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【咲-Saki-SS:久咲】 咲「私は部長専用の餌」−前編−【狂気】【依存】【吸血鬼】
<登場人物>
竹井久,宮永咲,その他
<症状>
・依存
・異常行動
・ヤンデレ
・狂気
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・黒い久咲を異形を交えて(出来れば吸血鬼)
--------------------------------------------------------
「ねえ咲。もし私が、『人間じゃない』って言ったらどうする?」
夕暮れの部室。他の部員は用事があって、二人だけで読書会。
カーテンを開け放した窓際で、陽に染まりながら部長が言った。
いつもと同じ冗談だろう。でも、上手い返しのできない私は、
思ったままを口に出す。
「うーん。別に気にしないと思います」
「どうして?」
「えと。仮に部長が『そう』だとして、
何か困ってるわけでもないですし」
我ながら面白味のない回答だった。
でも真実だ。『どんな部長でも受け入れる』なんて
かっこよく言い切れる程、私はできた人間じゃない。
例えばもし次の瞬間、部長が溶け出してヘドロと化したら、
私は金切り声をあげて部室を飛び出す。
耐えがたい腐臭を放っていれば、必死に平静を装いつつも、
眉を顰(ひそ)めてしまうだろう。
逆に言えば。ばっちり『人間に擬態して』くれるなら、
部長の『中身』がどうであろうと問題はなかった。
「ふーん」
期待通りだったのか、それとも、不満だったのか。
部長はパタリと本を閉じると、にわかにこちらへ歩み寄る。
窓を背にして逆光、部長が黒く影を纏った。
「じゃあ。もし『困る』事が起きるとしたら、
貴女は私から逃げるのかしら?」
「え、ええと……な、内容に依ります」
「条件次第ね。どのあたりまでなら許容できそう?」
考える。『実は私、食人鬼なの! お腹減ったから腕を頂戴?』
なんて言われたら、今すぐ駆け足で逃げ出すだろう。
『垢嘗め』とかだったらまだ――いや、やっぱり嫌だ。
「できれば実害があるのは遠慮したいです。
まあ、私を襲わないなら別にいいんですけど」
「そこはもちろん『実害』前提で考えて?」
「えぇ……」
軽く引きつつも安堵する。つまりはアレだ、
愛を試されているわけだ。言い換えてしまえば、
『私がおばさんになっても愛してくれる?』
くらいの問い掛けなのだろう。
少し気持ちが楽になる。そうなれば、
『少しは返答に彩りを添えたい』、そんな気持ちも湧いてきた。
何かロマンチックなものを。そう思い描いた時、
カチリと頭のピースがはまる。部長にぴったりな人外、
なぜか自然と頭に浮かんだ。
「そうですね……『吸血鬼』くらいだったら。
あ、もちろん魅了とかそういうのは無しですけど。
血を吸われるくらいなら、許容すると思います」
部長の目が丸くなる。少し攻め過ぎだったかもしれない。
『貴女になら血を吸われてもいいです』、ああ、完全にアウトだ。
告白と受け取られてもおかしくない、思わず頬が熱くなった。
「あ、あの。あくまで仮に『実害』があるならの話で――」
慌てて弁解を始める私に、でも部長はにこりと微笑む。
ううん、違う。そんな可愛らしいものじゃなかった。
確かに笑顔。でも、どす黒いナニカが滲み出るような。
見るだけで不安を煽るような、妖しく艶やかな笑みだった。
「そういう事なら、遠慮なく」
部長が近寄ってくる。無意識に半歩後ずさった。
部長はそのまま距離を詰めて、ゆっくり顔を寄せてくる。
途端に呼吸が浅くなった。息が苦しい、胸が痛い、
思わずぎゅっと目を閉じる。
どうして? 襲われてしまうのに。
部長が私の腰を抱き、首筋に顔を滑り込ませた。
熱い吐息が首を撫で、身体が勝手にビクリと跳ねる。
『え、嘘、冗談ですよね?』そんな言葉も吐けないほどに、
空気は張り詰めきっていた。そして――。
「いっっ――!」
首筋に鋭い痛み。
痛覚が反応したのはほんの一瞬、
やがて『じわじわ』とした熱へと変わった。
何かの拍子に指を切って、傷口から血が
じわりと滲み出す時のような感覚。
わずかな忘我と、強い虚脱感に襲われる。
「んぅぅっ……!」
刺激が変わる。まるで『血を吸われている』かのような、
ううん、比喩でもなく吸われているのだろう。
『ぞわぞわ』と毛が逆立っていくのがわかる。
甘いうねりが体の内側を這い回り、耐え切れず身をくねらせた。
突き刺さった歯が抜けていく。でも部長は離れる事なく、
傷口を『れろん』と舐め上げた。
ぞくりと明確に快感、びくびくと腰を震わせる。
身体が重い。優しく背中から身体を押され、私は部長に全体重を預けた。
「――まさか、本当に吸わせてくれるとはねぇ」
軽い口調。でも、息の温度は火傷しそうなほどに熱い。
吐息に絡みつかれているような気すらして、
まるで『ピロートーク』かと錯覚してしまう。
文句の一つでも言わなくちゃ。そう思い口を開こうとして、
そこで初めて、自分が肩で息をしている事に気づいた。
「もうっ……普通、冗談で、ここまで、やりますかっ……?」
どう考えても異常な行為。
でも日頃の行いか、この人ならおかしくなかった。
だから口をとがらせる、『冗談』だと思ったから。
……自分の声が、不自然に甘く蕩けている点には目を背けて。
「へ? 冗談? ……っ、あっははははっ!」
部長は目をキョトンとさせて、でもすぐにけらけら笑い始めた。
ああ、やっぱりそうだったんだ。
私はさらに眉を顰めて、でも次の瞬間戦慄する。
部長は嗤っていた。黒く、黒く、黒い笑みで。
「血まで吸われちゃったのに。まだ『冗談』だと思ってるの?」
嗤う部長の背中から、黒い澱(よど)みが溢(あふ)れ始める。
澱みは宙で形を作り、やがて『羽』へと変貌を遂げる――。
「残念ながら『真剣』よ?」
部長はにっこり微笑むと、もう一度歯を突き立てた。
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『私は部長専用の餌』
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部長は本物の『吸血鬼』。隔世遺伝だったらしく、
中学校の頃唐突に『覚醒』したらしい。
「まあ、祖先のどこかに混じってたんでしょうね。
今の私は天涯孤独だから確かめようがないけどさ」
「覚醒した後も、特に困る事はなかったわ。
だから誰かに話すつもりもなかった。
信じてもらえるとも思わなかったしね。
このままずっと、人間に擬態して生きていくつもりだったの」
「でも違和感はずっと持ってた。
この人間社会で、自分だけが『異物』って感じ。
どこか居心地の悪いものを感じてた」
物悲しそうに目を伏せる部長。でもすぐ顔を持ち上げる。
その表情には確かに喜色が浮かんでいた。
「だけどね、咲に会って気づいたのよ。
意外に『お仲間』って多いんじゃないかって」
「ほら、咲だって異能持ちでしょ?多分、
何かしらの『血』が混じってるんじゃない?」
現実離れした話。でも、私はもう知っていた。
『人外』は、意外と身近にいる事を。
全国大会2回戦の大将戦だけですら2人もいたのだ。
ううん、3人か。言われてみれば私もだ。
『嶺上牌が普通に見える』、異常だ。
人間世界の科学を完全に凌駕している。
後は聴牌気配の察知や、対局に支配を及ぼす力も。
『普通の人はできない』と聞いた時、『どうして?』とすら思った。
答えは簡単、私の方が『人外』なのだ。
でも。仮に私が人外として、だったら私は『何』なのだろう。
そして部長は? 『吸血鬼』? どうやってそれを知ったのか。
「血の歴史って奴かしらね。覚醒した瞬間に、
知識が頭に流れ込んできた。
まあ、『吸血鬼』で間違いないと思うわよ?」
「物語に出てくる吸血鬼と同じなんですか?」
「割と結構違うわねー。まず弱点関係はほぼ嘘っぱち。
日光、ニンニク、十字架。全部まったく効かないわ。
銀に弱いって話も嘘ね、普通にフォークとか使えてるし」
「じゃあ不老不死って事ですか?」
「純血ならそうなのかもね。でも私は混血だし、
普通に寿命で死ぬと思うわ。
…………まあ、人間よりは長生きするでしょうけど」
一口に吸血鬼と言っても、私の認識とはずいぶん違う。
なら、史実は全て嘘なのか。問われた部長は目を細めると、
にたりと口角を上げて見せた。鋭く尖った牙が輝く。
「『吸血』に関してはほぼ真実よ。私にとって、
吸血は『食事』であり『セックス』と同じ。
何より――『繁殖方法』でもあるわね」
「え、じゃあその、私はもう……?」
「ああ、その点は安心して? 『眷属化』させるには条件があるの。
貴女はまだその条件を満たしてないわ」
部長曰く、吸血で相手を眷属化させるには、
対象の血を『全体の半分以上』吸う必要があるらしい。
保健体育の知識を思い出す。
血の半分を失うと、人は失血死すると。
つまり『一度人として殺す』という事なのだろう。
「だから、さっきのアレは単純に『セックス』よ。
別にお腹はすいてなかったしね」
直接的な物言いに赤面する。でも確かに、
あれは『性行為』としか言いようがなかった。
今だってほら、二人の間に流れる濃密な空気。
『関係が変わってしまった』事を実感する。
「み、『魅了』とか、掛けてませんよね?」
「そんな都合のいい魔法が使えてたら、
今頃私は両親に捨てられてないわよ?」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「あー大丈夫大丈夫、全然気にしてないから。
それよりも、貴女はそういう魔法とか関係なしに、
私と気持ちよーくセックスしちゃったわけだけど。
ねえねえ今どんな気持ち?」
にんまりと意地悪な笑みを浮かべる部長。
そう、つまりはそうなるのだ。なすすべもなく流されて、
部長の牙を受け入れた。いっそ魅了されていた方がましだろう、
せめて言い訳はできたから。とは言え――。
「ほ、ほとんど拒否権なかったじゃないですか」
「初体験はそうかもね? でも、
それ以降は言い逃れできないでしょう?
5回も大人しく吸われておいて、
『本当は嫌でした』とは言わせないわよ?」
押し黙る。反論のしようがなかったからだ。
密かに内股を擦り寄せる。快楽の残滓が『ぬちゅり』と水音を立て、
脳をさらを沸騰させた。
「まあ匂いでバレバレなんだけどね?
今の咲、『メスの匂い』プンプンしてるし。
相当楽しんでもらえたみたいで何よりだわ」
「あーもう! そこはこの際認めますから流してくださいよ!
ていうか、どうして私を吸血しようと思ったんですか!」
「あはは、今更何言ってんの。そんなの、
『好きだから』に決まってるじゃない」
「すっ……!?」
部長はけらけら笑いながら、私を欲望に満ちた目で捉える。
決して嘘ではないのだろう、でも『好き』だけでは形容できない、
どす黒い何かを感じた。
「軽く吸血されたくらいじゃ眷属になったりはしないわ。
でもね、『血の味は変わっちゃう』のよ。
最初に吸った吸血鬼好みの味になる」
「つまりね、吸血は早い者勝ちなのよ。
だから、誰かに奪われる前に奪ったのよ」
可愛く笑う部長の瞳は、どこか妖しく狂気を孕んでいる。
『してやったり』とでも言わんばかりに、部長は甘い声で囀(さえず)り続ける。
「もう他の吸血鬼が貴女を吸う事はないでしょうね。
匂いでわかるのよ。『お手付き』だって。ちなみに貴女も――」
「もう、私以外じゃ『感じる事はできない』わよ?」
それはドロドロの独占欲。つまり私は作り替えられてしまったのだ。
目の前の吸血鬼によって、『竹井久専用の餌』へと。
非難する事はできただろう。『酷いじゃないですか』
言うくらいの権利はあったはず。でも、何を言っても手遅れで。
何より私は、新しくできた『繋がり』に仄暗い悦びを覚えていた。
「今後ともヨロシクね」
言いながら、肩口を甘噛みする部長。
私は官能に震えながらも、コクリと小さく頷いて、
自ら首を傾けて、首筋を大きく露出した。
もしかしたら心のどこかで、こんな展開を
ずっと待ち望んでいたのかもしれない。
だって。いつも『追い掛けてばかり』だったから。
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部長の餌になった私。
でも二人の関係は、大きく変わる事はなかった。
あくまで『表面上は』だけれど。
「じゃあ、今日もお疲れさまでした――あ、
咲はちょっと残ってね。個別に話したい事があるから」
「はい」
今まで通りの先輩と後輩。たまに部室に居残って、
スナック代わりに吸われる程度。現場さえ押さえられなければ、
私達の関係に気づく人は皆無だろう。
でも、『中身』は確実に変わって来てる。
身体が部長に馴染んでいく。吸血に抵抗もなくなり、
二人きりになったら自然と首筋を差し出すようになった。
吸われ過ぎで貧血にならないように、ううん、
もっとたくさん吸ってもらうために、
レバーや魚介類を多く摂るようになる。いつの間にか、
生活までもが部長中心で動き始めていた。
「咲の血、どんどん美味しくなっていくわね」
「味って……そんなに、変わるん……ですか?」
息を乱しながら問い掛ける。
吸血による快感は激しさを増すばかりだった。
今ではちょっと吸われるだけでも、腰の震えが止まらなくなる。
すっかり開発されてしまったらしい。
そんな私の服従度合いも、味に影響するのだろうか。
「そりゃーもう。単純に咲の身体が
『私専用』になってきてるのもあるけど、
母体の状態にもかなり左右されるみたいね」
「いやもうホント、美味し過ぎるわ。病みつきになりそうで怖いくらい」
「そ、そう、ですか……」
自然と頬が緩んでいく。
ああ、我ながら狂っている。餌として食べられているのに、
『美味しい』と言われて喜んでしまうなんて。それどころか、
『このまま偏食が進んで、私以外口にできなくなればいい』
とすら思っている。
精神のいびつな変容。これは被吸血者の一般的な傾向なのだろうか。
確かめたい。でも、もし違ったら。そう思うと聞けなかった。
代わりに私は首を差し出し、部長は嬉々として歯を突き立てる。
「んぅっ…………はぁっ…………」
私は甘い声で鳴き、部長の背中に手を回す。
私の血が部長の体内を駆け巡り、
部長の唾液が私の体内を狂わせていく。
蜜月。そうして、私達は少しずつ狂って行った。
--------------------------------------------------------
少しずつ闇が濃くなっていく。最初の頃は週に1回。
やがてそれが2回に変わり、いつの間にか日課となった。
それでもまだ飽き足らず、土日にわざわざ落ち合って、
部長の部屋で嬌声を上げる。むせかえる血の臭い、
性臭が二人の肌に染みついていた。
「最近、もうご飯食べてないのよね」
「えェ、大丈夫なんでスか?」
「むしろ前より健康なのよ。力が漲ってる感じ。
吸血鬼だし、やっぱり血の方が合ってるんでしょうね」
喜びの波に襲われて、ぶるりと内股を震わせた。
部長を構成するための栄養が、全て私の血で賄われている。
私の血が部長の体内に染み渡り、血となり肉となって同化している。
『餌』としてこんなに嬉しい事があるだろうか。
「……でもまあ、そろそろ制限しないとね。
最近ちょっと吸い過ぎてるし」
「え、私なら大丈夫でスよ?むしろモっと吸ってくだサい。
部長のたメにご飯も一杯食べてまスから」
部長に吸われると気持ちいい。餌にされるのは至上の悦び。
求められて幸せ、何ならこのまま肉すら食んで、
全部食べられちゃってもいい。
「だーめ。咲、最近色々と疎(おろそ)かになってるでしょう?」
「何の事デす?」
「部活とか勉強とか。私のために頑張ってくれるのは嬉しいけどさ、
ちょっとのめりこみ過ぎよ?」
「で、デも。私ハ、『部長専用の餌』でスし」
精神が狂い始めてる、それ自体には気づいていた。
でも今更どうでもいい、だって私は『餌』なのだから。
美味しく食べてもらう事が最優先。
なのに部長は眉を顰(ひそ)めて、きつく私を窘(たしな)めた。
「貴女を『餌』だと思った事は一度もないわ。
……そりゃ、結果的にはそうなってるけども。
私的には、愛液を啜ってるようなものなのよ。
あくまで『セックス』の要素が大きいの」
「わかる? これはあくまで『愛の営み』。
行為そのものの快楽に溺れ過ぎては駄目なのよ」
よくわからなかった。
『餌』であろうと、『交尾相手』であろうと、
どちらにせよ私は喜んで受け入れているわけで。
わざわざセーブする必要はないはずだ。
部活? 勉強? どうでもいい。
どっちも部長と愛し合うのには必要ない。
溺れ過ぎたら駄目? どうして?
こんなに気持ちよくて幸せなのに。
私の目を見つめた部長は、痛みをこらえるように顔をしかめる。
でもそれ以上は何も言わず、私の肩に舌を這わせた。
やがて官能が全身を駆け巡る。
「あっ、部長っ……気持ちいいでスっ、
もっト、もット吸っテぇっ……」
脳を融かされ恍惚に浸る。
全身をガクガクと痙攣させ、熱い粘液を噴き出した。
甘いうねりに翻弄されて、現実の輪郭があやふやになっていく。
だから私は気づかなかった。
私から口を離すその瞬間、部長が小さく呟いた事に。
『潮時かもね』
まあ、どうせ聞こえたところで。言葉の意味なんて、
今の私にわかるはずもなかったけど。
--------------------------------------------------------
そんな私達の関係は、ある日を境に急変する。
--------------------------------------------------------
部長の卒業、そして進学。
ただ学校を違えただけで、関係はぷつりと途絶えた。
4月に入ってからの2か月間、
送ったメッセージの数は1000を超える。
返事はゼロ。連絡の一つすらもらえなかった。
完全な音信不通。つまり、私は捨てられたのだ。
「はは、ソっか……そうダ、よね」
誤解していた。私にとっての部長は『唯一無二』だけど、
部長にとっては『代替可能な餌』に過ぎないのだから。
棲み処が変われば餌も変わる。
当たり前だ。安定供給の見込めない餌に固執するより、
新天地で新しい餌を調達した方が楽に決まってる。
替えはいくらでも見つかるだろう。むしろ、
『吸血鬼に噛まれた事がある人』を探す方が困難なはずだ。
「私っテ、結局何だったノかナ」
部長は言った。吸血鬼にとって、
『吸血はセックスと同義』だと。『これは愛の営みなのだ』と。
事実、私はあの行為に愛を感じていた。
でも、愛にだって種類はある。部長が私に抱(いだ)いた愛は、
『セフレ』程度の軽さだったのかもしれない。
「……死のうカな」
かつての私が『餌』だったなら、今の私は『残飯』だ。
価値はゼロ、『燃えるゴミ』として処分しなきゃ。
そうだ、自分の火でもつけてしまおうか。
「でモ。最期に、もう一回ダけ――」
どこまでも往生際の悪い私は、
この期に及んでも望みを捨てる事はできなかった。
東京行きの新幹線に乗り、部長が暮らす街へと向かう。
部長が私を捨てた理由。もしそれが、
『単に距離が遠いから』だったなら。
何もかも捨てて、部長の近くに引っ越そう。
もし単純に『飽きたから』だったなら、
素直にその場で燃えて消えよう。
数時間迷いに迷って、這う這うの体で
部長が通う大学の近くのビジネスホテルに泊まる。
シャワーを浴びてベッドに沈み、でも、
身体の震えは止まらなかった。
一睡もできず朝を迎える。くたびれた体を起こし、
せめて『少しでも美味しく見えるように』慣れない化粧を頑張った。
そして――。
--------------------------------------------------------
この日が私の『命日』になる。
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(後編に続く)
竹井久,宮永咲,その他
<症状>
・依存
・異常行動
・ヤンデレ
・狂気
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・黒い久咲を異形を交えて(出来れば吸血鬼)
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「ねえ咲。もし私が、『人間じゃない』って言ったらどうする?」
夕暮れの部室。他の部員は用事があって、二人だけで読書会。
カーテンを開け放した窓際で、陽に染まりながら部長が言った。
いつもと同じ冗談だろう。でも、上手い返しのできない私は、
思ったままを口に出す。
「うーん。別に気にしないと思います」
「どうして?」
「えと。仮に部長が『そう』だとして、
何か困ってるわけでもないですし」
我ながら面白味のない回答だった。
でも真実だ。『どんな部長でも受け入れる』なんて
かっこよく言い切れる程、私はできた人間じゃない。
例えばもし次の瞬間、部長が溶け出してヘドロと化したら、
私は金切り声をあげて部室を飛び出す。
耐えがたい腐臭を放っていれば、必死に平静を装いつつも、
眉を顰(ひそ)めてしまうだろう。
逆に言えば。ばっちり『人間に擬態して』くれるなら、
部長の『中身』がどうであろうと問題はなかった。
「ふーん」
期待通りだったのか、それとも、不満だったのか。
部長はパタリと本を閉じると、にわかにこちらへ歩み寄る。
窓を背にして逆光、部長が黒く影を纏った。
「じゃあ。もし『困る』事が起きるとしたら、
貴女は私から逃げるのかしら?」
「え、ええと……な、内容に依ります」
「条件次第ね。どのあたりまでなら許容できそう?」
考える。『実は私、食人鬼なの! お腹減ったから腕を頂戴?』
なんて言われたら、今すぐ駆け足で逃げ出すだろう。
『垢嘗め』とかだったらまだ――いや、やっぱり嫌だ。
「できれば実害があるのは遠慮したいです。
まあ、私を襲わないなら別にいいんですけど」
「そこはもちろん『実害』前提で考えて?」
「えぇ……」
軽く引きつつも安堵する。つまりはアレだ、
愛を試されているわけだ。言い換えてしまえば、
『私がおばさんになっても愛してくれる?』
くらいの問い掛けなのだろう。
少し気持ちが楽になる。そうなれば、
『少しは返答に彩りを添えたい』、そんな気持ちも湧いてきた。
何かロマンチックなものを。そう思い描いた時、
カチリと頭のピースがはまる。部長にぴったりな人外、
なぜか自然と頭に浮かんだ。
「そうですね……『吸血鬼』くらいだったら。
あ、もちろん魅了とかそういうのは無しですけど。
血を吸われるくらいなら、許容すると思います」
部長の目が丸くなる。少し攻め過ぎだったかもしれない。
『貴女になら血を吸われてもいいです』、ああ、完全にアウトだ。
告白と受け取られてもおかしくない、思わず頬が熱くなった。
「あ、あの。あくまで仮に『実害』があるならの話で――」
慌てて弁解を始める私に、でも部長はにこりと微笑む。
ううん、違う。そんな可愛らしいものじゃなかった。
確かに笑顔。でも、どす黒いナニカが滲み出るような。
見るだけで不安を煽るような、妖しく艶やかな笑みだった。
「そういう事なら、遠慮なく」
部長が近寄ってくる。無意識に半歩後ずさった。
部長はそのまま距離を詰めて、ゆっくり顔を寄せてくる。
途端に呼吸が浅くなった。息が苦しい、胸が痛い、
思わずぎゅっと目を閉じる。
どうして? 襲われてしまうのに。
部長が私の腰を抱き、首筋に顔を滑り込ませた。
熱い吐息が首を撫で、身体が勝手にビクリと跳ねる。
『え、嘘、冗談ですよね?』そんな言葉も吐けないほどに、
空気は張り詰めきっていた。そして――。
「いっっ――!」
首筋に鋭い痛み。
痛覚が反応したのはほんの一瞬、
やがて『じわじわ』とした熱へと変わった。
何かの拍子に指を切って、傷口から血が
じわりと滲み出す時のような感覚。
わずかな忘我と、強い虚脱感に襲われる。
「んぅぅっ……!」
刺激が変わる。まるで『血を吸われている』かのような、
ううん、比喩でもなく吸われているのだろう。
『ぞわぞわ』と毛が逆立っていくのがわかる。
甘いうねりが体の内側を這い回り、耐え切れず身をくねらせた。
突き刺さった歯が抜けていく。でも部長は離れる事なく、
傷口を『れろん』と舐め上げた。
ぞくりと明確に快感、びくびくと腰を震わせる。
身体が重い。優しく背中から身体を押され、私は部長に全体重を預けた。
「――まさか、本当に吸わせてくれるとはねぇ」
軽い口調。でも、息の温度は火傷しそうなほどに熱い。
吐息に絡みつかれているような気すらして、
まるで『ピロートーク』かと錯覚してしまう。
文句の一つでも言わなくちゃ。そう思い口を開こうとして、
そこで初めて、自分が肩で息をしている事に気づいた。
「もうっ……普通、冗談で、ここまで、やりますかっ……?」
どう考えても異常な行為。
でも日頃の行いか、この人ならおかしくなかった。
だから口をとがらせる、『冗談』だと思ったから。
……自分の声が、不自然に甘く蕩けている点には目を背けて。
「へ? 冗談? ……っ、あっははははっ!」
部長は目をキョトンとさせて、でもすぐにけらけら笑い始めた。
ああ、やっぱりそうだったんだ。
私はさらに眉を顰めて、でも次の瞬間戦慄する。
部長は嗤っていた。黒く、黒く、黒い笑みで。
「血まで吸われちゃったのに。まだ『冗談』だと思ってるの?」
嗤う部長の背中から、黒い澱(よど)みが溢(あふ)れ始める。
澱みは宙で形を作り、やがて『羽』へと変貌を遂げる――。
「残念ながら『真剣』よ?」
部長はにっこり微笑むと、もう一度歯を突き立てた。
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『私は部長専用の餌』
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部長は本物の『吸血鬼』。隔世遺伝だったらしく、
中学校の頃唐突に『覚醒』したらしい。
「まあ、祖先のどこかに混じってたんでしょうね。
今の私は天涯孤独だから確かめようがないけどさ」
「覚醒した後も、特に困る事はなかったわ。
だから誰かに話すつもりもなかった。
信じてもらえるとも思わなかったしね。
このままずっと、人間に擬態して生きていくつもりだったの」
「でも違和感はずっと持ってた。
この人間社会で、自分だけが『異物』って感じ。
どこか居心地の悪いものを感じてた」
物悲しそうに目を伏せる部長。でもすぐ顔を持ち上げる。
その表情には確かに喜色が浮かんでいた。
「だけどね、咲に会って気づいたのよ。
意外に『お仲間』って多いんじゃないかって」
「ほら、咲だって異能持ちでしょ?多分、
何かしらの『血』が混じってるんじゃない?」
現実離れした話。でも、私はもう知っていた。
『人外』は、意外と身近にいる事を。
全国大会2回戦の大将戦だけですら2人もいたのだ。
ううん、3人か。言われてみれば私もだ。
『嶺上牌が普通に見える』、異常だ。
人間世界の科学を完全に凌駕している。
後は聴牌気配の察知や、対局に支配を及ぼす力も。
『普通の人はできない』と聞いた時、『どうして?』とすら思った。
答えは簡単、私の方が『人外』なのだ。
でも。仮に私が人外として、だったら私は『何』なのだろう。
そして部長は? 『吸血鬼』? どうやってそれを知ったのか。
「血の歴史って奴かしらね。覚醒した瞬間に、
知識が頭に流れ込んできた。
まあ、『吸血鬼』で間違いないと思うわよ?」
「物語に出てくる吸血鬼と同じなんですか?」
「割と結構違うわねー。まず弱点関係はほぼ嘘っぱち。
日光、ニンニク、十字架。全部まったく効かないわ。
銀に弱いって話も嘘ね、普通にフォークとか使えてるし」
「じゃあ不老不死って事ですか?」
「純血ならそうなのかもね。でも私は混血だし、
普通に寿命で死ぬと思うわ。
…………まあ、人間よりは長生きするでしょうけど」
一口に吸血鬼と言っても、私の認識とはずいぶん違う。
なら、史実は全て嘘なのか。問われた部長は目を細めると、
にたりと口角を上げて見せた。鋭く尖った牙が輝く。
「『吸血』に関してはほぼ真実よ。私にとって、
吸血は『食事』であり『セックス』と同じ。
何より――『繁殖方法』でもあるわね」
「え、じゃあその、私はもう……?」
「ああ、その点は安心して? 『眷属化』させるには条件があるの。
貴女はまだその条件を満たしてないわ」
部長曰く、吸血で相手を眷属化させるには、
対象の血を『全体の半分以上』吸う必要があるらしい。
保健体育の知識を思い出す。
血の半分を失うと、人は失血死すると。
つまり『一度人として殺す』という事なのだろう。
「だから、さっきのアレは単純に『セックス』よ。
別にお腹はすいてなかったしね」
直接的な物言いに赤面する。でも確かに、
あれは『性行為』としか言いようがなかった。
今だってほら、二人の間に流れる濃密な空気。
『関係が変わってしまった』事を実感する。
「み、『魅了』とか、掛けてませんよね?」
「そんな都合のいい魔法が使えてたら、
今頃私は両親に捨てられてないわよ?」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「あー大丈夫大丈夫、全然気にしてないから。
それよりも、貴女はそういう魔法とか関係なしに、
私と気持ちよーくセックスしちゃったわけだけど。
ねえねえ今どんな気持ち?」
にんまりと意地悪な笑みを浮かべる部長。
そう、つまりはそうなるのだ。なすすべもなく流されて、
部長の牙を受け入れた。いっそ魅了されていた方がましだろう、
せめて言い訳はできたから。とは言え――。
「ほ、ほとんど拒否権なかったじゃないですか」
「初体験はそうかもね? でも、
それ以降は言い逃れできないでしょう?
5回も大人しく吸われておいて、
『本当は嫌でした』とは言わせないわよ?」
押し黙る。反論のしようがなかったからだ。
密かに内股を擦り寄せる。快楽の残滓が『ぬちゅり』と水音を立て、
脳をさらを沸騰させた。
「まあ匂いでバレバレなんだけどね?
今の咲、『メスの匂い』プンプンしてるし。
相当楽しんでもらえたみたいで何よりだわ」
「あーもう! そこはこの際認めますから流してくださいよ!
ていうか、どうして私を吸血しようと思ったんですか!」
「あはは、今更何言ってんの。そんなの、
『好きだから』に決まってるじゃない」
「すっ……!?」
部長はけらけら笑いながら、私を欲望に満ちた目で捉える。
決して嘘ではないのだろう、でも『好き』だけでは形容できない、
どす黒い何かを感じた。
「軽く吸血されたくらいじゃ眷属になったりはしないわ。
でもね、『血の味は変わっちゃう』のよ。
最初に吸った吸血鬼好みの味になる」
「つまりね、吸血は早い者勝ちなのよ。
だから、誰かに奪われる前に奪ったのよ」
可愛く笑う部長の瞳は、どこか妖しく狂気を孕んでいる。
『してやったり』とでも言わんばかりに、部長は甘い声で囀(さえず)り続ける。
「もう他の吸血鬼が貴女を吸う事はないでしょうね。
匂いでわかるのよ。『お手付き』だって。ちなみに貴女も――」
「もう、私以外じゃ『感じる事はできない』わよ?」
それはドロドロの独占欲。つまり私は作り替えられてしまったのだ。
目の前の吸血鬼によって、『竹井久専用の餌』へと。
非難する事はできただろう。『酷いじゃないですか』
言うくらいの権利はあったはず。でも、何を言っても手遅れで。
何より私は、新しくできた『繋がり』に仄暗い悦びを覚えていた。
「今後ともヨロシクね」
言いながら、肩口を甘噛みする部長。
私は官能に震えながらも、コクリと小さく頷いて、
自ら首を傾けて、首筋を大きく露出した。
もしかしたら心のどこかで、こんな展開を
ずっと待ち望んでいたのかもしれない。
だって。いつも『追い掛けてばかり』だったから。
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部長の餌になった私。
でも二人の関係は、大きく変わる事はなかった。
あくまで『表面上は』だけれど。
「じゃあ、今日もお疲れさまでした――あ、
咲はちょっと残ってね。個別に話したい事があるから」
「はい」
今まで通りの先輩と後輩。たまに部室に居残って、
スナック代わりに吸われる程度。現場さえ押さえられなければ、
私達の関係に気づく人は皆無だろう。
でも、『中身』は確実に変わって来てる。
身体が部長に馴染んでいく。吸血に抵抗もなくなり、
二人きりになったら自然と首筋を差し出すようになった。
吸われ過ぎで貧血にならないように、ううん、
もっとたくさん吸ってもらうために、
レバーや魚介類を多く摂るようになる。いつの間にか、
生活までもが部長中心で動き始めていた。
「咲の血、どんどん美味しくなっていくわね」
「味って……そんなに、変わるん……ですか?」
息を乱しながら問い掛ける。
吸血による快感は激しさを増すばかりだった。
今ではちょっと吸われるだけでも、腰の震えが止まらなくなる。
すっかり開発されてしまったらしい。
そんな私の服従度合いも、味に影響するのだろうか。
「そりゃーもう。単純に咲の身体が
『私専用』になってきてるのもあるけど、
母体の状態にもかなり左右されるみたいね」
「いやもうホント、美味し過ぎるわ。病みつきになりそうで怖いくらい」
「そ、そう、ですか……」
自然と頬が緩んでいく。
ああ、我ながら狂っている。餌として食べられているのに、
『美味しい』と言われて喜んでしまうなんて。それどころか、
『このまま偏食が進んで、私以外口にできなくなればいい』
とすら思っている。
精神のいびつな変容。これは被吸血者の一般的な傾向なのだろうか。
確かめたい。でも、もし違ったら。そう思うと聞けなかった。
代わりに私は首を差し出し、部長は嬉々として歯を突き立てる。
「んぅっ…………はぁっ…………」
私は甘い声で鳴き、部長の背中に手を回す。
私の血が部長の体内を駆け巡り、
部長の唾液が私の体内を狂わせていく。
蜜月。そうして、私達は少しずつ狂って行った。
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少しずつ闇が濃くなっていく。最初の頃は週に1回。
やがてそれが2回に変わり、いつの間にか日課となった。
それでもまだ飽き足らず、土日にわざわざ落ち合って、
部長の部屋で嬌声を上げる。むせかえる血の臭い、
性臭が二人の肌に染みついていた。
「最近、もうご飯食べてないのよね」
「えェ、大丈夫なんでスか?」
「むしろ前より健康なのよ。力が漲ってる感じ。
吸血鬼だし、やっぱり血の方が合ってるんでしょうね」
喜びの波に襲われて、ぶるりと内股を震わせた。
部長を構成するための栄養が、全て私の血で賄われている。
私の血が部長の体内に染み渡り、血となり肉となって同化している。
『餌』としてこんなに嬉しい事があるだろうか。
「……でもまあ、そろそろ制限しないとね。
最近ちょっと吸い過ぎてるし」
「え、私なら大丈夫でスよ?むしろモっと吸ってくだサい。
部長のたメにご飯も一杯食べてまスから」
部長に吸われると気持ちいい。餌にされるのは至上の悦び。
求められて幸せ、何ならこのまま肉すら食んで、
全部食べられちゃってもいい。
「だーめ。咲、最近色々と疎(おろそ)かになってるでしょう?」
「何の事デす?」
「部活とか勉強とか。私のために頑張ってくれるのは嬉しいけどさ、
ちょっとのめりこみ過ぎよ?」
「で、デも。私ハ、『部長専用の餌』でスし」
精神が狂い始めてる、それ自体には気づいていた。
でも今更どうでもいい、だって私は『餌』なのだから。
美味しく食べてもらう事が最優先。
なのに部長は眉を顰(ひそ)めて、きつく私を窘(たしな)めた。
「貴女を『餌』だと思った事は一度もないわ。
……そりゃ、結果的にはそうなってるけども。
私的には、愛液を啜ってるようなものなのよ。
あくまで『セックス』の要素が大きいの」
「わかる? これはあくまで『愛の営み』。
行為そのものの快楽に溺れ過ぎては駄目なのよ」
よくわからなかった。
『餌』であろうと、『交尾相手』であろうと、
どちらにせよ私は喜んで受け入れているわけで。
わざわざセーブする必要はないはずだ。
部活? 勉強? どうでもいい。
どっちも部長と愛し合うのには必要ない。
溺れ過ぎたら駄目? どうして?
こんなに気持ちよくて幸せなのに。
私の目を見つめた部長は、痛みをこらえるように顔をしかめる。
でもそれ以上は何も言わず、私の肩に舌を這わせた。
やがて官能が全身を駆け巡る。
「あっ、部長っ……気持ちいいでスっ、
もっト、もット吸っテぇっ……」
脳を融かされ恍惚に浸る。
全身をガクガクと痙攣させ、熱い粘液を噴き出した。
甘いうねりに翻弄されて、現実の輪郭があやふやになっていく。
だから私は気づかなかった。
私から口を離すその瞬間、部長が小さく呟いた事に。
『潮時かもね』
まあ、どうせ聞こえたところで。言葉の意味なんて、
今の私にわかるはずもなかったけど。
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そんな私達の関係は、ある日を境に急変する。
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部長の卒業、そして進学。
ただ学校を違えただけで、関係はぷつりと途絶えた。
4月に入ってからの2か月間、
送ったメッセージの数は1000を超える。
返事はゼロ。連絡の一つすらもらえなかった。
完全な音信不通。つまり、私は捨てられたのだ。
「はは、ソっか……そうダ、よね」
誤解していた。私にとっての部長は『唯一無二』だけど、
部長にとっては『代替可能な餌』に過ぎないのだから。
棲み処が変われば餌も変わる。
当たり前だ。安定供給の見込めない餌に固執するより、
新天地で新しい餌を調達した方が楽に決まってる。
替えはいくらでも見つかるだろう。むしろ、
『吸血鬼に噛まれた事がある人』を探す方が困難なはずだ。
「私っテ、結局何だったノかナ」
部長は言った。吸血鬼にとって、
『吸血はセックスと同義』だと。『これは愛の営みなのだ』と。
事実、私はあの行為に愛を感じていた。
でも、愛にだって種類はある。部長が私に抱(いだ)いた愛は、
『セフレ』程度の軽さだったのかもしれない。
「……死のうカな」
かつての私が『餌』だったなら、今の私は『残飯』だ。
価値はゼロ、『燃えるゴミ』として処分しなきゃ。
そうだ、自分の火でもつけてしまおうか。
「でモ。最期に、もう一回ダけ――」
どこまでも往生際の悪い私は、
この期に及んでも望みを捨てる事はできなかった。
東京行きの新幹線に乗り、部長が暮らす街へと向かう。
部長が私を捨てた理由。もしそれが、
『単に距離が遠いから』だったなら。
何もかも捨てて、部長の近くに引っ越そう。
もし単純に『飽きたから』だったなら、
素直にその場で燃えて消えよう。
数時間迷いに迷って、這う這うの体で
部長が通う大学の近くのビジネスホテルに泊まる。
シャワーを浴びてベッドに沈み、でも、
身体の震えは止まらなかった。
一睡もできず朝を迎える。くたびれた体を起こし、
せめて『少しでも美味しく見えるように』慣れない化粧を頑張った。
そして――。
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この日が私の『命日』になる。
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(後編に続く)
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ひっささき!ひっささき!
吸血鬼だったら大丈夫と言われた時、久さんはすごい救われたような気がしました