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【咲-Saki-SS:久咲】 咲「二人だけの、秘密」【共依存】
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<あらすじ>
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全国大会が過熱する最中、宮永咲は竹井久の『秘密』を知る。
『秘密』を知られた久は恥じらい、でも嬉しそうに微笑んだ。
『二人だけの秘密にしましょ?』
それは他愛のない約束。でも確かに、二人を結ぶ強固な絆。
そして二人はそれからも、『秘密』という名の鎖でもって、
互いを縛りつけていく――。
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<登場人物>
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<竹井久>
清澄高校の3年生で学生議会長と麻雀部部長を兼務する才女。
164cmのスリム体型で飄々としている食わせ者だが、
実はプレッシャーに弱い側面がある。
家庭に複雑な事情があり、旧姓は『上埜』だった。
<宮永咲>
清澄高校の1年生で麻雀部のエース。
155cmの慎ましい体型で基本は大人しい文学少女だが、
精神的に危うく時折暴力的な発想を見せる。
家庭に複雑な事情があり、母や姉とは別居している。
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<症状>
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・共依存
<その他>
●FANBOX支援者に送る限定先行公開していた作品です。
3月に公開した作品でそれなりに月日が経過したので公開します。
●pixivFANBOXによる支援を検討くださる方はこちらを参照してください。
https://puchi-drop.fanbox.cc/
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初めて秘密ができたのは、全国大会の2回戦。
部長が一人塞ぎこみ、言えない不安を抱えたままで、
孤独に会場へと乗り込んだ日の事でした。
『なんだか部長……おかしな感じだったよ……』
私が感じた微かな異変。
その事を夜に伝えたら、部長は目を見開いて。
恥ずかしそうに。でも、どこか嬉しそうに破顔したのです。
『そっか、咲には見抜かれちゃってたか―』
『は、はい……打ち筋も明らかに違いましたし』
『うわっちゃー恥ずかしい! まあでもいっそ清々しいか!
今度からは出陣前に、咲に様子を見てもらう事にするわ!
様子がおかしかったら教えてくれる?』
『は、はい……頑張ります』
『あ、でも恥ずかしいから皆には内緒ね?
これは咲と私、二人だけの秘密にしましょ!』
『……はいっ!』
悪戯っぽく片目を閉じて、唇に手をあて囁く部長は、
酷く艶やかに見えました。
『二人だけの秘密』、言葉の響きがとても甘美で。
部長との距離が近くなった気がして、
胸がぽかぽか温もりました。
実際この日を皮切りに、部長の態度は一変します。
例えば会場に向かう前。部長は私の前に立ち、
くるりと回って見せたのです。
『どう?』
『あっ、かわいいですっ』
『お、かわいいか――』
『はい、とても』
『やった』
行為の意味を知る者は、部長と私二人だけ。
他の人達からしたら、部長が突然
踊り出したとしか思えなかったでしょう。。
私だけが知っている。奇妙な優越感に襲われて、
頬が上気していくのを感じていました。
これが『秘密』の始まりです。
まだこの頃の私達は、健全だったと言えるでしょう。
◆ ◇ ◆
二人だけの『暗号』が、徐々に増えていきました。
示し合わせたわけではありません。ただ、部長と私は本の虫。
だから知識も似通っていて、自然と通じ合う事が多いのです。
例えばとある晴れた日の事、部長がお花を持ってきました。
笑顔で花瓶に生ける部長に、染谷先輩が問い掛けます。
「どうしたんじゃ? いきなり花なんぞ持ってきよって」
「いやー、この花可愛くない? 昨日散歩してたんだけどさ、
この子達がコンクリの隙間で無造作に咲いてたのよ。
せっかくだから摘んできちゃった!」
「確かに綺麗だじょ。路上に咲いてたとは思えないじぇ」
みんなは花を愛でた後、各々の作業に戻ります。
そう、部長の真意に気づく事なく。
私だけが知っていました。部長が誇る部室の図書館、
その本棚の一冊に、この花が登場する事を。
栽培が非常に難しい花。道路で自生できる花ではありません。
花言葉は『ありがとう』、つまりこれはメッセージです。
照れ屋さんの部長が贈る、感謝の気持ちなのでした。
気づいた私は口を開き、でも、またすぐに閉じました。
どうして? それは浅ましい独占欲。
私は部長の感謝の気持ちを、独り占めしたくなったのです。
鼻歌を歌いご機嫌で、一人花を愛でる部長。
その横にそっと寄り添って、小さな声で囁きました。
『こちらこそ、ありがとうございます』
そしたら部長は目を見開いて、満面の笑みを見せました。
『やっぱり咲にはわかっちゃうのね』、なんて嬉しそうに笑いながら。
『種明かしはしないんですか?』
『しないわよ。気づかれないならそれでもいいの。
私が贈りたいから贈る。これはただの自己満足だから』
『そうですか。じゃあ、私が独り占めしちゃいますね?』
『あはは、また秘密ができちゃったわね』
小声で囁き合う二人。みんなもいる部室の中で、
こっそり心を通わせている。
優越感。そしてどこか妖しい背徳を覚え、
ぶるりと身をよじらせます。
部長も同じなのでしょう。私にだけ向けられた視線は、
明らかにより親密で。『ただの後輩』に向けるには、
熱が籠り過ぎていました。
秘密を共有するたびに、部長との距離が縮んでいく。
距離が縮んでいくたびに、互いに熱を帯びていく。
やがて熱が私を狂わせ、恋の病に侵されていき。
二人の距離はゼロになる。そして私はそれからますます――。
◆ ◇ ◆
『秘密』の毒に、溺れていくのでした。
◆ ◇ ◆
いつの頃からだったでしょう、正確には覚えていません。
私が抱える『二人の秘密』は、色を纏うようになっていました。
寒さが心に染み入る2月、部室に集まる私達。
私物を整理する部長を見ながら、優希ちゃんが言いました。
「そうだじょ。たまには皆でどっか食べにいかないか?」
「お、いいな。もうすぐ竹井先輩も卒業だし、
壮行会も兼ねて一つ」
意図を正確に汲み取ったのでしょう、
すかさず京ちゃんが相槌を打ちます。
確定事項と言わんばかりに、今度は染谷先輩が続きました。
「お前さん、何か食べたいもんでもあるか?」
「うーん、そうねえ」
部長はなぜか私を見ると、小さく舌を舐めずりました。
そして僅かに目を細め、視線は私に向けたまま、
こんな事を言うのです。
「あ、なんか咲を見てたらお刺身食べたくなってきたわ」
「咲さんのどこがお刺身なんですか?」
「あはは、正直私にもわからないわ!
こーゆーのってインスピレーションだから」
「刺身なぁ……少し変わって寿司でもええんか?」
「あっ、お寿司食べたいじょ!!」
みんなは真意に気づかないまま、
会話をどんどん進めていきます。私だけが胸を高鳴らせ、
跳ねる心臓を押さえていました。
また『二人だけの』暗号です。
『お刺身』は娼婦が使う隠語の一つで、
主に『口づけ』を意味します。滑った唇の感触が、
お刺身に近い事が理由だったと記憶しています。
つまり部長の発言は、
『私を見ていたらキスしたくなっちゃった』となるわけです。
勘違いではないのでしょう。事実部長は私を見つめ、
今も妖艶に笑っています。
ほんの少し前までは、『秘密』は些細なものでした。
別に知られても構わない。でも、
『何となく面白いから』秘密にしておく。
そのくらいの意味でした。
でも今回は違います。部長が送った暗号は、
確かに『秘密にすべき』もの。
混じりっけなしの『秘め事』でした。
『秘密』の価値が増せば増すほど、人はより強く結びつくものです。
気づけば私は虜になって、秘密に縛り付けられていきました。
一人秘密を抱えつつ、どんどん部長に溺れていきます。
注ぎ込まれる部長の秘密。それは甘い猛毒でした。
摂取すればするほどに、部長以外が見えなくなって。
他が希薄になって行く。
気づいた時には手遅れでした。
私はもう、部長なしでは生きられない。
何より酷く皮肉な事に、その事実が発覚したのは――。
◆ ◇ ◆
部長が、私のそばを離れた後でした。
◆ ◇ ◆
部長が消息を絶ちました。
高校を卒業後、ふっと姿を消したのです。
理由はよくわかりません。教えてくれなかったから。
「竹井先輩どこ行っちゃったんだじょ」
「皆目見当が尽きません。ちょっと調べてみたんですけど、
進学した大学にも行ってないみたいですし」
「SNSには既読がつくし、携帯は繋がってるみたいだけどな……」
皆が口々にぼやきます。でも有効な情報は得られませんでした。
当たり前です。恋人の私が知らない事を、
皆が知るはずありません。
「まあ本人が『心配するな』と言っとるんじゃ。
今は触れんでもええじゃろう」
染谷先輩がそう締めて、このお話は終わります。
そう。部長は卒業した後に、一度だけメッセージを送っていました。
『ちょっと私姿を消すけど、別に心配しないでね!』
つまりこれは『予定通り』、気に病む必要はありません。
皆はそう割り切って、いつも通りの日々を送り始めて――。
◆ ◇ ◆
私だけ、時間が止まったままだった。
◆ ◇ ◆
部長が姿を消した世界は、味気なくてつまらなかった。
二人だけに通じる暗号、わかる人は誰もいない。
酷く無味乾燥だった。もはや価値すら感じないほど。
「その、咲さん、大丈夫ですか?」
「……ん、どうしたの和ちゃん?」
「いえ。最近元気がないようなので」
「そうかな? 自分ではそんな感じしないけど。
ああでも、ちょっとだけ『気が急く』のかな」
「気が急く、ですか?」
「…………うん。あ、何となくだから気にしないでいいよ」
仮面の笑顔で微笑みながら、内心酷く肩を落とした。
やっぱりだ、和ちゃんには通じない。当たり前ではあるけれど。
『気が急くのよ』。全国大会2回戦、部長が出発前に言った言葉だ。
転じてこれは『不安のサイン』。不安で怖くて堪らない、
孤独で寂しいと感じた時の。
私がそれに気づいてからは、部長は何度も口にした。
『気が急く』。かなり赤寄りの黄信号だ。
つまり今、私は壊れ掛けている。
(なんて、部長じゃないんだから素直に言えばいいんだよ。
『部長が居なくなって寂しい』って。不安で不安で堪らないって)
でも私にも無理だった。部長と交わり過ぎた私は、
『秘密』が普通になっている。
自ら不安を口にして、それでようやくわかってもらえる?
そんなのレベルが低過ぎる。あまりに濃度が薄過ぎて、
もはや価値を見出せない。
誰かと秘密を共有したい。素直にはとても吐き出せない、
暗号に籠めた想いを解読してくれる人が欲しい。
部長以外には居なかった、なのに部長は消えてしまった。
『私に何も言わないで――』。
刹那、全身を激しい衝撃が襲う。
(…………違う! これも『暗号』なんだ!!!)
きっと前提が間違っている、部長は何かを残したのだ。
単に気づいていないだけ、私が暗号を見逃している。
『他の部員達と同じように』!
(探さなきゃ! でもどこにあるの!?)
交わした言葉に隠されたなら、私は容易く気づいたはずだ。
つまり私はまだ知らない。暗号はどこかに隠されている。
探さないと見つからなくて――それも、私以外探さないだろう場所に。
(……竹井図書!!!)
部長と私だけを繋ぐ絆、それが『竹井図書館』だった。
部室に置かれた小さな本棚。部長が愛した本達が、
帰らぬ主を待ち続けている。
ほぼ全ての私物を持ち帰った部長は、
最初はこの本達も持ち帰るつもりだったらしい。
でも途中で手を止めた。
『もう暗記するくらい読んだから、この際部室に寄贈するわ』
私に笑顔を向けながら。
私個人への餞別だ。だって私以外は読まないのだから。
もし暗号が隠されてるなら、この図書館以外あり得ない。
「さ、咲さん!? 急に何を!?」
「気にしないで!」
私は本を取り出すと、一冊ずつパタパタ振っていく。
メモが挟んであるのでは? そう考えての行動だ。
30冊ほど繰り返し、馬鹿さ加減に手を止める。
一体何をやっているのか。もし部長が『隠して』いるなら、
理詰めで辿り着かないと意味がない。
(何かヒントがあるはずだよ。部長と私を繋ぐ本。
過去に話題に上った本とか――そうだ!!!)
互いに本の虫だった私達は、何度か感想会を開いていた。
感想会に使った本、中でも印象に残るもの。
この条件で絞ったら、残りはたったの3冊になる。
時系列で順番に。1冊目を開いた瞬間、
推理が正しかった事を確信した。
『1027』
本を開いて1ページ目、外側から見えないように付箋が貼ってあった。
書かれていたのはたったの4文字。
数字の羅列が教えてくれた、『私は間違ってはいない』。
この本はもう終わりらしい。全ページを確認しても、
特に細工はしていなかった。次の本を開く、今度は3文字で『399』。
最後の本にも同じ細工で、『2431』とだけ記されていた。
(部長がどこにいるかわかった……!)
全身を包む達成感。でもすぐ次の瞬間に、
それを上回る恐怖が襲った。
「すいません、早退します!」
私はカバンを掴み取り、そのまま部室を飛び出していく。
額を汗が伝い落ちた。焦燥が胸を焦がし続ける。
今はもう4月の半ば。部長が姿を消してから、もう半月も経っている。
気づくのが遅過ぎた。部長は今も待っているだろうか。
解読が遅過ぎた私を見限って、もう『旅立っては』いないだろうか。
ひたすら目的地に急ぐ。
部長が待っているだろう場所――長野県は『姑射橋』へ。
◆ ◇ ◆
辿り着く頃には陽が陰っていた。天竜峡に架けられたその橋は、
周囲にまったく人影がなく、異様な雰囲気を醸し出している。
待ち人はすぐ見つかった。なんて事ない鉄橋だ、
人がいるならかなり目立つ。歩道と言うにはあまりにも細い道路の端に、
部長はひっそりと佇んでいた。
一目散に駆け寄ると、部長は目を大きく見開く。
目の下にはクマが酷い。相当『気が急いている』、一目でわかる様相だった。
「よかったっ……まだ、待っててくれたんですねっ……!」
「あはは、むしろ思ってたより早かったわ。
まあ1ヶ月も居て駄目だったら『飛ぶ』つもりだったけど」
部長の言葉に背筋が震える。やっぱり予想通りだった。
もし正解しなければ、部長は逝ってしまっていたのだ。
「一応聞いておきましょうか。どうやってここを見つけたの?」
「感想会で特に印象に残った本を、3冊選んで抜き出しました」
「数字は3つあったでしょ? ここだと限定した理由は何?」
「一つ目は『エンジェルナンバー』でしたよね?
『1027』は『願いが実現しつつある、そのまま信じ続ける事』。
つまり推理が間違ってない事を示してました」
1冊目はミステリー、作中には意味不明な数字が並ぶ。
でも読み進めていくうちに、それが
『エンジェルナンバー』である事が判明するのだ。
『数字には、天使がメッセージを籠めている』という発想。
この本を読んだ感想会で、部長はこんな事を言っていた。
『誕生日とか調べてみると面白そうよね。
咲の誕生日っていつだったっけ?』
『10月27日ですね』
『検索っと――へえ、結構いい意味じゃない?』
つまり1冊目は単なるヒント。
『感想会の本がキーになっていて、本の内容が解読のヒントになる』。
そう信じて進めれば、答えは必ず見つかると。
「それで、同じように2冊目も推理しました。
この本もミステリーで、ダイニングメッセージが
『郵便番号』になってましたよね?
それも、『2つに分けて隠されて』ました」
そこまで分かれば簡単だ。2冊目と3冊目、
数字を繋げれば『399−2431』。
この番号が示す住所で、縁がある場所は多くない。
「というわけで、この『姑射橋』だと考えました。
四校合同合宿所の入り口ですし」
部長がにっこり笑顔を見せた。どうやら正解したらしい。
ほっと安堵の息を吐き、今度は私が問い掛ける。
「でも、どうしてこんな暗号を?
この場所に何か意味があるんですか?」
「んーん、この場所自体に意味はないわ。
単に『偶然では見つからなくて』
『咲がギリギリ来れる場所』ってだけ」
「そもそもどうしてこんな事を?」
部長の笑みがピタリと止まる。現れたのは無表情。
それはどこか病的で、危うさを孕んでいるように見えた。
「怖くなったのよ。私が卒業する事で、関係が切れてしまうのが」
淡々と語るその口調、でもだからこそ本音が透ける。
私を蝕む『秘密』の毒は、部長の中にも沈殿していた。
「咲が気づいた『暗号』はね、別に咲だけに送ってたわけじゃないの。
一年生の頃からずっと、周りに救援信号を送り続けてた」
「素直に言えなかったから。弱音を吐く事ができなかったのよ。
だから暗に潜ませた。ま、受け取られずに捨てられちゃったけどね」
「貴女だけだったのよ、『私』に気づいてくれたのは。
本音を共有したのも貴女だけ。
貴女は私の秘密を知った。誰より深く色濃くね」
「だからこそ怖くなったの。貴女が居なくなってしまえば、
私はもう生きられない」
痛いくらいによくわかる。部長が危惧したその結末は、
この2週間嫌という程味わったからだ。
世界が一気に色あせた。何もかもが味を失い、
まるで砂を噛んでいるようだった。
もし推理ができなくて、そのまま部長と『切れて』いたら。
きっと遠くない未来、私もこの世を去っただろう。
「だから小細工を弄したの。
『貴女が私を諦めないで、かつ相当執着していなければ解読できない』、
そんな暗号にしたつもり」
「そして貴女はここに来た。
だからもう――逃がしてあげるつもりはないわよ?」
部長は腕を広げると、私を閉じ込めるように包み込む。
そんなのこちらも望むところだ。私も腕を背中に回し、
ぎゅうと強く抱き締めた。
◆ ◇ ◆
「……はいっ! これからも、いっぱい秘密を作りましょう!」
◆ ◇ ◆
それから早数ヶ月。『病気』は順調に悪化している。
誰かと秘密を共有する事、それは『拒絶』と一体だ。
『私以外には秘密を与えない』、ある意味で究極の拒絶だった。
そんな事を繰り返せば、当然世界は疎遠になる。
二人の関係は濃密になり、それ以外は色褪せて空虚になった。
「もういっそ二人っきりで生きませんか?」
「駄目駄目。秘密はね、知らない人がいて初めて成り立つのよ」
部長が施す『秘密』の意味は、歪に姿を変えていた。
最初は確かに『救援信号』だったはずだ。
素直に言えない『ヘルプミー』を、暗号に乗せて発信していた。
なのにいつしか姿を変えて、私達を結ぶ絆になり。
そして今では――私達を狂わせる、一種の麻薬と化している。
仮面の笑顔で生活しながら、私は部長に暗号を送る。
部長はそれを受け取って、私だけわかるようにメッセージを返す。
そうする事で実感するのだ。このだだっぴろい世界の中で、
分かり合えるのは二人だけだと。
「さ。今日も秘密を作りましょう? 誰にも言えない酷い秘密を」
「はい」
そして私達は繰り返す。
二人で全てを共有し、全てを覆い隠す生活を。
(完)
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久咲については他にもFANBOX側で限定公開している作品もあります。
オリジナル百合や支援者様からのリクエスト作品については、
FANBOXでの限定公開となります。
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丁度今、『Pixiv FANBOX 2周年記念キャンペーン』も
開催中なのでこの機会に是非どうぞ!(2020年05月いっぱい)
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<あらすじ>
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全国大会が過熱する最中、宮永咲は竹井久の『秘密』を知る。
『秘密』を知られた久は恥じらい、でも嬉しそうに微笑んだ。
『二人だけの秘密にしましょ?』
それは他愛のない約束。でも確かに、二人を結ぶ強固な絆。
そして二人はそれからも、『秘密』という名の鎖でもって、
互いを縛りつけていく――。
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<登場人物>
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<竹井久>
清澄高校の3年生で学生議会長と麻雀部部長を兼務する才女。
164cmのスリム体型で飄々としている食わせ者だが、
実はプレッシャーに弱い側面がある。
家庭に複雑な事情があり、旧姓は『上埜』だった。
<宮永咲>
清澄高校の1年生で麻雀部のエース。
155cmの慎ましい体型で基本は大人しい文学少女だが、
精神的に危うく時折暴力的な発想を見せる。
家庭に複雑な事情があり、母や姉とは別居している。
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<症状>
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・共依存
<その他>
●FANBOX支援者に送る限定先行公開していた作品です。
3月に公開した作品でそれなりに月日が経過したので公開します。
●pixivFANBOXによる支援を検討くださる方はこちらを参照してください。
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初めて秘密ができたのは、全国大会の2回戦。
部長が一人塞ぎこみ、言えない不安を抱えたままで、
孤独に会場へと乗り込んだ日の事でした。
『なんだか部長……おかしな感じだったよ……』
私が感じた微かな異変。
その事を夜に伝えたら、部長は目を見開いて。
恥ずかしそうに。でも、どこか嬉しそうに破顔したのです。
『そっか、咲には見抜かれちゃってたか―』
『は、はい……打ち筋も明らかに違いましたし』
『うわっちゃー恥ずかしい! まあでもいっそ清々しいか!
今度からは出陣前に、咲に様子を見てもらう事にするわ!
様子がおかしかったら教えてくれる?』
『は、はい……頑張ります』
『あ、でも恥ずかしいから皆には内緒ね?
これは咲と私、二人だけの秘密にしましょ!』
『……はいっ!』
悪戯っぽく片目を閉じて、唇に手をあて囁く部長は、
酷く艶やかに見えました。
『二人だけの秘密』、言葉の響きがとても甘美で。
部長との距離が近くなった気がして、
胸がぽかぽか温もりました。
実際この日を皮切りに、部長の態度は一変します。
例えば会場に向かう前。部長は私の前に立ち、
くるりと回って見せたのです。
『どう?』
『あっ、かわいいですっ』
『お、かわいいか――』
『はい、とても』
『やった』
行為の意味を知る者は、部長と私二人だけ。
他の人達からしたら、部長が突然
踊り出したとしか思えなかったでしょう。。
私だけが知っている。奇妙な優越感に襲われて、
頬が上気していくのを感じていました。
これが『秘密』の始まりです。
まだこの頃の私達は、健全だったと言えるでしょう。
◆ ◇ ◆
二人だけの『暗号』が、徐々に増えていきました。
示し合わせたわけではありません。ただ、部長と私は本の虫。
だから知識も似通っていて、自然と通じ合う事が多いのです。
例えばとある晴れた日の事、部長がお花を持ってきました。
笑顔で花瓶に生ける部長に、染谷先輩が問い掛けます。
「どうしたんじゃ? いきなり花なんぞ持ってきよって」
「いやー、この花可愛くない? 昨日散歩してたんだけどさ、
この子達がコンクリの隙間で無造作に咲いてたのよ。
せっかくだから摘んできちゃった!」
「確かに綺麗だじょ。路上に咲いてたとは思えないじぇ」
みんなは花を愛でた後、各々の作業に戻ります。
そう、部長の真意に気づく事なく。
私だけが知っていました。部長が誇る部室の図書館、
その本棚の一冊に、この花が登場する事を。
栽培が非常に難しい花。道路で自生できる花ではありません。
花言葉は『ありがとう』、つまりこれはメッセージです。
照れ屋さんの部長が贈る、感謝の気持ちなのでした。
気づいた私は口を開き、でも、またすぐに閉じました。
どうして? それは浅ましい独占欲。
私は部長の感謝の気持ちを、独り占めしたくなったのです。
鼻歌を歌いご機嫌で、一人花を愛でる部長。
その横にそっと寄り添って、小さな声で囁きました。
『こちらこそ、ありがとうございます』
そしたら部長は目を見開いて、満面の笑みを見せました。
『やっぱり咲にはわかっちゃうのね』、なんて嬉しそうに笑いながら。
『種明かしはしないんですか?』
『しないわよ。気づかれないならそれでもいいの。
私が贈りたいから贈る。これはただの自己満足だから』
『そうですか。じゃあ、私が独り占めしちゃいますね?』
『あはは、また秘密ができちゃったわね』
小声で囁き合う二人。みんなもいる部室の中で、
こっそり心を通わせている。
優越感。そしてどこか妖しい背徳を覚え、
ぶるりと身をよじらせます。
部長も同じなのでしょう。私にだけ向けられた視線は、
明らかにより親密で。『ただの後輩』に向けるには、
熱が籠り過ぎていました。
秘密を共有するたびに、部長との距離が縮んでいく。
距離が縮んでいくたびに、互いに熱を帯びていく。
やがて熱が私を狂わせ、恋の病に侵されていき。
二人の距離はゼロになる。そして私はそれからますます――。
◆ ◇ ◆
『秘密』の毒に、溺れていくのでした。
◆ ◇ ◆
いつの頃からだったでしょう、正確には覚えていません。
私が抱える『二人の秘密』は、色を纏うようになっていました。
寒さが心に染み入る2月、部室に集まる私達。
私物を整理する部長を見ながら、優希ちゃんが言いました。
「そうだじょ。たまには皆でどっか食べにいかないか?」
「お、いいな。もうすぐ竹井先輩も卒業だし、
壮行会も兼ねて一つ」
意図を正確に汲み取ったのでしょう、
すかさず京ちゃんが相槌を打ちます。
確定事項と言わんばかりに、今度は染谷先輩が続きました。
「お前さん、何か食べたいもんでもあるか?」
「うーん、そうねえ」
部長はなぜか私を見ると、小さく舌を舐めずりました。
そして僅かに目を細め、視線は私に向けたまま、
こんな事を言うのです。
「あ、なんか咲を見てたらお刺身食べたくなってきたわ」
「咲さんのどこがお刺身なんですか?」
「あはは、正直私にもわからないわ!
こーゆーのってインスピレーションだから」
「刺身なぁ……少し変わって寿司でもええんか?」
「あっ、お寿司食べたいじょ!!」
みんなは真意に気づかないまま、
会話をどんどん進めていきます。私だけが胸を高鳴らせ、
跳ねる心臓を押さえていました。
また『二人だけの』暗号です。
『お刺身』は娼婦が使う隠語の一つで、
主に『口づけ』を意味します。滑った唇の感触が、
お刺身に近い事が理由だったと記憶しています。
つまり部長の発言は、
『私を見ていたらキスしたくなっちゃった』となるわけです。
勘違いではないのでしょう。事実部長は私を見つめ、
今も妖艶に笑っています。
ほんの少し前までは、『秘密』は些細なものでした。
別に知られても構わない。でも、
『何となく面白いから』秘密にしておく。
そのくらいの意味でした。
でも今回は違います。部長が送った暗号は、
確かに『秘密にすべき』もの。
混じりっけなしの『秘め事』でした。
『秘密』の価値が増せば増すほど、人はより強く結びつくものです。
気づけば私は虜になって、秘密に縛り付けられていきました。
一人秘密を抱えつつ、どんどん部長に溺れていきます。
注ぎ込まれる部長の秘密。それは甘い猛毒でした。
摂取すればするほどに、部長以外が見えなくなって。
他が希薄になって行く。
気づいた時には手遅れでした。
私はもう、部長なしでは生きられない。
何より酷く皮肉な事に、その事実が発覚したのは――。
◆ ◇ ◆
部長が、私のそばを離れた後でした。
◆ ◇ ◆
部長が消息を絶ちました。
高校を卒業後、ふっと姿を消したのです。
理由はよくわかりません。教えてくれなかったから。
「竹井先輩どこ行っちゃったんだじょ」
「皆目見当が尽きません。ちょっと調べてみたんですけど、
進学した大学にも行ってないみたいですし」
「SNSには既読がつくし、携帯は繋がってるみたいだけどな……」
皆が口々にぼやきます。でも有効な情報は得られませんでした。
当たり前です。恋人の私が知らない事を、
皆が知るはずありません。
「まあ本人が『心配するな』と言っとるんじゃ。
今は触れんでもええじゃろう」
染谷先輩がそう締めて、このお話は終わります。
そう。部長は卒業した後に、一度だけメッセージを送っていました。
『ちょっと私姿を消すけど、別に心配しないでね!』
つまりこれは『予定通り』、気に病む必要はありません。
皆はそう割り切って、いつも通りの日々を送り始めて――。
◆ ◇ ◆
私だけ、時間が止まったままだった。
◆ ◇ ◆
部長が姿を消した世界は、味気なくてつまらなかった。
二人だけに通じる暗号、わかる人は誰もいない。
酷く無味乾燥だった。もはや価値すら感じないほど。
「その、咲さん、大丈夫ですか?」
「……ん、どうしたの和ちゃん?」
「いえ。最近元気がないようなので」
「そうかな? 自分ではそんな感じしないけど。
ああでも、ちょっとだけ『気が急く』のかな」
「気が急く、ですか?」
「…………うん。あ、何となくだから気にしないでいいよ」
仮面の笑顔で微笑みながら、内心酷く肩を落とした。
やっぱりだ、和ちゃんには通じない。当たり前ではあるけれど。
『気が急くのよ』。全国大会2回戦、部長が出発前に言った言葉だ。
転じてこれは『不安のサイン』。不安で怖くて堪らない、
孤独で寂しいと感じた時の。
私がそれに気づいてからは、部長は何度も口にした。
『気が急く』。かなり赤寄りの黄信号だ。
つまり今、私は壊れ掛けている。
(なんて、部長じゃないんだから素直に言えばいいんだよ。
『部長が居なくなって寂しい』って。不安で不安で堪らないって)
でも私にも無理だった。部長と交わり過ぎた私は、
『秘密』が普通になっている。
自ら不安を口にして、それでようやくわかってもらえる?
そんなのレベルが低過ぎる。あまりに濃度が薄過ぎて、
もはや価値を見出せない。
誰かと秘密を共有したい。素直にはとても吐き出せない、
暗号に籠めた想いを解読してくれる人が欲しい。
部長以外には居なかった、なのに部長は消えてしまった。
『私に何も言わないで――』。
刹那、全身を激しい衝撃が襲う。
(…………違う! これも『暗号』なんだ!!!)
きっと前提が間違っている、部長は何かを残したのだ。
単に気づいていないだけ、私が暗号を見逃している。
『他の部員達と同じように』!
(探さなきゃ! でもどこにあるの!?)
交わした言葉に隠されたなら、私は容易く気づいたはずだ。
つまり私はまだ知らない。暗号はどこかに隠されている。
探さないと見つからなくて――それも、私以外探さないだろう場所に。
(……竹井図書!!!)
部長と私だけを繋ぐ絆、それが『竹井図書館』だった。
部室に置かれた小さな本棚。部長が愛した本達が、
帰らぬ主を待ち続けている。
ほぼ全ての私物を持ち帰った部長は、
最初はこの本達も持ち帰るつもりだったらしい。
でも途中で手を止めた。
『もう暗記するくらい読んだから、この際部室に寄贈するわ』
私に笑顔を向けながら。
私個人への餞別だ。だって私以外は読まないのだから。
もし暗号が隠されてるなら、この図書館以外あり得ない。
「さ、咲さん!? 急に何を!?」
「気にしないで!」
私は本を取り出すと、一冊ずつパタパタ振っていく。
メモが挟んであるのでは? そう考えての行動だ。
30冊ほど繰り返し、馬鹿さ加減に手を止める。
一体何をやっているのか。もし部長が『隠して』いるなら、
理詰めで辿り着かないと意味がない。
(何かヒントがあるはずだよ。部長と私を繋ぐ本。
過去に話題に上った本とか――そうだ!!!)
互いに本の虫だった私達は、何度か感想会を開いていた。
感想会に使った本、中でも印象に残るもの。
この条件で絞ったら、残りはたったの3冊になる。
時系列で順番に。1冊目を開いた瞬間、
推理が正しかった事を確信した。
『1027』
本を開いて1ページ目、外側から見えないように付箋が貼ってあった。
書かれていたのはたったの4文字。
数字の羅列が教えてくれた、『私は間違ってはいない』。
この本はもう終わりらしい。全ページを確認しても、
特に細工はしていなかった。次の本を開く、今度は3文字で『399』。
最後の本にも同じ細工で、『2431』とだけ記されていた。
(部長がどこにいるかわかった……!)
全身を包む達成感。でもすぐ次の瞬間に、
それを上回る恐怖が襲った。
「すいません、早退します!」
私はカバンを掴み取り、そのまま部室を飛び出していく。
額を汗が伝い落ちた。焦燥が胸を焦がし続ける。
今はもう4月の半ば。部長が姿を消してから、もう半月も経っている。
気づくのが遅過ぎた。部長は今も待っているだろうか。
解読が遅過ぎた私を見限って、もう『旅立っては』いないだろうか。
ひたすら目的地に急ぐ。
部長が待っているだろう場所――長野県は『姑射橋』へ。
◆ ◇ ◆
辿り着く頃には陽が陰っていた。天竜峡に架けられたその橋は、
周囲にまったく人影がなく、異様な雰囲気を醸し出している。
待ち人はすぐ見つかった。なんて事ない鉄橋だ、
人がいるならかなり目立つ。歩道と言うにはあまりにも細い道路の端に、
部長はひっそりと佇んでいた。
一目散に駆け寄ると、部長は目を大きく見開く。
目の下にはクマが酷い。相当『気が急いている』、一目でわかる様相だった。
「よかったっ……まだ、待っててくれたんですねっ……!」
「あはは、むしろ思ってたより早かったわ。
まあ1ヶ月も居て駄目だったら『飛ぶ』つもりだったけど」
部長の言葉に背筋が震える。やっぱり予想通りだった。
もし正解しなければ、部長は逝ってしまっていたのだ。
「一応聞いておきましょうか。どうやってここを見つけたの?」
「感想会で特に印象に残った本を、3冊選んで抜き出しました」
「数字は3つあったでしょ? ここだと限定した理由は何?」
「一つ目は『エンジェルナンバー』でしたよね?
『1027』は『願いが実現しつつある、そのまま信じ続ける事』。
つまり推理が間違ってない事を示してました」
1冊目はミステリー、作中には意味不明な数字が並ぶ。
でも読み進めていくうちに、それが
『エンジェルナンバー』である事が判明するのだ。
『数字には、天使がメッセージを籠めている』という発想。
この本を読んだ感想会で、部長はこんな事を言っていた。
『誕生日とか調べてみると面白そうよね。
咲の誕生日っていつだったっけ?』
『10月27日ですね』
『検索っと――へえ、結構いい意味じゃない?』
つまり1冊目は単なるヒント。
『感想会の本がキーになっていて、本の内容が解読のヒントになる』。
そう信じて進めれば、答えは必ず見つかると。
「それで、同じように2冊目も推理しました。
この本もミステリーで、ダイニングメッセージが
『郵便番号』になってましたよね?
それも、『2つに分けて隠されて』ました」
そこまで分かれば簡単だ。2冊目と3冊目、
数字を繋げれば『399−2431』。
この番号が示す住所で、縁がある場所は多くない。
「というわけで、この『姑射橋』だと考えました。
四校合同合宿所の入り口ですし」
部長がにっこり笑顔を見せた。どうやら正解したらしい。
ほっと安堵の息を吐き、今度は私が問い掛ける。
「でも、どうしてこんな暗号を?
この場所に何か意味があるんですか?」
「んーん、この場所自体に意味はないわ。
単に『偶然では見つからなくて』
『咲がギリギリ来れる場所』ってだけ」
「そもそもどうしてこんな事を?」
部長の笑みがピタリと止まる。現れたのは無表情。
それはどこか病的で、危うさを孕んでいるように見えた。
「怖くなったのよ。私が卒業する事で、関係が切れてしまうのが」
淡々と語るその口調、でもだからこそ本音が透ける。
私を蝕む『秘密』の毒は、部長の中にも沈殿していた。
「咲が気づいた『暗号』はね、別に咲だけに送ってたわけじゃないの。
一年生の頃からずっと、周りに救援信号を送り続けてた」
「素直に言えなかったから。弱音を吐く事ができなかったのよ。
だから暗に潜ませた。ま、受け取られずに捨てられちゃったけどね」
「貴女だけだったのよ、『私』に気づいてくれたのは。
本音を共有したのも貴女だけ。
貴女は私の秘密を知った。誰より深く色濃くね」
「だからこそ怖くなったの。貴女が居なくなってしまえば、
私はもう生きられない」
痛いくらいによくわかる。部長が危惧したその結末は、
この2週間嫌という程味わったからだ。
世界が一気に色あせた。何もかもが味を失い、
まるで砂を噛んでいるようだった。
もし推理ができなくて、そのまま部長と『切れて』いたら。
きっと遠くない未来、私もこの世を去っただろう。
「だから小細工を弄したの。
『貴女が私を諦めないで、かつ相当執着していなければ解読できない』、
そんな暗号にしたつもり」
「そして貴女はここに来た。
だからもう――逃がしてあげるつもりはないわよ?」
部長は腕を広げると、私を閉じ込めるように包み込む。
そんなのこちらも望むところだ。私も腕を背中に回し、
ぎゅうと強く抱き締めた。
◆ ◇ ◆
「……はいっ! これからも、いっぱい秘密を作りましょう!」
◆ ◇ ◆
それから早数ヶ月。『病気』は順調に悪化している。
誰かと秘密を共有する事、それは『拒絶』と一体だ。
『私以外には秘密を与えない』、ある意味で究極の拒絶だった。
そんな事を繰り返せば、当然世界は疎遠になる。
二人の関係は濃密になり、それ以外は色褪せて空虚になった。
「もういっそ二人っきりで生きませんか?」
「駄目駄目。秘密はね、知らない人がいて初めて成り立つのよ」
部長が施す『秘密』の意味は、歪に姿を変えていた。
最初は確かに『救援信号』だったはずだ。
素直に言えない『ヘルプミー』を、暗号に乗せて発信していた。
なのにいつしか姿を変えて、私達を結ぶ絆になり。
そして今では――私達を狂わせる、一種の麻薬と化している。
仮面の笑顔で生活しながら、私は部長に暗号を送る。
部長はそれを受け取って、私だけわかるようにメッセージを返す。
そうする事で実感するのだ。このだだっぴろい世界の中で、
分かり合えるのは二人だけだと。
「さ。今日も秘密を作りましょう? 誰にも言えない酷い秘密を」
「はい」
そして私達は繰り返す。
二人で全てを共有し、全てを覆い隠す生活を。
(完)
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