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【咲-Saki-SS:菫淡】菫「とある狂った女の一生」【狂気】【依存】【異常行動】
<登場人物>
弘世菫,大星淡,宮永照
<症状>
・狂気
・共依存
・異常行動
<その他>
以下のリクエストに対するお話です。
・菫淡の共依存
→まったりほのぼのした感じのお話になりました。
--------------------------------------------------------
菫と淡が依存しあっている。
その話を聞いた時、私(宮永照)は複雑な思いを抱いた。
『どうしてあの二人が』そう疑問符が浮かぶ傍ら、
『ああ、あの二人なら』そう納得できる節もある。
最後には、『言われてみれば必然かも』なんて結論に落ち着いた。
まず菫。鋼の心臓を持ち、物怖じせず土足で踏み込むタイプ。
それでいて、他者に与える愛は無償。
愛の自動販売機だ。お金を入れなくても出てくる分質が悪い。
そして淡。人懐っこいんだけど、生まれ育った環境が不遇。
愛をもらえず孤立して、ずっと温もりを求め続けていた。
そんな二人が出会えばどうなるか。
当然、お節介焼きの菫は淡の面倒を見るようになるし、
淡は淡でべったり依存してしがみつくだろう。
(言われてみれば、最近淡が部屋に来なくなった)
私自身、咲との復縁で留守がちだった事もある。
でもそれができたのも、淡があまり私に頓着しなくなっていたからだ。
自立してくれたと思っていたのだけれど、
実際は菫に鞍替えしただけらしい。
「で、実際のところはどうなの?」
直接二人に聞いてみる。
いや、実際は聞くまでもない、一目瞭然だった。
今も私の目の前で、淡は菫の腕にしがみついている。
「『依存しあっている』と言われると、異議を申し立てたくなるな。
見ての通り、淡が私に纏わりついているだけなんだが」
「そうかなぁ。菫先輩、
『絶対世話焼かないと気が済まないマン』じゃん?
テルが『立派なお姉さん』になっちゃって寂しいから、
私で心の隙間を埋めてるんじゃない? だからさ、
むしろ私が菫先輩に付き合ってあげてるんだよ!」
「照が多少ましになって手が空いたから、
より酷い方に目を向けただけだ。というか淡、
人の太ももの上にクッキーのカスをポロポロこぼすな」
「掃除しやすいように菫先輩の上で食べてるんだってば」
「ああもう、顔にもついてるじゃないか。
少しは淑女としての気品ってものをだな……」
「『一年坊』とか呼ぶスケバンに気品とか言われたくないですーぅ」
はたから見ればどっちもどっちだ。
お子様みたいな淡の面倒を見てやる菫も悪いし、
そんな菫に甘えまくってる淡も悪い。
正しく共依存と言った感じか。
つい最近まで自分もこんな感じだったのかと思うと頭が痛い。
咲と復縁できて本当によかった。
危うく『お姉さん』から『ペット』に格下げされるところだ。
「んで? 私達がその『共依存』って奴だとして、
テルはどーするつもりなの?」
淡の目がギラリと光る。昔は菫によく向けていた瞳、
『敵』を威嚇する眼差しだ。
まさか自分がこの視線に晒されるとは思わなかった。
(どうする……どうするか?)
さて考える。愛すべき親友と後輩の共依存、私は否定するべきか。
ないな、好きにすればいい。
私は別に、『依存』を悪い事だとは思わない。
例えば咲。私と離別した後も、咲は私に依存していた。
だからこそ私と縁を繋ぐため、そのためだけに全国大会まで目指して。
おかげで私は今、また咲と笑いあえている。
逸脱した精神性が、悲しみを生むとは限らない。
例えその想いに病名がつくとしても、当事者が幸せなら問題ないのだ。
だから――。
「別にどうもしない。末永くお幸せに、としか」
「そっか!」
淡の獰猛な瞳が一転、『味方』に向ける人懐っこいそれへと変わる。
うん、わかりやすくていい。こういうところは淡の美点だ。
咲は一度怒るとなかなか機嫌を直してくれないから。
「実際、菫と淡は相性いいと思うよ」
「だよね、私も最近そう思うんだ!
世話焼きマシーンのスミレに可愛いお姫様気質の私、
もう鉄板の組み合わせだよ――あいたっ!」
「『菫先輩』だろう? 先輩後輩の分は弁(わきま)えろ」
「いーじゃん、どうせテルしか居ないんだしさ。
それに、二人っきりの時はスミレって呼ばせてくれるじゃん?」
「へえ、それは初耳。なんだ、菫も満更じゃないんじゃない?」
「元々呼ばれ方にこだわりはないんだよ。
体面上、メディアに変なつつかれ方をしたくないから
注意しているだけの事だ」
「マスコミを気にするなら、むしろその
べったり具合を何とかした方がいいと思うけど」
「矯正させようとはしたんだがな」
菫はくたびれたように肩をすくめる。
そう言えば読んだ事がある、確か『犬の躾』についてだったか。
叱り方にも注意が必要、ただ過剰反応するだけだと、
犬は『かまってもらえてる!』と誤認して、
逆に悪さを繰り返すようになるらしい。
つまり菫は、『調教に失敗した』わけだ。
「まあ、一度飼い主になった以上は、
ちゃんと責任もって面倒見てやるつもりだ」
ぶつくさ文句を言いながらも、
太ももに乗っかる淡の頭を優しく撫でてやる菫。
菫の事だ、ちゃんと有言実行するだろう。
ただ少しだけ気になった。
菫と淡の相性はいい、それは確かに本心だ。
でも、それはあくまで『菫単体』での話。
社会生活に身を置く菫は、お世辞でも淡に適しているとは言い難い。
(………どうか、末永くお幸せに)
問題が起きなければいいけれど。
そんな言葉を飲み込んで、私はただただ幸福を願う――。
--------------------------------------------------------
でも、悲しいかな。この手の私の『嫌な予感』は、
一度として外れた事がなかった。
--------------------------------------------------------
問題は比較的すぐに起きた。
その話を聞いた時、ため息をつかざるを得なかった。
『ああ、やっぱりあの二人なら』。
思った通りの展開だったからだ。
原因は単純、淡の嫉妬。誰彼問わず愛を振りまくご主人様に、
牙を剥いて噛みついたらしい。
「で、どうするつもりなの?」
直接菫に聞いてみる。菫は憔悴しきっていた。
淡は怒り疲れたのか眠っている。頬には涙の痕がこびりついていた。
「どう、と言われてもな……正直対処に困っている」
「とりあえずファンクラブを解散させたら?」
「難しいな。そもそも私は、あの集まりに関与していない」
「本人が『迷惑だ』って言えば流石に解散するでしょ」
「それはそれで酷い話じゃないか?
善意で応援してくれている相手を、一方的に否定するとか。
今回の件に関して言えば、非があるのは淡の方だ」
「……非の話をするのなら、菫にも問題があると思うけど」
そう、菫にも問題があるのだ。あれだけ依存させておきながら、
今もなお他者への気配りを忘れないご主人様。
それは美徳ではあるけれど、淡からすれば傷つくだろう。
『もしかして私は特別じゃない?』そう不安になってもおかしくない。
もちろん淡にも問題はある。あれだけ寵愛を受けながら、
それでも愛を独り占めしたいお姫様。
自然な感情ではあるけれど、菫に求めるのは難しいだろう。
『なら、お前以外と話すなとでも?』そう毒づきたくなるのも仕方ない。
どちらも異常だ、逸脱している。他人事だとは笑えないけど。
思わず疲労感にため息を一つ。吐息の意味を誤解したのか、
菫はジロリと私を睨んだ。
「随分呆れてくれているようだが、お前の方はどうなんだ?
ぜひ参考にさせて欲しいものだ」
「呆れられる立場ならよかったんだけどね。
残念ながら似たりよったりだよ。どうしたらいいか困ってる」
「……妹さんもか」
「うん。長野に帰ってきて欲しいって」
まあ、淡に比べたら可愛い我儘なのかもしれない。
生き別れになったまま、数年間も別離を続けた。
ようやく復縁できたのだから、これからは一緒に暮らしたい。
自然で素直な感情だ。……私の就職先が決まっていなかったなら、だけど。
「こればっかりはドラフトだからな。
希望は佐久フェレッターズで出してたんだろ?」
「うん。でも結果は横浜ロードスターズ。
三尋木プロに一本釣りされた」
「私はハートビーツ大宮だしな……
あそこに行ったら間違いなく着せ替え人形だろう。
数か月前は、淡も納得してくれていたんだが」
「今は?」
「『嫌だ』の一点張りだな」
こうなるとご主人様サイドは弱い。何しろ理屈じゃないからだ。
あれこれ説得を重ねたところで、感情に勝る武器はない。
最終的には、『捨てる』か『折れる』かの二択しかなくなってしまう。
「……で、菫はどうするつもりなの?
淡を捨てる? それともプロ行きを捨てる?」
「もう少しだけ悩むつもりだ。プロに執着しているわけでもないが、
だからって淡の我儘を受け入れるのも悩ましい。
一度でも受け入れてしまえば、際限がなくなりそうだからな」
「同感。お互い、納得いく答えが出せるといいね」
口ではそう言いながら、でも、そんな未来が来ない事はわかっていた。
私が持っている小さなカバン、中には『退職願』が入っている。
違約金の面もある、今すぐ提出なんてできやしない。
それでも、私は揺れてしまっていた。きっと菫も同じだろう。
未来に、闇が降り始める。そして私は知っていた。
--------------------------------------------------------
一度包み始めた闇は、瞬く間に広がっていく事を。
--------------------------------------------------------
結論を先に言ってしまえば、私達の明暗は大きく分かれた。
幸い私は『明』の方だ。かろうじて明るい道を歩んでいる。
対して菫は『暗』。そのまま暗闇へと沈んでいった。
私と菫を分けたもの。それは単純に財力だ。
違約金を払えない私は、『それならばいっそ』と咲をこちらに呼び寄せた。
私と一緒に居られれば、場所はどこでもよかったのだろう。
咲は二つ返事で快諾した。今は二人、仲睦まじく暮らしている。
対して菫は、結局プロ行きを断念した。
当然進学も諦めてニート化。淡もろとも、早々に表舞台から姿を消した。
「まさか、18で隠居する事になるとはな」
使用人すら一人も居ない、酷く閑散とした小さな館。
応接間で、菫はぽつりとつぶやいた。その目は濁って澱んでいる。
もはやあの頃の輝きはどこにもない。
「後悔してる?」
「いいや。不思議と今は穏やかなんだ。
これはこれで悪くない結末なのかもしれない」
「でしょ、だから言ったじゃん!」
そう言って目を閉じる菫、その太ももには、
いつぞやと同じように淡がべっとり寝そべっている。
着ているのはネグリジェ、それも『行為』の後なのだろう、
ほのかに性臭が漂っていた。
「……随分と爛(ただ)れてるね」
「愛し合ってるって言ってください!」
「まあ実際、ここに来るのなんてお前くらいだしな」
「私には見られてもいいの?」
「テルならいいよ。スミレを盗らないってわかってるしね!」
逆に言えば、他は誰も信用していないという事か。
使用人すら居ない徹底ぶりだ、
まあ菫なら家事もできるから問題ないだろうけど。
「で、お前はいつ引退するんだ?」
「さも引退して当然みたいに話さないで」
「え、テルー引退しないつもりなの? それはサキが可哀そうだよ!」
「まったくだ。いつまでも独りにしておくなんて論外だろう」
場には狂人二人に健常者が一人。当然のように私が責められる。
理不尽さにため息を吐きつつも、遠い昔に思いを馳せた。
結局のところ、淡の見立ては正しかったのだろう。
『絶対世話焼かないと気が済まないマン』とはよく言ったものだ。
菫は結局、目につくもの全てに世話を焼かないと気が済まない人間で。
だからこそ。淡以外を削ぎ落としたその後は、
恐ろしい速度で狂って行った。
その酷さたるや、見ているこちらが恐怖を覚えたほどだ。
今思えば、淡も被害者だったのかもしれない。
大量の愛を注がれて、『まだくれるの? まだ求めても大丈夫なの?』、
そう怯えながら手を伸ばすうち、戻れないほどに壊された。
後は螺旋。互いが互いを壊し合い、どこまでも深く堕ちていく。
(……で、行きついた先がこの『牢獄』ってわけか)
二人の手首に目を配る。武骨な手錠で繋がっていた。
初めて見た時は驚いたものだ。震える声で尋ねたら、
二人は笑ってこう言った。
『寝ている間、寝相で離れてしまう事があるから』と。
戦慄する。恐怖した。いずれ自分もこうなってしまうのか?
いや、私は違う、まだ健常な精神を維持できている、
咲も、この二人と比較すればまだましのはずだ――。
「いいや。お前は遠くない未来『こちら側』に来ると思うぞ」
「まったくもって同意!」
ビクリと身を震わせた。まるで心を読んだかのように。
否、まるで未来を予知するように、二人は笑みを浮かべている。
「お前、私達を見て思っただろう? 『羨ましい』って」
ああ、見透かされていた。狂人のくせに、
どうしてこういう時だけ異常に鋭いのだろう。
狂って壊れて病んだ二人。でも、二人と話していると思うのだ。
『で、何が問題なんだろう』って。
客観的に見れば病気だ。間違いなく病名がつく。
『共依存』だとか『強迫性障害』だとか。
『パーソナリティ障害』なんかもつくかもしれない。
今の二人を連れ出しても、まともな社会生活は送れないだろう。
一生世間から隔絶される、小さく閉じた薄暗い世界。
でも二人は幸せそうで、何より愛し合っている。
そんな二人と自分を比較して、つい思ってしまうのだ。
むしろ、『間違っているのは私の方』なんじゃないかって。
「こっちの世界も悪くはないぞ。
いいや、一度こちらに慣れてしまえば、
そちらの方が異常に思える」
「大切なものなんていくつも要らないんだ。
数をむやみに増やしたところで、
全てが疎かになってしまうだけだからな」
「本当に大切なものは一つあればそれでいい。
お前も早く、それに気付けるといいんだがな」
帰り際、菫は笑顔でこう告げた。否定できずに目を伏せる。
あの日からずっと持ち続けていた『退職願』が、
カバンの中でずしんを重さを増した気がした。
--------------------------------------------------------
それ以来、私は二人と会っていない。
面会を拒絶されるようになったからだ。
--------------------------------------------------------
二人は私すらも切り捨てた。
『本当に大切なものは一つあればそれでいい』、
つまりはそう言う事だろう。二人の愛が深まって、
ついには私すら不要になったわけだ。
私には、もう二人がどうしているのかわからない。
今も愛し合っているのかもしれないし、
もしかしたら、もうこの世に居ないのかもしれない。
ただ一つ、これだけは絶対に断言できる。
二人は誰より幸せな結末で幕を閉じると。
(……どうか、私達も同じように)
願わくばあやかりたいものだ。手首の手錠を見つめながら、
今は遠い親友と後輩に願いを掛けた。
(完)
弘世菫,大星淡,宮永照
<症状>
・狂気
・共依存
・異常行動
<その他>
以下のリクエストに対するお話です。
・菫淡の共依存
→まったりほのぼのした感じのお話になりました。
--------------------------------------------------------
菫と淡が依存しあっている。
その話を聞いた時、私(宮永照)は複雑な思いを抱いた。
『どうしてあの二人が』そう疑問符が浮かぶ傍ら、
『ああ、あの二人なら』そう納得できる節もある。
最後には、『言われてみれば必然かも』なんて結論に落ち着いた。
まず菫。鋼の心臓を持ち、物怖じせず土足で踏み込むタイプ。
それでいて、他者に与える愛は無償。
愛の自動販売機だ。お金を入れなくても出てくる分質が悪い。
そして淡。人懐っこいんだけど、生まれ育った環境が不遇。
愛をもらえず孤立して、ずっと温もりを求め続けていた。
そんな二人が出会えばどうなるか。
当然、お節介焼きの菫は淡の面倒を見るようになるし、
淡は淡でべったり依存してしがみつくだろう。
(言われてみれば、最近淡が部屋に来なくなった)
私自身、咲との復縁で留守がちだった事もある。
でもそれができたのも、淡があまり私に頓着しなくなっていたからだ。
自立してくれたと思っていたのだけれど、
実際は菫に鞍替えしただけらしい。
「で、実際のところはどうなの?」
直接二人に聞いてみる。
いや、実際は聞くまでもない、一目瞭然だった。
今も私の目の前で、淡は菫の腕にしがみついている。
「『依存しあっている』と言われると、異議を申し立てたくなるな。
見ての通り、淡が私に纏わりついているだけなんだが」
「そうかなぁ。菫先輩、
『絶対世話焼かないと気が済まないマン』じゃん?
テルが『立派なお姉さん』になっちゃって寂しいから、
私で心の隙間を埋めてるんじゃない? だからさ、
むしろ私が菫先輩に付き合ってあげてるんだよ!」
「照が多少ましになって手が空いたから、
より酷い方に目を向けただけだ。というか淡、
人の太ももの上にクッキーのカスをポロポロこぼすな」
「掃除しやすいように菫先輩の上で食べてるんだってば」
「ああもう、顔にもついてるじゃないか。
少しは淑女としての気品ってものをだな……」
「『一年坊』とか呼ぶスケバンに気品とか言われたくないですーぅ」
はたから見ればどっちもどっちだ。
お子様みたいな淡の面倒を見てやる菫も悪いし、
そんな菫に甘えまくってる淡も悪い。
正しく共依存と言った感じか。
つい最近まで自分もこんな感じだったのかと思うと頭が痛い。
咲と復縁できて本当によかった。
危うく『お姉さん』から『ペット』に格下げされるところだ。
「んで? 私達がその『共依存』って奴だとして、
テルはどーするつもりなの?」
淡の目がギラリと光る。昔は菫によく向けていた瞳、
『敵』を威嚇する眼差しだ。
まさか自分がこの視線に晒されるとは思わなかった。
(どうする……どうするか?)
さて考える。愛すべき親友と後輩の共依存、私は否定するべきか。
ないな、好きにすればいい。
私は別に、『依存』を悪い事だとは思わない。
例えば咲。私と離別した後も、咲は私に依存していた。
だからこそ私と縁を繋ぐため、そのためだけに全国大会まで目指して。
おかげで私は今、また咲と笑いあえている。
逸脱した精神性が、悲しみを生むとは限らない。
例えその想いに病名がつくとしても、当事者が幸せなら問題ないのだ。
だから――。
「別にどうもしない。末永くお幸せに、としか」
「そっか!」
淡の獰猛な瞳が一転、『味方』に向ける人懐っこいそれへと変わる。
うん、わかりやすくていい。こういうところは淡の美点だ。
咲は一度怒るとなかなか機嫌を直してくれないから。
「実際、菫と淡は相性いいと思うよ」
「だよね、私も最近そう思うんだ!
世話焼きマシーンのスミレに可愛いお姫様気質の私、
もう鉄板の組み合わせだよ――あいたっ!」
「『菫先輩』だろう? 先輩後輩の分は弁(わきま)えろ」
「いーじゃん、どうせテルしか居ないんだしさ。
それに、二人っきりの時はスミレって呼ばせてくれるじゃん?」
「へえ、それは初耳。なんだ、菫も満更じゃないんじゃない?」
「元々呼ばれ方にこだわりはないんだよ。
体面上、メディアに変なつつかれ方をしたくないから
注意しているだけの事だ」
「マスコミを気にするなら、むしろその
べったり具合を何とかした方がいいと思うけど」
「矯正させようとはしたんだがな」
菫はくたびれたように肩をすくめる。
そう言えば読んだ事がある、確か『犬の躾』についてだったか。
叱り方にも注意が必要、ただ過剰反応するだけだと、
犬は『かまってもらえてる!』と誤認して、
逆に悪さを繰り返すようになるらしい。
つまり菫は、『調教に失敗した』わけだ。
「まあ、一度飼い主になった以上は、
ちゃんと責任もって面倒見てやるつもりだ」
ぶつくさ文句を言いながらも、
太ももに乗っかる淡の頭を優しく撫でてやる菫。
菫の事だ、ちゃんと有言実行するだろう。
ただ少しだけ気になった。
菫と淡の相性はいい、それは確かに本心だ。
でも、それはあくまで『菫単体』での話。
社会生活に身を置く菫は、お世辞でも淡に適しているとは言い難い。
(………どうか、末永くお幸せに)
問題が起きなければいいけれど。
そんな言葉を飲み込んで、私はただただ幸福を願う――。
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でも、悲しいかな。この手の私の『嫌な予感』は、
一度として外れた事がなかった。
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問題は比較的すぐに起きた。
その話を聞いた時、ため息をつかざるを得なかった。
『ああ、やっぱりあの二人なら』。
思った通りの展開だったからだ。
原因は単純、淡の嫉妬。誰彼問わず愛を振りまくご主人様に、
牙を剥いて噛みついたらしい。
「で、どうするつもりなの?」
直接菫に聞いてみる。菫は憔悴しきっていた。
淡は怒り疲れたのか眠っている。頬には涙の痕がこびりついていた。
「どう、と言われてもな……正直対処に困っている」
「とりあえずファンクラブを解散させたら?」
「難しいな。そもそも私は、あの集まりに関与していない」
「本人が『迷惑だ』って言えば流石に解散するでしょ」
「それはそれで酷い話じゃないか?
善意で応援してくれている相手を、一方的に否定するとか。
今回の件に関して言えば、非があるのは淡の方だ」
「……非の話をするのなら、菫にも問題があると思うけど」
そう、菫にも問題があるのだ。あれだけ依存させておきながら、
今もなお他者への気配りを忘れないご主人様。
それは美徳ではあるけれど、淡からすれば傷つくだろう。
『もしかして私は特別じゃない?』そう不安になってもおかしくない。
もちろん淡にも問題はある。あれだけ寵愛を受けながら、
それでも愛を独り占めしたいお姫様。
自然な感情ではあるけれど、菫に求めるのは難しいだろう。
『なら、お前以外と話すなとでも?』そう毒づきたくなるのも仕方ない。
どちらも異常だ、逸脱している。他人事だとは笑えないけど。
思わず疲労感にため息を一つ。吐息の意味を誤解したのか、
菫はジロリと私を睨んだ。
「随分呆れてくれているようだが、お前の方はどうなんだ?
ぜひ参考にさせて欲しいものだ」
「呆れられる立場ならよかったんだけどね。
残念ながら似たりよったりだよ。どうしたらいいか困ってる」
「……妹さんもか」
「うん。長野に帰ってきて欲しいって」
まあ、淡に比べたら可愛い我儘なのかもしれない。
生き別れになったまま、数年間も別離を続けた。
ようやく復縁できたのだから、これからは一緒に暮らしたい。
自然で素直な感情だ。……私の就職先が決まっていなかったなら、だけど。
「こればっかりはドラフトだからな。
希望は佐久フェレッターズで出してたんだろ?」
「うん。でも結果は横浜ロードスターズ。
三尋木プロに一本釣りされた」
「私はハートビーツ大宮だしな……
あそこに行ったら間違いなく着せ替え人形だろう。
数か月前は、淡も納得してくれていたんだが」
「今は?」
「『嫌だ』の一点張りだな」
こうなるとご主人様サイドは弱い。何しろ理屈じゃないからだ。
あれこれ説得を重ねたところで、感情に勝る武器はない。
最終的には、『捨てる』か『折れる』かの二択しかなくなってしまう。
「……で、菫はどうするつもりなの?
淡を捨てる? それともプロ行きを捨てる?」
「もう少しだけ悩むつもりだ。プロに執着しているわけでもないが、
だからって淡の我儘を受け入れるのも悩ましい。
一度でも受け入れてしまえば、際限がなくなりそうだからな」
「同感。お互い、納得いく答えが出せるといいね」
口ではそう言いながら、でも、そんな未来が来ない事はわかっていた。
私が持っている小さなカバン、中には『退職願』が入っている。
違約金の面もある、今すぐ提出なんてできやしない。
それでも、私は揺れてしまっていた。きっと菫も同じだろう。
未来に、闇が降り始める。そして私は知っていた。
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一度包み始めた闇は、瞬く間に広がっていく事を。
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結論を先に言ってしまえば、私達の明暗は大きく分かれた。
幸い私は『明』の方だ。かろうじて明るい道を歩んでいる。
対して菫は『暗』。そのまま暗闇へと沈んでいった。
私と菫を分けたもの。それは単純に財力だ。
違約金を払えない私は、『それならばいっそ』と咲をこちらに呼び寄せた。
私と一緒に居られれば、場所はどこでもよかったのだろう。
咲は二つ返事で快諾した。今は二人、仲睦まじく暮らしている。
対して菫は、結局プロ行きを断念した。
当然進学も諦めてニート化。淡もろとも、早々に表舞台から姿を消した。
「まさか、18で隠居する事になるとはな」
使用人すら一人も居ない、酷く閑散とした小さな館。
応接間で、菫はぽつりとつぶやいた。その目は濁って澱んでいる。
もはやあの頃の輝きはどこにもない。
「後悔してる?」
「いいや。不思議と今は穏やかなんだ。
これはこれで悪くない結末なのかもしれない」
「でしょ、だから言ったじゃん!」
そう言って目を閉じる菫、その太ももには、
いつぞやと同じように淡がべっとり寝そべっている。
着ているのはネグリジェ、それも『行為』の後なのだろう、
ほのかに性臭が漂っていた。
「……随分と爛(ただ)れてるね」
「愛し合ってるって言ってください!」
「まあ実際、ここに来るのなんてお前くらいだしな」
「私には見られてもいいの?」
「テルならいいよ。スミレを盗らないってわかってるしね!」
逆に言えば、他は誰も信用していないという事か。
使用人すら居ない徹底ぶりだ、
まあ菫なら家事もできるから問題ないだろうけど。
「で、お前はいつ引退するんだ?」
「さも引退して当然みたいに話さないで」
「え、テルー引退しないつもりなの? それはサキが可哀そうだよ!」
「まったくだ。いつまでも独りにしておくなんて論外だろう」
場には狂人二人に健常者が一人。当然のように私が責められる。
理不尽さにため息を吐きつつも、遠い昔に思いを馳せた。
結局のところ、淡の見立ては正しかったのだろう。
『絶対世話焼かないと気が済まないマン』とはよく言ったものだ。
菫は結局、目につくもの全てに世話を焼かないと気が済まない人間で。
だからこそ。淡以外を削ぎ落としたその後は、
恐ろしい速度で狂って行った。
その酷さたるや、見ているこちらが恐怖を覚えたほどだ。
今思えば、淡も被害者だったのかもしれない。
大量の愛を注がれて、『まだくれるの? まだ求めても大丈夫なの?』、
そう怯えながら手を伸ばすうち、戻れないほどに壊された。
後は螺旋。互いが互いを壊し合い、どこまでも深く堕ちていく。
(……で、行きついた先がこの『牢獄』ってわけか)
二人の手首に目を配る。武骨な手錠で繋がっていた。
初めて見た時は驚いたものだ。震える声で尋ねたら、
二人は笑ってこう言った。
『寝ている間、寝相で離れてしまう事があるから』と。
戦慄する。恐怖した。いずれ自分もこうなってしまうのか?
いや、私は違う、まだ健常な精神を維持できている、
咲も、この二人と比較すればまだましのはずだ――。
「いいや。お前は遠くない未来『こちら側』に来ると思うぞ」
「まったくもって同意!」
ビクリと身を震わせた。まるで心を読んだかのように。
否、まるで未来を予知するように、二人は笑みを浮かべている。
「お前、私達を見て思っただろう? 『羨ましい』って」
ああ、見透かされていた。狂人のくせに、
どうしてこういう時だけ異常に鋭いのだろう。
狂って壊れて病んだ二人。でも、二人と話していると思うのだ。
『で、何が問題なんだろう』って。
客観的に見れば病気だ。間違いなく病名がつく。
『共依存』だとか『強迫性障害』だとか。
『パーソナリティ障害』なんかもつくかもしれない。
今の二人を連れ出しても、まともな社会生活は送れないだろう。
一生世間から隔絶される、小さく閉じた薄暗い世界。
でも二人は幸せそうで、何より愛し合っている。
そんな二人と自分を比較して、つい思ってしまうのだ。
むしろ、『間違っているのは私の方』なんじゃないかって。
「こっちの世界も悪くはないぞ。
いいや、一度こちらに慣れてしまえば、
そちらの方が異常に思える」
「大切なものなんていくつも要らないんだ。
数をむやみに増やしたところで、
全てが疎かになってしまうだけだからな」
「本当に大切なものは一つあればそれでいい。
お前も早く、それに気付けるといいんだがな」
帰り際、菫は笑顔でこう告げた。否定できずに目を伏せる。
あの日からずっと持ち続けていた『退職願』が、
カバンの中でずしんを重さを増した気がした。
--------------------------------------------------------
それ以来、私は二人と会っていない。
面会を拒絶されるようになったからだ。
--------------------------------------------------------
二人は私すらも切り捨てた。
『本当に大切なものは一つあればそれでいい』、
つまりはそう言う事だろう。二人の愛が深まって、
ついには私すら不要になったわけだ。
私には、もう二人がどうしているのかわからない。
今も愛し合っているのかもしれないし、
もしかしたら、もうこの世に居ないのかもしれない。
ただ一つ、これだけは絶対に断言できる。
二人は誰より幸せな結末で幕を閉じると。
(……どうか、私達も同じように)
願わくばあやかりたいものだ。手首の手錠を見つめながら、
今は遠い親友と後輩に願いを掛けた。
(完)
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とても活力が湧いてくる文書でした!
これからも無理をなさらない程度で書いていただけたら嬉しい限りです!
これからも更新楽しみに待たせていただきます!!
狂人ペアの行く末を見て自身も狂人に依存され狂人と常人の中間みたいな存在(かなり狂人寄り?)になった照の立ち位置は苦悩が多そうです。
短めながらもいろいろと考えさせられ、とても面白かったです!
新鮮さがあって>
淡「文章量を減らしつつでも重さは変えたくない、
みたいなのが形になった!」
菫「試みが成功しているといいな」
照「味は変わってる気がするけどね」
とても活力が湧いてくる文書>
照「落ち着いて病院に行こう」
淡「えー、元気になったならそれでいいじゃん!」
菫「まったくだ。これだから健常者気取りは」
照の立ち位置は苦悩が多そう>
照「いっそ堕ちてしまった方が楽だよね」
咲「そうだよ。ね、二人で堕ちよ?」
照(今度こそ私が咲を導かなくちゃ……)
結局照さんもそうなりますよね>
照「周りを狂人に囲まれてたらどうしようもない」
菫「ある意味ハッピーエンドの道筋を
提示してやってるようなものだろう?」
淡「存分に感謝するといいよ!」
短めながらもいろいろと考えさせられ>
淡「え?割と徹頭徹尾
ハッピーエンドだったよね?」
照「果たして本当にそうだろうか」
菫「短くても物足りなさを
感じないようにしようと考えた分、
執筆時間はあまり変わらなかったな」
照「でもいつもと違うものにはなったと思う。
楽しんでいただけたなら幸い」
誰も不幸になってないし間違いなくほのぼの>
淡「まったくもって!」
菫「その通りだな」
照「全員社会不適合者になったけどね」
咲「本人が幸せならそれでいいんだよ」