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【咲-Saki-SS:花姫】煌「左耳だけ塞いだピアス」【依存】【R18】
<あらすじ>
私、花田煌は耳に穴が開いています。
よりにもよって左耳だけ。
それが何を意味するか、
知っているにも関わらず。
これは私花田煌が、同性愛者の烙印を押され、
堕ちて行くまでの物語です。
<登場人物>
花田煌,鶴田姫子
<症状>
・依存
<その他>
・ぱうーでお題もらって書いた小ネタSSです。
思ったより長くなったのでこっちでご紹介。
・以下の中からサイコロ振って出た目を書く
1.「忘れないように約束をしようまた明日ねって」
〇2.「左耳だけ塞いだピアス」
3.「動脈まであと5mm」
4.「私は今幸せなんだから、そんなこと言わないで」
5.「リストカットする勇気すらない」
6.「どうして幸せが続くと信じてられるの?」
※一部性的な描写が出てきます。
18歳未満の方は閲覧しないようお願いします。
--------------------------------------------------------
「あれ?花田先輩、ピアスすっとですか?」
突如響いた後輩の声。
ビクンと体が硬直しました。
後輩の視線は私の左耳に集中しています。
慌てて指で覆い隠して、
決めていた台詞を吐き出しました。
「ああ、これですか。してませんよ?
よく言われるんですけど、
生まれつき耳たぶがくぼんでて
ピアス穴っぽく見えるんです」
「へー、そがんな事もあっとですねー」
素直で無垢な後輩は、信じてくれたようでした。
少し雑談して後輩とお別れ、
遠ざかるその背中を眺めながら、
一人ほっと息をつきます。
ああ、今でも胸がバクバクしてる。
事前に言い訳を考えておいて本当によかった。
(……やっぱり、両耳開けとけばよかったな)
左の耳を触ります。確かに穴がありました。
生まれつきではない後天性の穴。
それはある種の刻印でした。
そう、私花田煌が『同性愛者』であり、
『所有物』である事の証明。
◆ ◆ ◆
あの時『それ』に気づかなければ。
もしくは気にせず無視していれば。
未来は変わっていたのかもしれません。
でも現実は残酷で。無垢で無知で愚かな私は、
それが罠である事に気づきませんでした。
『花田ー、遊びに行かん?』
『いいよ』
部活も休み、ぽっかり空いた日曜日。
私は姫子に誘われて、街へと遊びに繰り出しました。
一通りお店も回りつくして、羽休めに飛び込んだ喫茶店。
対面に座る姫子を見て、そこで異変に気が付いたのです。
『あれ?姫子、ピアス片方落としてない?』
『……うん?』
両耳セットだったのは確かです。
前にみんなで出掛けた時は、
ちゃんと両方ありましたから。
『ほら、右耳。ピアス無くなっちゃってる!』
『……』
落としたなら探さなければ。
一人慌てる私を前に、姫子は楽しそうに目を細めて。
冷静に、でもどこか甘ったるい声でこう返します。
『わざとよ』
『へ?』
栗色の髪をさらりとかきわけ、
見せつけるように耳をあらわにする姫子。
左耳には小粒のピアス。右耳には、穴。
『わざと左だけしとっとよ』
ぞくりと背筋が粟立ちました。
私は知っていたのです。片耳だけにピアスをつける、
それには意味がある事を。
右耳だけにピアスをつけた場合、
『優しさと成人女性の証』になるそうです。
もしくは『守られる側の人間です』、
なんて意味にもなるでしょう。
問題は左耳だけにつける場合。それは
『同性愛者である事の宣言(カミングアウト)』になるのです。
いえ、それだけなら別に構いません。
姫子と部長は付き合っていますから。
今更ビアンだと言われたところで、
驚く事はありません。
問題は、今。『今だけ片耳』だという事。
セットのピアスをわざわざ片方外してくる理由の方です。
どうして?そこに意味を見出すとすれば。
『今日は花田と二人きりやけん』
『……っ!』
反射的に離れようとする私の指を絡めとり、
ぐいと自分側に引っ張る姫子。
必然前のめりになった私に顔を近づけて、
鼓膜を愛撫するかのように、耳元でそっと囁きます。
『そがん警戒せんでもよかよ?「今日は」まだ何もせんし』
注ぎ込まれた息が熱い。
体が一気に熱くなります。
急速に鼓動を速める心臓をなだめると、
何とか声を絞り出しました。
『それ、そのうち何かするって事だよね?』
『そいは花田次第やね』
囁かれる声は甘く、熱く。ぶるりと内股が震えます。
もたらされる感情は恐怖。
でもほんの片隅に、確かに甘い痺れが伴っていて、
ゴクリと唾を飲み込んでいました。
悟ります。今この瞬間、
私達の関係は変貌を遂げたのです。
『苦楽を共にする親友』から、『獲物とその捕食者』へと。
◆ ◆ ◆
今でも時々思います。もしこの時、
すぐに席を立ち逃げ出したなら、
私達は今も親友で居られたのでしょう。
でもそれは裏を返せば。この時すでに、
結末は決まっていたのでしょう。
だって、私は結局逃げなかったのですから。
『親友とお出掛け』に過ぎなかったはずの一日は、
瞬く間に『不倫デート』へと姿を変えました。
気を置けないはずの親友は、猛獣に進化を遂げました。
『ちょ、ちょっと姫子……っ』
『平常心平常心。堂々としとったらよか。
キョドっと逆に目立つけん』
まるで合意を得たとばかりに、
姫子のスキンシップはどんどん濃度を増していきます。
『そいとも……みんなに見て欲しかと?』
『ちがっ……!』
撫で回すように、擦り付けるように、嘗め回すように。
彼女が起こす行為のすべてが、愛撫となって私を苦しめます。
対して私にできる事は、
口をとがらせて文句を言うだけ。
『もうやめてよっ……姫子にはちゃんと部長がいるでしょ?』
『恋人は一人だけ、そがんこと誰が決めたと?』
『私は、花田ん事も好いとるよ』
聞いてはくれませんでした。姫子は呆れたように嗤うと、
なおも私の腰を撫でさすります。
本当に情けない事に。それだけで腰は甘く痺れて、
じっとり汗ばんでしまうのです。
『そもそも……帰らんかった時点で同罪やん』
『っ……!』
否定しようのない事実でした。
性愛の目を向けられている、
そう判明した時点で拒絶するべきでした。
『そういう事なら私は帰る』、
そう宣言して席を立つべきだったのです。
なのに私は決断を避け。あまつさえ、
腰を撫でられて身もだえている。
誘いを受け入れたも同然でした。
『……そいでよか。大丈夫。
こがんなんスキンシップの範疇よ』
沈黙を肯定と受け取ったのか、姫子の指は
より艶めかしく私の体を這い回ります。
もはやごまかしようがない程に、
私の息は上がっていました。
『んっ……はっ、ぁっ……!』
今はまだ『過剰なスキンシップ』に留まるこの愛撫も、
いずれは性行為へと変わるのでしょう。
今は腰を撫でるこの指も。腰から胸へ、ふとももへ。
そしてやがては、秘めた場所へと
潜り込んでいくのでしょう。
その時私は、姫子の手を
払いのける事ができるでしょうか。
眉を顰めて目をむいて、
彼女を糾弾できるでしょうか。
いいえ、きっと無理でしょう。
自覚してしまったのです。
姫子に対する恋心。それが
自分で思っていたよりもはるかに強く、
そして浅ましい事を。
自分が欲情の対象である、そう聞かされただけで、
呼吸が浅くなりました。
色めいた視線に晒されただけで、
お腹の奥がぐつぐつ熱を持ちました。
腰を優しく撫でられただけで、
砕けてへたりこみそうになりました。
それほどまでに、私は姫子を求めていて。
愛欲に支配されているのです。
ああ、だからお願いです姫子。
これ以上私を惑わせないでください。
私は弱くてズルいから。
誘惑を拒む事ができない――
◆ ◆ ◆
――なんて。可憐なヒロインを
気取っていたのも今は昔。
あのカミングアウトから二か月後。
私は、当然のように
姫子と肌を重ねる関係になっていました。
『煌もすっかり染まりよったね』
『……姫子に教えられたからね』
蜜事を終え、ぬかるむ体を抱き寄せながら、
私は姫子に口づけます。
唇に、頬に、そして……耳たぶに。
『んっ……』
お返しでしょうか。
姫子も同じようにしてきました。
でもそれは少し違って。
まるで愛撫でもするかのように、
耳に舌を這わせ続けます。
『姫子?……んんっ!?』
突如襲い掛かる、何かが鋭く食い込む感覚。
『痛い』とまではいかない刺激が、
私の耳たぶを貫きました。
『ここ……ちょい寂しかよね?』
かみ、かみ、かみ、噛み。
何かを暗喩するかのように、姫子が甘噛みを繰り返します。
それが何を意味しているのか、
すぐに理解できました。
噛み、噛み、噛み、噛み。
ピアッサーで耳を貫くように、
姫子は犬歯を突き刺します。
『……私、ピアスなんか持ってないよ』
『あっやろ?』
姫子は裸のまま起き上がり、ベッドを降りて、
カバンをごそごそ漁ります。
そして取り出されたものは――
――今、姫子が左耳につけているもの。
『ペアルック。よかやろ?』
とろり。脳が理解した瞬間、新たな蜜を吐き出しました。
つまり姫子はこう言うのです。
『私とセットになるためだけに、
お前もこっちに堕ちて来い』と。
反論を聞く気などないのでしょう。
片手にはピアス、もう片方にはピアッサー。
姫子の視線は、私の左耳に注がれています。
『……いやだ、って言ったら?』
『あはは。言ってもよかよ、好きなだけ。
そがんな事しても結果は変わらん――』
『――今更、もう逃がさんし』
コロコロ楽しそうに嗤う姫子。
その目は獰猛に輝いていました。
『おっと、準備はちゃんとせんとな。
バイキンで膿んだら困っけん』
言葉を失う私を尻目に、
姫子は冷凍庫から保冷剤を取り出します。
いつの間に入れてたんだろう、ぼんやり思う私の耳に、
それが押し当てられました。
冷たい。耳の感覚が薄れていきます。
凍てつき、痺れて、脳までも。
まるで靄がかかったように、
何も考えられなくなっていきます。
「……そいでよか。大人しゅうしとれば、
一瞬で終わっけん」
命令のきけた犬を褒めるかのように、
姫子が優しく頭を撫でます。
それで私は弛緩して、自ら
姫子に体重を預けてしまいました。
「消毒消毒、っと」
ジェル状の何かが塗りたくられて、
耳たぶが器具に挟まれても、
まるで動く事はありません。
頭が回らないのです。
今まさに、取り返しのつかない事態が
起きようとしているのに。
親からもらった身体に穴が開こうとしてるのに。
なのに、体は全然動かなくって。
視界がぼんやり白くなって、
内股はヒクヒク痙攣し始めて、
腰からぞわぞわと何かがこみあげて来て、
甘い痺れが昇りつめてきて、
そして、そして、そして、そして――!
「えい」
バチンッッッッ!!!
耳元で爆発。音が思考を吹き飛ばしました。
「ぃ゛っっ……!ぁぁぁっ……!!!」
耳を貫く激痛に、全身を硬直させて、
でも次の瞬間、淫らなうねりに翻弄されて、
艶めかしく腰をくねらせます。
そして、まるでイッてしまったように。
どこまでもだらしない鳴き声を漏らすのでした。
◆ ◆ ◆
こうして私は堕ちました。
両耳に針を通したい。そんなせめてもの懇願も、
聞いてはもらえませんでした。
結果、空いた穴は一つだけ。
これから私は未来永劫、
会う人みんなに主張する事になるのです。
『私はレズビアンです』と。
『知っとった?ピアスホールてな、ピアスせんとすぐ塞がっとよ』
『こい貸しとくけん。家でん忘れんとつけてな』
『もし塞がっとったら……「お仕置き」やけん』
穴を塞ぐ姫子のピアス、それは紛れもなく不貞の証。
なのに姫子は言うのです。できるだけ常に身につけろ、と。
これでは首輪みたいなものです。
そして、その影響は酷く深刻でした。
(遅くなっちゃった。はやくピアスをつけないと)
学校から帰るなり、すぐさまピアスを通します。
穴が塞がると困るから、お仕置きされてしまうから。
せっせと自分に言い聞かせながら。
人は慣れてしまう生き物です。
いつしかそれはルーチンとなり、日常に溶け込んで。
私の精神を蝕んでいきます。
学校から帰りピアスをつける。学校に行くためにピアスを外す。
外す、つける、外す、つける、外す――。
◆ ◆ ◆
――そうして過ごす事半年。気づかないうちに、
日常はこっそり『逆転』していたのです。
◆ ◆ ◆
気づいたきっかけは姫子の一言。
いつものように二人で逢って、
火照る身体をさましながら、
姫子はぽつりとこう言いました。
愛おしそうに、私のピアスに触れながら。
「偉かねー。ちゃーんと学校ではピアス外しとっけん」
一度はすんなり受け入れて、でも引っ掛かりを覚えます。
言い回しが妙だったからです。
「そこは普通、ちゃんとピアスつけて来てるねって
言うところじゃない?」
「……ぷっ。あっはははは!!」
途端、姫子がケラケラ笑います。わけがわからず困惑する私。
そんな変な事を言ったでしょうか。
「気づいとらんかったとやね」
姫子が笑う、笑う、笑う、嗤う。
その笑みはどこか悪魔的で、危うさを孕むものでした。
胸に不安が広がっていく。でも何で?わからない。
疑問符で脳を埋め尽くす私に、姫子が答えをくれました。
そして気づかされたのです。世界が逆転した事に。
「時間。もう、ピアスしとらん方が短かやろ?」
「っっっ!?」
姫子の言う通りでした。
学校に行く時ピアスを外す。戻ってきたらすぐ付け直す。
なら、ピアスをしている時間の方が長いに決まっています。
「あっ……ぁぁっ……!!」
私にとってピアスは首輪。姫子に縛られた証。
なのに、いつの間にかそれが『日常』になっていて、
ピアスを外してる方が『非日常』。
それすなわち。もはや不貞を働く私の方が、
『普通』になっているのです。
「んー」
姫子の細い指がピアスに触れ、耳からピアスを外していきます。
ぽっかり空いた穴に舌を這わせながら、姫子が満足げに頷きました。
「穴はもう仕上がっとる。こいないピアスせんでもよかね」
「ばってん、煌はどうしたか?」
甘く誘うような問い掛けは、答える間でもありません。
洗脳は完了したのです。
今更返せと言われても、私はもう手放せない。
「……けて」
「ん?」
「……つけて」
「よかけど、わかって言っとっと?」
わかっています。これがラストチャンスだと言いたいのでしょう。
今なら爛れた関係を断ち切り、健全な世界に戻れると。
そう言って揺さぶりたいのでしょう。
嘘ばっかり。もうわかっているのです。
人生を分ける分水嶺は、とっくに通り過ぎている。
「いいからつけて。もう、どうなってもいいから」
私が耳を差し出すと、姫子は舌を舐めずりました。
再び耳に手を添えて、穴にピアスをそっと通して――
「こいで、煌は一生私のもんやね」
悦びに声を震わせながら、私に口づけるのでした。
◆ ◆ ◆
永遠の服従を誓ってから早三年。
今も私の左耳には、ピアスが輝き続けています。
この関係はいつまで続くのでしょう。
不貞がバレたら?姫子が飽きたら?
どちらにせよ、ずっと続くとは思えません。
それでも別にいいのです。
私の心は姫子のもの。姫子が私を捨てるその時、
私の人生は終わりを告げる。
そう考えれば、ほら。
私は姫子に一生愛され続けるのです!
なんてすばらな事でしょう!
「煌、待ったと?」
「ううん、今来たところだよ」
今日も今日とて不倫デート。
少し遅れて来た姫子に、どろついた笑顔で笑い掛けます。
つられて微笑み返す姫子。
その左耳には、私と同じペアのピアス。
恥も外聞もなく舌を絡ませるキスをして、
そのままぎゅうと抱き寄せます。
ちらりと見えた姫子の右耳。
そこに、もう穴はありませんでした。
(完)
私、花田煌は耳に穴が開いています。
よりにもよって左耳だけ。
それが何を意味するか、
知っているにも関わらず。
これは私花田煌が、同性愛者の烙印を押され、
堕ちて行くまでの物語です。
<登場人物>
花田煌,鶴田姫子
<症状>
・依存
<その他>
・ぱうーでお題もらって書いた小ネタSSです。
思ったより長くなったのでこっちでご紹介。
・以下の中からサイコロ振って出た目を書く
1.「忘れないように約束をしようまた明日ねって」
〇2.「左耳だけ塞いだピアス」
3.「動脈まであと5mm」
4.「私は今幸せなんだから、そんなこと言わないで」
5.「リストカットする勇気すらない」
6.「どうして幸せが続くと信じてられるの?」
※一部性的な描写が出てきます。
18歳未満の方は閲覧しないようお願いします。
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「あれ?花田先輩、ピアスすっとですか?」
突如響いた後輩の声。
ビクンと体が硬直しました。
後輩の視線は私の左耳に集中しています。
慌てて指で覆い隠して、
決めていた台詞を吐き出しました。
「ああ、これですか。してませんよ?
よく言われるんですけど、
生まれつき耳たぶがくぼんでて
ピアス穴っぽく見えるんです」
「へー、そがんな事もあっとですねー」
素直で無垢な後輩は、信じてくれたようでした。
少し雑談して後輩とお別れ、
遠ざかるその背中を眺めながら、
一人ほっと息をつきます。
ああ、今でも胸がバクバクしてる。
事前に言い訳を考えておいて本当によかった。
(……やっぱり、両耳開けとけばよかったな)
左の耳を触ります。確かに穴がありました。
生まれつきではない後天性の穴。
それはある種の刻印でした。
そう、私花田煌が『同性愛者』であり、
『所有物』である事の証明。
◆ ◆ ◆
あの時『それ』に気づかなければ。
もしくは気にせず無視していれば。
未来は変わっていたのかもしれません。
でも現実は残酷で。無垢で無知で愚かな私は、
それが罠である事に気づきませんでした。
『花田ー、遊びに行かん?』
『いいよ』
部活も休み、ぽっかり空いた日曜日。
私は姫子に誘われて、街へと遊びに繰り出しました。
一通りお店も回りつくして、羽休めに飛び込んだ喫茶店。
対面に座る姫子を見て、そこで異変に気が付いたのです。
『あれ?姫子、ピアス片方落としてない?』
『……うん?』
両耳セットだったのは確かです。
前にみんなで出掛けた時は、
ちゃんと両方ありましたから。
『ほら、右耳。ピアス無くなっちゃってる!』
『……』
落としたなら探さなければ。
一人慌てる私を前に、姫子は楽しそうに目を細めて。
冷静に、でもどこか甘ったるい声でこう返します。
『わざとよ』
『へ?』
栗色の髪をさらりとかきわけ、
見せつけるように耳をあらわにする姫子。
左耳には小粒のピアス。右耳には、穴。
『わざと左だけしとっとよ』
ぞくりと背筋が粟立ちました。
私は知っていたのです。片耳だけにピアスをつける、
それには意味がある事を。
右耳だけにピアスをつけた場合、
『優しさと成人女性の証』になるそうです。
もしくは『守られる側の人間です』、
なんて意味にもなるでしょう。
問題は左耳だけにつける場合。それは
『同性愛者である事の宣言(カミングアウト)』になるのです。
いえ、それだけなら別に構いません。
姫子と部長は付き合っていますから。
今更ビアンだと言われたところで、
驚く事はありません。
問題は、今。『今だけ片耳』だという事。
セットのピアスをわざわざ片方外してくる理由の方です。
どうして?そこに意味を見出すとすれば。
『今日は花田と二人きりやけん』
『……っ!』
反射的に離れようとする私の指を絡めとり、
ぐいと自分側に引っ張る姫子。
必然前のめりになった私に顔を近づけて、
鼓膜を愛撫するかのように、耳元でそっと囁きます。
『そがん警戒せんでもよかよ?「今日は」まだ何もせんし』
注ぎ込まれた息が熱い。
体が一気に熱くなります。
急速に鼓動を速める心臓をなだめると、
何とか声を絞り出しました。
『それ、そのうち何かするって事だよね?』
『そいは花田次第やね』
囁かれる声は甘く、熱く。ぶるりと内股が震えます。
もたらされる感情は恐怖。
でもほんの片隅に、確かに甘い痺れが伴っていて、
ゴクリと唾を飲み込んでいました。
悟ります。今この瞬間、
私達の関係は変貌を遂げたのです。
『苦楽を共にする親友』から、『獲物とその捕食者』へと。
◆ ◆ ◆
今でも時々思います。もしこの時、
すぐに席を立ち逃げ出したなら、
私達は今も親友で居られたのでしょう。
でもそれは裏を返せば。この時すでに、
結末は決まっていたのでしょう。
だって、私は結局逃げなかったのですから。
『親友とお出掛け』に過ぎなかったはずの一日は、
瞬く間に『不倫デート』へと姿を変えました。
気を置けないはずの親友は、猛獣に進化を遂げました。
『ちょ、ちょっと姫子……っ』
『平常心平常心。堂々としとったらよか。
キョドっと逆に目立つけん』
まるで合意を得たとばかりに、
姫子のスキンシップはどんどん濃度を増していきます。
『そいとも……みんなに見て欲しかと?』
『ちがっ……!』
撫で回すように、擦り付けるように、嘗め回すように。
彼女が起こす行為のすべてが、愛撫となって私を苦しめます。
対して私にできる事は、
口をとがらせて文句を言うだけ。
『もうやめてよっ……姫子にはちゃんと部長がいるでしょ?』
『恋人は一人だけ、そがんこと誰が決めたと?』
『私は、花田ん事も好いとるよ』
聞いてはくれませんでした。姫子は呆れたように嗤うと、
なおも私の腰を撫でさすります。
本当に情けない事に。それだけで腰は甘く痺れて、
じっとり汗ばんでしまうのです。
『そもそも……帰らんかった時点で同罪やん』
『っ……!』
否定しようのない事実でした。
性愛の目を向けられている、
そう判明した時点で拒絶するべきでした。
『そういう事なら私は帰る』、
そう宣言して席を立つべきだったのです。
なのに私は決断を避け。あまつさえ、
腰を撫でられて身もだえている。
誘いを受け入れたも同然でした。
『……そいでよか。大丈夫。
こがんなんスキンシップの範疇よ』
沈黙を肯定と受け取ったのか、姫子の指は
より艶めかしく私の体を這い回ります。
もはやごまかしようがない程に、
私の息は上がっていました。
『んっ……はっ、ぁっ……!』
今はまだ『過剰なスキンシップ』に留まるこの愛撫も、
いずれは性行為へと変わるのでしょう。
今は腰を撫でるこの指も。腰から胸へ、ふとももへ。
そしてやがては、秘めた場所へと
潜り込んでいくのでしょう。
その時私は、姫子の手を
払いのける事ができるでしょうか。
眉を顰めて目をむいて、
彼女を糾弾できるでしょうか。
いいえ、きっと無理でしょう。
自覚してしまったのです。
姫子に対する恋心。それが
自分で思っていたよりもはるかに強く、
そして浅ましい事を。
自分が欲情の対象である、そう聞かされただけで、
呼吸が浅くなりました。
色めいた視線に晒されただけで、
お腹の奥がぐつぐつ熱を持ちました。
腰を優しく撫でられただけで、
砕けてへたりこみそうになりました。
それほどまでに、私は姫子を求めていて。
愛欲に支配されているのです。
ああ、だからお願いです姫子。
これ以上私を惑わせないでください。
私は弱くてズルいから。
誘惑を拒む事ができない――
◆ ◆ ◆
――なんて。可憐なヒロインを
気取っていたのも今は昔。
あのカミングアウトから二か月後。
私は、当然のように
姫子と肌を重ねる関係になっていました。
『煌もすっかり染まりよったね』
『……姫子に教えられたからね』
蜜事を終え、ぬかるむ体を抱き寄せながら、
私は姫子に口づけます。
唇に、頬に、そして……耳たぶに。
『んっ……』
お返しでしょうか。
姫子も同じようにしてきました。
でもそれは少し違って。
まるで愛撫でもするかのように、
耳に舌を這わせ続けます。
『姫子?……んんっ!?』
突如襲い掛かる、何かが鋭く食い込む感覚。
『痛い』とまではいかない刺激が、
私の耳たぶを貫きました。
『ここ……ちょい寂しかよね?』
かみ、かみ、かみ、噛み。
何かを暗喩するかのように、姫子が甘噛みを繰り返します。
それが何を意味しているのか、
すぐに理解できました。
噛み、噛み、噛み、噛み。
ピアッサーで耳を貫くように、
姫子は犬歯を突き刺します。
『……私、ピアスなんか持ってないよ』
『あっやろ?』
姫子は裸のまま起き上がり、ベッドを降りて、
カバンをごそごそ漁ります。
そして取り出されたものは――
――今、姫子が左耳につけているもの。
『ペアルック。よかやろ?』
とろり。脳が理解した瞬間、新たな蜜を吐き出しました。
つまり姫子はこう言うのです。
『私とセットになるためだけに、
お前もこっちに堕ちて来い』と。
反論を聞く気などないのでしょう。
片手にはピアス、もう片方にはピアッサー。
姫子の視線は、私の左耳に注がれています。
『……いやだ、って言ったら?』
『あはは。言ってもよかよ、好きなだけ。
そがんな事しても結果は変わらん――』
『――今更、もう逃がさんし』
コロコロ楽しそうに嗤う姫子。
その目は獰猛に輝いていました。
『おっと、準備はちゃんとせんとな。
バイキンで膿んだら困っけん』
言葉を失う私を尻目に、
姫子は冷凍庫から保冷剤を取り出します。
いつの間に入れてたんだろう、ぼんやり思う私の耳に、
それが押し当てられました。
冷たい。耳の感覚が薄れていきます。
凍てつき、痺れて、脳までも。
まるで靄がかかったように、
何も考えられなくなっていきます。
「……そいでよか。大人しゅうしとれば、
一瞬で終わっけん」
命令のきけた犬を褒めるかのように、
姫子が優しく頭を撫でます。
それで私は弛緩して、自ら
姫子に体重を預けてしまいました。
「消毒消毒、っと」
ジェル状の何かが塗りたくられて、
耳たぶが器具に挟まれても、
まるで動く事はありません。
頭が回らないのです。
今まさに、取り返しのつかない事態が
起きようとしているのに。
親からもらった身体に穴が開こうとしてるのに。
なのに、体は全然動かなくって。
視界がぼんやり白くなって、
内股はヒクヒク痙攣し始めて、
腰からぞわぞわと何かがこみあげて来て、
甘い痺れが昇りつめてきて、
そして、そして、そして、そして――!
「えい」
バチンッッッッ!!!
耳元で爆発。音が思考を吹き飛ばしました。
「ぃ゛っっ……!ぁぁぁっ……!!!」
耳を貫く激痛に、全身を硬直させて、
でも次の瞬間、淫らなうねりに翻弄されて、
艶めかしく腰をくねらせます。
そして、まるでイッてしまったように。
どこまでもだらしない鳴き声を漏らすのでした。
◆ ◆ ◆
こうして私は堕ちました。
両耳に針を通したい。そんなせめてもの懇願も、
聞いてはもらえませんでした。
結果、空いた穴は一つだけ。
これから私は未来永劫、
会う人みんなに主張する事になるのです。
『私はレズビアンです』と。
『知っとった?ピアスホールてな、ピアスせんとすぐ塞がっとよ』
『こい貸しとくけん。家でん忘れんとつけてな』
『もし塞がっとったら……「お仕置き」やけん』
穴を塞ぐ姫子のピアス、それは紛れもなく不貞の証。
なのに姫子は言うのです。できるだけ常に身につけろ、と。
これでは首輪みたいなものです。
そして、その影響は酷く深刻でした。
(遅くなっちゃった。はやくピアスをつけないと)
学校から帰るなり、すぐさまピアスを通します。
穴が塞がると困るから、お仕置きされてしまうから。
せっせと自分に言い聞かせながら。
人は慣れてしまう生き物です。
いつしかそれはルーチンとなり、日常に溶け込んで。
私の精神を蝕んでいきます。
学校から帰りピアスをつける。学校に行くためにピアスを外す。
外す、つける、外す、つける、外す――。
◆ ◆ ◆
――そうして過ごす事半年。気づかないうちに、
日常はこっそり『逆転』していたのです。
◆ ◆ ◆
気づいたきっかけは姫子の一言。
いつものように二人で逢って、
火照る身体をさましながら、
姫子はぽつりとこう言いました。
愛おしそうに、私のピアスに触れながら。
「偉かねー。ちゃーんと学校ではピアス外しとっけん」
一度はすんなり受け入れて、でも引っ掛かりを覚えます。
言い回しが妙だったからです。
「そこは普通、ちゃんとピアスつけて来てるねって
言うところじゃない?」
「……ぷっ。あっはははは!!」
途端、姫子がケラケラ笑います。わけがわからず困惑する私。
そんな変な事を言ったでしょうか。
「気づいとらんかったとやね」
姫子が笑う、笑う、笑う、嗤う。
その笑みはどこか悪魔的で、危うさを孕むものでした。
胸に不安が広がっていく。でも何で?わからない。
疑問符で脳を埋め尽くす私に、姫子が答えをくれました。
そして気づかされたのです。世界が逆転した事に。
「時間。もう、ピアスしとらん方が短かやろ?」
「っっっ!?」
姫子の言う通りでした。
学校に行く時ピアスを外す。戻ってきたらすぐ付け直す。
なら、ピアスをしている時間の方が長いに決まっています。
「あっ……ぁぁっ……!!」
私にとってピアスは首輪。姫子に縛られた証。
なのに、いつの間にかそれが『日常』になっていて、
ピアスを外してる方が『非日常』。
それすなわち。もはや不貞を働く私の方が、
『普通』になっているのです。
「んー」
姫子の細い指がピアスに触れ、耳からピアスを外していきます。
ぽっかり空いた穴に舌を這わせながら、姫子が満足げに頷きました。
「穴はもう仕上がっとる。こいないピアスせんでもよかね」
「ばってん、煌はどうしたか?」
甘く誘うような問い掛けは、答える間でもありません。
洗脳は完了したのです。
今更返せと言われても、私はもう手放せない。
「……けて」
「ん?」
「……つけて」
「よかけど、わかって言っとっと?」
わかっています。これがラストチャンスだと言いたいのでしょう。
今なら爛れた関係を断ち切り、健全な世界に戻れると。
そう言って揺さぶりたいのでしょう。
嘘ばっかり。もうわかっているのです。
人生を分ける分水嶺は、とっくに通り過ぎている。
「いいからつけて。もう、どうなってもいいから」
私が耳を差し出すと、姫子は舌を舐めずりました。
再び耳に手を添えて、穴にピアスをそっと通して――
「こいで、煌は一生私のもんやね」
悦びに声を震わせながら、私に口づけるのでした。
◆ ◆ ◆
永遠の服従を誓ってから早三年。
今も私の左耳には、ピアスが輝き続けています。
この関係はいつまで続くのでしょう。
不貞がバレたら?姫子が飽きたら?
どちらにせよ、ずっと続くとは思えません。
それでも別にいいのです。
私の心は姫子のもの。姫子が私を捨てるその時、
私の人生は終わりを告げる。
そう考えれば、ほら。
私は姫子に一生愛され続けるのです!
なんてすばらな事でしょう!
「煌、待ったと?」
「ううん、今来たところだよ」
今日も今日とて不倫デート。
少し遅れて来た姫子に、どろついた笑顔で笑い掛けます。
つられて微笑み返す姫子。
その左耳には、私と同じペアのピアス。
恥も外聞もなく舌を絡ませるキスをして、
そのままぎゅうと抱き寄せます。
ちらりと見えた姫子の右耳。
そこに、もう穴はありませんでした。
(完)
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