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【咲-Saki-SS:恭郁】『貴女は決してひとりじゃない』 −前編−
<あらすじ>
善野一美が病に倒れ、失意に沈む姫松高校。
後釜に指名されたのは赤阪郁乃、
だが彼女は発達障害を患っていた。
『私には無理』、辞退しようとする赤坂郁乃。
だが善野一美も引く事はなく、強引に手続きを押し進める。
混乱の波が荒れ狂う姫松高校。
迎える末路は絶望か、それとも――?
<登場人物>
善野一美,赤阪郁乃,末原恭子,愛宕洋榎,真瀬由子
<症状>
・発達障害
(注意欠陥・多動性障害)
(自閉スペクトラム症)
※リクエストの都合上闇成分はありませんのでご注意を。
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
(欲しいものリストでプレゼントを
贈ってくださった方のリクエストです。
ノートPCスタンドありがとうございました!!)
※リクエスト内容が非常に詳細なため、
内容は末尾に記載しておきます。
※リクエストの都合上、
本編とは異なる展開になります。
※注意事項。リクエストの都合上、
赤阪郁乃がやってきたのは、
『末原恭子が2年生時の春季大会【前】』という設定です。
(原作では春季大会時で前後は不明)
--------------------------------------------------------
その話を聞いた時、素直に私はこう思った。
『無理だ、私にはできない』と。
病気で倒れた善野さん。強豪校で麻雀部の監督をしていた彼女は、
よりにもよって、後釜に私――赤阪郁乃を指名した。
「私の後を継いでくれ」、頭を下げる善野さん。
うろたえながらも断った。
「無理やって〜、善野さんも知っとるやろ〜?
私が発達障害やって〜」
そう、私は『欠陥品』だ。
普通の人ならできる事、どう頑張ってもそれができない。
周りに散々迷惑を掛けて生きてきた。善野さんも知ってるはずだ。
「だからこそや。郁乃は適任やと思う」
善野さんは訴える。障害で不器用だからこそ、
どこまでもひた向きに努力する。そんな私だからこそ、
『あの麻雀部』に必要なのだと。
「それにや。郁乃には『過集中分析』があるやろ?
その分析力は必ず生きるはずや」
過集中分析。そう捉えれば聞こえはいいが、
実際は『障害の症状』だ。のめりこみ過ぎてしまうだけ。
確かに分析には役立つ。でも、それ以外が欠け過ぎている。
なのに――。
「ま、今更言うても後の祭りや。もう手続きは終わっとる。
一か月後からアンタは姫松高校の監督や。
まあ当分は『代行』やけど、多分そのまま監督になるやろ」
「え、えぇ……本人の承諾なしに何しとんの〜!?」
「快諾はあり得んってわかっとったしな。
こうでもせんと引き受けてくれんやろ?」
「……それでも私が断ったらどないすんの〜?」
「私の顔が潰れるだけや。後は姫松高校が船頭不在で山に登る」
流石は私の先輩だ、扱い方を熟知している。
私が泥をかぶるのはいい。でも、
この敬愛する先輩の名を汚す事はできなかった。
……とは言え。
「結果は変わらんかもしれへんよ〜?
むしろ『おらん方がましやった』ってなるかも〜」
「その場合も私の失態や。後継の指名は私の仕事やしな。
郁乃もこのままやと詰むやろ? 駄目もとでやってみればええ」
確かに私は現在無職、このままでは路頭に迷う。
求職という観点だけなら、この話は渡りに船だ。
「……どうなっても知らへんよ〜?」
その場で零した捨て台詞、私の心情そのものだった。
こうして私は押し切られ、姫松高校に足を運び――。
◆ ◇ ◆
かの麻雀部を、混沌の渦に叩き落とすのだった。
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
監督就任その初日。部室に足を運んだ私は、
開口一番、こんなセリフを口にした。
『うわぁ〜なんやらめっちゃ暗いなぁ〜。
まるでお通夜会場やん〜』
他意はない。実際部室の雰囲気は真っ暗だった。
だから少しでも明るくしようと、少しおどけてみただけだ。
次の瞬間、それが大失策だったと悟る。
近くに居た紫髪の部員――末原恭子だったか、
がものすごい勢いで詰め寄ってきたからだ。
『……お前なんやねん。部外者はさっさと出てけや』
それに呼応するかのように、部室の雰囲気は一転する。
失意の感情が敵意に変わり、刺すような視線が集中した。
誰に? もちろん私にだ。
もっとも、私はそれを理解できない。
気分を害した事はわかる、でも原因はわからなかった。
だから思ったままを口にする。
『部外者やあらへんよ〜? 私は監督の赤阪郁乃や〜。
ああ、当分は「代行」やっけ〜?
まあ多分そのまま監督になるけどな〜』
『てなわけで〜、皆さんこれからよろしくな〜』
就任初日の単なる挨拶。でも、受け入れられはしなかった。
私の言葉を聞いた途端、部室の温度がさらに上がる。
敵意はそのまま殺意に変わり、ついに『暴動』へと変貌した。
『ふざけるのも大概にせぇよ!!』
紫髪の小柄な少女が、私の胸倉を掴んで怒鳴る。
近場に居た赤髪の少女が慌てて取り押さえるも、
彼女の怒りは止まらない。
そのまま退場させられつつも、彼女はこう罵倒した。
『出てけ! うちの監督は善野さんや!!
お前みたいなキチガイはいらん!!!』
言葉のナイフが私を貫く。何が悪かったかはわからない。
ただ、また失敗した事だけはわかった。
『消えろキチガイ』、何度も言われてきたからだ。
心に闇が落ちていく。だから無理だと言ったじゃないか。
駄目だ、気持ちを奮い立たせろ。まだ始まってすらいないのだから。
「……なんでそんな怒るかわからへんけど〜、
まあとにかくよろしくな〜」
にっこり笑顔を振りまいた。応えてくれる者はいない。
ただただ部室は沈黙し、気まずい雰囲気が漂い続ける。
こうして私の就任初日は、『大失敗』で幕を閉じた。
それでもこれはあくまで序章。私は順調に失敗を積み重ね――、
姫松高校を散々荒らしていく事になった。
◆ ◇ ◆
遅刻、紛失、すっぽかし。
不適切な発言、意思疎通不可、指導失敗。
およそ常人が思いつく失敗の全てを、
就任1か月で網羅した。
元々無理だったのだ。私は発達障害者、
電話応対すらまともにできない。
コミュニケーション能力も皆無、言ってしまえば『コミュ障』だ。
障害名にも表れている。注意欠如・多動性障害、
および自閉症スペクトラム障害。そんな奴を長においては、
チームがまとまるはずもなかった。
不協和音のオンパレード。その結果、
私が率いた麻雀部は、前代未聞の記録を残す。
『春大会の予選敗退』。
全国大会常連の強豪である姫松にとって、
『あり得ない大失態』と言えただろう。非難の嵐に晒された。
『赤阪監督。我が校の冬大会の成績をご存じですか?』
『え、ええっとぉ〜。全国大会5位でしたっけぇ〜』
『その通りです。……まあ、流石にそのくらいはわかりますか。
当然ながら、予選は断トツで通過したわけです』
『それがどうして、たったの数か月で
「地区予選敗退」という結果に変わるんですか?』
『そりゃまぁ〜、うちが弱くなったからじゃないですかね〜』
『そんなことはわかっています! どうしてそこまで
劇的に弱くなったのかと聞いているんですよ!!』
『えぇ〜、そんな事言われても〜、まだ就任して2か月ですよ〜?
それで結果出せとか言われても〜』
『…………その点はおっしゃる通りです。
先代の善野監督が病に伏せられて、部員も相当動揺した事でしょう。
その影響は加味しなければなりません』
『ですが、その言い訳が通用するのは今回だけです。
次の舞台はインターハイ、今度も予選敗退なんて事になれば、
当然貴女の監督責任を問わせていただきますのでお忘れなく』
校長から直々の最後通牒を突き付けられる。
これには流石の私もため息。その姿を見咎められて、
さらに激しく怒られた。
『なんですかそのため息は! 貴女は現状を理解できているんですか!?
この際端的に言いましょう! 次の大会で結果を出せなければ、
貴女は即刻解雇ですからね!?』
むしろクビにしてください、吐きかけた言葉を飲み込んだ。
どの道クビになるにせよ、『やるだけはやった』、
そう善野さんに言い訳できるくらいには頑張りたかった。
私は一人部室に戻り、途中だった分析を再開する。
過集中。無いものづくしの私だけれど、唯一人に誇れる力。
流石に2か月では無理だった。それでも、おそらく夏には間に合うはずだ。
一心不乱に打ち込んだ。集中に集中を繰り返し、
呼ばれた声に気づきもせず。
毎晩部屋に籠りきる。非難と罵倒を一身に受け、
それでも、『これさえ完成すれば』と打ち込んだ。
そして――。
◆ ◇ ◆
そんな生活を繰り返し。私は部室で昏倒し、
病院に緊急搬送される事になったのだった。
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
赤坂郁乃はどこかおかしい。
私、末原恭子はその事実に気づいていた。
私が敏(さと)いからじゃない。一ヶ月も一緒にいれば、
誰でも『それ』を疑うだろう。
発達障害。おそらくは注意欠陥・多動性障害(ADHD)と
自閉スペクトラム症(ASD)の併発型だ。
前者は注意力散漫で物をよくなくしたりする。
後は思いつきをよく考えず行動に移した結果、
本来優先するべきだった作業をすっぽかしてしまったりする。
後者は「アスペルガー症候群」とも呼ばれ、
空気を読めない系のコミュニケーション問題を引き起こす。
どちらも生まれつきの『障害』だ。
それ自体は不幸な事だし、同情する余地もある。
だからと言って、私が赤坂『代行』に手心を加える事はなかったが。
「……ふざけんなや。なんでそんな人間が、
善野監督の代わりに来んねん」
「ADHD? アスペルガー? 知らんわそんなん。
誰だって生まれつき与えられた武器で戦っとる。
まともにできんのなら監督なんて引き受けんなや」
実際彼女に直接言った。我慢できなかったから。
かなりどぎつい言葉だと思う。
それでも代行は笑ったままだ。薄気味悪い笑みを浮かべて、
癇に障る言葉を吐いた。
「私かて、ちゃんとした監督になろうと頑張っとるんやから〜」
◆ ◇ ◆
そんな彼女が突然倒れた。
いいや、違う、言い訳だ。兆しは目に見えていた。
いつもふらふら漂う代行。でも、最近は明らかにおかしかった。
目には大きな隈を作り、ふらつきも普段より大きくて。
無理しているのは明白だった。
なのに。誰一人として代行を助けなかった。
……私を含め、彼女はどこまでも嫌われていたから。
折悪しくその日は主将不在、洋榎と一緒に病院へ。
主治医に聞いて驚いた。代行が倒れた原因は過労、
そしてストレスも抱えていたらしい。
『全然寝ていなかったようです。相当苦しんでいたでしょう。
鬱病も併発しているかもしれません』
『しばらくは休養が必須です。まったく、
どうしてこんなになるまで放っておいたのか……』
過労にストレス、そして鬱病。
あの『へらへら顔』からは想像もつかない症状に、
私は呆然と立ち尽くす。
もっとも驚いたのは私だけ、洋榎は納得したらしい。
「……やっぱりなぁ」
「やっぱり? 洋榎は気づいとったんか?」
「まぁな。あんだけ牌譜とにらめっこしとれば、
そら神経もすり減るやろ。顔色めっちゃ悪かったし」
「そっか」
元々洋榎はこういう奴だ、案外人をよく見ている。
でもそれ以上に、私の目が曇っていたのだろう。
『あいつが善野監督から居場所を奪った』、
そう決めつけて怒り狂って、彼女を敵だと決めつけていた。
学校に戻る。部員に状況を説明した後、監督室を訪れた。
床に散らばる大量の牌譜。『なんて汚い部屋だろう』、
何度呆れたかわからない。
そこばかりに目を奪われて、大切な事を見落としていた。
(…………これ、全部目を通したんやろか)
パソコンの画面がつけっ放しになっている。
印刷途中だったのか、プリンターに印刷した書類が溜まっていた。
視線を落とし、そして驚く。そこに印刷されていたのは、
部員の詳細な分析データ。
慌てて書類を手に取ると、その全てに目を通す。
その細かさに驚愕した。部内での平均和了率、
聴牌までの平均速度、対戦者別の勝率などなど。
あげく――。
私の、スランプの原因と対策まで事細かく記されていた。
『彼女がスランプ状態なのは、強者――特に
同期の愛宕洋榎を意識し過ぎている点にある。
対策を打とうと悩んだ結果、持ち味である
鳴き速攻の平均スピードが6割減速している模様』
『対策として、あえて頭をからっぽにして
自分の麻雀に専念する事をアドバイスする。
彼女本来の和了速度なら、愛宕洋榎にも匹敵すると考える』
「…………」
歯噛みする。私が憎んだ代行は、それでも私を見守っていた。
ううん、私だけじゃない。おそらくは部員全員を……。
そして驚くべき事に、分析は姫松に留まらなかった。
『千里山女子』や『白糸台』。
全国の強豪に関するデータも含まれている。
「な、なんやこれ……こんなんどうやったら作れるんや。
こんなの、2ヶ月やそこらで作れるデータちゃうやろ――」
「……って!?」
ハッと何かに気がついて、床の牌譜を手に取った。
やっぱりだ。落ちていた牌譜は『うちの部員のものじゃない』。
部屋に敷き詰められた膨大な牌譜。
印刷データと繋げれば、自ずと答えにたどり着く。
(種も仕掛けもなんもない。愚直に『全部』分析したんや……!)
どこかで線を引いていた。『こいつは使えない障害者』だと。
そうして彼女に背を向けた。『当てにするのも馬鹿らしい』と。
違ったのだ。彼女は彼女で戦っていた。
確かに苦手分野は多い、『監督』としては失格だろう。
それでも、自分が持てる全てを懸けて、私達のために戦っていた。
(なのに、うちは……!)
唇を強く噛みしめる。自分が酷く許せなかった。
過去の自分をぶん殴ってやりたいとすら思う。
でも、そうする事がただの自己満足でしかない事もわかっていた。
(…………切り替えるんや。代行を認めろ)
彼女の分析は『武器』になる、ううん、それだけじゃない。
彼女に自分を重ねてしまった。押し付けられた『不平等』、
それでもあがき、苦しみ続ける。彼女と私は似た者同士だ。
もう敵対はできそうにない。
(やるだけやらせたったらええ。
それでも足りへんところがあるなら、
うちらが補ってやればええ)
代行の事を分析しよう。彼女をサポートするために。
発達障害は知っている。でも、それはあくまで概要だけだ。
代行の得意な事、苦手な事、まずは洗い出してみよう。
「そうと決まれば図書室や……!」
私は気持ちを切り替えて、そのまま図書室へと向かう。
借りた本は『発達障害』、彼女を紐解く道標(みちしるべ)――。
◆ ◇ ◆
本人と医師に許可を得て、代行を分析し始めた。
知識としては知っていたけど、それでも驚きの連続だった。
例えば彼女の『過集中』。それは『武器』であると同時に、
他の全てを犠牲にした『諸刃の剣』でもあった。
彼女はそれをこう語る。
「ええとな〜、一つの事に集中すると〜、
それ以外なんも見えなくなるんよ〜」
「比喩やあらへんよ〜? ホントに全部見えなくなるんや〜。
視界も、音も、何もかもなくなんねん〜」
「でな〜そういう時に〜、肩を叩かれるとするやろ〜?
するとな〜、全部消えんねん〜。頭の中真っ白や〜」
「ヒューズがバチッと飛んだみたいにな〜?
反応できなくなるんやな〜。だから邪魔して欲しないんよ〜」
他にも色々『特性』がある。例えば『注意力欠如』はこうだ。
「優先順位がつけられへんのよ〜。
例えば〜、『1時間後にやる会議の資料を作っとる』とするやろ〜?
でもな〜、途中で『これも暇な時にやっといて』って言われると〜、
前にやってた仕事の方が〜、頭からすっぽり抜けるんよ〜」
「とりあえず『今来た仕事』を片付けるやろ〜?
でもそれな〜、別に急ぎの仕事やないねんな〜。
それでその仕事やっとると〜、『なんで会議に出てこんのや!』って
怒られる事になるんやな〜」
正直これには絶句した。『1時間後の会議資料』と
『暇な時にやればいい資料』、優先すべきは明白だ。
おそらく『普通の人』からすれば、『そんなの言わんでもわかるやろ』、
そう思うに違いない。
でも代行にはそれができない。計画を立てる事ができないのだ。
体調管理の面でも同じ。ゆえに不規則な生活となり、
自分の体調管理もできず、ぶっ倒れるまで働いてしまう。
あまりの酷さに唖然とするも、医師は平然と頷いた。
「赤坂さんの言った事は、発達障害の方にとっては
珍しい事ではありません。むしろ『典型的』とすら言えるでしょう」
「彼女達は幼い頃から厳しいハンディを背負っている。
なのに外見は普通に見えるので、周りに理解されにくいのです」
「色々努力はしてみたんよ〜? 大事な用事は忘れんように、
手に全部メモしたりな〜」
「でもあかんかったわ〜。『手のメモを見る』を忘れてしまうんな〜。
『手に文字書いとる』って苛められて終わったわ〜」
その後語られた体験談は、あまりに凄惨なものだった。
聞くのも辛い経験を、代行は笑顔で語ってみせる。
正直理解に苦しんだ。どうして笑ってられるのだろう。
「だって〜、泣いても誰も助けてくれんやろ〜?
イジメの標的になるだけや〜ん」
「とりあえずへらへら笑っとけば〜、攻撃される確率が減るやんな〜。
『薄気味悪い奴』やって〜」
不意に涙腺が熱くなる。そして何より恥ずかしくなった。
『薄気味悪い奴』、私もそう思っていたからだ。
でもそれは、生き残るための涙ぐましい努力の結果だった。
一連の事情聴取を終えて、私は一つ心に決める。
「……もうええ、わかりました。
代行ができん事、こっちで全部面倒見ます」
「代行は私が言う通りに動いてください。
基本的には分析を任せます。その結果を私に共有してください」
これが最善の策だろう。できない事は諦める。
代行の努力は尋常じゃない、必死であがいてきただろう。
その上で『できなかった』のだ、望む方が間違っている。
私の言葉を聞いた代行は、
きょとんと首をかしげて見せた。そして、一言。
「……末原ちゃん、私の事助けてくれるの〜?」
「……今、代行に潰れられても困るんで。要は姫松のためですわ」
「そっか〜。私のためじゃないんやね〜」
代行の眉がハの字を刻む。明らかにしょげた顔を見せ、
代行は声を震わせた。見ていた主治医が言葉を加える。
「……末原さん。ASDの方にその手の言い回しは通じませんよ?」
「あーもう言い直せばええんやろ!?
代行の事のためでもあるんですわ!
正直あんた、危なっかしくてほっとけんねん!」
「…………そっかぁ〜。末原ちゃん優しいなぁ〜」
今度は目を輝かせる代行。それは決して比喩ではなくて、
目の端には涙が浮かんでいた。
ぎゅうと胸が締め付けられる、この程度で泣くなんて。
この人は、今までどれだけ傷つけられてきたのだろう。
『二人三脚』が始まった。
色々苦労もしたけれど、彼女の弱みと強みはわかった。
後は彼女の弱みについて、私が支えてやればいい――。
◆ ◇ ◆
「……忘れんといてください。あんたは決してひとりやない。
これからはうちがそばにおる」
◆ ◇ ◆
代行はきょとんとした表情を浮かべて。
そして、今度はそのまま泣き崩れた。
(後編に続く)
善野一美が病に倒れ、失意に沈む姫松高校。
後釜に指名されたのは赤阪郁乃、
だが彼女は発達障害を患っていた。
『私には無理』、辞退しようとする赤坂郁乃。
だが善野一美も引く事はなく、強引に手続きを押し進める。
混乱の波が荒れ狂う姫松高校。
迎える末路は絶望か、それとも――?
<登場人物>
善野一美,赤阪郁乃,末原恭子,愛宕洋榎,真瀬由子
<症状>
・発達障害
(注意欠陥・多動性障害)
(自閉スペクトラム症)
※リクエストの都合上闇成分はありませんのでご注意を。
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
(欲しいものリストでプレゼントを
贈ってくださった方のリクエストです。
ノートPCスタンドありがとうございました!!)
※リクエスト内容が非常に詳細なため、
内容は末尾に記載しておきます。
※リクエストの都合上、
本編とは異なる展開になります。
※注意事項。リクエストの都合上、
赤阪郁乃がやってきたのは、
『末原恭子が2年生時の春季大会【前】』という設定です。
(原作では春季大会時で前後は不明)
--------------------------------------------------------
その話を聞いた時、素直に私はこう思った。
『無理だ、私にはできない』と。
病気で倒れた善野さん。強豪校で麻雀部の監督をしていた彼女は、
よりにもよって、後釜に私――赤阪郁乃を指名した。
「私の後を継いでくれ」、頭を下げる善野さん。
うろたえながらも断った。
「無理やって〜、善野さんも知っとるやろ〜?
私が発達障害やって〜」
そう、私は『欠陥品』だ。
普通の人ならできる事、どう頑張ってもそれができない。
周りに散々迷惑を掛けて生きてきた。善野さんも知ってるはずだ。
「だからこそや。郁乃は適任やと思う」
善野さんは訴える。障害で不器用だからこそ、
どこまでもひた向きに努力する。そんな私だからこそ、
『あの麻雀部』に必要なのだと。
「それにや。郁乃には『過集中分析』があるやろ?
その分析力は必ず生きるはずや」
過集中分析。そう捉えれば聞こえはいいが、
実際は『障害の症状』だ。のめりこみ過ぎてしまうだけ。
確かに分析には役立つ。でも、それ以外が欠け過ぎている。
なのに――。
「ま、今更言うても後の祭りや。もう手続きは終わっとる。
一か月後からアンタは姫松高校の監督や。
まあ当分は『代行』やけど、多分そのまま監督になるやろ」
「え、えぇ……本人の承諾なしに何しとんの〜!?」
「快諾はあり得んってわかっとったしな。
こうでもせんと引き受けてくれんやろ?」
「……それでも私が断ったらどないすんの〜?」
「私の顔が潰れるだけや。後は姫松高校が船頭不在で山に登る」
流石は私の先輩だ、扱い方を熟知している。
私が泥をかぶるのはいい。でも、
この敬愛する先輩の名を汚す事はできなかった。
……とは言え。
「結果は変わらんかもしれへんよ〜?
むしろ『おらん方がましやった』ってなるかも〜」
「その場合も私の失態や。後継の指名は私の仕事やしな。
郁乃もこのままやと詰むやろ? 駄目もとでやってみればええ」
確かに私は現在無職、このままでは路頭に迷う。
求職という観点だけなら、この話は渡りに船だ。
「……どうなっても知らへんよ〜?」
その場で零した捨て台詞、私の心情そのものだった。
こうして私は押し切られ、姫松高校に足を運び――。
◆ ◇ ◆
かの麻雀部を、混沌の渦に叩き落とすのだった。
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
監督就任その初日。部室に足を運んだ私は、
開口一番、こんなセリフを口にした。
『うわぁ〜なんやらめっちゃ暗いなぁ〜。
まるでお通夜会場やん〜』
他意はない。実際部室の雰囲気は真っ暗だった。
だから少しでも明るくしようと、少しおどけてみただけだ。
次の瞬間、それが大失策だったと悟る。
近くに居た紫髪の部員――末原恭子だったか、
がものすごい勢いで詰め寄ってきたからだ。
『……お前なんやねん。部外者はさっさと出てけや』
それに呼応するかのように、部室の雰囲気は一転する。
失意の感情が敵意に変わり、刺すような視線が集中した。
誰に? もちろん私にだ。
もっとも、私はそれを理解できない。
気分を害した事はわかる、でも原因はわからなかった。
だから思ったままを口にする。
『部外者やあらへんよ〜? 私は監督の赤阪郁乃や〜。
ああ、当分は「代行」やっけ〜?
まあ多分そのまま監督になるけどな〜』
『てなわけで〜、皆さんこれからよろしくな〜』
就任初日の単なる挨拶。でも、受け入れられはしなかった。
私の言葉を聞いた途端、部室の温度がさらに上がる。
敵意はそのまま殺意に変わり、ついに『暴動』へと変貌した。
『ふざけるのも大概にせぇよ!!』
紫髪の小柄な少女が、私の胸倉を掴んで怒鳴る。
近場に居た赤髪の少女が慌てて取り押さえるも、
彼女の怒りは止まらない。
そのまま退場させられつつも、彼女はこう罵倒した。
『出てけ! うちの監督は善野さんや!!
お前みたいなキチガイはいらん!!!』
言葉のナイフが私を貫く。何が悪かったかはわからない。
ただ、また失敗した事だけはわかった。
『消えろキチガイ』、何度も言われてきたからだ。
心に闇が落ちていく。だから無理だと言ったじゃないか。
駄目だ、気持ちを奮い立たせろ。まだ始まってすらいないのだから。
「……なんでそんな怒るかわからへんけど〜、
まあとにかくよろしくな〜」
にっこり笑顔を振りまいた。応えてくれる者はいない。
ただただ部室は沈黙し、気まずい雰囲気が漂い続ける。
こうして私の就任初日は、『大失敗』で幕を閉じた。
それでもこれはあくまで序章。私は順調に失敗を積み重ね――、
姫松高校を散々荒らしていく事になった。
◆ ◇ ◆
遅刻、紛失、すっぽかし。
不適切な発言、意思疎通不可、指導失敗。
およそ常人が思いつく失敗の全てを、
就任1か月で網羅した。
元々無理だったのだ。私は発達障害者、
電話応対すらまともにできない。
コミュニケーション能力も皆無、言ってしまえば『コミュ障』だ。
障害名にも表れている。注意欠如・多動性障害、
および自閉症スペクトラム障害。そんな奴を長においては、
チームがまとまるはずもなかった。
不協和音のオンパレード。その結果、
私が率いた麻雀部は、前代未聞の記録を残す。
『春大会の予選敗退』。
全国大会常連の強豪である姫松にとって、
『あり得ない大失態』と言えただろう。非難の嵐に晒された。
『赤阪監督。我が校の冬大会の成績をご存じですか?』
『え、ええっとぉ〜。全国大会5位でしたっけぇ〜』
『その通りです。……まあ、流石にそのくらいはわかりますか。
当然ながら、予選は断トツで通過したわけです』
『それがどうして、たったの数か月で
「地区予選敗退」という結果に変わるんですか?』
『そりゃまぁ〜、うちが弱くなったからじゃないですかね〜』
『そんなことはわかっています! どうしてそこまで
劇的に弱くなったのかと聞いているんですよ!!』
『えぇ〜、そんな事言われても〜、まだ就任して2か月ですよ〜?
それで結果出せとか言われても〜』
『…………その点はおっしゃる通りです。
先代の善野監督が病に伏せられて、部員も相当動揺した事でしょう。
その影響は加味しなければなりません』
『ですが、その言い訳が通用するのは今回だけです。
次の舞台はインターハイ、今度も予選敗退なんて事になれば、
当然貴女の監督責任を問わせていただきますのでお忘れなく』
校長から直々の最後通牒を突き付けられる。
これには流石の私もため息。その姿を見咎められて、
さらに激しく怒られた。
『なんですかそのため息は! 貴女は現状を理解できているんですか!?
この際端的に言いましょう! 次の大会で結果を出せなければ、
貴女は即刻解雇ですからね!?』
むしろクビにしてください、吐きかけた言葉を飲み込んだ。
どの道クビになるにせよ、『やるだけはやった』、
そう善野さんに言い訳できるくらいには頑張りたかった。
私は一人部室に戻り、途中だった分析を再開する。
過集中。無いものづくしの私だけれど、唯一人に誇れる力。
流石に2か月では無理だった。それでも、おそらく夏には間に合うはずだ。
一心不乱に打ち込んだ。集中に集中を繰り返し、
呼ばれた声に気づきもせず。
毎晩部屋に籠りきる。非難と罵倒を一身に受け、
それでも、『これさえ完成すれば』と打ち込んだ。
そして――。
◆ ◇ ◆
そんな生活を繰り返し。私は部室で昏倒し、
病院に緊急搬送される事になったのだった。
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆
赤坂郁乃はどこかおかしい。
私、末原恭子はその事実に気づいていた。
私が敏(さと)いからじゃない。一ヶ月も一緒にいれば、
誰でも『それ』を疑うだろう。
発達障害。おそらくは注意欠陥・多動性障害(ADHD)と
自閉スペクトラム症(ASD)の併発型だ。
前者は注意力散漫で物をよくなくしたりする。
後は思いつきをよく考えず行動に移した結果、
本来優先するべきだった作業をすっぽかしてしまったりする。
後者は「アスペルガー症候群」とも呼ばれ、
空気を読めない系のコミュニケーション問題を引き起こす。
どちらも生まれつきの『障害』だ。
それ自体は不幸な事だし、同情する余地もある。
だからと言って、私が赤坂『代行』に手心を加える事はなかったが。
「……ふざけんなや。なんでそんな人間が、
善野監督の代わりに来んねん」
「ADHD? アスペルガー? 知らんわそんなん。
誰だって生まれつき与えられた武器で戦っとる。
まともにできんのなら監督なんて引き受けんなや」
実際彼女に直接言った。我慢できなかったから。
かなりどぎつい言葉だと思う。
それでも代行は笑ったままだ。薄気味悪い笑みを浮かべて、
癇に障る言葉を吐いた。
「私かて、ちゃんとした監督になろうと頑張っとるんやから〜」
◆ ◇ ◆
そんな彼女が突然倒れた。
いいや、違う、言い訳だ。兆しは目に見えていた。
いつもふらふら漂う代行。でも、最近は明らかにおかしかった。
目には大きな隈を作り、ふらつきも普段より大きくて。
無理しているのは明白だった。
なのに。誰一人として代行を助けなかった。
……私を含め、彼女はどこまでも嫌われていたから。
折悪しくその日は主将不在、洋榎と一緒に病院へ。
主治医に聞いて驚いた。代行が倒れた原因は過労、
そしてストレスも抱えていたらしい。
『全然寝ていなかったようです。相当苦しんでいたでしょう。
鬱病も併発しているかもしれません』
『しばらくは休養が必須です。まったく、
どうしてこんなになるまで放っておいたのか……』
過労にストレス、そして鬱病。
あの『へらへら顔』からは想像もつかない症状に、
私は呆然と立ち尽くす。
もっとも驚いたのは私だけ、洋榎は納得したらしい。
「……やっぱりなぁ」
「やっぱり? 洋榎は気づいとったんか?」
「まぁな。あんだけ牌譜とにらめっこしとれば、
そら神経もすり減るやろ。顔色めっちゃ悪かったし」
「そっか」
元々洋榎はこういう奴だ、案外人をよく見ている。
でもそれ以上に、私の目が曇っていたのだろう。
『あいつが善野監督から居場所を奪った』、
そう決めつけて怒り狂って、彼女を敵だと決めつけていた。
学校に戻る。部員に状況を説明した後、監督室を訪れた。
床に散らばる大量の牌譜。『なんて汚い部屋だろう』、
何度呆れたかわからない。
そこばかりに目を奪われて、大切な事を見落としていた。
(…………これ、全部目を通したんやろか)
パソコンの画面がつけっ放しになっている。
印刷途中だったのか、プリンターに印刷した書類が溜まっていた。
視線を落とし、そして驚く。そこに印刷されていたのは、
部員の詳細な分析データ。
慌てて書類を手に取ると、その全てに目を通す。
その細かさに驚愕した。部内での平均和了率、
聴牌までの平均速度、対戦者別の勝率などなど。
あげく――。
私の、スランプの原因と対策まで事細かく記されていた。
『彼女がスランプ状態なのは、強者――特に
同期の愛宕洋榎を意識し過ぎている点にある。
対策を打とうと悩んだ結果、持ち味である
鳴き速攻の平均スピードが6割減速している模様』
『対策として、あえて頭をからっぽにして
自分の麻雀に専念する事をアドバイスする。
彼女本来の和了速度なら、愛宕洋榎にも匹敵すると考える』
「…………」
歯噛みする。私が憎んだ代行は、それでも私を見守っていた。
ううん、私だけじゃない。おそらくは部員全員を……。
そして驚くべき事に、分析は姫松に留まらなかった。
『千里山女子』や『白糸台』。
全国の強豪に関するデータも含まれている。
「な、なんやこれ……こんなんどうやったら作れるんや。
こんなの、2ヶ月やそこらで作れるデータちゃうやろ――」
「……って!?」
ハッと何かに気がついて、床の牌譜を手に取った。
やっぱりだ。落ちていた牌譜は『うちの部員のものじゃない』。
部屋に敷き詰められた膨大な牌譜。
印刷データと繋げれば、自ずと答えにたどり着く。
(種も仕掛けもなんもない。愚直に『全部』分析したんや……!)
どこかで線を引いていた。『こいつは使えない障害者』だと。
そうして彼女に背を向けた。『当てにするのも馬鹿らしい』と。
違ったのだ。彼女は彼女で戦っていた。
確かに苦手分野は多い、『監督』としては失格だろう。
それでも、自分が持てる全てを懸けて、私達のために戦っていた。
(なのに、うちは……!)
唇を強く噛みしめる。自分が酷く許せなかった。
過去の自分をぶん殴ってやりたいとすら思う。
でも、そうする事がただの自己満足でしかない事もわかっていた。
(…………切り替えるんや。代行を認めろ)
彼女の分析は『武器』になる、ううん、それだけじゃない。
彼女に自分を重ねてしまった。押し付けられた『不平等』、
それでもあがき、苦しみ続ける。彼女と私は似た者同士だ。
もう敵対はできそうにない。
(やるだけやらせたったらええ。
それでも足りへんところがあるなら、
うちらが補ってやればええ)
代行の事を分析しよう。彼女をサポートするために。
発達障害は知っている。でも、それはあくまで概要だけだ。
代行の得意な事、苦手な事、まずは洗い出してみよう。
「そうと決まれば図書室や……!」
私は気持ちを切り替えて、そのまま図書室へと向かう。
借りた本は『発達障害』、彼女を紐解く道標(みちしるべ)――。
◆ ◇ ◆
本人と医師に許可を得て、代行を分析し始めた。
知識としては知っていたけど、それでも驚きの連続だった。
例えば彼女の『過集中』。それは『武器』であると同時に、
他の全てを犠牲にした『諸刃の剣』でもあった。
彼女はそれをこう語る。
「ええとな〜、一つの事に集中すると〜、
それ以外なんも見えなくなるんよ〜」
「比喩やあらへんよ〜? ホントに全部見えなくなるんや〜。
視界も、音も、何もかもなくなんねん〜」
「でな〜そういう時に〜、肩を叩かれるとするやろ〜?
するとな〜、全部消えんねん〜。頭の中真っ白や〜」
「ヒューズがバチッと飛んだみたいにな〜?
反応できなくなるんやな〜。だから邪魔して欲しないんよ〜」
他にも色々『特性』がある。例えば『注意力欠如』はこうだ。
「優先順位がつけられへんのよ〜。
例えば〜、『1時間後にやる会議の資料を作っとる』とするやろ〜?
でもな〜、途中で『これも暇な時にやっといて』って言われると〜、
前にやってた仕事の方が〜、頭からすっぽり抜けるんよ〜」
「とりあえず『今来た仕事』を片付けるやろ〜?
でもそれな〜、別に急ぎの仕事やないねんな〜。
それでその仕事やっとると〜、『なんで会議に出てこんのや!』って
怒られる事になるんやな〜」
正直これには絶句した。『1時間後の会議資料』と
『暇な時にやればいい資料』、優先すべきは明白だ。
おそらく『普通の人』からすれば、『そんなの言わんでもわかるやろ』、
そう思うに違いない。
でも代行にはそれができない。計画を立てる事ができないのだ。
体調管理の面でも同じ。ゆえに不規則な生活となり、
自分の体調管理もできず、ぶっ倒れるまで働いてしまう。
あまりの酷さに唖然とするも、医師は平然と頷いた。
「赤坂さんの言った事は、発達障害の方にとっては
珍しい事ではありません。むしろ『典型的』とすら言えるでしょう」
「彼女達は幼い頃から厳しいハンディを背負っている。
なのに外見は普通に見えるので、周りに理解されにくいのです」
「色々努力はしてみたんよ〜? 大事な用事は忘れんように、
手に全部メモしたりな〜」
「でもあかんかったわ〜。『手のメモを見る』を忘れてしまうんな〜。
『手に文字書いとる』って苛められて終わったわ〜」
その後語られた体験談は、あまりに凄惨なものだった。
聞くのも辛い経験を、代行は笑顔で語ってみせる。
正直理解に苦しんだ。どうして笑ってられるのだろう。
「だって〜、泣いても誰も助けてくれんやろ〜?
イジメの標的になるだけや〜ん」
「とりあえずへらへら笑っとけば〜、攻撃される確率が減るやんな〜。
『薄気味悪い奴』やって〜」
不意に涙腺が熱くなる。そして何より恥ずかしくなった。
『薄気味悪い奴』、私もそう思っていたからだ。
でもそれは、生き残るための涙ぐましい努力の結果だった。
一連の事情聴取を終えて、私は一つ心に決める。
「……もうええ、わかりました。
代行ができん事、こっちで全部面倒見ます」
「代行は私が言う通りに動いてください。
基本的には分析を任せます。その結果を私に共有してください」
これが最善の策だろう。できない事は諦める。
代行の努力は尋常じゃない、必死であがいてきただろう。
その上で『できなかった』のだ、望む方が間違っている。
私の言葉を聞いた代行は、
きょとんと首をかしげて見せた。そして、一言。
「……末原ちゃん、私の事助けてくれるの〜?」
「……今、代行に潰れられても困るんで。要は姫松のためですわ」
「そっか〜。私のためじゃないんやね〜」
代行の眉がハの字を刻む。明らかにしょげた顔を見せ、
代行は声を震わせた。見ていた主治医が言葉を加える。
「……末原さん。ASDの方にその手の言い回しは通じませんよ?」
「あーもう言い直せばええんやろ!?
代行の事のためでもあるんですわ!
正直あんた、危なっかしくてほっとけんねん!」
「…………そっかぁ〜。末原ちゃん優しいなぁ〜」
今度は目を輝かせる代行。それは決して比喩ではなくて、
目の端には涙が浮かんでいた。
ぎゅうと胸が締め付けられる、この程度で泣くなんて。
この人は、今までどれだけ傷つけられてきたのだろう。
『二人三脚』が始まった。
色々苦労もしたけれど、彼女の弱みと強みはわかった。
後は彼女の弱みについて、私が支えてやればいい――。
◆ ◇ ◆
「……忘れんといてください。あんたは決してひとりやない。
これからはうちがそばにおる」
◆ ◇ ◆
代行はきょとんとした表情を浮かべて。
そして、今度はそのまま泣き崩れた。
(後編に続く)
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赤阪さんが幼いながらも孤独であり空振りだけど涙ぐましい努力で頑張っている姿がよく表現されていて
「むしろクビにしてください」のセリフは心に響きました
そして末原さんの敵対してからの二人三脚の所が良く
「言い直せばええんやろ」のセリフは末原さんらしさが出ていて「これからはうちがそばにおる」のセリフは決意がこもっていてとても良かったです
ちょうど今日が誕生日ですごく嬉しかったです
今後の展開がどのように表現されるのか楽しみです
いつかの疾患持ちの代行×末原さんの話を最近読ませていただいた直後だったので、今度は二人だけでなく皆で幸せになれると嬉しいです。
…なれますかね??(疑いの目)
リクエストが立て込んでいて
随分と時間を頂いてしまい
申し訳ありませんでした。
後編もすでに推敲段階なので
来週にはアップする予定です。
発達障害の方は私の知人にもいらっしゃいますが、
とにかく成功体験が少ないので
自己肯定感が少ない感じがします。
そのせいか自分を支えてくれる人も少ないので、
こんなふうに理解した上で支えてくれる人が
現れたら赤阪さんも本当に
嬉しかっただろうな……と思います。
って誕生日だったんですね!?
期せずしてではありましたが
ささやかながら贈り物になれば幸いです!
後編もできるだけ早めに出しますので
今しばらくお待ち下さい!
>(疑いの目)
まさに今回のリクエストは
「前回は閉じた世界の共依存で終わっちゃったから
今回はちゃんとハッピーエンドで」
という内容だったりします。
冒頭記載の通り今回は「闇成分なし」ですので
ご期待に添えると思います多分!多分!!