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『小説限定公開(咲-Saki-:久咲)』『ねえ咲、学習性無力感って知ってる?』
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<前置き>
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・以下のコメントに対するお話です。
行動の分析から本質・秘密を暴く、
些細なフォローが実は快・不快をコントロールする為のものだった、
みたいな結末への過程が日常にも当てはまり得るようなお話。
※なお本作品はFANBOXによる『ご主人様プラン』支援者様の
コメントを作品に起こしたものとなります。
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<登場人物>
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<竹井久>
清澄高校の3年生で、学生議会長と麻雀部部長を兼務する才女。
164cmのスリム体型で飄々としている食わせ者だが、
実は精神的に脆い側面がある。
家庭に複雑な事情があり、旧姓は『上埜』だった。
<宮永咲>
清澄高校の1年生で麻雀部のエース。
155cmの慎ましい体型で、基本は大人しい文学少女だが、
精神的に危うく時折狂気的な発想を見せる。
家庭に複雑な事情があり、母や姉とは別居している。
慕っていた姉と復縁するために、過去遊んでいた麻雀で語ろうと、
(姉が連覇している)インターハイの出場を目指すが――。
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<症状>
------------------------------------------
・洗脳
------------------------------------------
<その他>
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●FANBOX支援者に送る『限定公開作品』です。
支援者の方はすぐに読む事が可能です。
https://www.pixiv.net/fanbox/creator/11757661/post/919643
●pixivFANBOXによる支援を検討くださる方はこちらを参照してください。
https://www.pixiv.net/fanbox/creator/11757661
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<本編>
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私こと宮永咲が『それ』を知ったのは、
部長主催の『勉強会』がきっかけでした。
何かと目立つ麻雀部、成績が下位だと困る。
そんな部長の一声で、テスト期間を利用して勉強会が開かれたのです。
「あー、私はもう限界だじょ! これ以上勉強できません!」
こういう時、真っ先に音(ね)を上げるのは優希ちゃんです。
予想通りにさじを投げ、お決まりの言葉をぼやきます。
「まだ30分も経っとらんが」
「『二次関数』なんか覚えて何の意味があるんだじょ!?
こんなの今までの人生で使った事一度もないじぇ!」
「どーせ『お受験』のための勉強なんだじょ!
人生にはこれっぽっちも必要ない!」
『受験に必要なら結局人生にも必要だよね?』
そんな指摘が思い浮かぶも、私は口をつぐみます。
その代わり、部長に目を向けました。
この面倒な劣等生を、部長がどう対処するのか興味を持ったからです。
かつて合宿で優希ちゃんが駄々をこねた時も、
部長は自分の過去を絡めて、華麗に諫めて見せました。
今回はどんな話を聞かせてくれるのでしょう。
「そうね、今後の人生で使う事はないかもしれないわ。
例えば今、私は『微積分』を勉強してるけど。
正直これを使う仕事には就かないでしょうね」
「だろー? 自分が就きたい職業の勉強だけすればいいんだじょ」
「でもね、それでも貴女は勉強する必要があるわ。
将来使わない可能性が高い二次関数をね」
「じょっ……なんでだじょ? やっぱり受験に必要だからか?」
「それもあるけど、内容自体の話じゃないのよ。
『何かの課題に直面した時、自分で解決する力を養う事』が大切なの。
勉強する事自体に意味があるって言うのかしら?」
部長がホワイトボードに近寄ると、
ペンを手に取り文字を書き始めました。
『貴女は今北家である。配牌は絶望的、流し満貫か四風子連打を狙いたい。
どちらの確率が高いかを計算せよ』
「さあ優希、3分以内に解いてちょうだい!」
「3分!?」
優希ちゃんはあわあわしながら、確率を計算し始めます。
牌の枚数が34種類×4枚で136枚、北家が牌を捨てる回数が17回、
配牌とツモの回数が30回で、その全てに幺九牌が全部入っている確率を――。
「はい時間切れー」
「無理だじょ! こんなの解けるはずないじぇ!!」
「そう? 私は普通に解けるけど」
「じゃあやって見せて欲しいじょ!」
部長はニッコリ微笑むと、スマートフォンを手に取りました。
そして検索、『流し満貫 確率』と打ち込みます。
「北家の流し満貫の確率は約1.7%。
四風子連打約0.93%。流し満貫を狙う方が得って事ね。
はい、ここまでにかかった時間は2分!」
「スマフォ使うのは卑怯だじょ!?」
「なんで? 『道具を使っちゃ駄目』なんて言ってないでしょう?
でね、『勉強』もこれと同じなのよ。
『勉強』を『人生』に置き換えてもいいわね」
「同じ『勉強』をするにしても、効率のいい方法と悪い方法があるわ。
その選択を誤れば、結果に大きく影響が出る」
部長はなおも続けます。
何かしらの問題に直面した時に、解決するための行動が身についているか。
『行動特性(コンピテンシー)』を磨けているかが、人生を左右するのだと。
極端な話『勉強の内容』よりも、『勉強の仕方が身についているか』、
そちらの方が重要なのだと語ります。
「『覚えておきなさい』。学生がする勉強は、行動特性を磨く訓練でもあるのよ」
「まあただ、漠然とそんな事言われても困るでしょ?
だから具体的な課題を出してるのよ。
『このくらいは身につけておいて欲しい』って先生達が考える、
基礎的な学問についてね」
部長がくれたその言葉は、私に深く染み入りました。
優希ちゃん程ではないにせよ、私も思っていたからです。
義務教育は中学で終わっています。だったら後は専門学校にでも行って、
生きるために必要な知識だけ身に着ければよいのでは?
そう思っていたのも事実です。
部長がくれた回答は、見事に答えを出していました。
勉強した内容自体は今後使わないとしても、
その過程で身に着けた『行動特性』は、生涯にわたり役に立つ。
勉強する事でそれを磨く、そう言われれば納得です。
(やっぱり部長の話はためになるなぁ)
今回の件で学びました。
普段は飄々として捉えどころのない部長だけれど。
『覚えておきなさい』、この言い出しから始まる言葉は、
的を射ており重要です。
傾聴する価値がある。この時私は、
『何か疑問を覚えたら、とりあえず部長を頼りにしてみる』、
そんな『行動特性』を身につけたのでしょう。
「さ、お説教はこのくらいにしましょっか。
さあ優希、貴女は何をするべきかしら?」
「まずは『楽できる勉強の仕方』を調べるじょ!」
正しく理解したのでしょう、優希ちゃんはさっそく行動を変えました。
ただ参考書を睨みつけて唸るのをやめて、
『効率的な勉強の仕方』をネットで検索し始めたのです――。
◆ ◇ ◆
この日以来。部長は私に何回か、
有用な『行動特性』を身につけさせてくれました。
例えばある日。私がやっぱり迷子になって、
部長に助けられた日の事です。部長は呆れて苦笑しながら、
こんな問いを投げかけました。
「ねえ咲。貴女はどうして迷子になって苦しむんだと思う?」
「え、ええと。それは私が、方向音痴で――」
「違うわ、答えは単純。諦めが悪いからよ」
「……へ?」
予想外の切り口に、思わず素っ頓狂な声を一つ。
そんな私に部長は笑って、でもその笑顔は怖かった。
「道を失ってしまった時点で、すぐ諦めるべきだったのよ。
なのに頑張ってあがくから、貴女は苦しんで疲弊する。
……迷子に限った話じゃないけどね」
「……はい」
「今回の件で言えば、最初から私に道案内を頼む。
『これは迷った』と思った時点で、素直に私に助けを求める。
その方が楽でしょう? 結果的に諦めた方がいい時もあるのよ」
「そ、そうですね……」
「『覚えておきなさい』。努力に意味がない時もあるわ。
『何かの苦難にぶつかった時、諦めも選択肢に入れるべき』なのよ」
「わかった?」
「はい」
「じゃあ次からはどうする?」
「最初から、部長に道案内をお願いします」
「それでよし」
そこで部長は笑顔に戻り、私の手を握ります。
部長がくれた『行動特性』。それは酷く単純で、でもそれでいて真理でした。
『迷惑を掛けたくない』、そう思ったのも事実です。
でもその結果迷子になって、心配させて迎えに来させる。
本末転倒もいいところです。それなら最初から道案内を頼んだ方がいい。
そして私はこの日から、迷子で悩む事がなくなりました。
素直に部長を頼るようになったからです。
ちょっとトイレに行く時も、すぐそこの売店に行く時も。
会場まで向かうその時まで、部長に道案内を頼みます。
2つの特性が繋がりました。『困った時は部長を頼る』、
『自力解決に固執しない』。結果部長に傾倒し、
すごく生きやすくなったのです。
でもそんな生き方は、人には『甘え』に映るのでしょう。
事実、染谷先輩が苦笑しつつも、部長に苦言を呈します。
「ちょっと過保護過ぎやせんか?」
「過保護なくらいでちょうどいいのよ。
咲みたいな子は自分を押し込めがちだから」
「もう少し、『甘えれば助けてもらえる』って覚えた方がいいわ」
部長は私を抱き締めて、小声で耳に囁きます。
私にだけ聞こえる声で、まるで注ぎ込むように。
『諦める事は大切よ。貴女は一人で頑張り過ぎる。諦める事を覚えなさい?』
『諦めて、もっと私に頼ればいいの』
耳朶に流し込まれた言葉。どこか引っ掛かりを覚えつつも、
私は素直に頷きました。実際部長は頼もしく、任せて悪くなった事はないからです。
自分で解決する必要はない、部長の言葉に従えばいい。
そして私はそれからも、部長に寄りかかり続けるのでした。
◆ ◇ ◆
部長が私に教えてくれて、とても印象深かったもの。
他にもたくさんありますが、例えばこんな事がありました。
大事な対局が始まる直前。部長は一枚のプリントを取り、
ペンでチェックを入れ始めます。覗き込めばそれはチェックリスト。
対局前にやるべき事を、箇条書きにしたものです。
「あ、洗眼薬忘れてたわ。危ない危ない」
部長は薬をカップに注ぎ、ぴったり目に押し当てます。
そのまま頭を後ろにそらし、数回パチパチまばたきしました。
「部長って、こういう時凄いしっかりしてますよね」
「あー逆逆、実際にはテンパリまくりよ。この前醜態晒したでしょう?」
「……えっと」
「そうね。咲も『覚えておきなさい』」
部長はいつもの前置きをして、私に言葉をくれました。
「人ってね? パニックになると思考が停止するの。
緊張したり、興奮したり。感情が高ぶると人は駄目、
思考力がビックリするほど鈍るものなの」
「……はい、わかる気がします」
「だからね。そう言った時を想定して、事前に準備しておくのよ。
そうすれば、パニックになって致命的なミスをしなくて済むわ」
『これもそんな対策の一つ』、部長はそう言いながら、
チェックリストを指でなぞります。
「緊張しててもチェックリストを盲目にこなすくらいならできるでしょう?
いつものルーチンをこなす事で、精神を安定させる効果もあるわ」
「なるほど……」
「いい? まだ思考がまともなうちに、
危機的状況を想定して行動を決めておきなさい」
「この準備を怠れば、『きっと後悔する時が来る』」
部長のその物言いは、まるで『自身の傷』を撫でるようで、
酷く実感が籠っていました。『一体何があったんですか?』
その言葉は口に出せず、代わりに言葉を反芻(はんすう)します。
(……でも、具体的にどんな場面を想像したらいいんだろ)
トイレに行きたくて、でも道がわからない時?
それは答えが出ています。部長にお願いすればいい。
麻雀で強敵が現れて、戦い方がわからない時?
これも答えが出ています。部長に相談すればいい。
結局答えは同じなのです。『部長に相談すればいい』、
私はそう結論付けて、考える事を止めてしまいました。
おそらくはもうこの時点で、『思考がまともではなかった』のでしょう。
いずれにせよ、部長はアドバイスをくれていた。
その金言に従っていれば、私は絶望しないですんだ。
なのに、なのに、なのに、なのに――。
◆ ◇ ◆
私がこの指示を『無視した』から。
部長が予言した通り、『後悔』する事になったのでした。
◆ ◇ ◆
全国大会の決勝戦。五位決定戦を眺める私は、
部長に声を掛けられました。
「咲。そろそろトイレ行っといたら?」
「あ、そうですね。部長、案内してもらっていいですか?」
「ごめんね、ちょっと今は手を離せないのよ。
地図を書いておいたから一人で行ってくれる?」
「……はい」
珍しい事もあったものです、部長がお願いを断るなんて。
私は不安に襲われながらも、会場を一人歩きます。
部長がくれた地図を開くと、ああなんだ、
控室からトイレは一本道です。ただ外に出て右に歩くだけ、
これなら私でも辿り着ける――。
「……!?」
ほっと安堵の息をつき、次の瞬間硬直しました。
廊下を遠く眺めた先で、私の視界に映った人は――。
◆ ◇ ◆
――お姉ちゃん。
◆ ◇ ◆
まさに部長が予期した通り、頭が真っ白になりました。
お姉ちゃん。ずっと会いたくて、ずっと話したくて、
何度も夢に見た人が、唐突に廊下を歩いてくる。
「お」
「おね――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
続きはFANBOXにて支援者に限定公開です。
https://www.pixiv.net/fanbox/creator/11757661/post/919643
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
<前置き>
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・以下のコメントに対するお話です。
行動の分析から本質・秘密を暴く、
些細なフォローが実は快・不快をコントロールする為のものだった、
みたいな結末への過程が日常にも当てはまり得るようなお話。
※なお本作品はFANBOXによる『ご主人様プラン』支援者様の
コメントを作品に起こしたものとなります。
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<登場人物>
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<竹井久>
清澄高校の3年生で、学生議会長と麻雀部部長を兼務する才女。
164cmのスリム体型で飄々としている食わせ者だが、
実は精神的に脆い側面がある。
家庭に複雑な事情があり、旧姓は『上埜』だった。
<宮永咲>
清澄高校の1年生で麻雀部のエース。
155cmの慎ましい体型で、基本は大人しい文学少女だが、
精神的に危うく時折狂気的な発想を見せる。
家庭に複雑な事情があり、母や姉とは別居している。
慕っていた姉と復縁するために、過去遊んでいた麻雀で語ろうと、
(姉が連覇している)インターハイの出場を目指すが――。
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<症状>
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・洗脳
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<その他>
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<本編>
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私こと宮永咲が『それ』を知ったのは、
部長主催の『勉強会』がきっかけでした。
何かと目立つ麻雀部、成績が下位だと困る。
そんな部長の一声で、テスト期間を利用して勉強会が開かれたのです。
「あー、私はもう限界だじょ! これ以上勉強できません!」
こういう時、真っ先に音(ね)を上げるのは優希ちゃんです。
予想通りにさじを投げ、お決まりの言葉をぼやきます。
「まだ30分も経っとらんが」
「『二次関数』なんか覚えて何の意味があるんだじょ!?
こんなの今までの人生で使った事一度もないじぇ!」
「どーせ『お受験』のための勉強なんだじょ!
人生にはこれっぽっちも必要ない!」
『受験に必要なら結局人生にも必要だよね?』
そんな指摘が思い浮かぶも、私は口をつぐみます。
その代わり、部長に目を向けました。
この面倒な劣等生を、部長がどう対処するのか興味を持ったからです。
かつて合宿で優希ちゃんが駄々をこねた時も、
部長は自分の過去を絡めて、華麗に諫めて見せました。
今回はどんな話を聞かせてくれるのでしょう。
「そうね、今後の人生で使う事はないかもしれないわ。
例えば今、私は『微積分』を勉強してるけど。
正直これを使う仕事には就かないでしょうね」
「だろー? 自分が就きたい職業の勉強だけすればいいんだじょ」
「でもね、それでも貴女は勉強する必要があるわ。
将来使わない可能性が高い二次関数をね」
「じょっ……なんでだじょ? やっぱり受験に必要だからか?」
「それもあるけど、内容自体の話じゃないのよ。
『何かの課題に直面した時、自分で解決する力を養う事』が大切なの。
勉強する事自体に意味があるって言うのかしら?」
部長がホワイトボードに近寄ると、
ペンを手に取り文字を書き始めました。
『貴女は今北家である。配牌は絶望的、流し満貫か四風子連打を狙いたい。
どちらの確率が高いかを計算せよ』
「さあ優希、3分以内に解いてちょうだい!」
「3分!?」
優希ちゃんはあわあわしながら、確率を計算し始めます。
牌の枚数が34種類×4枚で136枚、北家が牌を捨てる回数が17回、
配牌とツモの回数が30回で、その全てに幺九牌が全部入っている確率を――。
「はい時間切れー」
「無理だじょ! こんなの解けるはずないじぇ!!」
「そう? 私は普通に解けるけど」
「じゃあやって見せて欲しいじょ!」
部長はニッコリ微笑むと、スマートフォンを手に取りました。
そして検索、『流し満貫 確率』と打ち込みます。
「北家の流し満貫の確率は約1.7%。
四風子連打約0.93%。流し満貫を狙う方が得って事ね。
はい、ここまでにかかった時間は2分!」
「スマフォ使うのは卑怯だじょ!?」
「なんで? 『道具を使っちゃ駄目』なんて言ってないでしょう?
でね、『勉強』もこれと同じなのよ。
『勉強』を『人生』に置き換えてもいいわね」
「同じ『勉強』をするにしても、効率のいい方法と悪い方法があるわ。
その選択を誤れば、結果に大きく影響が出る」
部長はなおも続けます。
何かしらの問題に直面した時に、解決するための行動が身についているか。
『行動特性(コンピテンシー)』を磨けているかが、人生を左右するのだと。
極端な話『勉強の内容』よりも、『勉強の仕方が身についているか』、
そちらの方が重要なのだと語ります。
「『覚えておきなさい』。学生がする勉強は、行動特性を磨く訓練でもあるのよ」
「まあただ、漠然とそんな事言われても困るでしょ?
だから具体的な課題を出してるのよ。
『このくらいは身につけておいて欲しい』って先生達が考える、
基礎的な学問についてね」
部長がくれたその言葉は、私に深く染み入りました。
優希ちゃん程ではないにせよ、私も思っていたからです。
義務教育は中学で終わっています。だったら後は専門学校にでも行って、
生きるために必要な知識だけ身に着ければよいのでは?
そう思っていたのも事実です。
部長がくれた回答は、見事に答えを出していました。
勉強した内容自体は今後使わないとしても、
その過程で身に着けた『行動特性』は、生涯にわたり役に立つ。
勉強する事でそれを磨く、そう言われれば納得です。
(やっぱり部長の話はためになるなぁ)
今回の件で学びました。
普段は飄々として捉えどころのない部長だけれど。
『覚えておきなさい』、この言い出しから始まる言葉は、
的を射ており重要です。
傾聴する価値がある。この時私は、
『何か疑問を覚えたら、とりあえず部長を頼りにしてみる』、
そんな『行動特性』を身につけたのでしょう。
「さ、お説教はこのくらいにしましょっか。
さあ優希、貴女は何をするべきかしら?」
「まずは『楽できる勉強の仕方』を調べるじょ!」
正しく理解したのでしょう、優希ちゃんはさっそく行動を変えました。
ただ参考書を睨みつけて唸るのをやめて、
『効率的な勉強の仕方』をネットで検索し始めたのです――。
◆ ◇ ◆
この日以来。部長は私に何回か、
有用な『行動特性』を身につけさせてくれました。
例えばある日。私がやっぱり迷子になって、
部長に助けられた日の事です。部長は呆れて苦笑しながら、
こんな問いを投げかけました。
「ねえ咲。貴女はどうして迷子になって苦しむんだと思う?」
「え、ええと。それは私が、方向音痴で――」
「違うわ、答えは単純。諦めが悪いからよ」
「……へ?」
予想外の切り口に、思わず素っ頓狂な声を一つ。
そんな私に部長は笑って、でもその笑顔は怖かった。
「道を失ってしまった時点で、すぐ諦めるべきだったのよ。
なのに頑張ってあがくから、貴女は苦しんで疲弊する。
……迷子に限った話じゃないけどね」
「……はい」
「今回の件で言えば、最初から私に道案内を頼む。
『これは迷った』と思った時点で、素直に私に助けを求める。
その方が楽でしょう? 結果的に諦めた方がいい時もあるのよ」
「そ、そうですね……」
「『覚えておきなさい』。努力に意味がない時もあるわ。
『何かの苦難にぶつかった時、諦めも選択肢に入れるべき』なのよ」
「わかった?」
「はい」
「じゃあ次からはどうする?」
「最初から、部長に道案内をお願いします」
「それでよし」
そこで部長は笑顔に戻り、私の手を握ります。
部長がくれた『行動特性』。それは酷く単純で、でもそれでいて真理でした。
『迷惑を掛けたくない』、そう思ったのも事実です。
でもその結果迷子になって、心配させて迎えに来させる。
本末転倒もいいところです。それなら最初から道案内を頼んだ方がいい。
そして私はこの日から、迷子で悩む事がなくなりました。
素直に部長を頼るようになったからです。
ちょっとトイレに行く時も、すぐそこの売店に行く時も。
会場まで向かうその時まで、部長に道案内を頼みます。
2つの特性が繋がりました。『困った時は部長を頼る』、
『自力解決に固執しない』。結果部長に傾倒し、
すごく生きやすくなったのです。
でもそんな生き方は、人には『甘え』に映るのでしょう。
事実、染谷先輩が苦笑しつつも、部長に苦言を呈します。
「ちょっと過保護過ぎやせんか?」
「過保護なくらいでちょうどいいのよ。
咲みたいな子は自分を押し込めがちだから」
「もう少し、『甘えれば助けてもらえる』って覚えた方がいいわ」
部長は私を抱き締めて、小声で耳に囁きます。
私にだけ聞こえる声で、まるで注ぎ込むように。
『諦める事は大切よ。貴女は一人で頑張り過ぎる。諦める事を覚えなさい?』
『諦めて、もっと私に頼ればいいの』
耳朶に流し込まれた言葉。どこか引っ掛かりを覚えつつも、
私は素直に頷きました。実際部長は頼もしく、任せて悪くなった事はないからです。
自分で解決する必要はない、部長の言葉に従えばいい。
そして私はそれからも、部長に寄りかかり続けるのでした。
◆ ◇ ◆
部長が私に教えてくれて、とても印象深かったもの。
他にもたくさんありますが、例えばこんな事がありました。
大事な対局が始まる直前。部長は一枚のプリントを取り、
ペンでチェックを入れ始めます。覗き込めばそれはチェックリスト。
対局前にやるべき事を、箇条書きにしたものです。
「あ、洗眼薬忘れてたわ。危ない危ない」
部長は薬をカップに注ぎ、ぴったり目に押し当てます。
そのまま頭を後ろにそらし、数回パチパチまばたきしました。
「部長って、こういう時凄いしっかりしてますよね」
「あー逆逆、実際にはテンパリまくりよ。この前醜態晒したでしょう?」
「……えっと」
「そうね。咲も『覚えておきなさい』」
部長はいつもの前置きをして、私に言葉をくれました。
「人ってね? パニックになると思考が停止するの。
緊張したり、興奮したり。感情が高ぶると人は駄目、
思考力がビックリするほど鈍るものなの」
「……はい、わかる気がします」
「だからね。そう言った時を想定して、事前に準備しておくのよ。
そうすれば、パニックになって致命的なミスをしなくて済むわ」
『これもそんな対策の一つ』、部長はそう言いながら、
チェックリストを指でなぞります。
「緊張しててもチェックリストを盲目にこなすくらいならできるでしょう?
いつものルーチンをこなす事で、精神を安定させる効果もあるわ」
「なるほど……」
「いい? まだ思考がまともなうちに、
危機的状況を想定して行動を決めておきなさい」
「この準備を怠れば、『きっと後悔する時が来る』」
部長のその物言いは、まるで『自身の傷』を撫でるようで、
酷く実感が籠っていました。『一体何があったんですか?』
その言葉は口に出せず、代わりに言葉を反芻(はんすう)します。
(……でも、具体的にどんな場面を想像したらいいんだろ)
トイレに行きたくて、でも道がわからない時?
それは答えが出ています。部長にお願いすればいい。
麻雀で強敵が現れて、戦い方がわからない時?
これも答えが出ています。部長に相談すればいい。
結局答えは同じなのです。『部長に相談すればいい』、
私はそう結論付けて、考える事を止めてしまいました。
おそらくはもうこの時点で、『思考がまともではなかった』のでしょう。
いずれにせよ、部長はアドバイスをくれていた。
その金言に従っていれば、私は絶望しないですんだ。
なのに、なのに、なのに、なのに――。
◆ ◇ ◆
私がこの指示を『無視した』から。
部長が予言した通り、『後悔』する事になったのでした。
◆ ◇ ◆
全国大会の決勝戦。五位決定戦を眺める私は、
部長に声を掛けられました。
「咲。そろそろトイレ行っといたら?」
「あ、そうですね。部長、案内してもらっていいですか?」
「ごめんね、ちょっと今は手を離せないのよ。
地図を書いておいたから一人で行ってくれる?」
「……はい」
珍しい事もあったものです、部長がお願いを断るなんて。
私は不安に襲われながらも、会場を一人歩きます。
部長がくれた地図を開くと、ああなんだ、
控室からトイレは一本道です。ただ外に出て右に歩くだけ、
これなら私でも辿り着ける――。
「……!?」
ほっと安堵の息をつき、次の瞬間硬直しました。
廊下を遠く眺めた先で、私の視界に映った人は――。
◆ ◇ ◆
――お姉ちゃん。
◆ ◇ ◆
まさに部長が予期した通り、頭が真っ白になりました。
お姉ちゃん。ずっと会いたくて、ずっと話したくて、
何度も夢に見た人が、唐突に廊下を歩いてくる。
「お」
「おね――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
続きはFANBOXにて支援者に限定公開です。
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