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【咲-Saki-SS:晴健】憎しみと贖罪から始まる恋【共依存】

<あらすじ>
※欲しいものリストによる贈り物に対するお礼のSSです。
 ありがとうございました!
 リクエスト文が詳細でネタバレになるため、リクエスト文は
 作品の末尾に記載します。

<登場人物>
赤土晴絵,小鍛冶健夜,新子望,福与恒子

<症状>
共依存
自殺未遂


<注意事項>
※シノハユと阿知賀編(決勝から〜)は
 把握していないため、おもに初期阿知賀編の知識のみでの
 記載となります。

※リクエストの都合上、
 登場人物の性格や展開が原作と大きく異なります。



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本編
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 全てが一気に崩れ落ちた。

 何かやらかしたわけじゃない。ただ運が悪かっただけ。
『対局相手に小鍛冶健夜がいた』、ただそれだけのことだった。

 阿知賀で麻雀部を立ち上げて、山を一気に駆け登る。
初登場で全国出場、時の風雲児となった。

 誰もが私をほめそやす。
貴女こそ物語の主人公――そう、『阿知賀のレジェンド』と。
そんな私だったからこそ、『転落』は凄まじいものだった。

 手を抜いたわけじゃない、準備はしっかり整えていた。
分析こそが私の武器だ、ライバル達を徹底的に調べ上げる。
その上で臨んだ全国、当然優勝を目指していた。

 だけど――『彼女』は無名、そして『最強』。
小細工など通用しない、ただ蹂躙されるのみだった。

『対局終了ーー! 小鍛冶選手が大量得点、
 圧倒的な強さを見せつけました!』

 対局が終わって崩れ落ち、会場の医務室に運ばれる。
ベッドで見た彼女のヒーローインタビュー。
私は称賛されていた。

『すごく強かったです……跳満を和了(あが)られてびっくりしました』

 否、馬鹿にされていたのかもしれない。
『お前などせいぜい跳満をぶち当てるのが関の山だ』と。
しかもあれで虎の子を起こした、その後は思い出したくない。

 こうして私の夏は終了、ついでに麻雀人生も幕を閉じた。

 牌を握ると身体が震える、打牌できるはずもなく。
エース兼部長が再起不能。阿知賀女子学院の麻雀部は崩壊した。

 落ちぶれ失意に沈んだ私。残ってくれたのは望だけだった。
応援してくれた人達は霧散、手のひらを返したようにいなくなった。
それを責めるのは酷なのだろう。麻雀が打ててこその赤土晴絵だ。
ひとたび卓を降りてしまえば『いけ好かないガキ』でしかない。

「……たった1か月で何もかも終わっちゃったな」

 自分で言うのも何ではあるが、これでも『快挙』だと思うのだ。
無名の麻雀部が全国の準決勝まで駒を進めた。
『小鍛冶健夜』に散らされたものの、跳満以上を和了したのは私だけ。

 十分誇れる功績だろう――なんて、負けておいて『快挙』だと?
随分と誇りを失ったもんだ、やっぱり私は終わっている。

「終わったかどうかは晴絵が決めることだよ。
 ほら、この前会ったおチビちゃんも言ってたでしょ。
 『これからも応援してます』って」

「…………そうだね」

 望からの親身な励まし、私の心には響かなかった。
望のそれは根性論だ、希望の根拠はどこにもない。
『あれ』と接した奴ならわかる、『希望なんて皆無』だと。

 自分に熱を感じない。大切な何かを壊された感覚。
それはきっと不可逆な変化、私はもう死んだんだ。

(もう、何もかもがどうでもいい)

 学校すらもサボりがちになり家で緩慢に時間を潰す。
漫画を読んだりテレビを見たり。
別に楽しいわけじゃない、ただ青春を浪費するだけ。
それでいい。今は何も考えたくない――。

 なのに。『あいつ』はそんな、
仮初(かりそめ)の安らぎすら潰しに来た。

『ピンポーン』

 玄関チャイムが鳴り響く。お母さんは――出かけてるか。
まあどうせ勧誘だろう、面倒だからそのまま無視する。

『ピンポーン』

 再びチャイムが鼓膜を揺らした。
連打はせず控えめに。だけど決して諦めない。
数分おきにチャイムが鳴って、いい加減腹が立ってくる。
大股で廊下を踏みしめ、少し乱暴に扉を開けた。

「……誰、今忙しいんだけど――」

 文句は途中で掻き消える。自然と体が震え出した。
私の前にたたずむ『そいつ』は、私を廃人にした張本人。
『小鍛冶健夜』その人だった。

「え、あ、ごめんなさい……で、出直した方がいいかな」

 眉をへの字に下げながら、しどろもどろに問いかける小鍛冶。
だけどこっちはそれどころじゃない、呼吸が浅くなっていく。
異常な発汗、手足の震え。そのまま私は崩れ落ちた。

「か、はっ……!」

「あ、赤土さんっ!?」

 慌てて私に駆け寄るバケモノ、だけどもちろん逆効果。
息が苦しい、呼吸ができない。私はひたすら酸素を求め、
『ひゅ、かひゅっ』と耳障りな音を漏らすのみ。

 おそらく過呼吸だったんだろう。理解したのは数日後だ。
その時の私からすれば『死が近寄ってきた』ようだった。
いやだ、助けて、死にたくない!
ただひたすらに酸素を求め、がむしゃらに腕を振り乱す。

「っ……!!」

 その時だ。頬に何かの雫が落ちた。
一瞬だけ正気に戻る、例のバケモノが泣いていた。
それが『生き残り』の契機になった。恐怖が怒りに反転したのだ。

『なんでお前が泣いてるんだよ、殺そうとしてるのはお前だろ!』

 明確な殺意を覚える。そして同時にこうも思った。
『こんな形で死にたくない。せめてこいつと刺し違えてやる』。
そしたら不思議、呼吸は自然と収まっていった。

「くっ、ふぅ……か、ふぅ……」

「あ、赤土さん……だ、大丈夫……?」

 今も目に涙を溜めつつ、私のことを気遣う『元凶』。
私はそれに答えることなく、唸(うな)るように声を絞り出した。

「……何しに来たのさ。敗者をあざ笑いに来たの?」

「ち、違うよっ!? わ、私は、その……謝りに……!」

「は?」

「その、インハイで酷いことしちゃったから。
 どうしても謝らなきゃって――ごめんなさい!!」

 ばっと頭を下げるバケモノ。
それがなけなしの自尊心を致命的に傷つけた。

 つまりこいつはこういうわけだ。
『弱い者イジメしてごめんなさい、手加減すればよかったね』と。

 私を壊したあの対局は、『戦い』ですらなかったらしい。
ただのイジメ。だからこいつは頭を下げる。

「……ふざけるな!!! 言っていいことと悪いことがあるだろ!!!」

 確かに私は手酷く負けた、そして廃人と化している。
それでも私は戦ったんだ。勝ち目はなくとも死に物狂いで。
『謝る』なんて愚の骨頂、そんなこともわからないのか?

 なのにバケモノは慌てふためく。『心底意味が分からない』とばかりに。

「…………もしかして、アンタ。
 私がなんで怒ってるかすらわからないの?」

「ええと、その……ごめんなさい。わからない……かも」

 逆鱗をなぶり続けるバケモノ。こいつは今までもこうやって、
無自覚に人を傷つけては傷口に塩を塗ってきたのか?
おそらくはそうなのだろう。そして、これからも人を傷つけ続ける。

「もうアンタは麻雀やるな。やる度に人を傷つけ続ける」

 私はただそれだけ告げて、バケモノを玄関から追い出した。
もう限界だ。これ以上話し続ければ……私はあいつを殺しただろう。

 その後チャイムが鳴ることはなかった。素直に帰ったんだろう。
『災厄』が去り恐怖が目覚める、震えながら部屋に閉じ籠った。
親が仕事から帰ってくるまで――。

 数日後にニュースで知った。『小鍛冶健夜、プロ参入を白紙に』。
正直少し驚いた。あいつ、本当に言った通りにしたのか……。

 まあ、私にはどうでもいいことだ。
腹水は盆に返らない、私の傷はもう戻らない。
どうせ会うこともないだろう――。


◆ ◇ ◆


 なんてことを思ってたのに。
数日後、あいつは再びやってきたのだった。


◆ ◇ ◆


「ごめんなさい。言われた通り麻雀はやめました。
 プロ行きの意思も撤回して麻雀部も退部しました」

「過ぎたことは戻りませんけど……ごめんなさい。
 これが私の気持ちです」

 顔に大きな隈をこしらえ、虚ろな表情で小鍛冶は語る。
そして深々頭を下げて、静かに私の言葉を待った。

 簡単にできることじゃない、本気の誠意がうかがえた。
『インハイを優勝してのプロ契約』、下手すれば億という金が動く。
数年働けば一生安泰、まさにバラ色の人生だ。
なのに小鍛冶は放棄した、私に謝るためだけに――。

 だけど、それは『間違い』だった。

 結局こいつははき違えている。
私は『謝罪の手段』として引退を求めたわけじゃない。
『これ以上犠牲者を出すな』と言っただけだ。

「はぁ……アンタ、ホントに何もわかってないんだね」

「……うん。だから赤土さんが教えてよ。
 私の何が駄目なのか、直せるなら直したいから」

「はっ、お断りだね。なんでそこまで面倒見なきゃいけないのさ。
 私はもう十分話した。理解できないならおしまいだ」

「これからも、無自覚に人を傷つけて生きていくんだね」

 またも玄関を閉めようとして、今度はドアを掴まれた。
小鍛冶が私に詰め寄って来る、追い詰められた表情で。

「お願い教えて! 何でもするから!!」

「やなこった。忘れたのかい?
 私はアンタに人生終了させられてんだ」

「その罪滅ぼしをするためにも……!
 何でもいいの、私に償いさせてください!」

「はぁ…………正直もう関わりたくないんだけど。
 そこまで言うなら転校しなよ。で、私の小間使いとして働け」

 本気で言ったつもりじゃなかった。
かぐや姫のあれと同じだ。体よく追い払おうとしただけ。

 なのに――。

「っ……わかりました!」

 『救われた』と言わんばかりに、小鍛冶は深々頭を下げる。
ゾクリと背筋が粟(あわ)立った。やっぱりこいつはどこかおかしい。

 ちなみに小鍛冶は本当に転校してきた。
そして当然のように私に告げる。光を失った黒い瞳で。

「言われた通り転校しました。好きなだけ使い倒してください」

 正直訳が分からなかった。

 私が壊されたのは確かな事実だ。でも、それは『私視点』の話。
こいつからすれば『公式試合で麻雀を打っただけ』だろう。

 そんなものを『罪』と呼べるか? いいや、呼べるはずもない。
事実私は憎んでなかった……こいつが家に来るまでは、だけど。

「……まあ、いいや。そう言うことなら遠慮なく」

 本人が望んでるんだ、散々こき使ってやろう。
せいぜい鬱憤(うっぷん)を晴らさせてもらうさ。
無理難題を繰り返してればそのうち音を上げて消えるだろう。


◆ ◇ ◆


 こうして始まった『主従関係』。
結果としてこれが私の社会復帰に役立った。

 家に居れば小鍛冶が押しかけてくる。
それは逆にはた迷惑で、なし崩しに通学を再開したのだ。

 もちろん学校でも小鍛冶は付きまとってくる。
学年が違うにも関わらず休み時間のたびに馳せ参じる徹底ぶりだ。
そんな『先輩』にパシリをさせる私。当然学校中の話題を総なめした。

「あー、喉渇いた。小鍛冶、ジュース買ってきて」

「うん。何を買えばいい?」

「カフェオレの紙パック。5分以内で」

「わ、わかった! 行ってくるね!」

 慌てて教室を飛び出す小鍛冶、その判断は正解だった。
カフェオレはここから遠い自販機にしかない。
当然他の学生も買いに来る。
並ぶ時間も考慮すれば猶予は1分ないだろう。

 もはやイジメの領域だ。事実周りもそう受け取ったのだろう。
クラスメートがやんわりとたしなめてくる。

「ええと、赤土さん……今のはちょっと酷くない?」

「なんで?」

「だ、だって……紙パック、体育館裏の自販機しかないじゃん。
 全力で走っても2分はかかるよ。そもそもパシリ自体も酷いし――」

「はは、なんか勘違いしてない?」

「……え?」

「私が望んだわけじゃないよ、全部あいつが願ったことさ。
 私はむしろ頼まれた側。言われた通り『こき使ってあげてる』だけ」

「あいつ頭おかしいんだよ。嘘だと思うなら聞いてみな?」

 やがて息を切らした小鍛冶が戻って来る。
タイムは4分57秒、なかなかやるなぁギリギリセーフだ。

「はぁっ、はぁっ……は、い……カフェ、オレっ……!」

「どうも」

 全力で命令をこなした『奴隷』に、一瞥もせず物だけ受け取る。
見て居られなかったのだろう、さっきの級友が口を開いた。

「あの、小鍛冶先輩……? 先輩はこれでいいんですか?」

「はぁ、はぁっ……なにが……?」

「だって。こんないいようにパシリにされて――」

「私が、望んだ、こと、だから……!」

 苦悶に顔をゆがめつつ、それでも笑顔を見せる小鍛冶。
その微笑みに偽りはなく、だからこそ級友は凍りつく。

 ようやく「そうですか」とだけ呟いた後、
何も言わずに席を去る。だけど私には見えた。
唇がわずかに動き、『狂ってる』と吐き捨てたのが。

 噂は伝搬していった。『小鍛冶健夜は頭がおかしい』、
『後輩に頼んでわざわざ奴隷扱いしてもらっている』
『赤土さんは哀れな被害者』……『そう、今回も』。

 いい気味だ。当然の報いだろう、あいつはそれだけのことをした。
私以外にも何人か潰したはずだ。前途ある人間を壊し続けた。

 私がこいつを止めなかったら被害者はさらに増え続けたろう。
『私の奴隷として終わる』、こいつにとってもそれが最善――。


◆ ◇ ◆


 なんて満足しようとしても、心は逆に乾いていった。


◆ ◇ ◆


 不思議なことが起きていた、気持ちがちっとも上向かない。
小鍛冶を苛めば苛むほど、心に風穴があいていく。

 ……そんな時だ。望が姿を現したのは。
私の前に立った彼女は、そのまま屋上に連れ出した。

「……ねえ、晴絵。アンタこのままでいいと思ってんの?」

 返答できずに押し黙る。返事は要らなかったんだろう、
望が続けて言葉を重ねた。

「最初は口出す気なかったよ。アンタが傷ついたのは事実だし、
 小鍛冶さんも合意してると来てる。
 なら、私が出しゃばることじゃないって」

「でもさ……アンタ、ちっとも嬉しくなさそうじゃん。
 むしろ小鍛冶さんに縛られてるじゃん」

 『縛られている』。その言葉を聞いた瞬間、
一気に視界が開けた気がした。そうだ、私は縛られている。
下手すりゃ負けた時よりずっと。

「『これで幸せ』って言うならいいよ?
 でも私には苦しんでるようにしか見えない。
 むしろ自分を痛めつけてる」

「トラウマならとりま遠ざけな? てかなんで一緒にいるの?
 そんなんじゃ傷が癒えるわけないよ」

 言われてみれば素直に納得。
私自身病んでいたのだろう、ただただ流され続けていた。

 『無理難題を突きつけてやりゃ、いずれ自分から去るはず』だ?
プロ行きを断念して転校までしてきた相手が? 思考停止にも程がある。

 ただこの月日も無駄ではなかった。
一つ気づいたことがある。私は『謝罪』を求めてない、
受けても疲弊するだけだ。

 いいだろう、小鍛冶を解放してやろう。
そして私も彼女から――。

 思い立ったが吉日だ、私は早速彼女を呼び出し
『お暇(いとま)』を告げることにした。

「アンタの誠意は伝わった、もう謝罪はいいよ。許す。
 今まで私も悪かったね。これからは自分の人生に戻ってよ」

 被害者から出た『許し』の言葉。彼女にとっては朗報だろう。
これでようやく前に進める、喜び逃げ出すのが普通。
だけど彼女はそうしなかった。むしろ目を大きく見開いて――。

「お、お願い! もっと私をちゃんと罰して!」

 怯える様に縋りつき、さらなる罰を懇願する小鍛冶。
困惑する私を捕まえ、涙ながらに彼女は語る――。


◆ ◇ ◆


 例のインターハイで受けた『傷』を。


◆ ◇ ◆


「……本当に知らなかったの。
 まさか『自分がバケモノ』だなんて」


◆ ◇ ◆


「知ってたら……大会なんて出なかったのに」


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 私こと『小鍛冶健夜』は、高3まで麻雀とは無縁だった。

 ひょんなことから卓を囲んで、自分が『強い』ことを知る。
周りに勧められるがままに、そのままインターハイにも出場。
破竹の勢いで勝ち進んだ。

「楽しかったし……嬉しかったよ。何のとりえもないと思ってたから。
 『私でも輝ける世界があるんだ』って、ただ無邪気に喜んでた」

「そうやって、想いを踏みにじり続けた」

 気がついたのは個人戦、『異常事態』が起きたから。
欠場者が多発したのだ。団体戦で
『土浦女子高校』と対局した選手達が。

 テレビの中でアナウンサーが浮かない顔をしていた。
解説のプロ雀士も力なく笑っている。

『例年より欠場者が多いですね……
 ダークホースとして注目されていた赤土選手も欠場のようです』

『あー、まぁ……そりゃ、ねぇ。
 こっぴどくやられちゃったからなぁ』

『これからは麻雀人口減っちゃうかもねぇ』

 直接言われはしなかった。だけど点を繋いでみれば
一つの答えが浮かび上がる。
『たくさんの選手が小鍛冶健夜に潰された』と。
そしてプロはこう言ったのだ。『あいつのせいで雀士が減る』と。

 愕然として周りを見れば、皆が恐怖に震えていた。
もはや人を見る目つきじゃなかった、まるで『バケモノ』を見るような。
ううん、『ような』じゃない。直接言われた時もあった。

『こんなの、もう麻雀じゃないよ』

『イカサマと何が違うの?』

『頑張ったけど全部無駄だったなぁ』

『こんなの勝てるわけないよ。だって相手はバケモノじゃん』

 みんな、みんな、光を失い死んでいく。
青春の匂いはしなかった。ただただ死臭だけが漂う。
ネットではこう揶揄(やゆ)されていた――『小鍛冶健夜の処刑場』と。

 どうしてこうなったんだろう、嘆いても後の祭りだった。
後ろを振り向けば大量の死体、彼女達はもう生き返らない。
生き残りからは『バケモノ』と恐れられ、憎しみの視線に晒される。

「せめて、心も『バケモノ』だったら。
 罪悪感を覚えなくてすんだのにね」

 大会が終わり家に帰ると、トロフィーを部屋に投げ捨てた。
気づけば足は奈良県へ、向かうは阿知賀女子学院。

「とにかく誰かに謝りたかった。許されたかったんだと思う。
 生まれてきてごめんなさい、生きてしまってごめんなさいって」

「『誰に?』って考えた時、赤土さんが浮かんだの。
 だって私が全力で愉しんで、
 一番力を出し切ったのが赤土さんだったから」

 そして彼女と対面し、改めて自分の罪深さを思い知る。
赤土さんは別人になっていた。あれほど明るかった彼女が、
虚ろな目をして引き籠(こも)っている。
あげく彼女は苦しみ倒れた、『私を一瞥(いちべつ)しただけ』で。

 謝り償い続けても、彼女の嘆きは止まらなかった。
『今の私はもう抜け殻』『あの時からずっと廃人』。
それは事実なんだろう。あの日目にしたあの輝きを、
赤土さんはまだ取り戻せてない。

 だから許されていいはずがない。
彼女を廃人に変えた私が、幸せになっていいはずがない――。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 小鍛冶の懺悔を聞かされて、抱いた感想は『困惑』だった。

 いや……理解できないわけじゃない。
多分彼女は『普通の人』で、まさか自分が『バケモノ』だなんて
思いもしなかったんだろう。

 だから無邪気に遊戯を楽しみ、たくさんの人を屠(ほふ)ってしまった。
気づいた時には死屍累々、罪の意識に耐えられなかった。
だからこそ被害者の私に尽くす。……半ば狂気と思えるレベルで。

 理屈はちゃんと理解できる。だからこそ脳が警鐘を鳴らしていた。
『もう関わらない方がいい、一緒になって潰れてしまう』と。

 だって彼女が犯した罪は、もう取り返しのつかないもので。
彼女が罪と感じる以上、救われることはあり得ない。

 そもそも私は『被害者』側だ。なぜ加害者のケアをしなくちゃいけない?
罰されたいなら好きにしろ、謝罪の全国行脚でもすればいい――。

 なんて頭では考えつつも、口に出すことはできなかった。
自分でもよくわからない。ただ、彼女の瞳に吸いこまれていた。

 それは追い詰められた者だけが見せるまなざし。
後のない者が見せる危うさ。気づけば私は肩をすくめて
彼女にこう言い放っていた。


◆ ◇ ◆


「はぁ……わかったよ。これからも罰し続けてあげる。
 アンタの気が済むまでずっと」


◆ ◇ ◆


 小鍛冶といる意味が変わった。
鬱憤を晴らすためじゃない、彼女を立ち直らせるため。
我ながら意味不明過ぎて嗤えてくる。でも見捨てることはできなかった。

 ひとたび正気に戻ってみれば、彼女の壊れっぷりは私以上だ。
いくら『廃人』になったと言えど、私は『雀力』と『希望』を失っただけ。
人としての判断能力はそこまで衰えてはいない。

 対して、小鍛冶は『理性』を失っていた。
代わりに得たのは危うい『狂気』、それも自己犠牲型。
未来をかなぐり捨てていた。本人曰く、
『貴女の未来を奪った私が幸せになっていいはずがない』そうだ。

 冷静になって話を聞けば、彼女はどこまでも『まっとう』だった。
例えば例の『跳満』発言。彼女が跳満を和了られたのは
あれが人生初だったらしい。
だからこそ衝撃を受け、素直に『すごい』と私を称えた。
侮辱と感じたあのインタビューは、最大級の賛辞だったのだ。

 私を激昂させた謝罪も、当たり前の反応だった。
『大会出てみなよ』と促され、あれよあれよと勝ち抜いて。
素直にそれを喜んでたら、ある日突然
『相手を再起不能にした』と非難される。
そりゃ普通なら顔面蒼白、『謝らなきゃ』ってなるだろう。

 日本中の雀士を震撼させた『バケモノ』は、
ただの善良な女子高校生だったのだ。

 その事実に気がついた時、立場はあっさり逆転した。
私が小鍛冶を壊してしまったのだ。
ひょっとすれば日本を――ううん、世界でも活躍できた彼女を。

 奪ったものが多過ぎる。
プロ雀士としての未来。普通の学生としての進路。
そして――正常な思考力。何もかもが致命的だった。

 覆水は盆に返らず、それは私にも言えたことだ。
今さら言葉を重ねても小鍛冶の心には響かなかった。

「もう謝罪はいいよ……そもそもアンタが背負うもんじゃない」

「でも……私が大会に出なければ、
 赤土さんは今も麻雀を続けてたのに」

「私が未来を潰したんだよ。私が自分を許せないんだ」

 今度は私が四苦八苦する番だった。
小鍛冶が立ち直れるように、うつ病の本を読んで勉強したり。
ことあるごとに話し掛け、気遣ったり激励したり――。

 正直気苦労の方が多かった。
『償い』なんてもう要らないからさっさと立ち直って欲しい。
何度か口から飛び出し掛ける、だけどなんとか口をつぐんだ。

 そうして疲弊する私を見て、いい加減業を煮やしたのだろう。
昼休み、またも望に呼び出された。『二人っきりで話がしたい』と。

 ついて来る小鍛冶を待機させ、一人屋上へと向かう。
くたびれた私を迎えた望は眉をひそめながら諫(いさ)めてきた。

「……あのさ、意味わからなくない?
 なんで晴絵がそこまでするのさ。アンタは被害者の立場でしょ?」

「それを言えたのは最初だけだよ。
 麻雀辞めさせたあげく転校させた。私の方が罪深い」

「強要したじゃないでしょ? あの人が勝手に酔ってるだけ。
 そもそも贖罪とか言いながら迷惑かけてんじゃん」

「それは……」

「いい加減目ぇ覚ましなよ、小鍛冶さんはただの他人だよ?
 付き合ったげる義理ないってば」

 望の意見は納得できた、理解不能なのは自分の方だ。
私は明らかに辟易している、現状をよしとは思ってない。
なら。ただ一言言えばいいのだ。『かえって迷惑してる』って。

 なのに……その一言がどうしても言えない。
そんな自分が不思議だった。

 議論は平行線をたどって、最後は時間が打ち切った。
戻る最中違和感に気づく。小鍛冶が廊下で待ってない。

「……なんか変だ。嫌な予感がする」

「なにが」

「小鍛冶がいない」

「……むしろいたらおかしいんだって。
 トイレにでも行ったんじゃない? それならもうギリギリでしょ」

「そうだけど」

 望が大きくため息をつく。「アンタも相当重症だね」と。
確かにそうなのかもしれない。だけど胸騒ぎが止まらない――。


◆ ◇ ◆


 そして『予感』は的中していた。


◆ ◇ ◆


 結局そのまま放課後に。小鍛冶は姿を現さなかった。

 もう間違いない、何か異変が起きている。
彼女の教室を訪ねるも、不在。下足箱には靴があった、
なら学校にはいるはずだけど――。

「考えろ。どうしてこうなっている?」

 一つ。何かアクシデントが起きた可能性。
……ないな。仮に何か起きたとしても、まず私に伝えるはずだ。
それすらできない状況だった? あり得ない。
しょせん学校内の出来事、私より優先することはないはず。

 なら小鍛冶自身の意思? あるとすればこっちだろう。
それでもやっぱり違和感がある。

 あれほどべったりだった小鍛冶が、急に私から離れる理由?
そんなものは思いつかな――。

『贖罪とか言いながら迷惑かけてんじゃん』

 全身の毛が逆立った。シンプルな答えがあるじゃないか!

 昼休み、私は小鍛冶に待機を命じた。
だけど従ってなかったら? あの後私を追ってたら?
そして会話を聞かれていたら? 普通にあり得る展開だ。

「っ……もしかして!」

 自然と足が走り始める。足が向かう先は屋上。
私の予想が正しければ、あの会話を聞いた小鍛冶は――!


◆ ◇ ◆


 自ら命を絶とうとする!


◆ ◇ ◆


 屋上まで一気に駆け上り、階段室を飛び出した。
慌てて周囲に視線を向ける、やはり予感は的中していた。

 小鍛冶は歩み出そうとしている。その足を――何もない空へ。

「待った!!!」

 ビクリと背中を大きく震わせ、彼女の身体が静止する。
顔だけこちらを振り向いた。

「死ぬな! 私への償いはどうする気だよ!!」

 小鍛冶は穏やかに小さく笑う。全てを諦めた笑みだった。

「生きてる方が迷惑掛かるよ。私がいるだけで赤土さんは疲弊する。
 私には生きる価値もないんだ」

 やはり聞かれていたのだろう。
そしてそれは正直図星、私が疲れているのは事実だ。

 ただ――『自分には生きる価値がない』、そう彼女が吐き捨てた時。
頭の中が真っ白になり、弾かれるように反論していた。

「勝手に決めて完結するな! 価値がないはずなんてない!!」

「……どうしてそう言い切れるの?
 自分で言うのもなんだけど、私迷惑しか掛けてないよ?」

「私はいない方がいい。その方が赤土さんは平和に過ごせる。
 死んだ方がいいんだよ。なのに……なんでそこまで私にこだわるの?」

 光のない目が私をとらえる。『どうして?』
そんなのずっと問い掛けてきた。どうして私は小鍛冶を気にする?

 自分から希望を奪った相手。何度となく腹を立てたし、
誰より疲弊させられてきた。

 それでも……彼女に死んで欲しくない。私から離れて欲しくない。
どうして? どうして? どうして? どうして?

 そんなの――。

「好きだからに決まってるじゃないか!!!」

 小鍛冶の目が大きく見開く。
『まるで予想だにしなかった』、目が驚きを告げていた。
飛び出した言葉に自分でも驚く。だけどいざ口にしてみれば
『なるほどそうか』と納得できた。

「自分でもよくわからなかった。
 正直迷惑掛けられてたし、どうして関わり続けるのって。
 何度も何度も自問して、だけど答えは見つからなかった」

「でも……一つだけ決まってたことがある。
 離れる気だけはさらさらなかった。私は小鍛冶と離れるよりも、
 一緒に疲弊する道を選んだんだ」

「気づいちゃえばシンプルだ。私は小鍛冶のことが好き。
 だから手放したくなかっただけ」

「なのに――勝手に死んで欲しくない!」

 怯む彼女と対照的に、大股で距離を詰めていく。
『来ないでっ!』 叫ばれた声も華麗に無視して
目と鼻の先まで詰めよった。

「なんで、どうして私なのっ……!?
 迷惑掛けてばかりだよ!? 何もいいことできてない!
 死んだ方が絶対いいのに!」

「恋愛なんて理屈じゃないでしょ。好きになったのは仕方ない。
 死にたければ死んでもいいよ。その代わり私もついていく」

「さあ、選びなよ。私と一緒にこの世を去るか……
 それとも。一生私に縛られるか」

 こうなれば小鍛冶に勝ち目はなかった。
飛び降りれば私も巻き添え、それじゃ死ぬ意味がない。
結局自殺は未遂に終わる。彼女を腕の中に閉じこめ、
耳朶(じだ)に何度も刷りこんだ。

「小鍛冶の価値は私が決める。貴女に決定権はない。
 『死に逃げ』なんて許さないから」

 小鍛冶は大人しく私に抱かれ、嗚咽しながら頷いた。
それは果たして恋慕によるもの? それともただの罪悪感から?
どちらにしても結果は同じだ。彼女は私から離れない――。

 私のために死のうとしたんだ。だったら……


◆ ◇ ◆


 私が、残りの人生をもらってもいいだろ?


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 自殺を取りやめ心療内科で治療を開始した健夜。
最初こそ『やっぱり死んだ方が……』なんて繰り返していたものの、
徐々に回復していった。

 いくら理屈を重ねたところで、結局『愛』には勝てないらしい。
『小鍛冶のことが好きだからいなくなって欲しくない』
そう言われれば大人しく養生するしかなかった。

「てかさ、麻雀再開しなよ」

「え、でも……私のせいで沢山やめちゃったし……」

「やめてない人もいるじゃん。瑞原さんとか野依さんとか。
 私が言うのも何だけどさ、相手の心が弱かっただけだよ」

 本心だ。当時は確かに打ちのめされた、今もトラウマは残ってる。
だけど同時に思うのだ。あの対局があったからこそ、こうして私の今がある。

 思えばあの時、私は魅了されていたのかもしれない。

「健夜は世界に羽ばたくべきだ、ここで終わったら絶対ダメ。
 それこそ『いたずらに人を叩き潰しただけ』になっちゃうよ」

「だからさ、私の分も活躍してきて」

 そして健夜はプロへと参入、世界へと飛び出していく。
私も誘われたけど断った。別の夢ができたから。

「え、晴絵ちゃん一緒に来てくれないの!?」

「うん。どうせ2年の開きがあるし、プロになったらドラフトじゃん?
 多分一緒にはなれないよ。それよりやりたいことがある」

「……何?」

「教員になりたいんだ。魔物に負けない子を作りたい」

 健夜はこれからも圧倒的な力で勝ち続けるだろう。
そこに私が並んだところで大して役に立てはしない。

 だったら私にできることを。
健夜の強さが素直に受け入れられる環境を作りたい。

 魔物はどこまでも孤独な存在だ。
きっと健夜だけじゃない。その強さゆえに周りに馴染めず、
人知れず潰れていく子がいるだろう。
『バケモノ』『人間じゃない』『もはやイカサマ』。
そんな偏見を取っ払いたい。『魔物を愛せる人間』が必要なんだ。

「私が適任だと思うんだ。健夜に潰されて、
 でも愛した私だからこそ伝えられることがあると思う」

「……そっか、わかった。じゃあお願いするね?
 私みたいな子を助けてあげて――」


◆ ◇ ◆


 こうして私は教員になり、土浦女子の顧問になった。


◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆


 ――時は流れて数年後。


◆ ◇ ◆


「かんぱーい!」

 今年も全国大会に出場できた。『お祝いしよう』と健夜が言い出し、
『いつものメンバー』で集まることに。

 健夜と望と私で3人――と思っていたら、
なぜか福与アナがついてきた。

「やぁやぁ初めましてこんばんは、
 お騒がせアナウンサーの福与恒子です!」

「ええと……どういうこと?」

「ご、ごめん……どうしてもって聞かなくて」

「すこやんが飲み会行くとか言い出すんで
 保護者枠でついてきました!」

 『むふー!』と胸を張る福与アナ。
確か23歳だっけ? 4歳年も上のトッププロに
随分と大きく出たものだ。

「なんで保護者枠!? どう考えても逆じゃない!?」

「だってすこやん一升瓶抱いてくだ巻きそうじゃん?
 しかもそのまま寝そうじゃん? 私がいないとヤバそうじゃん」

「……はは、噂通りの子だね。でも心配には及ばないよ。
 健夜が潰れたら私が連れて帰るからさ」

「ほえ? そう言う貴女はどちら様?
 どこかでお見かけしたような……?」

「赤土晴絵だよ、土浦女子高校の顧問をしてる。
 後これはオフレコだけど、健夜の恋人で同居人」

「マジで!?!? え、すこやん恋人いたの!?
 『アラサー独身彼女いない歴イコール年齢』って
 散々からかわれてるのに!?」

「それ全部こーこちゃんのせいだよね!?」

「福与アナには感謝してるよ。
 おかげで健夜に悪い虫がつかない」

「お、おぉ……器大きい。めっちゃ強キャラの風格じゃん。
 馴れ初めとか根掘り葉掘りうかがっても?」

「オフレコなら喜んで」

 つまみ代わりに説明していく、もちろん『牽制』の意味も籠めて。
全てを知った福与アナは、だけどきょとんと首をかしげた。

「……や、なんでそれでくっつくの?」

 完全に同意だったんだろう、望が深く頷いた。

「だよねぇ。私も横で見てたけどさ、
 この二人本当に険悪だったんだよ」

「それがこんなバカップルになるとか……いやぁ、
 恋ってどこに転がってるかわからないよね」

 ニヤニヤしながら冷やかす望。
当時ハラハラさせられた意趣返しでもあるんだろう。
だけど私達からすれば必然だ。素直に惚気で返してやる。

「愛し合ってたからぶつかったんじゃない?
 どうでもよけりゃ意識もしないよ」

「私もそう思うかな。インターハイで強かった人は他にもいた。
 瑞原プロとか野依プロとかね。
 でも……あの時は晴絵ちゃんしか見えなかったんだ」

「……あの時は?」

「も、もうっ、今もだよ! ずっと晴絵ちゃんしか見えない!!」

「あーはいはいご馳走様です。砂吐きそうだからその辺で」

 望が苦笑しながら止める、だけどやめてやる気はない。
その後も散々惚気てやった。3時間ほどノンストップで。

「いやーすごい話聞いちゃったなぁー。
 あ、これ垂れ流しちゃっていい?」
 
「さっきも言ったけどオフレコで。
 まあそのうち大スクープあげるから勘弁してよ」

 そう、近々私達は婚約する。その時には盛大に暴露してもらおう。
『日本最強の小鍛冶健夜、突然の電撃結婚。相手はまさかの赤土晴絵!?』

 きっと大騒ぎになるだろう。今からその時が楽しみだ。


◆ ◇ ◆


 飲み会があった数日後。健夜がオフということもあり、
特別講師として特訓に呼ぶことにした。

 私達の関係を知る者は少ない、生徒達にも秘密にしてある。
突然現れた『監督の仇敵』、当然みんなは驚いた。

「えっ……どうして小鍛冶プロが!?」

「そりゃ私が呼んだのさ。今日の特別講師としてね」

「これからみんなは全国大会に出場する。
 全国の壁は厚い、『魔物』もたくさん出てくるだろう。
 今日は予行演習だ、『本物』を知って学んで欲しい」

「と言うわけで、健夜。全力でしごいてやって」

「え、ええと……大丈夫なの?」

 健夜は及び腰だった。過去がよぎったんだろう、
また絶望されやしないかと。

「うん、大丈夫。……私を信じて」

「わ、わかった」

 健夜が顔を引き締める。私を信じてくれたんだろう。
対局を始めた途端、『極彩色の汚泥』を展開する。

 生徒達は一瞬怯み――だけどその目を輝かせた。

「すごい……! これがトッププロの全力全開……!
 勉強させてもらいます!」

 もちろん勝てるはずはない、だけど誰一人くじけなかった。
むしろ『次は私が』と名乗りを上げる、なかば健夜を取り合う形に。
まるで絶望しない生徒に健夜は声を震わせた。

「す、ごいね、この子達……」

「言ったろ? 昔と今は違うのさ。
 ここには『魔物だ』って怯えてくれる奴なんていない。
 うかうかしてたら抜かれるかもよ?」

「うん…………うんっっ!」

 健夜が大きく何度も頷く。その目は僅かに潤んでいた。
そう、これがもう一つの目的。トラウマを払拭したかった。
他でもない『健夜のトラウマ』を。

 健夜は懺悔したことがある。
インターハイ出場当時、自分には『想い』がなかったと。
牌にかける青春も、インハイにかける長年の想いも。
わからないまま全てを断ち切り、そのまま頂点に立ってしまったと。

 ……だからこそ味わって欲しい。
生徒達の想いと熱を、今度は『支える側』として――。


◆ ◇ ◆


 それからおよそ3週間後。土浦女子は頂点に立つ。
報道陣からマイクを向けられ、メンバーは笑顔でこう言った。


◆ ◇ ◆


『私達が勝てたのは……ずっと支えてくれた赤土先生と、
 特訓に付き合ってくれた小鍛冶プロのおかげです!』


(完)


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いただいたリクエスト
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小鍛冶と赤土晴絵のSS

全国麻雀大会で赤土晴絵は小鍛冶健夜にトラウマを植え付けられる
応援してくれた人達も手のひら返したように静かになり絶望する晴絵
友人新子望に励まされる中
小鍛冶が現れて謝罪をする
激昂して
晴絵がもう麻雀をやらないでと言ったら
小鍛冶は本当にやらなくなり
また小鍛冶が現れて許しを乞い
赤土は自分の周りの世話をしてといい
本当に転校してあれこれ雑用をさせる
最初はこれだけの事されて当然の報い
いい気味と思っていたが
こんな事しても気持ちは晴れずむしろ砂のように乾き
惨めな思いになり
新子望の苦言で諌められて
晴絵は小鍛冶に謝罪をして許すと言った
すると小鍛冶は私をもっと罰してほしいと懇願する
今まで多くの雀士にトラウマを植え付けてきて
周りからは化け物を見るような目
生きていてごめんなさいという気持ちで生き続けた

赤土は小鍛冶の背景に困惑して
このまま関われば自分も潰れると察して
突き放そうとするけどなぜか出来ず
彼女が立ち直れるように
本を読んで勉強して話しかけたり接したりして気苦労しながらかかわる事に
新子望からは赤の他人なのにそこまでする義理はないと諌められるけど
なぜかやめる事が出来ずに献身的な関わる
そしてついに小鍛冶は自殺を試みて
赤土は必死に止める
小鍛冶は関わったせいで赤土が疲労している
もう生きる価値がないと言って
どうしてそこまでするのと聞かれて
晴絵は初めて自分の気持ちがわかる
小鍛冶の事が好きだと
告白してさらに必死に説得して自殺は未遂で終わる
その後は治療を受けて愛する人がいるお陰で安定してきて
徐々に良くなっていき
小鍛冶は麻雀の世界で羽ばたいていく
赤土はプロへの誘いがあったが断って
小鍛冶みたいに辛い思いをしても
周りが偏見で見る事なく接せる人を育てるために教員へ

先日の酒の席で新子望と福与恒子と小鍛冶と晴絵で飲む時も
あれだけ嫌ってたのにラブラブになるなんて
恋ってどこに転がっているかわからないよねと
ニヤニヤしながら冷やかす望に
暑い惚気で返されて苦笑いする

そして全国大会出場して特別講師として小鍛冶を呼び
実際に小鍛冶を見て麻雀部のみんなが驚く
晴絵は小鍛冶に全力でやってほしいといい
また絶望されるのではと思いつつも赤土を信じてやると
みんなすごいと目を輝かせて特訓に挑む姿を見る
晴絵は昔と今は違う事を言う
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posted by ぷちどろっぷ at 2023年05月14日 | Comment(2) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
毎回スバラなSSありがとうございます
リクエストした者です
首を長くして待っていましたが更新された時感動しました
リクエストした内容にぷちどろっぷさんがリクエスト以上に良い感じに形にしてもらえて嬉しいですし読んでとても良かったです
赤土ちゃんの苦悩が鮮明に描かれていて
自殺の辺りからドキドキしながら読んでました
最後はまったり2人が幸せになって良かったです
Posted by at 2023年05月14日 11:50
改めてリクエストありがとうございました!

今回は別所でのリクエストが溜まっていたことと
ぷちの体調不良が重なって
時間をいただいてしまい
申し訳ありませんでした(いつもでは?)

Twitterではこの作品に対する感想として
「リクエストした人もすごいのでは??」
とかおっしゃってる方もいらっしゃいましたね。
実際私はリクエストにちょっと
味付けしただけなので
元のリクエストが大きいと思います!
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2023年05月15日 09:52
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