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【咲-Saki-SS:照咲】『例え、希望を失おうとも』【絶望】

<あらすじ>
これは最愛の人を喪った人間が、絶望に染まり、命を捨てて、
それでも、生きようとするお話です。

<登場人物>
宮永照,宮永咲,弘世菫,宮永照,虎姫,清澄

<症状>
・絶望
・死
・不治の病
・依存症
・自殺

<その他>
ほしいもリクエストに対する作品です。
リクエストが詳細でほぼネタバレなので、
末尾に記載しています。
(なお、死ネタ・病気ネタは今回限りとさせてください)

※リクエストの都合上、
 本ブログでも最上級の重苦しさになります。
 作者としては『再起』をテーマに描いていますが、
 人によっては純然たるバッドエンドに映るかも知れません。

※ご自身が何かしらの病を患っている方は
 読まない方がいいかも知れません。

※苦手な方・展開が気になる人は以下を反転して
 結末を先に把握してからの方がいいかもしれません。

ネタバレになるので白字にしてあります。
必要に応じて反転して確認してください。
 ↓ネタバレ

・咲は死にます
・復活しません

 ↑ネタバレ




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<本編>
--------------------------------------------------------


 夏。2ヶ月ぶりに訪れた長野は、
東京よりも随分と涼しかった。

 景色を眺めつつ歩く。目的地は小高い丘の上、
木々に囲まれた過ごしやすい場所。
それにしてものどかだ。人の姿は見当たらず、
蝉の鳴く声と木々のざわめきだけが周囲を支配している。

 辿り着く。私こと宮永照は、持ってきた水でお墓を清め、
新しい花を添えて線香を立てた。

 マッチを擦り、点火。優しい煙が立ちこもる中、
瞳を閉じて手を合わせる。


「ただいま。最近来れてなくてごめんね――」


◆ ◇ ◆



「――咲」


◆ ◇ ◆


 今日で、咲がこの世を去ってから20年が経つ。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


『例え、希望を失おうとも』


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 時は過去に遡る。

 高校3年生の夏、決勝で咲の思いを受けた。
言葉を交わしたわけじゃない、牌を打ち合ったわけでもない。
それでも。咲が籠めた熱量は、確かに私に伝わって。
その結果、私達を隔てた壁は取り払われた。

 ……今にして思えば、あれは『そういう事』だったのかも知れない。
常軌を逸した咲の雀力、何かを代償にしなければ得られない力。
ううん、逆か。命の灯が消える直前だからこそ出せる、
一瞬の煌めきだったのかもしれない。

 その鬼気迫る闘牌は、確かに私の心を打った。
でも、正直に言えば。背筋が恐怖で震えたのを覚えている。
確かに感じ取ったのだ。咲の――『これが最後のチャンス』という切迫感を。

 理由はどうあれ、咲と私はかつての関係を取り戻した。
咲たっての希望もあり、その夏は帰郷して過ごす事にして。
私はお母さんの手を引くと、二人で長野に飛び立った。

 駅に着く。咲とお父さんはもう待っていた。
いつも通りの皮肉な笑み、でも、やっぱり嬉しそうなお父さん。
お母さんも自然と笑顔になって、二人はあっさり打ち解けた。

 その姿を見て思う。『ああ、やっぱり私が楔(くさび)だったんだな』と。
もっと早く決断していれば。逃げずに過去と向き合っていれば――、
いや、後悔しても意味はないか。結末はどうせ変わらない。

 つかの間の幸せを甘受した。
昔のように4人で笑い、家族で卓を囲んで打った。
沈んだ顔で『プラマイゼロ』を続ける咲はもういない。
負ければ素直に悔しがり、和了れば花が咲くように笑った。

 終わった後は、二人で布団を並べて眠る。
何もかもが昔に戻ったようで、どこか現実感がなかった。

 そう感じるのも今だけか。いずれはこれが日常になる。
布団の中、こっそり顔を綻ばせた。
なんて――実際にはこの日が『最後』だったけど。

 幸せは長く続かない。

 翌日には『予兆』が忍び寄ってきた。
昔のように二人で山を散策していると、咲の顔色がよくない気がして。
心配になって問い掛けてみたら、困ったように咲は笑った。

『最近、ちょっと調子が悪いんだ』

 私は深く考えず、当然のようにこう告げた。

『症状が軽いうちに診てもらった方がいい。
 帰ったらすぐ病院に行こう』

 もちろん心配したのは本当。
でもそれは、『風邪でも引いたんじゃないか』程度のもので。
まさか『今すぐ対処しなければ生死に関わる』なんて、
そんなつもりで言ったわけじゃなかった。

 問診をした医者もそんな感じだったと思う。
念の為に血液検査をと言われ、ごくごく普通に血を採った。
採血を受ける咲を見ながら、
『当分は安静にさせよう』なんて思ったのを覚えている。

 だから――こんな結末になるなんて、まるで考えもしなかった。


◆ ◇ ◆


『急性白血病の可能性があります。骨髄検査が必要です。
 念の為、本当に念の為ですが本日から入院してください』


◆ ◇ ◆


 『それ』が判明した瞬間の事は、正直あまり覚えていない。
時間にして数分間、記憶の欠落が存在している。

 耐えられなかったのだろう。突如として迫る死の恐怖に。
それも自分ならまだしも、対象は
ようやく関係を修復できた最愛の妹だったのだから。

 その時の私は傍から見ても酷かったのだろう。
担当の医者は慰めるように熱弁を振るった。

『白血病はもはや致死の病ではない。
 今では医学の進歩により、生存率は大幅に向上している』

『患者が21歳未満の場合、80%は5年後も生存できる。
 その後も適切な治療を続ければ、再発する確率は僅か1%』

『希望を失うには早過ぎる』

 先生の言葉に希望の光を見た。いいや、違うか。
『光がある』、そう思いたかっただけかも知れない。

 まるで何かにすがるように、私は症例を探し求める。
生き残ったケースをかき集めた。『決して薄い望みではない』、
自分を安心させるため。

 病床に伏せる咲、その顔は暗く沈んでいた。
『私、もう治らないのかな』、諦めを匂わせる咲に対して、
私は明るい希望を淡々と語る。……自分でも白々しいと思いながら。

『諦めるのはまだ早い。先生も言ってたでしょ?
 白血病は確かに完治は難しい。
 でも、寛解までならそこまで低い確率じゃない』

『同じ病気を患った女性の水性選手が、
 たった約10ヶ月の治療で退院して、
 その後選手に復帰してオリンピックの代表に内定した例もある』

『希望を捨てずに頑張ろう』

 咲も気づいていただろう。それは咲への励ましではなく、
私自身に言い聞かせるものだった事を。
だって咲は悪化していた。治療の甲斐なく、どんどんと。

 最後の望みは骨髄移植だけだった。
咲自身が持つ骨髄を放棄する。致死に至る放射線を全身に照射し、
体内の全白血病細胞を根絶するのだ。正常な血液細胞もろともに。

 その上で、ドナーから提供された正常な骨髄と入れ替える。
薬物療法やその他の方法では対応できない時に用いられる、
唯一かつ最後の手段だった。

 だがこれを実行するには、適合する骨髄の提供者が必要となる。
HLA――ヒト白血球抗原の型が一致しなければならない。
姉妹で型が一致する確率は、たったの25%だった。
非血縁者の場合はさらに悲惨、
数百から数万分の1まで確率が落ちてしまう。

『残念ながら……照さんのHLA型は、
 咲さんと一致しませんでした』

『そんなっ…………!』

 背筋が凍る、とはまさにこの事を言うのだろう。
全身から血潮が流れて抜け出していく感覚、
できれば体験したくはなかった。
嗚呼、私は。こんな時ですら、咲の役に立つ事ができない。

 骨髄バンクにも適合者はいなかった。
となれば『治療』に意味などない。
ただ死を遅らせるだけ、希望など何一つないのだから。

『貴方は……貴方達は何のためにいるんですか。
 咲を治せるわけでもなく、ただ悪戯に苦しめて……!』

 わかっている。お医者様が最善を尽くしてくれている事は。
わかっている。こうなってしまった以上、
もはやどうする事もできない事は。

 だからこれはただの八つ当たり。
わかっている、わかってる…………でも。
私はそうでもしなければ、正気を保てなかっただろう。

 咲は日に日にやつれていった。
無菌病室へと移動する。白血球が異常化し、
病気への耐性が落ちてしまった咲は、
もう『普通の世界』では生きる事ができないから。

 外界と遮断されてしまった。面会もガラス越し。
もはや手を握る事も叶わない。顔は透き通るように白く、白く。
『もう死んでるんだ』、そう言われても驚かない程酷かった。

 病院への足が遠のいた。会うたびに、死が近づいているのがわかる。
私が面会にやってくると、咲は笑顔を象(かたど)ろうとする。
それが辛くて仕方なかった。痛い、苦しいに決まっているのだから。


◆ ◇ ◆


 咲を見舞わなくなってからしばらく経って。
私の部屋に、大量の人が押し掛けてきた。

 菫率いる虎姫と、竹井さん率いる清澄高校の人達だ。
なぜこんなに大勢の人が?
ただならぬ気配を感じ、私は思わず身構える。

『照。咲ちゃんの見舞いに行くぞ』

『……行った方がいいのはわかってる。
 でも、どうしても足が動かないんだよ』

『今日が、咲の最期の日だとしても?』

『……っ!?』

 最期の日。一体何を意味するか、私は理解できてしまった。
見れば皆の顔は一様に暗く、目が赤く腫れている者もいる。

『親御さんから電話をもらった。
 すでに意識がなくなっている、おそらく今夜が峠だろうと。
 ここで動かなければ、もう会えなくなるかも知れないぞ』

『行きましょう? 私にも経験があるからわかるの。
 会えるうちに会っておかないと、一生後悔する事になるわよ』

 菫と竹井さんが詰め寄る。残りの皆も待ち構えていた。
『行かない』、そんな選択はあり得ないとばかりに。
それでも、それでも私は――。

『私は、行けない』

『なんで! 貴女この状況をわかってるの!?
 もう死んじゃうかもしれないのよ!?
 会いたいと思わないの!?』

 竹井さんが声を荒げた。
彼女のそれは正論だろう、否定しようとも思わない。
でも――所詮は『赤の他人だから言える事』だ。

『むしろなんで会いたいと思うの?』

『えっ……』

『愛する人が痩せこけて、ぼろぼろになって死んでいく。
 この世から消える事が確定してしまう。
 そんな絶望の瞬間を、貴女達は本当に見たいの?』

『それを見届けて何になるの? 咲がそうして欲しいって言ったの?
 言ってないなら誰のため? と言うか貴女達は耐えられるの?
 愛する人が死ぬ悲しみに。だとしたら――』

『単に、貴女達の愛はその程度って事だよ』

『私には無理だ。咲の死が確定した瞬間、何をするかわからない。
 ううん、違う。正直もうどうでもいいんだ。
 どうせ私もすぐに追い掛けるんだから』

『どうせ追い掛けるのだから。今、
 苦しい瞬間を見なくてもいいじゃない』

『テ、ルー……』

 重い沈黙が支配した。
なんと声を掛ければいいか、そんな思惑が透けて見える。
わかるよ。そしてできれば教えてあげたい。

 今の私に掛ける言葉なんて、ない。

 皆が黙り続ける以上、私が声を出すしかない。
『出ていって』 そう言葉に変えようとして、
でもその前に菫が動いた。

『お前の愛を否定するつもりはない。
 事実私は、お前の妹でなければ関わりもしなかったからな。
 彼女が死んだら追い掛けるなんて考えもしなかったし』

『だが』

『この前、まだ意識があった時。咲ちゃんは寂しそうだったぞ。
 「お姉ちゃんは来てませんか」、私にそう問い掛けてきた』

『っ……!』

 菫の言葉が突き刺さる。ああ、私はいつもこうだ。
咲を悪戯に悲しませ、寂しい思いをさせてばかりいる。

『意識がない、どうせもう死ぬ。お前は諦めているんだろうな。
 だが、咲ちゃんは今も頑張って生きている。
 仮に今日身罷るとしても、刹那に意識を取り戻すかも知れない』

『その時お前がそこにいない。咲ちゃんは失意のまま息絶える。
 そんな姉で終わっていいのか?
 悪いが私は、お前をそんな人間にするつもりはない』

『縛ってでも連れて行くぞ。それが私の罪滅ぼしだ』

『同感ね。貴女には悪いけど、私は咲の味方なの。
 咲は貴女に会いたがる。もう会えないなら尚更ね』

 二人が私の両腕を掴んだ。
もはや抗う気力もなくて、されるがままに引っ張られる。

『………………わかった。私も会いに行く。
 でも。悪いけど無理矢理引っ張っていって』

『別に冗談で言ったわけじゃない。
 本当に足が動かないから。……その――――』


◆ ◇ ◆


『怖くて』


◆ ◇ ◆


 咲は病室を移動していた。
無菌が支配するクリーンルームではなく、皆が見守る病室へと。
それが何を意味しているのか、わからない者はいなかった。

 戦いはもう終わったのだ。咲が回復する事はない。
死ぬのだ。間違いなく。
どうせ救えぬ命なら、最期に手ぐらい握らせてあげよう。
そういう意味なのだろう。

 咲はまだ呼吸していた。心電図モニターも規則的に心拍を刻んでいる。
もっとも、その波形は酷く緩やかで。
おそらくは『危険域』に達しているのに、
慌てる者は誰もいない。

『咲。ごめんね。来たよ』

 一人で歩けなかった私は、菫に担がれて病室に来た。
今も足が震えてる。ううん、全身が小刻みに震えている。
それでも咲の手を握り、掠(かす)れた声で語り掛ける。
手は無残にもやせ細り、ほとんど骨と皮だけだった。
咲はまだ呼吸していた。だから私は言葉を紡ぐ。

 話したい事がたくさんあった。
幼い頃の楽しい思い出、離れてしまった間の悔恨。
そして――これから広がる無限の未来。

 もっともっと話したかった。話す機会はあるはずだった。
私が全部潰してしまった。弱い、私が、私のせいで。

『咲。あの日、何も言えなくてごめんね。
 ありがとう。何度も会いに、来てっ、くれて』

『駄目なっ、お姉ちゃんでっ、ごめんねっ……!
 最高の、妹でっ、ありがとうっ……!』

 涙がぼたぼた零れ落ちる。堪えきれずに俯いて、咲の手に顔を擦り付けた。
嗚呼、この無駄に流れる熱い涙が、咲の体に染み込んで。
少しでも、咲を温めてくれたらいい――。

『おい、おい照! 見ろ!! 咲ちゃんの顔!!!』

 背後で菫が鋭く叫んだ。反射的に頭(こうべ)を上げる。
咲の顔、わずかにまぶたが開いたような。
いいや、間違いない、開いてる。意識があるかは、わからないけど。

『照、笑ってあげて……! 最期にっ、笑顔を、見せて、あげてっ……!』

 涙に震える竹井さんの声。無茶言うな。私だって泣いている。
でも、そうだ。笑え。笑え。営業スマイルなら得意でしょ?

 口角を上げ笑みを象る。正直笑えた自信はない。
それでも今できる最善を。願わくば、咲も、笑い返して――。


『………………』


◆ ◇ ◆


 そこで、咲の、呼吸は、止まった。


◆ ◇ ◆


 どうでもいい事を知った。死ぬ時は先に呼吸が止まる。
そして呼吸が止まっても、心電図は数分間は動き続けている。
もう、咲は、死んで、いるのに。

 たっぷり数分掛けた後、遅れるように脈が止まった。
『ピー』という間抜けな音、まるでドラマのワンシーン。
現実で聞く事になるとは思わなかった。

 医師が瞳孔を確認している。次に脈を確認し、呼吸の有無もチェックして。
そして最後に時計を見ると、そっと静かに目を伏せた。


◆ ◇ ◆


『2月18日0時3分。死亡を確認いたしました』


◆ ◇ ◆


 その後の事は覚えていない。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 目が覚めたら病室だった。
私はベッドに転がっていて、菫が横に付き添っていた。
菫は眠っているらしい。それにしては目の隈が酷いけど。

 私が起きた事に気づいた菫は、即座にナースコールを押した。
そのまま問診が始まって――、何を答えたかは覚えていない。

 2時間経ってようやく解放、その後は病室へと戻る。
菫と二人置き去りにされた。
ポツポツ菫が何かを語る。言われた言葉は覚えていない。
ただ、何かを差し出してきたのはわかった。

 震える手で『それ』を受け取る。何なのかはひと目でわかった。
『お姉ちゃんへ』 ただそう書かれたその手紙は、
きっと私への遺書なのだろう。

 呼吸が浅くなっていく。だが、読まないわけにもいかなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 お姉ちゃんへ

 かきたいことはたくさんあるけど、
 体力がなくてごめんなさい。
 どうしても伝えたいことだけかきます。

 今まで本当にごめんなさい。
 私をゆるしてくれてありがとう。

 私はこうなっちゃったけど、それでもよかったと思います。
 だってもう少しおそかったら、
 仲直りできずに死んじゃってたから。

 仲直りできてうれしかったよ。
 少しでも話せてよかった。
 私はもうしんじゃうけど、しごの世界はあると思います。

 だから、どうか私のことで悲しまないで、
 しあわせになってください。
 天国に行けるかはわからないけど、
 お姉ちゃんのことを見守ってます。


 お元気で。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ミミズの這うような文字だった。
酷く汚く掠(かす)れていて、とても高校生が書いた文字には見えない。
それだけ咲は苦しんでいた。それでも咲はこれを綴った。
これを書くのに、どれほどの時間が掛かったのだろう。

『あ゛ぁっ、あ゛ぁっ、あ゛っ、あ゛ぁぁっ…………!』

 病的な量の涙が溢れる。咲の手紙を濡らしてしまった。
それでも私は耐えられず、手紙を脇によけて、叫ぶ。

『あ゛あ゛ぁあ゛ぁあ゛ぁあ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁあ゛っっ!!!!』

 咲は何もわかってないよ。ごめん、それは私のせいだ。
でも、どうか言わせて欲しい。

 至らない駄目な姉だったけど。
それでも私は、貴女を愛していた。だから――。


◆ ◇ ◆



 貴女がいないこの世界で、幸せになれるはずがない



◆ ◇ ◆



 私の世界はもう終わった 咲の死と共に終わったんだよ



◆ ◇ ◆



 でも、咲はそう言うんだね 『この地獄で幸せになれ』って



◆ ◇ ◆



 わかったよ 私は生き続ける 例えどんなに死にたくても
貴女の『呪い』を受け入れる



◆ ◇ ◆



 でも、こんな事なら――



◆ ◇ ◆




  仲直りなんて、しなければよかった




◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 照は完全に人が変わった。決して笑う事はなく、
完全に表情を無くしてしまった。そう、営業スマイルすらも。

 照だけではないのだろう。最近は私もよく言われる。
『菫先輩、笑わなくなったね』と。
『お前だって同じだろ』、ため息と共に返してやった。

 感情とは裏腹に。麻雀界において、私達は快進撃を重ねる事になった。
あの日咲ちゃんを看取った者は、皆。
その名前を世界に轟かせている。

 命の儚さを知ったからだろう。
今は鼓動を刻むこの心臓が、明日も動いているとは限らない。
死はいつもそばに寄り添っている。単に気が付かないだけで。

 人はいつ死ぬかわからない。だからこそ、私達は今を全力で生きる。
『見ててくれ、君の分まで生きるから』
咲ちゃんにそう語り掛ける。そんな私達が、
ただ漫然と打っている輩に負けるはずなどなかった。

 だが。そんな私達から見ても、照は常軌を逸していた。

 もはや病気の類だろう。卓を囲んだ者全員が震え上がった。
照の身体から滲み出す、悲しみ、怒り、憎悪、絶望。
ありとあらゆる負の感情が、対局する者に襲い掛かる。

 皆が恐怖に怯える中、照は淡々とツモを繰り返す。
そして迎える9本場。赤と黒に染まった世界で、
例の九蓮宝燈を炸裂させる。
誰もが照をこう呼んだ――『魔王』と。

 あらゆる記録を塗り替えた。昨年は世界記録すら更新してのけた。
あの小鍛治プロをして言わしめる、
『宮永照は、もう人間じゃない』と。

 流石は辛口の小鍛治プロだ。見事に本質を言い当てている。
そう、照はもはや人ではない。人間と呼べる生活などしていない。

 私生活はボロボロだった。
浴びるように酒を飲み、貪るように薬を飲んだ。
夥しい量の血を吐き散らし、病院に緊急搬送された事もある。
そして延命措置を受け、辛くも目を覚ました後。照は虚ろな目で言った。

『私、まだ、生きてるんだ……――――』

 誰もが照を心配した。事情を知る虎姫や清澄の子達はもちろん、
西田さんを始めとする記者の人達も。関わる者皆が皆、照の命を気遣った。

 照の生き方はもはや、『緩やかな自殺』と呼べるものだった。
麻雀すら照にとっては自傷行為だ。
命を削って牌を打つ。だからこそ照は図抜けて強い。

 刻々と『限界』が近づいてくる。私はそれに気づいていた。
それでも何もできなかった。言葉は照に届かない。何をしても響かない。
そして。そして。そして。そして――。


◆ ◇ ◆


 ある日照は、姿を消した。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 その出来事を『事件』と呼ぶのは、おそらく私――宮永照だけだろう。

 9月24日、竹井さんが結婚した。
お相手は確か、風越のキャプテンだった人。
福路さん、だっただろうか。正直あまり覚えていない。

 結婚式に参加した。ウェディングドレスに身を包んだ竹井さんは、
まるでこの世の幸せを独り占めするように笑っていて。
お相手の人も同様だった。

 それだけじゃない。菫も、淡も、尭深も、亦野も。
清澄の皆も、誰もが二人を祝福していた。
私だけが笑えない。場を壊さぬよう席を外した。


◆ ◇ ◆


 心が、闇で埋め尽くされていく。


◆ ◇ ◆


 奴らは咲を捨てたんだ。

 瞳を閉じて思い起こす。
無機質な心電図モニターの音、筋張った咲の哀れな指を。

 思い起こす。ただただ瞼を朧に開き、
でも笑う事すらできなかった咲の顔を。

 思い起こす。呼吸が止まる瞬間を。
心電図の音が止まった瞬間を。

 あの日以来、私の身体は凍てついている。

 皆も同じだと思っていた。竹井さんについては特に。
咲は、彼女を慕っていたから。

 あの日、彼女は言っていた。『私は咲の味方なの』
その後、彼女は言っていた。『生きるの。咲の分まで。例えそれが地獄でも』
さらに、彼女は言っていた。『でも、苦しい。もう楽になりたい』

 仲間だと思っていた。咲に呪いをかけられて、共にもがき苦しむ亡者。
生きているけど死んでいる。彼女の濁って曇った瞳が、私を癒やしてくれていた。

◆ ◇ ◆


 でも。彼女は咲を裏切った。


◆ ◇ ◆


 殺意の炎が燃え上がる。いっそ本当に殺してやろうか。
咲を捨てて幸せになる者は、私が全員殺してやる。
死ぬ瞬間に思い出せばいい。あの日、咲の息の根が止まった瞬間を――。

『っっっっ!!!』

 刹那、私の全身を戦慄が駆け抜ける。

『あっ、あぁっ、あああっ』

 恐怖で身体がガタガタ震えた。恐ろしい事実に気づいてしまう。
違う、裏切り者は奴だけじゃない。私だって、私だって、私だって――。


 あの日あの瞬間を、徐々に忘れ始めている!!


 咲が死んだ直後の頃は、脳裏にこびりついていたはずだ。
『思い起こす』必要などない。
ただ単純にまぶたを閉じれば、光景が鮮明に蘇る。
そして涙が止まらなくなる。それが『普通』だったはずだ。
なのに今の私はどうだ?

 人なら仕方ないのだろう。記憶はいつか風化していく。
そうして咲を置き去りにして、厚顔無恥にも幸せを満喫するようになる。
竹井さんがいい例だ。でも、多分彼女だけじゃない。
私も、私ですら、時間が経てばいずれはそうなる。


『今すぐ死ななくちゃ。確実に死ねる方法で』


 遺書には背く事になる。でも『呪い』よりも優先すべきだ。
『愛する人に忘れられる』 これ以上の苦しみなんて、ない。

 死ぬ方法を模索した。
失敗するわけにはいかない、なぜなら私は経験している。
一度自殺に失敗すると、周りに監視されるのだ。
死ぬ事すら許されなくなる。だから、一回で、確実なる死を。

 数日後、ついに私は答えを決めた。
『森林限界を越えた高い山の上、切り立った崖から飛び降りる』と。
まず間違いなく落下のダメージで死ねるだろう。
万が一運悪く生き延びたとしても、救助するのは絶望的だ。

 そして私は姿を消した。誰にも理由を告げる事無く。
世間体などどうでもいい。予測されれば実行は困難になる。
登山道具を買い求め、その日のうちに山に向かった。


◆ ◇ ◆




 そして今――私の前には、断崖絶壁が広がっている。




◆ ◇ ◆


 吐く息が白く凍る。寒さに指がかじかむ中、咲の遺書を取り出した。
最期にもう一度読み返す。そして私は薄く嗤った。
『なんでこんなものに縛られていたんだろう』、と。

 所詮は文字の集合じゃないか。これを書いた咲はもういない。
『あっちの世界』に行ってしまった。だったらさっさと追い掛けるべきだ。
ちゃんとわかっていたはずなのに。

 そもそも人は間違える生き物だ。事実、私達は何度も間違えて生きてきた。
遺書に書かれた咲の指示、絶対正しいとどうして言える?

 きっと咲は後悔している。皆から忘れさられていく様を見せつけられ、
『どうしてあんな事書いちゃったんだろ』『早くこっちに来て欲しい』
そうやって今も泣いているかも知れないじゃないか。

 死後の世界はきっとある。咲は待っているはずだ。だから私は追い掛ける。
あの日、咲は私を追い掛けてきてくれた。今度は私が追う番だ。

 私は遺書を折りたたみ、再び荷物の中にしまった。
置いていこう。私は『これ』を信じない。

 再び視線を前方に向ける。白と黒が支配していた。
『ビュゥゥゥゥ』、泣き叫ぶような風の音。
そこに生の息吹は感じられない。
それでいい。罪人の私にはお似合いだ。



◆ ◇ ◆


 さあいい加減飛び立とう。


◆ ◇ ◆


 地面と空の境界線。大地を蹴り、空に自分を開け放つ。
できるだけ長く落下しろ、できるだけ強く激突しろ。
惨たらしく血の花を咲かせればいい。
どうか私に、苦しみに満ちた死を。

 死に至るまでの数秒間。『あの日』を思い浮かべていたら、
最期にもう一つ間違いに気付いた。

 咲が瞼を開いたその時、私は『なぜか』笑って見せた。
とんでもない大馬鹿だ。咲が目を覚ましたのなら、
それは『苦痛の再開』なのに。

 むしろ逆だったのだ。願うべきは安寧な死を。
半端に目など覚まさない方が良い。『早く意識を手放して』、
そう怒るべきだった。そしたら咲は、眠るように逝けたのだから。

 私は逆だ。絶対に意識を失うな。
徐々に思考が朦朧としていくる。駄目だ、苦痛を手放すな。
死の瞬間まで絶望を。安易に許しを希(こいねが)うな――。


◆ ◇ ◆



 そして私はやり遂げる

 何度も壁に激突し、全身を苦痛に苛まれつつ、頭部が地面に激突する


 おそらく即死だったろう



◆ ◇ ◆



 そして世界が、闇に、染まった



◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 薄暗闇の中目を覚ました

 ぼんやりどこか暖かく、ぼんやり周囲が見渡せる
だが周りには何もなかった
ただただ、がらんどうの空間が広がっている

 あの高山でない事は確実、いいや、
そもそも現実の世界とは思えない
だから私は確信できた、『無事死ぬ事ができた』のだと

 だが本番はこれからだ、咲はどこに居るのだろう
もしかしたら天国かも知れない
そして、私は地獄行きかも知れない

 とりあえずはここを離れよう
足に力を籠めて立ち上がる
一度歩き始めれば、足は勝手に動き始めた

 薄暗闇の、奥へ、奥へ――


◆ ◇ ◆




『こっちに来ちゃ駄目!!!』




◆ ◇ ◆


 怒号のような声が聞こえた

 聞き覚えのある声だった
忘れるはずがない、なのに、少し忘れ掛けていた
忘れてはいけない声なのに

 咲だ
私の足が赴く先、清澄高校の制服を着た妹が佇んでいた

 私は当然喜色を浮かべ、咲に駆け寄ろうとした
だが――動かない
足は確かに動いているのに、前方へと進めない

『お姉ちゃんはまだ「こっち」に来ちゃ駄目だよ。
 そんなの私が許さない』

『「あっち」で幸せにならなきゃ駄目。
 お姉ちゃんが「こっち」に来るのは、それから』

 今度は私が怒る番だった

『無茶ばっかり言わないで。私を見てなかったの?』

『大切な人が死んで、苦しまないなんて無理。
 幸せになるなんて無理。実現不可能な事を求めないで』

『できるよ。と言うかほとんどの人はできてる。
 部長も、和ちゃんも、優希ちゃんも、
 染谷先輩も、京ちゃんも、虎姫の皆さんも』

『できてないのはお姉ちゃんと弘世さんだけ』

『それは、あいつらに咲への愛が足りないからだ』

『違うよ。見てきたからわかる。みんな、私のせいで苦しんでた。
 でも、私の遺志を汲んでくれた。そして今は笑ってくれてる』

『お姉ちゃんだけなんだよ。私の遺志を汲んでくれないのは。
 どうしてわかってくれないの?』

 咲が顔を歪ませる、だけどそれはお互い様だ
どうしてわかってくれないの?

『咲、私も何度も言っている。
 他の皆が笑えているのは、愛が足りないからだって。
 最愛の人を喪って、どうして幸せになれると言うの。
 無理なんだよ、どう考えても私には』

『咲のいないあの地獄で、私が幸せになんてなれるはずがない』

 それは至極当然の理屈
聞き分けのない幼子を諭すが如く、半ば呆れたように語る
なのに咲は微笑んだ

『なれるよ。だって私はお姉ちゃんのそばにいるから』

『……え?』

『私はいつもそばにいるよ。
 お姉ちゃんが泣いてたら一緒に泣いて、
 お姉ちゃんが幸せになれば私も嬉しくなる。
 ただお話ができないだけ、私はちゃんとお姉ちゃんを見てる』

『嘘だと思う? だったら証拠も見せてあげる。
 「あっち」に戻ればすぐに分かるよ』

 驚きに声も出せない私に、温かな光が纏わりつく
やがて身体が光り始めた
異常事態、でも咲は慌てる事なく笑って見せる

『――あ、お迎えが来たみたい。じゃあ、また「あっち」でね。
 今度ここに来る時は、笑顔で来なきゃ駄目だよ』

 そう言うと、咲は笑って手を振った
まるで『またすぐ後で会える』とばかりに、
酷く気安く、お気軽に

 そして最後に、こう告げた
『あ、これだけは言っておかなくちゃ』


◆ ◇ ◆




『「あの時」笑ってくれてありがとう。嬉しかったよ』





◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 目が覚めたら病室だった
私はベッドに転がっていて、菫が横に付き添っていた
どうやら菫は眠っているらしい

 酷く既視感を覚える光景、だけど違う点もあった
菫の目に隈はない、ただ眠っているだけのようだ

 私が起きた事に気づいた菫は、特に慌てる事もなかった
酷く冷静に『おかえり』と話し掛け、やがて電話を掛け始める

 まるで意味がわからない

 確実に死ぬ方法を選択したはずだ
万が一、億が一生き延びたとして、五体満足はあり得ない
なのになぜか体が動く、痛みすら感じていない

『…………どういう事なの』

『そのあたりの説明は後だ。皆が揃ったら話してやる』

 数時間後、あの日のメンバーが勢揃いする。
咲を除いた全員だ。虎姫の皆と、清澄の人達。
不思議な事に、皆が皆笑顔を浮かべていた。

『じゃあ、話すとするか。いいか照。
 これはお前にとってこれ以上ない朗報であり、
 耳の痛い話でもある。しっかり耳を傾けろ』


 そして菫が語り始める。私に起きた奇跡について――。


◆ ◇ ◆


 照が居なくなってから数日後。
長野県警に少女が駆け込んできたらしい。

『お姉ちゃん――宮永照が山で自殺しようとしています!
 今すぐ救助をお願いします!』

 あまりに突拍子もない言動。警察は真偽を確かめようとして、やめた。
必要がなくなったからだ。少女は言いたい事だけ言って――消えた。
あり得ない超常現象。『何かある』、そう思わせるには十分だった。

 すぐさま山岳警備隊が始動、近隣の山小屋に電話を掛ける。
少女の発言は真実味を増した。紫髪の女性がある山小屋に宿泊、
先程出発したという情報が入ったのだ。

 レンジャーが出動、ヘリコプターで現場に向かう。
そしてさらに奇跡が起きた。
現地に降り立って進む事1時間――例の少女が『前方に』現れたのだ。
それも、雪山ではありえないほどの軽装、どこかの学校の制服姿で。

『こっちです!!』

 もはや疑う余地はなかった。少女に先導され道を進む。
到着したのは切り立った崖の麓(ふもと)。

 隊員達は訝しんだ。『向かうべきは崖の上ではないか?』と。
もしも宮永照が崖の上から身を投げたなら、まず助かりはしないのだから。
だが次の瞬間、隊員達は驚くべき光景を目にする事になる。

 少女が先導したその先に、宮永照が転がっていたのだ。
彼女は意識を失っていた。だが、外傷は何も見当たらない。

 隊員達はこう考えた。『飛び降りではなく凍死を選んだ?』
だが状況が矛盾している。彼女は何も持っていない。

 登山道からは大きく外れている。こんな険しい崖の麓に、
何の装備もなく入って来れるはずがなかった。

 あるとすれば、上。登山道を通り、崖の上までやってきて。
そこで荷物をパージして、それからここに身を投げた。
だけどそれもあり得ない。無傷で生き延びられるはずが――。

『上にはお姉ちゃんの荷物があります。
 できればそれも回収してもらえると嬉しいです』

『お姉ちゃんをお願いします』

 そう言って少女は消えた。まるで霧がかき消えるかのように。
隊員達はハッとして、慌てて宮永照の救助を開始した――。


◆ ◇ ◆


『――と、これが私の聞いた話だ。勿論耳を疑って、
 直接現地で話を聞いた』

『咲ちゃんの写真も見せたよ。隊員全員が断定した。
 「間違いなくこの子です」と』

『やがて奇跡は科学的にも証明された。
 登山道での目撃者の証言と、お前が救助隊に発見された時刻。
 お前があの場所に居るためには、崖を飛び降りないと間に合わない』

『そして救助隊員も、お前が飛び降りるより
 3時間は前に動き出していないと間に合わない』

『何もかもが奇跡づくしだ。あの崖を飛び降りておきながら、無傷。
 医者が卒倒していたよ。100%あり得ないとな』

『だが……照。お前なら、これがどういう事かわかるんじゃないか?』

 菫がニヤリと意地悪く笑った。
最後にそんな顔を見たのは、もう数年も前だった気がする。
そして問われるまでもなかった。
あれは、『夢』でも『嘘』でもなかったんだ。

(咲は、本当に私のそばにいる)

(見えはしない。声も聞けない。でも確かにそばにいる)

(それでいて――私を守ってくれている)

 目から涙が零れ落ちる。耐えきれず両手で顔を覆った。
すすり泣く声が部屋に響き渡る。
私だけじゃない、誰もが泣いているようだった。
でも、何となく分かる。悲しみによるものではないと。

『で、改めてお前に聞こう。お前は咲ちゃんに守られた。
 それでもお前は死を選ぶのか?』

 今更聞くまでもないけれど、そんなニュアンスを嗅ぎ取った。
まあ実際その通りだ。そんなの答えるまでもない。

『生きるよ。と言うか咲に怒られた。
 幸せになるまでは「こっち」に来ちゃ駄目だって』

 だから私は生き続けよう。
咲が救ってくれた命、無駄にする事は許されない。

 この世界を精一杯生きる。生きて、幸せになって、
できれば天寿を全うする。そうして初めて『あっち』に行って、
胸を張って咲と再会するんだ。


◆ ◇ ◆



 大丈夫。今の私ならきっとできる。
確かに咲は生きてはいない。
でも、いつも見守ってくれているのだから。



◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 病院を退院して1ヶ月後、私はプロ麻雀を引退した。
起こした騒動に責任を取る意味もある。
でも、それ以上にやりたい事ができたからだ。

 まずは身体を治したい。
度重なる飲酒にオーバードーズ、身体が悲鳴を上げていたから。
それでも私を診た医者は驚いた。

 私の行為はもはや自殺。本来なら死んでいないとおかしい。
なのに、それにしては身体へのダメージが少な過ぎるらしい。

『貴女にはあり得ない事ばかりが起きている。
 例の騒動について聞いた時は、正直半信半疑だったが。
 これはもう、何かに護られているとしか思えない』

『はい。私は護られています。生きていた頃からずっと、
 私はあの子に頼ってばかりだ。恥ずかしくて仕方ないです』

『でも。これからは、胸を張って生きられるようになりたい』

 麻雀をやめた私が目指した道。
それは、白血病専門の医療機関に従事する事だった。

 治療に専門する医師か、心をケアするカウンセラーになるか。
迷った末に後者を選ぶ。救うべきは心と判断したからだ。
私自身も治療中、心理セラピーに助けられた事が大きい。

 咲の死を経験した私は知っている。
世界は時に残酷だ。どうあがいても助からない、
そんなケースはいくらでもある。

 それでも心は救えたはずだ。正直今でも後悔している。
仮に咲と別れるにしても、もう少しマシな展開が選べたはずだった。
なのに自ら拒絶した。違う、当時の私には選ぶ余裕なんてなかったんだ。

 だから私は伝えたい。皆の先をゆく経験者として。
白血病とどう闘い、どうやって患者を支え、
どうやって最期を迎えるべきかを。

 それができるようになった時。
私は初めて、咲に胸を張って言えると思うのだ。

『どう? お姉ちゃん、頑張ってるよ』と。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 瞼を開く。過去から今へと舞い戻り、私はお墓の前にいた。
しばらくそのまま眺めていると、背後から声を掛けられる。

「ったく、行くのなら行くと言ってくれよ。
 どうせこっちで落ち合う事になるんだから」

「まったくね。自分ばっかり咲を独り占めしてズルいんじゃない?」

 声のした方に振り向くと、菫が眉間にシワを寄せていた。
その横にいるのは久。こちらは意地悪く口角を吊り上げている。

「別にそんなつもりはない。それに、どうせ『ここ』に咲はいないし」

「その割には足繁く通うのね」

「咲の魂はいないけど、咲の器はここに在るから」

「殊勝な心がけねー。ま、咲は貴女につきっきりみたいだから、
 私達はここで色々報告させてもらうわ」

 菫と久が咲の墓前で手を合わせる。
しばらく目を閉じ黙祷した後、手を合わせたまま久が呟いた。

「ねえ、咲。今の私は、貴女を悲しませてないかしら。
 ちゃんと――幸せそうに見えるかしら」

 祈るような囁きに、胸がぎゅうと苦しくなった。
全てを知った今ならわかる。
私は彼女を憎んだけれど、彼女は彼女で苦しんでいた。
辛くて、苦しくて、死にたくて。それでも久は乗り越えた。
それはきっと、咲のためでもあったんだろう。

「……貴女はよくできてるよ。前にも言ったでしょ?
 咲自身が褒めてたって」

「むしろ私の方こそ聞きたい。私と菫だけが落第だったから」

「お前もよくやっているさ。患者もいつも言ってるぞ?
 『宮永先生ほど優しい先生はいない』ってな。
 皆がお前を慕っている」

「……じゃあ、私も及第点って事で」

「いやーあまいあまい、採点があま過ぎるわよ。
 照も菫もまだまだ全然。私からすれば論外ね」

「だって貴女達、自分自身の幸せを掴んでいないもの」

 辛い採点を突きつけて、一人ケラケラ笑う久。
流石は遺書の優等生、言う事が一味違う。

「まあでも正直思うわね。たまには声を聞かせて欲しいって。
 警察には姿を見せて話もできたんでしょ?
 なら私達にもできるんじゃない?」

「あー、それなんだがな。残念ながら無理らしい。
 永水の巫女に聞いたんだが。あの一連の流れが、
 『照の臨死に依存した結果』だそうだ」

「照が死に近づいて、咲ちゃんを追いつめて、
 ようやく起こせた奇跡ってわけだ。
 普段からできる事じゃないんだろう」

 菫の言葉を受けて、思う。だが口に出すのはやめておいた。
『じゃあ、また自殺すれば咲に会える?』って。
答えはきっとイエスだろう。咲を悲しませてもいいのなら。
つまり結局はノーって事だ。

「まあ、答え合わせは取っておくよ。
 どうせ今聞いても仕方ない」

「そうね。死ぬ時に『あー幸せだった!』って言えて、
 それで初めて合格だもの」

「精進あるのみ、だな」

 3人で頷きあっていると、更にガヤガヤ聞こえてきた。
これまた聞き覚えのある声、虎姫と清澄の皆だろう。
私は静かに笑みを浮かべて、後続に道を譲る事にした――。


◆ ◇ ◆


 本音を言えば。今でも、悲しみが消えたわけじゃない。
咲は私を見てくれている、たとえそうだとわかっていても。
時折、どうしても拭えない悲しみに襲われる事がある。

 会いたい。声が聞きたい。その身体を抱き締めたい。
そうして涙を流しては、枕を濡らす夜もある。

 それでも私は知っているのだ。咲はそんな私を見守っていて、
私を励ましてくれている事を。


◆ ◇ ◆


 きっと、私だけではないのだろう。

 愛する人と死に別れ、苦しみと悲しみに押し潰されそうな人がいる。
残念ながら皆が皆、私のように恵まれているわけじゃない。
身罷ったまま、声も聞けず、姿も見れない人が大半だろう。

 それでも私は信じている。
きっとそんな人達にも、愛する人はそばにいる。
そして聞こえない声で囁くのだ。
『立ち直って。そして――幸せになって』と。


◆ ◇ ◆


 だから私は立ち上がる。全てが終わったその時に、
笑顔で咲に駆け寄れるように。

 だから私は皆を励ます。私と同じく悲しむ人が、
いつか、笑顔で愛する人に駆け寄れるように。


◆ ◇ ◆




 ねえ、咲。

 私はちゃんと、お姉ちゃんできてるかな。

 咲にもらったこの生命、有効活用できてるかな。




◆ ◇ ◆




 いつか、答えを聞かせてください。




(完)


-----------------------------------------------------
<リクエスト内容>
-----------------------------------------------------
宮永照咲SSで 麻雀大会で念願の仲直りして後日
久々に咲が住んでいる所へ
母親と一緒に訪れて 咲と父親がお出迎えして楽しく過ごす中
咲が以前より少し顔色が悪いような気がして聞くと
咲は最近ちょっと具合が悪いと言い
照はほんの軽い気持ちで病院に受診したらと言い咲も軽い気持ちで受診する

受診結果即入院の要検査と言い渡されて検査結果白血病と診断される
照は咲が死ぬのではと怯えるが医者から治療技術が向上して生存率が上がっていると言われ
かの女性水泳選手のように咲も元気になれると信じていたが
治療も甲斐なく悪化しつづけて
照は望みをかけて骨髄移植のドナー適性検査を受けるが神などおらず
不適合を言い渡されて自身の無力さを恨み
助けてくれない医者に八つ当たりしたりする
やがて日に日にやつれていく咲に耐えられなくなり訪ねなくなるけど
虎姫や清澄高校の人に促されて行く
そして咲は死んでいった

この世界に咲がいない死にたいと思う
でも周りには咲の分まで生きろと言われ照にとっては呪いであった
その後照は咲が死んだ悲しみや恨みなどを麻雀にぶつけて世界記録を塗り替えるなど
小鍛さん以上の大活躍するが

私生活はお酒や薬などに溺れて悲しみや恨みを紛らしていた
そんな生活に西田さんや虎姫や清澄高校のメンバーから心配される
それでも咲がいない世界を必死に生きていた照だか

ある出来事についに限界を迎えて
確実に死ぬ自殺を調べて実行して
臨死の世界?でようやく咲に再開するも
咲にカンカンに怒られながら諭されて
咲の姿が薄れて無くなると同時に
照は目が覚めて虎姫と清澄のメンバーがいた

確実に死ぬ自殺をした照だが不思議な事に咲本人?が
電話か通行人などに助けを求めて助けられる
命が助かるだけでなく後遺症も全く無く
医者から奇跡もしくは誰かに守られているとも言われる
不思議な救出劇を菫に聞かされそれでも自殺を選ぶか聞かれ
照は咲が救ってくれた命を無駄にしたくない
咲がいないこの世界を生きる決心をする

その後麻雀プロを引退して
お酒や薬などでボロボロになった体の治療の為に入院して
そこで心理セラピーに出会い
一から猛勉強して白血病ガン専門病院のカウンセラー医師になり
麻雀を取り入れたセラピーや自身の経験を生かし
患者さんから慕われる優しい医者になる

今は感染症関連の辛いニュースが多いので
大切な人を失いどん底になるもそこから立ち上がれる明るいお話しでお願いします

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posted by ぷちどろっぷ at 2021年07月30日 | Comment(4) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
リクエストをお願いした者です
首を長くして待ちましたが
とても素晴らしいSSをありがとうございました
リクエストした内容から
とても考えられて組み上げられたストーリーになっていてとても嬉しいです
照ちゃんを無理矢理連れて行く場面や遺言の場面や結婚式の場面や崖の上の場面
どの場面も考えられた言葉と表現で読んでいて風景や心情が自然に頭に思い浮かんで感じ取れます
最後のそれでも私は信じるから、だから私は立ち上がる、だから私は皆を励ますまでの文面はまさに生きる事への力強いメッセージでとても心に響きました
最後の咲ちゃんへの思いが切なく心に染みました
リクエストでお願いした以上の内容で辛くても立ち上がり今を一生懸命に生きたいと思えるSSに深謝です
猛暑で大変ですがご自愛下さい
Posted by at 2021年07月30日 23:50
最新作、読ませていただきました。

人の死というものは、残された人々の心にいつまでも印象深く残るモノです。
ただ、今回はそれが悪い方向へと転じてしまったようで。
漸く仲直り出来た最愛の妹の喪失に哀嘆き、現実逃避と自己否定に塗れて、最期の願いを歪んで受け取り、しあわせとは程遠い自滅への渇望に心を蝕まれていく。
そんな照の姿をただ見る事しか出来なかった咲は、さぞ無念な事であったでしょう。

……まさか、無念極まって不思議パワーで現世に飛び出し、姉を叱咤し命を助けるとは思いませんでしたがw
これも愛のなせる業……やっぱ麻雀やってる娘はすげぇや!

死とはそれまでの全てに別れを告げると同時に、現世に生きる人の心象へ変化を残していくものですね。
せめて、それが良きことにつながらん事を日々願って生きていきましょうか。
Posted by 小林 at 2021年08月03日 16:42
コメントありがとうございます!
>リクエストをお願いした者です

めちゃくちゃ長くおまたせして
申し訳ありませんでした……!
リクエストが溜まっていた事もありますが、
人の死を扱うだけに、
大事に大事に書きたかったので
時間が掛かってしまいました。

大切な人を喪う事は、やはりとても辛い事で、
いっそ忘れてしまえた方が
楽なのかもしれません。

でも、きっと愛が深過ぎる故に忘れられなくて、
絶望に苦しんでる人もいて。
そんな人に寄り添うような
作品になっていたらいいなと思います。

Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2021年08月04日 20:27
コメントありがとうございます!

>死とはそれまでの全てに別れを告げると同時に、
>現世に生きる人の心象へ変化を残していく

まさにその通りだと思います。
このお話の場合、逝ってしまった咲は
それでも照を見守っていますが、
それゆえに照以上に地獄だったかもしれません。
私なら見たくないですね……自分の死のせいで
大切な人が壊れていくさまを見続けるのは。

とは言え、残された人は悲しみを乗り越えて
生きていかないといけないのも事実で。
そうやって歯を食いしばってる人が、
愛する人の死とどう折り合いをつけていくのか。
私なりにそれを考えた結果、
この作品の結論になりました。
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2021年08月04日 20:35
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