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【咲-Saki-SS:菫照】照「何より強いその毒薬は」−前編−【狂気】【共依存】【薬物依存】

<あらすじ>
なし。リクエストが詳細なのでそちらをお読みください。

<登場人物>
弘世菫,宮永照,大星淡,宮永咲,竹井久

<症状>
・薬物依存(重度)
・猟奇的自傷(重度)
・共依存(重度)
・狂気(重度)
・オーバードーズ
・自殺未遂
・絶望

<その他>
以下の欲しいものお礼リクエストに対する作品です。
  宮永照と弘世菫のSS。姉妹の仲違いのキッカケを作った麻雀をやめたいと思っていたけど
  周りから才能があるから照の意向を無視して続けるよう言われる
  そんな周りに不信感を抱き誰に頼る事なくイヤイヤ麻雀を続ける
  相手からはその強さに恐れたり嫉妬されたりで
  心が病んでいき体に不調も出ると精神科の薬を飲んで無理やり打つ日々
  
  菫はその事情を知ってマスコミ対策など影ながら支えるも
  段々と薬の量が増えてオーバードーズになり目の焦点が合わず
  顔色は白くなり虎姫のみんなから心配される
  それでもいつか麻雀を通して咲と仲良くなれると淡い希望を信じてたけど叶わず
  そのショックでついには外に一歩も動けないほど衰弱する
  周りはそれでも麻雀をやれと言い続けて絶望し自分の不甲斐なさに自己嫌悪する
  支え続けてきた菫はこの事に激昂して邪魔者を排除して麻雀をやらなくてもいい環境を整えて照を療養させる
  菫を巻き込ませてた事に自己嫌悪しながらも治療を受け続ける
  菫は照が甘えてくれる事に快感を抱き照は菫以外信用できず最後は共依存になる
  『堕ちる。深く、深く。』の後編の宮永照ちゃんがオーバードーズの副作用と罪悪感で苦しむ姿を
  満遍なく楽しめるようなお話。

※リクエストの都合上、宮永照の高校1年生時代から
 原作と異なる展開になります。

※題材が題材なだけに、非常に重い展開です。
 個人的にはハッピーエンドのつもりで書いていますが、
 人によっては眉を顰めるでしょう。
 苦手な方はご注意ください。

※精神疾患のある方は念のため読むのをお控えください。
 場合によっては症状が悪化するかもしれません。



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 照と出会った日の事は、今でも鮮明に覚えている。

 透き通るような白い肌。いや決して褒めてはいない。
その肌はまるで死人(しびと)のようで、生の温もりを拒絶していた。
本能的な恐怖を覚える。『死』が強烈に心を揺さぶる。
『それ』が動いていなければ、私は警察を呼んでいただろう。

 部室前のわずかな階段。死に物狂いで乗り越えて、
肩で息をしながらそいつは言った。


『宮永、照。一年生、です。
 麻雀部、への、入部、を、希望します……』


 澱んだ瞳、蒼白な顔色、今にもこと切れそうな声。
麻雀以前の問題だ。たった数段の階段でへばる体力、
日常生活すら難しいのではないか。
などと眉を顰めていたら、目の前で彼女は崩れ落ちた。


『お、おい! 大丈夫か!』

『……これ、にゅうぶ、とどけ、です』


 そう告げて彼女は意識を失う。理解の範疇を超えていた。
気絶するほどの体調不良、なのに入部届の提出を優先する。
異常だ。何がそこまで駆り立てる?

 彼女は答えを返さなかった。当たり前だ。
そもそも問い掛けていないのだから。
頭をぽりぽりかいた後、部室のソファーに担ぎ込んだ。

 これが私の大罪だ。とんでもないミスを犯した。
もしこの時、照を部室に運ばなければ、
そのまま保健室に担ぎ込んでいれば。

 私達の人生は、もう少し
『まし』になっていたのかもしれない。



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『何より強いその毒薬は』




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 後になって私は知る。照は決して、
麻雀が好きだったわけではないと。
『むしろ止めたい』、そう願っていた事を。


「ホントはね。牌を見るのもつらいんだ」


 照は言う。自分には妹が『いた』のだと。
照は言う。麻雀が自分達を切り離したのだと。
照は言う。だからもう打ちたくないと。

 だが麻雀の神は照を逃がさなかった。
天賦の才に恵まれた照は、周囲からの期待も大きい。
親が、周囲が、マスコミが。彼女が麻雀から離れる事を許さない。


『団体戦に続き個人戦も制覇!
 宮永選手の勢いは止まりませんね!』

『やはり進路はプロ雀士でしょうか!』

『あの小鍛治健夜の再来とも呼ばれています。
 二人が並べば世界も獲れる。
 日本中が今から期待していますよ!』


 我を通す事はできただろう。だがそれを行えば最後。
今度は、母親との関係が修復不可能になってしまう。
最愛の妹を失い満身創痍の照。
そんな彼女が保護者から捨てられたらどうなるか。
辿り着く先は破滅。だから照は打つしかなかった。


「時々ね、思うんだ」


 錠剤を飲み込んだ後、彼女が嗤う。
手に持っているのは『アナフラニール』、抗鬱薬だ。


「これ、全部飲んじゃいたいなって」


 照が弄ぶ包装シートは3週間分。
アナフラニールは少し古いタイプの薬で、副作用が非常に強い。
致死量は15日分。つまり照の発言は、『自殺願望』を意味していた。


「死ぬくらいなら、麻雀など止めてしまえばいいだろう」

「止められない事わかってるでしょ?」

「止められるさ。死を天秤にかけるなら」

「どっちも『死ぬ』事に変わりはないよ。
 だったらまだ、『希望』が残る方がいい」


 麻雀は照を苦しめる。だがどこまでも皮肉な事に、
地獄に垂らされた糸でもあった。

 もはや自分から離れた妹、照はその住所も知らない。
それは妹も同様だ。もし二人が再び縁を繋ぐとすれば、
どちらかが居場所を公開する必要があった。

 だから照は麻雀を打つ。メディアにスマイルを垂れ流し、
客寄せパンダを演じ続ける。
そうする事で叫んでいるのだ。『咲、私はここにいるよ』と。
無論、妹がその叫びを聞いているかは知らないが。


「もしかしたらね、今年は出てくるかもしれないんだ。
 インターハイに」

「どうして」

「勘だよ、根拠なんてない」


 言いながら、照は包装シートから錠剤を押し出そうとする。
腕を掴んだ。あまりの細さに眉を顰める。


「アナフラニールならさっき飲んだろう?」

「効かないんだ。もう一錠じゃ全然足りない」

「飲んだばかりで効くはずあるか。
 せめて後10分は待て」

「わかるんだよ。脳みその靄が取れてこない。
 この状態で打っても負ける」


 私の制止を振り切って、照は錠剤を飲み干してしまう。
力づくで止める事もできた。だが実行してしまったら、
今度はその場で舌を噛み切ってしまうのではないか。
そもそも力を入れ過ぎたら、腕をへし折ってしまうのではないか。

 普通であればありえない仮定。
だが杞憂だと言い切れないほど、照は死に寄り添っている。


「効いてきた。じゃあ行ってくるね」


 照は緩慢に起き上がると、ふらふらと千鳥足で控室を去っていく。
確かに効いているのだろう、目の焦点がぼやけていた。
私は唇を噛み締めながら、今はまだ見ぬ『妹』に問い掛ける。


 なあ、宮永咲。お前は照を救ってくれるのか?
だったらさっさと出てきてくれ。さもなくば――。



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 ――照は、もう半年も『持たない』だろう。




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 歯に衣(きぬ)着せぬ物言いをしよう。
麻雀の神とやらはクズらしい。

 思いの強さに応えるそうだ。その思いがどれほど
『病的で』、『危うくて』、『生死を左右する』としても……だ。
実際照は強かった。その条件なら当たり前だ。

 どこの学校に、命をすり減らして打つ高校生がいる?
母子の縁を切らすまいと、一度切れた縁を繋ぎとめようと。
悍ましい量の薬を飲んで、寿命と引き換えに卓につく馬鹿がいる?

 いるはずがない。所詮は『部活動』なのだから。
そんな馬鹿は照だけだ。結果として、
照はその体調とは裏腹に、鬼神が如き強さで敵を薙ぎ払う。

 過ぎた力は孤立を生む。
照は恐れられ、嫉妬され、憎まれていった。

 仕方のない事だとは思う。本来麻雀は確率ゲームなのだから。
手牌と河を睨みつけ、いかに他家に振り込まず、
和了る確率を上げられるかを競う遊戯。
そこに『絶対』はありえない。

 そうして地道に研鑽してきた雀士達を、
照は『絶対的』な『異能』で薙ぎ払うのだ。
『ふざけるな』、そう怒りたくもなるだろう。
気持ちはわかる。だがそれでも、私は彼女達に言いたい。
『もう、これ以上照を追い詰めないでくれ』と。


 季節は夏。照が飲む薬の量は、あれからさらに増えていた。
もはや完全に過量服薬(オーバードーズ)だ。
飲んだ直後は起き上がる事すらできなくなり、
目の焦点があっている時の方が珍しい。

 透き通る指が錠剤を掴む。何も知らない者が見れば、
誰もが『薬物中毒者』だと誤解するだろう。
いや、誤解でも何でもないか。照は正しく『薬物依存』だ。


「て、テルー……いくらなんでも飲み過ぎだよ」

「飲まないと効かないんだから仕方ない」

「……このままでは本当に死にますよ」

「飲まなかったらすぐに死ぬよ」

「そこまでして打つ必要ありますか!?
 これ、結局は部活動ですよ!?」

「亦野には一生わからないだろうね。
 そのまま、わからないでいられる事を願ってるよ」


 照が『こうなった』のは理由があった。
日々の蓄積による衰弱もある。だが一番の原因は、
『宮永咲がインターハイに出場してきた』事だった。

 二人を阻(はば)む溝は深い。もはや今更、
何を話せばいいかもわからないほどに。
それでも麻雀なら。麻雀を通してなら、また分かり合えるかもしれない。
一縷の望みに全てを懸けて、照は血を吐きながら牌を持つ。
残念ながら比喩ではない。実際照は血を吐いて倒れた。


(なあ、宮永咲。お前は本当に照を救ってくれるのか?)


 胸に宿る仄(ほの)かな希望。
だが、それ以上に不安が渦巻いていた。
本当に分かり合えるのか? 照の願った展開になるのか?
もし望みが叶わなかったら、
今度こそ照は死んでしまうのではないか?

 確信が持てない。このまま歩ませていいものか。
猜疑心に囚われる。破滅に続く道ではないか?

 だが悲しいかな、私は所詮『赤の他人』だ、
照の決断を止める権利などない。
私にできる事があるとすれば、
せいぜい不躾なマスコミから守るくらいだ。
ほら、また害虫が寄ってきた。照の光に引き寄せられて。


『宮永照選手にインタビューをお願いしたいのですが』

『取材なら学校経由で公式に依頼してください。
 控室まで飛び込んでくるのは御免こうむる』

『二言三言でいいんです! 宮永照選手のコメントを!』

『警備員を呼びますが、まだ食い下がりますか?』

『呼ばれたら逃げます! いたちごっこになるだけですよ!』

『……照は体調がすぐれないので私が対応いたします。
 手短にどうぞ。後出版社名を先に教えてください』

『ありがとうございます! ○○新聞の者です!
 長野県の代表に、「宮永咲」という選手が
 エントリーしていますが、
 もしかして宮永照選手の妹さんでしょうか!』

『私は存じ上げませんが、それ以前に。
 照はあくまで一介の高校生です。
 貴社に照の個人情報を暴く権利はあるのですか?』

『別に隠す事でもないと思いますけど』

『仮にその宮永何某(なにがし)と血縁に当たるとして。
 それを知って貴方達はどうするのですか?
 「姉妹対決!」だとか、「あの宮永照の親戚!」だとか、
 面白おかしく記事としてまとめるつもりでは?』

『それの何が問題なんですか!』

『照は「無関係の外野」に騒がれる事を極端に嫌がりますし、
 相手側としても迷惑でしょう。
 ……というか、その程度の事もわからないのか?』

『っ……』

『もういいでしょう。今後、貴社からのインタビューは
 全て拒否するよう学校側に伝えます。
 警備員も先ほど呼びました――ああ、警備員さん、この男です。
 被害届を出しますから、後でこいつの素性を教えてください。
 こちらでも身元は聞きましたが、嘘を吐いた可能性が高いので』


 最近はこの手の取材が多くなった。
警備員に拘束されて退場する記者の背中を眺めながら、
肩をすくめてため息を吐く。

 正直に言えば気持ちはわかる。
『現行チャンピオンの血縁者がインターハイに出場した』となれば、
野次馬根性も湧くだろう。

『何者なのか?』『強いのか?』
『なぜ離れて住んでいる?』
『どうしてインターミドルには出てこなかった?』
今頃、妹サイドも質問責めにあっているのかもしれない。

 出場前に潰れなければいいが。
再びため息をついた私に、貝瀬元監督が声を掛けてきた。


「お疲れ様。今回の記者はしつこかったみたいだね」

「ええ。そろそろ反感を買わずに追い返すのが
 難しくなってきました」

「ま、考え過ぎても仕方ないよ。
 あの手の記者は、どうせ回答に関係なく
 好き勝手に書き散らかすだろうしね。
 冷たく追い払うくらいでちょうどいい」

「……照には聞かれませんでしたか?」

「それ以前の問題だね。意識を失ってる」

「またですか……」


 もう『ドクターストップ』の段階ではないだろうか。
というか医者は何をしている?
求められるがまま無尽蔵に餌を与えて、
もしかして照を殺したいのか?

 心が闇に染まっていく。かぶりを振った。
私が先に壊れてどうする。まずはこのインターハイを乗り切ろう。

 ああ。どうか、妹との邂逅が転機になる事を願う。
何度も願い請い続けるも、心の曇りは晴れなかった。



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 私はその晩、夢を見る。




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 照と『宮永咲』が向き合っている


 照は手を伸ばそうとして、でも『宮永咲』は受け入れなかった
怯えたように後ずさり、やがて背を向け逃げていく


 照は膝から崩れ落ちた そして立ち上がる事はなく
そのまま、融けて、崩れて、原形を失っていく


 後に残されたのは、夥しい量の薬達
崩壊しきった照の身体は、薬で構成されていた――



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「照っっっ!!!」




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 飛び起きた。目に飛び込むは薄暗闇。
そこで初めて、『あれ』が夢だったと気づく。
音を出すものは私だけ。心臓の鼓動が妙にうるさい。
何気なく四肢へと目を向ければ、カタカタと小刻みに震えていた。

 『夢か』、安堵する。
 『本当に夢か?』、疑念がよぎる。
 『正夢ではないか?』、恐怖が膨らむ。
 『照が迎える未来ではないか?』、もう動かずにはいられなかった。

 震える手でメールを打つ。あて先は照を診ている精神科医。
朝一番の面会を希望する。無論、聞き届けられるかは別問題だが。

 メールを送信して数分後、驚いた事に返事が来た。
『本日は既に予約で埋まっている』
『が、診察時間前に来てくれれば個人的には相談に乗る』
ありがたい事だ。後は、腕が良ければ『文句なし』なんだが。


 明くる朝、私は電車に飛び乗った。
目指すは照が通う病院、ほとんど始発だったから人影はまばらだった。
難なく乗り換えをこなし目的地に辿り着く。

 時間は7時。当然営業時間外だ。
だが自動ドアの前に立つと、扉が私を誘(いざな)った。
お言葉に甘えて中に入り、診察室へと歩みを進める。


「おはようございます弘世さん。
 昨日は少しでも眠れましたか?」

「あの後は寝ていません。
 先生こそ、一睡もしていないのでは?」

「お気になさらず。この業界ではよくある事です。
 で、宮永さんについて、何か異変でもありましたか?」

「率直に言えば、照が死なないか不安なのです。
 先生はなぜ、与えられるがままに薬を処方するのですか?
 あの量の投薬を続ければ間違いなく死ぬでしょう?」


 医者はわずかに口角を歪める。
『そんな事はわかっている』、そう言いたげな顔だった。
彼女はゆっくりと口を開く。


「死ぬでしょうね。だからこそこちらは再三、
 至急の入院を提案しているのですが。
 本人も家族も聞き入れてくださらない」

「薬の処方についても同様です。
 こちらからは減薬を提案している。でもご存じですか?
 彼女に処方している薬は、全て個人輸入で買えるんですよ」

「例えばアナフラニールを個人輸入すれば、
 25mgが100錠入って3500円程度でしょうか。
 私が処方をストップすれば、当然これに手を出すでしょう」

「そして100錠もの錠剤を手に入れて、
 衝動的に飲み込んでしまったら?
 待ち受けるのは確実な死です。
 それならまだ、私が管理した方がましでしょう?」

「私に与えられた選択肢は2つです。
 『提案に従わない事を理由に治療をお断りする』、もしくは
 『彼女の賭けが成功する事を祈って今は耐える』。
 現状は後者を選んでいます。
 ……私にメリットは一切ありませんが」


 彼女はくたびれた笑みを浮かべた。こけた肌が一層際立つ。
罪悪感に襲われた。彼女は彼女で崖っぷちなのだろう。

 医者の立場からすれば、前者の方が楽に決まっている。
治療に賛同しない患者など門前払いすればいいのだ。
その後どこで野垂れ死のうと、彼女の知った事ではない。

 後者は完全に茨の道だ。この状況で照が死ねば当然、
彼女は責任の刃で全身を貫かれるだろう。
それでも照を救うべく、彼女はもがき苦しんでいる。


「正直に言えば、彼女のような『異能者』は扱いが難しいんです。
 精神が肉体に作用し過ぎる。自然の摂理すら捻じ曲げてしまう。
 『病は気から』を地で行っています。
 根本的な『原因』を取り除かなければ治るはずがない」

「原因は妹さんとの確執でしょう?
 それで、再会するために頑張っているのでしょう?
 であれば、私としては応援するしかないのです」


 結局は同じ結論だった。彼女の献身は認めるが、
どうやら実のある話は聞けそうにない。


「わざわざ時間外にお時間を割いてくださり
 ありがとうございました。
 あまり長居しても迷惑でしょうからこの辺で」


 これ以上はお互いに無駄だろう。私は椅子から身を起こす。
だが医者は『待った』をかけた。


「お役に立てず申し訳ありません。ですが最後に一点だけ。
 弘世さん、『貴女だけでも』入院していただけませんか?」

「……は? なぜ私が? 何のために?」

「宮永さんが重篤(じゅうとく)過ぎて隠れ蓑になっていますが、
 貴女もかなり危ういのです。放置しておきたくはない」

「…………インターハイが終わったら検討します」

「ああ、『やっぱり』その回答になりますか」


 女医は泣きそうな笑みを浮かべた。諦めたような笑顔が語る。
『ほら、お前も同じじゃないか。この狂人め』と。

 愕然とした。そう、私も同じなのだ。
姉妹の邂逅に希望を抱き、なんとか踏みとどまっている。
もし希望を喪失した時、果たして私はどうなるだろう――。


「……?」


 思考がプツリと停止した。急に頭が働かなくなる。
茫然自失、少し違うか。脳が『思考を拒否した』ような。
賛成だ。考えても何一ついい事はない。

 今はただ、愚直に希望を追い続けよう。
マスコミから、他の雀士から照を守り、妹の元に送り届ける。
それでもし駄目だったなら、その時また考えればいい。


「……よし、行くか。照が目覚める前には帰らなければ」


 気合を入れて歩き始める。だがすぐにふらついた。
バランスを崩し倒れこむ。起き上がるまでに数秒掛かった。


 ああ、私も。もう長くないらしい。



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 不幸中の幸いか、もしくは周囲の努力によるものか。
宮永家の秘密について、メディアが明かす事はなく。
大会は粛々と進められていった。

 清澄は真逆のブロックだ。決勝まで登って来てもらう必要がある。
2回戦、準決勝と接戦が続くたび、やきもきする日々が続いた。


(いや、本当にそうなのか?)


 単に麻雀が打てればいいなら、
インターハイである必要はないんじゃないか?

そもそも両校が決勝まで進出したとして、
照は先鋒で『宮永咲』は大将だ。
直接対決できないわけだが、それでも何か意味があるのか?


(このまま手をこまねいていいのか?
 もっと他にできる事があるんじゃないか?)


 疑問符が私を責めたてる。その都度思考を放棄した。
私が考えるような疑問など、当然照だって考えただろう。
その上で照は求めている。決勝での邂逅を。
ならば確かに意味があるのだ。正直理解できないが。

 理解ができないという事は、対策も打てない事を意味する。
結局私は何もできず、ただ日々が過ぎ去るのを待つしかなかった。
次第に覇気が失われていく。


『どうせ私が動いたって無駄足だ』

『結局は照が何とかするしかない』

『余計な事をして足を引っ張ったらどうする』

『姉妹の間に割り込む事などできない』


『所詮私は部外者だ』


 私も疲弊していたのだろう。臆病だったとも言える。
それでも。もしこの時、私が動いていたならば。
『最悪の事態』は避けられたのかもしれない。

 だが私は何もせず。ただただ照を見守り続けて――。



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 漫然と、崩壊の日が来るのを待つだけだった。




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 『終わり』はあっけなく訪れた。

 インターハイの決勝戦。早めに会場入りした私達は、
五決が終わるまでの間、思い思いに時を過ごす。

 正直に言えば、もう『全国制覇』など眼中になかった。
照と『宮永咲』が仲直りできればそれでいい。
例えその結果、白糸台が4位で敗退しても構わない。
人命に勝る勝利などないのだから。

 そのために、私は何をすればよいのだろう。
単に全力で打てばいいのか? 注力すべきはどこなんだ?
決勝戦の最中? それとも決着がついた後?
そもそも、二人はいつ邂逅する気なんだ?

 わからない。『部外者』の私では、暗中模索すらできなかった。
だが。幸か不幸か、『答え』はすぐに明かされる。



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「照!? どうした!」




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「会った……」

「妹に」

「会ったんだ」

「でも」

「何を話すべきか」

「なんにもわからなかったよ…………」

「なんにも――」



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 『答え』は、『今よりも前』。




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 私が真に注力すべきは、二人が出会う『前』だった。

 清澄サイドと密に連絡を取り、想定外の遭遇を避け、
万全の状態で二人を引き合わせる。
それが、私に『課せられていた』使命。
だが私は怠慢だった。

 結果、二人は決勝を待たずして出会ってしまう。
心の準備ができていない照は、何一つ言葉を掛ける事ができず。

 結果、妹を『無視』して逃げた。

 妹からすれば、『拒絶された』と感じただろう。
もちろん事実は大きく異なる。むしろ逆だ。
だが人間とは不便なもので、伝えなければ伝わらない。
それも『手遅れ』になる前に。


「くそっ!」


 意識を捨てた照を横たえ、控室を飛び出した。
行く先は当然、清澄高校の控室だ。

 もはや『部外者』を決め込む猶予はなかった。
駆ける、駆ける、駆ける、駆ける。
『間に合ってくれ』、必死にそう祈りながら。

だが、だが、だが――!



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すべてはもう『手遅れ』だった。




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 第71回インターハイの団体戦は、歴史に残る結末を迎えた。

 決勝を目前にして、清澄高校が『棄権』を選択。
理由は『ある部員が倒れたため』。
補員を用意できない清澄は、棄権するしか術(すべ)がなかった。

 前代未聞の事態。対応に苦慮した連盟は、
残る三校での決着を求めた。
つまりは三麻だ。そうなればどうなるか。

 三麻ルールの特性上、大物手が速くできる傾向にある。
二萬から八萬が取り除かれ、牌に偏りが生まれるからだ。
『北』は全員の役牌となり、これも加速する一因となる。
さらに自摸和了り時は、正規の点数を二人で支払う事になるため、
受けるダメージも大きくなる。
どれもこれも、照にとって都合のいい改変だ。


 そして始まった先鋒戦。照は『地獄』を見せつけた。


 元々聴牌が異常に速い照だ、序盤で追いつかれる事はない。
問題は狙う役が重くなる終盤だが、三麻では大物手も簡単に作れる。
混老頭対々和三暗刻、清一色ドラ2。
一発で勝負を決めるような大物手を、照は浅い巡目で和了り続けた。
そしてそのまま止まる事なく、『魔の9回目』を迎え――。


『試合終了ーーっ! なんと、なんとなんとなんとーっ!
 絶対王者宮永照、先鋒だけで10万点を削りきってしまいましたぁ!!』

『次鋒で待つ弘世菫にバトンを渡す事なく決着!
 優勝は白糸台高校! 前人未到の、団体戦三連覇達成です!』


 興奮するアナウンサーの声が耳をつんざく。
彼女の目に、照はどう映ったのか。
おそらくは、悪逆の限りを尽くす暴君のように見えた事だろう。

 だが、私には『最期の花火』のように思えた。
希望を失い、絶望に染まった巨星が膨れ上がり、
最期に弾(はじ)けてしまうように。
命を撒き散らしているようにしか見えなかった。

 事実照は対局後、その場にドサリと倒れこみ。
そして起き上がる事はなく、ストレッチャーで運ばれていく。


 第71回インターハイの団体戦は、歴史に残る結末を迎えた。
出場校の唐突な棄権、先鋒戦での電撃決着。
そして――『優勝校の閉会式不参加』。

 この大会は、未来永劫語り継がれる事になる。
二度と起こしてはならない『悲劇』として。



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 鬼神の如き照の強さは、『代償』を伴うものだった
精神をひずませ、尖らせ、危ぶませ
『想い』を極限まで高めた『特攻』だった


 その身体を薬に浸し、生命(いのち)を強さに換金し
自身を消耗品の様に使い潰す毎日
そんな人生を続けた照を、だが運命は嘲笑う


 二日まるまる昏睡し、ようやく目を覚ました照に、
絶望を受け入れる余力はなく
もはや、床から起き上がる事すら叶わない
目から生の光は途絶え
ただただ、漆黒の闇だけを湛えていた


 照はもう『終わった』のだ
なのに、なのになのになのになのに――



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 何故、お前達はまだ照を苦しめる?




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『宮永照選手にインタビューをお願いします!
 意識が戻ったとの事ですが、
 個人戦出場の可能性はありますか?』

『連盟は宮永照選手のために特別措置を取るそうです!
 今からでも個人戦出場は間に合いますが、
 参加の意思をお聞かせください!』

『倒れられた理由はやはり疲労でしょうか!
 団体戦での爆発はすさまじいものでした!
 当時の心境についてコメントをいただきたく!』

『決勝の直前で、「もう一人の宮永選手」も
 緊急搬送されていますが、
 やはり関係があるのでしょうか!』



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『宮永照選手!』『宮永照選手!』『宮永照選手!』




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 抵抗する医療関係者を強引に押しのけ、
報道陣が病室の前まで詰めかけている

 ぎ、ぎ、ぎ

 照がいつもの『営業スマイル』を作ろうとして、
でも、それはもう無理だった
壊れた操り人形の如く、口角がいびつに歪むだけだ



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「照、もういい。あんな奴らに媚びる必要なんてないんだ」

「でも、わたしにはもう『麻雀』以外に価値はない」


「満足に『姉』もできなかった。ゴミだよ。
 そう、私はきっとゴミなんだ」

「やめろ、自分を貶めるな!」


「みんなの努力にも泥を塗った。
 みんな、三連覇のために頑張ってたのに。
 一人だけ当たり散らして、勝手に大会を終わらせて」

「恥じる事ではないだろう!」


「あんなに薬まで飲んで、あ、そうだ、薬、くすり。
 す、すみれ、アナフラニール取って。デパスとエビリファイも、
 は、はやく、はやくっ」

「照――」



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 『ぷつり』と、何かが切れる音がした




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「……照、もういい。お前は何も考えるな。
 これからは、私がお前を『管理』する」




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 そうだ、全ての間違いはそこだったんだ


 薬を飲まなければ思考すら保てない病人
そんな狂人に選択を委ねて傍観する
なぜそんな、愚かしい行為を繰り返したのだろう


 妹がなんだ、母がなんだ、麻雀がなんだ
あいつらが少しでも照の役に立ったか?
薬漬けになって寿命を削るだけの対価を照に与えたか?
断じて否、奴らはただ照を苦しめただけだ



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 そんな『邪魔者』はもう要らない




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 削ぎ落とせ
余計なものを取り除くんだ

 妹もいらない、母もいらない、麻雀もいらない
照を苦しめるもの、そのすべてを排除しろ

 そしたらほら、単純な話じゃないか



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 照にはきっと、私以外必要ない




(『後編』に続く)
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posted by ぷちどろっぷ at 2019年08月28日 | Comment(7) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
久々の重依存で嬉しいです

弘世の第三者に言われてはじめて狂ってると自覚するくだりやその後の考えたら暗くなるところなどがとても好きです

後編楽しみにしてます!
Posted by at 2019年08月28日 19:21
SSをリクエストした者です
照さんの命がけで頑張りそして弱っていく姿と菫さんの心配して苦悩する姿がとても良かったです
薬の話しやお医者さんの葛藤の所もスバラでした。
続きがとても待ち遠しいです
Posted by at 2019年08月28日 23:09
久しぶりにガツンと食らいました。やはり主さんは凄いです
照を救わなければと奔走するうちにそれ自体に依存してしまう、そして第三者である医者の最後の指摘も既に届かない…
後編も楽しみです。
Posted by at 2019年08月29日 00:32
以前の久咲SSのように、決勝戦前に久咲と菫照が話し合いをする機会があれば問題も解決したのでしょうか…。
Posted by at 2019年08月29日 05:53
このぷちどろさんの後編を待つ時間が堪らなく好きです
そして後編が掲載された幸福も堪らない
Posted by at 2019年08月29日 17:46
楽しみ!
Posted by at 2019年08月30日 04:03
感想ありがとうございます!

第三者に言われてはじめて……>
淡「はたから見たらどっちも狂ってたよ」
菫「まるで自分は狂ってないとでも言いたげだな」
照「まともな人なんているのかな」

SSをリクエストした者>
照「マスコミはともかくとして、
  誰も悪い人なんて居なかったのにね」
菫「だからこそ救いがない……いや、
  これからは、私が照の救いになるが」
照「正直かなり重たくしてしまったので
  お気に召すか不安だったけど、
  楽しんでいただけたなら幸いです」
淡「続きは今日公開予定!」

久しぶりにガツンと食らいました>
照「周りでも割とこの反応多かったね」
菫「訓練され過ぎだろう」
医者
 「最適解は最初から伝えているんですよ?
  さっさと麻雀から離れて入院しろと」
照「聞けるはずがない」
菫「人は終わってから気づくものだしな」
医者
 「貴女のように……ですか」

以前の久咲SSのように>
久「お目が高いわね!
  リクエストの都合もあるけど、
  このお話はあのお話と対になってるわ!」
咲「いわゆる『駄目だったルート』ですね」
照「結果どうなるかは……続きをどうぞ」

後編を待つ時間が堪らなく好き>
照「個人的には一気に読む方が好きなので
  小出しは控えてるんだけど」
菫「別の場所で公開した時、
  小出しの方がいいって声があったんだよな」
照「というわけで続きは今夜」

楽しみ!>
照「お楽しみに」
咲「ていうかこの状態から幸せになれるの?」
菫「してみせるさ。まあ、
  照以外は知った事ではないが」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2019年08月30日 18:31
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