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【咲-Saki-SS:照&煌】照「その煌きに耐えかねて」 【シリアス】

<あらすじ>
※欲しいものリストによる贈り物に対するお礼のSSです。
 ありがとうございました!
 リクエスト文が詳細でネタバレになるため、リクエスト文は
 作品の末尾に記載します。

<登場人物>
宮永照,花田煌,弘世菫

<症状>
・鬱病
・依存

<注意事項>
・リクエストの都合上、原作の根幹となる前提を度外視しています。
 具体的には照が中学時点に長野におり、
 かつすでに麻雀をしている前提となっています。




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本編
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 私――宮永照にとって、麻雀は『絆を壊す手段』だった。

 あらゆる縁を壊してくれた。
例えば一家団欒の家族麻雀。『負けた者は金を巻きあげられる』、
親が最低なルールを作った結果、咲はいつも泣いていた。

 負ければお小遣いを奪われ、勝てば親に怒られる。
次第に咲は表情を失い、プラマイゼロを繰り返すようになった。

 家族以外でも結果は同じだ、理由は私が強過ぎるから。
勝ち目のないゲームほどつまらないものはない。
周りは私と打つのを嫌がり、打つたびに孤立していった。

 罵倒を受けたこともある。『イカサマして勝って嬉しいの?』
言葉の意味か分からなかった。自分の異常性を知ったのは、この頃。
どうやら『普通の人間』は、場の支配もできないらしい。
聴牌気配を読むことすらも。だとしたら、私は一体『何』なのだろう。

 最終的に、『どうでもいい』と切り捨てた。
『弱者』の言い訳など知ったことか。私は強い、それだけでいい。

 妬む人間、媚びを売る人間、悪意を持って近づく人間。
その全てを叩き潰して再起不能にしてやった。

 皆が等しく押し黙る。こうして『絶対王者 宮永照』が完成した。
……玉座の周りには誰もいなかったけど。

 一応言っておくとすれば、弱い者いじめをして悦に浸る趣味はない。
だったらどうして蹂躙するのか? 答えは単純、『生きるため』だ。

 両親の仲は酷く険悪、おそらく離婚も秒読みだろう。
咲ともまともに話せていない、友達なんていやしない。
生きる力が必要だ、独りぼっちなんだから。

 私にとっての麻雀は、生きるための手段に過ぎない。
麻雀は『稼げる』。私のような社会不適合者でも。
代償として人との繋がりを失うけれど。

 それでいい。他人との繋がりなんて要らない、
いたずらに心を傷つけるだけだ。

 私は独りで生きていく、これ以上傷つかないために。
……これ以上、大切な人を傷つけないために。
それが、中学3年生の私が出した『人生の結論』だ。

 そんなある日のことだった。
私はいつも通りに孤立、部室で小説を読んでいた。

「すみません、麻雀部はこちらでしょうか」

 聞き覚えのない声が耳をくすぐる。
頭を上げて視線を入口へ、見覚えのない少女が佇んでいた。
紫色のツインテール。テールは重力に逆らっており、
側面から前方にカーブを描いている。

 特徴的な髪型だ、一見すればクワガタにも見える。
まあそれだけだ、私には関係ない。再び本に視線を戻す。
だけどトテトテ足音が近づいてきて、私の前でピタリと止まった。

「宮永照さんですか?」

「……そうだけど何か用?」

「ものすごく麻雀が強いと聞きまして! これはぜひ対戦をばと!」

「あ、名乗りもせず失礼しました!
 花田煌と申します、高遠原中学の2年生です!」

 目をキラキラと輝かせ、食い気味に話しかけてくる
クワガタ――もとい花田さん。
今まで見かけなかったタイプだ。私の噂を聞いてなお、
果敢に挑んでくるなんて。相当自信があるのだろうか。

 だけど……。

「やめておいた方がいいよ。
 流石に他校の生徒を『壊す』のは気が引ける」

「おぉーなんとも王者の風格! これは期待できますね!
 ぜひその強さを見せつけてください!」

 ……本人が望むならいいか。
最近は部内でも避けられている、練習相手がいないのも事実だった。
『犠牲』になってもらおうか。

「この子が打ちたいらしいから。悪いけど卓に混ざってくれないかな」

 周りの部員に声を掛ける、露骨に顔をしかめられた。
だけどなんとか2名が参戦、嫌々ながらも椅子へと座る。
静かに対局が始まった。

「ツモッ! 2000です!」

 初戦は花田さんが制した。
もっともこちらは様子見だ、照魔鏡で彼女を見抜く。
……特に危険な相手じゃないな、まあ『飛びにくい』点は特質と言えるかもしれない。
後は『折れない心』があるくらいか。

 自然と眉間にしわが寄る。折れない心か、羨ましいことだ。
私の心はとっくに折れてる、人生が消化試合なのに。

 右手が怒りに渦巻いた。

「……ツモ。1000」

「2000」

「2900」

「5800」

「11600」

 積み上げる、積み上げる、点棒と悲しみを積み上げていく。

 もう貴女に出番は来ない、その目を絶望で染めてやろう。
点を吐き出し無様に飛んで、それでも嗤えるなら見せてみろ。

「……ロン。18000。花田さんの飛びで終了だね」

「すっ、すばっ……!」

 徹底的に叩き潰してやった。
彼女が卓にべたりと突っ伏す、肩は小刻みに震えていた。

 ほら結局はその程度、何が『折れない心』だ。
所詮は貴女も『弱者』に過ぎない――。

「〜〜すばらっ! いや本当にお強いですね、
 感動するほどの強さです! 貴女と打てて本当に良かった!!」

「……でも、あまりに早く終わってしまったので!
 もう半荘お願いしてもよろしいでしょうか?」

 驚きに目を見開いた。
あれほど手酷くやられておいて、でも目の光を失ってない。
むしろ輝きを増している。……その煌きが気に入らない。

「いいよ。気がすむまでいくらでも」

 何度も何度もねじ伏せ続けた。
そのたび彼女は笑顔で立ち上がり、再び私に挑戦してくる。
結局帰宅時刻になって終了、彼女が音を上げることはなかった。

「いやぁ、結局一度も勝てませんでしたが!
 非常に有意義な時間でした! 本当にありがとうございます!」

 彼女は『負けた』と語って微笑む。
耐えがたい敗北感に襲われた。負けたのはこちらの方だ、
結局彼女の心を挫くことができなかった。
その『強さ』に嫉妬する、彼女は私よりもはるかに強い。

 黒い嫉妬の炎が渦巻く、そんな自分に戸惑った。
どうしてここまで苛立ちを覚える?
別に彼女が不屈だろうと、私には関係のないことだ。
勝負に勝ったのは間違いないのに。

「できれば、またお相手してもらってもいいですかね?」

 その言葉に恐怖を覚えた。
どうして? よくわからない。逡巡するも小さく頷く。

 ……いいだろう、そっちがその気なら徹底的にやってやる。
一度や二度は耐えられたとしても、繰り返せば潰れるだろう。

「いいよ。負けたくなったらいつでもおいで」

 彼女と連絡先を交わして、何度か対局を申し込んだ。
花田さんは絶対に断らない、毎回喜んで受け入れる。
気づけば彼女との対戦回数は部員のそれを超えていた。

「いやー今日も完敗でした! 心の底から感服しますよ、
 宮永さんは本当にお強い!」

 賞賛の言葉を一身に受け、だけど心は凍てついていく。
今回も私の負けだ、彼女は結局潰れなかった。

 対局の結果も芳しくない。かろうじて彼女を飛ばせたものの、
今回は南入を許してしまった。彼女は急速に成長している。

 このまま行くと――『いつか負ける』?

 戦慄が身を貫いた、次いで体が震え始める。
いやだ。それだけは絶対にいやだ。私には麻雀以外何もないのだから。

 親とも、妹とも、友達とも上手くやれない人格破綻者。
何一つとして誇れない私が、それでも生きることを許される理由。
その麻雀で負けてしまえば、私に存在意義はない。

 打つのが怖くなっていく、マラソン選手になった気分だ。
背後から相手の吐息が聞こえて来る、徐々に吐息が近づいて来る、
つられてこちらも呼吸が浅く、短く切羽詰まっていく。

 追いつかれる、恐怖。
逃れるのは簡単だ、勝ち逃げしてしまえばいい。
幸いまだ私が勝ってる、『もうおしまい』と畳んでしまえば
彼女が私に勝つことはない。

 なんて、それができれば苦労はなかった。

 間違いを認めることになるのだ。
『私は強い』『誰にも負けない』『だから独りでも生きられる』
嘘偽りだと認めてしまえば希望を捨てることになる。

 勝たなければ駄目なんだ。
勝って、勝って、勝ち続けて、証明し続ける必要がある。
『私は間違っていない』ことを――。


◆ ◇ ◆


 でも。対局を続ければ続けるほど、花田さんの吐息は近づいてきた。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 疑問を禁じ得ませんでした。

 『絶対王者』の宮永照さん、なのに弱っているように見えたのです。
まるで『劣勢に追い込まれた弱者』のように。

 もちろん事実は完全に逆。何十回と対戦したのに、
私が勝ったことはただの一度もありません。
飛ばされたことも数知れず。
『勝負にすらなってない』、嗤われても仕方がないでしょう。

 なのに。最近の彼女はいつも追い詰められた表情をする。
対局中も冷や汗をかき、牌を持つ手は小さく震え、
荒い吐息を繰り返して、喘ぐ。まるで怯えるかのように。

「その……宮永さん。私、何かしちゃいましたか?」

「別に」

「気分を悪くしたら申し訳ないんですけども。
 最近様子がおかしいです。原因が私にあるのであれば、
 無理に対局しなくても――」

「貴女とは関係ないと言っている!」

「すっ、すいませんっ!?」

「……こっちこそごめん。でも本当に気にしなくていい。
 私が打ちたくて対局を申し出てるんだから」

 そう言われては断れませんでした。
私としても打ちたいのです、少しでも強くなるために。

 取るに足らない雑兵の私、弱さに嫌気が差すほどの。
そんな私が部長に抜擢、自身の強化は急務でした。
『強い人と打てば変われるかも』。一縷の望みを抱いて出征、
宮永さんに対局を申し出たのです。

 おかげで強くなれました、もちろんまだまだ途上ですけど。
できればもっと戦いたい。せめて、自分の天井が見えるまでは。

 でも、本当は引くべきだったのでしょう。
彼女は酷く苦しんでいる、私はそれに気づいていた。
なのに我欲から目を背け、結果として彼女を苦しめ続けた。

 だから彼女は、私のせいで――。


◆ ◇ ◆


 麻雀を、やめてしまうのでした。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 交流を始めて数か月。
ついに、彼女の牙が私の喉元に喰らいつく。

「っ……ロン! タンピンイーペーコー三色同順ドラ1!」

「すばらっ……! 跳満で12000です!」

 足元が崩れ落ちる感覚。がらがら、がらがら、崩壊していく。
ああ、確信できてしまった。
おそらく今この瞬間、彼女に『追い抜かれた』のだと。

 もう、私が花田さんに勝つことはない。
おそらくこれから一生ずっと。

 母に聞いたことがある、『麻雀の強さは心の強さ』だと。
一も二もなく否定した、『だったら私が強いのはおかしいでしょ』と。
でも、どうやら真実らしい。

 花田さんは心が強い、だから牌が思いに応える。
逆に私は心が弱い、だから牌が見放していく。

 ……はは、何が『絶対王者』だ、『独りでも強く生きて行ける』だ。
何のことはない、私は『弱者』。今まで蹴散らしてきた子達と大差はない。
『本当の強さ』を前には勝てない。

 こんな事実知りたくなかった。
でもこれも報いなのだろう。今まで他者を『弱者』と決めつけ、
踏み潰し続けてきた、報い。

「…………花田さんは、強いね」

「え、えぇっ!? いやいやいや、全然強くないですよ!?
 確かに今回和了りましたけど、こんなのビギナーズラックですから!」

 慌ててブンブン首を振る花田さん。
『強いなんて言われたこともない』、そう何度も否定しながら。

「違うよ」

 麻雀は確率ゲーム、素人がプロに勝つこともある?
それは『二流までの話』だ、一流は運に左右されない。
勝つべくして勝つ、当たり前だ。『場を支配できる』のだから。

 彼女は見事にそれを崩した。誰より強い『不屈の意志』で、
私の支配を打ち破ったのだ。

「……花田さんは強いよ、私なんかよりずっと」

 これ以上は無意味だろう、幕を下ろす時が来たんだ。
絶望に心が沈んでいく、でもなぜだか救いも感じていた。

 もう頑張らなくていいんだ、ただ緩慢に死んでいくだけでいい。
認めてしまおう。『私は弱い、ただの社会不適合者』だと。

 だから――。


◆ ◇ ◆


 私は、麻雀をぷつりとやめた。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 大変な騒ぎになりました。

 何しろ絶対王者です。『ポスト小鍛治健夜』と謳われ続け、
将来は日本を背負う存在でした。

 そんな彼女が麻雀をやめた。理由を語ることもなく、突然。
人々は憶測で口を回し続けました。
『病気になったのさ』『能力が使えなくなったんじゃない?』
『振られてメンタルが落ち込んだとか?』『男に捨てられたらしいよ』

 面白おかしく吹聴される噂達。
でも本人は否定しません、どんどん尾ひれがついて行きました。
すばらくない、もちろんその中に真実はないでしょう。
答えは彼女しか持ちえない、知りたければ聞くしかないのです。

『その、宮永さん。お時間をいただいても――』

『ごめんなさい、もう帰るから』

……

『お、おやぁこんなところで奇遇ですね!
 どうですか、そこのカフェでちょっとお話を――』

『ごめん』

……

『お願いです宮永さん! 少しだけでもお話させてください!』

『悪いけど話すことはないよ。もう私に関わらないで』

 何度押しかけ追いすがっても、答えは等しく『拒絶』のみ。
私だけではないのでしょう、万人を切り捨てていました。

 眼光が、危うい。見ただけで逃げ出す人もいるほどに。
かつての彼女も近寄りがたい覇気を持ってましたけど、
それとは違う迫力です。……歯に衣着せず言ってしまえば、
『死』を思わせる凄みを湛えていました。

 だからこそ放置はできない。
烏滸がましくはあるけれど、自意識過剰かもしれないけれど。
おそらくは『私のせい』だから。

 ならば私には責任がある。彼女の悩みをなんとか突き止め、
解決は無理でもせめて支えて、光の差す道へ連れ戻さねば――。

 なんて詭弁もいいところですね、白状してしまいましょう。
怖くて仕方なかったのです。
私が彼女の未来を摘んだ。日本を、
世界をも背負える人間の前途を潰した。
その可能性に押し潰されそうだったのです。

 だからでしょう。徐々に狂い始めた私は、
なかば犯罪まがいの行動に出てしまったのでした。

 雪降る寒い日のこと。
私は彼女の家に押しかけ、『入れて欲しい』と頼みます。
答えはもちろんノーでした、それ自体は既定路線。
私はそのまま玄関に留まり、彼女の心変わりを待ったのでした。

 肩に雪が積もっていきます、耳がジンジン腫れていく。
冬の長野は氷点下です、続ければ『死』も見えてくるでしょう。

 それでも私は留まりました、心に決めていたのです。
もしも今日話せないなら、私はここで命を捨てると。
己の命を使った『脅し』、それが私の取った手段でした。

 意識が朦朧としてきます。視界があやふや崩れ始めて、
世界がぐらぐら揺らいで――90度回転。
倒れたことに気づきます。自然と自嘲の笑みが浮かびました。

 ああ、少しだけ宮永さんの気持ちがわかった気がします。
もしかしたら、彼女も。こんな風に、
自暴自棄になっていたのかもしれない――。


◆ ◇ ◆


「……花田さん」


◆ ◇ ◆


 もう目も開かない暗闇の中、悲痛な色を伴った声。
次に感じたのは浮遊感、誰かに抱きかかえられていました。

 おそらく宮永さんでしょう。ええ、わかっていましたとも。
本来の貴女は優しい人。命を人質にされて見捨てられるはずがない。

 彼女は私をお風呂に入れて、その後ベッドに横たえました。
身体中が熱くて痛い、だけどそれが心地よかった。
私にベッドを譲った宮永さんが、サイドに背を預けています。

「……どうして、花田さんがそこまでするの?」

「だって怖いじゃないですか。私のせいで王者が麻雀をやめるとか」

「……私は王者なんかじゃない、ちっぽけで弱い人間だよ」

「だったらなおさら教えてください、一人で抱え込まないで。
 そりゃ解決は無理かもですけど、聞くだけなら私にもできますから」

「お願いです。宮永さんの苦しみを教えてください。
 ……理由が、私にもあるのなら」

 宮永さんは天を見上げて、やがて小さく息を吐きます。
そしてそのまま呟くように、静かに口を開きました。

「貴女が関係ないとは言わない。でも、少なくとも貴女のせいじゃない。
 貴女が眩し過ぎただけ。……そして、自分が醜過ぎただけ」

 ぽつり、ぽつりと話してくれました。
幸せだった頃の思い出、それを壊す元凶となった事件のことを。
やがて家庭が崩壊してしまったことも。

「何もかも上手く行かなかった、みんな私から離れて行った。
 最後に麻雀だけが残って、だから麻雀で生きると決めた。
 独りで強く生き抜くと」

「でも、駄目だった。結局私は心の折れた負け犬、
 本当に強い人には勝てない。花田さんに会ってそれを知った」

「花田さんは、本当に強いよ。誰よりも心が強い。
 思いの強さに牌は答える。……貴女は私を超えていく」

「その光景を見たくなかった、あまりに惨め過ぎるから。
 ……ただ、それだけ。私は逃げただけなんだよ」

 淡々と語る宮永さん。
辛いのは彼女のはずなのに、私ばかりが泣いていました。
涙が溢れて布団を濡らす、申し訳ないですが止められません。

 悲しいから? 勿論それもあるでしょう。
でも、涙には喜びも含まれていました。

「宮永さん。この場で言うのは失礼かもしれませんが、
 私は決して強くありません。前にも言いましたけど、
 『強い』なんて言葉自体貴女に言われたのが初めてです」

「私だって同じなんです。弱い自分が嫌で嫌で、
 とにかく強くなりたかった。『せめて挫けないでいよう』、
 空元気を続けていただけなんです」

 もちろん本当は苦しかった。
点を奪われ飛ばされ続け、何度もやめたいと思ってた。
でも、私には何もないから。負けて泣いて卑屈になれば、
本当に何も残らない。

「だから、同じなんです。ううん、『同じ』と言うのも烏滸がましい。
 私が宮永さんの立場だったら麻雀もやめていたでしょう。
 学校に通えていたかすら怪しい」

「……宮永さんは厳し過ぎます。
 もっと、自分に優しくしてあげてください」

 彼女の肩が震えていました。
背を向けうつむく宮永さん、その表情は見えません。
できれば泣いていて欲しい、『弱み』を私に見せて欲しい。
もう、『独りで強くあろう』としないで欲しい。

 私はゆっくり起き上がると、彼女を後ろから抱き締めました。
抵抗もせず嗚咽する宮永さん、その背は酷く小さくて。
『宮永さんも女子中学生なんだ』、ようやく気づけた気がします。

 しばらく二人で泣きました、互いに悩みをぶち撒けました。
『部長なのに後輩の方が強くて辛い』
『誰からも話し掛けられなくて辛い』

『弱くて部室に居場所がない』
『勝っても全然嬉しくない』

『『誰にも打ち明けられなくて苦しかった』』

 語るたびに見つかる共通点に、二人で泣きながら笑いしました。
似た者同士だったのでしょう。自分の弱さに辟易しながら、
その弱さを覆い隠す、道化。

 でも、それが『強さ』なのかもしれません。
自分の弱さを受け入れて、それでも前を向こうとすること。

 それを『強い』と呼んでもらえるのなら……
こんなにすばらなことはない。

 時計の短針が二つは進み、ようやく涙が引っ込んだ頃。
顔を上げた宮永さんは、憑き物が取れたように微笑んでいました。
問題は何も解決してない、でも楽にはなったのでしょう。

「聞いてくれてありがとう。もう少しだけ頑張ってみようと思う。
 できれば、これからも対局に付き合って欲しい。
 花田さんもまだ強くなれるし、もしよかったら指導もするから」

「すばらっ……! でも不公平過ぎやしませんか?
 私から貴女に返せるものがありません」

「十分返してもらってる。これからも相談に乗って欲しい。
 そして……よかったら、友達になって欲しい」

 おずおず様子を伺いながら、目に不安を灯す宮永さん。
対して私は噴き出しました。ああもう、本当にこの人は!

 今さら何を言い出すのやら。
私はあきれて肩をすくめて、彼女に笑い掛けました。


◆ ◇ ◆


「水臭いですねぇ、もうとっくに友達ですよ!」


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 潮目が一気に変わった気がする。
対局以外でも煌と会うようになり、
彼女からアドバイスを受けるようになった。

「前から思っていたんですけど、照さんって挨拶をしませんよね。
 まずはそこから始めましょう!」

「したくないわけじゃないんだよ。
 でも無視されたらと思うと怖くて」

「反応を見なければいいんですよ。
 返されない前提で、笑顔で挨拶してそのまま去る。
 『返ってきたらラッキー』くらいで」

「笑顔は難しいかな……笑い方忘れちゃった」

「……なら挨拶だけでもしましょう。
 挨拶しないで素通りするのは、『わざと無視してる』ってことですから。
 そりゃ印象は最悪です、今日からでも始めましょう!」

 盲目に従うことにした。

 家に帰るなり咲と出くわす、昨日までは何も言わずにすれ違ってた。
笑顔を模ろうとして、無理。そんなすぐには変われない。
でも、すれ違い際に『ただいま』。なんとか4文字を絞り出した。

 色よい返事は帰ってこない。でも、はっと息をのむ音が聞こえた。
顔は怖くて見れやしない、そのまま廊下を歩き続ける。
自分の部屋に逃げこむ瞬間、『ぉっ、ぉかっ……』
蚊の鳴くような声が背に届いた。

 そのまま扉を閉めた私は、その場にうずくまり嗚咽する。
あまりにぎこちなさ過ぎる、『対話』とすら呼べない『接触』。
でも確かに『前進』した、昨日よりは圧倒的に。

「なん、だっ……こんな、簡単なことだったんだ……!」

 言うは易く行うは難しだ。
煌が背中を押してくれなければ絶対に無理だっただろう。
『煌の好意を無にしたくない』、その思いが大きかったと思う。

 周りとの関係も少しずつ変化していった。
もちろん負の遺産は大きい、最初はほとんどの人に無視された。
それでもめげずに声を掛ける。

 相手がどうかは関係ない、私の思いを伝えるんだ。
『今まで本当にごめんなさい』と。……ある意味自己勝手だけど。
そうして挨拶を繰り返すうち、やがてぽつりぽつりと
『おはようございます』が返ってくるようになった。

 人間関係が改善されると、生活の質も向上してくる。
毎朝感じていた『起きたくない』がかなり緩和されてきた。
実は鬱病だったのかもしれない。

 状況はそこまで変わってない。
家族は今もバラバラのままだし、私の罪が消えたわけじゃない。

 だけど世界が違って見える。
少しだけ、『前向きに生きよう』って気持ちが湧いて来た。
煌のおかげだ。返せるものは少ないけれど、できるだけ恩に報いたい。

 『指導』してみることにした。
今まではただ一緒に打つだけ、アドバイスをしたわけじゃない。
彼女にはまだまだ伸びしろがある、開花の手助けをさせてもらおう。

「うーん、すばらくない。飛び終了こそなくなりましたけど
 マイナスから脱出できませんね」

「煌ならもっと上を目指せると思う。自分の強みを生かしていこう」

「つよみ、強みですかぁ……そんなの私にありますかね?」

「あるよ。貴女は人の気持ちを汲み取るのが上手い。
 それは対人競技の麻雀にも活かせると思う」

「今は一人で戦ってるけど。同卓のメンバーを
 仲間に引き入れて戦うのはどうだろう」

「例えば、ここ。この八筒(パーピン)を貴女が切れば、
 下家が5巡後に2翻手を和了できてる」

「つまり、親の私から4000オールを喰らうよりはましだったよね?」

「なるほど……! 差し込みの発展形ですね。
 でも、そんな難しそうなこと私にできるでしょうか」

「むしろ貴女だからこそできる」

 麻雀の情報は『河』だけじゃない、対戦者の反応も重要だ。
初歩的な点では『ツモ切り』だとか、打牌までの速度などなど。
表情や視線も参考になる。

 相手の反応を読む力、私にはまるでないものだけど。
人を気遣える煌ならきっと有利に使えるだろう。

「まずは、もっと周りを気にしながら打ってみて。
 利用できそうなら利用するつもりで」

 もちろん所詮は呉越同舟、『仲良く手を繋いでゴール』はできない。
最終的に出し抜く必要がある。その匙加減も難しいけど、
煌ならなんとかできるだろう。

 買いかぶり過ぎ? そんなことはない。
実際アドバイスを受けてから煌は一気に進化を遂げた。

「ロン! すいませんね、2000です!」

「やだなぁ煌ちゃん、そこは宮永さん直撃してよー。
 でも連荘よく止めた偉い!」

「皆さんのサポートのおかげですけどね。
 流石に3対1ならなんとかなります!」

 あっという間に周りを巻き込み、『対宮永照協力体制』を作り上げる。
他家が和了れそうならアシスト、自分が和了れそうなら速攻。
緩急と『仲間』を上手く使って場を支配し始めた。

 今はまだまだ発展途上、トップを譲り渡したことはない。
だけど最近はいつでも感じる、首元に彼女の切っ先を。
かつては怯えたその威圧感、今では楽しむことができていた。

 私の中で『麻雀』の持つ意味が変わったのかもしれない。
『生きるための食い扶持』から、『人と繋がるための手段』に。

 悪いことではないのだろう。『最近笑顔が増えましたね』、
周りからよく言われるようになった。

「……まあ、逆に営業スマイルも増えてきましたけど。
 取材も多いですし仕方ないんですかね?」

「私は煌とは違う、いつも心からの笑みは難しいよ。
 『笑顔』を身につけただけ褒めて欲しい」

「はいはいすばらすばら。でも照さんは
 自然な笑顔の方が素敵ですよ?」

「誰にでも屈託なく笑えるわけじゃない。
 今のところ本当の笑顔を見せられるのは煌だけ」

「……そ、れっ、他の人がいる時に言っちゃ駄目ですからね!?
 絶対大騒ぎになりますから!」

 こうして私はコミュニケーション能力を、煌は麻雀の能力を。
互いに相手の強さに憧れ、ともに切磋琢磨する日々が続いた。
楽しくて幸せだった、だからこそ私は怯える。


◆ ◇ ◆


 『また』幸せが奪われる可能性に。
私は経験で知っていた、不幸は突然牙をむくことを。


◆ ◇ ◆


 平凡な一日のはずだった。
煌と対局をして帰った夕暮れ、玄関を開けたらお父さん。
神妙な顔をしたお父さんは、苦々し気にこう告げた。

「照。悪いがお前には引っ越ししてもらう事になる」

「えっ……引っ越し……なんで?」

「夫婦で話し合ったんだが、俺達は一度距離を取った方がいいと思った。
 お前もだ、照。『あれ』以来咲とまともに話せてないだろ?」

「……それは」

 残念ながら事実だった。

 確かに一時期よりは改善してる。
挨拶は交わすようになったし、事務連絡くらいはこなせる。
でもそれだけだ。昔みたいに笑いあうことはできてなかった。

 煌の存在も大きいだろう。
正直彼女に依存していた、『愛する妹の代わり』として。
そうして、本当の妹を蔑ろにしていた。

「で、も……急に転校だなんて」

「転校じゃない。今の学校は卒業して、
 高校から新天地に行ってもらう。
 お前も麻雀関係で関東遠征することが多いし、
 そっちの方が楽だろう?」

「…………そう、だね」

 行きたくないとは言えなかった。
問題を先延ばしにしてきたのは自分なのだ。
お父さんとお母さんが毎日喧嘩してるのも知ってる。
時には冷却期間も必要、頭ではそれも理解できた。
……感情は追いついてこないけど。

 結局快諾はできないまま、『考えさせて』と言い捨て逃げた。
煌に相談してみよう、なんてここでも『煌頼み』か。
でもどうか許して欲しい、私だってまだ心の傷が癒えてないんだ。

 もっとも――運命は、想像よりも無慈悲だった。

「えっ……煌も、転校……!?」

「は、はい……親のお仕事の都合で、福岡に行くことになるそうで」

 呪いでも掛けられているのか。
まるで二人を引きはがすべく、周囲が魔の手を伸ばしてきている。
抗うことは難しかった。私の方はどうにかなっても、
他人の家庭にまでは踏みこめない。

 わかってる。結局、私達は別れる運命なんだ。

 諦めろ。何度自分に言い聞かせても、ひび割れた心は悲鳴をあげる。
駄目だ、どうしても耐え切れない。煌の前でぽろぽろ泣いた。

「行かないでっ……! 私を、独りにしないでっ……!」

 わかってる、言っても仕方がないことは。
煌を困らせるだけだ、無理やりにでも笑顔を見せろ。
無理だ。それができる強者だったらそもそもこんなに苦しんでない。

 流れる涙を抑えきれずに、両手で顔を覆った私。
やがて肩に優しいぬくもり、そっと静かに抱き寄せられた。
目と鼻の先、煌の囁きが伝わってくる。

「私も……つらいですよ……こんな結末はすばらくない」

 煌の身体も震えていた。
世界が敵に回った錯覚。この広い広い世界の中で、
煌だけが味方のような。
二人で小さく身を寄せながら、悲しみに震え涙を流す。

 でも――やっぱり煌は強かった。

「つらい気持ちは同じです、離れたくないとも思います。
 でも『そう思えるだけ仲良くなれた』、
 その事実はすばらなことです」

「仮に離れ離れになっても、私達の絆は残るでしょう。
 麻雀さえ続けていれば、また道が交わるかもしれません」

「だから……お互い『またね』って、笑顔でお見送りしませんか?」

 そうして煌は笑顔を見せる、目に涙を溜めながら。
ああ、この人は本当に強い。いつもそうだ、
私にできないことをやってのける。

 そんな彼女が眩しく見えた。
あまりに煌きが強過ぎて、最初は耐え切れず目を背けた。
やがて彼女に憧れて、その背中を追いかけ続けた。

 それで少しは変われたと思って……なのに何も変わってなかった。
今だ、今こそ『壁』を乗り越えろ。尊敬する彼女に近づくために。

「……そう、だね。いつまでも
 泣き言を言ってるのは『すばらくない』」

「っ……あはは、真似されちゃいましたね。
 その意気です。『すばら』に乗り越えちゃいましょう!」

 その後月日はあっさり流れ、旅立ちの日が訪れる。
私達は涙を流すも、約束通り笑顔で別れた。

 『悲しくない』とはとても言えない、今だって独り震えてる。
だけど私は少し学んだ。弱くたっていいのだと。


◆ ◇ ◆


 自分の弱さを受け入れて、それでも強くありたいと願う。
それが、私が煌から学んだ『強さ』だ。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 卒業を機に長野を去った私は、白糸台高校に入学した。

 正直縁もゆかりもない、知り合いは一人もいなかった。
だけど名前は轟いていた、『全てを破壊する絶対王者』として。
皆が遠めに眺めてくる、『あれが噂のモンスターか』と。

 正直落胆したのも事実、これじゃマイナススタートだ。
だけど結局は身から出た錆、甘んじて受け入れよう。

 煌の言葉を思い出せ、『まずは挨拶から始めましょう』だ。
私はもう逃げたりしない。次に彼女と再会する時、
胸を張って笑うためにも。

「……おはよう。別に取って食べたりしないから、
 そんな遠巻きにしなくてもいいよ」

 不器用なりにも微笑んだ、上手に優しく笑えただろうか。
営業スマイルになってないといいけれど。

「は、ひゃっ……す、すいませんんっっ!!」

 生徒達は頬を赤らめながら逃げて行った。
……いきなり上手くは行かないか、まあ無視されるよりはまし。
めげずに声を掛けて行こう。

 麻雀部に入った私は、そこでも自分から声を掛け続けた。
ひょんなことから菫と出会い、『指導役』に抜擢されて。
部員の大半と関わることになる。

 ここでも煌との経験が活きた。
地区では『古豪』とされつつも、全国には手が届かない白糸台。
生徒は特待で入学するも、期待された結果を出せず、
絶望に心をへし折られていた。

 その痛みに寄り添い励ます、そして指導を施した。
かつて煌にしたように。

「え、えぇ!? 私の指導なんていいですよ!
 私めちゃくちゃ弱いですし、
 宮永さんの時間がもったいないです!」

「でも、勝ちたいんだよね? いつも遅くまで残ってる」

「……はい。でも、本当に弱くて役立たずだから――」

「貴女は強いよ」

「……え?」

「自分の弱さを認めた上で、それでも上を目指そうともがいてる。
 そんな貴女は心が強いし、いつか牌も応えてくれるよ」

「そうやって強くなった人を私は知ってる」

 それはある種の贖罪だった。

 相手を『弱者』と軽んじて、数多の雀士を蹂躙してきた私。
少しだけでも償いたい、才能の芽を伸ばしたい。
そうすることが私自身の幸せにも繋がるはずだから。

 そんなこんなを続けて2年、気づけば人に囲まれていた。
先輩からも頼りにされて、後輩も慕ってくれている。
なんと部長の推薦まで来た、菫に譲っちゃったけど。

「どうして断るんだ? お前がやった方がいいと思うが」

「私は部長の器じゃないよ」

「……大エースに言われたら形無しだな」

「麻雀が強いだけじゃ駄目なんだよ。
 私は人を導ける器じゃない、そんな立派な人間じゃないんだ。
 菫だって知ってるでしょ?」

「……妹さんのことか? もう片付いたと言ってたじゃないか」

「犯した罪は消えないよ。それに、私は『真似事』をしてるだけ。
 菫や『あの子』とは違う」

 煌や菫は体現してる、弱者に寄り添い導く道を。
自然と身体が動くんだ。それが『器』なんだと思う。
『罪滅ぼし』だとか『憧れて』だとか、打算で動く私とは、違う。

「そこまで言うならまあいいさ、今回の件は私が折れよう。
 ……だがな照、覚えておけ」

「なに?」

「失敗しない人間なんていない。誰もが悩みながら生きている。
 後悔して、それでも正しくあろうとするお前は立派だ」

「いつか、自分を許してやってくれ」

 そうなのだろうか、正直今は飲み込めない。
『煌を目指して真似するフォロワー』、立派だなんて思えなかった。

 でも、いつか。菫が語ってくれたように、
自分を許せる日が来たらいいなと思う。

 そんな日を迎えるためにも、日々を精一杯生きたい。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 照さんと私が離れて、結構な年月が過ぎ去りました。

 今では私も高校2年、なんとか新道寺女子の
レギュラーに抜擢されました。
ようやく全国の舞台に立つことができます。
つまり『東京遠征決定』、照さんに会うことができるのです。

 ……照さんは大丈夫でしょうか。
LIMEのやりとりはしてましたけど、直接会うのは2年半ぶり。
メッセージではいつも『頑張ってる』としか
返ってこないから心配でした。

 記者会見ではよく見ています。
昔のような営業スマイルではなくて、自然な笑みを見せる照さん。
それでもまだ心配です、あの人は自分を殺すのが上手いから。
自然な笑顔も『擬態』かも、そんな可能性をぬぐえない――。

 なんて、会ったら一目でわかりました。そんな心配は杞憂だと。

「久しぶり、煌」

「っ……お久しぶりです、照さん!」

 インターハイの開会式。終わった後で時間を調整、
会場のフロントで落ちあいました。

 久しぶりに見る照さんは穏やかな笑みを浮かべています。
まさにその名が示す通りに、陽だまりのような優しい笑顔。
それはどこまでも自然でした。……思わず見惚れてしまうほどに。

 心配した自分を恥じました。
こんなに立派に頑張ってきた人を捕まえて、
『擬態かもしれない』などと疑っていたとは。

「直接会うのは久しぶりだね。どう? そっちは大丈夫だった?」

「いやー本当に大変でしたよ! まず方言が理解できなくて――」

 積もる話はたくさんあります、互いに語り合いました。
照さんは妹さん関係の問題もすでに自力で解決済みで。
今は『煌みたいな強い人になりたい』と邁進を続けているのだとか。

「まだまだ煌には及ばないけどね」

「いやいや勘弁してくださいよ、いくらなんでも持ち上げ過ぎです!
 私なんてそんな大それた人間じゃありませんから!」

「謙遜する必要はない。今の私があるのは煌のおかげ。
 私の中で、煌は一番強い人」

 褒めてくれるのは嬉しいですが、この状況はすばらくない。
ああほら、騒ぎを聞きつけたんでしょう。
記者っぽい人が近寄って来たじゃないですか!

「お話し中ごめんなさいね、
 WEEKLY麻雀TODAYの西田だけど。
 今の話、詳しく聞かせてもらってもいいかしら?」

「そのままです。煌は私よりも断然強い。
 私が目標にしている人です」

「あーもう!? 絶対誤解うむ奴じゃないですか!
 違うんですよ、この人が言ってるのは麻雀の強さじゃなくて――」

「白糸台高校としても煌を危険視しています。
 彼女が先鋒で出てくるなら私も苦戦を覚悟しないといけませんね」

「嘘を吹き込むのはすばらくない! 照さん面白がってません!?」

「私は大真面目なんだけど。と言うか新道寺の先鋒が煌なのって
 普通に『私対策』なんじゃないの?」

「ぐっ……」

 急所を突かれて押し黙ります、実際その通りだったからです。
中学自体の逸話を聞かれたのが原因、
『宮永照を相手にしてプラスで終わるのは快挙』と喝采されました。
『だったら宮永照は花田に任せる』とも。

 最初は捨て駒かといぶかりました、
『飛ばないでとにかく耐える』ポジションと。

 だけどどうやら違うようです、もっと期待されている。
『大エースから点を死守するための最重要ポジション』
とまで言われてしまいました。おかげで今から胃が痛いです。

「ほうほうほう! まさかの『絶対王者』に目標とする人がいたとはね。
 これは特ダネ間違いなしだわ、二人とも独占インタビューお願いできる?」

「いいですけど……私に煌を語らせたら1、2時間では終わりませんよ?」

「好きなだけ語って頂戴! なんならご飯も接待するわ!
 あ、もしかして二人は付き合ってたりする?」

「ある意味で誰よりも絆は深いです」

「照さんは口をつぐんでください!」

 その後もしゃべり続ける照さんの口を塞いで、弁明。
なんとか西田さんの誤解は解けました。

 とは言えフロントで騒いだせいで、噂は瞬く間に拡散。
何気なくつけた翌朝のテレビ、こんな見出しが躍っていました。

『あの絶対王者が認めるダークホース、
 新道寺女子の花田煌とは?』

 朝から頭を抱える私に、姫子がケラケラ笑います。

「ハードルガン上げやね」

「上げたくて上げたんじゃないんだけどね……」

 まあでも、このくらいでちょうどいいのかもしれません。
見事絶望を乗り越えてきた照さん。されど私とてこの2年半、
血の滲むような努力を繰り返してきたのです。

 全ては憧れの人に近づくため。
再び出会った時に、『私も頑張って来ましたよ!』と
すばらに胸を張るために。毎日研鑽を続けてきました。


◆ ◇ ◆


 さあ、語り合いましょう! 私達を繋いだ麻雀で!
卓での再会に胸を躍らせ、ひそかに拳を握ります。

 『私も楽しみだよ』。まるで思いが通じたように、
テレビの照さんが微笑みかけていました。


(完)



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<いただいていたリクエスト>
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両親の仲は険悪で、妹とはうまくいかず、周りからは麻雀の強さから孤立
その状況は照の心を荒む
麻雀で王者のように弱者を叩き潰す
妬む人間、媚び売る人間、悪意ある人間などを叩き潰して心をへし折り再起不能して周りを黙らせる
そして私に勝てる人間なんかいない、弱者なんか知ったこっちゃない、私は一人で生きていけるとたかを括る

そんな中花田煌と出会う

普段は明るいが内心麻雀が弱い事にコンプレックスを持っている煌
照が麻雀で強い話しを聞き
対戦すれば強くなれるかもと思い照に会いに行く

照は煌も他と同じ弱者だと決めつけて
徹底的に叩き潰して立ち直れないだろうと思っていたら
煌は感激して何度も挑戦する
照は叩き潰せなかった事に敗北感を感じる
そして黒く渦巻く嫉妬の気持ち
二つの感情に酷く戸惑うも
何度も叩き潰してやれば潰れる
そう思って照は煌に対局を申し込み
煌は嬉しそうに受けて対局する日々

何回やっても潰れる事なく
対局では勝てても心では負け
そして段々と煌はどばされる事もなくなり
点数も取れるようになる
その事が照に煌に追いつかれると言う
迫り来る恐怖心を抱かせる
うつのが怖くなりそれでも勝ちたいから
私は間違っていない事を証明するべく
恐怖心でいっぱいの中、冷や汗かいて、手は震えて、息が荒くなっても対局した

煌は不思議に思う
対局では追い詰められているのに
まるで煌が照を追い詰めているみたいに
照は月日が経つにつれて怯える目や表情をする
理由を聞いても頑なに断り何かを振り払うように対局を申し込む

そして煌に大きな得点を取られた時
照は煌には一生勝つ事が出来ない
煌の心の強さに嫉妬していた
弱者は煌達ではなく私自身
私がしてきた事が自分に返ってきて報いを受けたと悟る

花田さんは強いね

私は強くないですよ
今まで強いねと言われた事がなかったので戸惑うも

違うよ、花田さんは強いよ、私なんかよりずっと

そう言い残して照は麻雀をぷっつりとやめた

周りからは根も葉もない噂や噂に尾鰭がついた物が広がった
煌はそんな噂にヘキエキしながら
照に理由を聞く
照は頑なに拒絶したが
怖がる事なく何度も話しかけ煌の優しさに
両親や妹や自身の辛さや煌は本当に強い事を話す
煌は涙を流しながら共感してくれて
他人から強いと言われた事が初めてで涙を流しながら喜ぶ
照も自分の為に涙を流してくれる事が嬉しく涙を流す

照が煌にまだ強くなれるから指導してあげる
煌は照にしてあげられる事がないと言い
照は代わりに友達になってほしい
色々相談に乗ってほしいとお願いする

煌に相談してアドバイスしてもらいサポートもあって周囲や咲との関係が少しずつ改善される
照は煌に合った指導を試行錯誤考案して実施する
煌は前よりも強くなる
照は煌の強さに憧れて煌は照の強さに憧れて互いに切磋琢磨する
営業スマイルを身につけた照に対して煌は自然なスマイルの方が素敵だと言ったり
楽しい日々を過ごすと同時に
いつか別れる事に怯えながら過ごす

そして煌の転校が決まり
照も両親姉妹と別れる事に
照は煌と別れる事に耐えきれず
煌の前で 行かないで 一人にしないで
ポロポロ流る涙を手で拭いながら言う

煌は自身も辛いながらもそれを照に伝えつつ激励する

お別れの時お互い涙を流しながら笑顔で別れる

照は白糸台高校へ行きみんなから遠目で眺める姿に落胆するも
煌の言葉を思い出しそれを胸に秘めて
自分から頑張って行動する

弱者の痛みを知り煌から学んだ経験を生かし
先輩から頼りになり後輩から慕われるようになる
部長推薦を多く受けながら菫に部長を譲る

菫が照に聞くと
麻雀が強いのと部長になれる器は違うよ


記者会見などでも営業スマイルではなく自然なスマイルでみんなから愛される
煌は照が大丈夫か心配で会ってみると咲や周囲の関係を照自身が解決させていて安心するが
照が煌は私よりも断然強いと紹介されてみんなや色々な人に大注目される
白糸台高校は煌を危険視しているし
新道寺女子高校も煌を先頭にして捨て駒ではなく点を守らせる大事な役割
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posted by ぷちどろっぷ at 2022年12月10日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
リクエストした者です
素晴らしいSSありがとうございました
リクエストした物を綺麗にまとめてあり
照の切迫感を上手に表現されてあり
煌の寒さで命を人質にした所は
自分では思いつかない煌の献身な所を表現されていてすばらでした
お別れのシーンも残酷にも別れる事に悲しみにくれる照と
それでも煌が励まし照も前向きに頑張る表現の仕方がすばらですね
最後にお互いに成長した姿を見せる意気込みが生き生きと書かれてあり
前向きになって明日を頑張れる素晴らしいSSでした
Posted by at 2022年12月11日 01:01
健全で美しい話でした。良かったです。
Posted by at 2022年12月12日 04:41
素敵なお話でした
Posted by at 2022年12月13日 00:18
更新間もなく読みにこれたのは久しぶりで嬉しいです。
『強く』良いですね……
Posted by at 2022年12月17日 14:38
凄くよかったです
『強く』、良いですね

久しぶりにこちらで新作読めて嬉しいです
時々ではありますが過去作品巡回させてもらってます。ありがとうございます。
Posted by at 2022年12月17日 14:41
すばらです!
Posted by at 2023年01月17日 03:47
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