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【咲-Saki-SS:宮永照】照「今の私は、麻雀が嫌いじゃありません」−前編−【まったり】

<あらすじ>
照「続きものだよ。過去作は冒頭のリンクを辿ってね」

「私は麻雀、好きじゃないんです」
http://yandereyuri.sblo.jp/article/186888304.html

<その他>
欲しいものリストでの贈り物に対するお礼のSSです。
以前同じくリクエストで執筆したお話の後日談となります。
終始毒のないまったりとしたお話です。

※前回同様詳細なあらすじがありますが、
 盛大なネタバレとなるので作品終了時に展開します。



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「かんぱーい!!」


 皆で高らかに声を上げ、手にしたグラスをぶつけ合う。
この日私こと宮永照は、古巣である
Weekly麻雀TODAY編集部の飲み会にお邪魔していた。

 参加メンバーは西田さんに埴渕さん。
後は山口カメラマンと、私の元後輩。
私が社員だった頃お世話になった人達だ。

 お互い出版業で激務という事もあり、全員が集まれたのは久しぶり。
それゆえに、飲み会はお互いの近況を話す事から始まった。

「咲ちゃんの小説売れてるらしいわねぇ。
 この前新刊買ったけど、普通に平積みされてて感動したわ」

「おかげさまで、今では咲も中堅作家の扱いですね。
 私もその成果が認められて、他の作家さんも担当するようになりました」

 異例の経歴を持つ私。プロ雀士志望から雑誌記者、
果ては小説の編集者へ。破天荒にも程があるけど、
案外これが悪くなかった。

 『麻雀』と『小説』、一見無関係な組み合わせではある。
でも麻雀は日本における国民的競技であり、
麻雀を題材にした小説も多く存在するわけだ。
当然ながら取材が必要、大体はプロの雀士に監修を依頼する事になる。

 だが私を編集に据えれば費用は無料(ただ)。
それでいて、下手な雀士よりも遥かにリアルな情報が手に入る。
万年金欠の出版業界にとって、これは大きなメリットだった。

「そんなわけで引っ張りだこです。休む暇もありません」

「あはは、嬉しい悲鳴っぽくて何よりね」

 コロコロと笑う西田さん。そんな彼女とは対照的に、
埴渕さんと山口カメラマンが神妙な顔で割り込んでくる。

「でも……大丈夫? 時々嫌な噂も聞くけど」

「ああー、俺も聞くかな。宮永さんの生き方に嫌味を言う人もいるって」

 同じ出版業界だけあって、その手の情報が回るのも早いのだろう。
私は小さく笑って答えた。

「社内にそういう人がいるのも事実です。でも問題はありません。
 それ以上に、いい人がたくさんいますから」

 半ば押しかける形で入った会社だったけど、
ここでも優しい上司や先輩に囲まれて、慕ってくれる後輩もできた。
思えば昔からそうだ、人付き合いでは恵まれている。

「まあ、その手のやっかみなら慣れっこでしょ。
 個人的にはそれよりも、糖尿病の方が気になるわ」

「う……」

「何かあったんですか?」

「この前ちょっと用事があって、照ちゃんの出版社にお邪魔したのよ。
 デスクを見てびっくりしたわ、お菓子が山積みになってるの。
 その辺の人に聞いてみたら、『宮永さん専用のガソリンです』って」

「ただでさえこの業界ハードなんだから。
 食事と睡眠は気を付けないと、本気で早死にしちゃうわよ?」

「……前向きに善処する方向で検討します。
 というか私の事よりも、皆さんの事を聞かせてください」

 風向きが怪しくなってきた。この際話題を変えてしまおう。
露骨な方向転換に、西田さんは苦笑しながら答えてくれた。

「うちも随分変わったわー。やっぱり『再来ちゃん』を
 記事にしたのが大きかったわね。あれ以来、
 『私も雀士を守りたい』って志願者が増えてきたの」

 その記事なら私も読んだ。私が小説の編集者となり退社した後、
Weekly麻雀TODAYは『彼女』に対する特集を組んだのだ。
『人との縁を繋ぐ麻雀』、そんなタイトルの特集で、
『彼女』は赤裸々に過去を語っていた。

『私にとっての麻雀は、妹と縁を繋ぐための手段でした。
 たとえ離れてしまっても、麻雀を打っていればまた出会えるはず。
 か細い、一縷の望みに過ぎませんでした』

『それを本当の希望に変えてくれたのは、
 当時雑誌記者だった宮永照さんです。
 彼女は自身の人脈を駆使して、妹の居場所を突き止めてくれました。
 おかげで私達は再会できて、今では一緒に暮らしています』

『麻雀が照さんとの縁を繋いで、さらに妹と結び付けてくれたんです』

 大スクープとなったこの記事は、『心温まるお話』では終わらなかった。
この記事を皮切りに、『失敗例』も浮き彫りにされたからだ。

 再会する夢が叶わず、命を絶ってしまったトッププロ。
再会こそ叶ったものの、復縁叶わず精神を病んでしまった高校生。
話は『雀士の精神性』にまで発展する。特に『女性雀士』については、
精神的に危うい者が多い点も取り沙汰された。

「みんなようやく気付き始めたのね。
 雀士の取材や解説は、他の競技のようには行かないって。
 それでうちに仕事が殺到して、入社志望者も爆増した」

「知ってると思うけど、最近じゃTVでも解説を請け負ったりしてるわ。
 まあ概ね、照ちゃんが掘り起こした事業を拡大していってる感じ」

「今じゃ社員の数も3倍に膨れ上がったし、その大半が麻雀経験者よ。
 おかげで肩身が狭い狭い」

 西田さんがおどけて見せる。実際Weekly麻雀TODAYが出した調査によれば、
最近雀士の希望進路が大きく様変わりしているらしい。

 一位は『プロ雀士』で変わりない。
でも、二位に『解説者』が割り込んできた。
麻雀雑誌の記者も人気が高まっているらしい。

 麻雀業界も徐々に変わりつつあるという事だろう。
その変遷に自分が大きく関わっている。
なんとなくむずがゆく、そしてどこか申し訳なかった。

「……始めた本人が足を洗っちゃってるんですけどね」

「あはは、そう簡単に逃がしてもらえるかしらねー」

 どこか引っ掛かる物言いだ。私は首をかしげるも、
口に出しかけた言葉を飲み込む。
彼女は悪戯っぽく笑っている、どうやら続きがありそうだ。

「この業界の『宮永人気』ってすごいのよ。
 咲ちゃんの小説もあるし、何より貴女の残した成果が大き過ぎるの」

「この前の人気投票見た?
 貴女、いまだにトップテンにランクインしてるのよ。
 プロ雀士でもないのにね」

 『このまま放免は許さない』という事だろうか。
まあ確かに自覚はある、犯した罪が大き過ぎた。
時効にはまだ早過ぎるのかもしれない。

「……麻雀界復帰を望まれていると?」

「まあね。今後、そういう人が
 オファーしてくるかもって事は頭に入れときなさい」

 私はさらに考え込んだ。今更麻雀界に戻る? 答えはノーだ。
私は今の生活に満足している。

 でも、なぜだろう。何かが心に引っ掛かった。

(……まだ未練があるのかな)

 話自体はそこでおしまい、話題は日常話へと転がっていく。
それでも私の脳裏には、疑問がくすぶり続けていた――。



--------------------------------------------------------



 そんな会話から2か月後。
会社関係の繋がりで、とある人物から会食のお誘いが来た。

 お相手の名は『熊倉トシ』、私は思わず身構える。

(え、熊倉さんって、『あの』熊倉さんだよね?)

 『人材発掘の熊倉トシ』、この業界では有名だ。
例えば今トッププロとして活躍する赤土晴絵選手は、
彼女がスカウトしてきたと聞く。

 私が高3だった時のインターハイでも話題になった。
個人的にかき集めた無名のチームで、
いきなりインターハイ全国出場を達成。
その時発掘したメンバーの一部は、今もプロで活躍している。

 そんな『熊倉トシ』からのお誘い。
ほぼ間違いなく『プロスカウト』と見ていいだろう。

「――と言うわけで。『妹さんも一緒にどうぞ』って
 誘われてるんだけど……どうする?」

「うーん、私としては会いたいかな。
 何かいいネタに繋がるかもしれないし」

 すっかり作家脳と化した咲は、アイデアの発掘に余念がない。
『これもネタになるかも』と、どんな体験でも貪欲に吸収しようとする。
逞しい事この上ないが――。

「嫌な思いをするかもしれないよ?
 例えばこう、『私達が好き勝手したせいで、
 プロ麻雀界から人材が流出した』って怒られるとか」

 って、これが刺さるのは私だけか。と言うか逆に、
そうやって攻撃してくる相手ならやりやすい。
愛想笑いで距離を置いて終わるだけだ。

「……お姉ちゃんは行きたくないの?
 だったら断ってもらっていいけど」

「んん……いや、いいよ。せっかくの機会だしね、
 ご相伴にあずかろう」

 結局私は迷いながらも、誘いを受ける事にする。
それにしても、どうしてこんなに迷うのだろう。
自分でもよくわからなかった。

 別に大した話じゃない。プロに誘われても断ればいいだけだ。
相手も無理強いしないだろう、なのになぜだか引っ掛かる。

(わからない。私は、何に不安を感じているの?)

 わからない。ならいっそ飛び込むのもありだろう。
自分にそう言い聞かせ、上司に『承諾』のメールを投げた。



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 こじゃれたお店の暖簾をくぐる。
先方はすでに到着していた。姉妹揃って頭を下げて、
座敷へと足を踏み入れる。

「いやぁ、忙しい中わざわざありがとうねぇ」

「いえ、こちらこそお招き下さりありがとうございます」

 柔和な態度、ほっと胸を撫でおろした。
とは言え油断は禁物だ。学生同士ならともかく、
社会人が『まぁお食事でも』なんて誘う場合は、
まず間違いなく目的がある。

 これは『商談の場』と考えるべきだろう。
実際名刺を渡された。

「まずは自己紹介といこうか。私の名前は『熊倉トシ』。
 今はプロ麻雀連盟のアドバイザーをやってるよ」

 『アドバイザー』か。いまいち役割が見えないけれど、
『監督』ではないらしい。まぁあんまり関係ないか、
スカウト自体はどちらもあり得る。

「宮永照です。出版社で小説の編集をやっています」

「宮永咲です。その、一応小説家です」

 お互い自己紹介を終え、まずは食事をしながら『ご歓談』。
お酒も少し含みつつ、当たり障りのない事を話す。

「そう言えば、宮永咲さんの新刊を読んだよ。
 いやぁ面白かったねぇ。あれが貴女達の実録なら、
 『面白い』と言ったら失礼かもしれないけれど」

「あ、ありがとうございます。事実のところもありますけど、
 基本は読み物なので楽しんでもらえたら嬉しいです」

「そうかいそうかい。ところで気になってたんだけど……
 貴女達も、あの小説と同じで付き合ってるのかしら?」

「そ、その部分はフィクションですっ!」

 小説家としては、やはり読者の好意的な感想は嬉しいのだろう。
私も編集として鼻が高い。序盤の硬い空気が抜けて、
和やかな雰囲気が漂い始める。

「フィクションもあると言ったけど、
 実話の部分もかなり多いんじゃないかしら?
 作中のお姉さんも雀士をやめて出版社に就職してるし」

「ええと、そこは出版社側の意向ですね。
 宮永姉妹に関する暴露本の要素も加えたいって」

「と言う事は、就職した際の嫌がらせとかも真実かい?」

「そうですね。『お前は取材される側だろう』って散々叩かれました」

「……ちなみに、熊倉さん的にはどうお考えですか?
 私の取った行動のせいで、麻雀界は結構被害を被ったと思いますけど」

 その昔。高校生雀士が選ぶ進路は、『プロ雀士』の一択だった。
次点の道は実業団。後は雀荘の店員か教室の先生くらいか。
それすら選べなかった場合は、麻雀から卒業するのが通例だった。

 でも、今は多様化しつつある。『プロ雀士』以外の道も増えてきた。
事実、現在トッププロとして活躍する選手の中にも、
西田さんのもとで記者活動を始めた人がいる。
この変遷をシニアプロはどう捉えているのだろう。

「一言で言えば、『感謝』だねぇ」

「感謝……ですか?」

「ええ。貴女も知ってると思うけど、雀士って繊細な子が多いのよ。
 そんな子がなんかの拍子でポッキリ折れても、
 再就職するわけにもいかない。……麻雀以外は何もできないからね」

「ちょっと前までは、『雀士が麻雀をやめるのは逃げ』って
 捉える人が多かったしねぇ。プライドのせいでオリる事もできず、
 潰れるまで打つ子が多かった」

 『プロ麻雀界の闇』については、私も聞いた事があった。
麻雀は他の競技と違い、個人の『特殊能力』を前提としているふしがある。
極端な例を挙げてしまえば、『麻雀が下手でも能力が強ければ勝てる』のだ。

 言い換えれば、『チャンスは残り続ける泥沼』とも言える。
実際どん底だった選手が、偶然能力を開花させて復活したケースもある。
……まあ、大半はそのまま沼へと沈んでいくが。

 『能力』は個人の生きざまが反映される事が多い。
ゆえに能力を強化するために、よりピーキーな生き方を選ぶ雀士もいる。
例えば――『状況が悪くなるほど起死回生の一手が来る』選手であれば、
『自分の人生をより破滅的に悪化させていく』可能性もあるわけだ。

「雀士には『安牌』が必要なんだよ。
 普通は、悪い手が来たら安牌でオリるもんだろう?
 今まではそれが難しかった。だから全ツッパして潰れてきたのよね」

「でも、照さんのおかげで流れが変わった。
 『雀士は雀士以外にも需要がある』。
 その事実を示したおかげで、いろんな道が開けたのさ」

「だから……本当にありがとねぇ」

 胸の奥がぎゅうと詰まった。上手い言葉を返せずに、
私は愛想笑いでごまかす。ただ、どこか少しだけ救われた気がした。

 私が記者を選んだ理由は、苦難の渦中にある雀士を救うため。
それ自体は間違いない。でも、結果として救えたのは
『再来の子』だけだと思っていた。

 どうやらそれは違ったらしい。
私の生き方そのものが、他の雀士に道を示した。
無論、意図してやった事じゃない。
それでも……『無為に過ごしてしまった時間』、
そこにも意味があったと知れたのは大きかった。

「……こちらこそ、ありがとうございます。
 そう言っていただけるのは素直に嬉しいです」

 自然と笑みがこぼれ出る。営業スマイルとは違う、心からの笑みだった。
この笑みを浮かべられただけでも、今日来た意味はあっただろう。

「正直迷ってましたけど、今日ここに来てよかったです。
 おかげで、少し胸のつかえが取れた気がします」

「あらまぁ、迷ってたのかい?」

「ええ。てっきりプロ勧誘の話だとばかり思っていたので」

 熊倉さんは苦笑した。図星を突かれて動揺したように。
やっぱりそういう事なのだろう。アイスブレイクが長かっただけ、
まだ本題じゃなかったわけだ。

「先手を打たれちゃったねぇ。
 まぁ、理由だけでも聞いてくれないかしら」

「……どうぞ」

 熊倉さんの言い分はこうだ。
ここ最近の麻雀界は、徐々に人気が低迷している。
トップ集団の固定化による場の停滞。
そして何より、『娯楽のファストフード化』が原因だそうだ。

「簡単に言ってしまえば、麻雀は『長過ぎる』のよ。
 単なる視聴の娯楽としてはね。最近は娯楽も多様化してるし、
 段々シェアを奪われてるのさ」

「目新しい娯楽がどんどん出てくる。
 視聴関係だけに絞っても厳しいねぇ。
 ネットを見てればわかるけど、
 毎日数万件を超える動画が、新しく生まれ続けてる」

「そんな中。メンツが固定された麻雀を数時間、
 毎日見てくれる人がどれだけいるかしら?」

 眉を顰(ひそ)めて押し黙る。
彼女の指摘は事実だろう。記者だった頃の私でさえ、
対局の全てをいちいち見てはいなかった。

 と言うより土台無理なのだ。
半荘を終えるのにかかる平均時間が1時間。
5人の団体戦だから、休憩を挟めば6時間を超える。
毎日6時間を視聴に費やす? 現実的ではないだろう。

「となれば自然と、好きな雀士のダイジェストだけ見るようになる。
 で、そのメンバーも固定化されて、展開も毎回似たり寄ったり。
 そりゃ他の目新しい娯楽に流れるさね」

「わかるかい? 麻雀界は変わる必要があるのさ。
 結局は娯楽なんだから、ニーズに合わせて
 新しい風を入れて行かないといけない」

「その第一弾が、『私達の電撃復帰』なわけですか」

「そういう事」

 熊倉さんが契約の概要を説明する。
現実的で無理のない提案だった。レギュラーとしての起用ではなく、
あくまでリザーバーとしてのピンポイント起用。
登板の日はこちらの都合で調整してくれるらしい。

 私達は現業を続けられるし、
麻雀界も私達の『レア度』を維持する事ができる。
とは言え契約金の金額も考慮すれば、まさに破格の待遇だった。

「まあ、今すぐ答えを出してくれとは言わないよ。
 今日はあくまでご紹介、ゆっくり考えてくれればいいさね」

 熊倉さんは笑顔を見せて、伝票を持って席を立つ。
流石は『名スカウト』と言う事か。
断る前提でやってきたのに、私の心は揺れていた。

 現実目線でも悪くない話だ。
小説家業も出版業も、先の見えない不安定な商売なわけで。
他に食い扶持が確保できるのは非常に大きい。

 何より私が気にしていたのは、『現業を辞めざるを得ない事』。
正規のプロになってしまえば、年間2000試合は打つわけで、
当然兼業は難しい――だが、熊倉さんはその問題をクリアしてきた。

 現状だって、コメンテイターとして時々テレビにはお邪魔している。
その延長と考えれば、そこまで敷居は高くない。
熊倉さんの提案は、むしろ『渡りに船』と言えただろう。

 なのにどうしてなのだろう。まだ何かが引っ掛かる。

 私は何がしたいのか。『断る』選択にも引っ掛かりを覚え、
こんな破格の待遇にすら、なおも躊躇い抵抗している。
その理由がわからなかった。

 『裏がある事を疑った?』 答えはノーだ。
失礼とは知りつつも、照魔鏡で確認してみた。
熊倉さんはやり手だけれど、本質は『真摯』で『誠実』。
今回の件もおそらくは、純粋に『麻雀業界のため』に違いない。

(わからない。私は何が気に入らないの?)

 帰り道。熊倉さんに別れを告げて、私は一人ため息をつく。
きっとこれは私の中の問題で、私が解決する必要があるのだろう……。



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 暦が数日先へと進む。
疑問を抱え込んだ私は、虎姫と卓を囲んでいた。
困った時は周りに頼る。失敗し続けた私が学んだ、
生きる上での教訓だ。

「別にいいんじゃないか? 例のトラウマも
 もう払拭できているんだろう?」

「そーそー、こうして私達とも打ってるしね。
 いーじゃんやろうよプロ雀士!
 私もテルと公式戦で戦いたい!」

「……私も賛成です。特にデメリットがありませんし」

「ワンポイントリリーフの形なら、
 編集業も続けられますしね。
 とりあえず始めてみてもよいかと」

 案の定皆は賛同してくれる。
実際皆の言う通り、断る理由は特になかった。

 もともと雀士を断念した理由は、
単純に牌を握れなくなったからだ。
原因は自責だったのだろう。咲との復縁が叶ってからは、
こうして普通に打てている。

 でもそんな事は分析済みだ。問題はその先。
心に残るわだかまり。これを解決しなければ進めない。

「うーん、『それでも何か引っ掛かる』かぁ。
 そのおばあちゃんには照魔鏡したんだよね?」

「うん、普通にいい人だった。
 人が悲しむような悪巧みをするタイプじゃない」

「……だとしたら、後は宮永先輩自身の問題?」

「うん。多分そうだと思う」

「もう麻雀自体に興味がないって事はありませんか?」

「それも少し違うと思う。麻雀のゲーム自体は嫌いじゃないし、
 今もこうして楽しんでるから」

「むむ、そうですか……」

 亦野が腕を組んで考え込む。淡や尭深も同じ様子だ。
そりゃそうだろう、私自身も答えが出せない難題なのだから。
でも、一人だけ違う反応を見せた人がいた。

「私にはわかる気がするな」

「……菫?」

「若干片手落ちではあるが。お前が、
 オファーに難色を示す理由はわかる気がする」

「なあ照、お前は自分で気づいているか?
 お前がこれまで選んだ道は、全て『咲ちゃん絡み』だった事を」

「そりゃ、流石に気づいてるけど」

 言われるまでもない事だ。
高校一年生の春、麻雀部に入部したのは、
咲との縁を繋ぐため。その後雀士を断念したのは、
『縁が切れた』のが原因だろう。

 雑誌の記者になったのは、咲に対して犯した罪を償うため。
そして編集になったのは、咲と一緒にいるためだ。

 私が選んできた道は、全てが咲と繋がっている。
おそらくこの傾向は、今後も変わる事はないだろう。

「その観点で考えたら、プロ雀士になるのは悪手だ」

 断言されて眉を顰(ひそ)める。
果たして本当にそうだろうか、利点は大きいと思うけど。
私と同じ事を考えたのだろう、横から淡が反論する。

「えー、そうかなぁ? だってテルー言ってたじゃん?
 『作家業は浮き沈みが激しいから、将来に少し不安がある』って」

「そういう状況ならさ、プロ麻雀で大金が入って来るのは
 悪くないと思うけど?」

 そうだ、ここで大金を掴めるのは大きい。
極端な話、今後咲が『鳴かず飛ばず』でも生きていけるから。
だが菫は首を横に振った。

「それは確かにメリットだな。だがその結果、
 『宮永姉妹の家族対決!』なんて事になってもいいのか?」

「っ!?」

「プロ雀士とはそういう世界だ。
 あくまで『エンターテインメント』であり、
 そして――『何かを賭ける』世界でもある」

「全国ネットで放送される中、『家族で賭け麻雀』を
 させられる可能性もあるわけだ。
 賭けるのは名声であったり、ファイトマネーであったり。
 いずれにせよ、負けた者は何かを失う」

「で、照。お前はその条件でもやれるのか?」

「……」

 無言で首を横に振る。苦い思い出が蘇った。
家族でやった賭け麻雀、咲を泣かせてしまった事を。

 一つ気づけばさらに気づく。
熊倉さんは『アドバイザー』、『監督』ではない事を。

 つまり、同じチームに起用されるとは限らない。
私達は『麻雀連盟そのもの』と契約する事になるわけで、
バラバラに配属される可能性は十分ある。

「お前は昔からそうだった。
 勝敗のみで結果を決めるのを酷く嫌がる。
 『スコアが低くても強い人はいる』と、
 わざわざ部を引っかき回したくらいだからな」

「だがプロ麻雀の世界に入れば、結果だけが物を言う。
 そういう意味では、お前は『向いてない』かもしれないな」

 菫がくれたその説明は、納得できるものだった。
流石、私の顔面ばかり観察しているだけはある。
まさか本人も認識していない心の奥を、鋭く見抜いて見せるとは。

「じゃあ、辞退も躊躇った理由の方は?」

「そっちが謎なんだよな。ただお前達が言うような、
 『お金目的』ではないと思う」

「……どうして?」

「咲ちゃんの方はともかく、お前はいくらでも稼げるだろう?
 TV解説でもいいし、雀士に向けた能力開発サービスでもいい。
 妹一人養うくらい余裕のはずだ」

「なるほど……」

 顎に手をあて黙り込む。
思えば私はいつもそうだ、自己分析が全然足りない。
他人には『照魔鏡』なんてズルをしてまで顔色をうかがう癖に、
自分の事は何も知らないのだ。

 麻雀界に踏み込む動機、それもお金以外の理由で。
私の内面に隠されていて、おそらくは咲が関係している――。

 駄目だ、思いつかない。一朝一夕には答えが出なさそうだ。
考え込む私の耳に、菫の言葉が飛び込んでくる。

「今の話に関連するわけじゃないが、一つ勧めたい話がある」

「何?」

 菫はカバンを手元に寄せると、中から1枚の紙を取り出す。
それを私に手渡した。……妙に手作り感満載のプリントだ。
紙面の冒頭には手書きでこう書かれている――。



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「『阿知賀こども麻雀クラブ?』」


(後編に続く)
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posted by ぷちどろっぷ at 2020年09月18日 | Comment(2) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
リクエストした者です、今回のSS待ちに待ちました。
娯楽のファーストフード化やトップの固定などよく考えられて書かれているのでより今の時代を身近に感じる内容でした
照さんがみんなで笑顔で楽しめるお話しもほのぼのしていて良いですね
照さんの今後のストーリーがどのように表現されるのかとても楽しみです
Posted by at 2020年09月18日 15:18
感想ありがとうございます!
また、リクエストいただいてから
かなり時間が掛かってしまい
申し訳ありませんでした。

ある意味前回で「ゴール」した照ですが、
せっかく後日談を書く機会をいただいたので、
もう少し照に心残りを払拭して貰おうと
思い書きました。
来週には後編もアップするので
楽しんでいただければ幸いです!
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2020年09月18日 18:41
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