は知っていたのだ。
強過ぎる力は人を壊す。
例え麻雀を打つわけでもなく、
そばに居るだけであったとしても。
グランドマスター小鍛治健夜。
彼女が壊した人間は、とうに二桁を超えていた。
<登場人物>
小鍛治健夜,福与恒子,その他大人組
<症状>
・狂気
・依存
・異常行動
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・他の大人組も登場する感じの
ドロドロシリアスふくすこ
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今でもしばしば夢に見る。
私が壊した子の夢を。
その目に闘志の炎を宿し、私に挑む少女達。
眩く輝く彼女達を、極彩色の泥が押し潰す。
瞳の光は掻き消えて、
彼女達は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
『壊した』そう確信しながらも、
私が泥を引っ込める事はなく。
さらに彼女達を浸し、侵し、蹂躙した。
対局が終了し、私は一人席を立つ。
他に立つ者は居なかった。
ある者は卓に突っ伏し、ある者はうなだれ崩れ落ち、
ある者は絶望に天を仰いでいる。
目を伏せそのまま歩き出した。
もはや躯となった少女達を振り返る事もなく。
ただ一言、聞こえない程度の小声で、
『ごめんね』と呟きながら。
数か月後、彼女達が心を挫き、
この世界から去った事を知る。
怨嗟の声を聴きながら、私は目を伏せ黙祷した。
そして思う。こうして私はこれからも、
何人もの雀士を屠るのだろう。
数多の希望の芽を潰し、皆を呪い続けるのだろう。
「……っ!」
夢はいつもそこで終わる。
現実が姿を見せて、でもそれは地続きだった。
私はこの現実で、夢の続きを繰り返すのだ。
頭を振り気を取り直す。
切り替えよう、今日は友人の結婚式なのだから。
私が見せられる最高の笑顔で彼女を送り出さなければ。
それでも、ふと。闇が顔を覗かせる。
きっと、私が彼女のように
誰かと添い遂げる事はないのだろう。
そう思うと、気持ちは重く沈んでいった。
考えるな。考える権利さえ私にはないのだから。
皆の希望を潰し続けた私。
そんな私に、幸せを考える権利なんて、ない。
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『全てを破壊する者』
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ぶっちゃけた話、秒読み寸前だと思ってた。
いやだってすこやんと来たら、
これっぽっちも浮いた話を聞かないし。
調子に乗ってプロポーズまがいの話をすれば、
割とチョロそうな感じの返事が返ってくるから。
無論それは冗談でもなんでもなくて、
すこやんを陥落するためのボディーブローで。
さらに言えば、『すこやんは私のだからね』っていう
周りへの牽制でもあった。
実際それは効いてたと思う。
すこやんに色目を使う人は激減したし、
私に絡む人もまた同じだった。
つまり、私達はめでたくセットだと認識されたってわけだ。
だから。飲みの席でこんな風に言ったのも、
その場のノリとかそういうのじゃなく。
固めに固めた意志表明だったのだ。
「いやー、もうみんな知ってると思うけどさ。
実は私、すこやんの事狙ってるんだよねー」
いつものメンバーとの定例飲み会。
たまたますこやんが欠席したのをいい事に、
大声でカミングアウトした。
いやまぁもちろん個室だけどね?
てっきり『だよねぃ』なんて返されると思ってた。
もう少し言えば、『後押ししちゃおっかな☆』
なんて返事が来れば僥倖。
なのに。現実は思ったより非情だった。
「すこやんなぁ、お薦めはしかねるねぃ。知らんけど」
「応援したくはあるんだけど……ちょっと難しいかも☆」
「正直ベリーハードだと思いますね」
「厳しい!」プンスコ
まさかまさか、全員からのNG判定。
流石に予想してなくて、思わず声が裏返る。
「え、なんで!?ぶっちゃけ私的には
イージーモードだと思ってたんだけど!?」
「ふくよんがどう、って言うよりさぁ。
すこやん側に問題ありなんだよねぃ」
「結婚まで行くとなると、相当ハードル高いよね」
「え?誰か別の人と勘違いしてない?すこやんだよ?
SukoyaKokaji。
あのチョロ生き物のすこやんだよ?」
「や、わかってるって。
リオデジャネイロオリンピックで銀メダルの
グランドマスター小鍛治健夜だろ?」
「正直、ふくよんには荷が重いと思うぜぃ?」
カッチーン。
三尋木プロの一言が私の逆鱗に触れる。
えーえーわかってますよ、所詮私は新米アナウンサー、
麻雀に関しては素人に近いですよ。
すこやんの持つ輝かしい経歴と比較すれば
月とスッポン、提灯に釣り鐘、鯨と鰯ってくらい雲泥の差、
身分不相応でございますよ。
でも。
「人を好きになる事にそんなの関係ありますかね???」
「関係、あるんだよ」
不穏な空気が漂い始めたのを察知したのだろう。
でも、その場を諌めるわけでもなく。
はやりんにしては珍しく、
どこか張り詰めた表情で言葉を繋ぐ。
「私達レベルだったら、まだ気にしなくても
よかったんだろうけど。
こと、健夜ちゃんレベルになると別」
「相応の実績が必要って?すこやん、
そういうの絶対気にしないと思うけど」
「実績は必要ないだろうさ。でも、
それよりもっと必要不可欠なもんがある」
「何さ」
「雀力さ」
「……はぁ?」
思わず変な声が出た。
え、何この人頭大丈夫?雀士と結婚するためには
雀力が必要とか本気で思っちゃってるわけ?
ていうか雀力って何?この人達には
なんかドラゴンボ○ルみたいな
オーラでも見えてるとでも言うの?
正直ネタにしか思えない。でも私の反応を見て、
三尋木プロの眉間に皺が寄る。
「何言ってんだって顔してるねい。
そんなの関係ないって思うだろ?
どっこいこれが大有りなのさ。
すこやんレベルになっちゃうとさ」
言うべきか言わざるべきか。三尋木プロにしては珍しく
逡巡する様を見せながら、結局はゆっくり口を開いた。
「……すこやんのさ、裏の忌み名を知ってるかい?
『全てを破壊する者』、だ」
「強すぎる雀力は人を壊す。
実際、すこやんはたくさんの雀士を壊してきた。
今も精神病院に収容されてる奴だって何人も居る」
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「次は、ふくよんかもしれないぜ?」
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真冬の冷水を思わせる程に冷え切った声。
その声で紡がれるすこやんの闇。
三尋木プロが語る真実は、
私を震撼させるに十分なものだった――
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国内最強雀士、小鍛治健夜。
トッププロと比較しても桁違いの強さを誇る彼女は、
今までに何人もの人間を壊してきた。
『力』が発現したのは、彼女にとって初めてのインターハイ。
全国大会の準決勝、ある少女に感化されての事だった。
赤土晴絵。無名だった阿知賀女子学院を
全国の舞台に導いた不動のエース。
彼女から受けた跳満の一撃、想定を超える打ち筋が、
小鍛治健夜を『変異』させた。
突如として、彼女の全身が禍々しい極彩色の泥を纏う。
それは瞬く間に卓全体を包み込み、対局者全員を飲み込んだ。
後は地獄。
小鍛治健夜を目覚めさせた赤土晴絵は大量失点。
あまりの恐怖に精神を病み、次の年、
彼女が大会にエントリーする事はなかったという。
目覚めた小鍛治健夜はその力を遺憾なく発揮した。
史上最年少の九冠タイトルホルダー。
何人もの雀士が彼女に挑み、破れ、壊れていく。
中には対局中に発狂する者もいた。
そのまま担架で運ばれて、精神病院に消えた者もいる。
彼女が持つ強さは禁忌。もはやそれは、
人に行使してよい領域の力ではなかった。
時を同じくして、ある研究機関が異色の論文を発表する。
論文は瞬く間に世界中の知るところとなり、
特に麻雀業界は騒然となった。
『女性のプロ雀士には、
自然界の理を歪める程の力を持つ者が居る』
『その力は麻雀以外にも使用する事ができ、
悪用すれば甚大な被害が及ぶ』
『例えば。彼女達が放つ精神エネルギーは、
受ける対象の心身に深刻な作用をもたらし――』
『時に。対象を、廃人に至らしめる』
翌年、小鍛治健夜はランキングに関わる大会から姿を消す。
地元のクラブチームに転籍し、
タイトルから縁遠い環境に身を置く事で、
ランク争いから退いた。
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『……ってわけだ。すこやんレベルになると、
麻雀を打ってなくても周囲に影響を及ぼしちまう』
『それも無自覚に、だ。言っちゃ悪いけどさ、
悪意を持って人を壊すより、よっぽど質が悪いよねぃ』
『もちろん、自分が周りに悪影響を及ぼす事は、
すこやんもちゃんと自覚してる。
だから、オフの時はああやって引きこもってるのさ』
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起きたら自分の部屋に居た。
どうやって戻って来たかは覚えてない。
泥酔してたのは確かだから、
多分はやりん辺りが気を遣って
タクシーで送ってくれたんだろう。
頭が痛いし眩暈がする。典型的な二日酔い。
でも果たしてそれだけだろうか。
違う。みんなに言われた警告が、
棘みたいに脳を突き刺してるんだ。
……雀士の闇。その話を聞いた上で、
それでも私の気持ちは変わらなかった。
人を壊すほどのエネルギー。でも、
それもすこやんの一部と言うなら、私は喜んで受け入れる。
そう鼻息荒く語る私に、
三尋木プロは困ったように眉を下げた。
『ふくよんならそう言うと思ったさ。
でも。すこやんがどう思うかは別問題だよねぃ?』
『大切な人を自分の手で壊しちまう。
すこやんは、それでもいいって笑えるタイプかい?』
淡々と放たれたその問いが、深々と心を貫いた。
答えはノーだ。誰よりも普通で、気にしいで、
お人好しのすこやんだから。
もし自分のせいで私が壊れると知ったなら、
間違いなく離別を選ぶだろう。
(じゃあ何か。私とすこやんが
結ばれるのは無理って事?)
凡人の私ではすこやんについていけない。
そう潔く諦めて。誰かテキトーな人と結婚して、
子供でも作る方がいいんだろうか。
(って、それも無理だよね)
自分に嘘はつきたくない。
そこそこの幸せを享受して、自分をごまかすくらいなら。
どこまでも愛に殉じて、すこやんに殺された方が何倍もましだ。
(でも……すこやんは私の愛を受け入れてくれないよね)
ああ、結局堂々巡りだ。激しく頭を振り乱し、
どかりとベッドに横たわる。
ズキズキと頭が痛い。いっそ、
もっと痛みが酷くなればいいのに。
そうすれば何も考えずにすむから。
でも思いとは裏腹に。
脳内で、ぐるぐる悩みは回り続けた。
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飲み会を欠席したあの日以来、
こーこちゃんの様子がおかしくなった。
なんだか嫌な予感がして、はやりちゃんに事情を聴く。
詳細は教えてくれなかった。でも、
雀力が一般人に及ぼす影響の話になったら、
一気にテンションが下がっていったらしい。
飲み会が終わる頃には、いつもの恒子ちゃんからは
想像もできないくらい意気消沈していて。
あげく酷く泥酔していたから、
仕方なくタクシーで送り届けたとの事だった。
全身が凍りついていく。
ああ、ついにこの日が来てしまった。
『ごめんね。できれば触れたくなかったんだけど』
電話越しに響くはやりちゃんの声は、
申し訳なさそうに沈んでいる。
「ううん、むしろ遅過ぎたくらいだよ。
これでよかったんだと思う」
「そうでなきゃ、もしかしたら私は、
こーこちゃんを壊しちゃってたかもしれない」
そう、最悪の事態は免れた。
このまま私の元を去ってくれれば、
こーこちゃんが壊れる事はない。
むしろ今までが甘え過ぎていたのだ。
存在するだけで悪、幸せになる事を許されない存在。
それが私、小鍛治健夜という生き物なのだから。
「うん。悪いけど、こーこちゃんに
言っておいてくれると嬉しいな。
みんなの言ってる事は事実で、
私とはもうできるだけ会わない方がいいって」
『何もそこまでする
「必要あるよね?私のオーラがどれだけ凶悪なのか、
はやりちゃんはよく知ってるでしょ?」
「あの日、私は。はやりちゃんの目の前で、
赤土さんを壊したんだから」
『……』
そう、手遅れになってからじゃ駄目なんだ。
脳裏に過ぎるは赤土さん。
あんなに強く、生命力に満ち溢れていたはずの彼女が、
カタカタと肩を小さく震わせ、力なく卓に突っ伏した。
あんな風になるこーこちゃんだけは見たくない。
「うん。プライベートではもう会わない。
これからは全部TV局を通すようにするよ」
『っ、健夜ちゃ――』
言うだけ言って通話を打ち切る。
そして静寂が訪れた。
「これでいいんだ。ううん。
こうじゃなきゃ駄目なんだよ」
独り言が空しく響く。それすらも罰だった。
そう、私は罪深い咎人で。幸せになる権利なんてない。
恒子ちゃんという希望の光を、
私の手で摘んではいけないんだ。
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なんて。
殊勝な思いを胸に秘め、悲劇のヒロインをきどる私。
そんな私は、まだ気づいてはいなかった。
自分という存在が、自分が考えるよりもはるかに
罪深くて悍ましい存在である事に。
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すこやんと会えない日々が続く。
その事実は、少しずつ私を擦り減らしていった。
インターハイがあった頃は、それこそ
毎日のように顔を合わせてた。
でも夏が終わり、ラジオも終わってしまった今、
すこやんと一緒の仕事は驚く程少なくて。
一時期が夢幻だったかのように、
ぱったりすこやんと会わなくなった。
「まあ。会ったところで、
答えはまだ出てないけどさ」
あの日三尋木プロに問われた質問。
愛に殉じて息絶えるのか、すこやんを思い身を引くのか。
多分正解のない二択。まだどちらも選べてない。
「すこやんは後者を選んでるんだよなー」
はやりん経由で伝言された。これからは、
もう私生活で会うのは止めましょうって。
単刀直入な絶交宣言。もちろんそれは、
私を思っての事なんだろう。
だからこそ突っぱねにくい。
本当は大声で叫びたい。
『私は、すこやんに殺されるなら本望だよ!』って。
わかってる、どう考えても逆効果だ。
言ったが最後、すこやんはもう私に会わないだろう。
「……ブログでも書こっかな」
溜め込んでも苦しくなるだけだ。
この手の気持ちは、ブログに吐き出してしまうに限る。
私はのそのそと起き上がると、ノートパソコンを立ち上げた。
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控室。
理沙さんと二人、いつものように
本番を待ちながら過ごしていると、
理沙さんが突然湯気を出し始めました。
「危ない!!」
などと、相変わらずの語彙力を発揮しつつ
あらぶり続ける理沙さん。
思わず眉を顰めます。私の見立てでは、
この発熱具合はLV3。
要警戒に値するものだったからです。
「ブログ、ですか?」
理沙さんの前に置かれていたのはノートパソコン。
ディスプレイには『偽こーこスタジオ』の
文字が広がっていました。
確かそれは、福与アナの裏ブログ。
『これは福与恒子さんのこーこスタジオとは
何の関係もない非公式の嘘ブログです』
なんてブラフを隠れ蓑にしながら、
赤裸々に語られる業界の裏事情に、
業界人全員が警戒……
もとい注目して逐一監視……
もとい閲覧しているページです。
もっとも。際どいネタが多いのも事実ではありますが、
その大半は小鍛治プロに関するもので。
彼女以外にとっては案外無害なはずですが……
促されるまま読み始めます。軽く数行程度流し読みすると、
自然と眉根が寄っていきました。
「これは確かに、危ういですね」
現役アナウンサーの裏ブログ。
もし、その前提なく読まされたなら。
私はこれを、精神病患者の手記だと信じて疑わなかったでしょう。
それほどまでに、記事は色濃い闇に覆われていて。
正気を疑わせるものだったのです。
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『○月×日』
死に至る恋。なんて聞くと、思わず
『中二か!』なんて茶化したくなるんだけど。
現実問題、そういう恋がある事を知った。
一緒に居るだけで病み、壊れて、腐り堕ちる。
そういうケースがあるらしい。
あ、これ比喩じゃないけど比喩ね。
実際精神的には死んじゃうケースがあるらしいよ。
そんな相手に恋をした時、貴方ならどうします?
私の答えは決まってる。愛に殉じて息絶えるよ。
でも相手はどうだろう。そうして冷たくなった私を見たら、
多分泣きじゃくるんじゃないかな。
なのに愛を貫く事は、その人
を愛してるって言えるんだろうか。
相手が傷つくってわかってるのに。
そう考えると袋小路だ。悲しいね、救いがないね。
でも。現実って案外そういうものなんだろう。
……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『○月△日』
この前の続き。一緒に居たら自分が死んじゃう、
そんな相手を好きになった時。
どうするのが正解なんだろう。
いやさ、本当はこう言いたいですよ?
テレビの前ならもちろん言います。
『スーパーアナウンサーの福与恒子は、
愛の力でなんとかします!』
『死に至る恋がなんぼのもんじゃい!
奇跡起こしてやりますよ!』
なーんて言いながら拳をビシッって!
んで、すこやんからツッコミを受ける、
ここまでテンプレ展開ね。
でもそれはスーパーアナウンサーの話。
生こーこちゃんとしては、実際
廃人になっちゃってる人を目にしたら無理ですね。
逃げるしかないのかな。影響が出ない範囲で
当たり障りなく付き合っていくしかないのかな。
私は、別に死んでもいいんだけどね。
……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『○月◇日』
死んでも諦められない恋。
だとしたら、死ぬしかないんじゃないかな。
回避して、生き続けて、でもずっと心の中で後悔。
それって幸せって言えるのかな。言えないよね。
人間誰だっていつか死ぬ。
今平均寿命いくつだっけ、85歳くらい?
そこを基準にするから駄目なんだよ。
江戸時代位だったら確か30から40歳くらいでしょ?
その辺と比較すれば、仮に余命が
後5年から15年くらいだったとしても、
充分平均超えてるわけだ。
ならいいじゃん、愛に殉じて死んだって。
いっそ、寿命が近づいてきたら
お互い手にナイフを持ってさ。
『貴方のおかげで幸せでした』
なーんて言いながらお互いの胸に突き刺すの。
ほら、ハッピーエンドでしょ?
もう、それでいいんじゃないかな。
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唐突に言い渡された番組の降板。
そして突きつけられた心療内科の受診勧告。
まあ自覚はあったから、降板の方は受け入れた。
病院には行っていないけど。
ろくに着替えもしないまま、
お風呂にすら入らず日記帳にびっしり文字を書き散らかす。
ブログに書くと見られちゃうから、
仕方なくこんな感じで吐き出してる。
そんなこんなですこやんへの愛を綴っていたら、
インターフォンが鳴り響いた。
一度は無視してみたものの、
ベルはしつこく鳴り続ける。
「……ええと、どなたですか」
『可愛い三尋木咏だよん』
「あー、今にこやかに対応できないんで、
帰った方がいいと思うけど」
『オーケーオーケー、わかってるさ。
むしろ腹割って話し合おうぜぃ』
「や、三尋木プロと腹割っても仕方ないんだけど」
『あるね、大ありさ。ま、ふくよんが
すこやんと結ばれたくないって言うなら帰るけど?』
「…………今開けるから待ってて」
オートロックを解除して、三尋木プロの登場を待つ。
いつもなら軽薄な笑みを浮かべるはずの彼女が、
酷く真剣に、唇を結んで現れた。
「んじゃ話そうか。その前に聞いとくけどさ。
すこやんと結婚できれば、
廃人になっても文句はないんだよな?」
「もちろん」
一も二もなく頷くと。私は彼女を招き入れた。
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最後にこーこちゃんと会ってから、
はや三カ月が経過した。
その間にこーこちゃんは病気療養に入り、
お茶の間から姿を消して、
『こーこスタジオ』の更新も停止した。
風の噂では、業界側からストップがかかったらしい。
胸がじくじく痛みに疼く。
でも、これでいいとも思ってた。
今ならまだ傷は浅い。
一時的には落ち込んだとしても、
いずれ時間が解決してくれるだろう。
「……そう。これで、よかったんだよ」
「本当にそう思ってますか?」
それはあくまで独り言。なのに返事が返ってきた。
声がした方に振り向く。
居るはずのない人が居て、驚きに目を見開いた。
「赤土、さん……っ!」
そう、赤土晴絵さん。私の力を目覚めさせ、
私が初めて壊した人。
「ごめんね。見てられなくて連れて来ちゃった」
予想外の人の横には、いつも通りのはやりちゃん。
違う、彼女は星を散らしていない。
オフモード。ただの瑞原はやりとして、
赤土さんを連れてきたのだ。
「ええと、どうして?」
「あなたがまた、人を壊そうとしてるからですよ」
単刀直入。かつ、あまりに鋭い一撃が、
胸に深々と突き刺さる。
誰を?あえて聞くまでもないだろう。
でも。
「だから、こーこちゃんからは離れたよ?」
「それが間違いだと言ってるんです」
赤土さんは肩をすくめる。そして、一度目を伏せた後。
まっすぐに私の瞳を覗き込んだ。
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「今更離れても手遅れです」
「彼女に溜まったあなたの毒は、
とっくに致死量に達している」
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赤土さんは言う
私が放つ極彩色の泥
人に放ってはならないその泥は、
相手によって毒性を変化させるのだと
対局者、すなわち『敵』に対して向ければ
それは精神を破壊する槌となり、
相対する者を粉々に打ち砕く
想い人、すなわち『味方』に対して向ければ
それは依存性の強い麻薬となり、
相手を侵食してボロボロにする
「これ、福与アナの裏ブログです」
赤土さんはスマートフォンを手に取ると、
慣れた手つきでブログを開き、
とあるページを指し示す
記事の日付に覚えがあった
それは、私とこーこちゃんが出会った日
「この段階では普通の内容でした。
何を食べた、誰と会った、
ごくごく平凡な日記です」
赤土さんが画面をフリックする
いくつかの記事をスクロールで飛ばし、
やがてぴたりと手を止めた
「一か月後。ここからです。
彼女がおかしくなり始めたのは」
その日付にも覚えがあった
こーこちゃんが初めてうちを訪問……
ううん、侵入してきた日
『突撃取材!』だなんて言って、連絡もなくやってきて
酷く狼狽えて追い返す事もできず、
なし崩しに迎え入れてしまった
「あなたの記事が増えていく。
内容が濃くなっていく。
行為も犯罪まがいになっていく」
「彼女が小鍛治プロと出会う前から、
突撃取材をしてたならわかります。
元々彼女はそういう人だ。それで
終わる話だったでしょう」
「でも、彼女は。『そういう人』でしたか?」
違う
言われてみれば、こーこちゃんは
最初から『ああ』だったわけじゃない
ううん、今だって
私以外の人には割と常識的だ
「もう少し進めましょうか。はい、二か月後。
この頃になると、もう記事は小鍛治プロ一色だ」
「盗聴、盗撮もなんのその。
まああなた自身が受け入れているから
法には問われてませんけど。
これ、普通に犯罪でしょう?
ここまでくると、もう完全に病気ですよ」
「小鍛治健夜のみが対象となる、個人情報蒐集癖。
まさかコレを――」
「――福与アナの性癖、だなんて思ってませんよね?」
ドクン、と心臓が波を打つ
ちょっと普通じゃないなと思っていた、
こーこちゃんの一連の行動
もしかして、それは、それは、それは、それは――!
「抵抗力のない一般人が、
あなたの毒を摂取し続けた結果です」
そんな
頭をガツンと殴打されたような衝撃
私はその場にへたりこむ
そんな私をかばうかのように、
はやりちゃんが口を挟んだ
「ちょっと結論を出すには尚早過ぎないかな。
あまりにもサンプルが少な過ぎるよ」
「その点については否定しません。
けど、おそらく九割九分正解ですよ?
だって――」
「私も、身に覚えがありますから」
言いながら、赤土さんは口の端を釣り上げる
嘲笑うかのように、酷く卑屈な表情で
「何年も苦しんできた。牌を持つたび、
あの日の泥が目に浮かんで。
指が震えて、何度も牌を取り落とした」
「寝ても覚めても小鍛治プロの顔が浮かぶんです。
悲鳴を上げて飛び起きた事もある」
「それでもなお、私はここまで這い上がってきた。
麻雀が好きだから?もちろんそれもあるでしょう。
でも、単にそれだけならプロの世界に戻る必要はない」
「なぜ戻ってきた?単純ですよ。
小鍛治プロ。あなたがそこに居るからです」
彼女の瞳が正面から私を刺し貫く
瞳の奥に、尋常じゃない熱量の炎を揺らめかせながら彼女は言う
「私もあなたに依存している。
断ち切るためにはあなたを倒すしかない。
そう思ったからここまで来た」
「そんな私が言うんです。ほぼ間違いないですよ。
福与アナがあなたを見る目、明らかに同じです」
「彼女はあなたに依存している。もう取り返しのつかない程に」
「私が…私の…私の、せいで……」
『ピリリリ、ピリリリ』
思考が絶望の底なし沼に沈んでいくその瞬間、
スマートフォンが鳴り響く
いったんは無視したものの、音が鳴りやむ事はなく
私は力なく鞄を漁り音の出どころを手に取った
スマートフォンの液晶には、
咏ちゃんの名前が表示されている
「……もしもし」
『すこやん、緊急事態だ。
ふくよんの裏ブログ見たかい?』
「こーこちゃんのブログ…?」
「ついさっき書き込まれた記事だ。
やべー事になってるから今すぐ開いてくれ」
声が漏れていたのだろう
赤土さんはページを更新し、最新記事を表示する
そして――
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全身が恐怖で凍りついた
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『○月■日』
もう三カ月も会ってない
多分一生会うつもりはないんだろね
それはきっと私のためを思ってなんだろう
でも、今の私にとって
あの人に会えない人生なんて
もう何の意味もない
だから終止符を打つことにします
今後、このブログの更新が止まったら
そう言うことだと思ってください
ごめんね
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弾かれたように駆け出した
わけもわからず、ただ奇声を上げながら
責任だとか、罪悪感だとか
そんな小難しい話じゃなくて
単に、この世からこーこちゃんが居なくなる
その事実に耐えられなくて
こーこちゃんの家に向かう
出先だったのが幸いした
1時間足らずでたどり着く
それでも、こーこちゃんが最後の記事を登録してから
ゆうに3時間は経っていた
もし投稿後すぐに『決行』していれば
もう手遅れの可能性が高い
オートロックの女性専用マンション
共有スペースに駆け込むと、
震える指で番号を押す
どうか生きていてください
そう、必死に祈り続けて
インターフォンが『ガチャリ』と繋がる
ほっと息を吐き出して、
でも安心するのはまだだった
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『……遅過ぎたぜ』
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受話器越しに聞こえた声は、
いつもの家主の声ではなく
さらに続けた彼女の声は
いつもの軽薄さのかけらもなかった
額を、冷たい汗が伝い落ちる
「……どうして咏ちゃんが?」
『責任感じてたんだよねぃ。
ふくよんがおかしくなったのには、
私も一枚噛んでるわけで』
『少しくらいは罪滅ぼしを、って思ってさ。
ま、手遅れだったけど』
「こ、こ、こーこちゃんは」
『……自分の目で確かめな。
私は一足先にお暇するからさ』
『ガチャリ』とインターフォンが切れ、
同時に共用スペースの自動ドアが開く
一目散に駆け出すと、こーこちゃんの部屋に急いだ
汗だくで部屋にたどり着く
咏ちゃんが前で待っていた
咏ちゃんは小さく息を吐いて目を閉じると、
私と入れ替わりに背を向けて歩いていく
私一人が残された
ごくりと固唾を飲み込んで、玄関のドアノブに手を掛ける
『ぎいい』と重く扉がきしんで、
部屋の中が露になって――
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――血塗れの、こーこちゃんの姿を見つけた
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「こーこちゃん!こーこちゃん!!!」
慌てて駆け寄り抱き起こす
あたたかい、見ればまだ胸も動いている
少しだけ安堵、でも
予断を許さない状況に違いはなかった
なのに
「お、すこやんじゃん。やっほー」
動かされて目が覚めたのか、
こーこちゃんは酷く間延びした声を出して微笑んだ
状況にそぐわぬその様相が、逆に私を震えさせる
「やっほー、じゃないよ!なんでこんな事したの!!」
「だってさ。すこやん、こうでもしなきゃ
全然わかってくれないでしょ?」
「……何を?」
「ほーらすぐそうやってはぐらかす」
口の端を歪に持ち上げながら、
こーこちゃんはにたりと笑った
「すこやんが居ないなら、
生きてる意味がないって事だよ」
こーこちゃんが左手を持ち上げる
前腕の全体が、ぱっくりと綺麗に割れていた
相当深く斬ったらしい
血は今も流れ続けている
「みんなから聞いたよ。すこやんの力は普通じゃない。
凡人じゃ、ただそばに居るだけでおかしくなるって」
「悩んだよ。すこやんはきっと、
私を壊したくないって思うだろうから」
身を引いた方がいいかもしれない
一度はそう思い、離れる事を受容した
それは自分のためじゃなく、
きっと私のためだけに
想いを心に閉じ込めた
「でもさ、気づいちゃったんだよねぇ」
狂人めいた、異常な程に上擦った声でこーこちゃんは語る
「すこやんがくれた毒。それはもう、
私の体を侵しきってる。
今更取り除くことはできないんだよ」
「もう遅いの。今更すこやんが離れたところで、
私はとっくに壊れてる」
「だから……」
「むしろ、責任取ってお嫁にもらって?」
右手にはべったりと血に塗れた包丁
握りながら、こーこちゃんはにっこり笑う
つまり、『これ』はデモンストレーションという事だ
もし私が拒絶したなら
こーこちゃんは躊躇う事なく、
刃を自分の胸に突き立てるだろう
「プロポーズで命を人質に取られるとは
思わなかったよ……」
選択肢なんてありはしなかった
私はただただ、こーこちゃんを強く抱き締める
離れても、寄り添っても、
どちらにせよ破滅が待っているのなら
せめて彼女に幸せを
「わかった。責任取って、最後まで壊しきるよ」
はらはらと涙が零れ落ちる
愛する人を狂わせてしまった悲しみ
命を投げ捨てでも愛してもらえる喜び
相反する感情が、ないまぜになって私を襲う
それでもやっぱり、嬉しいって気持ちの方が上回っている辺り
本当に醜くて救えない
でも、もうそれでいいんだ
こーこちゃんは、
化け物の私を受け入れてくれるんだから
「じゃ、さっそく。誓いのキスをお願いします」
なんて妖艶に微笑みながら、こーこちゃんが目を閉じる
思う
ただ一緒に居るだけでもここまで壊れてしまったのに、
キスなんてしてしまったら
一体どこまで壊してしまうんだろう
そんな恐怖に震えながらも、胸はどこまでも高鳴った
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『閉鎖!』
『何がですか?……ああ、例の裏ブログですか。
確かにもう必要ないでしょうね』
『寂しい!』
『まあ、若干病的である点を除けば、
お二人の仲のよさが伺えるページでしたしね』
『でも。やっぱり無くなって
よかったと思いますよ?』
『理由!』
『本人が意識してたかはわかりませんが……
結局これも、他者への牽制行為だったでしょうから』
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『それで。あの新米アナウンサー、
結局どうなったんですか?』
『すこやんが引き取って囲ったってさ。
めでたしめでたし!』
『めでたい要素がまるで見つからないんですが。
そもそも一緒に居る時間が長い程
悪影響を受けるんですよね?
むしろ距離を取るべきなのでは』
『それを試した結果があの流血沙汰じゃんよ。
なーに、壊れてもすこやんが
面倒見ればいいんだって!知らんけど!』
『……貴女が自殺幇助したとの噂が流れてますが?』
『わっかんねー。なんでそんな話になるんだい?
第一、ふくよんも全然死ぬ気なかったんだぜ?』
『はぁ。まあ本人に文句がないなら、
あえて口を挟んだりはしませんが』
『そーそー。ふくよんの事はもう忘れようぜぃ!
それよりもさぁ、私はこっちの方が気になんだけど』
『なんですか?これは……私のブログ?』
『…………えりちゃん。最近ブログの内容、
私の事ばっかりだねぃ』
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『嫌な役目引き受けてくれてありがとね』
『まったくですよ。一応立ち直ったとはいえ、
恐怖心が消え去ったわけじゃないんですから』
『当分小鍛治プロの殺気は浴びたくないですね』
『あはは、私もできれば一生浴びたくないかな。
ところで依存症のアレ、一体どこまで本気だったの?』
『何一つ嘘は言ってませんよ?実際私の人生で
一番心をくぎ付けにした人って言ったら、
ダントツで小鍛治プロですし』
『……もしかして好きだった?』
『あはは、流石にそれはありませんよ。
間違いなくトラウマですし』
『ただ』
『ただ?』
『別の出会い方をしていたら。そうですね、
例えば私が観客で、あの一戦を眺めるだけの立場だったら』
『私も、心を奪われていたかもしれません』
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そんなこんなで早数年。
私はこーこちゃんと同居している。
あの事件が起きてすぐ、
こーこちゃんはアナウンサーを引退して、
晴れて小鍛治恒子になった。
それと同時に、私も実家を飛び出して。
一国一城の主として、こーこちゃんを囲っている。
「おはようこーこちゃん。今日は大丈夫?」
「おはようすこやん。大丈夫だよ!」
目覚めてすぐ行う朝の日課。それは、
こーこちゃんの正気を確認する事。
心配し過ぎかもしれないけれど、
絶対必要な事だとも思う。
実際、こーこちゃんは初夜の時に激しく嘔吐して
緊急搬送されてしまったのだから。
「今日は何しよっか」
「いつも通り!」
「いつも通りかぁ。外に出たいとか思わない?」
「ないない!ありえないですね!
すこやんを衆目に晒したくない!」
「まあ、それは私もだけど」
二人暮らしによる弊害。肉体面においてはまだしも、
精神面には予想通り致命的な影響を及ぼした。
私に対する異常な執着、それに付随した独占欲。
完全に病気の領域に達したそれは、
私が健全な社会生活を送る事を許さず。
結局私も雀士を辞めて、引きこもる事を余儀なくされた。
何年もマンションに引きこもって。
何をしているのかと言えば、特に何もしていない。
服すら着ないで、ただただ、こーこちゃんと戯れている。
少しでも意識を他にそらせば、
こーこちゃんが発狂しちゃうから、
それ以外に何もできないのも事実。
でもそんな狂った生活に、
喜びを感じている私が居るのも事実だった。
「でも、やっぱりごめんね」
「何がー?」
「こーこちゃんの事壊しちゃって」
「またその話!?そりゃいい加減アラフォーだけど
流石にボケるのは早過ぎない!?」
「アラサーだy…アラフォーだけど!
確かにもうアラフォーだけど!!
うわぁ、自覚しちゃったよ!
そうだよ私アラフォーじゃん!」
「ごめんね、辛い話させちゃったね。
一人だけまだアラサーでごめんね」
「そっかぁ、こーこちゃんはまだアラサーなんだよね……
やり直そうと思えばやり直せるんだよね……」
「あはは、ないない。
私の人生はここで終わりました!」
コロコロと鈴が鳴るように笑うこーこちゃん。
でも、私の心には霜が降りる。
そう。『ここで終わってしまった』のだ。
私達の時はもうずっと前から止まっている。
何の未来も展望もなく、ただ同じ日々を繰り返す。
果たして、それは生きていると言えるのだろうか。
私がこんなじゃなかったら。私が縛りつけさえしなければ。
こーこちゃんは、今すぐにでも蘇る事ができる。
なのに他ならぬ私がずっと、こーこちゃんを殺し続けている。
「ねえ。すこやんは私のどこが好き?」
一人もの思いに沈んでいると、
こーこちゃんが話し掛けてきた。
「どこが、かぁ。色々あるけど、話が面白いし、
物怖じしないし、ぐいぐい攻めてくるところかなぁ」
「ええー?そこは『スタイルよくて顔がいい』とか言ってよ。
これだからアラフォーは」
「えぇ!?今責められる流れだった!?
むしろ『顔がいい』とかの方が嫌じゃない?!」
「まあまあ、ここはとりあえず
『顔がいい』って事で話を進めようよ。
実際、そういう側面もなくはないっしょ?」
「……まあ」
いつものことながら話の流れが読めなくて、
曖昧に相槌を打つ。
「まー絵空事ではあるけどよく聞くじゃん?
目が覚めるような美人に会って、
一瞬で恋に落ちました、とかさ」
「んで、その人以外見えなくなって、
一心不乱に求愛しました、と」
「それでめでたくゴールイン。さてここで問題です、
すこやんはこの二人を不幸だと思う?」
「……思わない、かな」
「でしょ?でも、私らの関係って
単にそういう事なんだと思うよ」
こーこちゃんは言う。
得体の知れない私のオーラが、
こーこちゃんを狂わせ依存させたとして。
それを持つのが私ただ一人なら、
容姿や性格といった、他の要素に惹かれた場合と
なんら変わりはないんじゃないかと。
「まー最初は脅されまくったから身構えたけどさ。
実際起きた事って言ったら、
すこやんが居ないと発狂するくらいでしょ?」
「私から言わせりゃ、そんなの
単なるバカップルの範疇に過ぎないよ!」
そう言って笑うこーこちゃんが、
どこまでも優しく温かくて。
自然と涙が零れ落ちた。
何人もの人を壊し、傷つけてきた私の悪性。
毒に全身を侵されつつも、それでも、
こーこちゃんは言ってくれる。
それすらも、愛すべき魅力の一つに過ぎないと。
「いいのかな。私。このまま、幸せになっても」
皆の希望を潰し続けた私。
そんな私に、幸せを得る権利なんてない。
そう思って最初から諦めていた。
なのにこーこちゃんは胸を張り、
当然のようにこう語るのだ。
「いやいや何言ってんの。
すこやんが幸せになるのはもはや義務だよ!」
「じゃないと私まで不幸になるじゃん!」
幸せになる事が私の義務。
その言葉にどれだけ救われただろう。
時は完全に止まっている。
社会から不自然に切り離されて、
未来なんてもう何も見えない。
でも、今なら素直にこう思えた。
これでいい。これが私達の『ハッピーエンド』の形だと。
そして私達はこれからも。
二人、互いに縛り続ける。
互いに、毒を注ぎ込み続けながら。
(完)
お騒がせアナウンサー福与恒子。
ある日、彼女はいつもの飲み会で、
小鍛治健夜を狙っていると息巻いた。
後押しを期待した恒子、
だが周りの反応は冷ややかだった。
止めておけ、貴女には荷が重い。
プロ達は皆恒子を諭す。
彼女達は知っていたのだ。
強過ぎる力は人を壊す。
例え麻雀を打つわけでもなく、
そばに居るだけであったとしても。
グランドマスター小鍛治健夜。
彼女が壊した人間は、とうに二桁を超えていた。
<登場人物>
小鍛治健夜,福与恒子,その他大人組
<症状>
・狂気
・依存
・異常行動
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・他の大人組も登場する感じの
ドロドロシリアスふくすこ
--------------------------------------------------------
今でもしばしば夢に見る。
私が壊した子の夢を。
その目に闘志の炎を宿し、私に挑む少女達。
眩く輝く彼女達を、極彩色の泥が押し潰す。
瞳の光は掻き消えて、
彼女達は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
『壊した』そう確信しながらも、
私が泥を引っ込める事はなく。
さらに彼女達を浸し、侵し、蹂躙した。
対局が終了し、私は一人席を立つ。
他に立つ者は居なかった。
ある者は卓に突っ伏し、ある者はうなだれ崩れ落ち、
ある者は絶望に天を仰いでいる。
目を伏せそのまま歩き出した。
もはや躯となった少女達を振り返る事もなく。
ただ一言、聞こえない程度の小声で、
『ごめんね』と呟きながら。
数か月後、彼女達が心を挫き、
この世界から去った事を知る。
怨嗟の声を聴きながら、私は目を伏せ黙祷した。
そして思う。こうして私はこれからも、
何人もの雀士を屠るのだろう。
数多の希望の芽を潰し、皆を呪い続けるのだろう。
「……っ!」
夢はいつもそこで終わる。
現実が姿を見せて、でもそれは地続きだった。
私はこの現実で、夢の続きを繰り返すのだ。
頭を振り気を取り直す。
切り替えよう、今日は友人の結婚式なのだから。
私が見せられる最高の笑顔で彼女を送り出さなければ。
それでも、ふと。闇が顔を覗かせる。
きっと、私が彼女のように
誰かと添い遂げる事はないのだろう。
そう思うと、気持ちは重く沈んでいった。
考えるな。考える権利さえ私にはないのだから。
皆の希望を潰し続けた私。
そんな私に、幸せを考える権利なんて、ない。
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『全てを破壊する者』
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ぶっちゃけた話、秒読み寸前だと思ってた。
いやだってすこやんと来たら、
これっぽっちも浮いた話を聞かないし。
調子に乗ってプロポーズまがいの話をすれば、
割とチョロそうな感じの返事が返ってくるから。
無論それは冗談でもなんでもなくて、
すこやんを陥落するためのボディーブローで。
さらに言えば、『すこやんは私のだからね』っていう
周りへの牽制でもあった。
実際それは効いてたと思う。
すこやんに色目を使う人は激減したし、
私に絡む人もまた同じだった。
つまり、私達はめでたくセットだと認識されたってわけだ。
だから。飲みの席でこんな風に言ったのも、
その場のノリとかそういうのじゃなく。
固めに固めた意志表明だったのだ。
「いやー、もうみんな知ってると思うけどさ。
実は私、すこやんの事狙ってるんだよねー」
いつものメンバーとの定例飲み会。
たまたますこやんが欠席したのをいい事に、
大声でカミングアウトした。
いやまぁもちろん個室だけどね?
てっきり『だよねぃ』なんて返されると思ってた。
もう少し言えば、『後押ししちゃおっかな☆』
なんて返事が来れば僥倖。
なのに。現実は思ったより非情だった。
「すこやんなぁ、お薦めはしかねるねぃ。知らんけど」
「応援したくはあるんだけど……ちょっと難しいかも☆」
「正直ベリーハードだと思いますね」
「厳しい!」プンスコ
まさかまさか、全員からのNG判定。
流石に予想してなくて、思わず声が裏返る。
「え、なんで!?ぶっちゃけ私的には
イージーモードだと思ってたんだけど!?」
「ふくよんがどう、って言うよりさぁ。
すこやん側に問題ありなんだよねぃ」
「結婚まで行くとなると、相当ハードル高いよね」
「え?誰か別の人と勘違いしてない?すこやんだよ?
SukoyaKokaji。
あのチョロ生き物のすこやんだよ?」
「や、わかってるって。
リオデジャネイロオリンピックで銀メダルの
グランドマスター小鍛治健夜だろ?」
「正直、ふくよんには荷が重いと思うぜぃ?」
カッチーン。
三尋木プロの一言が私の逆鱗に触れる。
えーえーわかってますよ、所詮私は新米アナウンサー、
麻雀に関しては素人に近いですよ。
すこやんの持つ輝かしい経歴と比較すれば
月とスッポン、提灯に釣り鐘、鯨と鰯ってくらい雲泥の差、
身分不相応でございますよ。
でも。
「人を好きになる事にそんなの関係ありますかね???」
「関係、あるんだよ」
不穏な空気が漂い始めたのを察知したのだろう。
でも、その場を諌めるわけでもなく。
はやりんにしては珍しく、
どこか張り詰めた表情で言葉を繋ぐ。
「私達レベルだったら、まだ気にしなくても
よかったんだろうけど。
こと、健夜ちゃんレベルになると別」
「相応の実績が必要って?すこやん、
そういうの絶対気にしないと思うけど」
「実績は必要ないだろうさ。でも、
それよりもっと必要不可欠なもんがある」
「何さ」
「雀力さ」
「……はぁ?」
思わず変な声が出た。
え、何この人頭大丈夫?雀士と結婚するためには
雀力が必要とか本気で思っちゃってるわけ?
ていうか雀力って何?この人達には
なんかドラゴンボ○ルみたいな
オーラでも見えてるとでも言うの?
正直ネタにしか思えない。でも私の反応を見て、
三尋木プロの眉間に皺が寄る。
「何言ってんだって顔してるねい。
そんなの関係ないって思うだろ?
どっこいこれが大有りなのさ。
すこやんレベルになっちゃうとさ」
言うべきか言わざるべきか。三尋木プロにしては珍しく
逡巡する様を見せながら、結局はゆっくり口を開いた。
「……すこやんのさ、裏の忌み名を知ってるかい?
『全てを破壊する者』、だ」
「強すぎる雀力は人を壊す。
実際、すこやんはたくさんの雀士を壊してきた。
今も精神病院に収容されてる奴だって何人も居る」
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「次は、ふくよんかもしれないぜ?」
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真冬の冷水を思わせる程に冷え切った声。
その声で紡がれるすこやんの闇。
三尋木プロが語る真実は、
私を震撼させるに十分なものだった――
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国内最強雀士、小鍛治健夜。
トッププロと比較しても桁違いの強さを誇る彼女は、
今までに何人もの人間を壊してきた。
『力』が発現したのは、彼女にとって初めてのインターハイ。
全国大会の準決勝、ある少女に感化されての事だった。
赤土晴絵。無名だった阿知賀女子学院を
全国の舞台に導いた不動のエース。
彼女から受けた跳満の一撃、想定を超える打ち筋が、
小鍛治健夜を『変異』させた。
突如として、彼女の全身が禍々しい極彩色の泥を纏う。
それは瞬く間に卓全体を包み込み、対局者全員を飲み込んだ。
後は地獄。
小鍛治健夜を目覚めさせた赤土晴絵は大量失点。
あまりの恐怖に精神を病み、次の年、
彼女が大会にエントリーする事はなかったという。
目覚めた小鍛治健夜はその力を遺憾なく発揮した。
史上最年少の九冠タイトルホルダー。
何人もの雀士が彼女に挑み、破れ、壊れていく。
中には対局中に発狂する者もいた。
そのまま担架で運ばれて、精神病院に消えた者もいる。
彼女が持つ強さは禁忌。もはやそれは、
人に行使してよい領域の力ではなかった。
時を同じくして、ある研究機関が異色の論文を発表する。
論文は瞬く間に世界中の知るところとなり、
特に麻雀業界は騒然となった。
『女性のプロ雀士には、
自然界の理を歪める程の力を持つ者が居る』
『その力は麻雀以外にも使用する事ができ、
悪用すれば甚大な被害が及ぶ』
『例えば。彼女達が放つ精神エネルギーは、
受ける対象の心身に深刻な作用をもたらし――』
『時に。対象を、廃人に至らしめる』
翌年、小鍛治健夜はランキングに関わる大会から姿を消す。
地元のクラブチームに転籍し、
タイトルから縁遠い環境に身を置く事で、
ランク争いから退いた。
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『……ってわけだ。すこやんレベルになると、
麻雀を打ってなくても周囲に影響を及ぼしちまう』
『それも無自覚に、だ。言っちゃ悪いけどさ、
悪意を持って人を壊すより、よっぽど質が悪いよねぃ』
『もちろん、自分が周りに悪影響を及ぼす事は、
すこやんもちゃんと自覚してる。
だから、オフの時はああやって引きこもってるのさ』
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起きたら自分の部屋に居た。
どうやって戻って来たかは覚えてない。
泥酔してたのは確かだから、
多分はやりん辺りが気を遣って
タクシーで送ってくれたんだろう。
頭が痛いし眩暈がする。典型的な二日酔い。
でも果たしてそれだけだろうか。
違う。みんなに言われた警告が、
棘みたいに脳を突き刺してるんだ。
……雀士の闇。その話を聞いた上で、
それでも私の気持ちは変わらなかった。
人を壊すほどのエネルギー。でも、
それもすこやんの一部と言うなら、私は喜んで受け入れる。
そう鼻息荒く語る私に、
三尋木プロは困ったように眉を下げた。
『ふくよんならそう言うと思ったさ。
でも。すこやんがどう思うかは別問題だよねぃ?』
『大切な人を自分の手で壊しちまう。
すこやんは、それでもいいって笑えるタイプかい?』
淡々と放たれたその問いが、深々と心を貫いた。
答えはノーだ。誰よりも普通で、気にしいで、
お人好しのすこやんだから。
もし自分のせいで私が壊れると知ったなら、
間違いなく離別を選ぶだろう。
(じゃあ何か。私とすこやんが
結ばれるのは無理って事?)
凡人の私ではすこやんについていけない。
そう潔く諦めて。誰かテキトーな人と結婚して、
子供でも作る方がいいんだろうか。
(って、それも無理だよね)
自分に嘘はつきたくない。
そこそこの幸せを享受して、自分をごまかすくらいなら。
どこまでも愛に殉じて、すこやんに殺された方が何倍もましだ。
(でも……すこやんは私の愛を受け入れてくれないよね)
ああ、結局堂々巡りだ。激しく頭を振り乱し、
どかりとベッドに横たわる。
ズキズキと頭が痛い。いっそ、
もっと痛みが酷くなればいいのに。
そうすれば何も考えずにすむから。
でも思いとは裏腹に。
脳内で、ぐるぐる悩みは回り続けた。
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飲み会を欠席したあの日以来、
こーこちゃんの様子がおかしくなった。
なんだか嫌な予感がして、はやりちゃんに事情を聴く。
詳細は教えてくれなかった。でも、
雀力が一般人に及ぼす影響の話になったら、
一気にテンションが下がっていったらしい。
飲み会が終わる頃には、いつもの恒子ちゃんからは
想像もできないくらい意気消沈していて。
あげく酷く泥酔していたから、
仕方なくタクシーで送り届けたとの事だった。
全身が凍りついていく。
ああ、ついにこの日が来てしまった。
『ごめんね。できれば触れたくなかったんだけど』
電話越しに響くはやりちゃんの声は、
申し訳なさそうに沈んでいる。
「ううん、むしろ遅過ぎたくらいだよ。
これでよかったんだと思う」
「そうでなきゃ、もしかしたら私は、
こーこちゃんを壊しちゃってたかもしれない」
そう、最悪の事態は免れた。
このまま私の元を去ってくれれば、
こーこちゃんが壊れる事はない。
むしろ今までが甘え過ぎていたのだ。
存在するだけで悪、幸せになる事を許されない存在。
それが私、小鍛治健夜という生き物なのだから。
「うん。悪いけど、こーこちゃんに
言っておいてくれると嬉しいな。
みんなの言ってる事は事実で、
私とはもうできるだけ会わない方がいいって」
『何もそこまでする
「必要あるよね?私のオーラがどれだけ凶悪なのか、
はやりちゃんはよく知ってるでしょ?」
「あの日、私は。はやりちゃんの目の前で、
赤土さんを壊したんだから」
『……』
そう、手遅れになってからじゃ駄目なんだ。
脳裏に過ぎるは赤土さん。
あんなに強く、生命力に満ち溢れていたはずの彼女が、
カタカタと肩を小さく震わせ、力なく卓に突っ伏した。
あんな風になるこーこちゃんだけは見たくない。
「うん。プライベートではもう会わない。
これからは全部TV局を通すようにするよ」
『っ、健夜ちゃ――』
言うだけ言って通話を打ち切る。
そして静寂が訪れた。
「これでいいんだ。ううん。
こうじゃなきゃ駄目なんだよ」
独り言が空しく響く。それすらも罰だった。
そう、私は罪深い咎人で。幸せになる権利なんてない。
恒子ちゃんという希望の光を、
私の手で摘んではいけないんだ。
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なんて。
殊勝な思いを胸に秘め、悲劇のヒロインをきどる私。
そんな私は、まだ気づいてはいなかった。
自分という存在が、自分が考えるよりもはるかに
罪深くて悍ましい存在である事に。
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すこやんと会えない日々が続く。
その事実は、少しずつ私を擦り減らしていった。
インターハイがあった頃は、それこそ
毎日のように顔を合わせてた。
でも夏が終わり、ラジオも終わってしまった今、
すこやんと一緒の仕事は驚く程少なくて。
一時期が夢幻だったかのように、
ぱったりすこやんと会わなくなった。
「まあ。会ったところで、
答えはまだ出てないけどさ」
あの日三尋木プロに問われた質問。
愛に殉じて息絶えるのか、すこやんを思い身を引くのか。
多分正解のない二択。まだどちらも選べてない。
「すこやんは後者を選んでるんだよなー」
はやりん経由で伝言された。これからは、
もう私生活で会うのは止めましょうって。
単刀直入な絶交宣言。もちろんそれは、
私を思っての事なんだろう。
だからこそ突っぱねにくい。
本当は大声で叫びたい。
『私は、すこやんに殺されるなら本望だよ!』って。
わかってる、どう考えても逆効果だ。
言ったが最後、すこやんはもう私に会わないだろう。
「……ブログでも書こっかな」
溜め込んでも苦しくなるだけだ。
この手の気持ちは、ブログに吐き出してしまうに限る。
私はのそのそと起き上がると、ノートパソコンを立ち上げた。
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控室。
理沙さんと二人、いつものように
本番を待ちながら過ごしていると、
理沙さんが突然湯気を出し始めました。
「危ない!!」
などと、相変わらずの語彙力を発揮しつつ
あらぶり続ける理沙さん。
思わず眉を顰めます。私の見立てでは、
この発熱具合はLV3。
要警戒に値するものだったからです。
「ブログ、ですか?」
理沙さんの前に置かれていたのはノートパソコン。
ディスプレイには『偽こーこスタジオ』の
文字が広がっていました。
確かそれは、福与アナの裏ブログ。
『これは福与恒子さんのこーこスタジオとは
何の関係もない非公式の嘘ブログです』
なんてブラフを隠れ蓑にしながら、
赤裸々に語られる業界の裏事情に、
業界人全員が警戒……
もとい注目して逐一監視……
もとい閲覧しているページです。
もっとも。際どいネタが多いのも事実ではありますが、
その大半は小鍛治プロに関するもので。
彼女以外にとっては案外無害なはずですが……
促されるまま読み始めます。軽く数行程度流し読みすると、
自然と眉根が寄っていきました。
「これは確かに、危ういですね」
現役アナウンサーの裏ブログ。
もし、その前提なく読まされたなら。
私はこれを、精神病患者の手記だと信じて疑わなかったでしょう。
それほどまでに、記事は色濃い闇に覆われていて。
正気を疑わせるものだったのです。
--------------------------------------------------------
『○月×日』
死に至る恋。なんて聞くと、思わず
『中二か!』なんて茶化したくなるんだけど。
現実問題、そういう恋がある事を知った。
一緒に居るだけで病み、壊れて、腐り堕ちる。
そういうケースがあるらしい。
あ、これ比喩じゃないけど比喩ね。
実際精神的には死んじゃうケースがあるらしいよ。
そんな相手に恋をした時、貴方ならどうします?
私の答えは決まってる。愛に殉じて息絶えるよ。
でも相手はどうだろう。そうして冷たくなった私を見たら、
多分泣きじゃくるんじゃないかな。
なのに愛を貫く事は、その人
を愛してるって言えるんだろうか。
相手が傷つくってわかってるのに。
そう考えると袋小路だ。悲しいね、救いがないね。
でも。現実って案外そういうものなんだろう。
……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『○月△日』
この前の続き。一緒に居たら自分が死んじゃう、
そんな相手を好きになった時。
どうするのが正解なんだろう。
いやさ、本当はこう言いたいですよ?
テレビの前ならもちろん言います。
『スーパーアナウンサーの福与恒子は、
愛の力でなんとかします!』
『死に至る恋がなんぼのもんじゃい!
奇跡起こしてやりますよ!』
なーんて言いながら拳をビシッって!
んで、すこやんからツッコミを受ける、
ここまでテンプレ展開ね。
でもそれはスーパーアナウンサーの話。
生こーこちゃんとしては、実際
廃人になっちゃってる人を目にしたら無理ですね。
逃げるしかないのかな。影響が出ない範囲で
当たり障りなく付き合っていくしかないのかな。
私は、別に死んでもいいんだけどね。
……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『○月◇日』
死んでも諦められない恋。
だとしたら、死ぬしかないんじゃないかな。
回避して、生き続けて、でもずっと心の中で後悔。
それって幸せって言えるのかな。言えないよね。
人間誰だっていつか死ぬ。
今平均寿命いくつだっけ、85歳くらい?
そこを基準にするから駄目なんだよ。
江戸時代位だったら確か30から40歳くらいでしょ?
その辺と比較すれば、仮に余命が
後5年から15年くらいだったとしても、
充分平均超えてるわけだ。
ならいいじゃん、愛に殉じて死んだって。
いっそ、寿命が近づいてきたら
お互い手にナイフを持ってさ。
『貴方のおかげで幸せでした』
なーんて言いながらお互いの胸に突き刺すの。
ほら、ハッピーエンドでしょ?
もう、それでいいんじゃないかな。
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唐突に言い渡された番組の降板。
そして突きつけられた心療内科の受診勧告。
まあ自覚はあったから、降板の方は受け入れた。
病院には行っていないけど。
ろくに着替えもしないまま、
お風呂にすら入らず日記帳にびっしり文字を書き散らかす。
ブログに書くと見られちゃうから、
仕方なくこんな感じで吐き出してる。
そんなこんなですこやんへの愛を綴っていたら、
インターフォンが鳴り響いた。
一度は無視してみたものの、
ベルはしつこく鳴り続ける。
「……ええと、どなたですか」
『可愛い三尋木咏だよん』
「あー、今にこやかに対応できないんで、
帰った方がいいと思うけど」
『オーケーオーケー、わかってるさ。
むしろ腹割って話し合おうぜぃ』
「や、三尋木プロと腹割っても仕方ないんだけど」
『あるね、大ありさ。ま、ふくよんが
すこやんと結ばれたくないって言うなら帰るけど?』
「…………今開けるから待ってて」
オートロックを解除して、三尋木プロの登場を待つ。
いつもなら軽薄な笑みを浮かべるはずの彼女が、
酷く真剣に、唇を結んで現れた。
「んじゃ話そうか。その前に聞いとくけどさ。
すこやんと結婚できれば、
廃人になっても文句はないんだよな?」
「もちろん」
一も二もなく頷くと。私は彼女を招き入れた。
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最後にこーこちゃんと会ってから、
はや三カ月が経過した。
その間にこーこちゃんは病気療養に入り、
お茶の間から姿を消して、
『こーこスタジオ』の更新も停止した。
風の噂では、業界側からストップがかかったらしい。
胸がじくじく痛みに疼く。
でも、これでいいとも思ってた。
今ならまだ傷は浅い。
一時的には落ち込んだとしても、
いずれ時間が解決してくれるだろう。
「……そう。これで、よかったんだよ」
「本当にそう思ってますか?」
それはあくまで独り言。なのに返事が返ってきた。
声がした方に振り向く。
居るはずのない人が居て、驚きに目を見開いた。
「赤土、さん……っ!」
そう、赤土晴絵さん。私の力を目覚めさせ、
私が初めて壊した人。
「ごめんね。見てられなくて連れて来ちゃった」
予想外の人の横には、いつも通りのはやりちゃん。
違う、彼女は星を散らしていない。
オフモード。ただの瑞原はやりとして、
赤土さんを連れてきたのだ。
「ええと、どうして?」
「あなたがまた、人を壊そうとしてるからですよ」
単刀直入。かつ、あまりに鋭い一撃が、
胸に深々と突き刺さる。
誰を?あえて聞くまでもないだろう。
でも。
「だから、こーこちゃんからは離れたよ?」
「それが間違いだと言ってるんです」
赤土さんは肩をすくめる。そして、一度目を伏せた後。
まっすぐに私の瞳を覗き込んだ。
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「今更離れても手遅れです」
「彼女に溜まったあなたの毒は、
とっくに致死量に達している」
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赤土さんは言う
私が放つ極彩色の泥
人に放ってはならないその泥は、
相手によって毒性を変化させるのだと
対局者、すなわち『敵』に対して向ければ
それは精神を破壊する槌となり、
相対する者を粉々に打ち砕く
想い人、すなわち『味方』に対して向ければ
それは依存性の強い麻薬となり、
相手を侵食してボロボロにする
「これ、福与アナの裏ブログです」
赤土さんはスマートフォンを手に取ると、
慣れた手つきでブログを開き、
とあるページを指し示す
記事の日付に覚えがあった
それは、私とこーこちゃんが出会った日
「この段階では普通の内容でした。
何を食べた、誰と会った、
ごくごく平凡な日記です」
赤土さんが画面をフリックする
いくつかの記事をスクロールで飛ばし、
やがてぴたりと手を止めた
「一か月後。ここからです。
彼女がおかしくなり始めたのは」
その日付にも覚えがあった
こーこちゃんが初めてうちを訪問……
ううん、侵入してきた日
『突撃取材!』だなんて言って、連絡もなくやってきて
酷く狼狽えて追い返す事もできず、
なし崩しに迎え入れてしまった
「あなたの記事が増えていく。
内容が濃くなっていく。
行為も犯罪まがいになっていく」
「彼女が小鍛治プロと出会う前から、
突撃取材をしてたならわかります。
元々彼女はそういう人だ。それで
終わる話だったでしょう」
「でも、彼女は。『そういう人』でしたか?」
違う
言われてみれば、こーこちゃんは
最初から『ああ』だったわけじゃない
ううん、今だって
私以外の人には割と常識的だ
「もう少し進めましょうか。はい、二か月後。
この頃になると、もう記事は小鍛治プロ一色だ」
「盗聴、盗撮もなんのその。
まああなた自身が受け入れているから
法には問われてませんけど。
これ、普通に犯罪でしょう?
ここまでくると、もう完全に病気ですよ」
「小鍛治健夜のみが対象となる、個人情報蒐集癖。
まさかコレを――」
「――福与アナの性癖、だなんて思ってませんよね?」
ドクン、と心臓が波を打つ
ちょっと普通じゃないなと思っていた、
こーこちゃんの一連の行動
もしかして、それは、それは、それは、それは――!
「抵抗力のない一般人が、
あなたの毒を摂取し続けた結果です」
そんな
頭をガツンと殴打されたような衝撃
私はその場にへたりこむ
そんな私をかばうかのように、
はやりちゃんが口を挟んだ
「ちょっと結論を出すには尚早過ぎないかな。
あまりにもサンプルが少な過ぎるよ」
「その点については否定しません。
けど、おそらく九割九分正解ですよ?
だって――」
「私も、身に覚えがありますから」
言いながら、赤土さんは口の端を釣り上げる
嘲笑うかのように、酷く卑屈な表情で
「何年も苦しんできた。牌を持つたび、
あの日の泥が目に浮かんで。
指が震えて、何度も牌を取り落とした」
「寝ても覚めても小鍛治プロの顔が浮かぶんです。
悲鳴を上げて飛び起きた事もある」
「それでもなお、私はここまで這い上がってきた。
麻雀が好きだから?もちろんそれもあるでしょう。
でも、単にそれだけならプロの世界に戻る必要はない」
「なぜ戻ってきた?単純ですよ。
小鍛治プロ。あなたがそこに居るからです」
彼女の瞳が正面から私を刺し貫く
瞳の奥に、尋常じゃない熱量の炎を揺らめかせながら彼女は言う
「私もあなたに依存している。
断ち切るためにはあなたを倒すしかない。
そう思ったからここまで来た」
「そんな私が言うんです。ほぼ間違いないですよ。
福与アナがあなたを見る目、明らかに同じです」
「彼女はあなたに依存している。もう取り返しのつかない程に」
「私が…私の…私の、せいで……」
『ピリリリ、ピリリリ』
思考が絶望の底なし沼に沈んでいくその瞬間、
スマートフォンが鳴り響く
いったんは無視したものの、音が鳴りやむ事はなく
私は力なく鞄を漁り音の出どころを手に取った
スマートフォンの液晶には、
咏ちゃんの名前が表示されている
「……もしもし」
『すこやん、緊急事態だ。
ふくよんの裏ブログ見たかい?』
「こーこちゃんのブログ…?」
「ついさっき書き込まれた記事だ。
やべー事になってるから今すぐ開いてくれ」
声が漏れていたのだろう
赤土さんはページを更新し、最新記事を表示する
そして――
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全身が恐怖で凍りついた
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『○月■日』
もう三カ月も会ってない
多分一生会うつもりはないんだろね
それはきっと私のためを思ってなんだろう
でも、今の私にとって
あの人に会えない人生なんて
もう何の意味もない
だから終止符を打つことにします
今後、このブログの更新が止まったら
そう言うことだと思ってください
ごめんね
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弾かれたように駆け出した
わけもわからず、ただ奇声を上げながら
責任だとか、罪悪感だとか
そんな小難しい話じゃなくて
単に、この世からこーこちゃんが居なくなる
その事実に耐えられなくて
こーこちゃんの家に向かう
出先だったのが幸いした
1時間足らずでたどり着く
それでも、こーこちゃんが最後の記事を登録してから
ゆうに3時間は経っていた
もし投稿後すぐに『決行』していれば
もう手遅れの可能性が高い
オートロックの女性専用マンション
共有スペースに駆け込むと、
震える指で番号を押す
どうか生きていてください
そう、必死に祈り続けて
インターフォンが『ガチャリ』と繋がる
ほっと息を吐き出して、
でも安心するのはまだだった
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『……遅過ぎたぜ』
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受話器越しに聞こえた声は、
いつもの家主の声ではなく
さらに続けた彼女の声は
いつもの軽薄さのかけらもなかった
額を、冷たい汗が伝い落ちる
「……どうして咏ちゃんが?」
『責任感じてたんだよねぃ。
ふくよんがおかしくなったのには、
私も一枚噛んでるわけで』
『少しくらいは罪滅ぼしを、って思ってさ。
ま、手遅れだったけど』
「こ、こ、こーこちゃんは」
『……自分の目で確かめな。
私は一足先にお暇するからさ』
『ガチャリ』とインターフォンが切れ、
同時に共用スペースの自動ドアが開く
一目散に駆け出すと、こーこちゃんの部屋に急いだ
汗だくで部屋にたどり着く
咏ちゃんが前で待っていた
咏ちゃんは小さく息を吐いて目を閉じると、
私と入れ替わりに背を向けて歩いていく
私一人が残された
ごくりと固唾を飲み込んで、玄関のドアノブに手を掛ける
『ぎいい』と重く扉がきしんで、
部屋の中が露になって――
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――血塗れの、こーこちゃんの姿を見つけた
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「こーこちゃん!こーこちゃん!!!」
慌てて駆け寄り抱き起こす
あたたかい、見ればまだ胸も動いている
少しだけ安堵、でも
予断を許さない状況に違いはなかった
なのに
「お、すこやんじゃん。やっほー」
動かされて目が覚めたのか、
こーこちゃんは酷く間延びした声を出して微笑んだ
状況にそぐわぬその様相が、逆に私を震えさせる
「やっほー、じゃないよ!なんでこんな事したの!!」
「だってさ。すこやん、こうでもしなきゃ
全然わかってくれないでしょ?」
「……何を?」
「ほーらすぐそうやってはぐらかす」
口の端を歪に持ち上げながら、
こーこちゃんはにたりと笑った
「すこやんが居ないなら、
生きてる意味がないって事だよ」
こーこちゃんが左手を持ち上げる
前腕の全体が、ぱっくりと綺麗に割れていた
相当深く斬ったらしい
血は今も流れ続けている
「みんなから聞いたよ。すこやんの力は普通じゃない。
凡人じゃ、ただそばに居るだけでおかしくなるって」
「悩んだよ。すこやんはきっと、
私を壊したくないって思うだろうから」
身を引いた方がいいかもしれない
一度はそう思い、離れる事を受容した
それは自分のためじゃなく、
きっと私のためだけに
想いを心に閉じ込めた
「でもさ、気づいちゃったんだよねぇ」
狂人めいた、異常な程に上擦った声でこーこちゃんは語る
「すこやんがくれた毒。それはもう、
私の体を侵しきってる。
今更取り除くことはできないんだよ」
「もう遅いの。今更すこやんが離れたところで、
私はとっくに壊れてる」
「だから……」
「むしろ、責任取ってお嫁にもらって?」
右手にはべったりと血に塗れた包丁
握りながら、こーこちゃんはにっこり笑う
つまり、『これ』はデモンストレーションという事だ
もし私が拒絶したなら
こーこちゃんは躊躇う事なく、
刃を自分の胸に突き立てるだろう
「プロポーズで命を人質に取られるとは
思わなかったよ……」
選択肢なんてありはしなかった
私はただただ、こーこちゃんを強く抱き締める
離れても、寄り添っても、
どちらにせよ破滅が待っているのなら
せめて彼女に幸せを
「わかった。責任取って、最後まで壊しきるよ」
はらはらと涙が零れ落ちる
愛する人を狂わせてしまった悲しみ
命を投げ捨てでも愛してもらえる喜び
相反する感情が、ないまぜになって私を襲う
それでもやっぱり、嬉しいって気持ちの方が上回っている辺り
本当に醜くて救えない
でも、もうそれでいいんだ
こーこちゃんは、
化け物の私を受け入れてくれるんだから
「じゃ、さっそく。誓いのキスをお願いします」
なんて妖艶に微笑みながら、こーこちゃんが目を閉じる
思う
ただ一緒に居るだけでもここまで壊れてしまったのに、
キスなんてしてしまったら
一体どこまで壊してしまうんだろう
そんな恐怖に震えながらも、胸はどこまでも高鳴った
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『閉鎖!』
『何がですか?……ああ、例の裏ブログですか。
確かにもう必要ないでしょうね』
『寂しい!』
『まあ、若干病的である点を除けば、
お二人の仲のよさが伺えるページでしたしね』
『でも。やっぱり無くなって
よかったと思いますよ?』
『理由!』
『本人が意識してたかはわかりませんが……
結局これも、他者への牽制行為だったでしょうから』
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『それで。あの新米アナウンサー、
結局どうなったんですか?』
『すこやんが引き取って囲ったってさ。
めでたしめでたし!』
『めでたい要素がまるで見つからないんですが。
そもそも一緒に居る時間が長い程
悪影響を受けるんですよね?
むしろ距離を取るべきなのでは』
『それを試した結果があの流血沙汰じゃんよ。
なーに、壊れてもすこやんが
面倒見ればいいんだって!知らんけど!』
『……貴女が自殺幇助したとの噂が流れてますが?』
『わっかんねー。なんでそんな話になるんだい?
第一、ふくよんも全然死ぬ気なかったんだぜ?』
『はぁ。まあ本人に文句がないなら、
あえて口を挟んだりはしませんが』
『そーそー。ふくよんの事はもう忘れようぜぃ!
それよりもさぁ、私はこっちの方が気になんだけど』
『なんですか?これは……私のブログ?』
『…………えりちゃん。最近ブログの内容、
私の事ばっかりだねぃ』
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『嫌な役目引き受けてくれてありがとね』
『まったくですよ。一応立ち直ったとはいえ、
恐怖心が消え去ったわけじゃないんですから』
『当分小鍛治プロの殺気は浴びたくないですね』
『あはは、私もできれば一生浴びたくないかな。
ところで依存症のアレ、一体どこまで本気だったの?』
『何一つ嘘は言ってませんよ?実際私の人生で
一番心をくぎ付けにした人って言ったら、
ダントツで小鍛治プロですし』
『……もしかして好きだった?』
『あはは、流石にそれはありませんよ。
間違いなくトラウマですし』
『ただ』
『ただ?』
『別の出会い方をしていたら。そうですね、
例えば私が観客で、あの一戦を眺めるだけの立場だったら』
『私も、心を奪われていたかもしれません』
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そんなこんなで早数年。
私はこーこちゃんと同居している。
あの事件が起きてすぐ、
こーこちゃんはアナウンサーを引退して、
晴れて小鍛治恒子になった。
それと同時に、私も実家を飛び出して。
一国一城の主として、こーこちゃんを囲っている。
「おはようこーこちゃん。今日は大丈夫?」
「おはようすこやん。大丈夫だよ!」
目覚めてすぐ行う朝の日課。それは、
こーこちゃんの正気を確認する事。
心配し過ぎかもしれないけれど、
絶対必要な事だとも思う。
実際、こーこちゃんは初夜の時に激しく嘔吐して
緊急搬送されてしまったのだから。
「今日は何しよっか」
「いつも通り!」
「いつも通りかぁ。外に出たいとか思わない?」
「ないない!ありえないですね!
すこやんを衆目に晒したくない!」
「まあ、それは私もだけど」
二人暮らしによる弊害。肉体面においてはまだしも、
精神面には予想通り致命的な影響を及ぼした。
私に対する異常な執着、それに付随した独占欲。
完全に病気の領域に達したそれは、
私が健全な社会生活を送る事を許さず。
結局私も雀士を辞めて、引きこもる事を余儀なくされた。
何年もマンションに引きこもって。
何をしているのかと言えば、特に何もしていない。
服すら着ないで、ただただ、こーこちゃんと戯れている。
少しでも意識を他にそらせば、
こーこちゃんが発狂しちゃうから、
それ以外に何もできないのも事実。
でもそんな狂った生活に、
喜びを感じている私が居るのも事実だった。
「でも、やっぱりごめんね」
「何がー?」
「こーこちゃんの事壊しちゃって」
「またその話!?そりゃいい加減アラフォーだけど
流石にボケるのは早過ぎない!?」
「アラサーだy…アラフォーだけど!
確かにもうアラフォーだけど!!
うわぁ、自覚しちゃったよ!
そうだよ私アラフォーじゃん!」
「ごめんね、辛い話させちゃったね。
一人だけまだアラサーでごめんね」
「そっかぁ、こーこちゃんはまだアラサーなんだよね……
やり直そうと思えばやり直せるんだよね……」
「あはは、ないない。
私の人生はここで終わりました!」
コロコロと鈴が鳴るように笑うこーこちゃん。
でも、私の心には霜が降りる。
そう。『ここで終わってしまった』のだ。
私達の時はもうずっと前から止まっている。
何の未来も展望もなく、ただ同じ日々を繰り返す。
果たして、それは生きていると言えるのだろうか。
私がこんなじゃなかったら。私が縛りつけさえしなければ。
こーこちゃんは、今すぐにでも蘇る事ができる。
なのに他ならぬ私がずっと、こーこちゃんを殺し続けている。
「ねえ。すこやんは私のどこが好き?」
一人もの思いに沈んでいると、
こーこちゃんが話し掛けてきた。
「どこが、かぁ。色々あるけど、話が面白いし、
物怖じしないし、ぐいぐい攻めてくるところかなぁ」
「ええー?そこは『スタイルよくて顔がいい』とか言ってよ。
これだからアラフォーは」
「えぇ!?今責められる流れだった!?
むしろ『顔がいい』とかの方が嫌じゃない?!」
「まあまあ、ここはとりあえず
『顔がいい』って事で話を進めようよ。
実際、そういう側面もなくはないっしょ?」
「……まあ」
いつものことながら話の流れが読めなくて、
曖昧に相槌を打つ。
「まー絵空事ではあるけどよく聞くじゃん?
目が覚めるような美人に会って、
一瞬で恋に落ちました、とかさ」
「んで、その人以外見えなくなって、
一心不乱に求愛しました、と」
「それでめでたくゴールイン。さてここで問題です、
すこやんはこの二人を不幸だと思う?」
「……思わない、かな」
「でしょ?でも、私らの関係って
単にそういう事なんだと思うよ」
こーこちゃんは言う。
得体の知れない私のオーラが、
こーこちゃんを狂わせ依存させたとして。
それを持つのが私ただ一人なら、
容姿や性格といった、他の要素に惹かれた場合と
なんら変わりはないんじゃないかと。
「まー最初は脅されまくったから身構えたけどさ。
実際起きた事って言ったら、
すこやんが居ないと発狂するくらいでしょ?」
「私から言わせりゃ、そんなの
単なるバカップルの範疇に過ぎないよ!」
そう言って笑うこーこちゃんが、
どこまでも優しく温かくて。
自然と涙が零れ落ちた。
何人もの人を壊し、傷つけてきた私の悪性。
毒に全身を侵されつつも、それでも、
こーこちゃんは言ってくれる。
それすらも、愛すべき魅力の一つに過ぎないと。
「いいのかな。私。このまま、幸せになっても」
皆の希望を潰し続けた私。
そんな私に、幸せを得る権利なんてない。
そう思って最初から諦めていた。
なのにこーこちゃんは胸を張り、
当然のようにこう語るのだ。
「いやいや何言ってんの。
すこやんが幸せになるのはもはや義務だよ!」
「じゃないと私まで不幸になるじゃん!」
幸せになる事が私の義務。
その言葉にどれだけ救われただろう。
時は完全に止まっている。
社会から不自然に切り離されて、
未来なんてもう何も見えない。
でも、今なら素直にこう思えた。
これでいい。これが私達の『ハッピーエンド』の形だと。
そして私達はこれからも。
二人、互いに縛り続ける。
互いに、毒を注ぎ込み続けながら。
(完)
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極彩色の泥にも寄り添う花があるなら、それはきっととても綺麗なものなのでしょうね
余人には見るだけで狂いそうな猛毒なのでしょうが
せやな
すこやんが幸せそうで良かったです。とても面白かったので、管理人さんとリクエストしてくれた人に感謝を。
あと、あけおめです
共依存エンドごちそうさまでした
咏えりのその後も気になる…!
>どちらにせよ破滅が待っているのなら
>せめて彼女に幸せを
ここ好きですね〜