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【咲-Saki-SS:菫照】菫「変わるもの、変わらないもの」

<あらすじ>
高校卒業から10年。年月が二人の関係を変えた。
弘世菫は家業を継ぐために一般企業に就職し、
宮永照はプロ麻雀の世界に飛び込む。

道を違えた二人。いつしか『大人』になった二人は、
夢や希望を諦めていく。
もはや二人の道が重なる事はない――って、本当に?

なんて、想いを拗らせに拗らせた二人が、
なんやかんやあって結局落ち着くところに落ち着くお話です。

<登場人物>
弘世菫,大星淡,宮永照

<症状>
注意。特に病んでいません。

<その他>
とある方への誕生日プレゼント替わりのSSです。
『10年後。未来の、まだ先の菫照』というお題で書いたお話。



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22時。

足をさいなむパンプスを転がし、
スーツのままドサリとソファーに倒れこむ。
もはや相棒と化した疲労に全身を包まれながら、
テレビのリモコンを手に取った。

もう体が覚えているルーチンワーク。
BGM代わりに流れるニュースが、
今日も彼女の活躍を教えてくれる。


『本日のプロ麻雀女子リーグの結果をお伝えします。
 まずは現在トップを独走中の横浜ロードスターズ、
 副将戦までは劣勢を強いられましたが
 大将の宮永照選手が南2局で倍満を和了し逆転、
 そのまま逃げ切りに成功しました』


ハイライト。大物手を和了る照がドアップで映し出される。
ほぼ毎日見る顔だ。なんて、あくまで画面上での話。
最後に直接会ったのは、もう6年も前の事だ。

モニターの照は昔と変わらぬ無表情で、
ただ卓上のみを見つめている。
対戦相手は苦虫を噛み潰したような、
悔しそうな表情を浮かべていた。

思う。もし私が、照の代わりにあの椅子に座ったら。
それこを赤子の手をひねるかのように、
あっさり蹂躙されてしまうのだろう。


(ああ、まるで別世界だ)


雲の上に行ってしまった
かつての恋人に思いを馳せながら、
冷蔵庫からビールを取り出す。
完全に『消費者側の中年』の行動だ。
我ながら様になり過ぎていて。
なんだか無性に泣きたくなった。



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『変わるもの、変わらないもの。』




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総合商社勤めのOL、弘世菫28歳。
それが今の私の肩書だ。

大学卒業を機に麻雀からは足を洗った。
私は親が経営する会社に就職。
照は遅まきながらプロ麻雀の世界に足を踏み入れた。

明暗が分かれたのはそこから。
慣れない業務に悪戦苦闘する私を尻目に、
照は日進月歩でその名を轟かせていった。
今や完全にトッププロ。
テレビで照の顔を見ない日の方が珍しい。

大学を卒業して以来、照とは一度も会っていない。
『モラトリアム』は終了したのだ。
麻雀が繋いだ私達の縁、私が麻雀から離れた以上、
切れてしまうのは必然だった。


思い出す。あの日あの時の照の顔。
あいつにしては珍しく、瞳が焦燥に揺れていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『なんで麻雀までやめちゃうの?』

『言っただろう。私は弘世財閥の跡取り娘なんだ。
 自由に生きられるのは大学卒業まで。
 後は家が定めたレールに従う』

『だからってやめる必要はない。
 プロ雀士も副業で事業を展開してる人はたくさんいる。
 菫だって』

『残念だがな。二足のわらじでやっていけるほど、
 弘世家は小さくないんだよ』

『当面は家業に専念する。ある程度成果が出せるまでは、
 お前に会う暇もないだろう』

『……菫は。菫はそれでいいの?』

『ああ。小さい頃から覚悟していた事だし、
 やりたい事は大学まででやり尽くしたからな。だから――』

 ――麻雀はお前に任せるよ。私の分まで活躍してくれ。
 お前なら、世界にだって羽ばたける』


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


照は唇を一文字に結んだまま、
でもそれ以上何も言うことはなかった。
そうして私達は道を違えて、もはや重なる事はない。


「……仕事でもするか。照だって
 今も働いているわけだしな」


ソファーからくたびれた体を起こし、
ノートパソコンを取り出した。
こいつがあれば、自宅に居ても
馬車馬のように働ける優れものだ。

部下からのメールを確認する傍ら、耳だけテレビに傾ける。
どうやらダイジェストが終わり、
場面はヒーローインタビューに移っているらしい。


『放送席です。本日は見事大将戦で
 華麗な逆転劇を決めた宮永照プロにお越しいただきました。
 いやあ素晴らしい倍満ツモでしたね』

『ありがとうございます』

『ワールドカップの日本代表選考合宿まで一か月を切りました。
 合宿を目前にして気合十分といった感じでしょうか』

『いえ、正直今日の結果には満足できていません。
 このままでは世界には通用しないと思います。
 もっと気を引き締めていきたいです』

無意識のうちに、指が電源ボタンを押していた。
ブツリ。テレビがブラックアウトして、照の姿は掻き消える。


「……はぁ」


ため息を一つ。

かぶりを振って気分を一新、目の前のメールに集中し直す。
備品購入の申請だった。金額は税込14800円。
了承、短く返信する。


「ご苦労な事だ。たかが14800円使うのに
 めんどくさい手続きが必要なんだよな」

「今日、照が稼いだファイトマネーはいくらだろうか。
 確かあいつ、今年俸10億だから……
 ざっくり計算して、一晩で33万ってとこか?」

「はは、本当に別世界だな」


一応言っておくとすれば。私が住む世界だって、
世間一般とは大きく逸脱しているだろう。
そのくらいの自覚はある。

だが、あいつは自らの実力のみを頼りに、日本を背負って立つ人間。
対してこちらは、親の七光りでポストに就いただけのボンボンだ。

どうしてこんなに差がついた?いいや、違う。
もともとこれが正しい位置関係だったのだろう。

生まれてから今に至るまで。私は常に誰かの庇護下にあって、
独力で成し遂げた事は何もなかった。

白糸台の頃だってそうだ。『黄金時代を築き上げた』、
だなんて持て囃されて、今でも私達は神格化されている。
だが現実はお粗末。実際は照一人の功績で、
私はたまたまそばにいて、そのおこぼれに預かっただけ。


『当分は家業に専念する。ある程度成果が出せるまでは
 お前にも会えないだろう』


あれから6年。私は照に会えないでいる。

きっとこれからも会えないのだろう。
照の功績に見合う実績など、
私にあげられるはずがないのだから。



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その日は朝から休日だった。
火の車だったプロジェクトがようやく終息、
部員皆で浴びるほど飲んで、
タクシーに飛び乗って家に帰った。

頭を持ち上げるなり鈍痛。眉を顰めながら苦笑した。
しまった、化粧落とさずに寝てしまったな。
なんてくだらない事を考えていたら、
携帯電話がけたたましく鳴り響いた。


「おいおいなんだ、せっかくの休日くらい
 ゆっくりさせてくれよ……ってなんだこれ!?」


通知を見てぎょっとした。
着信履歴、SNSの通知、何もかもが「99+」で
埋め尽くされている。

一体何の騒ぎだ。慌てて内容を確認すると、
発信者はたったの一人。
あきれてため息をついたその瞬間、
さらに携帯電話が震えた。


「……もしもし。久しぶりに連絡してきたと思ったらこれか。
 こっちは二日酔いなんだから静かにしてくれ」


開口一番嫌味をガツン。
だが電話の主は怯む事無く、
むしろ怒号をお返ししてきた。


『ふ・つ・か・酔・い〜!?バッカじゃないの菫先輩!
 今そんな状況じゃないでしょ!?』

「ああもう大声を出すな、頭に響く……
 いったい何があったって言うんだよ」

『そこから!?ニュースとか見てないの!?
 テルだよテル!宮永照!!
 テルが居なくなっちゃったんだってば!!』

「……居なくなったって。あいつだって子供じゃないんだから
 独りになりたい時くらいあるだろう」

『そういうレベルじゃないんだってば!
 あーもう、めんどくさいからニュース見てニュース!』


一体何なんだ。若干気分を害しながらも、
言われたとおりにテレビをつける。

途端、耳に衝撃が飛び込んできて、
私はリモコンを取り落とした。


『先日より行方不明となっているプロ雀士の宮永照さんですが、
 警察が正式に捜索願を受理したとの事です――』

『関係者によりますと、宮永さんは数日前突然消息を絶ち、
 現在においても連絡が取れない状況が続いており――』

『警察は失踪と誘拐、両方の可能性を考慮して
 調査を進めていく方向を明らかにしています』


茫然自失、頭の中は真っ白だった。
抑揚のないアナウンサーの声が右から左へと抜けていく。

照が行方不明?誘拐の可能性?
私のあずかり知らぬところで、一体何が起こっている?


『菫先輩、テルがどこにいるか知らない!?』


重圧。無力感が重くのし掛かってきた。
そう、もはや照の所在など、私の知るところではない。
その事実が私を打ちのめす。


『……同じチームのお前が知らないんだ。
 私が知るわけないだろう』

『はぁ!?何言ってるの!菫先輩以上にテルの事
 詳しい人なんているわけないじゃん!!』

『もうずいぶん昔の話だ。今の私は
 白糸台高校麻雀部部長の弘世菫じゃない。
 ただの一社会人の弘世菫なんだ』

『お前達プロ雀士が連絡取れないなら、私だってお手上げだ。
 この件は警察に任せるしかないだろう』


長い沈黙。

やがて、受話器越しに長い溜息の音が聞こえてくる。
心底見下げ果てたとばかりに。


『なんか、菫先輩変わっちゃったね』

『高校を卒業してもう10年だ。
 変わらない方がおかしいだろう?』

『そっか。そうかもね。
 でもね。テルは変わってないんだよ』


無意識のうちに、こぶしを強く握っていた。

何を馬鹿な。何も知らない外野の癖に、
物知り顔であいつを語るな。

あいつだって変わってしまった。
雲の上に行ってしまったんだ。

もう、手を伸ばしても届かない。


『……あっそ。ならもういいよ。
 もう菫先ぱ……アンタになんか頼らないから』

『そうしてくれ。何とかしたいのはやまやまだが、
 所詮私は一般人なんd』


言い終わる前に電話は切れた。
ツー、ツー、ツー。
無機質な機械音だけが私に寄り添う。


「……私が何をしたって言うんだよ」


私だって日々懸命に生きているんだ。
そうしてやっと得た休日にこの仕打ちか。
心が沈み込んでいく。今もチカチカと鈍く輝く通知の光に、
理不尽な怒りすら覚えた。


「煩い!もう放っておいてくれ!!」


常識で考えればわかるだろう?
今やあいつは、日本を代表するトッププロなんだ。
当然万単位のファンがいるし、暴走する輩から
守るための護衛だってついている。

その状況で行方をくらましたんだ。
これが事件なら社会を揺るがす大事件だ。
そんな案件、ただの一般人である私が
解決できるはずがないじゃないか。


『宮永照プロの消息は3日前の夜、対局が終わった後
 同僚のプロと会話を交わした後消息が途絶えています』

『こちらの映像は、監視カメラに残っていた同僚との会話です』


テレビは今も宮永照失踪事件の特番を繰り返している。
それすらも私を責めているような気がして、
もう何もかもが嫌になった。
乱暴にリモコンをつかみ取り、テレビの電源を落とそうとして――


『読書しに行こうかな。明日はちょうどいい陽気になりそうだから』


――リモコンを画面に向けたまま静止する。

監視カメラが捉えた照の顔は、13年前と同じものだった。
誰にも心を開く事なく、来る者皆を笑顔で拒んでいたあの頃と。

世界が止まる。遡る。
13年の歳月があっという間に巻き戻されて、
一つの答えを私に伝える。


「あいつ、もしかして……!!」


いや、そんなはずはない。だが思いとは裏腹に、
気づけば私は駆け出していた。

あり得ない。まずあり得ないけれど。
もし私の予想が正しければ――



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照はきっと、『あそこ』にいる。




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白糸台高校の中庭。深夜にもかかわらず、
ベンチで本をめくる姿があった。


「……こんなところで何してるんだ」
「ああ…こないだの親切な人」


照が腰を掛けている。
まるで、13年の歳月などなかったかのように、
あの日と同じ言葉を繰り返す。

ご丁寧に、あの日と同じように
照魔鏡で私を覗き見ながら。


「読書」

「読書をしてたんだよ」


芝居がかった台詞。聞いた瞬間、
無性にむかっ腹が立った。
ああ、こいつはいつだってそうだ。
周りの心配などお構いなしに、気ままに相手を振り回す。

もはや、それが許される立場ではないのに。


「お前、自分が何をしているのかわかってるのか」

「さあ」

「『さあ』、じゃないだろう!今やお前は
 日本を代表するプロ雀士なんだぞ!
 いきなり行方不明になったかと思ったら、
 こんなところで油を売っt」

「自分が、何をしているのかわからなくなったんだ」


荒れ狂う私の怒声を、照の淡々とした声が打ち消した。
そして言葉を繰り返す。ひどく聞き覚えのある声音で。


「わからなくなったんだよ。なんにも、なんにも――」


沈黙、言葉が出てこなかった。
押し黙る私を見て、照が儚げな笑みを浮かべる。


「私にとって、麻雀とは繋がりだった。
 家族との繋がり。仲間との繋がり。そして……菫との繋がり」

「菫が後押ししてくれたから、言われるがままにプロになった。
 菫が言った通り、私の麻雀はプロでも通用して、
 日本代表にも手が届くところまで来た」

「それでね、ふと思ったんだ。
 『で。それに何の意味があるんだろう』って」

「そう考えたらもう駄目だった。気づいちゃったんだ。
 私の麻雀には目的がない。からっぽなんだよ」

「ねえ菫。なんで私は、今も麻雀を打っているの?」


眉間に皺が寄っていく。こみ上げる感情は怒り。
まるで理解ができなかった。こいつは何を言っているんだ?

麻雀を好きじゃないのか?あれだけ勝ちに勝って楽しくないと?
万人が羨む力を持って、日本中に名を轟かせて。
日本候補にまで名を連ねておいて、
これ以上何を求めるつもりだ?

力を得た者はそれを行使する義務が生まれる。
ちょっと気分が乗らなくなったからって、
おいそれとやめていいはずがない。
子供じゃないんだ。そのくらいわかるだろう?


「……いいか。お前は麻雀界の宝なんだ。
 お前の強さに世界が震える。憧れる。
 お前の姿をテレビで見て、雀士を志す子もいるだろう」

「お前はそういう存在なんだ。こんな風に、
 軽々にふらっと消えていい存在じゃあないんだよ」


そう。『宮永照』は独り占めを許される存在ではない。
だからこそ私はあの日、お前との関係を終わらせて――


「菫」


鋭く一声。そして沈黙。照は苦悶するかのように、
その端正な顔を歪めて見せた。


「私は、そんな大層な人間じゃないよ」

「あの頃から何も変わってない。
 咲の強さを証明するためだけに、
 白糸台を引っ掻き回した頃から何も」

「日本代表とか世界とか、そういうのに興味はないんだ。
 私は、ただ近しい人と繋がるために麻雀を打つ」

「なのに、菫。いつからか、応援に来てくれなくなったよね」


拗ねる、そう表現するのがぴったりの顔だった。
だが、その意味するところは重い。
暗く落ち込んだ瞳のまま、照はうわごとの様に言葉を重ねる。


「私、菫のために麻雀を打ってたんだよ。
 なのに菫が離れてしまうなら、麻雀を打つ意味なんてない」

「でも、私は麻雀以外何もできないから。
 麻雀をやめた私には、何一つ価値がない。
 麻雀をやめたら、菫に振り向いてもらない」

「ねえ、菫。私はどうしたらいいのかな」


そう言って照は立ち上がると、
崩れ落ちるように倒れこんでくる。

慌てて咄嗟に腕を広げた。すっぽりと、照が腕の中に納まる。
まるで、そうするのが当然とばかりに。
そのあまりの弱弱しさに、胸に苦みが広がっていく。


ああ、そうだ。照はこういう奴だった。


どうして忘れていたのだろう。
高校の頃の私なら、きっとわかっていたはずなのに。

照にとって、麻雀とは心の繋がり。
大切な相手と繋がれるなら、舞台なんて、
お茶の間のこたつで十分なんだ。

なのに私が捻じ曲げた。その強さにほれ込み、
心酔し、劣等感を覚え、線を引いて、勝手に照を遠ざけた。
一見すれば不愛想で、でも、誰より寂しがり屋なこの照を。


――今。10年の時を経て。
照はあの時と同じように、私の腕に抱かれている。

あの時は沈黙を守るしかなかった。
私は所詮部外者で、家庭の事情に
首を突っ込む権利を持たなかったから。
ただ、思案顔で照を抱き締めていればよかった。

だが今回は違う。私はれっきとした当事者で、
ゆえに沈黙は許されない。

答えを出す必要がある。責任を取れ。
照を再びこの状態にしてしまった責任を。


「……今まですまなかった。お前が
 私のためだけに打っていたと言うのなら、
 もうプロ雀士はやめてしまっていい」

「きっと世界は失望するだろう。怒る人もいるかもしれない。
 私自身、お前が公式の舞台から姿を消すのは
 とんでもない損失だと思う。
 だが。もし、こんな子供じみた我儘が許されるなら」


「これからは家で一緒に打とう」


照は返事を返さなかった。
その代わり、私の胸に顔を擦りつける。

私の服で涙を念入りにふき取った照は、
あの時と同じ笑顔でこう言った。



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「善処してね、菫」




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『ほらー、やっぱこうなるんじゃん!
 ホント、いい年こいてお騒がせカップルなんだから!』

『ていうか白糸台にいたとか何!?
 え、なんで学校も教えてくれないの?へ、口止めしてた?
 私には事前に言っといてくれてもいいじゃん!』

『菫先輩は菫先輩で妙にヘタレ化してるしさー!
 なーにが「あいつは変わった」だか!
 テルなんてずーーーーっと菫先輩しか見てなかったのにさ!
 ボイスレコーダーで録っといたから
 一生ネタにして笑ってやるんだ!』

『へ?「でも監視カメラの映像見ただけで
 ここに居るって突き止めてきた」?え、こわっ!』

『あーもう、やっぱ似た者同士だよ二人とも。
 愛情重すぎこじらせすぎ。末永くお幸せに爆発してね!』



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それから何があったかと言うと。
実は、表面上は大差がない。

婚姻届こそ人知れず提出したものの、お互い職を辞す事もなく。
私は相も変わらず総合商社のOLだし、
照だって今もテレビに君臨している。

あれだけの大言を吐いた割には拍子抜けの結末。
それもこれも、照の言葉が原因だった。


『菫。私は菫に、世間一般的な「すごさ」なんか求めてないよ。
 ううん、ちょっと違うかな。
 菫は十分すごいから、これ以上すごくならないで』

『何なら私が養うから駆け落ちしよう。
 弘世家を捨ててただの菫になって。
 それでもまだつり合わないくらいだよ』

『私なんて、麻雀以外何もできないんだから』


なんて事を言われては、照をプロ雀士から
引きずり落とすのも忍びなかった。
自分に誇れるものがない、
そのつらさは私もよく知っているからだ。

だからと言って、照に飼われるのも願い下げなわけで。
結果として、私達は現状維持を続けている。


『麻雀がなかろうと照は照なんだけどな。
 ……なんて、あいつの才能に嫉妬してた私が
 言える事じゃないか』


にしても、あいつはあいつで卑屈過ぎやしないか?
なんて思ったものの。
それが決して謙遜ではなかった事が、後日しっかり明かされた。


『なんだ、これっ……!』


交際を再開して足を踏み入れた照の棲み処。
いや、この表現だと虚偽になるか。
正確には足を踏み入れるスペースなどなかった。
そこここに菓子の包装が散乱し、
ごみ屋敷ここに極まれりといった有様だ。

キッチンのシンクには空になったコンビニ弁当の
プラスチックが積み上げられて、軽く異臭を放っていた。

……確かに。


『あいつ、本当に麻雀以外てんで駄目だな!!』


汚部屋を前にして絶叫。
やがて、嘆きはそのまま笑いに変わった。

実感する。ああなんだ、
私達は本当に似た者同士だったんだ。

隣の芝生は青く見える。
お互い自分にないものをねだって、
勝手に劣等感を覚えていた。
『あいつはあんなにもすごい。私とではつりあわない』
だから、手に入らないと諦めていた。

違うんだ。私達は分け合える。
自分にない物を相方が持っている、
ただその事実を喜べばいい。
簡単な事だったのに、どうして忘れていたのだろう。


奮闘する事数時間。ようやく及第点に達したシンクを使い、
封を開けた形跡のないコーヒーを勝手に淹れる。

ほっと一息。いつもの所作で、
主が居ない部屋のテレビをつけた。

BGM代わりのテレビが、
今日も宮永照について語っている。
ただいつもとは少し様子が違うようだ。

そうか、そう言えば今日は『その日』だったか。


『おめでたいニュースです!先日この
 小鍛治恒子が突き止めた情報によりますと!
 なんとあの宮永照プロがこっそり一般女性と
 結婚している事が明らかになりましたー!』

『もったいないなぁ、ばーっと発表して
 思いっきり祝ってもらえばいいのに!
 隠したってどうせバレてつっつかれるんだしさー』


姦しいテレビ局の局アナが私たちの関係を暴露している。
「一般女性と結婚」、私の名前は出なかった。
鷹揚に頷く。当然だ。所詮私は名もなき一般市民なのだから。

だがそれでいい。世間の評価は必要ない。
私が照にふさわしい女性であるかどうか、
それは私達だけが知っていればいい事だ。

照の相手が私だと、周囲に喧伝する必要はない――


『なお、今後は雀士の登録名を変更し、
 弘世照として活動するとの事です!』


ずっこけた。


「おいちょっと待て聞いてないぞ!
 これほとんど答え言ったようなもんじゃないか!」


当然テレビが応えるはずもなく。
私の反論などどこ吹く風で、
しれっと番組は続いていく。


『というわけで、いつの間にか幸せいっぱいだった
 弘世照プロからコメントの一つでもいただきましょうか!
 はいどうぞ入っちゃって〜〜』


賑やかしアナウンサーに促されて、
テレビの前に現れた『弘世プロ』。
くそ、今日もいい営業スマイルだな。
帰ってきたらとっちめてやる。


「どうも、一般女性と結婚した弘世照です。
 ワールドカップまでには
 シャープシュートを打てるように頑張ります」


ぺっこりん、そんな音が聞こえてきそうなお辞儀をかます照。
番組のテロップでは、テレビ局に寄せられたSNSの呟きが
リアルタイムで流されている。


『ちょっと待って弘世ってあの弘世様?』

『「す」から始まって「み」で続いて「れ」で終わるあの人だよね?』

『ていうかこれ、もしかして弘世様の麻雀界復活フラグ?』


有象無象が好き勝手に書き散らしている。
まるで連動するかのように、
私の携帯がけたたましく鳴り響き始めた。

ああ、くそ、最悪だ。平凡な生活は今終わりを告げた。
これからは、またあいつに振り回される日々が始まる。


「まあでも。この方が私らしいのかもしれないな」


どこか危ういあいつの後ろで、
いつも仏頂面で腕を組んで見守っている。
不本意ながら、これこそが。私の幸せの形なのだろう。

私は一人で勝手に納得すると、携帯電話の電源を切る。
そして何事もなかったように、汚部屋の掃除を再開した。



--------------------------------------------------------



高校卒業から10年が経過した。

年月が私達を大人に変えて、大人になった私達は
現実を見なければならなくなった。

実現性のない夢や希望を語れる時期は終わりを告げて、
今後は自分達の方が現実に合わせて
姿を変えていく必要があるのだろう。
それでも変わらないものがあり、変えたくないものがある。

それが照との関係性。願わくば、
10年後もあいつの隣に居られますように。
なんて、受け身では駄目か。照の奴も受け身だからな。

だからここに宣言しよう。
私は照をそばに置く。10年後も、20年後もずっと、
いずれこの心臓が鼓動を止めるまで。


なんて事を語ったら、照に鼻で笑われた。
そしていつもの毒舌でこうほざく。


『死ぬのは私より後にしてね。
 飼い主として、ちゃんと最後まで面倒見て』


前言を撤回しよう。今のままの関係性じゃ駄目だ。
もっとしっかりしつけなければ。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2019年06月21日 | Comment(5) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
弘世……一体誰なんだろうか……()

たまにはこんな純愛モノもいいですなぁ……。
Posted by at 2019年06月23日 21:05
ああ…いい…
やれやれしながらも照の面倒見てる時が1番生きがい感じてそうですよね菫さん。
Posted by at 2019年06月24日 01:03
いいですね。こういう毒のない良い意味で普通の話も。仕事明けに酒をひっかけながら軽い気持ちで読みたかったのでちょうど良かったです。

体調よろしくないようですが頑張ってください。
Posted by at 2019年06月24日 10:18
さらっとふくすこ結婚してる…。
Posted by at 2019年06月25日 22:29
感想ありがとうございます!

たまにはこんな純愛モノも>
菫「むしろこっちの方が普通なんだよな。
  なんでこのブログは妙なのばっかりなんだか」
照「そんなあなたに菫照合同」

照の面倒見てる時が1番生きがい感じてそう>
照「私もそう思います」
菫「バカな子ほどかわいいってアレか」
照「失礼な」

仕事明けに酒をひっかけながら軽い気持ちで>
菫「軽い気持ちで読むには結構重い気がするが」
照「最終的には闇なしハッピーエンドだし」
菫「体調の気遣いもありがとうございます。
  無理しない範囲で頑張ります」

さらっとふくすこ結婚してる>
恒子
 「お!ツッコミ入ってよかった!
  小鍛治恒子ですよろしくお願いします!」
健夜
 「別カップリングの話に
  しれっと割り込まないで!」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2019年06月30日 19:39
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