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【咲-Saki-SS:小霞】『二神で一つの荒女神』【共依存】

<あらすじ>
※欲しいものリストによる贈り物に対するお礼のSSです。
 ありがとうございました!
 リクエスト文が詳細でネタバレになるため、リクエスト文は
 作品の末尾に記載します。

<登場人物>
神代小蒔,石戸霞,薄墨初美,狩宿巴,滝見春(永水女子)

<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・依存


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本編
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 『終わり』は静かに訪れました。

 いつものようにお務めをこなし、六女仙の皆さんと修行して。
今までと同じ幸せな日々。でも、皆は異変に気付いていました。

「そう言えば最近、姫様眠らないですねー」

「あっ、言われてみればそうかもしれません!」

 普段から神様と共にある私ですから、
頻繁に神様が『降り』にいらっしゃいます。
その間は身体の制御を失い、転寝(うたたね)状態になるのです。
そして制御が私に戻れば、『寝てました!』と起きるのでした。

 ですがここ最近は、その『寝てました』がありません。
常に記憶が繋がっています。私にとっては嬉しい事でもありますが、
いささか不安でもありました。

「神様に何かあったのでしょうか……」

「……神境側に問題があるのかも」

「神境が穢れてるから降りてこないってこと?」

「そんな感じもしませんけどねー?
 鬼を宿す私としては、清らかでチクチクで痛いですー」

 皆が思い思いに語るも、言葉に『憂い』が籠っています。
私に神様が降りて来ない、それを『凶兆』と捉えているようでした。

 ぞわり、身体が震えます。
理由はわからないけれど、よくないことが起きているような。
纏わりつく不安を払拭したい、私は声を張り上げました。

「……水垢離(みずごり)をしましょう!
 身を清めれば神様も降りてくださるはずです!」

「ひーっ!? 一番いやな奴が来ましたよー!?」

「初美ちゃん、最年長者がそんなことを言ってはいけませんよ?
 水浴びと考えれば楽しいでしょう?」

「川遊びならいいですけどねー!?
 私にとって神境の御水は針の筵(むしろ)なんですよー!!」

 嫌がる初美ちゃんの首根っこを笑顔で掴む霞ちゃん。
結局初美ちゃんの抵抗虚しく水垢離は始まってしまいます。

 少し悪い事をしてしまいました……
私にとって神境の滝は力水、活力が湧きこそすれど、
『痛み』などは感じません。でも初美ちゃんにとっては違うのです。

 嫌がる人に行為を押しつける。
こういった悪行が神様に避けられているのかもしれません。
一層精進しなければ――。


◆ ◇ ◆


 一見すれば平穏な日々、でも静かに滲み寄る不穏。
不安は日に日に肥大化していき、ある日一度に爆発しました。

 月に一度行う小祭。国や地域の安寧のため、
神様から加護を授かる祭りです。
この時ばかりはいつもと違い、
こちらの都合で神様に降りていただきます。
『最近神様が降りて来なくて……』なんて
言い訳が許される場ではありません。

 儀式が始まってしまいました。
祭壇に供物が捧げられ、祈祷者が一斉に祈ります。
さらに宮司が祝詞(のりと)を奏上、ついに私の出番です。
神様に降りていただき御言葉を――。

 でも。神様は降りてくださいませんでした。
『しんっ……』と静まり返る斎場、怪訝な表情を浮かべる宮司。
私は必死に祈りを捧げ、でも結果は変わりませんでした。

 せめて演技ができたなら……ですがそれも無理でした。
いつも御言葉を賜る瞬間、私の意識は眠っています。
だから『普段』を知らなくて。
おろおろと慌てふためくしかできませんでした。

 異変を感じ取ったのでしょう、宮司が『降臨』を切り上げます。
何事もないように儀式を進め、そのまま直会(なおらい)へと移りました。

 首を傾(かし)げつつ従う人々。中にはちらりとこちらを伺い、
すぐさま視線を外す人もいました。

 まるで、『触れてはいけないものを見た』ように――。


◆ ◇ ◆


 許されない儀式の失敗。
失態は瞬く間に神境全体に広まりました。
人々は皆囁きます。『姫様は拒絶されたのだ』と。
『きっと穢れてしまったのだ』と。

 真実のほどはわかりません。
ですが、神様が降りてくださらない事実は紛れもなくて。
私に返せる言葉はありませんでした。

 周りの視線が冷たさを増し、言葉に棘が混ざっていきます。
それも当然のことでしょう。『神様の依り代』だから『神代』。
私の価値はあくまで『器(うつわ)』、中身に価値はないのです。
神様に捨てられた器など唯(ただ)の女子高校生に過ぎず、
『姫様』と崇める理由もありません。

 毎日のように滝行を課し、自らを禊ぎ続けました。
だけど結果は何も変わらず、単に体調を崩しただけ。
それでも無理な修行を強いて、私は弱っていきました。

「ひ、姫様……もういいですよー、とりあえずは休みましょー?」

「駄目、です……神様を降ろせない私なんて、
 何の価値もありませんから……」

「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ!
 いつかまた、神様も降りて下さいますから!」

「でも……」

 水を浴びようとする私の身体を、霞ちゃんが抱き寄せました。
優しくて、でも有無を言わせぬ力を籠めて、霞ちゃんは囁きます。

「ねえ、小蒔ちゃん。私達は六女仙としてではなくて、
 貴女の家族として心配してるの」

「力が戻らない不安はわかるわ。でもね。
 例え力を失っても、貴女は大切な小蒔ちゃんなの」

「……お願い。これ以上自分を蔑(ないがし)ろにしないで」

 ぎゅうと強く抱き締められて、涙腺が熱を持ちました。
ああ、私は願ってよいのでしょうか。
たとえ力を喪失しても、存在意義を見失っても。
貴女達から愛されると期待してよいのでしょうか。

 数日後、『答え』が与えられました。


◆ ◇ ◆


『穢れた堕姫、神代小蒔を神境から追放する』


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 世界が姿を変えました。
巫女装束をはぎ取られ、『用済み』とばかりに住処を追われ、
見知らぬ土地に流されました。

 あれほど慇懃で優しかった宮司に、
汚物を見るような目を向けられました。
もはや悪意を隠すことなく、彼は悪し様に吐き捨てました。

『まったく。あれほど注意して飼っていたのに、
 どこで穢れを拾ったのやら。これだから若い娘は信用ならない』

『ほら、さっさと出て行ってくれ。もう顔も見たくない』

 辛辣な言葉に涙が溢れます。
そんな私を抱き寄せてくれる人はいませんでした。
皆が視線を外します、『関わりたくない』と言わんばかりに。
結局私は嗚咽しながら、とぼとぼと去るしかありませんでした。

 流された先は津軽、遠い遠い北の国です。
人界のあらゆる場所に一瞬で転移できる神境とは違い、
学校に通うだけでも一苦労で。雪が降れば寒さに震えるしかありません。

 日々の食事すら誰かに用意してもらっていた私には、
毎日が『生き残りを賭けた戦い』でした。
何もかもが初体験で、疲弊する日々が続きます。

 追放から数か月が過ぎ、3年生に進級しても、
私は変われませんでした。ただただ脳裏に浮かぶ言葉は、
『これからどうしたらいいのでしょう』、それだけ。

 助けてくれる人は居ませんでした。いいえ、居たのかもしれません。
転校した初日の学校、声を掛けてくれる人は居ました。

 でも、私はもう無理で。
自身の境遇を語ることも、笑顔を模(かたど)る事もできず。
ただただ、離れていく人の背中を
虚ろな目で眺める事しかできませんでした。

 怖くなってしまったのです。もはや信じられないのです。
あれほど優しい神境の人達ですら、
『価値』を失った私には冷たくなった。

 今、声を掛けてくれる人達も。
私に価値がないと悟れば、きっと離れていくのでしょう。
あれだけ苦楽を共にした、家族同然に思っていた六女仙ですら、
あれ以来音沙汰がないのですから。

『あー、今日は転校生を紹介する』

 うつむき机を眺めていると、ホームルームが始まっていました。
新たに転校生が加入するそうです。
私が言うのもなんですが、随分季節外れだと思いました。
何しろ今はとうに6月、転機にはあまりに不向きです。

 ……なんて、私にはどうでもいいことですね。
在校生にすら心を開けない私が、転校生を気にする余力などありません。
そのまま机を眺め続けて――でも、耳をくすぐる声音に驚き、
思わず首を持ち上げました。

「岩戸霞です。これからよろしくお願いします」

「かっ、霞ちゃんっっ!?」

 あり得ないことが起きていました。
霞ちゃんが転校してきた、それも私の同級生として!
思わず頬をつねります、おそらくこれは夢だろうと。

 何もかもがあり得ないのです。
霞ちゃんが神境を飛び出してくることも、
そもそも――今なお『高校生』であることも。

 霞ちゃんは一つ年上、去年の時点で3年生でした。
今は私が最上級生、霞ちゃんは卒業済みのはずです。

 なのに、どうして――? 私の疑問に答えるように、
霞ちゃんが再び口を開きました。

「ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが……
 私は去年3年生でした。一身上の都合により昨年休学していたので、
 もう一度3年生をやり直すことになります」

「なので皆さんより1つ年上ですが、
 気にせず接して下さると嬉しいです」

 私は再びうつむきました。
ぼたり、ぼたりと大粒の涙が机を濡らしていきます。
『一身上の都合』、それは間違いなく私のせいでしょう。
そしてこの場に現れたのは、おそらく私を守るため。

 自意識過剰かもしれません。でも、他に思いつかないのです。
霞ちゃんがここにいる理由を。

『じゃあ石戸は席に着いてくれ――ああ、わからないよな。
 窓際の空いてる席だ。おさげの子の隣だよ』

 霞ちゃんの席は私の隣でした。
ゆっくり彼女が近づいてきます。それが嬉しくて、でも恐ろしい。
もしも私の見当違いで、本当にただの偶然だったら。

 霞ちゃんまで私を『無価値』と断じて、冷たい視線で切りつけてきたら。
私はもう、生きる気力を失うでしょう。

 でも、ありがたいことにそれは杞憂でした。
私の隣に着席した霞ちゃんは、私にだけ聞こえる声で、
小さくこう呟いたのです――。


◆ ◇ ◆


『おまたせ、小蒔ちゃん』と。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 随分時間が掛かってしまった。
おかげで小蒔ちゃんは壊れてしまった。
それでも『間に合った』と喜ぼう。彼女はまだ生きている。

 『姫』である小蒔ちゃんを追放し、依り代不在となった神境。
『代用品』を探すも不在、状況は悪化の一途を辿っていた。
今では全ての儀式を中止、存在すら危ぶまれ始めている。

 なんて、どうでもいい事だ。もう私には関係ない。
何が『穢れなき神境』だ。年端もいかぬ少女を消耗品のように使い倒し、
駄目になれば『用済み』とばかりに捨ててしまう。
悪鬼羅刹に等しき所業、無くなった方が世のためだろう。

「……と言うわけで自分から出てきたの」

「で、でも……引き止められはしなかったんですか?」

「ねじ伏せたわ。何も間違ってはいないでしょう?
 私のお役目は貴女を守ること。それが存在意義なのだから」

 一切の嘘偽りはない、本気でそう思っている。
生まれる前から決まっていた宿命、彼女のための生ける天倪(あまがつ)。

 正直な気持ちを吐いてしまえば、運命を呪ったこともある。
お役目を放棄して死んでしまいたいと思ったことも。
そんな私の心の闇を祓ってくれたのは小蒔ちゃんだった。

『がんばり、ましょう、かすみちゃん。
 わたし、も、いっしょに……がんばり、ますから』

 8歳で始めた『悪降ろし』の修行。
口から血を撒き散らしつつ、手を繋いで二人で耐えた。
『もう死にたい』と零(こぼ)す私を、必死で励ます小蒔ちゃん。
もしも彼女が居なければ、とっくに自刃していただろう。

 そんな小蒔ちゃんだからこそ、命を懸けて守りたい。
私にとっての『姫様』は小蒔ちゃん以外に居ないのだ。
彼女の『代わり』なんて居ない。

 だけど、悲しいかな小蒔ちゃんは壊れていた。
存在意義を全否定され、愛する人達に掌を返されて。
何も信じることができず、ただ心臓を動かすだけだった。

 かつては太陽のように輝いたその瞳は、今では漆黒に塗れている。
苦楽を共にした私にすら、猜疑を持たずにいられない。
澱んだ瞳が告げていた。『貴女を信じていいんですか?』と。

 涙腺を留め唇を噛む。

 ああ、もう天真爛漫な小蒔ちゃんは居ない。
人の悪意を知ってしまった、疑うことを覚えてしまった。
その一因は私にもある。彼女の今は私の罪だ。

 だからこそ、誓う。
たとえ神に背くとしても、小蒔ちゃんを守り抜くと。

 私はもう躊躇(ためら)わない。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 至福の日々が始まりました。

 数多の障害を乗り越えてまで、私のもとに来てくれた霞ちゃん。
それだけで嬉しいのに、彼女はどこまでも甘やかしてくれました。

 私が涙を零せば抱き寄せ、ずっと『いい子いい子』してくれます。
私が彼女に溺れるまでに時間は掛かりませんでした。

 私達は片時も離れず、番(つがい)のように寄り添います。
もはや病気の域でした、実際異様に見えたのでしょう。
人は皆後ろ指をさしました。

『あの子らいっつもべったりだねぇ、
 アレってやっぱりできてんのかな』

『いやいや、そういうレベルじゃないよアレ。
 話し掛けても無視するらしいよ? 事務連絡だけ応じるみたい。
 完全に二人の世界に閉じ籠ってる』

『うはぁ……もう病院案件でしょ。そのうち退学になるんじゃない?』

 嘲笑を受けて安堵しました。ああ、私は間違っていなかった。
やはり彼女達は信じるに足る存在ではなかったのです。

 周りの目など気にしません、どうせ大半の人は裏切る。
霞ちゃんだけが例外なのです。霞ちゃんさえいればいい。

 夢も未来も要りません。この世は所詮虚ろな泡沫(うたかた)。
ただ、『今』が在ればいい。……そうですよね霞ちゃん?

「ねえ、霞ちゃん。もう学校は退学しませんか?
 おうちでずっとくっついていたいです」

「駄目ですよ? 神境からの支援は『教育の終了』までだもの。
 学校をやめてしまったらその時点で支援が打ち切られるわ」

「勉強に意味がありますか……?
 努力したって、苦労したって、失うのは一瞬です。
 いつ無益になるかわかりません」

 こちらに来て知りました、自分がいかに『時代遅れ』だったのかを。
神境で学んだ作法など、下界では何の役にも立ちません。
私の10年間は水泡に帰したのです。

 なら。今習っている勉強が、どうして『役に立つ』言い切れるでしょう。
どうせ努力は報われない、積み上げたものを崩されるのはもう沢山です。

 何一つとして信用できない、信じられるのは霞ちゃんだけ。
『それでは生きて行けない』のなら、私はもう『終わって』いいです。
霞ちゃんと手を取り合って、黄泉国(よもつくに)へと参りましょう。

「小蒔ちゃんの気持ちはわかるわ……いいえ、
 『わかる』だなんて気軽には言えない。
 存在意義を奪われたのだもの、希望なんて失うわよね」

「それでもね、小蒔ちゃんに生きて欲しいの。人生を諦めて欲しくない。
 自分のために頑張れないなら、私のために頑張ってくれないかしら?」

「……私は、頑張ってる小蒔ちゃんが好きだから」

 どこか痛ましい笑顔を見せて、霞ちゃんが諭してきます。
本人もわかっているのでしょう、それがどれだけ酷な話か。
言うなればそれは束縛の呪い、私を現世に縛り付けるための。

 酷く心が震えます。奮起? いいえ、それは純然たる恐怖。
つまり霞ちゃんはこう言うのです。『頑張らない私に価値などない』と。
このままだと捨てられる。唯一残された霞ちゃんにまで。

「わた、わたし、がんばります!
 がんばりますから捨てないでください!」

 涙ながらにしがみつくと、霞ちゃんは吐息を零して。
優しく『いい子いい子』してくれました。

 手のぬくもりが優しくて嬉しい。でも呆れられたようで怖い。
私はガタガタ震えながらも、そのぬくもりにすがるしかありませんでした。


◆ ◇ ◆


 ……今思えば、霞ちゃんはわかっていたのでしょう。
いつか私達は離れ離れになる。
私は独りで生きていかなければならないと。


◆ ◇ ◆


 だから奮起を促した。『いつでも見捨てられる』ように。


◆ ◇ ◆


 そして――。『それ』は遠い日ではありませんでした。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 酷く寒い冬の日でした。
いつものように食卓を囲み、二人でお鍋をつついていると、
霞ちゃんが口を開きました。……らしくなく硬い表情で。

「あのね、小蒔ちゃん。大切なお話があるの」

 言われるでもなく悟ります、これは凶報に違いないと。
そして紡ぎ出された言葉は、私に対する死刑宣告でした。

「私、神境に戻らないといけないわ」

 寝耳に水もいいところでした。
だって霞ちゃんは神境を捨ててきたはずで。
私と二人きりで生きていくために、あそこを飛び出してきたはずで。
なのに今更一体どうして。と言うか――。

「わ、わた、わたしはどうなるんですか?」

「……このまま、ここで頑張ってもらう事になります」

「そんなっ……!」

 それからはよく覚えていません。
おそらく必死にすがりつき、『行かないで』と泣き叫んだと思います。
だけど霞ちゃんは聞いてはくれず、私の拘束を振りほどきました。
再会の言葉すらくれませんでした。ただ、『生きて』とだけ言い残して。

 そして、わたしは、また、独り。

 4畳半の小さなアパートが、酷く広く感じます。
翌日はまだ平日で、でも学校なんて行けなくて。
打ち捨てられた人形のようにゴロリと床に転がっていました。

 また裏切られた。霞ちゃんにまで捨てられた。
もはや生きる気力はもちろん、自死を選ぶ気力すらない。
ただただ脳裏に浮かぶは4文字、『どうして』と疑問の言葉が。

 どうして霞ちゃんは私を捨てるのですか?
最終的に捨てるなら、どうして私を追って来たのですか?
どうしてこんな状況で? どうしてこんな別れ方を?
どうして? どうして? どうして? どうして――?

 どうして!!!

 疑問はやがて怨嗟に変わり、私の心を燃やします。
どうしても信じられなかったのです、霞ちゃんが私を捨てるだなんて。
どうしても諦めれなかったのです。ただ一人、霞ちゃんだけは――。

「…………そう、そうですよ。
 かすみちゃんがわたしを捨てるはずありません。
 きっと理由があるんです」

「神境にちがいありません。あの人達がかすみちゃんを苦しめている。
 ほんとうはかすみちゃんも行きたくなかった」

「そうですよ。だって――」

「かすみちゃんは、わたしのものなんですから!」

 本能のままに飛び出しました。
もう『転移』は使えません。でも追放された私は、
下界の移動手段を学んでいます。
列車を使い鹿児島へ、目指すは永水女子高校です。

 今でも六女仙の何人かは通っているはず。
春ちゃんはまだ2年生だし、
明星ちゃんや湧ちゃんも高校に進学したでしょう。
まずは彼女達に状況を聞く。なぜ、今更霞ちゃんに手を出したのか。

「六女仙に会わないと。そのためにも、
 まずは『しんかんせん』に――」

『おぉっとー、その必要はありませんよー?』

 突然目の前で揺らめく蒼炎、中から少女が姿を現しました。
馴染みのある姿と声音――薄墨初美ちゃんその人です。
でも。久しぶりに見た初美ちゃんは、別人のように変わり果てていました。
酷薄な笑みを貼り付けています。

「ずっと監視してたんですよー。
 姫様――いいえ、もう『姫様』じゃないですねー?
 『神代さん』が悪事を働かないようにってー」

「……そう、ですか。見ていたならわかりますね?
 今、わたしが何を考えているのか」

「霞ちゃんのことですよねー? どうして連れ戻されたのかってー。
 でも、聞かなくてもわかるんじゃないですかー?」

「……教えてください」

「単純なことですよー。『次の姫様』が見つかったからですー」

「っ……!?」

 初美ちゃんの話はこうでした。

 私が『無能』になった後、神境はずっと代役を探していました。
何親等も遡り、ついに神を降ろせる幼女を見つけ出したそうです。

 そして執拗な『交渉』の末、幼女を神境に収容する事に成功。
今は『姫』を『器』にするために荒行の真っ最中だとか。

「となれば当然必要ですよねー? 新しい姫様を守る『天倪』がー。
 だから霞ちゃん再雇用ですー。姫……神代さんと違って
 霞ちゃんはまだ『使い物になります』からねー」

「霞ちゃんも可哀想ですよねー、
 本当ならもうすぐお役目終了だったのにー。
 このままお役目続行ですよー、多分死んじゃうでしょうねー」

 私もそれは知っていました。
『天倪』を務める巫女達は、長くても二十歳でお務めを終えます。
理由は単純、『それ以上は命がもたない』から。

 なのに、神境は霞ちゃんを命果てるまで使い潰すと言うのです。

「まー仕方ないんじゃないですかー? 神代さんならいざ知らず、
 新しい姫様はまだ8つですからねー。後10年は庇護が必要ですよー」

「そんな、他人事みたいに……! 六女仙は助けないんですか!?
 苦楽を共にした同胞じゃないですか!!」

「あははー、どうすることもできませんよー。
 そもそもひ……神代さんにそれを言う資格はありますかー?」

「……どういう事ですか」

「散々霞ちゃんを形代(かたしろ)にして、
 守ってもらった貴女が言うのかって事ですよー」

「それ、はっ……!」

 言葉を返せませんでした。

 初美ちゃんの言う通りです。私自身の人生も、
霞ちゃんの犠牲の上に成り立っているのです。

 自分は守ってもらっておいて、
いざ他人に奪われたら『非人道的だ』と訴える。
あまりに厚顔無恥でしょう。

 初美ちゃんがケタケタ嗤います。
歪に口角だけを吊り上げ、鬼そのものの表情で。
明らかに私を軽蔑していました。
さらには憎しみも籠められていたかもしれません。

「霞ちゃんも私も、犠牲になって穢れてきましたー。
 他の六女仙だって同じですー、
 みんな故郷から拉致されて来ましたからねー。
 はるるを見ればわかるでしょー?」

「その辺は貴女も知ってますよねー? 貴女は一度でも言いましたかー?
 『こんな酷い事やめましょう』ってー」

「私は聞いた覚えありませんけどー?」

「っ…………」

「貴女も同じ穴の貉(むじな)なんですよー。
 私利私欲に塗れた鬼ですー、汚らわしいですねー、
 神境の奴らと何も変わりませんよー」

「いっそのこと鬼堕ちしたらどうですかー? 剥きだしの欲望見せて、
 『霞ちゃんは私のものだ』って暴れたらどうですかー?
 そっちの方がまだ清々しいですよー」

 言葉の刃が私を突き刺し、首を垂れてつくばいます。
戦意喪失と見たのでしょう、初美ちゃんが鼻で嗤いました。

「わかってくれたみたいですねー。
 じゃー私はこの辺でー。間違っても永水まで来て、
 後輩達を『利用』しようとしないでくださいねー?」

「……次会う時は敵ですよ、皆」

 初美ちゃんは会話を打ち切り、身をひるがえして去って行きます。
私はその場で嗚咽しながら、ただただ、
消えゆく彼女の背中を見送るだけでした。

 言葉が脳裏をぐるぐる巡る。
鬼、鬼、私は鬼。神境と同じ汚らわしい鬼。
本当は憎まれていた。家族だと思っていた六女仙にまで。

「……あは、あはは、あはははははははっっっ」

 自然と笑いがこみ上げました。
涙と同時に笑みが零れて、狂ったように嗤い続ける。

 なんと滑稽なのでしょう。私は最初から醜かった、
『姫』と呼ばれていた頃ですら!

 ならば今の惨状は当然の報いなのでしょう、初美ちゃんの言う通りです。
霞ちゃんの視点で見れば、状況は何も変わっていない。
ただ、命を捧げる相手が『取り替えられた』だけの事。
霞ちゃんが苦しみ続け、命を削る事に変わりはなくて。
それは『私の時も同じだった』のです。

 このまま自刃してしまう方が霞ちゃんの負担は軽くなるのでしょう。
でも――そう殊勝に諦めるには、私は狂い過ぎていました。

「そうですよ、初美ちゃんの言う通りです。わたしは醜く無様な鬼。
 ただかすみちゃんが欲しいだけです」

「他のことはどうでもいいです。誰が死のうと、苦しもうと。
 わたしの手の中にかすみちゃんがいればそれでいい」

「もっと、もっとケガレれなきゃ。ケガレて真のオニに堕ちるの。
 ケガレて、クルって、チカラをつける――」

「独りで神境を滅ぼせるくらいに!」

 闇が膨れ上がっていきます。
怒り、悲しみ、憎しみ、寂しさ。ありとあらゆる負の感情が、
私を塗り替えていく。私を『人ならざる者』へ貶め、
でも力を与えてくれる。

 私の闇に惹かれたのでしょう、邪気が集まって来るのが分かります。
抗う事なく受け入れました、自分の身体すらどうでもいい、
今はとにかく、ただただ力を――。


◆ ◇ ◆


 私はただ、霞ちゃんが欲しい。それだけ。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 久しぶりに戻った神境は、随分と穢れ荒れ果てていた。
かつての清らかさが嘘のよう。でも、これが本来の姿なのだろう。
姿を隠す御簾(みす)を払われ、正体が明らかになっただけ。

「……本当に良かったんですかー?」

「いいも悪いも、他に道はなかったでしょう?」

 迎えに来てくれた初美ちゃんに、
ついつい棘のある言葉を投げ掛けてしまう。
初美ちゃんは傷ついたように唇を噛んだ。

「私が戻らなければ小蒔ちゃんへの支援を打ち切る。
 それどころか『刺客』を差し向ける。
 そう言われて、どうして首を横に振れますか」

「戦えばよかったんですよー。姫様が人里に落ちた以上、
 今は霞ちゃんが『神境最強』なんですー。余裕で返り討ちですよー」

「……そして、『刺客』にされた初美ちゃん達が死ぬのよね?
 どちらにせよ私は大切な人を喪うわ」

「霞ちゃんは優し過ぎますよー……」

 違う、優柔不断で臆病なだけだ。
本当はもうわかっている。小蒔ちゃんか六女仙、
どちらかを切り捨てる必要がある事は。

 それでもやっぱり夢見てしまう。
ほんの1年前のように、皆で仲良く団欒を。

「生きていれば希望はあるわ。
 今の宮司が代替わりすれば、次はまともな人かもしれませんしね。
 そしたら小蒔ちゃんも戻って来れるかもしれない」

「……霞ちゃん。誰もが霞ちゃんみたいに辛抱強くはないんですよー?
 体が生きてても心は死ぬんですー。
 私は、姫様がそれまで『もつ』とは思えませんねー」

 わかっている、わかっていた。神境を離れほんの数か月、
小蒔ちゃんは別人になってしまっていたから。

 でも、ならどうすればよかったのだろう。
かつての仲間に刃を向けて、人質にとられた親族郎党を見殺しにして。
それでも小蒔ちゃんを選ぶのが正解だったのだろうか。

 心に決めたはずだった。『小蒔ちゃんを守り抜く』と。
嘘だ、まだ覚悟が足りなかった。同胞に牙を剥き殺す覚悟が。
元々私は『守り』専門、『攻撃』は大の苦手なのだ。

 答えを決める必要がある。数日中、小蒔ちゃんの命があるうちに。
だけど今は許して欲しい、私も限界が近づいている。
少しだけ、何も考えず眠らせて――。


◆ ◇ ◆


 でも。運命は私を待ってはくれなかった。


◆ ◇ ◆


『敵襲です! 「堕姫」が神境を襲撃しています!!
 方角は鬼門! 総員迎撃態勢に入りなさい!!』


◆ ◇ ◆


 空が紅く燃えていた。この世と思えぬ光景が眼前に広がっている。
上空に浮かぶ黒い闇、警護の者が火矢を射ていた。
だけど闇は火矢を呑み込み、膨れ上がり、その禍々しさを増していく。

「あれ、はっ……『悪しきもの』!?」

 『あり得ない』とかぶりを振った。
『悪しきもの』はあれでも神だ、人を依り代にしなければ降臨できない。
今降ろせるのは私だけ。

 なら、『あれ』は一体何者……?

「姫様ですよー。どうやら鬼を通り越して
 荒神化しちゃったみたいですねー」

 声のした方に顔を向けると、そこには初美ちゃんがいた。
ボゼを被って武装している。だけどそのお面を取ると、
そこには満面の笑みがあった。

「初美ちゃん……貴女は鬼門警護の責任者ですよね?
 その話が本当なら、どうして貴女はここに居るのかしら?」

「霞ちゃんは知ってますよねー? 私の十八番は『裏鬼門』ですよー?」

 裏鬼門。鬼門の方角である『北』と『東』を設置して、
逆の方角――裏鬼門に鬼を呼び込む。初美ちゃんの必殺技だ。

「貴女が、小蒔ちゃんを鬼にして呼び寄せたと言うの?」

「いやいやまさかー。あれは姫様自身の選択ですよー?
 …………ただ。『私は私なりにみんなを好きだった』ってだけですー」

 言葉が胸を貫いた。つまり初美ちゃんは『選んだ』のだ。
『神境』と『元姫』を天秤に掛け、それでも『元姫』を選び取った。
……捨ててしまったもう一方には、家族や仲間もいたはずなのに。

「さ、次は霞ちゃんの番です。早く決めてくださいねー?」

「じゃないと……みんな姫様に殺されちゃいますよー?」

 弾かれたように駆けだした。
『あれ』が小蒔ちゃんだというなら、狙いは私なのだろう。
正直答えはまだ出ていない。でも。
ここで燻っていたら被害が拡大するだけだ。

 駆ける、阿鼻叫喚の地獄の中を。
徐々に『戦場』に近づくにつれ、悲痛な叫びが鼓膜を貫いた。
巴ちゃんの声だ。怒号のようなその絶叫は、
それでも説得を訴えている。

『やめてください姫様! こんなやり方は間違ってる!』

『だったらどうしたらよかったんですか?
 「いい子」にしていても奪われるだけでしょう?』

『かすみちゃんを出してください。
 そしたら六女仙の命までは取りません』

 人形(ヒトガタ)を模した闇が腕を振る。
ぶわり。空から黒炎が降り注ぎ、社(やしろ)を消し炭に変えていく。
人間のできる業ではなかった。『あれ』はもはや人ではない、
九面に比肩し得る『神』だ。

『貴女は……貴女はもう姫様じゃない。
 討つべき鬼に変わってしまったんですね』

『貴女は大馬鹿者ですよ……!
 霞さんが、私達がどんな気持ちで……っ!!』

 叫びは涙に震えていた。

 そう、私だけは知っている。
咎人(とがびと)として追放された小蒔ちゃん、だけど一定の支援はもらえた。
それはなぜ? 六女仙が訴えたのだ。
『私達を使い潰してもいいから姫様に慈悲を』と。

 小蒔ちゃんに伝えはしなかった。性根は優しい彼女の事だ。
『自分の生活が仲間の犠牲で成り立っている』と知れば、
自ら命を絶つかもしれない。

 だけど言っておくべきだった。
絶望しきった小蒔ちゃんは、六女仙を『敵』とみなしている。
遠方から、それでも『姫』を思った家族を。


 わたしの、せいだ。わたしが、優しい小蒔ちゃんを変えてしまった。


 良心の槍が心を穿(うが)つ。
刺して、刺して、刺し貫いて。心が『がらがら』と崩れていく。
完全に呆然自失、だが呆けることは許されなかった。

『……かすみ、ちゃん?』

 周りの社が全て焼け落ち、見晴らしがよくなったからだろう。
小蒔ちゃんが私を見つける。「逃げてください霞さん!!!」
巴ちゃんの悲鳴が飛んだ。私の足は動かない。

 『闇』が私の前に舞い降りた。ああ、ああ……本当に小蒔ちゃんだ。
悍ましさ極まりない闇を纏い、『にたり』と妖艶に嗤っている。

『助けに来ました。さあ、おうちに帰りましょう?』

 その言葉に打ちひしがれる。
もう、小蒔ちゃんの家はここではないのだ。
焼き討ちにしても心が痛まない、『敵地』。

 そっと優しく手を差し伸べられ、だけど私は動けなかった。
この期に及んで模索している、『他に道はないのか』と。
優柔不断な私を前に、小蒔ちゃんはケラケラ嗤った。

『……わかっています、かすみちゃんは優しいですから。
 わたしと神境、どちらも助けたいんですよね?』

『だから……選びやすくしてあげます!』

 小蒔ちゃんが左手を振る。また建物が灰塵(かいじん)と化した。

『かすみちゃんがついて来ないなら、わたしは神境を滅ぼします。
 六女仙も含めて全員、一人残らず皆殺しです』

『それでも神境を選ぶなら、わたしと戦う必要があります。
 ほら。わたしを殺してください。
 かすみちゃんに殺されるなら本望です』

『さあ、選んでください、かすみちゃん!!』

 小蒔ちゃんが腕を広げる。抱擁を待ちわびるかのように。
もし、私がその胸に白刃を振りかざしても当然のように受け入れるのだろう。

 選択肢なんて最初からない、事実上の一択だった。
全員の命を守るためには小蒔ちゃんを選ぶしかないのだから。

 彼女もそれをわかっている。

「あ、は……あははははは!!!」

 おかし過ぎて涙が溢れた。嬉しさのあまり笑顔が溢れた。
そうだ、もう悩む必要はない。初志を貫徹すればいいのだ。
小蒔ちゃんに捧げればいい。私の全てを、人生を。

「…………わかったわ。私は、小蒔ちゃんを選ぶ」

 差し出された手をぎゅうと握る。途端、小蒔ちゃんの笑顔が弾けた。
『ぱぁぁ』と、太陽のように眩しく輝く。
軽く意識が飛びかけた。法悦に甘い吐息が漏れる。

 そうだ、この笑顔があれば他は要らない。
我が事ながら疑問に思った。こんな単純な事だったのに、
どうしてあれこれ悩んでいたのだろう。

「っ!? 『そっち』に行っては駄目です霞さん!
 貴女まで鬼に堕ちてしま――」

『今いいところですから静かにしててください!』

 小蒔ちゃんが左手を振るう、巴ちゃんが業火に飲まれた。
殺すつもりはないのだろう、だが足は無残に焼けただれている。

『かすみちゃんに免じて六女仙の命までは取りませんけど。
 でも、わたしは神境を許したわけじゃありません!』

『ゆめゆめ肝に銘じてください。今度わたし達に何かをしたら、
 神境の全員を皆殺しにします!』

 ただの脅しではないだろう、きっと小蒔ちゃんは本当にやる。
それを証明するかのように、小蒔ちゃんが腕を掲げた。
刹那、遥(はる)か遠方に黒炎の柱がそそり立つ。
本殿のある方角だ、宮司が控える対策本部。

 悲しみは湧いてこなかった。むしろ『ざまを見ろ』とすら思ってしまう。
私も壊れてしまったのだろう、良心の呵責を覚えない。
ううん、違う。今の小蒔ちゃんに相応しいように『改善』しただけか。

『じゃあ行きましょうか、かすみちゃん!』

 小蒔ちゃんが私に微笑む。私も笑みを返して見せた。
もはや『邪魔者』は姿を消した。
後はただ、『幸せに暮らす』だけでいい――。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 平和な日々が戻って来ました。
邪悪な神に堕ちた私は、今さら学校に通う必要もなく。
ただただ霞ちゃんの肉を食む、爛(ただ)れた生活を送っています。

 散々酷く暴れた結果、『荒神』扱いになったのでしょう。
毎月神境がせっせと供物を贈って来ます。
おかげで生活の心配もありません。

「なんだか拍子抜けね。暴れた結果が大団円なんて』

『わたし達は子供過ぎたのでしょう。
 「人間は皆善なる生き物、すべからく全てを守るべき。
  たとえ自分を犠牲にしてでも」』

『そう洗脳されていました。……神境自体が悪だったのに』

 役には立っていたのかもしれません、霧島は恩恵を受けたでしょう。
だけどそれは犠牲の上で成り立つものだった。

 なら、犠牲者から刃を向けられても仕方ないですよね?

『結局は自然界と変わりません。弱肉強食、弱い者が虐げられる。
 わたしは摂理に従っただけです』

『だから……かすみちゃんのことも逃がしませんよ?
 かすみちゃんはわたしのものです』

 愛する人をギロリと凝視、そして蜜を吸い上げます。
強い言葉を使いながらも、実際のところは怯えていました。
本当は気づいているのです。霞ちゃんがここに居る本当の理由を。

 霞ちゃんに寄り添う理由、それは『私を好きだから』ではないでしょう。
8歳で私の天倪になった霞ちゃん、自分の意志ではなかったはずです。
『神境がそう決めたから』。彼女は盲目に従っただけ。
そして『お役目』は今も続いている――。

「違いますよ? 私は自分の意志でここに居るわ』

『……「読心」を使えるようになったんですか!?』

「毎晩励んだおかげかしらね? 私にも神通力が備わって来たみたい』

 『くすり』と手弱女(たおやめ)に微笑みながら、
霞ちゃんが私を抱き寄せます。
自身の女陰(ほと)をももに擦りつけ、艶やかな声を出しながら、
霞ちゃんは語り続けました。

「あの日小蒔ちゃんを選んだ時にね、私は『絶頂』しかけたの。
 その時に気付いたわ。私は縛られていただけなんだって』

「本当は貴女を優先したかった。
 他の『邪魔なもの』を全部捨てて、貴女だけに溺れたかった。
 それがついに叶った時、悦びで身体を震わせたの。
 ……そう、『今』みたいな感じでねっ……?』

 やがて声は甘さを増して、霞ちゃんの身体が硬直します。
私も腰を甘やかにひくつかせ、悦びのうねりに身を任せました。

 荒い吐息が空気を揺らし、甘い性臭が立ち込める中。
霞ちゃんはこう続けます。

「今ではちょっと疑ってるの、全部私のせいなんじゃないかって。
 私が貴女をかどわかしたから、貴女は神に拒絶されたんじゃないかしら』

「だとしたら、小蒔ちゃんはただの被害者。諸悪の根源は私よね?』

 罪を懺悔するかのようで、でも、声音は悦びに溢れていました。
つまり霞ちゃんはこう言うのです。
私が神を降ろせなくなったのは『自分に穢されたから』なのだと。

 器(うつわ)は神の所有物、神を『一番』に置かなければならない。
だけど私の『一番』は霞ちゃんになってしまった。
だから神は拒絶した。なるほど理に適(かな)っています。

「だからね、何も心配する必要はないの。
 私達は最初から愛し合っていた。
 「なるべくしてなった」と言えるかもしれませんね?
 あのまま『姫』を続けていたら、私達は引き裂かれていたのだから』

「でも。もう大丈夫。後はただただ愛し合うだけ。
 二人で溺れていきましょう?』

 霞ちゃんが私に口づけ、さらには舌を貪ります。
それで私の思考は蕩けて。また、彼女と一つに交わるのでした――。


◆ ◇ ◆


 後年、私達はこう呼ばれる事になります。
『二神で一つの荒女神』と。


(完)


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<いただいていたリクエスト>
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小蒔ちゃんと霞ちゃんの共依存のお話しです。

ある日悪い物に穢されたか何かで
突然神の力を失った神代小蒔
姫様と崇められ
それに答えるように辛い修行も受け入れて周りからの承認で生きてきた小蒔ちゃん
求められていた存在意義の力を失い絶望するも
六女仙は大丈夫だと言い
力を失っても変わらず接してくれるだろうと思っていたが

用済みと言わんばかりに追放されて見知らぬ土地へ
慣れない土地と学校による疲弊
追放された事による人間不信によって追い詰められる
ある日石戸霞が同じ学校に通学する事になった
神境の人たちを無理矢理ねじ伏せてここまで来てくれた霞ちゃんに
小蒔ちゃんはべっとり依存する
周りから引かれるもお構いなしに

ある日霞ちゃんからお別れを言われ
必死に抵抗するも虚しく神境へ帰って行った
六女仙に問いただすと
神境では小蒔ちゃんの後釜を立てて霞ちゃんに命果てるまで守護を任せられる
六女仙に助けるように伝えるも
六女仙でもどうする事もできないと言われ
絶望する
そしてどうすればいいか考えて思いつく
周りは敵で六女仙ですら助けてくれないだけど霞ちゃんだけが味方
霞ちゃんさえ助けられれば他はいらないと悪堕ちして邪神化する

神境へ行き神境の人達や六女仙にも刃を向けて霞ちゃんを救出する
神境を焼け野原にして
今度何かしたら神境の人達全員皆殺しにすると捨て台詞を行って出て行き
2人ドロドロにお互いを求めて愛し合い
霞ちゃんも少しずつ邪神化して
2人だけの幸せな日々を過ごす

ぷちどろっぷさんが執筆された「私達は、2人で一つです!」が
とてもいいヤンデレでしたのでそのSSの小蒔ちゃん闇堕ちバージョンでお願いします

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posted by ぷちどろっぷ at 2022年09月23日 | Comment(3) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
リクエストした者です
素晴らしいSSに深謝です
小蒔ちゃんと霞ちゃんが絶妙にすれ違いながらも
ヤンデレして共依存する所がとても良かったです
思うがために突き放すようにするしかないけど
通じ合わず
最後のクライマックスが迫り来る感じがしてハラハラして
その後の事がゆったりと告白してよかったです
Posted by at 2022年09月23日 23:51
こちらこそありがとうございました!

性根は純粋で優しい子ばかりですから、
ほんの少しだけ道を違えば、
もっと明るい道があったのだと思います。

ですがその『ほんの少し』を掴みそこねて、
どこまでも暗い闇に堕ちていく……

そんなやりきれなさと、
それでも本人達『だけ』は幸せな
歪さが描けていると幸いです!
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2022年09月24日 18:34
すごく良かったです
Posted by at 2022年11月07日 10:05
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