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『FANBOX限定公開(オリジナル百合)』『貴女だけがわたしの正義』

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<あらすじ>
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コボルドクイーン。
一見すれば人間の少女と見まがうその存在は、
人間にとって『災厄』の象徴だった。
知能の低いコボルドを纏め、大規模な戦争を引き起こすからだ。

ゆえに、彼女達は見つかり次第殺される。
『生まれてきてはいけない存在』だから。

それでも彼女は歯を食いしばり、仲間のために生き続ける。
『本当はもう死にたい』、そう言いながら生を懇願する彼女を前に、
『討伐者』は揺れ動く。彼女をここで殺す事は、
本当に『正義』と呼べるのか?
善悪の定義に悩む二人の行く末は、果たして――。


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<登場人物>
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女冒険者、コボルドクイーン

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<症状>
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・共依存(重度)
・狂気

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<その他>
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管理人が夢で見たシリーズです。
ちなみに夢で見た時は自分がコボルドクイーンでした辛い。

※冗談抜きで私が見た夢ほぼそのままなので、
 複雑な話ではありません。
 雰囲気を楽しんでもらえれば幸いです。

※オリジナル百合はFANBOX限定公開となりました。
 本ブログでは途中までお読みいただけます。


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<本編>
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 一寸の虫にも五分の魂。
遠い遠い東の国には、そんな言葉があるらしい。

 だからといって虫は虫。
『虫けら』が『人』と釣り合うはずなく、
人は皆、眉一つ動かす事無く命を摘み取る。

 弱肉強食。この世界は強さが全て。
強い者が法となり、秩序を作って支配する。
善悪を好き勝手定義して、『悪』を押し付け虐げる。

 ボクは『善』の側だった。
『だった』、なんて過去形が示す通り、今は虐げられている。

それでも。もしボクが、かつての立場を取り戻せるなら。
強権を行使できるなら――。


◆ ◇ ◆


 『彼女』を殺した者全員に、酷く苦痛に満ちた死を。


◆ ◇ ◆


 コボルド退治。

 本来なら駆け出し冒険者が請け負うその依頼は、
なぜか法外な報酬を掛けられていた。

「と言うわけで、このヤマはお前さんに頼みたい」

「いやいやマスター、その年でもうボケたのかい?
 ボクはもう上級レベルだよ?
 そういう仕事はほら――あっちの『駆け出し』に回しなよ」

「お前さんで3回目なんだよ。
 最初は『駆け出し』、次は『中級』に仕事を回した。
 結果は同じだ。どちらも全滅」

「…………もしかして、『クイーン』が居るのかい?」

「十中八九間違いなくな。だとすれば、
 うちもエースを出さなきゃならない。
 虎の子のヴァルキリー様をな」

「……その名で呼ぶのはやめて欲しいな。ボクは女を捨てたんだ」

「すまんすまん。だがこれで理由はわかったろ?
 出し惜しみしてる場合じゃないんだ」

 瞳を閉じて首肯した。彼の言い分は正しいだろう。
もし本当にクイーンが居るなら、人類存亡に関わる危機だ。
少しでも早く潰さなければ――。



◆ ◇ ◆

 ボクはすぐさま準備を整え、奴らの根城に直行した。
住処に到着してすぐに、見張りのコボルドが襲い掛かってくる。
油断なくそれを切り捨てて、ボクは巣穴を睨みつけた。

(……妙に統率が取れている。本当にクイーンが居そうだな)

 コボルド。またの名をゴブリン。
人間界に生息する中では最弱の魔物だ。

 精霊が歪んだ末路だとする説もあれば、
犬が二足歩行を覚えて知能を得た、とする説もある。
起源はわからないけれど、まあ幼児程度の知能を持つ
亜人間を想像すれば問題ない。

 人間と同じく集落を作る性質があり、しばしば人間と衝突する。
でも大半の個体は弱い。だから冒険者に依頼をすれば、
駆け出しでもまず問題なく駆除できる。
そう、『クイーン』さえ居なければ。

 極々まれにではあるが。
冒険者がコボルドに全滅させられるケースがあった。
ひよっこはもちろん、街中に名を知られるようなベテランでさえも。
このような場合には、まず間違いなく『クイーン』が居る。

(クイーンか。確か、人間と見た目はほとんど変わらないんだよね?)

 それは言わば『突然変異』。先祖が人間を犯したのだろう、
極めて人に近いメスが生まれる事がある。

 人との違いはごく僅か。
犬っぽい耳やしっぽが付け足されるくらいだ。
深めのフードを被ってしまえば、人間だと騙し通せる程。

 この個体は人間と比較しても高い知能を持ち、
支配者としてコボルド達を統治する。
ゆえにクイーン。人にとって脅威となりうる最悪の存在。
見つけたら即討伐。集落は皆殺しにするのがセオリーだった。

(…………だけど)

 一匹一匹切り落としていくにつれ、心に迷いが生じていく。

 コボルド達は皆が皆、前のめりに倒れて行った。
本来あり得ない事だ。獣に近いコボルドは、
相手の強さを敏感に察知する。

 相手が強ければ即逃亡、それが彼らの基本戦法。
なのに。全ての個体が逃げる事なく立ちはだかってくる。
何かを『護る』かのように。

 また一匹を薙ぎ払う。
横一閃、胴体を切り離されたその個体は、
息絶えるまでのわずかな時間、爛々と光る眼でボクを睨みつけた。
上半身だけでも食い下がろうと、ボクへとにじり這ってくる。

 慌てて頭蓋を叩き割る。額を冷たい汗が伝った。
信仰? 狂気? 愛情? 絆? 根源はよくわからない。
でも目の前の獣は確かに、大切なものを護るため、
自らの命を投げ捨てた。

 ボクに迷いが生じ始める。

 前情報は聞いていた。確かにここのコボルド達は、
冒険者を二度葬っている。だがそれ以前の被害は皆無。
近隣の村人が嫌がって討伐を依頼したが、
彼らが人間を襲った事はなかったのだ。

(これは。この討伐は、果たして本当に正しいのか?)

 人としての感情と冒険者としての使命。
両者に強く揺さぶられつつ、ボクは殺戮を繰り返す。

「……ふぅ」

 やがて動く個体が居なくなる。
ボクは血の匂いを全身に漂わせながら、
洞穴の奥へと歩みを進めた。

 その最奥にたどり着く。最初に目に飛び込んだのは、
汚いボロ布を繋ぎ合わせて作られた天蓋付きのベッド。

 そして、その粗末な寝屋の前に。
膝をつき、首を垂れ、頭を床にこすり付ける少女の姿があった。


◆ ◇ ◆


『お願いします。どうか、命だけは助けてください』


◆ ◇ ◆


 自然と眉間に皺が寄る。抱いた感情は複雑だった。
その大多数は侮蔑、でも、憐憫の情を否定できない。

 目の前で土下座している彼女を見つめる。
確かに犬耳としっぽが生えていた。でもその姿は美しく、
着飾れば『お姫様』にもなれるだろう。
まさしく彼女はクイーンだった。獣の頂点に立つ存在。

「君、クイーンだろ? 君に恨みはないけれど、
 見逃すわけにはいかないな」

『どうしてですか。わたし達はヒトに迷惑を掛けず、
 洞窟の奥底でひっそりと暮らしていたのに』

「そうやって密かに勢力を拡大していたんだろ?
 生態系が乱れてる、動物を多く取り過ぎたんだ。
 君達は立派に人間の生活を脅かしてるよ」

『そんな……ニンゲンだって、生きるために動物を狩るでしょう?』

 悲痛な顔で少女は語る。言葉に詰まって沈黙した。
そうだ、彼女の言う通り。ボクが今吐いたのは、
あまりに身勝手な『人間側の理論』だ。

 果たしてどっちが『悪』だろう?
少なくともボクは、自分が『善』だとは思えなかった。

「…………そうだよ。だから、獲物を奪い合う事になる。
 君達は人間の『敵』なんだ」

「君だって同じ認識だろ?
 だからこそ、ボクに襲い掛かって来たんだろ?
 いざ負けそうになったからって、命乞いはみっともないよ?」

『……違う。わたし達は違う!!!』

『みんなが言ってた! ニンゲンはクイーンを殺すって!
 だから、貴女が来た時みんなは震えた!』

『わたしを殺しに来たんだって!
 だからわたしを護らないとって!
 わたしのために慣れない武器を取って戦ってくれた!
 みんな、本当は怖がりなのに!』

「……っ」

 知っている。ああ、知っていた。
彼らが戦闘に不慣れな事は。ただ全員が一丸となり、
彼女を護る事だけに終始していた。
その団結の力は強く――そして何より、美しかった。

 少女の目に涙が溢れる。

『わたしだってもう死にたいよ!
 でも、みんなが護ってくれたんだもん!』


◆ ◇ ◆


『わたしは、みんなのために生きなくちゃいけないんだ!』


◆ ◇ ◆


 クイーンが駆け出した。

 無論見逃すはずもなく、彼女の手首をぐいと掴む。
そのまま、背中の後ろにねじり上げて拘束した。

『んっ…ぐっ…』

 彼女は痛みにうめきながらも暴れ続ける。
拘束し続けるのは骨だ。剣を振り下ろした方が早いのは間違いない。
でもどうしてか、利き腕は言う事を聞いてくれなかった。

 頭がズキズキ鈍く痛む。彼女の叫びが、悲しみが。
脳をズタズタに引き裂いていた。

 モンスターに慈悲を与えた事はない。
だって彼らとボクは『敵同士』。
どちらか一方のみが生き残る、生存競争なのだから。

 愛情を籠めて育てた牛を屠殺(とさつ)して食べるように。
魚を取って食べるように。それは生きるために必要で、
『仕方のない事』だと思っていた。

(でも、これはどうなんだろう)

 ボクがここに来なければ、彼女達は平和に暮らせた。
無論、彼女達が人間の生活圏を脅かしていたのは事実。
でも少なくとも、彼女達は人間に配慮していたのだ。

 人間の基準で考えたとしても。彼女は、彼女達は、
『善』に該当する存在だったろう。

 本当に殺すしかなかったのか?
会話は成立しなかったのか? 共生する道はなかったのか?

 苦虫を噛み潰した表情のまま、ボクは沈黙し続ける。
少女は不思議そうな顔をして。ボクの顔を覗き込みながら、
小さくポツリと囁いた。

『殺さないんですか?』

 彼女の声にハッとする。そうだ、絆されてはいけない。
そもそも会話の段階はとうに通り過ぎている。

ボクは一方的に彼女の同胞を殺戮した。
もし彼女を助ければ。いずれ彼女は復讐を胸に、
大軍を引き連れてボクに向かってくるかもしれない。

「……殺すよ。ここまでやっておいて、
 君だけ逃がすなんて本末転倒にも程がある」

 でも。それでも。コボルド達が命を捨てて護ろうとしたこの子を。
彼女を殺してしまったら、それこそボクは、
許されない罪を完遂してしまうとも思った。

『改めて問います。貴女がわたしを、
 クイーンを殺そうとする理由はなんですか?』

「クイーンを擁したコボルドは一気に勢力を拡大する。
 君達がそうだったようにね」

「君達にその気はなかったかもしれないけど。
 大多数のクイーンは最終的に、人間に戦争を仕掛けてくるんだ」

「だから。クイーンを生かすわけにはいかない」

『だったら。わたしが、ひとりで孤独に生きていくと約束したら。
 見逃してくれはしませんか?』

 眉間に皺が寄っていく。今のボクにとっては魅力的で、
それでいて、一番選んではいけない選択肢。

「……君が約束を反故にしない保証は?」

『膣を焼いちゃえばいいと思います。
 コボルドの世界では、子供を産めないメスはゴミ同然です。
 そうなれば誰もついて来ないでしょう?』

「そうまでして生きたいのかい?」

『……わたしの命は。みんなが護ってくれたものだから』

 瞳の奥に狂気を感じた。

 酷薄な事を言ってしまえば、
コボルド達が護ろうとしたのは彼女ではなく。
彼女の力、つまりは種族繁栄の希望だろう。

 生殖機能を失うのなら、結局努力は水泡に帰す。
だが、精神性が人間のそれに近い彼女は気づけない。
『愛ゆえに自分は護られた』、そう信じて疑わない。

「……わかった。君の狂気を信じよう」

『狂気?』

「わからないならいいよ。膣を焼く必要もない。
 ただひと月に一回、不穏な行動を取ってないか確認させてもらう」

『それだけでいいのですか?』

「うん。君が、君だけで生きていくと言うのなら、
 ボクには止める理由がない」

 嘘だ。

 クイーンの討伐に来て、大本命だけを見逃す。
一番やってはいけない愚行、犯罪とすら言ってもいい。
露見すればボクも捕らえられるだろう。

 それでも心が耐えられなかった。
分かり合う事ができたかもしれない相手、
それを問答無用で虐殺した事実に。
人間よりも純粋で無垢なこの少女に、
血塗れの刃を突き立てる事に。

 それができてしまうなら、ボクは人間ですらない。

「ここはもう人間にバレているから、別の場所を探した方がいい」

「行こう」

 少女の手を引き歩き出す。
彼女は抵抗する事もなく、ただ従順についてきた。

 その様がまたボクの良心を爪弾いて、
ガリガリと心を抉っていった――。


◆ ◇ ◆


 クイーンの彼女を逃がす事。
それは決して容易い事ではなかった。

 ボクに依頼をよこしたギルドは、
当然ながらクイーンの存在を懸念している。
なのにボクは首を持って帰らなかった。
マスターは眉根を顰(ひそ)め、ボクに再三確認してくる。

「本当にクイーンは居なかったのか?」

「うん。ボクも散々探したし、皆殺し前提で殺しまくった。
 でもそれっぽいのは見当たらなかったよ。
 嘘だと思うなら現場を見てみるといい。
 ……血の海になってるからさ」

「最初から居なかった、とは考えられんな。
 一足先に逃げたと考えるべきだろう。山狩りする必要があるな」

「……そう、だね」

 災いは根源から絶つ。見習いでも知る常識だ。
こうなる事は想定の範囲内だった。だったけれど、
背中を冷たい汗がつたっていく。

 捜索の範囲はどこまでだろうか。
かなり遠くに逃がしたけれど、彼女は逃げ切れるだろうか。
隣国に通報されて範囲を拡大されたら完全にアウトだ。

「ま、とりあえず後はこっちの仕事だ。
 ご苦労さん。報酬の15000ガメル」

「どうも。もしクイーンが見つかって、
 手こずりそうなら声掛けてよ」

「おう、そん時は頼むわ」

 金貨が詰められた袋を掴み、マスターに背を向ける。
『その時』が来ない事を願いながら、ボクはギルドを後にした。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 生きるのはとても難しい事。

 わかっていたつもりだったけど、
わたしはわかっていませんでした。

 大事な群れを滅ぼされ。愛しい故郷から遥か遠い、
冷たい穴ぐらに置き去りにされて。
心細さに震えつつ、慣れない狩りで疲弊する。

(どうしてこんな事に? わたしは何か悪い事をしたの?)

 なんて、彼女を恨んだりもしたけれど。
残念ながら、憎悪を抱き続ける事はできませんでした。
真実を知ってしまったからです。むしろ彼女は『慈悲深かった』と。

 新居に潜ってから一か月、ニンゲンの臭いが鼻を突きました。
三人の男達。高らかと松明を掲げ、
周囲をガサガサと探りながら回るその様は、
明らかに何かを探しています。

『こんなところにおらんだろ。
 ここに来るまでコボルド1匹見とらんぞ?』

『群れを見捨てて逃げたクイーンだ。
 むしろこういうところが臭い』

『存在したっちゅぅ証拠はねぇんだろ?
 いくら何でも怯え過ぎじゃねぇか?』

『棲み処にベッドの残骸があったそうだ。
 それも、燃やして痕跡を隠そうとした、な』

『クイーンは居た。そして、我が国に逃げ込んだ可能性が高い。
 これがどれ程深刻な事態かはわかるよな?』

『へえへえ、わかっとるよ。クイーンには完全なる死を。
 戦争を起こされる前に、だろ?』

『そうだ。警戒し過ぎなくらいでちょうどいい』

 背筋が凍り付く音を聞きました。
彼らはわたしを探している。そしてもし見つかれば、
慈悲が与えられる事は無いでしょう。

 恐怖に打ち震えるわたしを、さらに『追い打ち』が襲います。
それは酷く下卑た声。聞いただけで身の毛がよだつような声でした。

『と、ところでさぁ。く、クイーンって可愛いんだろ?
 人間の幼女と、ほ、ほとんど変わらない上に、
 どいつもこいつも、び、美形揃いだって』

『そ、そのさぁ。見つけたらさぁ。
 こ、殺す前に、「遊んで」もいいよねぇ?』

『……好きにしろ。この変態異常性癖野郎』

『や、やったぁ! ま、まずは手足を一本ずつ千切ろう!
 あ。く、クイーンって人間の子供孕むかな?
 だ、ダルマにして、は、孕ませて、
 子供生まれたら取り換えるとか……!』

 全身を戦慄が襲いました。

 どうやら彼らに捕まれば、
ただ殺されるだけじゃすまなさそうです。
嬲られ、弄ばれて殺される。そんな絶望が待っている。

(……わたしは、それを受け入れないといけないの?)

 胸の内に炎が灯り、体温がどんどん上がっていきます。
本能が教えてくれる、『戦い』が近づいていると。

 そう、わたしは戦うべきだ。

(……っ)

 刹那、彼女の顔がちらつきました。
でも、かぶりを振って打ち消します。
約束を破るわけではありません。
例え――わたしを襲おうとする人間を殺したとしても。

 『ひとりで孤独に生きていく』、彼女との約束はただそれだけ。

 なんて、詭弁である事はわかっていますけど。
わたしは生きなければいけないんです。

 入り口の裂け目、壁にへばりつくように立ちました。
まずは一人、入ってきたところを不意打ちで倒す。
可能であれば二人目、三人目も引きずり込んで。
暗闇の中で倒したい。

『おい、ここに洞窟があるぞ』

『お。しかも入り口の草がちょっと踏まれとるな。
 こいつは臭いんじゃねぇか?』

『そうだな。じゃあ、まずは燻すか』

『え、えぇ? そ、そこまでしなくても大丈夫だよ。
 な、中がどのくらい広いかもわからないじゃん。
 さ、ささっと入っちゃおうよ』

『く、クイーン自体は戦闘力強くないでしょ?
 ぼ、僕達なら余裕だって』

『そういう慢心が命取りになるんだよ。
 というかお前早く嬲りたいだけだろ』

『ちょっとだけ! ちょっとだけ覗いてさ、
 中の広さを確認しようよ!
 ひ、広かったら燻す時間もったいないでしょ?』

『……細心の注意を払えよ。息遣い一つ聞き逃すな』

『わ、わかってるってぇ。うへへ、
 く、クイーンちゃん居るかなぁ〜???』

 松明が差し込まれたその瞬間、全身全霊を爪に籠めます。
そして――深々と腕を貫いた!

『ぎゃひぃっ!?』

 甲高い悲鳴、落とされる松明。わたしは松明を両手で掴み、
槍のように伸ばして出口から踊り出す。

「熱っ! だがビンゴだ! やっぱり潜んでやがったか!」

「狼狽えずに取り囲め! いいか、冷静に対処するんだ!
 そうすれば手こずるような相手じゃない!」

「こ、こいつ、お、オモチャのくせに!!
 こっ、殺す!! 犯して孕ませて殺してやるぅ!!!」

「落ち着けって言ってるだろう!!!」

 腕から血を垂れ流しながら、痩せぎずの男が迫ってくる。
その動きは酷く無駄が多い。殺せる。この男は問題ない。

「ひぎぃっ!!!」

 喉元を爪で薙ぎ払う。のけぞる男。
血が噴水のように噴き出した。浴びる前に腹を全力で蹴飛ばして、
痩せの後ろに居た髭の男めがけて突き飛ばす。

 髭は辛くも痩せをかわす。でも大きくバランスを崩した。
そのすきを逃さず屈みこんで、右足の腱をすっと切り裂く。

「いでぇっ!! おいぃっ、こいつ強ぇじゃねぇか!!!」

「何度も言わせるな! 冷静になれ!
 落ち着けば一対一でも勝てる!!」

 リーダーだろう青年がわたしの前に立ちふさがる。
本能で悟った、彼には勝てない。
どうする? 逃げる? 無理! ならば!

 髭の男の後ろに回る。そのまま首元に爪先をぷつりと刺して、
精一杯声を張り上げた。

「動かないで! 動いたらこの人を殺します!!!」

「な、なぁぁあ!? コボルドごときが人質だと!?
 ふざけんじゃねぇぇ!」

 喚いて暴れようとする髭の男。少しだけ指先に力を加える。
より深く差し込まれる爪。動脈の鼓動が伝わってきて、
髭はひっと息を呑んだ。

『わたしの要求はただ一つです! わたしを見逃す、
 それだけ呑んでくれれば戦う気はありません!』

「悪いが呑めん。ここでお前を見逃せば、
 数万の死体が積みあがるからな」

『ならこの人が死んでもいいんですか!?』

「必要な犠牲だ」

「なっ!? てめぇ俺を見捨てる気かよ!?」

「クイーンを見逃すわけにはいかない!」

 駄目だ、この人が考えを変える姿が浮かばない。
作戦は失敗だ。次の手を。

『ならこうします!!!』

 思い切り爪を髭に突き刺し、そのまま腕を振り払う。
後頭部をぐいと引っ張った。鮮血。血のシャワーがまき散らされて、
青年は目をかばうように、腕で視界を遮う。

(今!)

 髭が崩れ落ちると同時に、地面を大きく蹴り出して。
そのまま青年の横をすり抜け、ついでに足の腱を――。

「食うか!」

 切ろうとして避けられた。同時にひゅんと剣の薙ぐ音。
わき腹が熱くなる。斬られた、でも浅い!

 脱力しそうになる太ももに力を籠めて、
再び大地を大きく踏みしめる。

 駆ける、駆ける、駆ける、駆ける。
全身の筋肉をばねに変えて、一秒でも速くもっと遠くへ――

『ドスッ』

 背中を。細身の剣が貫いた。

 地面に倒れこむその瞬間、男の姿が視界に入る。
男は大きく振りかぶり、ひゅんと腕を振り下ろす。
キラキラ光る銀糸が風を引き裂いて、違う、剣だ、
もう一本今度はももに刺さった。

『ぐっ、ぅっ……!!!』

 視界が明滅する。手足の先が冷たくなって、
感覚がなくなっていく。

「諦めろ。お前が生きる道はない」

 遠巻きに声を掛けながら、男が少しずつ近寄ってくる。
まだだ。諦めるにはまだ早い。
わたしは地べたを這いずって、少しでも男と距離を取る。

「無駄に苦しむ必要もないだろう。一思いに殺してやる」

 地面を這う手が何かにぶつかった。
木だ。いつも物干しに使ってる木がわたしの前に立ちはだかる。
わたしは剣を携えてにじり寄る男を睨みつけながら、
木を背にずりずりと立ち上がって、そして――。


◆ ◇ ◆


 鮮血が空に舞い散った。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 こっそりと街を抜け出した。闇に紛れて森に踏み入り、
黙ってひたすら歩き続ける。

 歩き続ける事二日と少し。深く生い茂る森の中、
入り口を緑のカーテンに覆われた洞窟にたどり着く。
あの日二人で見つけた穴ぐらだ。そしてボクは目を剥いた。

「人が、死んでる……!」

 痩せぎすの男に、顔を髭で覆った小太りの男。
冒険者だろう。どちらも首をかき切られ、
盛大に血をまき散らして死んでいる。

「……あの子は!」

 彼女の姿はどこにもなかった。
返り討ちにして逃亡した? だとすればどこへ?
ボクは周囲をぐるりと見渡し、もう一つ新たな死体を見つけた。

「男……さっきの人達の仲間かな」

 心臓を矢で一突き。矢は既製品じゃない、
木を削り出した粗末なものだった。

「……あれか」

 男が前のめりに倒れた先には、大きな木が佇んでいた。
注意深く観察すれば、枝に細工の跡が見て取れる。
木の枝を使った天然の弓。コボルドが時々使うトラップの一つだ。

(…………つまり、あの子が殺したって事か)

 頭の中がグチャグチャになる。

 ボクが見逃したあのクイーンは、
結局人間に弓ひいて殺してしまった。
ボクがきっちり仕事を完遂させていれば、
彼らが死ぬ事はなかっただろう。
やはりモンスターに情けをかけてはいけなかったのだ。

「……っ!」

 唇を噛みしめ俯いたボクの目に、
赤黒く乾いた血痕が飛び込んでくる。
血の跡は点々と、川の方へと向かっていた。

 これまで見つけた死体は三つ。そこに彼女のものはなかった。
残された血痕、導き出される可能性は多くない。

 足が自然と動き始める。やがてそれは速度を上げて、
挙句の果てには駆け足となる。
胸の鼓動も速度を増していった。

 もし彼女が生きているのなら、
今度こそ引導を渡さなければならない。
でも、もし死んでいるとしたら?
その時は、せめて墓でも作ってやろう。

 血の跡を追い走り続ける。幸い追跡はすぐに終わった。
川のせせらぎが耳をくすぐり始め、冷えた空気が肌を撫でる。
ほどなくして渓流が姿を現し、そしてそのすぐ川べりに――。


◆ ◇ ◆


――血塗れで倒れ伏す彼女を見つけた。


◆ ◇ ◆


『パチッ……パチチッ……』

 焚火が舞い上げる火の粉の音が、周囲の沈黙に響き渡る。
ボクは新しい薪を火にくべながら、彼女の顔を覗き込んだ。

 苦悶に顔を歪めながらも、彼女は今も生きている。
流石は獣と言うべきか、驚くべき生命力だ。
治癒魔法をかけても起きないあたり、
瀕死だったのは間違いないけれど。

「……結局、助けちゃったな」

 殺す気だった。彼女は3人の人間を殺めたのだから。
情状酌量の余地はない、言い訳を聞く気すらなかった。

 でも。倒れ伏した彼女の頬には、涙の痕がこびりついていて。
それがまた、ボクを狂わせてしまう。

(考えてみれば、彼女が自分から襲うはずがない)

 平和的解決を望んで、命乞いをして。
それでも冒険者は剣を下ろしてくれなくて。
だとすれば、彼女はどうすればよかっただろう。
答えは一つだ。殺られる前に殺る、それしかない。

「……」

 考える。意識を失い倒れる刹那、
彼女は何を思って泣いたんだろう。

 単純に痛かった? それはそうだろう。
彼女に空いた大きな穴は、目を塞ぎたくなるほどだった。

 でも本当にそれだけなのか? 違うと思う。
諦めたようにそっと目を閉じて、眠るように倒れた彼女は。

 きっと、この世の全てに絶望して。
つらくて苦しくて仕方がなくて。
ひっそり涙を流したんじゃないだろうか。

「……そんなの。殺せるわけないじゃないか」

 彼女を苦しませたのは他ならぬボクだ。

 あの時一思いに殺すべきだった。
なのにボクは彼女を助け、彼女をより傷つけた。
誰のため? 自分のためだ。ボクは自己満足で彼女を苦しめている。

(この際初志を貫徹しろ。ボクは彼女を助けたんだ。
 その事実はもう揺るがない)

 生きていて欲しいと願った。
それは、彼女が人を殺めた今も変わらない。

 彼女の行く先に幸せを。ボクはもう迷わない。
自分を捨ててでも彼女を護る。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 肉の焼ける芳醇な香りが鼻腔をくすぐります。
酷く重たいまぶたを開くと、
そこにはあり得ない光景が広がっていました。

「やっと起きたね。このまま目を覚まさないかと」

「これ、食べられる? ずっと寝てたしおなか減ってるでしょ」

 わたしを見逃してくれた彼女が、穏やかな表情を浮かべて、
肉を差し出してくるのです。

 よくわからない状況でした。わたしが死んだのは確定として、
どうして彼女が居るのでしょう。

『貴女も死んでしまったんですか?』

「死んでないよ。君もボクも、ちゃんと生きてる」

『でも、あの傷で助かるはずが』

「ソロ冒険者だからね、治癒魔法も覚えてるんだ。
 死んでなければ助けられる」

『でも。あ、貴女が。わたしを助ける理由なんて』

「あるよ」

 穏やかで、優しくて、でも否定を許さぬ声音。
彼女は言葉を遮ると、そのまま語り続けます。

「ボクはあの日、自分のために君を見逃した」

「罪悪感に潰されそうだったんだ。
 共存できたかもしれない相手を一方的に虐殺して」

「だから君を見逃した。なのにその結果、
 君が『より苦しんで死んじゃう』なんて――」

「――ボクには耐えられそうにない」

 力なく彼女は微笑むと、わたしに肉を手渡しました。
温かくて香ばしい匂いが全身を包んでいきます。

『……で、も。ニンゲンにとっては、
 わたしを殺す事が「正しい」んでしょう?』

『わた、しを、助けてしまったら。
 貴女は、罪びとになってしまう』

「人間の法ではそうだね。でも。
 ボクはもう他人に縛られたくないんだ」

「ボクの法はボクが決める。ボクは君を生かしたい」

『わた、し。生きてて、いいんですか』

「わからない。でも、ボクは生きて欲しいと思うよ」

 視界がじわりと醜く歪んで。ぼたり、ぼたりと熱い何かが、
頬を伝い落ちていきました。

 生まれてからわずかに数年、何度命を狙われたでしょう。
幾度も呪詛を放たれました。

『お前は生きていてはいけない』
『クイーンは殺す』
『死ね』

『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』

 わかっています、それはあくまで人間の論理。
コボルドであるわたしの知った事ではありません。

 それでも。それでも、心は軋んでゆくのです。
死ぬべき存在、そう何度も耳朶に塗りこまれて。
存在を否定されるたび、ついこんな考えが、
頭をもたげてしまうのです。

『やっぱり死んだ方がいいのではないか』

 大好きだった仲間達は、わたしを護って死にました。
わたしさえ居なければ、みんなは今も生きていられた。
わたしがみんなを殺したんです。

 わたしを襲った人間は、血をまき散らして死にました。
わたしに関わりさえしなければ、彼らは今も生きていられた。
わたしが彼らを殺したんです。

 コボルドも、人間も。関わる全てを不幸にする。
そんなわたしは、やっぱり死んだ方がいい。

 なのに彼女は言うのです。わたしの出自を知りながらも、
犯した罪を知りながらも笑うのです。

『ボクは生きて欲しいと思うよ』

 嗚呼、なんて酷い言葉をかけるのでしょう。
わたしは死ななくちゃいけないのに、そんな事を言われたら――。

 生きたく、なっちゃうじゃないですか……!

『うっ、くっ……ぇくっ……!』

 わたしはしゃくりあげながら、手に持った肉に齧りつきます。
途端、肉汁が咥内にじゅわりと広がって。
またも涙が溢れ出しました。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 彼女はすっかりボクに懐いた。

 ううん、懐いたなんてもんじゃない。
依存。それも完全に病気の領域だ。

 彼女はボクに全てを捧げた。ボクが生きて欲しいと願うから、
今も彼女は生き続けている。
その瞳は輝いていた。だがその灯(ともしび)は酷く儚い。

 状況も悪化する一方だ。
『追手が不自然に消息を絶った』
『最初に討伐を命じた女も姿を消している』
ギルドはこう解釈するだろう。
『クイーンは生きている。もはやこれは戦争だ』と。

『わたし達、生き残れそうですか?』

「難しいだろうね。いっそ君が子供を産んで、
 戦争にでも持ち込めば。少しは生存率も上がるんだろうけど」

『……貴女がオスだったらよかったのに』

「悪かったね。まあでも、まるで手がないわけじゃない」

 今、ボク達は果てなき荒野を歩いている。
『魔の砂漠』と呼ばれるここは、
人間はまず立ち入らない死の領域だ。

 その先には国境がある。いや、『世界の境(さかい)』と言うべきか。
後50kmもひたすら歩けば、魔族の世界に辿り着く。

 そう。ボクが出した結論は、人間界に見切りをつける事。
魔界に亡命する事だった。

 世界中にお触れが出ている。
『コボルドクイーンが逃走中、人間の総力を挙げて根絶やしにしろ』
何度も戦闘を経験し、顔もすでに割れている。
もはや人間界に彼女が住める場所はない。

『でも。今度は貴女が迫害されるのでは?』

「かもね。でも、人間界に居場所がないのはボクも同じだ。
 もうボクは冒険者じゃない、『クイーンを護る狂人』だよ。
 むしろ魔界の方が受け入れてもらえるかもしれない」

『……ごめんなさい、わたしのせいで貴女まで』

「自分で選んだ道だ。後悔はしてないよ」

 そう。今ではもうボクにとっても、
彼女が生きる目的になっている。彼女を拒む者を切り捨て、
二人で震えて寄り添いあった。
熱い口づけを交わした事も、肌を重ねた事もある。

 彼女のためならボクは死ねる。そう考えて思わず微笑。
あの日ボクが殺した彼らも、同じ思いだったのだろう――。


『危ない!!!』


 『国境』が見えたその瞬間、彼女の鋭い声が響いた。
反射で飛びのく、元居た場所に矢が刺さった。

「……一体どこから!?」

『あっちです!!』

 彼女が指さした方角、そこは国境付近の茂み。
待ち伏せか! 確かにボク達にはもう亡命しかない。
こちらは徒歩の二人旅。先回りして張っておく事は可能だろう――。

「って、亡命したがってるってわかってるなら、
 見逃してくれてもいいじゃないか!
 人間界から出ていくんだ、むしろ願ったりだろう!?」

『ありえませんよ! 「クイーンには死を」なんでしょう!?
 魔界に逃げ延びたわたしが、大量の子供を連れて
 報復に来るかもしれませんし!』

「ははっ、そうだね。いつの間にか
 思考がコボルドサイドになってた……よっ!」

 追撃の矢を剣で落とす。続けて矢が飛んできて、
今度は落としきれず身を躱した。

 完全にボクを狙っている。ボクさえ先に落としてしまえば、
彼女を殺す事は容易い。そう考えた上の行動だろう。
なんとか彼女だけでも逃がしたいけど――。

 襲う矢の数はどんどん増える。『ここで逃がせば人類の危機』、
相当な兵を用意しているのだろう。
もはや隠れる気もないか、兵隊達が立ち上がる。
そして射出、それは雨のようだった。

「くっ……走ろう!!」

 降り注ぎ続けるアローレイン。
対処法はただ一つ。矢が打てないほど接近し、
そのまま国境を抜けるしかない――。


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posted by ぷちどろっぷ at 2020年03月19日 | Comment(0) | TrackBack(0) | オリジナル百合SS
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