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【咲-Saki-SS:はやり+煌】『希望を繋ぐバトン』

<あらすじ>
※欲しいものリストによる贈り物に対するお礼のSSです。
 ありがとうございました!
 リクエスト文が詳細でネタバレになるため、リクエスト文は
 作品の末尾に記載します。

<注意事項>
※大筋はリクエスト文に忠実に書いているため、
 原作で予想される展開やぷちどろっぷの過去作品の解釈とは
 異なる点があるかもしれません。

※原作では作中の時期は明かされていませんが、
 リクエストの都合上現実(2022年)と
 ある程度一致している想定になっています。

※ぷちどろっぷは現時点では
 シノハユを最新話まで読めていません。
 特に中学生編以降と乖離があるかもしれませんが
 ご容赦いただけると幸いです。


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本編
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 ――一寸先は闇。絶望は誰にも等しく訪れる。
それは私、『瑞原はやり』も決して例外ではなかった。

 突然世界を襲った流行病――COVID-19こと
新型コロナウイルス感染症。パンデミックはなんとか収束、
でも爪痕は今も色濃く残っていた。

 亡くなった人は少なくない。職を失った人も多い。
社会全体が陰鬱な闇に飲み込まれていた。
私自身知人を喪い、活躍の機会も奪われている。

 歯を食いしばり頑張った。
皆が暗く落ち込む時こそ、何より『希望の光』が必要。
たとえ自分が苦しくたって、笑顔を見せて元気を届けろ。
それが『先代』――真深さんから受け継いだ思いだから。

 でも。現実はどうしようもなく厳しかった。

『生活がヤバ過ぎんだよ、アイドルにかまけてる場合じゃねぇ』
『てかはやりんってアラサーだろ? いつまで「おねえさん」やってんだ』
『「かわいいかわいい」してる年じゃねぇだろ。むしろ見てて痛々しいわ』

 仕方のないことだと思う、自分でも薄々感じていたから。
私自身、小2の頃思っていたことだ。『あんな大人にはなっちゃ駄目だ』と。
万人に受け入れられるのは難しい。そんなの当たり前のこと。
今いるファンを大切に。自分に言い聞かせて奮起する。

 でも、でも。数字は何より現実的だ。
ファンクラブの会員数が減っていく、ライブで席が埋まらない。
全てが残酷に告げていた。『お前はもう消費期限が過ぎたのだ』と。

 結果として――私は『消える』道を選ぶ。

 正直に言えばかなり迷った。今でも応援してくれる人はいるからだ。
でも私が居座り続けることで、次代の芽を摘んでいるのも事実。
いなくなる方がいい。その方が、『喜びの絶対数』は増える。

 なんて、本当は単に『限界』だったのだろう。
私自身もボロボロだった。心身共に疲れ果てている。
希死念慮に襲われるようになっていた。
『もう十分頑張ったでしょ』『いつまで頑張り続ける気なの?』

『人は老いて死ぬんだよ。ただ、私にもその時が来ただけ』

 こうして私は夢破れ、芸能界から『ふっ』と消えた。
『真深さん、ごめんなさい』小声でぽつりと呟きながら。

 新しい夢も追う気力もなかった。テキトーな会社に再就職する。
雀士を続ける道もあった、解説の仕事もあっただろう。
でも、無理だ。私にとって『麻雀』は『牌のおねえさん』に直結するから。
研究者になって難病の新治療法を確立する?
そんな気力が残っていれば、今でもアイドルを続けている。

 そして今。私は夢も覇気もなく、
死人のようにOLの仕事をこなしている。


◆ ◇ ◆


『希望を繋ぐバトン』


◆ ◇ ◆


 入社してから数か月、『出会い』は突然訪れた。
新卒採用された新人が、研修を終えて職場に配属されたのだ。
新しく職場に加わったメンバーは私を見て目を丸くした。

 別に珍しいことでもない。
テレビに出ていた芸能人、それも『失踪』扱いのトッププロだ。
そんな謎めいた存在が、なぜか自分の職場にいるわけで。
事前に噂で聞いたとしても、実物を見れば驚くだろう。

 もっとも、傷に触れてくる人は多くない。
『芸能人が事情も告げず、普通のOLになっている』、
空気を読める人であれば闇の臭いを嗅ぎ取るだろう。
もちろん無神経に切り込んでくる人もいるけれど。
笑顔であしらっていれば去って行く。

 でも――『彼女』はそのどちらでもなかった。

「ま、まさか……こんなところで『はやりん』と会えるとは!
 すばらです! こんなにすばらなことはない!!」

 特徴的な口調で叫ぶ、紫髪の小柄な女性。
私は彼女を知っていた。確か『花田煌』さんだ。

 第71回全国高等学校麻雀選手権大会の準決勝戦。
当時『絶対王者』だった照ちゃんと卓を囲んだ子。
今から2年前の夏、テレビ越しに見たのを覚えている。
髪型が妙に特徴的だった。

 OLになった花田さんは、流石にツインテールをやめていた。
黙っていれば大人の女性、でも中身は変わっていないらしい。
あの大会と同じように目を輝かせ、思いの丈を熱く語った。

「実は私ファンなのですよ! ほら、会員証もこの通り!
 もしよろしければサインをください!」

「……そっか、応援してくれてありがとね☆」

 今の私は『一般人』、ファンサービスをする義務はない。
内心逡巡したものの、結局は素直に笑顔で応じた。
彼女は私の『被害者』であり、償うべき対象だから。
……それがよくなかったのだろう。
この日以来、彼女は私に付き纏うようになる。
彼女は何度も口にする、言葉は全て猛毒だった。

『また牌のおねえさんをやって欲しい』
『ファンは今でも待っている』
『もちろん私も、いつまでも』

 これほど残酷な言葉もなかった。
私だって望んでやめたわけではないからだ。
もがいて、あがいて、苦しんで。
その結果が場末のOL。そんな事情を汲まない彼女に、
徐々に返答は鋭さを増す。

「花田さん。もう何度も言ったけど、
 私はアイドルをやめたんだよ。
 今の私は『はやりん』じゃない、『ただの瑞原はやり』なの」

「で、ですが……引退宣言はしてませんよね?
 テレビでも『長期休養』扱いだって――」

「業界の中では終わってるよ、私の中でも終わってる。
 ……私のファンなら知ってるでしょ?
 末期の私がどんな扱いを受けてたかって」

 彼女は言葉を呑み込んだ、その表情が物語る。
ほら、答えは出ているじゃないか。
いくら彼女が求めてくれても、私は『期限切れ』なのだ。

「『時にはHAYARIに流されて』……その通りだよね。
 私の流行(はやり)はもう終わったの、世代交代する時期が来ただけ。
 そうだ、花田さんがやってみたら? 次の『牌のおねえさん』」

 意趣返しの色が強かった。
何度も傷をえぐられたのだ、多少の報復は許して欲しい。
だけどそれだけとも言えない、実際向いているとも思った。
あの準決勝を思い出す。

 彼女の相手は『宮永照』。歯に衣着せず言ってしまえば、
公開処刑に近かっただろう。
それでも彼女は笑顔で打った、チームのために戦い続けた。
その献身は、不屈の闘志は、アイドルに必要不可欠な素養だから。

「その冗談はすばらくない。
 『牌のおねえさん』は貴女以外にあり得ません!」

 彼女が頷くことはなく、その後も勧誘は長く続いた。
最初は律義に傷ついたけど、徐々に痛みに慣れてくる。

 やがて毒は薬に転じた。
どれだけ無下に突き放しても、めげずに笑う花田さん。
そんな彼女だからこそ、私も遠慮なく毒が吐ける。
いつしか私は愚痴をこぼし始めて、
彼女に慰めてもらうようになっていた。

「――だからね。私もやめたくてやめたわけじゃないんだよ。
 ずっと罵倒され続けて、それでも歯を食いしばって、
 やっぱり数字は落ちていく。『要らない子』だって思い知らされたの」

「確かに私は『消えた』けど。あのまま続けてたとしても、
 結局は事務所やチームから言われてたと思うよ。
 『そろそろ引退してください』って」

「実際止められなかったもん。だからね?
 私の意志に関係なく、もう消費期限切れだったの」

 彼女は真剣に耳を傾けてくれた。
聞いたことはちゃんと理解して、時には我がことのように傷つき、
だけど最後は励ましてくれる。

「アイドル業も人気商売ですし、スポンサーの意向に
 影響されることは理解しています。
 そんな中、29歳までアイドルを続けただけでも
 すばらなことだと思います」

「『アイドル』という仕事自体、白眼視されることも多い。
 単なるファンの私でも、すばらくない声に胸を痛めたことがあります。
 ご本人の苦しみたるや想像すらできません」

「でも。おそらく貴女が思う以上に、ファンは多いと思いますよ。
 そして今も貴女の復活を待ち望んでいる。
 『次のおねえさん』が出て来ないのがいい証拠です」

「他の誰かじゃダメなんです。
 『牌のおねえさん』は『はやりん』でなければ」

 尽きることない彼女の熱意に、やがて喜びを感じ始める。
私だって所詮は人間、求められればやっぱり嬉しい。

 末期の扱いが酷かっただけに、素直なエールが心に沁みた。
少しずつ彼女にほだされ始め、だからこそ、彼女自身に興味が湧く。

「ねえ、花田さん。どうして私に入れ込むの?
 話してる感じだと、そこまで『アイドルが好き!』って
 感じでもないんだけど……」

「……失礼ながら、外見や振る舞いで好きになったのではありません。
 ただ。昔ちょっとだけお話したことがありまして」

「私と!? ごめん、ちょっと覚えてないかも……」

「ああいえ。ずいぶん昔のことなので」

 花田さん曰く、一度長野で見掛けたことがあるらしい。
おそらくはイベントが終わった後。
『いつもの服』から私服に着替え、サングラスをして素性を隠して。
その背中は小さく丸まり、疲れが一目でわかったそうだ。

「でもその時、道端に泣いている子が居たんです。
 迷子になって疲れ果て、泣きじゃくっていた『紫髪の女の子』が」

「貴女はその子に駆け寄りました、そして手品を見せてあげたんです。
 ちょっとした手品ですけど、小道具を準備をしていないと
 見せられないものでした」

「少女は驚いて泣き止んだ。貴女はにっこり微笑むと、
 そのままその子を交番に連れて行ってあげました。
 きっと疲れていただろうに、やっと掴んだオフだったろうに。
 決して嫌な顔をせず、テレビと同じ明るい笑顔で」

「…………それが、私がツインテールを始めた理由です。
 残念ながらくせ毛だったのでクワガタみたいになってしましましたが」

 思わず目を見開いた、まじまじ彼女の顔を見つめる。
残念ながら思い出せない。『迷子を保護した経験』なんて、
身に覚えがあり過ぎて。

 ただ、彼女の髪型が特徴的なのは覚えていた。
まさかそのルーツに自分が関わっていたなんて。

「だから。私にとって『はやりん』は、輝く希望の象徴なんです」

 彼女は私に笑顔を見せた。どこか陰りのある笑みを。
満面の笑顔を見せようとして、だけど難しかったのだろう。

 自然と唇を噛み締める。ああ、私は。
こんなところまで真深さんから引き継いでしまったのだ。
彼女の涙が脳裏に浮かぶ。

『闘病していることは隠したかった』
『元気な春日井真深のままで去りたかった』

『死ぬのかな、私――』

 皆を元気にしたいと尽力して、
ステージでは完璧な『アイドル』として振舞って。
でもその後、私の前で泣き崩れた『先代』。

 私は彼女に宣言した。『今度は私が頑張る』と。
『真深さんを元気にする』と。彼女に笑って欲しかったから。

 なのに今。私は笑顔をなくして俯いている。
熱烈なファンの花田さんに、悲しい顔をさせている。

 弱いところを見せたくなかった、だけどもう限界だった。
何もかも真深さんと同じだ。ううん、違う。
私に命の危険はない。一緒にするのは烏滸がましい。

 でも――鉄面皮ながらも思う。『この子に次代を継いで欲しい』と。
『向いてそうだから』じゃない。私の後継はこの子がいい。

「……ねえ、花田さん。私の先代の『おねえさん』って知ってる?」

「春日井真深さんですか?
 私が物心ついた頃にはもう引退されていたので、
 お名前を聞いたことがある程度ですけど」

「そうだよね。でも、すごい人だった。
 かっこよくて、優しくて、みんなのために頑張っていて……
 ちょっとしたことで泣いてた小2の私を、手品で励ましてくれた」

「っ、それって、もしかして――」

「うん、同じ手品だよ。私の手品は真深さんから受け継いだもの。
 あの人みたいになりたくて。今度は私があの人を笑顔にしたくて、
 牌のおねえさんを目指したんだ」

「だからね、花田さんの話を聞いた時に思った。
 『本当の意味で世代交代が来たんだな』って」

「……ねぇ、花田さん。本気で目指してみないかな?
 次の『牌のおねえさん』。私は、貴女に継いで欲しい」

 花田さんは目を丸くして、その後一瞬だけ顔を綻ばせた。
でもすぐに笑顔は陰り、その表情を失っていく。

「そう言っていただけるのは嬉しいですが。
 私は、人の前に立てるような人間ではないのです」

「貴女は、私を買いかぶり過ぎている」

 見覚えのある顔だった。
人が絶望した時の表情。何度も鏡の前で見た。
そして答えもすでに出ている。
彼女はトレードマークのツインテールをやめていた。

 つまり希望を失ったのだ。彼女も傷を負っている。

 思い出す。彼女を初めて見た翌年の、第72回インターハイ。
そこに彼女の姿はなかった。
新道寺女子は全国に出場したにもかかわらず、だ。

単に実力が及ばなかった? それも違う。
その時出場したメンバーと比較しても、彼女の方が上だと感じた。
『3年生ブースト』も考慮すればむしろ主力候補だったろう。

 事実、その年の新道寺女子は奮わなかった。
唯一の3年生だった鶴田さんが孤軍奮闘するも、
結局は2回戦で消えてしまった。『花田さんがあそこにいれば、あるいは』。
そう思ったのを覚えている。

「……花田さん。貴女はどうしてこの会社に来たの?」

「身の丈に合った就職をしただけですよ。
 なんて、すばらくないですね。かなり偉そうな発言です。
 抜け殻だった私を拾ってくれたんですから感謝しかありません」

 『躱された』、そう感じた。触れられたくない傷なのだろう、
私にもあるからよくわかる。そんなところまで似た者同士だ。

 だけど引く気は毛頭なかった。
拒絶していた私の扉を無理矢理開けたのは花田さんだ。
深淵を覗くものは、また深淵にも覗かれる。
今度は花田さんが明かす番だ。

「教えてくれないかな。花田さんが『抜け殻』になった理由」

「誰も得しませんよ? 不快になって終わるだけです」

「もし。貴女が塞ぎこんだ人を前にして、
 そんな風に言われたとして。それで貴女は引き下がるかな?」

「……むしろしつこく食い下がるでしょうね」

「そういうことだよ。貴女は私の傷に触れた。
 なら、私にも貴女の傷に触れる権利があるよ」

「その苦しみ、共有させて?」

 花田さんは小さく目を伏せた、しばしの沈黙が訪れる。
辛抱強く続きを待った。最後は根負けしたのだろう、
彼女は静かに口を開く。

「……人を導くには『資格』が要ります、
 希望には『力』が必要なんです。私にはその力がなかった」

「なのに安請け合いをして。結果、皆を失望させてしまった」

 そして紡がれる悲しみの歴史。
いつも元気な彼女とは思えないほどのしおれた顔で、
花田さんは語り続ける――。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 ――その『真相』を聞いたのは、あくまで偶然の産物でした。

 全国大会という晴れの舞台で、私、花田煌が先鋒に抜擢されたわけ。
それは決して前向きな理由ではなかったのです。

『花田は飛ばないための捨てゴマ、後ろ4人の火力で勝負』。

 ショックだとは思いませんでした。
私には誰かから必要とされる力がある。
エースになれる力じゃないけど、必要とされている。
こんなにすばらなことはないと。

 だけど。私は『捨てゴマ』すら果たせませんでした。

 私に課せられた使命、それは『失点を3万点以内に抑える』こと。
『稼げ』だなんて言われてない、和了れとすら言われてない。
他の四人は『私の失点分を稼ぐ』ことを考えれば、
破格にヌルい待遇だったでしょう。

 なのに――対局が終わった時、手元の点棒は半分もなく。
その失点たるや、なんと驚きの51800点でした。
もしもこれが個人戦なら、私は2回とも飛ばされていたのです。

 『宮永照だから仕方ない?』 何の言い訳にもなりません。
3位と比較しても25000点以上の開きがあったのですから。
完全に私の一人負けです。『戦犯』と呼んでも過言ではないでしょう。

 私が責務を果たせていたら、失点を3万に抑えていたら。
うちは一位通過できていた。私は『希望』になるどころか、
『絶望』に導いてしまったのです。

 せめて私が『部内5位』なら。『順当に選ばれていた』のなら、
少しは自分を騙せたでしょう。だけど、違う。私は5位ですらなくて、
友清さんという正当な選手がいたわけで。

 私は彼女を押しのけてまで、『捨てゴマ』を任されたのに、
その役目を果たせなかった。私が下手に出しゃばらなければ、
新道寺は決勝に進めていたかもしれません。

 その事実は、絶望は。私を少しずつ蝕んでいきました。
ふと考えてしまうのです。『私にもっと力があれば』、
『そもそも私でなかったら』。

 ここぞという場面で踏ん張れない、恐怖が脳裏を支配する。
結局、私は『最終学年』という責務からも逃げてしまいました。
『私よりふさわしい人が他にいるはず』、そんな口上を並べ立てて――。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


「――ですから。私には『牌のおねえさん』なんて無理なんです。
 自分に希望を持てない輩が、人に希望を与えられるはずなんてない」

 花田さんはそう締めくくり、半ば無理矢理会話を終わる。
取り返しのつかない過ち、懺悔をする囚人のように、
がっくり首を垂れながら。

 だけど。私にはそう思わなかった。

 記録の上では言う通り。花田さんはラスで終了したし、
沈みが大きかったのも事実。

 でも。あの場にいたのが花田さんでなければ、
被害はもっと大きかっただろう。実際彼女がいない決勝戦では、
照ちゃんは9連荘――九蓮宝燈を決めている。

 そもそも、五位決定戦で花田さんは2位だった。
わずかながらもプラスで対局を終えている。
彼女の実力は決して『捨てゴマ』とは言えない。

「チームメンバーに聞いてみた? あの準決勝をどう思ってるのか。
 多分、花田さんの考え過ぎだと思うよ?」

「責める人はいませんでした。先生も『采配ミスとは思ってない』と。
 みんな優しい方々ですから、表立って糾弾はしないでしょう。
 聞いたところで『気にしてないよ』、笑って返してくれるはずです」

「だからって、何の慰めにもなりはしません。
 私が希望を摘んだ事実は何一つとして変わりはしない」

 ……あまりにも自分に厳し過ぎる。それが素直な感想だった。
他人には酷く優しい癖に、自分のことは許さない。
それは彼女の美徳でもあり、欠点でもあるのだろう。

 彼女に説いても意味はない。
心の呪縛はいつでも強固、本人が納得しなければ駄目。
だから私がするべきことは、言葉での説得ではないだろう。

「…………そっか」

 口では諦めたように打ち切るも、僅かながらに気力が芽生えた。
彼女の希望を取り戻す。そして、次の世代に思いを繋ぐ。

 それこそが、『消費期限』の来た今の私にできること。
私が成すべき最後の仕事――。


◆ ◇ ◆


 『疑念』はあっさり払拭された。

 かつてのコネを使って連絡。
白水さんと鶴田さんはプロになっている、コンタクトは容易だった。
それで話を聞いてみると、
花田さんの懺悔とは真逆の回答が返ってきたのだ。

「花田ん奴が戦犯!? あんバカ、
 そがんなこと言うとったとですか!?」

「うん。それで実際二人はどう思ってるのかなって」

「そんないば私も戦犯ですよ……むしろ花田には申し訳なか」

 悔しそうに唇を噛み締める白水さん。
そもそも新道寺の方向転換は、『エースが打ち負けるから』起きたこと。
自分に先鋒で勝つ力さえあれば、花田さんが捨てゴマになる必要すらなかった。
『むしろ花田は自分の被害者』、彼女はそう言い切った。

「……言うまでもないことだけど。誰が悪いとか戦犯だとか、
 責任を追及したいわけじゃないんだよ。
 でも実際、今も花田さんは囚われてる。私はそれを何とかしたい」

「そいは私も同じですけど……瑞原プロはどうしてそがん
 花田んことを気にしよっとですか?」

「後を継いで欲しいから。私の――『牌のおねえさん』を」

「…………ああ。向いとっと思います」

 昔を懐かしむように、今度は鶴田さんがこぼし始める。
準決勝敗退が決まったあの時。他の皆が泣き崩れる中、
花田さんだけは他人を励ましていた。
そんな彼女の思いやりは、確かに皆に届いていたと。

 自分だって泣きたかっただろうに。
本当は罪悪感で潰されそうだったろうに。
誰より強い敵と戦い、捨てゴマの任務を負わされて、
心は軋んでいただろうに。それでも彼女は笑っていた。

 そんな彼女がいたからこそ、私達は奮起した。
『花田ん奴が踏ん張っとるとけ、私らがくじけよるとかなかろ』と。

「今度は私らの番です。花田ん奴がへこんどるなら、
 うちらがあいつを引っ張り上げゆっ」

 白水さんは胸を叩いた。そして小さくケホケホむせる。
具体的にはどうやって? 二人はそこをぼかして隠した。
『次ん試合、絶対花田に見ろて伝えてください』とだけ言葉を残して。

 あえて追及はしなかった。
きっと彼女達にしかわからない絆があるのだろう。
私に『湯町』の繋がりがあるように。

 後はもう信じるだけだ。花田さんが残した絆を。


◆ ◇ ◆


 そして迎えた二人の登板日。
花田さんを定時後誘い、自宅で観戦することにした。

「いやいやいや、それは流石にすばらくない!!
 芸能人の自宅に突入とか恐れ多いですよ!
 下手したら他のファンに刺されちゃいますよ!?」

「今日だけでいいからお願い。変なことはしないから」

 難色を示す花田さん、でも半ば強引に押し通す。
テレビをつけて麻雀チャンネル、その顔はさらに強張った。
おそらくトラウマなのだろう、顔が酷く蒼ざめている。

「……その、帰ってもいいでしょうか」

「今日だけは見届けてくれないかな。
 貴女が、私に復活して欲しいと思うなら」

「…………わかりました」

 対局は静かに進んでいく。
白水さんと鶴田さんが所属するのは『エミネンシア神戸』だ。
二人は副将と大将、プロでもコンビで抜擢されている。

 先鋒の理沙ちゃんが貯金を稼いだものの、次鋒と中堅で一気に失速。
2位と大きくビハインド、3位で副将にバトンが回った。

 そして、ついに真打登場――会場に姿を現した白水さんを見て、
ガタリと花田さんが立ち上がる。

「えっ……えぇっ!?」

 いつものおさげ姿じゃなかった。
サクランボを思わせる髪留めに、前方に反り返ったツインテール。
その特徴的な髪型は、嫌でも『誰か』を彷彿とさせる。
気づいたのは私達だけではないのだろう。実況が早速触れてきた。

『今日の白水選手は、髪型がいつもと違いますね』

『あー、前にもああいう髪型いたねぃ。ほれ、一昨年の準決勝だっけ?
 うちらがメインで解説できなかった奴』

『微妙に角がある言い方やめてくださいよ。
 確か……新道寺女子高校の花田選手だったでしょうか』

『うっはーよく覚えてんねぇ。ま、なんかあるんじゃね?
 記念日とかなんだとか』

『…………多分、今日のシローズは強いぜぃ? 知らんけど』

 咏ちゃんの予想は的中した。
東一局から満貫をツモ和了り、その後も点棒を積み上げていく。
2位との差はみるみる縮まり、トップの背中も見えて来た。

 相手が弱いわけじゃない。白水さんが登板する時、
周りのチームもオーダーを変更するからだ。大抵はエースが副将に回って来る。
白水さんを封じ込めれば、そのまま鶴田さん対策にもなるからだ。

『白水選手が獅子奮迅、一気に点差を詰めてきました!
 これは髪型効果なんでしょうか』

『じゃないかねぃ。ほれ、覚えてるかい? 例の年の決勝戦。
 確か「伝説」が起きたっしょ』

『2回の天和に九蓮宝燈でしたよね。記録に残る年でした』

『そーそー。でさ、あん時天和を和了った子。
 あの子も「髪型がクワガタ」だったんだよねぃ』

『く、クワガタって……でも、確かにそうでしたね。
 あれも花田選手繋がりだと?』

『思いの強さに牌は応えるってね。
 何か元気をもらったんじゃね? 知らんけど』

 白水さんはその後も活躍。2位を一気にまくり返すと、
1位と800点差まで詰め寄った。こうなれば試合は決まったも同然だ。
おそらく何回かは『リンク』が繋がっているだろう。
鶴田さんが姿を現す。さらに駄目押しと言わんばかりに、
『例の髪型』をひっさげて。

『うっはー、こいつはきっついねぃ! 完全殺しに掛かってんじゃん!』

『鶴田選手もブーストされると?』

『多分ねぃ。まあお手並み拝見と行こうじゃん?』

 もはや半ば虐殺だった。この日、鶴田さんは役満を3回和了する。
おそらく『6翻の縛り』が3回。
そこに、鶴田さん自身が上乗せをしたのだろう。
倍返しにプラス1翻、それで『数え役満』になる。
オーラスを待たず飛び終了、エミネンシア神戸の圧勝だった。

『それでは、ヒーローインタビューに移ろうと思います。
 今日のMVPは……言わずと知れたこの二人、白水選手と鶴田選手です!』

『どうも』

 二人がインタビューに応じる、髪型はツインテールのままだ。
当然インタビュアーも触れてくる。

『今日はお二人揃って髪型を変えての登板ですが……
 その髪型には何か特別な思いがあるのでしょうか』

『はい。ちょっと事情がありまして……私はその、口下手ですから。
 言葉よりも行動で表した方がいいだろうと』

 二人がカメラに視線を向ける。
まるで、その先にいる花田さんを捉えるように。
花田さんがビクリと震えた。でも、視線を逸らそうとはしない。

『花田、見とっと? こいが答えぞ。
 下らんことで悩んどらんと、いつも通り「すばら」言うとけ』

『うちらがどう思っとるかわかっと? むしろ力もらっとる。
 誤解すっとは「すばらく」なかと』

『と言うわけで、仲間に対する返答でした!
 電波を私物化してごめんなさい、
 おかげで勝ったので許してください!』

 鶴田さんが頭を下げる。
花田さんを横目でちらり、彼女は静かに泣いていた。
ぼたり、ぼたりと涙をこぼし、だけどぬぐおうともしないまま。
彼女はぽつりと言葉を漏らす。

「……これ、『はやりん』の仕業ですか?」

「ううん、私は話を聞きに行っただけだよ。どうして欲しいとも言ってない。
 二人が今日したことは、完全にあの二人の意思」

「……ただ、二人と会って思ったよ。貴女はやっぱり『向いてる』って。
 白水さんも、鶴田さんも、少し遡れば片岡さんも。
 貴女から力をもらってる」

「だから――私の後、継いでくれないかな?」

 花田さんがしゃくりあげる。
何度もぐしぐし目元をこすり、なおも目を腫らしたままで、
やがて小さく頷いた。『でも』……と彼女は言葉を重ねる。


◆ ◇ ◆


「わた、しにとって……やっぱり『牌のおねえさん』は貴女です」と。


◆ ◇ ◆


 古巣に戻り頭を下げる。
勝手に消えてコネだけ使う、正直自分でも最悪だと思った。
それでも何とかしてねじ込みたい。

「――と言うわけで、この子を私の代わりに起用してもらえませんか?
 勝手に引退しておいて、烏滸がましいとは思いますけど――」

 終始頭を下げる私に、マネージャーはポリポリ頭をかいた。
そして一言。思いがけない言葉を口にした。

「えーと、その前に。はやりん、アンタ引退してないんだけど?」

「……え? でも、私は『消える』って……引き留めもされませんでしたよね?」

「言葉の通り受け取ったよ? 『無期限休養』扱いにしてる。
 周りからも言われてたんよ。『馬車馬並みに働いてるから休ませないとヤバい』って。
 『牌のおねえさん』も同じ扱い」

「で、でも、私にもうニーズはないですよね?
 会員の数も激減してましたし、会場も全然埋まらないし――」

『はー、こーれだから不動のトップはよぉ。自分のことしか見やがらねぇ』

 鋭い声が背中を突き刺す。
思わず声に振り向くと、琉音ぴょんが目をひん剥いていた。
横には苦笑するしおりんも。

「ほらよ。これ、うちのファンクラブ会員数。
 今でもあんたが普通にトップだ、減少率も一番小せぇ」

「あの時はコロナ過でしたから……はやりさんだけじゃなくて、
 みんなファンが減ってたんです」

「んなの当たり前だろーがよ。結局アイドルは娯楽なんだ、
 生活がひっ迫すりゃ一時的に財布を引き締める。
 そんだけのことだっての」

「こーゆーデータ分析はむしろあんたの役目だろ?
 サボってんじゃねーよ」

 琉音ぴょんからデータを受け取る。確かに数字は明白だった。
あの地獄のコロナ過期間、みんなの数値が下がっている。
そして収束した後は、少しずつ回復し始めていた。
……活動を休止していた私まで。

「どうして……」

「どうしても何も、需要があるってことだろうがよ」

「だって、私もう三十路(みそじ)だよ? 『おねえさん』とかキツくない?」

「数字しか見ねぇアホはほっとけ。つかそのロリ顔で何言ってんだ。
 私とあんたが並んだら、どう考えても私の方が年上だろが」

「私がコンビニバイトしてたら、多分年齢確認しちゃいますね」

 肩から力が抜けていく。私の一人芝居だった?
あれだけ悩んで、絶望して。ただの思い過ごしだった?

「……まあでも、あんたから『おねえさん』を剥奪するのは賛成だ。
 どう考えても働き過ぎだろ、あの頃は軽く病んでたし。
 そっちのチビちゃんに継承しとけ」

「私達が継げたらよかったんですけどね。
 その、前にも言いましたけど……私、琉音さん一筋ですから」

「私も『博愛アイドル』ってガラじゃねーしなぁ」

 こうして話はすんなりまとまる。
一か月後には記者会見、皆の前でお披露目をした。
『牌のおねえさん引継ぎ式』。
満員の報道陣の中、私は笑顔で引退を告げる。

『急に雲隠れして申し訳ありませんでした。私も区切りの年ですし、
 次の「おねえさん」を見つける旅に出てたんです』

『幸いなんとか見つかりました。
 見覚えのある方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
 ここ最近、白水哩プロや鶴田姫子プロとの関係でも話題になった子です』

『私、瑞原はやりは――花田煌さんに「牌のおねえさん」を継承します!
 今後、私は彼女のマネージャーになるつもりです☆』

 ストロボの光が瞬く中、私は静かに髪留めを外す。
『先代』の真深さんから受け継いだ思い出の品、『牌のおねえさん』継承の証。

 花田さんにそっと手渡す、彼女の目尻に涙が滲んだ。
だけど彼女はぐっとこらえて、最後は大きく胸を張る――。


◆ ◇ ◆


「っ――すばらですっ! 『牌のおねえさん』まかされました!」


◆ ◇ ◆


 彼女が歩み始めた道は、順風満帆とは行かなかった。
むしろかなりの茨道、行く先は棘(とげ)に満ち満ちている。

 『牌のおねえさん』に選ばれる人は、
麻雀の学生大会で実績を残した者が大半だ。
それは私も例外ではなく、先代の真深さんもそうだった。
『可愛い』だけでは生きて行けない、憧れとなる『強さ』が求められる。

 煌ちゃんは決して弱くない。
センスには光るものがあるし、全国大会にも出場している。
それでも、プロの世界は甘くない。
学生時代に大活躍した魑魅魍魎が鎬を削っているのだから。

 彼女の特性もあるのだろう、大負けすることはなかった。
大きくても2万点を超える失点はない。
ワンポイントリリーフとしては非常に使いやすい存在だった。

 でも、煌ちゃん自身が勝つことはない。
守るばかりで華がない、そんな煌ちゃんに外野の目は冷たかった。

『牌のおねえさんにしては弱くね? 普通に面汚しじゃん』

『ぶっちゃけプロのレベルじゃないっしょ。
 身の程知らずが過ぎるって言うか』

『てかなんで交代したん? はやりんの方が10倍は強いっしょ。
 続投しとけばよかったんじゃね?』

『いやまぁ、アラサーであの路線は痛いけどさぁ』

 有名人なら誰もが受ける洗礼だ、万人に好かれる人はいない。
努力の痛みを知らない人ほど、好き勝手に人を貶めるものだ。
わかっていても言葉は刺さる、時には鋭利な刃となって。

 それでも、煌ちゃんが挫けることはなかった。
たとえ負け、点棒をむしり取られても、彼女は笑顔を崩すことなく。
トレードマークのツインテールを揺らし、目を輝かせて相手を賞賛した。

「皆さん本当にすばらです!」

 その姿を見て思う。この子はきっと大成すると。

 プロ雀士として最も必要な『素質』。それは何より『強い意志』。
思いの強さに牌は応える。無論、
生まれつきの才能がものを言うのは事実だけれど。

 時に『狂気に匹敵する信念』は、天才の喉元にすら届くのだ。
煌ちゃんの愛は、献身は、十分それに値する。

「皆さんお強くてすばらです! ですが私は諦めません!」

 徐々に潮目が変わっていく。
元々煌ちゃんは弱くない、プロとして最低限必要なセンスは持っている。
私も毎日特訓したし、戦略を分析し続けた。
二人三脚による不断の努力で、少しずつ煌ちゃんは芽吹き始める。

『牌のおねえさん、がんばれー!』

 支持者も少しずつ増えてきた。
何度打ち倒されても諦めない不屈の闘志。その強さは、生き様は、
コロナ過で疲弊した人達に勇気を与えたのだろう。

 華やかさはやはりない。でも。ふと疲れ切った時、
路上に咲く花を見た時のような。
そんな、人に寄り添う優しさを煌ちゃんは持っている。

『すばらー、応援してるぞー!』

『頑張れー!』

『おねーさんがんばってー!』

 いつしか『すばら』は定着し、彼女は声援を背負うようになっていた。
勝ち星をあげる日も増えていく。大勝ちすることはないけれど、
崩れることもあまりなく、トビ終了はあり得ない。
『安心してみていられる選手』としての地位を確立していった。

 そして――。


◆ ◇ ◆


 ついにその切っ先は、王者の前にも突き付けられる。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 プロリーグも終盤戦。
負けられない天王山に、私、花田煌は『先鋒』で抜擢されました。
目の前には宮永照さん、あの日と変わらず涼やかな瞳を湛えています。

『ついにこの日がやってきました!
 新生牌のおねえさん、すばらこと花田煌プロ!
 対するは絶対王者宮永照! あの日以来の再戦だーーーっ!』

『第71回のインターハイで新道寺女子高校が採用した戦略ですね。
 守備力の高い花田選手をあえて先鋒区間に置いて、
 宮永照選手を封じ込める作戦でしょう』

『えーっと、これ触れちゃっていい奴?
 前は結局チャンピオンを止められなかったよね?
 リベンジマッチってこと?』

『そ、その辺の思惑はわからないけど……
 ただ、宮永照選手の役割は「圧倒的なポイントゲッター」です。
 花田選手が点棒を守り切れば、後続はかなり有利になるでしょう』

『まさに矛盾ってやつですね!
 最強の矛を前にして、どれだけチームを守れるか!
 「鉄壁の聖女」の守備力やいかに!』

 福与アナウンサーの絶叫が響きます。当然聞こえていたのでしょう、
宮永さんが『ふう』とため息をつきました。

「当然のようにヒール扱いだね。相手が『聖女のおねえさん』だとやりにくい」

「信頼の裏返しじゃないですかね? 『誰も私が勝つとは思ってない』、
 それだけ照さんの強さが認められているってことです」

「もっとも、私も前のように易々と倒されるつもりはありませんが!」

「前も十分厄介だったよ。貴女達に連続和了を止められたから、
 結果的に白糸台は2位になった」

「……リベンジマッチはこっちも同じ。今度はきっちり勝たせてもらう」

 理解にたっぷり数秒は掛かりました。
あの日の彼女は+96200点、対して私は−51800点です。
『10万点は欲しかった』とでも言うのでしょうか。
理解の外にいる『化け物』、改めてその恐ろしさに震えます。

 ですが。私とて、かつての私ではありません。
戦法は確かに以前と同じ。でも『捨てゴマ』ではないのです。
私がこの怪物をどれだけ抑えられるか、そこにチームの勝敗が掛かっている。

 ……そう。あの日私は間違えていた。
あの時の私も『捨てゴマ』なんかじゃなかったのです。
むしろ『主役』。あれは私を軸に考えられた作戦でした。

 なのに私は、『後続が何とかしてくれる』と楽観的に構えてしまった。
そして結局は私の失点が、そのままチームを敗北に導いた。

 考えを改めなければいけません。『チームの興廃はこの一戦にあり』と。
私が、チームの趨勢(すうせい)を決めるのです!


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 闘いは静かに進んでいく。私はその行く末を控室で見守っていた。

 注意すべきは連続和了。照ちゃんの怖いところは、
点数が上がっても速度がそこまで下がらないこと。

 でも最初の和了はそんなに早くない、平均して4〜6順までは安全。
その間に3人で組んで早和了りを決められれば、
理論上は封殺することも可能だ。

 今回の場に園城寺さんはいない。
『連続和了のストッパー』と名高い憩ちゃんも欠席だ。
でも――今の煌ちゃんには、『私から受け継いだ速攻』がある。

『すばらっ! それチーです!』

 1巡目から鳴いていく煌ちゃん。そして捨てたのは……赤ウーピン。
わかりやすい『合図』だった、『速攻で流すから差し込め』と。

『ロン! 喰いタンドラ1で2000です!』

 対戦相手に寄り添うように、協力を持ちかけていく。
それでいて速攻ができるスピードもある。
他の対局者から見ても、この局面で照ちゃんに対抗するには
その次に早い煌ちゃんを頼るしかない。

 『戦っているはずなのに、気づけば煌ちゃんに協力している』。
それが煌ちゃんの確立したスタイルだった。なんて――

『ツモ 1000』

『すっ、すばらっ……!』

 常に抑えられるほど、『チャンピオン』は甘くないけど。

 それでもやられっぱなしじゃない、
5本場くらいなら煌ちゃんでも追い付ける。

『……ロン、1800! はー、やっと止められましたよ!
 5連続和了はすばらくない』

『結構早めに止められちゃったね。やっぱり花田さんは苦手だ』

 半荘2回が終了し、照ちゃんは52400点のプラスで終わる。
結果としては照ちゃんの圧勝。でも、特筆するべきは煌ちゃんの点数だ。
+22800点で2位、トップとの差は29600点。
……これなら倍満の直撃でひっくり返る。

『先鋒戦決着ー! 結果を見れば宮永照プロの圧勝!
 ですが――いつもより点数が開いてませんね、
 これはどう見ますかすこやんプロ!』

『すこやんプロって言うのやめてよ!? ……こほん。
 そうですね、この対局で見れば当然宮永照選手の勝利ですが、
 課された役割が違います』

『絶対的エースの宮永照選手は、エース対決を制した上で点を稼ぐ必要がある。
 対して、花田選手は後続にエースの宇野沢選手を残しているので、
 彼女が追いつける範囲に点差を留めれば勝利と言えます』

『そのあたりを考慮すれば――まだ、「宮永照選手が勝った」とは
 言えないかもしれません』

 淡々と聞こえる小鍛治プロの声に、照ちゃんが嘆息する。
彼女は小さく呟いた。『この勝負は私の負けだよ』と。
次に続くうちの次鋒――琉音ぴょんの『髪型』を見て。

『よくやったぞ煌ぇ、この点差なら余裕で「射程範囲」だ。
 大将の栞まで待たせねぇ、私が勝敗を決めてやるよ』

『どっしり構えて待ってろ。今日のヒーローインタビューはお前だ』

『……すばらっ! 後はよろしくお願いします!』

 花田さんは笑顔でお辞儀、軽やかな足取りで会場を後にする。
琉音ぴょんは期待を裏切らなかった。
宣言通りトップをまくり、1位で中堅にバトンを渡す。
結局、ハートビーツ大宮がその後トップを譲ることはなく――そのまま、
しおりんがチームの勝利を決定づけた。

『試合終了ー!! 先鋒こそトップを譲ったものの、
 蓋を開けばハートビーツ大宮のワンサイドゲームとなりました!
 全対局を振り返ってどうですか?
 なんか言いたいことあったら言ってください』

『振り方が雑過ぎない!? ……コホン。
 やはり先鋒戦の結果がチームの勝利に繋がったと思います。
 先鋒の花田選手が、大エースと真っ向勝負して僅差に抑えた。
 その思いに後続も見事応えた。
 ……髪型を統一したのも大きかったかもしれません』

『はーい、と言うわけでヒーローインタビューです!
 今日お呼びしたのは「新生牌のおねえさん」こと花田煌選手です!
 花田選手は今回が初めてのヒーローインタビューですね、
 今のお気持ちを聞かせてください』

 マイクを向けるリポーター。煌ちゃんは僅かに顔を歪ませ、
何かに耐えるような表情を見せた後。でも輝く笑顔を見せて、
いつもの口癖を披露した。

『すばらです! こんなにすばらしい日は滅多にない!』

 どっと笑いが会場に広がる。
『すばら』コールが広がる中で、煌ちゃんはさらに続けた。

『私はエースにはなれません。
 今日はこの場に立ってはいますが、私単体で見れば負けている』

『ですが、人生ってそういうもんなんだと思います』

『私一人で勝たなくていい。時には負けたっていい。
 後に続けばいいのです。私の努力が希望になって、
 後の誰かを照らせるのなら、こんなにすばらなことはない』

『私は、そのことを先代の「はやりん」から教わりました』

 不意に画面が滲んでぼやける。涙が溢れて止まらなかった。
ああ、世代交代は成ったのだ。かつて私が真深さんから受け継いだもの。
それは今の煌ちゃんにもちゃんと受け継がれている。

 『牌のおねえさん』も人間だ、いつかは膝を折る時が来る。
ずっと強くはいられない。病気であったり、老いであったり、
不幸を数えればいくらでもある。

 それでも、後に続く人が現れてくれた。私の思いを継いでくれた。
おかげで希望は繋がっていく。煌ちゃんには感謝してもしきれない――。


◆ ◇ ◆


「……私も貴女から教わったよ。『希望』は繋がって行くんだって」


◆ ◇ ◆


「ありがとう、煌ちゃん」


◆ ◇ ◆


 この一戦が決定打となり、煌ちゃんは
『牌のおねえさん』としての地位を不動のものにした。
真深さんや私とも少し違う、『みんなに寄り添うアイドル』に。

 『ヒーロー』と呼べるほど強くはない。
でも、煌ちゃんには『庶民的な親しみ』があった。
皆と同じように傷つき苦しみ、でも負けずに立ち上がる。
その泥臭い姿は多くの人を勇気づけた。

 彼女のファンは幅広い。老若男女、誰もが彼女を愛している。
誰かが彼女をこう評した。『花田煌は聖女だ』と。
どん底にあるこの日本において、『一筋の光』になれる存在だと。

 そんな言葉に応えるように、彼女は全国を駆け回っている。
嬉しいことには『すばら!』と返し、悲しいことは『すばらくない』と共有し。
今も人々に寄り添っている。

「いやぁー今日も疲れました! 牌のおねえさんハード過ぎませんか?」

「あはは、案外体力仕事だよねぇ。
 その点でも煌ちゃんは向いてたと思うよ☆」

「『あの日』を思い出しますよ……『疲れ切ったはやりん』を。
 そりゃ、こんなハードスケジュールなら猫背にもなりますよねぇ」

 ぐったりと机に突っ伏す煌ちゃん。
そうしたくなるのはよくわかる、私も経験したことだから。
改めて大変なことをお願いしてしまった、若干申し訳なくも思った。

「……ありがとね。私の後を継いでくれて。おかげで私は笑ってられる」

「お礼を言うのはこっちですよ。あの会社で貴女と出会えなければ、
 私は今も暗い顔して、惰性で人生を浪費していたでしょう」

「昔から今までずっと、貴女は私の希望です。
 たくさんもらい過ぎました。今度は私が、貴女を笑顔にしたい」

 その言葉に息が詰まった。

 もちろん彼女は知らないだろう。
でもそのセリフは、私が真深さんに言ったそのままで。
私は一筋涙をこぼして、でもその後笑顔を見せた。
……そう、あの日の真深さんと同じように。


◆ ◇ ◆


「その意気や『すばらっ』だね☆
 お互い笑顔になれるように、これからも一緒に頑張ろう☆」


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 『牌のおねえさん、花田煌』。
彼女のアイドル街道はまだまだ幕を開いたばかりだ。

 これからもつらいことはたくさんあるだろう。
コロナ過であったり、人が命を脅かされるような厳しい情勢であったり。
時には二人して膝を折る時が来るかもしれない。

 それでも私達ならやれるはずだ。だって、別に特別なことじゃない。
きっと人は今までも、そうやって
『思い』や『命』のバトンを繋いできたのだから。

 いずれは煌ちゃんも引退して、『次』にバトンを託す日が来るだろう。
その時彼女が笑って『繋げる』ように、そばで支えたいと思う。

 『マネージャーの瑞原はやり』として。

(完)


--------------------------------------------------------
<いただいていたリクエスト>
--------------------------------------------------------
※展開の都合上、いくつかリクエスト通りじゃなくなった点もありますが
 ご容赦いただけると幸いです……!

瑞原はやりはアイドルとしての年齢に悩み
そして流行病(コロナ)が完全に収まるがその混乱はまだ尾を引く
殺伐とした中でも
自身もその混乱でボロボロでも
みんなに一筋の光を見せるべく頑張るも
けんもほろろで無力感を思い知らされる
先代の力になれなかった無力感も相まって
突然消える

新たな夢も無く覇気なく死人のようにOLの仕事をする中
偶然同じ会社にいる花田煌と出会う

花田が牌のお姉さんをまたぜひやって欲しいと憧れながら要望するも
傷口をえぐるような感じになり
「花田が牌のお姉さんやってよ」
と言い幾度なく突き放すも
それでも押しかけたりして気にかけたり優しくする 

そんな花田の慈悲の優しさと諦めない強さにはやりは癒されて
牌のお姉さんをやって欲しいと頼むが
花田は一瞬嬉しい表情を見せるもすぐ絶望した顔して
「私にはみんなの前に立てる人間では無い」
理由を頑なに閉ざすも
逆にはやりがめげずに聞く
全国高校大会で先鋒の役割を偶然聞いて
それでも捨て駒の役割を全うすべく懸命に戦うも点数を稼げず結果敗退した
私が弱いから私に力があれば
先鋒で点数を稼げばこんな事にはならなかったと
部長や他のメンバーから内心
実力が花田より上な人は他にもいたのに
せっかく先鋒に登用したのに役立たずと恨まれているのではと

傷を負っていた

はやりは戦いを見ていたけど
とてもそんな風には思えず
聞いてみればと言って
花田はすごく怖がっていたけど
強引に会わせて真相を聞く事に

白水哩達はそんな事微塵も思っていなくむしろとても感謝していた
花田が次へバトンを託してくれたから私達は全力で戦えた
先鋒の戦いは誰もができる事じゃないどんなに苦しく過酷で辛い戦いを凌いで
次へバトンを託してくれる花田煌じゃないとできない
本来ならエースである私に力があればこんな辛い事させずに済んだと謝るくらい

はやりが先代のマネージャーに頼み込み
牌のお姉さんのファンと白水哩達の応援後押しがあり
花田煌は牌のお姉さんになる
そしてはやりは安心して牌のお姉さんを引退して
花田煌を支えるマネージャーとなる
マネージャーの仕事は先代マネージャーから必死に学ぶ

「皆さんすばらです」

すばらがトレードマークとして定着
花田のスタイルは強者相手でも耐え凌いで反撃の一手を叩き込むスタイル?
(何か他にしっくり来る花田煌の戦うスタイルがありましたらぜひお願いします)

最初は強者相手にけんもほろろ
他の人から弱いくせに牌のお姉さんをして看板汚し
弱いくせに強い相手に挑む身の程知らずと言われるが

牌のお姉さんのファンや白水哩達の応援や
はやりの特訓と分析とサポート
徐々に活躍して今では老若男女幅広い年代から愛され応援される
宮永照に対して動揺させるくらいの一撃手応えあり
花田煌はみんなに優しくそして寄り添う人の痛みをよく知る
ファンレターや握手会などで
頑張る姿を見て感動した
病気や失業や辛い事などでも頑張れる

どん底から一筋の光になれる存在

はやりは振り返る
先代の願いをはやりに託して
はやりはバトンを受け取りアイドルに
はやりの願いを花田に託して
バトンを受け取った花田はステージへ
今度は花田が別の人へバトンを託す時が来るだろう
そんな時バトンを託す手助けできる人(マネージャー)になりたい


コロナ禍だろうが命を脅かされる厳しい情勢だろうが
はるか昔の人から今に至るまでの間に思いや命のバトンを受け取り次の未来へ託してきた
そんな感じみたいに書いて貰えると嬉しいです
 Yahoo!ブックマーク
posted by ぷちどろっぷ at 2022年04月22日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
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