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【咲-Saki-SS:淡咲】 淡「叩き潰されて始まる愛」【共依存】
<あらすじ>
インターハイの決勝戦で、宮永咲と対峙した大星淡。
『叩き潰す』、そう宣言された淡は憤るも、
彼女が持つ苛烈な感情に興味を覚える。
戦いは終わり、その後宮永咲は廃人と化した。
でも、なぜか淡は彼女の事が気になって――。
<登場人物>
大星淡,宮永咲,宮永照
<症状>
・狂気
・廃人
・執着
・共依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・淡咲
--------------------------------------------------------
正直最初は興味がなかった。
私こと大星淡が好きなのは、他でもない宮永照で。
宮永咲は『彼女の妹』、それ以上でもそれ以下でもなかった。
認識が塗り替えられたのは、インターハイの決勝戦。
サキのドロついた瞳に捕らえられたその時だ。
(何その目。正直すっごいムカつくんですけど?)
彼女が纏う感情は憎悪。視線で人を殺せたならば、
私は絶命していただろう。それほどまでに苛烈な敵意が、
私の喉元に突き付けられていた。
なのに私を見ていない、瞳は私を映していない。
まるで私の後ろに佇む、『別の誰か』を見ているような。
失礼にも程がある。殺気をぶつけておきながら、
『私自体には興味がない』、そう宣言したようなものだから。
「理由はわかんないけどさ、随分私が嫌いみたいだね」
「貴女に恨みはありません、でもごめんなさい。
私の自分勝手な理由で、叩き潰させてもらいます」
「やれるものならご自由に。でも、
簡単に勝てると思ったら大間違いだよ?」
不意に口角が吊り上がる。
どうやらこの宮永妹、姉より随分獰猛らしい。
その意気やよし。こちらこそ潰しがいがあるってものだ。
「何しろ今日の私はビックバン淡だからね!」
私は宇宙を展開すると、彼女ごと卓を飲み込んだ。
周囲を夜が支配して、数多の星が瞬き始める――。
--------------------------------------------------------
思いの強さに牌は応える。
よく聞く陳腐な言葉だけれど、特に疑う事はなかった。
でも『あれ』だけは違うと思う。
宮永咲が積み上げた思いは、
もはや私達のそれとは一線を画していた。
牌が怯えていた気すらする。
他人の思いなどまるで解さず、ただ強引に、
どこまでも自分の気持ちを押し付ける。
そんな彼女の麻雀は、確かに圧倒的ではある。
でも、どこまでも冷たくて寒気がした。
『試合終了!!』
ブザーと共に試合が終わる。
宣言通り叩き潰された私を視界に入れる事もなく、
彼女は何かを待ち続けていた。
『何かを成し遂げた子供』のような。
『ご褒美』が与えられる時を待ち望むかのように、
彼女は扉を見つめ続ける。
果たして『それ』はやってきた。
勢いよく扉が開かれ、テルが対局場に飛び込んでくる。
宮永咲が目を輝かせた。
でも、彼女の筋書き通りだったのはそこまでだ。
「淡! 大丈夫!?」
テルは妹には目もくれず、
一目散に私のもとへと駆け寄って来た。
私の肩に腕を回し、包みこむように抱き締める。
妹の目から光が消えた。
何もかも零れ落ちたような、真っ黒だけが残される。
でも、その変化に姉が気づく事はない。
「……行こう。淡はよく頑張った」
私は照の肩を借り、抜け殻のままで舞台を降りる。
そして対する宮永咲は――。
--------------------------------------------------------
それきり、もう動く事はなかった。
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叩き潰され私は負けた。
それは彼女の筋書き通り。でも妹は褒美をもらえず、
声を掛けてすらもらえなかった。
椅子から立ち上がる瞬間、サキの顔が視界に入った。
一切の感情が抜け落ちたような、希望が失われた表情。
試合からもう数日が経過しているのに、
彼女の顔が頭から離れてくれない。
周りは惨敗した私を心配してくれたけど、
正直そっちはどうでもよかった。
いや凹みはしたけれど、あくまで勝負の結果なわけで。
物理的に殴られたわけでもなし、単に私の力が足りなかっただけだ。
だから、あの子を恨んだりはしていない。
むしろ妙に気になった。試合前後の反応を見るに、
あの子はテルに何かを期待していたはずだ。
テルは完全に無視したけれど。
そもそも二人は血縁関係。栄光を手にした妹に、
声一つ掛けないのは明らかに異常だ。
一体二人の間にはどんな闇が潜んでいるのだろう。
「ねえテル。一体サキと何があったの?」
「……そうだね。淡も被害者になった以上、
真実を知る権利があるか」
前から気になっていた真相。
誰にも明かされていなかったそれは、
案外あっさり教えてもらえた。
そしてテルが語り始める。話が進んでいくうちに、
自然と唇を噛みしめていた。
「――というわけで宮永家は崩壊した。
今は長野と東京で別居中。
このままならおそらく離婚だろうね」
悪人のいない悪夢がそこにあった。
不運がいくつも重なって、やがて大きな災厄となる。
あえて原因を追及するなら、幼いサキの『過失』なのだろう。
でも、彼女は当時まだ幼かったわけで、
どうして責められるだろうか。
いや、テルは責めたのかもしれない。
そしておそらくは、それが大きな亀裂を生んでいる。
「テルはサキの事怒ってるの?」
「ううん。むしろ申し訳ないと思ってる」
「だったらそう言えばいいんじゃない?」
「そうだね、理屈の上ではその通りだよ。でも――」
--------------------------------------------------------
「もう、何もかもが遅過ぎる」
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普段から本能のまま動く私からすれば。
事件の悲惨さはさておいて、解決は難しくないと思えた。
(へ、なんでそうなるの? 今からでも言えばいいじゃん)
だって明確な罪人は不在、
しかもお互いに思いあっているわけで。
素直な気持ちを打ち明ければいい、
ただそれだけの事じゃないか。
「よーしわかった、そういう事なら一肌脱ぎましょう!」
不器用で口下手な姉妹のために、
この大星淡が仲介役になってやろうではないか。
強引に二人を結び付けてやる。
きっかけさえ用意すれば、あっさり解決するはずだ。
「淡……」
テルは何かを言おうとして、でも眉を顰めたまま沈黙した。
菫先輩を除けば人を頼らないテルの事、
後輩を頼るのは気が咎めるんだろう。
でも、正直テルに任せておいても解決しそうにないのも事実だ。
「なーに大丈夫まっかせといて!
こーゆーのはむしろ部外者が介入した方が上手くいくんだって!」
私は大きな胸を張り、根拠のない自信で鼻息を鳴らす――。
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なんて、意気込む私は知らなかった。
人の思いは単純ではなく。
一度狂った歯車は、そう簡単には戻らない事を。
そして、それを無理やり元に戻そうとすれば――、
逆に、致命的に壊してしまう可能性がある事を。
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その時の私は、知らなかったんだ。
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動くのが少し遅過ぎた。
真相を知ったのがせめて決勝前だったら、
結果は違っていたかもしれない。
でも全てが遅過ぎた。とりあえず様子を見に来た清澄高校、
そこにサキの姿はなく。元部長に尋ねてみたら、
今は精神病院の閉鎖病棟にいるとの事だった。
「『ああ』なったらもう打つ手はないわ。
時間が癒してくれるのを祈るしかないわね」
遠い目で語る元部長、彼女もどこか壊れているように見える。
でもごめんなさい、今は関わっている余裕がない。
教えてもらった病院へと向かう。面会自体は簡単にできた。
でも車椅子に乗って登場したサキを見て、私は恐怖で言葉を失う。
そこに転がっていたのは『物体』。
もはや生きているとは言い難かった。
「……お、お久しぶり。なんか凄い事になってるね」
「……」
「決勝ではお世話になったね。でもあの時とは別人みたい」
「……」
「一応話は聞いたけどさ、やっぱテルとの事が原因?」
「……」
駄目だ。何を言っても返事がない。
車椅子に乗った宮永咲は、虚ろな視線を空に投げ出し、
そもそも言葉が聞こえているかすら怪しかった。
「あ、あのさ! テルから聞いてきたんだけどね、
別にサキの事怒ってないらしいよ?」
「ただ、どう声を掛ければいいかわからなかったって。
ほら、あれでテルも口下手だからさ!」
「菫には結構辛辣なのにねー、あは、あはは」
「……」
何を言ってもなしのつぶて。
次第に私は重苦しい絶望に囚われ始める。
改めて思い知らされた。
一度失われてしまった絆は、チャンスは、
そう簡単に取り戻せるものではないのだと。
ふと照の言葉が脳裏をよぎった。
『もう、何もかもが遅過ぎる』
焦燥に駆られ始める。
糸の切れた人形のように沈黙を守るサキを前に、
私だけが口を回し続けた。
どんなに言葉を絞り出しても、サキの心には届かない。
どうする? どうすれば、サキの心に灯を灯せる?
ああ、あの時の苛烈な視線が酷く恋しい。
今覚えば既にあの時、私は壊されていたのかもしれない。
能面のサキを見たくなかった、とにかく感情を生み出したい。
たとえそれが――私の身を焼くほどの『憎しみ』であっても。
そんな思いに駆られた私は、
取り返しのつかない過ちを犯してしまった。
「…………ふーん。何を話しても返事はなしかぁ。
もう完全に廃人なんだね」
「ま、それならそれで都合がいいや。
じゃあ、テルは私がもらってもいいよね?」
「あなたはここで、ずっと廃人してるといいよ!」
僅かに、本当に僅かにでも確実に。
憎しみの炎がサキに宿る。
チャンスだ、私は一気にまくし立てた。
「いやーありがたいよ勝手に自滅してくれてさー。
おかげで私、今は『妹みたいに』可愛がってもらえてるし!」
「ホントサキのおかげだよ!
ありがとね、一人で暴走してくれて!」
琴線をつま弾いたのだろう、
サキの纏う憎悪の炎が、瞬く間にその激しさを増す。
その苛烈さに思わず身震い、でもなぜか恍惚を覚えながら、
私はさらに油を注いだ。
「でもさー。やっぱりテルとしては、
サキの事が気になるみたいなんだよねー」
「ほら私って根は善人じゃん?
だから二人の仲を取り持ってあげようとか思ったんだけど?
でも肝心のサキはもう、
真面目に生きるつもりもないみたいだしー」
「だ、か、らぁー」
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「いっそ死んでくれないかな?
今のサキが生きてても、テルの邪魔にしかならないから」
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「そしたら私が……『唯一無二の妹』になれるからさ!」
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サキが突然立ち上がる。そして私に掴みかかると、
首をギリギリと締め付け始めた。
固唾をのんで動向を見守っていた職員が仰天、
慌ててサキを取り押さえる。
私はゴホゴホ咳をした。圧迫された気道が苦しい、
相当強く絞められたのだろう。
口の中に血の味が広がっていくような気すらした。
それで今日の面会はおしまい。
サキは強制退場となり、私も丁重に追い出される。
「面倒な事になっちゃってごめんなさい」
「いえ。貴女の意図はわかりましたから」
「また来てもいいですか?」
「…………はい、お待ちしています」
後から聞いた話によると。
サキが感情を吐き出したのは、これが初めてだったらしい。
それが負の感情とは言え、大きく一歩前進だった。
病院もそれがわかってる。だからこそ出禁を食らう事はなく、
私は今後も足繁く病院に通う事になる。
人形として転がるよりは、嫉妬に狂う方がまし。
それはもちろん確かな事実。
(……そうだよ、これでよかったんだ)
私は自分に言い聞かせ、『目標を下方修正』してしまった。
そしてこの悪癖は、今後も頻繁に繰り返される事になる。
そうして辿り着くだろう『ゴール』は、
当初の目論見とはまるで違う、
『別の何か』に変わり果ててしまうのだけれど――。
そんな単純な事実すら、私は気づく事ができなかった。
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半年が経過した。
月日が私達の関係を変化させていく。
今の二人の関係を、一言で表すなら『不倶戴天』。
私はサキにとって唯一無二の、
『叩き潰すべき相手』になっていた。
それでも酷く皮肉な事に、私への憎しみを募らせる事で
病状が改善していったのも事実。
物体に過ぎなかったサキが意志を持つようになってきた。
自分で考え言葉を話し、感情を発露するようになったのだ。
でもそれは凄く限定的で。サキの人間性が披露されるのは、
いつも私の前でだけ。本当に皮肉な事に、
サキは私を憎む時だけ、人形から人間に戻る事ができる。
「サキは本当にしぶといなぁ、
さっさと絶望して死んじゃえばいいのに」
「大星さんを殺すまでは死なないよ」
「あーはいはい、できるもんなら好きにして?
てか拘束衣着ながら凄まれたって、
全然怖くないもんねーバーカバーカ」
着地点がわからなかった。
人間らしい感情を取り戻させる事はできた。
それは確かに前進だ。でもここからどうすればいい?
袋小路にぶつかった気分だった。
(ああでも、サキの気持ちは分かった気がするよ)
きっとサキも思い悩んで、追い詰められていったんだろう。
そうして辿り着いた答えが、自分以外を排除する事だった。
『自分になり替わろうとしている白糸台の大将を叩き潰す』
『そうすれば、お姉ちゃんはまた自分を見てくれる』
そう思ったに違いない。
幸い私にはまだわかる、それが狂った結論だって。
でも。その結論に至る過程は、理解できるようになってしまった。
そして今の私なら。その狂った結論を、
『正論』に変える事ができる。
白糸台に戻るなり、私は照にまくしたてた。
「というわけでね、決勝前の状態には戻せたと思うんだ。
後は私が『叩き潰される』だけ」
「今度清澄に戻ったら、私はサキに再戦を挑む。
それでこっぴどくやられるから、テルはサキを褒めてあげて?」
「そうすれば、二人は仲直りできると思う」
黙って聞いていたテルは、でも最後には目を閉じて。
悲しそうに首を横に振った。
「淡、もう咲に関わらないで。貴女までおかしくなってきてる」
「まるで意味が分からないよ。なんで私達が仲直りするのに、
淡が傷つく必要があるの? あの子がそれを望むと言うなら、
私は仲直りなんてしなくていい」
「今の私には淡の方が大切。
お願い、貴女まであの子みたいに壊れないで」
それはある種、『私の勝利』が確定した瞬間だった。
宮永照争奪戦、私は争いに勝ったわけだ。
なのになぜだろう、私を支配したのは絶望だった。
(えっ……テル、諦めちゃうの? サキは実の妹なんだよ?)
まるで自分が見捨てられたような錯覚に囚われる。
足元が崩れ落ちていくイメージに、私は現実でも膝を折った。
(ああそっか。テルは、諦める事ができる人間なんだ)
テルは言った。『もう壊れてしまった妹』よりも、
『部活の後輩』の方が大事だと。
妹が元に戻る可能性よりも、後輩を守る方を取った。
つまりテルは捨てたんだ。大切なはずの妹を。
(だったら――いつか私も捨てられるかもしれないよね?)
恐怖に身体が凍り付く。
皮肉なものだ。妹より大切だと言われた事が、
選ばれた事が私を苦しめている。
(違うんだよ、私はそんなの求めてない。
テルには……サキを求めて欲しかったんだ)
(今更道徳にしがみついていい事あるの?
ただ私が潰れるだけで、二人は仲直りできるんだよ?)
どうしてわかってくれないの?
もはや狂い始めた私は、
『二人が仲直りできないのはテルのせい』
とすら思い始めていた。
「…………わかった、じゃあこうしよう!
テルがこの勝負を認めてくれないなら、
私は自分で自分をボコるね!」
「っ……!? なんで、どうして淡がそこまでするの?」
「わかるからだよ。あの子の気持ちが」
と言うか彼女は昔の私だ。
とにかくテルに愛されたくて、手を伸ばし続けてた。
幸い私は拾ってもらえたけど、それだってテルの気まぐれだ。
テルを病的に求めていた点で、私とサキはよく似てる。
だから私はサキを見捨てられない。
このままテルの決断を受け入れてしまえば、
将来的に自分も同じ道を辿る気がした。
「どうする? 私は絶対引かないよ?
テルがサキを拒絶するなら、結局私も潰れる事になる」
「だったら一芝居打って、さっさと仲直りした方がよくない?」
狂人と健常者、どっちが強いかなんて言うまでもない。
結局最後はテルが折れ、私は約束を取り付けた。
これでいい。後は私が叩き潰されるだけ――。
--------------------------------------------------------
そしてシーンが再現される。あの時と同じく私は潰れた。
でもそこからが違う。テルは私には目もくれず、
妹に強張った笑みを浮かべた。
サキは花が咲いたように微笑み、
姉妹は固く抱き合って、私は一人打ち捨てられて――。
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――はは。どうしてこうなっちゃったんだろう。
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穏やかな日々が戻ってきました。
お姉ちゃんが面会に来るようになって、
私の病状は一気に改善。
私はたった数ヶ月で退院して、今は二人で散歩してます。
でもどうしていきなりこうなったんだろう。
突然態度を変えた理由を、お姉ちゃんはこう語っていました。
「別に元々咲を嫌ってたわけじゃないんだ。
ただ、何を話せばいいかわからなかっただけで」
「でも、沈黙を守る事は何より罪深い事なんだって気づいた。
ここまで迷惑を掛けてまで、殻に籠るわけにはいかない」
薄笑いを浮かべるお姉ちゃん。今はまだぎこちないけれど、
いずれはその硬さも取り払われていくでしょう。
幸せ。そう私は今、間違いなく幸せなはずでした。
あの子が犠牲になったおかげで。
僅かに正気を取り戻した今、疑問に思う事がありました。
あの子はそもそも一体どうして、私に会いに来たのでしょう。
あのまま放置しておけば、私は今でも廃人のままで。
別に何もしなければ、お姉ちゃんはあの子のものになったのに。
あれ以来、私はあの子に会っていません。
会う必要もありません。欲しいものは手に入れて、
邪魔者も無事排除した。
なのにどうして、心にぽっかり穴が開いてる。
「淡の事が気になるんでしょ?」
「わかるの?」
「わかるよ。咲、ずっと上の空だから」
「あの子は今どうしてるの?」
「寮の自宅に籠ってる。学校にも出てこない。
私では手の施しようがなかった」
その言葉を聞いた時、無性に心が奮いました。
理由はよくわかりません。でも確かにこう思ったんです。
『今度は私の番だ』って。
「……咲?」
突然黙り込んだ私に、
お姉ちゃんが気遣わしげに声を掛けてきます。
私はハッと正気に戻り、お姉ちゃんに問い掛けました。
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「ねえお姉ちゃん。白糸台の寮って、部外者でも訪問できる?」
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ずっと天井を眺めてた。
何もする気になれなくて。ただ脱力感に押し潰されて、
私は今日も引きこもりとして、無駄に資源を消費している。
自分がよくわからなかった。なぜ塞ぎこむ必要がある?
一件落着とも言えたはずだった。
あれはあくまでデモンストレーション、
私とテルの関係が破壊されたわけじゃない。
二人が無事仲直りしただけ、別に困る事はないはずだ。
でも実際私は壊れ、部屋から出られないでいる。
(ううん、本当はわかってる。私は今寂しいんだ)
二人の仲直りが成った今、私がサキと接する必要はない。
その事実が酷く苦しい。
いつの間にか優先順位が替わってた。
最初はテルの憂いを取っ払うためだったのに、
今の私はテルよりも――。
『コンコン』
思考の海に沈む私を、ノックの音が引っ張り上げる。
また虎姫の誰かだろうか、何度来たって無駄なのに。
無視を決め込もうと息をひそめる。トントン叩かれ続ける扉、
いつもより随分しつこかった。
若干苛立ちを覚えていたら、相手も痺れを切らしたんだろう。
ドア越しに声を掛けられた。
「大星さん、起きてる? 私、宮永咲です。
別に居留守しててもいいけど、
管理人さんからカギを借りてるから。
勝手に中に押し入るよ?」
「強引に侵入されたくなければ、自分からドアを開けて欲しいな」
本来聞こえるはずのない声だ。
でもこの強引で自分勝手な物言いは、
まさしく今考えていたサキのもの。
(なんで私に会いに来るわけ?
せっかくテルと仲直りしたんだから、
そっちとイチャついてりゃいいじゃん)
心の声とは裏腹に、頬は自然と緩んでいく。
悟られないように強面を作り、ガチャリ。
ちょっと乱暴に扉を開いた。
「何の用?」
「今度は私の番だと思ったから。……随分酷い顔をしてるね」
「シケた顔なのはお互い様でしょ?
そっちこそなんでそんな顔なの?
またテルとケンカしちゃったとか?」
あの頃よりは幾分かまし、まだ人間味のある顔をしている。
でもその目に生気はなく、幽鬼みたいに澱んでいた。
「気づいちゃったんだ。私にとっての一番は、
いつの間にか変わってた」
「私を救ってくれたのはお姉ちゃんじゃない。
どん底に居た時に手を差し伸べてくれた大星さんなんだって」
「だから、責任取ってください」
救ってくれた相手に対し、感謝を述べるのではなく責任を求める。
このあたりがサキのサキたる所以だろう。
感覚がどこかずれている。でも残念、
今の私はこの子の気持ちがわかってしまった。
「それ、こっちのセリフだから。
私を壊した責任は、キッチリ取ってもらうかんね」
私達は微笑むと、どちらからともなく寄り添いあった――。
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今の私達の関係を、既存の言葉で表現するのは難しい。
友達? 恋人? 仇敵? 家族?
どれもちょっとずつ当てはまり、どこにもぴったり収まらない。
敢えて言うなら……『共依存』って事になるんだろう。
サキは言う。本当に助けて欲しかった時、
お姉ちゃんは助けに来てはくれなかった。
今でも憧れ尊敬はしてる、でも悟ってしまったらしい。
『この人と自分は違い過ぎる』と。
精神の死に瀕した時、サキを助けたのは私だった。
だからサキはテルよりも、私に深く依存している。
思わず大きなため息が零れた。
『救った』、確かに聞こえはいいけれど。
とどのつまり、私は道を踏み外しただけだ。
テルほど優等生にはなれず、目的のためなら非行も辞さない。
そうしてルールを踏み外し、結果サキに囚われただけ。
でもそんな『正しくない人間』だからこそ、
サキは私を気に入った。
「でもね、時々怖くなるんだ。ねえ淡ちゃん。
淡ちゃんは、どうしてここまでしてくれるの?」
何も知らないサキからすれば、私の行動は
『聖女による自己犠牲』に映るらしい。
理由もなく与えられる愛は酷く甘美で、
でもだからこそ凄く怖い。
いつその気まぐれが失われるかわからないからだ。
その気持ちはよくわかる。
だって私も、テルの気まぐれで拾われた人間だから。
だからこそ愛が失われるのが怖くって、
愛が尽きそうにないサキに溺れてしまったんだろう。
「100%善意でやってたわけじゃないよ?
あと、私は私でおかしかっただけ。
まあでもサキほどじゃなかったし、
壊した責任はちゃんと取ってね?」
「うん。責任を取って逃がさない」
サキは一本一本指を絡めて、私の手を閉じ込める。
それは言わば束縛で、普通の人なら怖がるんだろう。
で今の私には、それが嬉しく思えてしまう――。
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そして私たちは今日も生きる。
世間から後ろ指を指されるような、酷くドロついた依存の道を。
でも、もう何も怖くない。だって……。
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サキが、私から離れていくはずがないから。
(完)
インターハイの決勝戦で、宮永咲と対峙した大星淡。
『叩き潰す』、そう宣言された淡は憤るも、
彼女が持つ苛烈な感情に興味を覚える。
戦いは終わり、その後宮永咲は廃人と化した。
でも、なぜか淡は彼女の事が気になって――。
<登場人物>
大星淡,宮永咲,宮永照
<症状>
・狂気
・廃人
・執着
・共依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・淡咲
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正直最初は興味がなかった。
私こと大星淡が好きなのは、他でもない宮永照で。
宮永咲は『彼女の妹』、それ以上でもそれ以下でもなかった。
認識が塗り替えられたのは、インターハイの決勝戦。
サキのドロついた瞳に捕らえられたその時だ。
(何その目。正直すっごいムカつくんですけど?)
彼女が纏う感情は憎悪。視線で人を殺せたならば、
私は絶命していただろう。それほどまでに苛烈な敵意が、
私の喉元に突き付けられていた。
なのに私を見ていない、瞳は私を映していない。
まるで私の後ろに佇む、『別の誰か』を見ているような。
失礼にも程がある。殺気をぶつけておきながら、
『私自体には興味がない』、そう宣言したようなものだから。
「理由はわかんないけどさ、随分私が嫌いみたいだね」
「貴女に恨みはありません、でもごめんなさい。
私の自分勝手な理由で、叩き潰させてもらいます」
「やれるものならご自由に。でも、
簡単に勝てると思ったら大間違いだよ?」
不意に口角が吊り上がる。
どうやらこの宮永妹、姉より随分獰猛らしい。
その意気やよし。こちらこそ潰しがいがあるってものだ。
「何しろ今日の私はビックバン淡だからね!」
私は宇宙を展開すると、彼女ごと卓を飲み込んだ。
周囲を夜が支配して、数多の星が瞬き始める――。
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思いの強さに牌は応える。
よく聞く陳腐な言葉だけれど、特に疑う事はなかった。
でも『あれ』だけは違うと思う。
宮永咲が積み上げた思いは、
もはや私達のそれとは一線を画していた。
牌が怯えていた気すらする。
他人の思いなどまるで解さず、ただ強引に、
どこまでも自分の気持ちを押し付ける。
そんな彼女の麻雀は、確かに圧倒的ではある。
でも、どこまでも冷たくて寒気がした。
『試合終了!!』
ブザーと共に試合が終わる。
宣言通り叩き潰された私を視界に入れる事もなく、
彼女は何かを待ち続けていた。
『何かを成し遂げた子供』のような。
『ご褒美』が与えられる時を待ち望むかのように、
彼女は扉を見つめ続ける。
果たして『それ』はやってきた。
勢いよく扉が開かれ、テルが対局場に飛び込んでくる。
宮永咲が目を輝かせた。
でも、彼女の筋書き通りだったのはそこまでだ。
「淡! 大丈夫!?」
テルは妹には目もくれず、
一目散に私のもとへと駆け寄って来た。
私の肩に腕を回し、包みこむように抱き締める。
妹の目から光が消えた。
何もかも零れ落ちたような、真っ黒だけが残される。
でも、その変化に姉が気づく事はない。
「……行こう。淡はよく頑張った」
私は照の肩を借り、抜け殻のままで舞台を降りる。
そして対する宮永咲は――。
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それきり、もう動く事はなかった。
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叩き潰され私は負けた。
それは彼女の筋書き通り。でも妹は褒美をもらえず、
声を掛けてすらもらえなかった。
椅子から立ち上がる瞬間、サキの顔が視界に入った。
一切の感情が抜け落ちたような、希望が失われた表情。
試合からもう数日が経過しているのに、
彼女の顔が頭から離れてくれない。
周りは惨敗した私を心配してくれたけど、
正直そっちはどうでもよかった。
いや凹みはしたけれど、あくまで勝負の結果なわけで。
物理的に殴られたわけでもなし、単に私の力が足りなかっただけだ。
だから、あの子を恨んだりはしていない。
むしろ妙に気になった。試合前後の反応を見るに、
あの子はテルに何かを期待していたはずだ。
テルは完全に無視したけれど。
そもそも二人は血縁関係。栄光を手にした妹に、
声一つ掛けないのは明らかに異常だ。
一体二人の間にはどんな闇が潜んでいるのだろう。
「ねえテル。一体サキと何があったの?」
「……そうだね。淡も被害者になった以上、
真実を知る権利があるか」
前から気になっていた真相。
誰にも明かされていなかったそれは、
案外あっさり教えてもらえた。
そしてテルが語り始める。話が進んでいくうちに、
自然と唇を噛みしめていた。
「――というわけで宮永家は崩壊した。
今は長野と東京で別居中。
このままならおそらく離婚だろうね」
悪人のいない悪夢がそこにあった。
不運がいくつも重なって、やがて大きな災厄となる。
あえて原因を追及するなら、幼いサキの『過失』なのだろう。
でも、彼女は当時まだ幼かったわけで、
どうして責められるだろうか。
いや、テルは責めたのかもしれない。
そしておそらくは、それが大きな亀裂を生んでいる。
「テルはサキの事怒ってるの?」
「ううん。むしろ申し訳ないと思ってる」
「だったらそう言えばいいんじゃない?」
「そうだね、理屈の上ではその通りだよ。でも――」
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「もう、何もかもが遅過ぎる」
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普段から本能のまま動く私からすれば。
事件の悲惨さはさておいて、解決は難しくないと思えた。
(へ、なんでそうなるの? 今からでも言えばいいじゃん)
だって明確な罪人は不在、
しかもお互いに思いあっているわけで。
素直な気持ちを打ち明ければいい、
ただそれだけの事じゃないか。
「よーしわかった、そういう事なら一肌脱ぎましょう!」
不器用で口下手な姉妹のために、
この大星淡が仲介役になってやろうではないか。
強引に二人を結び付けてやる。
きっかけさえ用意すれば、あっさり解決するはずだ。
「淡……」
テルは何かを言おうとして、でも眉を顰めたまま沈黙した。
菫先輩を除けば人を頼らないテルの事、
後輩を頼るのは気が咎めるんだろう。
でも、正直テルに任せておいても解決しそうにないのも事実だ。
「なーに大丈夫まっかせといて!
こーゆーのはむしろ部外者が介入した方が上手くいくんだって!」
私は大きな胸を張り、根拠のない自信で鼻息を鳴らす――。
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なんて、意気込む私は知らなかった。
人の思いは単純ではなく。
一度狂った歯車は、そう簡単には戻らない事を。
そして、それを無理やり元に戻そうとすれば――、
逆に、致命的に壊してしまう可能性がある事を。
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その時の私は、知らなかったんだ。
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動くのが少し遅過ぎた。
真相を知ったのがせめて決勝前だったら、
結果は違っていたかもしれない。
でも全てが遅過ぎた。とりあえず様子を見に来た清澄高校、
そこにサキの姿はなく。元部長に尋ねてみたら、
今は精神病院の閉鎖病棟にいるとの事だった。
「『ああ』なったらもう打つ手はないわ。
時間が癒してくれるのを祈るしかないわね」
遠い目で語る元部長、彼女もどこか壊れているように見える。
でもごめんなさい、今は関わっている余裕がない。
教えてもらった病院へと向かう。面会自体は簡単にできた。
でも車椅子に乗って登場したサキを見て、私は恐怖で言葉を失う。
そこに転がっていたのは『物体』。
もはや生きているとは言い難かった。
「……お、お久しぶり。なんか凄い事になってるね」
「……」
「決勝ではお世話になったね。でもあの時とは別人みたい」
「……」
「一応話は聞いたけどさ、やっぱテルとの事が原因?」
「……」
駄目だ。何を言っても返事がない。
車椅子に乗った宮永咲は、虚ろな視線を空に投げ出し、
そもそも言葉が聞こえているかすら怪しかった。
「あ、あのさ! テルから聞いてきたんだけどね、
別にサキの事怒ってないらしいよ?」
「ただ、どう声を掛ければいいかわからなかったって。
ほら、あれでテルも口下手だからさ!」
「菫には結構辛辣なのにねー、あは、あはは」
「……」
何を言ってもなしのつぶて。
次第に私は重苦しい絶望に囚われ始める。
改めて思い知らされた。
一度失われてしまった絆は、チャンスは、
そう簡単に取り戻せるものではないのだと。
ふと照の言葉が脳裏をよぎった。
『もう、何もかもが遅過ぎる』
焦燥に駆られ始める。
糸の切れた人形のように沈黙を守るサキを前に、
私だけが口を回し続けた。
どんなに言葉を絞り出しても、サキの心には届かない。
どうする? どうすれば、サキの心に灯を灯せる?
ああ、あの時の苛烈な視線が酷く恋しい。
今覚えば既にあの時、私は壊されていたのかもしれない。
能面のサキを見たくなかった、とにかく感情を生み出したい。
たとえそれが――私の身を焼くほどの『憎しみ』であっても。
そんな思いに駆られた私は、
取り返しのつかない過ちを犯してしまった。
「…………ふーん。何を話しても返事はなしかぁ。
もう完全に廃人なんだね」
「ま、それならそれで都合がいいや。
じゃあ、テルは私がもらってもいいよね?」
「あなたはここで、ずっと廃人してるといいよ!」
僅かに、本当に僅かにでも確実に。
憎しみの炎がサキに宿る。
チャンスだ、私は一気にまくし立てた。
「いやーありがたいよ勝手に自滅してくれてさー。
おかげで私、今は『妹みたいに』可愛がってもらえてるし!」
「ホントサキのおかげだよ!
ありがとね、一人で暴走してくれて!」
琴線をつま弾いたのだろう、
サキの纏う憎悪の炎が、瞬く間にその激しさを増す。
その苛烈さに思わず身震い、でもなぜか恍惚を覚えながら、
私はさらに油を注いだ。
「でもさー。やっぱりテルとしては、
サキの事が気になるみたいなんだよねー」
「ほら私って根は善人じゃん?
だから二人の仲を取り持ってあげようとか思ったんだけど?
でも肝心のサキはもう、
真面目に生きるつもりもないみたいだしー」
「だ、か、らぁー」
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「いっそ死んでくれないかな?
今のサキが生きてても、テルの邪魔にしかならないから」
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「そしたら私が……『唯一無二の妹』になれるからさ!」
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サキが突然立ち上がる。そして私に掴みかかると、
首をギリギリと締め付け始めた。
固唾をのんで動向を見守っていた職員が仰天、
慌ててサキを取り押さえる。
私はゴホゴホ咳をした。圧迫された気道が苦しい、
相当強く絞められたのだろう。
口の中に血の味が広がっていくような気すらした。
それで今日の面会はおしまい。
サキは強制退場となり、私も丁重に追い出される。
「面倒な事になっちゃってごめんなさい」
「いえ。貴女の意図はわかりましたから」
「また来てもいいですか?」
「…………はい、お待ちしています」
後から聞いた話によると。
サキが感情を吐き出したのは、これが初めてだったらしい。
それが負の感情とは言え、大きく一歩前進だった。
病院もそれがわかってる。だからこそ出禁を食らう事はなく、
私は今後も足繁く病院に通う事になる。
人形として転がるよりは、嫉妬に狂う方がまし。
それはもちろん確かな事実。
(……そうだよ、これでよかったんだ)
私は自分に言い聞かせ、『目標を下方修正』してしまった。
そしてこの悪癖は、今後も頻繁に繰り返される事になる。
そうして辿り着くだろう『ゴール』は、
当初の目論見とはまるで違う、
『別の何か』に変わり果ててしまうのだけれど――。
そんな単純な事実すら、私は気づく事ができなかった。
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半年が経過した。
月日が私達の関係を変化させていく。
今の二人の関係を、一言で表すなら『不倶戴天』。
私はサキにとって唯一無二の、
『叩き潰すべき相手』になっていた。
それでも酷く皮肉な事に、私への憎しみを募らせる事で
病状が改善していったのも事実。
物体に過ぎなかったサキが意志を持つようになってきた。
自分で考え言葉を話し、感情を発露するようになったのだ。
でもそれは凄く限定的で。サキの人間性が披露されるのは、
いつも私の前でだけ。本当に皮肉な事に、
サキは私を憎む時だけ、人形から人間に戻る事ができる。
「サキは本当にしぶといなぁ、
さっさと絶望して死んじゃえばいいのに」
「大星さんを殺すまでは死なないよ」
「あーはいはい、できるもんなら好きにして?
てか拘束衣着ながら凄まれたって、
全然怖くないもんねーバーカバーカ」
着地点がわからなかった。
人間らしい感情を取り戻させる事はできた。
それは確かに前進だ。でもここからどうすればいい?
袋小路にぶつかった気分だった。
(ああでも、サキの気持ちは分かった気がするよ)
きっとサキも思い悩んで、追い詰められていったんだろう。
そうして辿り着いた答えが、自分以外を排除する事だった。
『自分になり替わろうとしている白糸台の大将を叩き潰す』
『そうすれば、お姉ちゃんはまた自分を見てくれる』
そう思ったに違いない。
幸い私にはまだわかる、それが狂った結論だって。
でも。その結論に至る過程は、理解できるようになってしまった。
そして今の私なら。その狂った結論を、
『正論』に変える事ができる。
白糸台に戻るなり、私は照にまくしたてた。
「というわけでね、決勝前の状態には戻せたと思うんだ。
後は私が『叩き潰される』だけ」
「今度清澄に戻ったら、私はサキに再戦を挑む。
それでこっぴどくやられるから、テルはサキを褒めてあげて?」
「そうすれば、二人は仲直りできると思う」
黙って聞いていたテルは、でも最後には目を閉じて。
悲しそうに首を横に振った。
「淡、もう咲に関わらないで。貴女までおかしくなってきてる」
「まるで意味が分からないよ。なんで私達が仲直りするのに、
淡が傷つく必要があるの? あの子がそれを望むと言うなら、
私は仲直りなんてしなくていい」
「今の私には淡の方が大切。
お願い、貴女まであの子みたいに壊れないで」
それはある種、『私の勝利』が確定した瞬間だった。
宮永照争奪戦、私は争いに勝ったわけだ。
なのになぜだろう、私を支配したのは絶望だった。
(えっ……テル、諦めちゃうの? サキは実の妹なんだよ?)
まるで自分が見捨てられたような錯覚に囚われる。
足元が崩れ落ちていくイメージに、私は現実でも膝を折った。
(ああそっか。テルは、諦める事ができる人間なんだ)
テルは言った。『もう壊れてしまった妹』よりも、
『部活の後輩』の方が大事だと。
妹が元に戻る可能性よりも、後輩を守る方を取った。
つまりテルは捨てたんだ。大切なはずの妹を。
(だったら――いつか私も捨てられるかもしれないよね?)
恐怖に身体が凍り付く。
皮肉なものだ。妹より大切だと言われた事が、
選ばれた事が私を苦しめている。
(違うんだよ、私はそんなの求めてない。
テルには……サキを求めて欲しかったんだ)
(今更道徳にしがみついていい事あるの?
ただ私が潰れるだけで、二人は仲直りできるんだよ?)
どうしてわかってくれないの?
もはや狂い始めた私は、
『二人が仲直りできないのはテルのせい』
とすら思い始めていた。
「…………わかった、じゃあこうしよう!
テルがこの勝負を認めてくれないなら、
私は自分で自分をボコるね!」
「っ……!? なんで、どうして淡がそこまでするの?」
「わかるからだよ。あの子の気持ちが」
と言うか彼女は昔の私だ。
とにかくテルに愛されたくて、手を伸ばし続けてた。
幸い私は拾ってもらえたけど、それだってテルの気まぐれだ。
テルを病的に求めていた点で、私とサキはよく似てる。
だから私はサキを見捨てられない。
このままテルの決断を受け入れてしまえば、
将来的に自分も同じ道を辿る気がした。
「どうする? 私は絶対引かないよ?
テルがサキを拒絶するなら、結局私も潰れる事になる」
「だったら一芝居打って、さっさと仲直りした方がよくない?」
狂人と健常者、どっちが強いかなんて言うまでもない。
結局最後はテルが折れ、私は約束を取り付けた。
これでいい。後は私が叩き潰されるだけ――。
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そしてシーンが再現される。あの時と同じく私は潰れた。
でもそこからが違う。テルは私には目もくれず、
妹に強張った笑みを浮かべた。
サキは花が咲いたように微笑み、
姉妹は固く抱き合って、私は一人打ち捨てられて――。
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――はは。どうしてこうなっちゃったんだろう。
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穏やかな日々が戻ってきました。
お姉ちゃんが面会に来るようになって、
私の病状は一気に改善。
私はたった数ヶ月で退院して、今は二人で散歩してます。
でもどうしていきなりこうなったんだろう。
突然態度を変えた理由を、お姉ちゃんはこう語っていました。
「別に元々咲を嫌ってたわけじゃないんだ。
ただ、何を話せばいいかわからなかっただけで」
「でも、沈黙を守る事は何より罪深い事なんだって気づいた。
ここまで迷惑を掛けてまで、殻に籠るわけにはいかない」
薄笑いを浮かべるお姉ちゃん。今はまだぎこちないけれど、
いずれはその硬さも取り払われていくでしょう。
幸せ。そう私は今、間違いなく幸せなはずでした。
あの子が犠牲になったおかげで。
僅かに正気を取り戻した今、疑問に思う事がありました。
あの子はそもそも一体どうして、私に会いに来たのでしょう。
あのまま放置しておけば、私は今でも廃人のままで。
別に何もしなければ、お姉ちゃんはあの子のものになったのに。
あれ以来、私はあの子に会っていません。
会う必要もありません。欲しいものは手に入れて、
邪魔者も無事排除した。
なのにどうして、心にぽっかり穴が開いてる。
「淡の事が気になるんでしょ?」
「わかるの?」
「わかるよ。咲、ずっと上の空だから」
「あの子は今どうしてるの?」
「寮の自宅に籠ってる。学校にも出てこない。
私では手の施しようがなかった」
その言葉を聞いた時、無性に心が奮いました。
理由はよくわかりません。でも確かにこう思ったんです。
『今度は私の番だ』って。
「……咲?」
突然黙り込んだ私に、
お姉ちゃんが気遣わしげに声を掛けてきます。
私はハッと正気に戻り、お姉ちゃんに問い掛けました。
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「ねえお姉ちゃん。白糸台の寮って、部外者でも訪問できる?」
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ずっと天井を眺めてた。
何もする気になれなくて。ただ脱力感に押し潰されて、
私は今日も引きこもりとして、無駄に資源を消費している。
自分がよくわからなかった。なぜ塞ぎこむ必要がある?
一件落着とも言えたはずだった。
あれはあくまでデモンストレーション、
私とテルの関係が破壊されたわけじゃない。
二人が無事仲直りしただけ、別に困る事はないはずだ。
でも実際私は壊れ、部屋から出られないでいる。
(ううん、本当はわかってる。私は今寂しいんだ)
二人の仲直りが成った今、私がサキと接する必要はない。
その事実が酷く苦しい。
いつの間にか優先順位が替わってた。
最初はテルの憂いを取っ払うためだったのに、
今の私はテルよりも――。
『コンコン』
思考の海に沈む私を、ノックの音が引っ張り上げる。
また虎姫の誰かだろうか、何度来たって無駄なのに。
無視を決め込もうと息をひそめる。トントン叩かれ続ける扉、
いつもより随分しつこかった。
若干苛立ちを覚えていたら、相手も痺れを切らしたんだろう。
ドア越しに声を掛けられた。
「大星さん、起きてる? 私、宮永咲です。
別に居留守しててもいいけど、
管理人さんからカギを借りてるから。
勝手に中に押し入るよ?」
「強引に侵入されたくなければ、自分からドアを開けて欲しいな」
本来聞こえるはずのない声だ。
でもこの強引で自分勝手な物言いは、
まさしく今考えていたサキのもの。
(なんで私に会いに来るわけ?
せっかくテルと仲直りしたんだから、
そっちとイチャついてりゃいいじゃん)
心の声とは裏腹に、頬は自然と緩んでいく。
悟られないように強面を作り、ガチャリ。
ちょっと乱暴に扉を開いた。
「何の用?」
「今度は私の番だと思ったから。……随分酷い顔をしてるね」
「シケた顔なのはお互い様でしょ?
そっちこそなんでそんな顔なの?
またテルとケンカしちゃったとか?」
あの頃よりは幾分かまし、まだ人間味のある顔をしている。
でもその目に生気はなく、幽鬼みたいに澱んでいた。
「気づいちゃったんだ。私にとっての一番は、
いつの間にか変わってた」
「私を救ってくれたのはお姉ちゃんじゃない。
どん底に居た時に手を差し伸べてくれた大星さんなんだって」
「だから、責任取ってください」
救ってくれた相手に対し、感謝を述べるのではなく責任を求める。
このあたりがサキのサキたる所以だろう。
感覚がどこかずれている。でも残念、
今の私はこの子の気持ちがわかってしまった。
「それ、こっちのセリフだから。
私を壊した責任は、キッチリ取ってもらうかんね」
私達は微笑むと、どちらからともなく寄り添いあった――。
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今の私達の関係を、既存の言葉で表現するのは難しい。
友達? 恋人? 仇敵? 家族?
どれもちょっとずつ当てはまり、どこにもぴったり収まらない。
敢えて言うなら……『共依存』って事になるんだろう。
サキは言う。本当に助けて欲しかった時、
お姉ちゃんは助けに来てはくれなかった。
今でも憧れ尊敬はしてる、でも悟ってしまったらしい。
『この人と自分は違い過ぎる』と。
精神の死に瀕した時、サキを助けたのは私だった。
だからサキはテルよりも、私に深く依存している。
思わず大きなため息が零れた。
『救った』、確かに聞こえはいいけれど。
とどのつまり、私は道を踏み外しただけだ。
テルほど優等生にはなれず、目的のためなら非行も辞さない。
そうしてルールを踏み外し、結果サキに囚われただけ。
でもそんな『正しくない人間』だからこそ、
サキは私を気に入った。
「でもね、時々怖くなるんだ。ねえ淡ちゃん。
淡ちゃんは、どうしてここまでしてくれるの?」
何も知らないサキからすれば、私の行動は
『聖女による自己犠牲』に映るらしい。
理由もなく与えられる愛は酷く甘美で、
でもだからこそ凄く怖い。
いつその気まぐれが失われるかわからないからだ。
その気持ちはよくわかる。
だって私も、テルの気まぐれで拾われた人間だから。
だからこそ愛が失われるのが怖くって、
愛が尽きそうにないサキに溺れてしまったんだろう。
「100%善意でやってたわけじゃないよ?
あと、私は私でおかしかっただけ。
まあでもサキほどじゃなかったし、
壊した責任はちゃんと取ってね?」
「うん。責任を取って逃がさない」
サキは一本一本指を絡めて、私の手を閉じ込める。
それは言わば束縛で、普通の人なら怖がるんだろう。
で今の私には、それが嬉しく思えてしまう――。
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そして私たちは今日も生きる。
世間から後ろ指を指されるような、酷くドロついた依存の道を。
でも、もう何も怖くない。だって……。
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サキが、私から離れていくはずがないから。
(完)
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2人の互いを求める共依存はなかなかでした。
それ自体が愛の証であるが故、多少過激になっても許されてしまう不思議!
淡咲はあまあまのものばかり読んできたので新鮮で面白かったです!
ありがとうございました!
2人の互いを求める共依存はなかなか>
照「現状二人の接点はないんだけど、
共通点は多いんだよね」
咲「お姉ちゃんに褒められたいって願望は
淡ちゃんも同じだしね。
根っこは同じ病気だと思う」
淡「それがお互いに向いちゃうと
手遅れになるなーってお話でした!」
壊し壊されが共依存>
咲「正しい意味での共依存って感じがしますね。
壊される事で存在意義を見出すというか」
淡「DVとかだと流石にアウトだけど……
このくらいならセーフじゃないかな?」
淡咲はあまあまのものばかり>
咲「むしろ淡ちゃんと私であまあまって
気になりますね」
淡「仲良くなればいい感じになるんじゃない?
テルの話で盛り上がりそう!」