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【咲-Saki-SS:菫照】照「何より強いその毒薬は」−後編−【狂気】【共依存】【薬物依存】

<あらすじ>
菫「この話の後編だ」

<登場人物>
弘世菫,宮永照,大星淡,宮永咲,竹井久

<症状>
・薬物依存(重度)
・猟奇的自傷(重度)
・共依存(重度)
・狂気(重度)
・オーバードーズ
・自殺未遂
・絶望

<その他>
※リクエストの都合上、宮永照の高校1年生時代から
 原作と異なる展開になります。

※題材が題材なだけに、非常に重い展開です。
 個人的にはハッピーエンドのつもりで書いていますが、
 人によっては眉を顰めるでしょう。
 苦手な方はご注意ください。

※精神疾患のある方は念のため読むのをお控えください。
 場合によっては症状が悪化するかもしれません。



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『前編はこちら』



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 テルとスミレが消えてから半年経った。

 最後に二人を見たのは病室、虎姫の全員が招集された。
部屋の外から、スミレに一人ずつ名前を呼ばれて病室に入る。

 何これ、面接? なんて内心ツッコミしながら入室、
二人を見た瞬間に身体が震えた。だって別人みたいだったから。

 ううん、『人』って呼んでいいのかな、
もう『死体』かもしれない。そう思うくらい生気がなかった。

 一体二人に何があったの。恐怖で頭が真っ白になる。
そんな私に、スミレが抑揚のない声で問い掛けてきた。


「淡、お前に一つだけ聞く。お前は照のために死ねるか?」

「へ、な、何それ……」

「お前は照のために死ねるか?」

「や、だからそれだけじゃわかんないよ!?
 せめて、せめてもう少し説明してよ!!」

「そうか。ならお前は『不要』だ」

「帰れ」


 問答無用で追い出される。訳も分からず泣きじゃくった。
そして怯える、『不要』なのは私だけ?
違った。タカミも、亦野先輩も不合格。全滅だ。
それっきり、病室の扉が開く事はなかった。


 そして二人は姿を消す。事情も行く先も告げず、
『ふっ』と世界から消え去った。
日本全国が騒然となる。冗談抜きで大事件だ。
テレビが毎日、二人の名前を流し続けてたのを覚えてる。

 でも、真相は結局闇の中。マスコミは真実を暴く前に自然消滅、
いつの間にか平穏が訪れていた。世間なんてそんなもの、
単なる野次馬だったんだろう。

 ちなみに今、白糸台の評価は『地の底』だ。
団体では三連覇を成し遂げた。でも、閉会式は異例の辞退。
個人戦も欠場で、あげく、黄金時代を築いた二人は謎の失踪。
雑誌に記事がバンバン載った、『王者白糸台は滅亡した』って。


「でもね、私はまだ諦めてないよ?」


 みんなを導く星になる。空に輝き続けるんだ。
二人に伝え続けるの、『私はここに居るよ』って。
そしたらほら、戻って来てくれるかもしれないでしょ?

 一人決意を胸に秘め、ピルケースを取り出した。
アナフラニールとデパスを1錠、パクリと口に放り込む。

『デパスはともかく、なんでアナフラニールなの?』
ってよく聞かれる。もっと副作用が緩やかで、
依存性の少ない薬があるからだ。
私も最初に処方されたのはリフレックスだった。

 でも薬って複雑で、新しければいいわけでもない。
実際色々試したけど、一番合うのがアナフラニールだった。
分かった時は嬉しかったな、だって『テルと同じ薬』だから。

…………まあ、私に『スミレ』はいないけど。
駄目だ。考えたら死ぬ。思考を止めろ。ただ盲目に目的を。
唇を噛み締める――。


 ああ、そうか。そういう事だったんだ。


「……ねえ、菫先輩。今なら私、答えられるよ。
 テルのために死ねる。菫先輩のためにだって死ねる」


 あの日スミレが求めてたのは、『自分と同じポジション』の人。
スミレが求めた回答は『はい』、ただその一言だった。

 条件付きじゃ駄目なんだ。
『こういう理由で、こうだったら死ねます』
『その理由じゃちょっと死ねません』
それじゃ失格、当たり前だ。つまりは『風見鶏』って事だもんね、
場合によっては『敵』になり得る。


「もうちょっと早く気づけたら。二人のために死ねたのかなぁ」


 もう『手遅れ』なのかもしれない。
二人は私なんか見てないのかもしれない。
ううん、もう――この世にいないのかもしれない。

 それでも私は輝き続ける。薬で寿命を力に変えて。
いつかまた、みんなで笑いあえる日を目指して。

 ああ、薬が効いてきた。目がかすんで視界がぼやける。
見たくもない現実に、優しい膜を張ってくれる――。



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 私が照に施した『治療』、それは極めて単純だった
麻雀から遠ざける、私以外の人間から遠ざける、薬を抜く
ただそれだけだ

 まずは弘世家所有のマンションに閉じ込める
拘束は必要なかった、そもそも動けなかったから

 栄養は点滴で強制的に摂取、睡眠も薬で強制した
体力の回復が最優先だ、ずっと寝たきり状態では困る
筋肉の衰え、床擦れなどの問題も出てくるからだ


 休養を与える事で、照は少しずつ回復していった
あくまで『肉体的には』だが
身体に力が戻るにつれて、精神状態は悪化していく
『余計な事』を考える余力が生まれたからだろう


「す゛み゛れ゛、も゛う゛い゛い゛か゛ら゛。
 わ゛た゛し゛を゛す゛て゛て゛、
 し゛あ゛わ゛せ゛に゛な゛っ゛て゛」


 声は酷く掠れていた 当然だ
一か月以上言葉を発していなかったのだから
わかってはいる、わかってはいるが胸が痛む


「私が幸せになるためには、お前にも
 幸せになってもらう必要があるんだよ」

「か゛か゛わ゛ら゛な゛い゛で゛、ふ゛こ゛う゛に゛な゛る゛。
 わ゛た゛し゛と゛か゛か゛わ゛っ゛た゛せ゛い゛で゛、
 さ゛き゛も゛」

「NGワードだ。『咲』、その単語は許可しない。
 悪いが罰を受けてもらうぞ」


 私は自分の腕を持ち上げ、照の眼前に差し出した
白い肌を見せつけて、そして一思いに『がぶり』と噛んだ
鋭い衝撃、そして熱
遅れて痛みがやって来て、咥内に血の味が広がっていく 
口を離す、凄惨な歯形が腕に残った


「覚えておけ。以降、お前が『家族』と『麻雀』について話すたび、
 私は自分の腕を噛み続ける」

「な゛、な゛ん゛で゛」

「私の痛みを知ってもらうためだ。
 自分の命を軽んじる奴には、こっちの方が有効だろう?」

「さらに言っておくが、お前が自殺したら私もすぐさま後を追う。
 私と心中したいなら、別にそれでも構わないがな」


 照は目を見開いた
そして、悲しそうに目を伏せる

 端には涙が滲んでいた
罪悪感でも覚えているのもかもしれない
私を巻き込み壊した事に

 だがもう『手遅れ』だ
照の『家庭』が崩壊したように、私の『理性』も崩壊している


「しゃべるのはいい事だ。だが少しずつでいい。
 水を飲め、のど飴を舐めろ。
 もちろん私が供給するから、お前は考えなくていい」

「楽しい事だけ口にしろ。希望を、未来だけ存分に語れ。
 だがNGワードを話したら、いずれ私の腕は腐れ落ちるぞ」


 照は小刻みに震えながら唇をもぞつかせた
逡巡に逡巡を重ね、ようやく一言
出てきたのは絶望だった


「た゛の゛し゛い゛こ゛と゛、お゛も゛い゛つ゛か゛な゛い゛」


 私は努めて笑顔を見せて、声を整え吐き出した


「なら、私の事でも考えていればいい」



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 身体は順調に回復していった
掠れた声も元に戻り、今では歩行訓練もこなせている

 だが精神の回復は難航中だ
減薬をしている影響もあるのだろう、
離脱症状が照を苦しめている

 影響は最小限に、無理のない減薬を
そう考えてはいるものの、照の投薬量は異常過ぎた
生きるためには至急の減薬が必要で、
多少の離脱症状は飲み込んでもらう必要がある


「ど、どうしよう菫、死にたい、死にたい、死ぬしかない」


 デパスの効果が薄れる時間、照が痙攣を開始する
奥歯がカチカチと音を奏で、やがて大きく口が開いた


「いいぞ。我慢する必要はない。ほら、噛め」


 私は腕を差し出して、照の口に咥えさせる
肉に歯が食い込んで、腕を官能が走り抜けた

 今、照を襲っているのは『希死念慮』
離脱症状の中で最も深刻な症状だ

 無理に抑えるのは危険、だから次善の策を取る
自殺未遂自体は止めない、だがその負担は私の身体に
所詮は病に侵された照だ、私を殺せるだけの力はない

 やがて希死念慮が治まると、照は救いを求めて叫び出す
『次の症状』が始まったのだ


「体の内側を蟲が這いずってる! 頭の中のウジが酷い!
 取り除きたい、皮を剥がして!!」

「ずっと音が鳴ってるの、耳元で囁かれてる!
 うるさい、もういやだ! そんなに私を責めないで!
 ねえ菫、私の鼓膜今すぐ潰して!!」

「ねえ菫、あそこに人がいるよ、私達を見張ってる!
 菫を暗殺しようとしてるんだ!
 殺して、あの人を今すぐ殺して!
 あの人を生かしておいてはいけない!!」


 身体的苦痛はもちろん、幻覚や幻聴も相当酷い
照は狂ったように暴れ回り、失禁する事も度々あった
これが一日に最低3回は起こる
照にとっては地獄の苦しみだったろう

 だが、私にとっては『至福の一時』でもあった

 普段は廃人のような照が、この時だけは声を荒げる
感情をむき出しにして、『まだ生きている』と教えてくれる

 私に助けを求めてくる、妹でもなく、母でもなく、
血の繋がっていないこの私に
だから私は抱き締めてやる、囁いてやる、愛を注ぎ込んでやる


『苦しいな、一緒に苦しもう』『諦めるな、私がいつもそばにいる』
『それでも。どうしても駄目なら、一緒に逝こう』


 汗、涙、鼻水、よだれ、血液
ありとあらゆる体液で顔をぐしゃぐしゃにして、照が私にしがみつく
爪が腕に食い込んで皮膚を裂いた、照の苦しみが伝わってくる

 痛いだろう、苦しいだろう、いっそ死んだ方が楽だろう
ああ、それでも照は、生きようとしてくれている!

 やがて禁断症状が去り、投薬の時間がやってくる
薬を取ろうと身を起こし、でも照がしがみついてきた
『離さないで、一人にしないで』、私は心からの笑みで微笑む


「薬を取りに行くだけだ。ほら、そのままくっついてろ」


 照にしがみつかれたまま地べたを這いずる
薬箱の鍵を開け、中から薬を取り出した

 包装を剥き口に含むと、照の唇を優しく塞ぐ
水も同じように口移し、こくこくと喉を鳴らして、
照の中に薬と水が落ちていく





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 断薬が叶うまでの3年間
毎日3回欠かす事なく、この儀式を繰り返した




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 徐々に薬が減っていく
離脱症状も軽くなり、時間も短くなっていく
だが離脱症状と引き換えに、深刻化していく症状もあった


「すみれ、トイレ行きたい」

「いいぞ。扉は開けたままの方がいいか?」

「うん。手もはなさないで」


 あれから3年、薬物依存は脱却しつつある
だが代わりに、私への依存は増す一方だった
後は若干知性の退行も見られる、これは取るに足らないが

 そんなわけで、今の照は私から離れる事ができない
トイレで用を足すほんの一時ですら

 結局はすり替えただけなのだ
依存の矛先を、薬物から私へと
だが問題ないだろう 私という『薬物』は、
照にとって『無害』なのだから


『コンコンコン』


 不意に部屋の扉がノックされる
照は身を強張らせ、私の後ろに素早く隠れた
『こわい』『こわい』『たすけて』『すみれ』
快感に背筋を震わせながらも、私は声を張り上げる


「この部屋には近づくなと伝えたはずだ」

「申し訳ございません。ですが、
 至急お耳に入れるべきと判断しました」

「なんだ。手短に済ませてくれ」

「宮永咲、大星淡の両名が緊急記者会見を開いています。
 内容は『お二人について』で、先ほど始まったばかりです。
 現在も生放送されています」


 瞬く間に血が昇る、なんて事をしてくれたんだ
よりによって照に『その単語』を聞かせるとは

 案の定照は震え始める
『治療』を開始してから3年間、照を一番苦しめた単語
それは間違いなく『咲』だったのに


「もういい! 消えろ――」


 激昂する私の声を、だが照が遮った
私に縋りつきながら、珍しく食い下がってくる


「お、おねがい、聞かせて」

「不要だ! お前には私以外必要ない!
 まだ未練が残っているのか!?
 待ってろ! 今すぐに罰を――」

「ちがう、そうじゃないの! ぎゃく! たしかめたいだけ!」

「何を!」

「もう、わたしに『いもうと』はいらないって!
 すみれさえいれば、それでいいって!」

「……少し待て」


 腕を組んで思案する

 奴らが何を話すのかは知らないが、
『昔の照なら』動揺するのは間違いないだろう

 これは『賭け』だ、照が動揺しなければそれでよし
だがもし、フラッシュバックでも起こしたら目も当てられない

 判断に迷う だが、私も知りたくはあった
照は本当に回復したのか
それとも、いまだに『あれ』を求めているのか
もし後者なら――治療をやり直す必要がある


「――いいだろう。だが少しでも『危ない』と判断したら、
 すぐにテレビを消すからな」


 鈍い動きでリモコンを手に取る
未使用だった壁掛けテレビに電源が入り、
次の瞬間、見覚えのある顔が映し出された

 浮かぶは殺意、思わず拳に力が入る
だが『そいつ』は気にもせず、カメラ目線で話し掛けてくる――



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『まずは経緯を説明します。私、宮永咲はつい先日まで、
 麻雀部の先輩である、竹井さんの管理下で療養を続けていました。
 違いますね、治療は今も継続中です』

『病名は主に鬱病です。統合失調症や双極性障害も併発しています。
 原因は第71回のインターハイです』

『当時のインターハイで、清澄高校は決勝戦を棄権しました。
 理由は私が倒れたからです。そして倒れた原因は、
 廊下でお姉ちゃんとばったり会って、
 なのに何も話せなかったからです』

『今だからこそ言えますが、私がインターハイに出場したのは、
 お姉ちゃんと会って話すためでした。
 事情は触れたくないので割愛します。
 でも、私達が話すには、麻雀を通すしかなかったんです』

『でも、結果は散々でした』

『私は倒れて緊急搬送、そのせいで清澄は棄権しました。
 麻雀を打つ事すらできず、目が覚めたら病室で、
 大会はもう終わってました』

『何もかも嫌になって、自殺未遂を繰り返して、
 閉鎖病棟に入れられました。部長が連れ出してくれなかったら、
 私は今も、あそこで廃人のままだったと思います』

『それからは部長が私を管理してくれて、
 少しずつよくなっていきました。でも、やっぱり私はおかしくて。
 世界の全てが憎かった』

『そんな時です。淡ちゃんをテレビで見ました。
 プロ雀士になって活躍を始めた淡ちゃんが、
 こんな事を言ってたんです』

『「ねえテル、菫先輩、見てる? 私はここに居るからね」』

『殺意が湧きました』

『部長と一緒に、すぐ東京に移動しました。
 もちろん淡ちゃんを殺すためです。
 包丁を振り回す私を見て、
 淡ちゃんは嬉しそうに笑いました』

『そしてこう言ったんです。
 「片方にはちゃんと届いてたね!」って』


『ここからは私が話しますね!
 前にもどっかで言いましたけど、
 私がプロ雀士になったのって、
 テルと菫先輩に見つけてもらうためなんですよ!』

『ほらあの二人、現在進行形で失踪中じゃないですか。
 ってことは当然、向こうから来てもらうしかないわけで!』

『でも「釣る」ためには餌が要りますよね!
 というわけで餌を用意しました!
 とれたてぴっちぴちの宮永咲です!
 今からこの宮永さん、私が包丁で刺しちゃいます!
 ほら見てこの刺身包丁、多分殺傷力抜群!』

『あーあー、待って待って。心配しなくてもいいですよ?
 いきなり「ずぶっ」とは行きません、
 もちろん猶予時間は設けます!
 その間にテルか菫先輩が返事をくれれば、
 ほらみんなでハッピーエンド!』

『…………でもね』

『返事がなかったら、本当に殺すよ。
 で、私も一緒に死ぬ。ついでにヒサも連れてくね?』

『猶予はまず1時間! 返事があればその場で取りやめ!
 それじゃお返事待ってまーす!
 あ、忘れてた! 最後にもう一言だけ!』



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『テル、菫先輩。今の私は、二人のために死ねるよ?
 それどころか、人だって殺せるんだから』




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 虚脱感に襲われた

 なんだそれは、ふざけるな
姉も、妹も、互いに再会をこいねがい
そのためだけに生きてきただと?

 それならどうしてこうなった
単なる『ボタンの掛け違え』とでも?
そんな皮肉な話があるか
覆水は盆に返らない、もうあの頃には戻れないんだ

 ぎ、ぎ、ぎ

 照の表情を窺うべく、ぎこちなく首を動かした
そして戦慄、そこにあるのは満面の笑み、だが狂気を思わせる

 なあ照、その笑顔は『どっち』なんだ?
お前にとって『不要』なのは『どっち』だ?
妹か? それとも――


「……だそうだが、どうする?」


 なんとかそれだけ絞り出す
対照的に、照の口ぶりは軽かった


「まあ、へんじはすればいいんじゃないかな」

「会うって事か?」

「まさか。ぜったいに会いたくない。
 『そんなこと』より聞いて、すみれ」

「なんだ」


 照は心底嬉しそうに、私に頬ずりしながら言った


「だいじょうぶだった。あの子を見ても、あわいを見ても、
 もうなにもかんじない。ちゃんと『どうでもいい』って思える」

「今のわたしには『いらない』。わたしには、
 すみれがいればそれでいいんだよ!」


 身体から力が抜けていく
肩の荷が下りた、そんな言葉がぴったりだ
弛緩する、筋肉も、心も、涙腺までも

 ああ、私の努力は間違いじゃなかった
照は『病気』を克服したのだ!


「だったらいっそ無視するか?
 下手に返事なんかしたら、
 すり寄ってくるかもしれないぞ」

「死なれるのはやだ。『ひとごろし』になっちゃうし。
 そんなことで、すみれに苦しんでほしくない」

「私は気にしないが」

「うそだよ。だってすみれは『親切』だもの。
 こうかいするに決まってる」


 照が私に反論するのはいつぶりだろう
私は嘆息しながらも、確かな喜びを感じていた

 この調子なら、いつか戻れるかもしれない
二人きりで、憎まれ口を叩きあったあの頃に

 その点は『奴ら』に感謝するべきだろう
最後にいい仕事をしてくれた
まあ、返事くらいはくれてやるか



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『まず最初に、淡に向けて伝えておこう。
 このメールから私達の追跡はできない。
 今このアドレスを管理しているのは私じゃないからな。
 やるだけ無駄だから諦めろ』

『だが感謝の気持ちは伝えよう。
 私達のためにありがとう。そして己を恥ずかしくも思う。
 もしあの日、私がお前のように行動できていたなら、
 もっと別の未来があったんだろうな』

『だが、もう時は進んでしまった。
 私達は二度と表舞台に出る事はないし、
 まして、お前達の前に姿を現すつもりもない。
 このまま二人、閉じた世界でひっそりと生きていくつもりだ。
 照、お前も喋っておくか?』

『うん』

『あわい、ありがとう。そしてごめんなさい。
 さきも、後はたけいさんも?
 でもわたしも、会わないほうがいいと思う』

『わたしとかかわった人はふこうになる。
 もう、わたしのことはわすれて、しあわせになって』

『さきも。あの日は言えなかったけど、
 ずっとたいせつに思ってたよ。ごめんね。
 どうか、今からでもしあわせになって』

『――以上だ。今後、何をしても応答する事はない。
 お前達もいい加減、束縛から解放されろ』

『じゃあな』



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 二人と離れてはや数年、死に物狂いであがき続けて。
手に入れたのはたったこれだけ、1分ちょいのボイスメール。

それでも嬉しくて。でもやっぱり悲しくて。
苦しくて、張り裂けそうで、声を上げて泣きじゃくる。
サキも泣いてた。後はヒサも。

『私と関わった人は不幸になる』

 そう言いながら、スミレはちゃっかり連れていくテル。
本心をぶっちゃければ多分こうだ。
『私に関わっていいのは菫だけ。後は要らない』
とどのつまり、私達は単純に捨てられたんだ。


「でも、私もこれでよかったと思う」


 涙で顔をグシャグシャにして、それでもサキは無様に笑う。
まるで理解できなかった。馬鹿なの?
どう考えてもバッドエンドじゃん。


「いいんだよ。お姉ちゃんは私の幸せを願ってくれてる。
 もう、それだけでいい」

「私は嫌だよ。また、虎姫の5人で集まりたいよ。
 お情けでサキとヒサも呼んで7人で」

「馬鹿ね。だったら諦めなきゃいいだけでしょう?」

「ヒサ、頭お花畑なの? 相手はあのスミレだよ?
 あそこまで言い切ったんだもん、もうノーチャンスだよ」

「私、諦め悪いのよねー。生きてる事はわかったし、
 ちゃんと情報を見てる事もわかった。
 むしろ大きく前進じゃない」

「諦めなければいつか叶うわ。
 ……人の気持ちなんて、簡単にうつろうものだしね」

「愛し合って結婚した恋人が、
 数年後には憎みあって別れる事もざらなのよ?
 なら、逆だって十分にあり得るわ!」


 薄い胸を張りながら、ヒサはニカッと笑って見せる。
次に時計の針を眺めて、ポーチをごそごそ漁り出した。


「さ、というわけで祝杯しましょ?」


 ヒサはデパスを取り出すと、おやつ感覚でひょいと飲み込む。
私とサキも真似をして、アナフラニールを飲み込んだ。

 目がかすんで立ちくらむ。
でも、気持ちは自然と安らいだ。三人揃って笑いあう。

 全員焦点ぼやけてたけど。



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 さらに数年が経過した。

 私達は飽きる事なく、今も同じマンションに潜んでいる。
当初は再起を促していた父も完全に匙を投げたのだろう、
もはや連絡をよこす事はない。
おそらくこのまま、死ぬまでここで飼い殺しだ。


「つまりはハッピーエンドだな」

「わたしにとってはそうだけど。
 すみれは、ほんとうにこれでよかったの?」

「いいも何も、この結末に導いたのは私だが」

「わからないよ。すみれはどうして、
 わたしにここまでしてくれたの?」


 真っ黒な両目が私を捉える。『どうして』。
改めて問われても、特に大層な理由はなかった。


「単純なおせっかいだよ。目の前で人が死にかけている。
 放っておけはしないだろう?」


 本心だ。だが、望む回答ではなかったのだろう。
照はわずかに眉を寄せると、唸るように畳みかける。


「じゃあ、わたしじゃなくても、
 同じような人がいたら、たすけた?」

「まあ見殺しにはしなかっただろうな」

「…………じゃあもし、わたしよりひどい人が出てきたら。
 すみれは、わたしから、はなれていくの?」


 見つめる瞳が不安に揺れる。
あり得ない仮定だ、論ずる必要すら感じない。
だが、照にとってはそうではないらしい。


「この手の話は先着順だろう。私はもう売約済みだ、
 今更他の奴が出てきたところで知った事か」

「すみれらしいね。らしいけど……
 『好きだから』とは言ってくれないんだ?」


 ふてくされたように、拗ねるように。
照は私の胸に顔を埋め、ぐりぐりと抗議するように押しつける。

 照が欲しがっているものは理解している。
おそらく安心したいのだろう。
私が照から離れていかない確固たる根拠、
それを聞いて安息を得たい。
わかっていながら、私は沈黙を守り続けた。

 別に照を虐めて楽しんでいるわけではない。
もちろんちゃんと愛しているし、身体だって何度も重ねた。

 だが『好きだから助ける?』、断じて違う。
そんな安直で薄っぺらい理由にはしたくなかった。


「そうだな――照、お前はもし私が死んだらどうする?」

「あとを追うよ」

「なぜ?」

「なぜって言われても。すみれはわたしのすべてだし。
 いきてられるはずがない」

「そういう事だよ。私にとっても照が全てだ。
 私が生きるためには照が必要、だから助ける。
 極々当たり前の事だろう?」


 そう、多分そういう事だ。照と私は二人で一つ。
身体は二つに分かれていても、もう切り離せる存在じゃない。

 『好き』だなんて『他人行儀』な理由じゃないのだ。
照は私そのもので、私の全てなのだから。


「かつてはただの世話焼きだった。だが今はもう違う。
 お前がいないと生きられないんだ。
 むしろお前が離れていくなら、刺し違えてでも止めるだろう」

「そっか。ならちょっとだけ、あんしんした」

「ちょっとだけか」

「うん。たぶん、わたしはずっと、
 この『ふあん』とつきあっていくんだと思う」

「わたしは『ざいにん』。すみれは『ひがいしゃ』だから」


 思わず眉間に皺が寄る

 長年の『治療』をもってしても、
この罪悪感だけは打ち消せなかった
否、逆か
むしろ治療による弊害だろう

 照の命を救うべく、私は自分を傷つけ続けた
照が『ミスを犯す』たび、身体の傷は増えていき、今や腕はボロボロだ
後悔はしていない、必要な措置だったと思う
だが、それが今照を苦しめているのも事実だ


「なら、今度は私が罪人になろうか」

「……どうやって?」

「そうだな。お前は私に、どんな罪を犯して欲しい?
 何をすれば釣り合いが取れる?」

「じゃあ、わたしをころして。じゅみょうとかでしぬまえに」

「お安い御用だが、もう少し即効性がある奴を頼む」

「じゃあ、きずをちょうだい。すみれのうでより、
 もっと、ぼろぼろの、ぐちゃぐちゃにして」

「まかせろ」


 今の照は健康体だ、多少の傷なら平気だろう
照の腕にかじりつく
照は痛みに呻きつつも、恍惚とした笑みを浮かべた


「あ、だめ。これいみない。だってわたし、うれしいし」

「お互い様だろう。私だって、お前に食われて悦んでいたからな。
 だから本当は罪悪感を覚える必要もないんだ。
 いい加減、そこに気づいて欲しいんだがな」

「ほら、もっと噛むぞ。
 ……腕が千切れても勘弁してくれよ?」


 食い込む歯に力を籠める、照の目に涙が滲む
だが照は喘ぐように、『ちぎって』、甘い声でそうねだった
流石にそれは御免こうむる、千切れたらもう噛めないからな――



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 噛んで、噛まれて、血に塗(まみ)れて
互いの血を擦りつけながら、私達は固く抱き合う


 今の私達を見て、肯定する者は皆無だろう
眉を顰め、罵り、あるいは心配するかもしれない


『単なる狂った共依存』『独りで生きられない弱虫』
『二人して壊れてる』『治療して健常者に戻るべき』


 知るか、私達はこれでいい
このまま二人で混ざり合い、暗闇の中で息絶えたい


「すみれ」


 幼子のように名前を呼んで、照が私の顔を見つめる
その目は黒く沈んでいた
瞳に映る私の目も、同じく闇に染まっている
お互いに綺麗な黒だ、美しい
愛おしいとすら思える


「てる」


 私の声も退化していた、まるで幼児、あるいは廃人
同じところまで堕ちている、それがたまらなく嬉しい


「すみれ」「てる」


 名前を呼ぶたび堕ちていく
沈み続けて底が見えない
見えた時、私達は逝くのだろう


「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」
「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」「すみれ」「てる」


「すみれ」「てる――」



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 堕ちる
 深く、深く

 どこまでも、自ら望んで沈み続ける――



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 今はまだ、底が見えない


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2019年08月30日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
リクエストした者です。
後編もとても良かったです。
淡ちゃんも薬を服用して人を殺せるくらいの狂気を宿して頑張る姿がいいですね。
照ちゃんも副作用と罪悪感で苦しむも
最後は2人だけの世界で幸せに閉じる所がとてもスバラでした。
素晴らしいSSありがとうございました。
Posted by at 2019年08月30日 21:10
大変すばらでした。
教養のない自分は恐らくまだこの作品を正しく理解出来ていませんが、得も言えぬ恐怖のような、感銘のようなものを感じました。
堕ちる。深く、深く。の言葉が出てくるのいいですね…
Posted by at 2019年09月01日 01:35
生きようとしてる照はちょっと、心にきました

頬ずりしてる照さんかわいい。最後の一文はいいですね。好きです
Posted by at 2019年09月01日 04:02
タイトル回収…?
堕ちるの世界好きです。
久咲も周囲の人に何かしら傷を残しているのでしょうか?
いざ菫照が空へ展開になったら久咲淡が助けてくれそうです。
Posted by at 2019年09月01日 13:49
一気に読みました。
菫照組を追いかけてる淡ちゃんが一番加速度的に堕ちていってかなり心配しながら見てました。
意外と淡ちゃんが一番危ない可能性も……?
Posted by at 2019年09月02日 16:14
感想ありがとうございます!

最後は2人だけの世界で幸せに閉じる>
淡「悪い人なんていなかったはずなのに、
  どうしてこうなっちゃったんだろーね」
照「悪い人がいなかったからだよ」
菫「誰かに咎を押し付けられれば、まだ
  ましだったかもな」

恐らくまだこの作品を正しく理解>
照「そんなに深い事話じゃないから大丈夫だよ」
菫「ただ、二人の哀れな少女が
  一人で立つことができず堕ちていっただけだ」
照「深く、深く。そこだけ伝わってればいい。
  理解してくれてありがとう」

最後の一文はいいですね>
菫「底が見えない事を喜ぶべきか怯えるべきか」
照「どっちでも同じだよ。どうせ私達は、 
  世間的にはもう死んでいる」

久咲も周囲の人に何かしら傷を>
久「こっちサイドも酷かったわよー」
咲「迷惑度はこっちの方が高いですよね。
  菫さんみたいな謎財力ないですし」
淡「空へ展開は……もしかしたら、
  嬉々として5人で飛び立っちゃうかもね!」

淡ちゃんが一番危ない可能性>
淡「間違いなく一番だよ!だって私だけ
  つがいがいないんだよ!?」
照「一番の被害者でもあるよね。
  私が白糸台に連れてきたわけだし」
菫「質問に答えられなかった奴が悪い」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2019年09月12日 17:15
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