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【咲-Saki-SS:誓揺】誓子「ねえ、揺杏。名前を呼んで?」【シリアス】

<あらすじ>
なし。リクエストがそのままあらすじです。

<登場人物>
岩館揺杏,桧森誓子,獅子原爽

<症状>
・特になし

<その他>
・ほしいものリスト贈答者様によるリクエストの作品です。
 「昔は爽と一緒に誓子のことを『チカ』と呼んでいた揺杏。
  しかし、誓子が小学校に上がり、次第に交流が少なくなり途絶える。
  高校に入り、また誓子との交流が始まる。
  誓子は全く変わってなかったが、
  自分が幼少のころのように無邪気にやり取りができず、
  モヤモヤする。それを寂しく思いながら、
  誓子のことを『チカ……セン』と呼び始めた揺杏」

※リクエストの都合上、私の原作解釈とは異なる展開となります。



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 まだ幼かった頃、私達は『3人』だった。
私は一つ年下だけど、そこに疎外感は覚えない。
毎日一緒に遊んで笑って、ずっと一緒だと思ってた。

 勘違いもいいとこだ、決別は割と早かった。
『チカ』は私立の小学校へ、爽は別の公立へ。
私は一人置き去りにされ、膝を抱えて縮まる。
一年後。私は爽を追い掛けて、『チカ』とは会う事はなくなった。

 『ツケ』を清算する時が来たのだろう。
今。爽と『チカ』の道は再び交わり――私は独り取り残される。



--------------------------------------------------------



『ねえ、揺杏。名前を呼んで?』



--------------------------------------------------------



 『チカ』と私達が離れた理由、ぶっちゃけ大した理由はなかった。
だって単純に親の都合だ、私達のせいじゃない。

 でも、何となくそこに運命を感じた。
だってさ、思わない? 『チカ』と成香、爽と私。
キレーな奴らと『汚い』奴ら。線を引かれた気がしたんだよ。
そう、『あっちの組』は綺麗なんだ。

 高校に入学、『チカ』に再会して驚いた。
本当に何も変わってなかったんだ。
そう、『常識で考えてあり得ない程に』。

 教会暮らしだからかね? 普通に生きてれば身に着けるだろう
『汚れ』、『姑息さ』、『世間ずれ』。
そういった『穢れ』を一切受け付けず、
『チカ』のままでそこに居たんだ。

 始めてその姿を見た時は、背筋が震えたのを覚えてる。
『天使』。その外見も相まって、マジでそんな風に見えた。
微妙に自由奔放で我儘な辺りも含めてそのまんまだ。


(……やっぱ、『私達とは違う』な)


 幼稚園時代の『穢れなき私』だったなら、
『チカ』との再会も諸手をあげて喜んだろう。
今は無理、いくら何でも眩し過ぎる。

 なのに。私の動揺などものともせず、『チカ』は笑顔で語り掛ける。
10年の歳月などまるで気にせず、
ううん、むしろ『空白などなかった』ように。


「いやー、やっと3人揃ったわ! またよろしくね、『揺杏』!」


 咄嗟に声が出なかった。

 わかってる、模範解答は理解していた。
でも唇が動かない。私は瞳を左右に動かし、
やがてようやく口を開く。


「……ん。こっちこそよろしく、『誓子先輩』」


 『誓子先輩』があからさまに眉根を寄せた。
わかってる、ああわかっているさ。

 でもさ。あんたは変わらなかったけど、私の方は変わっちまった。
無邪気に昔のようには呼べない、私はもう子供じゃないんだ。

 いいや、それすらホントはわかってた。
私は子供だったんだ。そこで大人を気取りたいなら、
自身の感情を押し潰し、笑顔で『チカ』と呼ぶべきだった。

 でも私にはできなくて、そしてそれが原因で――。



--------------------------------------------------------



――あの、悲惨な事件を引き起こす。



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 部室の居心地はどんどん悪くなっていった。
いまや有珠山高校麻雀部は、完全に誓子先輩の支配下に置かれている。

 そりゃそーだ、全員が彼女の幼馴染なのだから。
成香は誓子先輩を追い掛けて来たわけだし、
爽とは1年間ほぼ二人きりだったと聞く。
二人はすっかり打ち解けていた、だから私だけが『蚊帳の外』だ。

 常に笑顔が絶えない部室、合わせて必死で笑顔を『作る』。
和気あいあいとした空間に、なぜか紛れ込んだ『異物』。
いっつも人に囲まれてんのに、勝手に孤独を感じてた。

 正直に言えば、自分でもどうしてここまで
『誓子先輩』を拒んでいるのかわからない。
成香もやっぱり『天使』だけれど、あっちは普通に受け入れられた。
私は何が気にいらないんだ? 別に『天使』でいいじゃないか、
擦れて汚い人間らしく、軽薄な顔で拝めばいいだろ?

 そんな私の懊悩は、彼女にもストレスだったのだろう。
当然だ。この無垢で我儘な暴君天使が、
謎の反乱をいつまでも見逃すはずがない。


「ねえ揺杏。貴女はどうして私を嫌うの?」

「は? 別に全然嫌ってないけど?」

「馬鹿にしないで、私のカンは鋭いのよ。
 なんとなーくわかるわ、揺杏が私に距離を置いてる事。
 そもそも、『誓子先輩』の時点でバレバレじゃない」

「いやいやそれがフツーっしょ? 先輩なんだし当然じゃん」

「爽にはそのままじゃない」

「あいつは幼稚園からずっと一緒だし、
 変え時が見つかんなかっただけ。
 先輩とは10年近く離れてたんだし、
 むしろ『チカ』のままだと失礼っしょ」

「今の方が失礼よ。命令、これからは『チカ』って呼びなさい!」


 ああ、こういうところが嫌なんだ。
見た目は完全天使のくせに、案外ワガママで唯我独尊。
それでいて悪意が無くて、だからみんなが絆される。

 でもさ。全員が全員、アンタにかしずくと思うなよ?


「…………お断り。私さ、こう見えて案外優等生なんだよねー。
 『尊敬すべき先輩』を呼び捨てになんかできないよ。
 ま、せいぜい譲って『チカセン』がいいとこだね」

「ふーん。そーゆー態度取るんだ」


 チカセンの態度に『敵意』が混じる。そうだ、それでいい。
私なんかに好意を向けるな、そのまま敵になってくれ。


「わかったわ。揺杏がそう来るなら私にも考えがある」

「何?」

「揺杏が昔みたいに『チカ』って呼ぶまで……
 延々ずっと纏わりついてやるわ!!」

「いやマジ勘弁なんだけど」


 ああチカセンを甘く見ていた。

 そうだ、こいつはこう言う奴だ。悪意や敵意をものともしない、
ただ純粋に、自分勝手に好意をぶつけてくる。
みんなこれに弱いんだ、絆され落とされ虜になる。
そんなところが『嫌い』なんだ。

 ああそうか、どうしてこんなにチカセンを敵視するのかわかった。
『盗られる』のが怖いんだ。いや――



--------------------------------------------------------




――もう、盗られちまってるか。




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 前から疑問に思ってた、爽が選んだ進学先。
なあ爽、お前は何で『こんな学校』を選んだんだ?
キリスト教? ガラじゃないだろ、お前カムイの使い手じゃんか。

 疑問と疑念に囚われつつも、私は盲目に追い掛ける。
爽と私は一心同体、一緒に居られりゃどこでもよかった。

 もっと考えるべきだったのだろう。
だって明らかに異常じゃん? アイヌの神に寄り添うあいつが、
一神教のキリスト教に傾倒するとかさ。
もしあの段階で突き留めてれば、私は未来を変えられていた。
なのに私は怠惰を続け、『勝敗が決定してから』真実を知る。


『お前絶対ビックリするぞ』


 あの日、爽はニヤニヤ不敵に微笑みながら、部室の扉をゆっくり開いた。
中にはすでに人が居て、そこに佇む人物は――。


(あー、そーゆー事? ていうか気づくの遅過ぎね?)


 ああ、私は大馬鹿野郎だ。今頃になって気づいてしまった。
爽が『ここ』を選んだ理由。それはおそらく、間違いなく――。


(ここに『チカセンが来るって知った』からだ)


 足場が崩されていく感覚、片割れを切り取られ奪われる。
悪魔が天使に魅了された。ああ、開口部が血を流してる。

 チカセンは『天使』なのだろう、清らかで穢れなき奴だろう。
でも、だからこそ――私の『敵』だ。
半身はすでに取り込まれてる、成香は最初から信奉者。
私の味方はもういない。それでも、それでも――。


 私だけは、アンタの支配に抗ってやる!!


「悪いけどさ、チカセン。私がアンタになびく事は一生無いよ」

「どうして? 昔はあんなに仲良かったのに」

「はは、チカセンにはわかんないよな。
 アンタはいつまでも変わらない、ホント『天使』みたいだよ。
 一人だけ時の流れが違う」


 ニタリといびつに口角を上げる。
初めてチカセンがたじろいだ。でもそれはほんの一瞬、
すぐに『むーっ』と眉を吊り上げて、私に詰め寄ってくる。


「天使ならいいじゃない。私の何が気に入らないの?」

「天使だからさ。あいにく私は悪魔側なんだよね」

「……まだ中二病を引きずってるの?」

「残念ながらそーかもね。キレーなものに逆らいたくなるんだ」

「私と仲良くなりたいならさ、アンタも少しは穢れなよ」


 チカセンが黙り込む。怖気づいたわけじゃないだろう、
多分単純に理解できないのだ。
『穢れって何? 何をしたら穢れになるの?』
どうせ、本気でそんな事を考えてる。


「ま、わかる必要なんてないさ。
 考えないと分かんない時点で、私はアンタの事が嫌いだ」


 私はそう言い捨てて、チカセンを残しその場を去った。



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 自業自得なんだけど、立場は悪くなる一方だった。
今度は爽のご登場だ。それも、眉間に皺が寄っている。


「なあ揺杏。お前、なんでチカの事を毛嫌いすんの?」

「いや別に嫌ってないけど?」

「どう考えても嫌ってるだろ、
 自分の取ってる行動振り返ってみろよ。
 私や成香には呼び捨て、なのにチカだけ『チカセン』だぞ?
 それも元々幼馴染なのに、だ」


 そっか、言われてみればその通りだ。意識はしてなかったけど、
私は自然とチカセンを『仲間外れ』にしている。


「……チカの奴泣いてたぞ。しかも、
 泣かされた理由すらわかってなかった」

「爽ならわかるっしょ?」

「いや、正直わからない。チカが天使? どこが?
 七並べでいっつもハートの6抑えてんじゃん」

「……まー、爽にもわかんないかもね」


 『チカ』と再会するために、
わざわざこの高校を選んだお前にはさ。

 ああそうだ、これは単なる醜い嫉妬だ。
私にとって、爽と離れた1年間は地獄だった。
学校が変わる度、毎年感じる恒例の苦痛。
半身を失って一人ぼっち、
ただひたすら時間が過ぎ去るのを待つだけの。

 爽も同じだと思ってた。実際中学の時はそうだったんだ。
私が入学してきた時に、心底嬉しそうに笑ってくれた。
『ああ、やっと来てくれたか。やっぱ揺杏が居ないとな』
どれだけその言葉に救われたか、お前はきっと知らないだろな。

 今年は違った、爽は大して気にしてなかった。
そりゃそうだよな、私より上位の奴とつるんでたんだから。
げっろ、最悪な事思いついちゃった。私って長年、
『チカセンの代わり』に過ぎなかったんじゃねーの?

 ああ、もうウンザリだ。考えれば考える程、
チカセンを嫌いになる理由ばかりが湧いてくる。

 綺麗なチカセン、すれた私。
 先駆者のチカセン、後追いの私。
 爽と繋がったチカセン、そのせいで捨てられた私。

 好きになる要素どこにあるんだ?
こんなの嫌って当然だろう? 散々『敵対』の意志を示したんだ、
もういい加減ほっといてくれよ。

 爽は呆れたようにかぶりを振ると、
説得を諦めて立ち上がる。でも立ち去るその瞬間。
こんな捨て台詞を残していった。



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「ま、気が済むまで抵抗しなよ。
 チカから逃げられるとは思わないけど」



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 微妙に距離を取る私とは対照的に、
チカセンはどんどん距離を詰めようとした。

あれだけ敵意を剥き出しにして、完全拒絶を決め込んだのに。
なのにチカセンはものともせず、土足で踏み込んでくる。


「あのさ、チカセン何考えてんの?」

「言ったでしょう? 揺杏が『チカ』って呼ぶ日まで、
 延々纏わりついてやるって」

「根性には自信があるわ! 無駄な抵抗は止めて屈しなさい!」

(……マジでうぜー)


 心の底から思ってるわけだ。自分が全力で好意を向ければ、
いつか相手が折れてくれると。根拠のない自信、
それが許されるだけの美貌と無垢。


「どーだか。爽にぴーぴー泣きついたんだろ?
 『泣かされた理由もわかりませーん』ってさ。
 ダッセ、そんな奴に『根性』とか言われても。
 まるで心に響かないね」

「わ、私から相談したんじゃないわよ!
 爽が勝手に聞き出してきただけ!」

「結局最後は相談してんじゃん。
 いいねー、天使様はみんなが味方してくれてさぁ」

「だからその天使って何なのよ!」

「キレー過ぎて、薄汚い人間の気持ちがわからないお方の事だよ」


 すげなくあしらってみても、どれだけ冷たく突き放しても、
チカセンはどこまでも追いすがる。
むしろ私が拒絶する程、ムキになって突っかかって来た。

 いやマジで何がしたいんだ、アンタにゃもう信者がいるだろ?
そいつらと仲良くしとけばいいじゃん、私なんてほっとけよ。

 私は何がしたいんだ? こんだけ追いすがられるなら、
形だけでも降参しとけばいいじゃないか。
『チカセン』から2文字削るだけ、それで解放されんだぜ?

 気づけば誰より話してた。遠慮なく牙を剥き、
剥き出しの思いを投げつける。


「私の何が気に入らないの? いい加減教えなさいよ」

「もう何度も言ったっしょ。自分の記憶力がトリ並みなのを、
 人のせいにしないでくんない?」

「天使って何なのよ。私だって喜怒哀楽はあるし、
 時にはズルい事だってするわ。
 ……この際だから言っちゃうけど、
 私七並べではハートの6を止める事にしてるの」

「それを『罪』として懺悔しちゃうからアンタは天使様なんだよ」


 過ごした時間と言葉の密度は、もう幼稚園の頃を超えていただろう。
ぶつけた言葉の純粋さは、あの頃に匹敵しただろう。
だがその関係は酷くいびつ、憎悪と支配欲のぶつかり合い――。



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 なのに、成香。お前は何勘違いしてんだ?



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 ごく平凡な一日だった。退屈な授業が終わり、
惰性で部室に歩みを向ける。すでに部屋にいた金髪に、
『ゲッ』と声を出して扉を閉めた。

 即座に扉を開けられて、問答無用で腕を掴まれ。
黒い笑みを見せたチカセンが、目と鼻の先に詰め寄ってくる。


「人の顔見て『ゲッ』はないんじゃない?」

「あまりに人間離れした美しい顔立ちに、
 思わず全身が戦慄しちゃったんだよね」

「なら、なんで扉を閉めるわけ? 見惚れてればいいじゃない」

「あまりにお美し過ぎるからさ。あんま視界に留めてたら、
 精神が崩壊しちゃいそうじゃん?」

「へー、じゃあ穴の開くまで見ればいいわ。
 好きなだけ魅了されて頂戴」

「ごめんギブ。もう1秒も耐えられないキツイ」

「人の顔見て『キツイ』とか言わないでくれる!?」


 入室するなり始まる応酬。激しい言葉のぶつかり合いに、
すでに同席していた成香が、なぜかクスリと笑顔を見せた。
え、何かおかしい事言ったっけ?


「え、なんで笑ったの成香。もしかして成香も
 チカセンの顔キツイって思ってたりとか?」

「い、いえ。お二人って本当に仲がいいんだなって。
 『流石は幼馴染』ですね」

 …………は?
言われた意味がまるでわからず、思わず語尾を上げてしまった。
チカセンと私の仲がいい? これ見てマジで言ってんの?
片眉を下げる私とは対照的に、チカセンは弾んだ声で問い掛ける。


「え、ホント? 私達って仲がいいの!?」

「ええ、本当に。私では、チカちゃんとそんな風に
 遠慮なく言い合う事はできませんから」


 おいやめろ成香、やっぱりお前も天使だよな。
違うんだこれはそういうクリーンな奴じゃない、
私は本気で罵倒してんだよ。

 なんて思いは届く事なく、チカセンの目がキラキラ輝く。
わかりやすく口の端を吊り上げると、こんな事をのたまい出した。


「なーんだ、私達って仲よかったのね!
 揺杏がいつまでも私の事『チカセン』って言うから、
 距離置かれてる感じがして嫌で嫌で仕方がなかったんだけど」

「言われてみれば、『チカセン』呼びも悪くないかも。
 揺杏しか言わない『特別な呼び方』だし」


「いいわ。揺杏、許してあげる。
 これからは、無理して『チカ』って呼べとは言わないわ」


 今度こそ、全身を戦慄が駆け抜けた。


 願ってもない事のはず、ようやく呪縛から解放された。
憎たらしい先輩が離れてくれて万々歳、やっと平穏が訪れる。

 なのに、なのに、なのに、なのに。
なぜか身体が冷えていく。気づけば口を開いていた。


「ふーん。そんなあっさり諦めるんだ?」

「……なんですって?」


 チカセンの顔が笑顔から一変、再び眉が吊り上がる。
おいやめろ、『言うな』。ここらで矛を収めとけ。
せっかく解放されるんだぞ? お前は何がしたいんだ?


「ま。所詮はその程度って事だよ。やっぱりアンタは『天使様』だ、
 人間一人一人に愛着なんてない。とりあえず声を掛けて見て、
 神の声に身を委ねないなら切って捨てる」


 何でそんな事言ったのか、正直自分でもわからない。
理不尽だマジで意味不明。でもどこまでも『本心』だった。


「自分が納得できりゃ満足なんだ?
 結局アンタは、私の事を何一つ理解できてないってのにさ。
 相手の汚さなんてどうでもいいんだろう?
 ワガママで高慢だね……んで、腹立つくらい純真で無垢だ」

「ゆ、ゆあん……?」

「あー、もういーや。わかったわかった、アンタの好きにしてやんよ。
 『チカ』、これでいいかい? これでアンタは満足かい?
 私の内面に切り込まなくても、それでアンタは満足なんだろ?」

「これからはずっと呼んでやるよ――その代わり。
 アンタに心を開く事は、もう一生ないけどな」


 バンッ!! 乱暴に部屋を飛び出した。
『チカ』はもう追って来ない。私は思わず舌打ちすると、
そのまま廊下を走り去った。



--------------------------------------------------------



 自宅に逃亡、部屋に閉じこもってうずくまる。
あまりにもダサ過ぎて、誰にも合わす顔がなかった。

 ああ、畜生気づいちまった。
私がチカセンに突っかかる本当の理由。
なんて事はない、『好きな子に素直になれない』、
クソダサ激重感情だ。なんだそれ、私は小学生男子かよ。

 もちろん最初は違ってた、純粋に憎悪だったんだろう。
いつしか形が変わってた。結局私は、
あの天使に絆されちまってたわけだ。
最低で最悪だ、結局私はチカセンを前に、
ちっぽけなプライドすら守る事ができなかった。


「あー駄目だ、詰み。もー完全に消化試合」


 ひねくれ感情で好きな子に接した男子が辿る末路、
それはほぼほぼ一致している。『フツーに嫌われて敬遠される』だ。

 当たり前だろう。どんな感情を抱いてようと、
相手からしたら『ただの嫌がらせ』。
自分でもわからない内面を勝手に事細かく読み取って、
なぜかこっちの事を好きになってくれるなんてありえない。
そして往々にして、『虐め』から守ってくれる
『ヒーロー』と恋に堕ちるんだ。

 チカセンが爽に相談を持ち掛けてるのは知ってる。
少しでも私と仲良くなるために。つまり爽が『ヒーロー』だ。
結果として、私をダシにして二人の関係はより深まった。

 今回の件で完全な対立構造ができただろう。
共通の目的を持ったチカセンと爽、その目的を阻む私。
もう完全に『敵役』だ、ヒロインポジはありえない。


「……ま、ならピエロに徹してやろうじゃん」


 カムイを纏う神の使いと、キリスト教の娘が綴る恋物語。
いいね、めちゃくちゃ絵になるじゃん。後は小物の『悪役』を添えて、
そいつを退治すれば『めでたしめでたし』だ。


「…………ほんっと、私って救えねぇな!」


 ずっと爽の後追いをして、なのにチカセンに奪われた。
その事実が悔しくて。『絶対絆されてやんねー』とか言いながら、
キャンキャン周りを困らせて。
その実しっかり落とされて、今度はかつての想い人がライバル化。

 入り込む余地なんてない。私にできる事と言えば、
せいぜい噛ませ犬になって二人の愛を育むだけだ。

 なんだこれ、どんだけ負け犬決め込んでんの?
『やる事なす事裏目に出る』、
なんか呪いでもかかってんじゃねーの?


「…………ちっくしょ」


 涙が頬を伝っていく。慰めてくれる奴はいない、
全部私が切り捨てた。完全に自業自得って奴だ。


「もういいや、全部謝って終わりにしよう」


 所詮私は『モブ』で『後追い』。
爽やチカセンと張り合う事自体が間違いなんだ。
心に膜を張って生きよう、ずっと笑顔を貼りつかせよう。
その方が楽に決まってる――。



--------------------------------------------------------



「いいわ。謝る必要なんてないわよ」



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 ビクリと背を震わせる。
 
 聞こえるはずのない声が、私の鼓膜を揺さぶった。
反射的に視線を向ける、今日2回目の戦慄だ。
視線の先には『想い人』、チカセンが表情のない顔で佇んでいた。


「ち、チカセン……どうして?」

「お母様は私の事を覚えててくれたみたいね。
 挨拶したら普通に中に通してくれた」

「……そーじゃなくて、なんでうちに来てんの?」


 なぜだか震えが止まらなかった。相手は単なる『教会の娘』、
怖がる要素はどこにもない。なのにどうして、身体が強張る。


「『ユダの手紙6節』。これで意味は通じるかしら?」


 体の震えが激しさを増した。私だって聖書くらいはかじってる。
それが何を意味するのか、『何の暗喩なのか』は理解できた。

 チカセンが近づいてくる。無意識のうちに後ずさり、
でもすぐに距離を詰められた。壁際に追い詰めれて、王手。
チカセンが私を抱き寄せる。


「もう何度言ったかわからないけど。
 私だって人間よ? 『穢れなき天使』じゃないわ」

「でも、もういい。貴女が私を天使だって言うなら、
 それそのように振舞ってあげる。ところで――」

「知ってるわよね? 天使って別に盲目じゃないのよ?」

「時に天使は神に反逆して『悪霊』になる。
 貴女を手に入れられるなら、私は受肉して地に堕ちるわ。
 その後暗闇に閉じ込められて、処刑されても構わない」


 チカセンの顔が急接近、そのまま唇が重なった。
多分初めてだったんだろう、『ガチッ』、歯と歯がぶつかって鈍痛、
あまりに締まらない接吻だ。

 チカセンは真っ赤になって、もう一度やり直そうとする。
私の身体は動かなかった。異様な迫力に気おされた?
強姦される恐怖に震えた? それもあったのかもしれない。
でも多分、もっと醜い感情だった。

 天使の顔が近づいてくる。今度はちゃんと狙いを定めて。
抵抗されないと悟ったのだろう、チカセンはすっと目を閉じた。
私は逡巡。でも、眼前に迫る整った顔立ちに耐え切れず、
結局はぎゅっと目を閉じる。

……――。


「ちょっと揺杏、なんで抵抗しないのよ!?
 普通にキスしちゃったじゃない!」

「……チカセンこそ、何で私なんかにキスすんのさ。
 爽と付き合ってんじゃねぇの?」

「え。なんで、そこで爽が出てくるの?」

「何でって……そーゆー関係になったから、
 二人で示し合わせてこの学校選んだんじゃねーの?」

「爽が私に合わせてくれたのは事実だけど、
 それだけで付き合ってるとかないでしょう?
 だったら貴女と爽も付き合ってるし、
 成香と私も付き合ってるじゃない」

「そ、そりゃそーだけどさ……」


 直球で返されて言葉に詰まる。いやでもさ、
『友達に合わせて進学先決める』って、ぶっちゃけ相当重くない?
十分『恋』だと思うんだけど、実際私もそうだったし。


「まあ、爽の事を好きになり掛けてたのも事実よ。
 自分で言うのもなんだけど、正直私惚れっぽいもの」

「そんで次は私ってわけ? マジで意味わっかんねー」

「私だってわからないわよ! でも、
 好きになっちゃったんだから仕方ないでしょ!?」


 プンプン怒って声を荒げながら、
チカセンがまた私の唇を塞ぐ。もう抵抗する気は起きないけど、
でも、やっぱりわからなかった。


「ねえチカセン。なんで私に固執するわけ?
 別にこんな不良物件気にしなくても、
 チカセンなら選り取り見取りっしょ?」

「幼い頃ずっと一緒に居た大切な人。
 私はずっと友達だと思ってた。
 そんな人が、『たかが10年経ったくらいで』、
 他人行儀によそよそしくなる」

「ムッとした、取り返したいと思う。
 それって普通の感覚でしょう?」


 当然のように語るチカセン。
ああ、やっぱこの女人間じゃないわ。
『たかが10年』、そう言える人間がどれだけいるか。
少なくとも私は絶対無理だ。


「……はぁ。それ、全然フツーじゃないよ。
 『人間』はさ、時間が経つだけで想いが風化すんの」

「揺杏はそう考えるのね。なら、余計に離れるつもりはないわ」

「…………はいはい、今度こそマジでギブアップ。
 んでどーすんの? マジで『不自然な肉欲』やっちゃうわけ?」


 『ユダの手紙6節』。
堕天して人を愛するようになった天使達が、
その不自然な肉欲を理由に神の怒りを買い、
暗闇に閉じ込められた事を指すものだ。

 実際の行動を描いたのは『創世記の第6章』、
でもチカセンはあえてユダの手紙を選んだ。
意志を表明するためだろう。
『罪を犯す』つもりなわけだ、『罰せられようと覚悟の上』で。


「え、えーと。正直ノリと勢いで言っちゃったから、
 そこまでするのは怖いかも」


 私は思わず肩をすくめる。まあチカセンじゃあそんなところだろう。
何しろキスであのざまだ、そもそも『やり方』を知ってるかすら怪しい。


「はぁ……そんなだから『天使』なんだよ。
 穢れがなくて羨ましいね」

「ねえ、いい加減教えてよ。私の一体何が『天使』で、
 揺杏はどうして『人間』なの?」

「……気持ちや考えをごまかさない事さ。
 なんやかんや理由をつけて、自分の気持ちをひた隠す、
 そういうズルさがまるで無い。
 ていうかマジで人間なの? 普通ちょっとは隠さない?」

「好きで『こんな』なわけじゃないわよ……
 私だって隠せるものなら隠したいわ」


 まあでも今は素直に思える、こいつは『天使』のままでいい。
何しろこっちがひねくれてんだ、両方性悪じゃ拗れに拗れる。


「いいよ、チカセンはそのままで」

「ねえ、一応聞いておきたいんだけど。
 結局私はこれからも『チカセン』になるの?
 さっきは『チカ』って呼ぶって言ってたけど」

「……チカセンはどっちがいい? 今なら好きな方に合わせるよ」


 チカセンは少し俯き考えこんで。
でも、すぐに顔を上げ笑顔を見せた。



--------------------------------------------------------



「『チカセン』のままでいいわ。『チカ』だと爽と被るもの」



--------------------------------------------------------



 こうして『ちょっとしたひと悶着』はあったものの、
チカセンと私は収まるべきところに収まった。

 『かつての幼馴染』でもなけりゃ、
『関係の冷えた元幼馴染』でもなくて。
蓋を開いてみれば『恋人』。いやマジどうしてこうなった?

 私が中二だった頃、チカセンと爽は再会を遂げた。
そして私達の知らないうちに、
『同じ学校目指そうね?』だなんて、
気持ちを通じ合わせたわけだ。

 先駆者同士でくっついた、
その時点でもう『ハッピーエンド』だったろう。
後追いの『しもべ』が付け入る余地なんてなかったはずだ。

 なんて事をこぼしたら、チカセンは思いっきりため息を吐いた。
『揺杏も全然わかってないわね』、いかにもそう言いたげに。


「揺杏って、なんでそんなに自己評価が低いの?」

「偉大な先輩のおかげでしょ。で、
 私の質問には答えてくれないわけ?」

「はぁ……あのね揺杏。
 貴女は自分の事を『爽のしもべ』か何かで、
 盲目に従ってたつもりかもしれないけれど。
 それって普通に勘違いなのよ?」

「そう? でも私が爽に合わせて学校選んだのは事実じゃん」

「それはそうだけど、それって結局『爽を選んだ』わけじゃない。
 後追いする方だって、誰を愛するのか選ぶ権利があるわ。
 後追いされなかった方は『捨てられた』って事よ。つまり――」


「私は一度、小学校で貴女に捨てられたの」


 目を見張る。正直その発想はなかった。
いやでも仕方なかったじゃん? 進学先を決めたのは親、
私がチカセンを排除したわけじゃない。


「わかってるわよ、だから小学校の事は不問にするわ。
 でもね、その後の展開が最悪でしょう?
 せっかく高校で再会できたのに、爽には昔のまま懐いてて、
 私にはそっけなくなってるんだもの」

「『許せない』って思ったわ。
 絶対私の方を振り向かせて見せるって思った」


 めらめらと、チカセンの目で炎が燃える。
どこまでも素直な『ヤキモチ』の光。
その熱量にたじろいで、そのまっすぐさを羨んで――。
でも、私はやっぱりそれを躱した。


「めんどくさ。ちょっと愛が重過ぎない?」

「揺杏こそめんどくさいでしょ!?
 ここまで真摯に話してるんだから、
 ちょっとくらい素直な気持ちを聞かせてくれない!?」

「あいにく私の感情は、数行で語れるほど簡単じゃないんでー」

「だったら数時間でも語ってよ!
 ボイレコで撮って何度でも聞くわ!」

「おっっも。正直引くわ」

「ああもう!!!」


 地団駄を踏むチカセンを見て、自然と頬が緩んでいく。
ああそうだ、これでいい。私はこんな感じでいいんだ。

 自分の事がどうしようもなく嫌いだった。
ひねくれもので、スレていて、常に本心をひた隠す。
いつも先駆者の後追いで、自分らしさが何もない。

 でも、最近ようやくわかってきた。
この鬱陶しさが『私らしさ』で、だからこそ、
この人を捕まえられたんだって。

 今なら――少しだけ自分を好きになれるかもしれない。


「ま、聞きたいなら縋りなよ。毎日しつこく詰め寄ってたら、
 ちょっとずつヒントはくれてやるからさ」

「言われなくてもそのつもりよ。全部聞き出すまで――ううん、
 全部聞き出してもやめないから覚悟して」


 だから私はこれからも、ひねくれものであり続ける。
我儘で無垢なこの天使を、ずっと自分に縛り付けるために。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2019年11月29日 | Comment(3) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
とっても良かったです。有珠山高校がより好きになりました。
Posted by らみー at 2019年11月29日 21:42
ぷちさんは自分の聖書を持っていますか?
Posted by at 2019年12月02日 00:09
素晴らしい!けど結局墜とされちゃた。
Posted by at 2019年12月02日 09:47
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