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『FANBOX小説公開(咲-Saki-:久咲)』『貴女と恋には落ちないけれど』

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<あらすじ>
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複雑な家庭事情がきっかけで、恋愛も性愛も抱けなくなった竹井久。
『恋する事はできないけれどそれでも私は温もりが欲しい』
そんな切ない彼女の願いは、果たして成就するのだろうか。

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<登場人物>
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<竹井久>
清澄高校の3年生で学生議会長と麻雀部部長を兼務する才女。
164cmのスリム体型で飄々としている食わせ者だが、
実はプレッシャーに弱い側面がある。
家庭に複雑な事情があり、旧姓は『上埜』だった。

<宮永咲>
清澄高校の1年生で麻雀部のエース。
155cmの慎ましい体型で基本は大人しい文学少女だが、
精神的に危うく時折暴力的な発想を見せる。
家庭に複雑な事情があり、母や姉とは別居している。

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<症状>
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・共依存

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<その他>
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●FANBOX支援者に送る限定先行公開していた作品です。
 昨年7月に公開した作品でそれなりに月日が経過したので公開します。

●pixivFANBOXによる支援を検討くださる方はこちらを参照してください。
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<本文>
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 人の心はすぐに壊れる。

 私、竹井久がその事実に気づいたのは、まだ14歳の時だった。
両親の離婚、そして改姓。名前を一部剥奪されて、
それでも気丈に生きてきた。『普通の人』に紛れながら。

 狂い始めたのは中二の冬。
後輩の子に告白されて、二つ返事で付き合った。
正直に言えば人恋しくて。肌の温もりが欲しかった。

 でも。残念ながらこの決断は、
私により冷たい現実を突きつける事になる。

 いつも通りにハグをして、互いの熱を奪い合う。
でもそこからがいつもと違った、彼女の顔が近づいてくる。
吐息が頬を撫でた瞬間、私は彼女を押しのけた。

(なんで?)

 自分でもよくわからなかった。ただ、私が拒絶したのは確かだ。
彼女は目に涙を浮かべ、嗚咽しながらこう語る。

『竹井先輩って、本当に私の事好きなんですか?』

 頭の中が真っ白になった。

 口で言うのは簡単だ。『当たり前でしょ? 私は貴女を愛してる』
でもその言葉が事実なら、どうして私はキスを拒んだ?
『恋人同士がキスする』、そんなの『ごく自然な事』で。
それに応えられない私は、彼女を好きとは言えないのでは?

 疑念はさらなる疑念を呼んだ。
過去を思い返してみれば、私が彼女に求めた行為は、
全て『友達にもできる』事。
遊びに行く、手を繋ぐ、抱き締めあって暖を取る。

 恋人でなくてもできる事だ。
そして私は、『恋人じゃないとできない事』は拒んだ。

 つまり――。

『ごめん。私、貴女を愛してないかもしれない』

 彼女の目から涙が零れる。彼女は膝から崩れ落ち、
そのままさめざめと泣き続けた。
肩を抱こうとして払われる。当たり前だ。

『もっ……どっか、行ってください……!』

 こうして二人は破局した。付き合い始めてたったの2ヵ月。
私はただ悪戯に、一人の少女を傷つけたのだ。


◆ ◇ ◆


 同じ過ちを繰り返した。

 告白されたら断らず、全ての人と付き合った。
そして全滅。結局私は誰一人、キス以上を許さなかった。

(……ああ。多分私壊れてるんだわ)

 ここまでくれば嫌でも気づく。私は人を愛せない。
正確には、『他人に恋愛や性愛の情を抱けない』のだろう。

 理由はすぐに思い当たった。両親の離婚だ。
多分、こんな思いが根底にある。『恋はいつか終わってしまう』と。

 事実だった。皆が一様に愛を囁き、
肉を求め、私が応えられないと去って行く。

『好きなら普通に「できる」よね?』

『愛し合ってるなら、身体を求めるのが普通でしょ?』

『どうして応えてくれないの?』


『…………もういいよ』


 わからなかった。『愛ってそういうものなのかしら』
『お互い唇を貪らないと、愛した事にならないの?』
世間一般の答えはイエスだ。なら、私は彼女達を愛していない。

 ううん。それどころか、恋すらしていないのだろう。
求めるのはあくまで安らぎ。身を焦がすような衝動も、
胸を引き裂く切なさも、一度も感じた事はない。

 恋人がそれを語るたび、酷く温度差を感じてしまう。
『普通はそういうものなのね』、冷めた感想しか出てこなかった。

 どうか誤解はしないで欲しい。
私だって本当は、相手の想いに応えたいのだ。
愛には愛を返したい、身も心も狂いたい。
でもどうしても駄目。もう一人の自分が囁く。
『そんな事は求めてない』と。

(やっぱり私って『異常』なのかしら)

 図書館に籠り数時間、自分の正体を突き止めた。
『アロマンティックでアセクシャル』。
『アロマンティック』は他人に恋愛感情を抱かない人の事。
『アセクシュアル』は、他人に性愛を抱かない人の事。

 つまり私は、『他人に恋愛も性愛も抱けない人間』なのだ。

 腑に落ちる。名前がついている事に安堵した。
前例があるという事は、仲間がいる事を意味している。

 そして――次の瞬間失望した。

『仲間がいるからなに?』 何の慰めにもなりはしない。
結局私は枠を外れ、誰も愛せず愛されず、
寂しく一生を終えるのだろう。

(……それならそれでいいじゃない。少なくとも、
 『あの人達みたいな喧嘩別れ』はしなくてすむわよ?)

 自分にそう言い聞かせつつ、でも声は小さく震えていた。
こうしている間も人肌が恋しい。ただ安らぎが欲しかった。
人と接したい。自分の事を愛して欲しい。でも――。


◆ ◇ ◆


 ――私に、その資格はない。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 ごまかす事だけが上手くなる。

 私は中三から方針を一転、求愛には一切応じない事にした。
当然だ、私は人を愛せない。どうせ最後は相手を傷つけ、
辛い別れを迎えるだけだ。

 心の奥では求めていた。『こんな私を上手に愛して』。
無理なものは無理なのだろう、みんな私から去って行く。
そんな背中を眺めては、自分勝手に憤慨していた。

「1回断られて引き下がるとかさー。
 どうせ私の事なんて、大して愛してなかったんじゃない?」

「じゃあお前さんは食い下がったら付き合うんか?」

「いや無理だけど。知ってるでしょ?
 私アロマでアセクだもの。人に恋なんてできないわ」

「なら、大人しゅぅ引き下がってくれた方がえぇじゃろうが」

 その通りだ、その通りなのだけれど。
複雑怪奇なこの感情は、当事者でなければわからない。

『どうせ無理だ』と思う気持ちと、
『この状況を壊して欲しい』と願う気持ち。
両者は矛盾しないのだ。

「あーあ、誰かいい感じで私の心を盗んでくれないかしらねー。
 ついでに言えば入部希望者。
 の5人目に加わってくれると嬉しいわ」

 傍らでまこが肩をすくめる。
「そがぁなん無理に決まっとるじゃろ」、
まるでそう言わんばかりに。

 わかっている、そんなミラクル起きはしない――。


◆ ◇ ◆


 なんて事を思っていたのに、運命はいつも皮肉屋だ。
それからさらに数日後。私の願いは、
予想外の形で叶えられる事になる。


◆ ◇ ◆


『――麻雀部(ここ)に入れてもらえませんか?』


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 彼女の名前は宮永咲。
最後に入った1年生で、豪運を持つ期待の新人。

 最初はただそれだけだった。
その関係が変化したのは、三か月後のインターハイ。
団体戦に挑む最中(さなか)で、彼女の不遇を知ってからだ。

 全国への切符を掴み、意気揚々と東京へ。
それから咲はおかしくなった。どこか危うい目をしている。
感情の起伏が薄れ、でも、時折獰猛な発言を零すようになった。

(……これ、何かあるわね。今のうちにケアしないと)

 夕暮れ時、宿舎のベランダに彼女を呼び出す。
穏やかに理由を尋ねてみれば、家庭内不和が飛び出した。

「――と言うわけで。まだ離婚はしてませんけど、
 お母さんとは別居中なんです。
 お姉ちゃんとも話せてなくて……」

「ま、おかしいとは思ってたわ。貴女、
 テレビに白糸台高校が映るたびに逃げるんだもの」

「その。自分でもよくわからなくって。
 会いたくってここまで来たのに、
 見てたらなんだか怖くって」

 宮永照、言わずと知れた高校麻雀界の覇者。
咲は彼女の妹で、今は絶縁状態らしい。

「仲は良かったと思います。でも、
 私のせいで家族バラバラになっちゃって……
 多分、まだお姉ちゃんは怒ってます」

「そっか。…………それで、咲はどうしたいの?」

「できれば元に戻りたいです。普通にお話して、
 笑って、時々ぎゅって抱き締めて欲しい」

「『普通の家族なら簡単にできる事』、なんですけどね」

 咲は力なく笑って見せた。

 それは言ってしまえば自嘲、ボヤキに過ぎなかっただろう。
でも。なぜかその一言は、琴線を妙に刺激した。

「……わかるわ」

「え?」

「わかるのよ。うちの親も離婚して、
 家庭は崩壊しちゃってるから」

「っ……」

 思う。咲が求める温もりと、私のそれは同じだろうか。
だとしたら。もしかしたら咲も同じで、
『恋愛できない』子なのだろうか。

 ……ううん、そんな事はどうでもいい。
今はただ、目の前の子に寄り添いたい。
余計な事は考えず、互いに傷を舐め合いたい。

「ねえ咲。……おいで?」

「はい?」

「ほれほれ。久お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい」

「え、ええと……」

「来ないならこっちから行くわよー?」

「わわっ」

 有無を言わせず抱き締める。咲は若干慌てたものの、
そのまま抵抗する事もなく。大人しく、私の腕に収まった。

 やがて重さが圧し掛かる。咲が体重を委ねたのだろう。
ただそれだけ。なのに、なぜだか目頭が熱くなった。
咲も同じだったのか、肩を震わせ泣き始める。

「ぅ゛っ、くっ゛……ひぅ゛っ……!」

「よしよし。よく、がんば、ったわね」

 やがて嗚咽が号泣に変わり、咲はわんわん泣き出した。
その苦しみはよくわかる。きっと私も泣かないだけで、
今も同じ悲しみを押し込めているのだろう。
『代わりに咲が泣いてくれてる』、
そんな錯覚に囚われながら、咲の頭を撫で続けた。

 どのくらいそうしただろう。咲がようやく泣き止む頃には、
夜のとばりが落ちていた。腫れぼったい目をこすりつつ、
咲は上目遣いで尋ねる。

「その。これからも、時々こうしてもらっていいですか?」

「ええ。嫌って言っても抱き締めちゃうから」


 私はにっこり微笑んで、再度咲を抱き寄せた。


◆ ◇ ◆


 咲と一緒の時が増えた。

 隙を見ては抱きついて、互いに笑い合ったりして。
スキンシップが多過ぎて、周りに関係を疑われるほどに。

「なんじゃ、お前さん恋愛できるようになったんか?」

「んっふっふー。さーて、どうかしらねー」

 意味ありげにぼかしたものの、答えはちゃんとわかっている。
ノーだ。私が抱いた感情は、少なくとも慕情ではない。
多分咲も同じだろう。求めているのは単なる抱擁。
何の色も伴わない、ただ温もりの供給だった。

 恋愛でもなく、性愛でもない。
じゃあ友愛? それにしては重過ぎる。

 自らをかき抱く。脳にこびりつく感情は不安、
そして恐怖に彩られていた。

(…………順当に行けば、もう数日で決勝戦ね)

 咲の願いは叶うだろうか。姉と復縁できるだろうか。
……仮にそれが実現したら、私は『お役御免』だろうか。

 叶って欲しいとは思う。でも同時に、真逆を望む自分がいた。
だって家族の絆が戻れば、『代替品』に用はない。

(宮永、照。咲を捨てた、本当のお姉さん)

 どす黒い感情が渦巻いていた。
咲に向ける感情に、名前はまだ付けられない。
でも。その姉に向ける感情は、酷く単純明快だった。

 嫉妬だ。私は今、宮永照に嫉妬している。

(あはは、意味わかんないわ。私は何がしたいのかしら)

 咲と結ばれたい? ノー。恋に落ちたわけじゃない。
 咲と肌を重ねたい? ノー。ハグ程度で十分満足。

 じゃあ、咲を独り占めしたい……? イエスだ。
私は咲を縛ろうとしている。求められたら返せない癖に。
駄目だ。思考がどんどん落ちてきている。
咲を抱いて癒されよう。

「咲、ちょっと一緒に外(そと)出ない?」

 人目を避けてロビーに移動、運よく人はいなかった。
二人揃ってソファーに座り、咲をぎゅうと抱き締める。
優しい温もりが伝わってきて、思わず腕の力を強めた。

 このまま腕に縛られて、動けなくなってしまえばいい。

「もうすぐ決勝戦ね」

「はい。ようやくここまで来ました」

「お姉さんとは話せそう?」

「わかりません。でも、大将の子さえ叩き潰せば、
 私の気持ちは伝わると思います」

「……そっか」

 胸中は複雑だった。

 誰かを犠牲にして得る愛が、幸せに繋がるとは思えない。
自嘲した。馬鹿馬鹿しい。自分だって、
実の姉を排除して咲を手に入れたいと考えているのに。

「ねえ、咲」

「なんですか?」

 腕の中に納まる咲に、そっと優しく囁きかけた。
つもりだった。放たれた声の毒々しさに、
『ぞっ』と血の気が引いてゆく。慌てて制止、
出かかった言葉を押しとどめる。

「明日、願いが叶うといいわね」

「……はい」

 咲は薄く微笑むと、目を閉じ私に自重を預けた。

言わなくて正解だ。『もし何もかも駄目になったら、
私がお姉ちゃんになってもいい?』

 今言うべき事じゃなかった。
そんな事は、実際駄目になってから考えればいい。

 私達は部屋に戻り、特に進展もなく日々を過ごした。
そして決戦の日を迎え、そして、そして、そして、そして――。


◆ ◇ ◆


 ――運命のサイコロは、私に都合よく転がった。


◆ ◇ ◆


 決勝戦当日。トイレから帰った咲の目が、光を失い沈んでいた。

 瞬時に悟る、何かがあった。考えられる最悪は、
『お姉ちゃん』との遭遇だろう。

「咲、おいで?」

「…………はい」

 いつものように咲は近寄り、私の腕に収まった。
でも違う。まるで温もりを感じない。
ぐったりその身を預ける様は、まるで死人(しびと)のようだった。

(そう。終わっちゃったのね)

 決勝を待つまでもなかった。大将を叩き潰すまでもなかった。
咲の挑戦はここで終了。こんな精神状態じゃ、
まともに打てはしないだろう。

(はは。棚から牡丹餅って奴?)

 今の咲は無防備だ。そこに私がつけこめば、
あっさりコロリと堕ちるだろう。
『オリジナルはもう手に入らない、代替品で我慢するしか』。
咲もわかっているはずだ。だから依存して、溺れて、
私から離れられなくなる。

(よかった。これで咲は私のもの)

 私は笑う、笑おうとした。歪に口角を吊り上げて。
表情筋が引き攣った。どうしてだろう、なぜだか上手く笑えない。

(? よかったじゃない、まさに狙い通りでしょう?
 なのに、なんで、どうして、こんなに――)


◆ ◇ ◆


(――悲しくって、仕方がないの?)


◆ ◇ ◆


 脳裏によぎるは『あの日』の記憶。
血を分けた家族に捨てられて、
絶望に押し潰されて、ただ泣きじゃくる私が浮かぶ。

 きっと同じだ。今の咲は、あの絶望に襲われている。
なのに私は喜ぶの? 喜べるはずないじゃない。
大好きな人が苦しんでるのに、喜べるなら『愛』じゃない。

(愛、愛……私の『愛』って何なのかしら)

 わからない。『恋愛』や『性愛』でないのは確かだ。
考え始めて、でも、すぐに思考を打ち消した。

 名前なんてどうでもいい。私は咲を愛している。
だからこそ――ここで『終わり』にしてはいけない。

「咲。…………会ったの?」

 そっと小声で問い掛ける。咲は諦めたように薄く笑った。
私にだけ聞こえる声で、その絶望を吐き出し始める。

「はい。一言も話してくれませんでした。
 私を無視して行っちゃった。すごく冷たい目をしてた」

「……やっぱりもう駄目なんだ。希望なんてとっくになかった」

「私達は、終わってたんです」

 不意に涙腺が緩み始めた。咲から伝わる冷気の強さに、
私の心も挫かれていく。ここで飲まれるわけにはいかない。
唇を噛み気合を入れた。


「馬鹿ね。そんなのわかってた事でしょう?」


「…………え?」

「言ってたじゃない、前も一言も話せなかったって。
 状況は何も変わってないわ、それを再確認しただけじゃない」

「なのにもう諦めちゃうの? できる事ならまだまだあるのに?」

 もう一人の自分が喚いていた。
やめなさい、貴女は何をしているの?
このまま放置しておけば、労せず咲が手に入るのに。

 知らないわよ、こんな咲なら要らないわ。
私が欲しいのは幸せな咲だもの。

「諦めるのは後でもできるわ。せっかくここまで来たんだもの、
 貴女の愛をぶつけてきなさい!」

「『誰かを叩き潰す』とかじゃなくて――ただ純粋に貴女の愛を!」

 咲の目に光が戻る。

 『ああ、やらかした』、心のどこかでそう思った。
これで咲が上手くやれれば、『代替品』は捨てられるだろう。
それでも仕方がないと思った。だって咲を愛しているから。

 私が抱くこの愛は、恋愛でも性愛でもない。
求めて欲しいとは思わないし、求められても返せない。
でも、だからこそ――。


◆ ◇ ◆


 最悪私から離れてもいい、咲には幸せになって欲しい。


◆ ◇ ◆


 その後の事は簡潔に話そう。
結果だけ先に言えば、咲は無事に復縁を果たした。
『本当の姉』に抱きついて、姉も不器用ながらも笑った。

 こうして咲はハッピーエンド。
そして私は捨てられて、一人寂しくじっと手を見る――。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 なんて――意外にも、そんな展開にはならなかった。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 インターハイを終えた後、咲はそのまま長野に残った。
清澄からも転校しない、二学期以降も通うらしい。

 この決断には驚いた。私の予想通りなら、咲は夏の間に転校を決め、
とっくに居なくなっているはずだったのだ。

「本当に良かったの? 東京に来ないかって誘われたんでしょう?」

「はい。お姉ちゃんはもう卒業だけど、私はまだ2年以上ありますから。
 実家だってこっちですし、来るなら向こうが来るべきですよ」

「そりゃあ確かにそうだけど。わざわざ
 東京まで姉を追いかけた妹のセリフとは思えないわね」

「も、もう。あの時は必死だったんですよ」

 私は少し安堵して、それでもやっぱり恐怖に怯えた。
『猶予期間』をもらえただけだ、咲と私は結局別れる。

 宮永照は卒業後、おそらく長野に戻るだろう。
同時に私も清澄を卒業、咲と会う機会は激減する。
満を持して選手交代、
『今まで「代理」お疲れ様です、後は「本物」にお任せを』。
結果、私は独りぼっちだ。

 自ら選んだ道とは言えど、現実になるとかなり堪える。
寡黙に涙をこらえていると、おもむろに咲が口を開いた。

「あの。部長は、卒業後の進路どうするんですか?」

「さあねぇ。地元の大学に進学か、もしかしたら佐久フェレッターズ?
 地元から離れる気はないわ。やっぱり長野が好きだしね」

「そ、そうなんだ……よかった」

「よかった?」


「はい。その……卒業して、部長と会えなくなるのは嫌だなって」


 目を見張る。

 もしかしてこの少女は。咲は、
『本物がいても代替品を求めてくれる』のだろうか。

「へぇ……もしかして私を愛しちゃったり?」

「…………はい。部長が、好きなんだと思います」

 胸が躍る。と同時に、四肢が急速に冷えていった。
歓喜と恐怖がないまぜになり、咲を抱く手が自然と強張る。
恐る恐る問い掛ける、声は無様に震えていた。

「それって、恋愛的な意味で?」

「ああ、ええと、ごめんなさい。
 そういうのじゃないかもです。でも……」

「でも?」


「ただ、一緒に居たいんです。離れたくないなって」


 それは――私に対する模範回答だった。

 溢れる涙を堪え切れない。ごまかすように、咲の顔を胸にうずめる。
気づけば咲も泣いていた。二人揃って静かに泣いて、涙の熱が温かい。

(ああ、そうか。私がずっと求めていたのは――)

 恋愛でも、性愛でも。誰かで代替できる家族愛でもない。
多分友愛でもなくて、『分類できない純粋な愛』。

 一緒に居ると心がやすらぐ。ともに幸せになりたいと願う。
私が求めていた愛は、きっとそんな愛なのだろう。

(これが『恋愛』だったなら、顔を近づける場面でしょうね)

 互いの吐息が頬を撫で、それでも距離を縮めていって。
お互いの唇が触れ合って――そんな、『恋の絶頂』で締めくくる。

 『そうでなければ』と思っていた。
今は違う、私はようやく理解した。『そうじゃなくてもいい』のだと。
私達の愛情は、こうしてくっつくだけでいい――。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 あれから数年が経過した。

 今は二人で暮らしている。
私はプロ雀士になって、咲は私のマネージャー。
咲が雀士にならない理由は、遠征で離れるのを防ぐため。
というか、咲はもう競技麻雀に興味がないらしい。

「私にとっての麻雀は、人との縁を繋ぐものなんだ。
 その役目は、もう十分果たしてくれたから」

 なんて言いつつすり寄る咲は、それは大層可愛らしい。
褒美に頭を撫でてやると、幸せそうに目を細めた。

 咲とは既に結婚済みだ。でも、いまだに肉体関係はない。
スキンシップはハグ止まり。キスやセックス?
求められればできるだろう。でも、別にしたいとは思わない。

(まあ子供は欲しいしね。いつかはそういう事もするでしょう)

 あくまで『子孫を残すため』なら、それらの行為に抵抗はない。
『アセクシャル』も人それぞれだ。
ハグが駄目な人もいる、私達は緩い方だろう。

 それでも、普通じゃないのは間違いない。

「ねえ咲。咲は、本当にキスしたいとか思わないの?」

「んん……ないかなぁ。久さんがしたいなら、
 受け入れるとは思うけど」

「そっか。」

 咲の返事に満足すると、なおも咲を撫で続ける。
キスに移行する事もなく、そのまま二人で仲良く眠った。


◆ ◇ ◆


 思う。私達の在り方は、きっとマイノリティーだろう。

 この世は恋愛至上主義。愛しているなら恋をして、
身体で繋がりようやく『成就』。

 そんな人達からすれば、私達の関係は『片手落ち』。
『それじゃ友達と一緒じゃん』、鼻で嗤う人もいるだろう。

 でも、私達はこれでいいと思う。
愛にはたくさんの種類がある。必ずしもそれらの全てが、
『慕情』や『性衝動』と繋がる必要はないはずだ。

 恋愛結婚した夫婦でも、年を取れば大半がレスになる。
だからって、『じゃあ破局』とはならないはずだ。
じゃあ彼らを繋ぎとめるものは何? それが『愛』なんだと思う。


「咲、愛してるわ。キスしたいは思わないけど」

「私も久さんを愛してるよ。えっちしたいとは思わないけど」


 アロマンティックでアセクシャル。
恋愛できない私達は、今日も『愛』で繋がっている。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2021年05月07日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
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